雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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淡路島は行政が言うほど、本当に観光地なのだろうか?? (その2)
夜郎自大(やろうじだい) という言葉があります。むかし中国南西部に 夜郎 (やろう) という小さな国があったらしい。巨大な漢帝国からの使者にむかって夜郎の王が、「漢と夜朗とではどちらが大きいのか?」 と尋ねた故事から、自分の卑小さを認識せずに、大海を知らず、自信過剰になって、思いあがり、尊大に威張り散らすというふうな意味で使われる故事成語であります。

●淡路島は面積が約600平方キロであります。日本国の面積約37万平方キロの600分の1。(大雑把に言ってです) 淡路島の人口は14万人弱ですが、日本国の1億2600万人の900分の1です。小さな島であります。本土とは僅か3キロしか距離がありませんが紛れもなく離島 (内海離島) です。一般的に言って、離島の弱点は、政治的・経済的・文化的に自己完結性がなく自立することが難しいことが言えます。で、本土からの庇護に依存しがちです。その典型は 離島振興法 により付与された様々な特典です。この特典は島が小さくなるほど人口が少なくなるほど顕著です。島名を名指しするとマズイですが、東京都青ヶ島などは物凄い特典です。実態を知ったら 「絶海の孤島に何で莫大な税金を流し込むのだ」 と本土の人は怒るでしょう。なお、淡路島では南部海岸地帯と付属島の沼島が離島振興法指定地でしたが、南部海岸地帯は立派な道路ができたので本年3月末をもって離島振興法指定地から解除されました。このような自立ができない離島では、そこの島民も行政も自信過剰になって虚勢を張ることは少ないのですが、淡路島の場合は少し事情が違います。

面積で日本国の600分の1、人口で900分の1という比重なので本来ならば自信過剰にはなれない筈なのに、なまじ10数万人という地方都市に匹敵する人口があり、日本の離島の中では最大人口です。(沖縄本島は別) これが災いしています。10数万人の人間がおればそれなりに人材はおります。非常に頭の良い人とか、特別な才能を持つ人とか、何かにチャレンジして物事を成し遂げる人とか、たしかに優秀な人はおります。ところが、そういう人々はみな本土に出ていきます。それは島内で活躍する場所がないからなんですが、人材は次々に島外に出ていくわけです。で、島に残るのは2番手、3番手の3流人間ばかりです。たとえば島内で行政が学識経験者の意見を聞くという場合、小学校の教員レベルの者が学識経験者として担ぎだされることが多いです。担ぐほうも担がれるほうも恥ずかしくないのだろうか? 本土では、たとえば神戸市では学識経験者というのは大学教授レベルの人を指します。研究職にある者が専門家の知識から行政にアドバイスするのが普通です。小学校の先生は子供たちに教えるプロですが、研究をしている専門家ではありません。もし島内の行政から学識経験者になってくれと依頼されても固辞すべきなのに、恥ずかしくもなくしゃしゃり出てきます。いちいち例示していたらキリがないのですが、例えば、1冊の商業出版もないのに (あるのは自費出版だけ) いっぱしの作家きどりの男であるとか、以前に全集までだした男がいましたが3000部印刷して売れたのは600冊 (それも知人縁者に無理やり買わせた) だけで版元に大損害を与えました。

●ようするに、淡路島は中途半端な大きさなので、行政も島民も夜朗自大になる傾向があるのです。平たく申せば井の中の蛙大海を知らずということか。1番手・2番手の優秀な人が活躍の場を求めて本土に出ていくので、3番手・4番手のそれほど能力の高くない者が残留して威張って虚勢を張り、島を牛耳っているのが実情であります。土台部分にこういう離島固有の実情がありますから、島内の市のお役人や、民間でもいろいろな活動をしている連中には、やや自信過剰で自画自賛する傾向が強いのです。

●さて、本題ですが、淡路島は行政が言うほど本当に観光地なのだろうか? ですが島の者がいくら自分のところを 「すばらしい」 と自画自賛しても全く意味がありませんわね。島外の人や、遠く離れた他地方の人が 「素晴らしい」 と思ってくれるかどうかであります。前エントリーで申したとおり、部長とカメラ両氏は明石海峡大橋を観光したのち、すぐさま関東に帰っていきましたわね。淡路島百景 なるものが選定されていますが、どれもこれも規模が小さく、あまりにもローカルなものばかりです。これが観光資源などととてもいえませんわね。自然環境でも伝統文化に関するものでもあまりにもローカルすぎて話になりません。たとえば、南あわじ市は 「だんじり祭」 が観光資源だと言っています。毎年4月29日に市内各地にあるだんじりが30基ほど一堂に集まるのですが、見に来るのは関係者だけです。まちがっても島外から観光客が来ることなどありえません。有名な岸和田のだんじりに規模が遠く及びません。観光客が来ないのはだんじりなど全国どこの村でも地区でもある物であって、南あわじ市に見に行くほどのものではないからです。

行政の人たちが言っている淡路島の観光資源は、ほとんどがローカルな物、マイナーな物ばかりです。規模が小さく、また淡路島に行かなければ見ることが出来ない独自の観光資源などほとんどありません。沼島の断崖絶壁は柱状節理の発達した 東尋坊 の絶壁の見事さには及ばないし、由良の成ヶ島も 天橋立 の白砂青松の素晴らしさに及びません。僅かの松林の慶野松原は富士山を借景にした 三保の松原 には及ばないし、吹上浜の小さな砂丘は 鳥取砂丘 の規模に比べるべくもありません。鮎屋の滝は虹のかかる 華厳の滝 に遠く及ばないし、島の山頂部に僅かに残るネコの額ほどの原生林も西表島や富士 青木ヶ原樹海 などと比べようもありません。島内にある小さな遊園地は 東京ディズニーランド からみると児戯に等しいです。島内にある観光牧場は広大な敷地で放牧しているわけではなく ナイタイ高原牧場 と比べるのはかわいそうです。福良の淡路人形浄瑠璃といっても人形浄瑠璃は各地にあるものだし、本場は大阪の 国立文楽劇場 で行われる文楽ですわ。ユネスコの無形文化遺産に指定されていますよ。無謀にも世界遺産を目指しているという鳴門海峡の渦潮でも、景色の素晴らしさではノルウェーの ロフォーテン諸島 の方が遥かに上のように見えますわね。

さらに申せば、残念ながら鳴門海峡の渦潮も大鳴門橋も、淡路島の観光スポットではありません。四国側の観光スポットです。だから、名前が淡路海峡でも淡路島大橋でもないのです。同様に明石海峡大橋だってそうです。淡路海峡大橋じゃありません。

●お前はネガティブなことばかり言うヤツだな、郷土愛がないのか! と叱られそうですが、できるだけ客観的な実情を言っているだけです。これらのローカルな物をさも素晴らしい観光資源のように吹聴するのは自画自賛です。夜朗自大のきわみです。なにも自己卑下する必要はありませんが、ありのままの自己の姿を認識しておくことは大事なことであります。さて、実は、行政が主導してカンコウ、カンコウと大合唱するのはワケがあって、観光関連の箱物を作ろうと狙っているだけなんです。行政の言うことは一皮むけばウラがあるから、騙されてはいけません。

【追記】 京阪神の人に聞いたら、淡路島は行政が言うほどの観光地ではないのですけれども、日帰りで自家用車でドライブ (島を一周) するのには近くてちょうどいいそうです。それと、釣り好きの人が軽い釣りをするにはいいみたいです。ま、これらでは島にあまりカネを落としませんわね。釣り好きであっても、本格的な釣り (豪快な荒磯釣りとかトローリングとか) になると淡路島ではダメって言っていますわ。



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