雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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瀬戸内海の島嶼部は、稲作文化圏ではなく、カラ芋文化圏。
●日本は稲作文化の国だと言われています。確かにそうでありましょう。稲作が我が国に伝来してからは、生活様式や民俗文化や民間信仰にはじまり、伝統芸能や建築様式や経済体制や統治機構にいたるまで、暮らしや社会の土台に稲作がありました。たとえば、古代の「高床式建築」は明らかに野ネズミなど稲穂の害虫や害獣から保存用のコメを守る建築でありましょうし、日本古来の神道では春先にその年のコメの豊作を予祝する「祈年祭・きねんさい」が行われ、秋には新穀を神にお供えする「新嘗祭・にいなめさい」が斎行されます。近世ではたとえば加賀百万石というように、「石高制」というコメの生産量を経済力の物差しにしていて、漁民の漁獲量などコメ以外の物産も徴税にはコメに換算される 「コメ本位制」 とも言える経済であります。1730年 (享保15年) には堂島米会所 (どうじまこめかいしょ) が開設され、コメの現物取引だけでなく帳合米取引という 「コメの先物取引」 が行われました。この堂島米会所は、アメリカのシカゴ商品取引所が1848年に開設されるよりも100年以上も早く開設され、世界最初の商品先物取引所であります。日本が世界に誇るべきものの一つでありましょう。いちいち挙げていたら枚挙にいとまがないのですけれども、このように生活・社会・経済の基礎に稲作があるのは疑いようがありません。

●ところが例外というのが必ずあるわけで、南西諸島の島々や、鹿児島県のシラス台地や、わが瀬戸内海の島嶼部では、稲作文化圏ではなく、カラ芋文化圏なのです。カラ芋というのは唐芋でサツマイモのことです。南西諸島や瀬戸内海の島嶼(とうしょ)では平地がなく用水もなく稲作が行えませんでした。九州南部のシラス台地も水はけが良すぎて、すなわち保水性がなく水田が作れませんでした。そこにコメの伝来よりも遥かに遅れるのですがサツマイモが我が国に伝来すると、これらの地域では最初は飢餓をしのぐための救荒作物として栽培され、すぐに主食の常食作物となりました。で、日本の中で特異的な食文化圏を形成したのであります。

何を隠そう、わたくし山のキノコも瀬戸内海島嶼人であるからには、ご先祖様のサツマイモ食文化をDNAに背負っています。これがサツマイモ栽培にこだわる理由の一つでもあるわけですが、親戚に鹿児島県与論島の出身者がいて30年ぶりに会いました。話題がサツマイモの話になり、近年よくマスコミなどで紹介される種子島の安納芋などの話に花が咲いたのですが、「与論島では子供のころ主食はご飯だったのですか? イモでしたか?」 と聞いたら、案の定 「ご飯など食べたことが無いわ、サツマイモが主食だったわなあ」 ということでした。外洋島嶼と内海島嶼との違いはあっても、同じサツマイモ食文化圏の者同士、意気投合したのであります。
  
【↓ 親戚の出身地の与論島の地形図】 国土地理院HP 20万分の1図 から借用。

国土地理院の地形図から
↑ 20万分の1図を見ると、畑の記号ばかりで水田の記号が全く見られません。念のため2万5000分の1地形図に拡大して島内をくまなくチェックしましたが、水田記号は全くありませんでした。地形図記号4ページ目 を参照。与論町のホームページ にある 『与論町農業の概要』 という資料をくまなく見ても、与論島ではサトウキビ・畜産・里芋などの野菜・熱帯果樹が行われ、稲作が行われている痕跡がないようです。結局、隆起サンゴ礁からなる島では川もないし、土壌が保水性に乏しくコメを作るのは無理ということでありましょうか。で、流通の未整備の昔はサツマイモを主食にせざるを得なかったのであろうか。

【↓ 瀬戸内海島嶼人の主食はコメではなくサツマイモだった
瀬戸内海島嶼人の主食はサツマイモ
↑ 瀬戸内海の島々で昔食べられていた基本的な食材です。島の急斜面の段々畑でサツマイモを栽培し、小松菜などの葉菜を作っていました。瀬戸内海で豊富に獲れるイワシ・アジ・サバが蛋白源です。春先のイカナゴも食べられ、6月の麦わらタコは上等品。庭先で鶏を飼いましたが、自家養鶏に関しては昔は田舎では全国共通でしょう。サツマイモ畑の一画には昔もミカン類(紀州ミカンとか夏橙など)がありました。島山の段々畑では稲作ができず、サツマイモが主食なのです。写真の調理例の材料は、サツマイモ550g、チンゲン菜220g、鰹節3g、サバの塩焼き110g、卵1個66g、ミカン2個186gであります。ま、だいたい山のキノコが食べる1食分ですが、カロリー計算とか栄養素分析したらどうなるか? なお、わたくしは平安時代の古人のように1日2食でして、コメは晩に茶碗1杯だけ、肉類は絶対に食べません。五訂増補日本食品標準成分表 がネットで閲覧できる時代になっています。最新版は 日本食品標準成分表2010 ですが、昔、女子栄養大学出版部から出ていた『四訂版』や『五訂版』の紙の書物を買いましたが、なんでもかんでもネットで見られるようになって、便利になりましたですわねえ。 


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