雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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牛丼の吉野家は、狂気のセシウム丼を販売するのか?
●そもそも、御飯に汁ものを掛けて食べるというのは下品な食べ方なのであります。日本食物史をひもとけば、湯漬け(ゆづけ)というものが古代からおこなわれています。これは炊きたてのご飯の保温技術がなかった昔にはそうせざるを得なかった面はあります。中国からお茶が伝来したら「湯漬け」が「お茶漬け」に変遷したけれども、高貴な人はそういう下品な食べ方を好まなかったのです。鎌倉時代には「芳飯・ほうめし」というものが考案されましたが、これはご飯の上に具をのせてお茶を掛けるという、いわば丼物のルーツですけれども、下品な食べ方です。江戸時代には色々な丼物が考案され普及していきましたが、それはあくまでも庶民的な料理であって、特別な「ハレ」の料理ではなく、日常の「ケ」の料理というべきものであって、やはり、ご飯に汁ものをぶっかけるという下品な食べ方を高貴な人々は好まなかったのであります。やはり、伝統的な日本の食文化では「ご飯」と「おかず」は別々の器に盛るのが正統なのであります。

1867年に明治維新の幕は切って落とされると、日本の近代化が始まりましたが、近代化とはすなわち西洋化と同義であって、日本の伝統的な食文化も西洋化の圧力に抗しきれず、それまでは仏教の制約のもとで禁忌されていた肉食がはじまりました。1872年(明治5年)に明治天皇が牛肉を食すると、世間では牛肉食が文明開化の象徴とみなされ、燎原の火のごとく肉食が蔓延していきました。明治維新に先行する1862年に日本初の牛鍋屋が登場しましたが、現在のすき焼きとは少しことなり、味噌で煮る鍋焼きであったようです。それは表向きは肉食が禁忌されていた江戸期以前でも「薬食い・くすりくい」と称してイノシシやシカが食されていたのですが味噌で煮るという料理法が一般的で、それを踏襲したものです。(主に、樋口清之著『日本食物史』を参考)

●さて、吉野家(もとは吉野屋)が創業されたのは1899年だそうですが、時系列的には、日本で牛肉食が始まって30年前後してからであります。ということは、牛鍋という西洋かぶれの蛮人料理が普及したのちに、牛丼という料理が出来て、この牛丼が商売になるとにらんで、当時のベンチャービジネスである吉野屋が創業された、という順序になろうかと思われます。

以上の食文化の変遷・歴史から考察するならば、牛丼が日本のファーストフードだなどともてはやす代物ではないと思われます。その起源は、牛鍋の残り汁を丼飯に掛けたものであろうと想像できます。ま、茶碗に盛ったご飯に味噌汁を掛けたようなものです。牛丼というのは、そもそも料理というほどのものではないのであります。明治初期の牛鍋は材料は牛肉とネギだけで味付けは味噌味であったようですが、今のような飽食の時代ではなく、牛鍋の残り汁を捨てるのはモッタイナイから飯にかけたのです。いわば残飯処理料理と言えましょう。おおっぴらに人前に出す正メニューではなく、裏メニューなのです。牛丼の特徴をまとめると、①、ご飯に汁ものをかけるという下品さで ②、肉食という蛮人蛮族の食文化にルーツを持ち ③、残り物処理の残飯料理 という色合いが濃いわけです。吉野家のホームページを拝見すると、はやい、やすい、うまい、の3拍子を営業のコンセプトとして標榜しています。 残り汁を飯にかけるのだから「早い」わけです。また、それだから「安い」のは当たり前です。なお「美味い」かどうかも主観の問題であって、評価する基準があいまいです。牛丼の販促を狙うキャッチコピーとしては、あまり関心できません。

そもそも「安い」というのは要警戒です。どんな食材を使っているか油断もスキもありません。安いというのは原材料を買い叩いて安く仕入れているのであって、安かろう悪かろう、訳あり粗悪品である可能性があります。当たり前のことですが、普通は、良品、高品質品は値段が高いのです。高品質なものが安く売られているハズがございません。と思っていたところ、やはり、とんでもないハナシが出てきましたね。

狙いは、原材料を安く仕入れたいのだろう
●その本来は「裏メニュー」である「牛丼」を大黒柱的な主力商品として売っている株式会社吉野家が物議をかもすような発表をしました。
株式会社吉野家 『農業生産法人「吉野家ファーム福島」を設立』

引用開始】 当社は、「吉野家」で使用する食材の安全性を追求し、お客様に安心して食事をしていただきたいという思いのもと、かねてより吉野家の食材について自社生産が可能な分野はないか検討を続けておりました。今回、福島県の支援を受けながら、福島県の協力農家の皆様と連携し「吉野家ファーム福島」を設立することができました。 福島県は全国第3位の広大な県土とバラエティに富んだ気候条件、首都圏に近く、かつ発達した交通網など、農業経営には恵まれた県である一方、農業の担い手不足から耕作放棄地が全国で最大と最も多くなるなどの課題を抱えていました。今回、吉野家は、地域の協力農家の皆様と共に、新たな地域の担い手となる農業生産法人を設立、この耕作放棄地も最大限活用し、これまで株式会社吉野家ファーム神奈川で得た農業ノウハウを活かし、安定的な農産物の確保を実現していく予定です。【引用開始】(下線はわたくし山のキノコが引いた)

吉野家は、お客様の健康を案じて、「食材の安全性を追求し、お客様に安心して食事をしていただきたいという思い」が強く、「福島県の支援を受けながら、福島県の協力農家の皆様と連携し『吉野家ファーム福島』を設立して、タマネギや米など牛丼の材料を福島県で調達するというのです。なんともはや、絶句です。


この会社、正気かよ?

●ある意味では、まことに正直だ、ということは言えます。「うちの会社は福島県産の食材を使いまっせ」と堂々と宣言したのです。いまや外食産業に福島県産の食材が当たり前のように流れているのは公然の秘密です。誰もおおぴっらに言わないだけで、客も薄薄みんな知っています。ただ詳細がわからないから、どの程度、福島県産の食材が使われているのだろうか? 混入率はどれぐらいなのか? とみんなが疑心暗鬼になっています。で、福島県産の食材を使っていない業者が使っていると噂されたりする「風評」も起こっています。そういう観点から、うちは福島県産食材で行きますよと宣言したのはある意味では評価できます。こそこそと使うよりもましかもしれません。

●さて、この件で、狙い通りになるのか、裏目に出るのか? 吉野家の客足が遠のくのか? 変わらないのか? 業績にどう影響するのか? 注目です。放射能汚染問題にたいして消費者がどのような意識であるのか、どういう姿勢で対応しているのか、そういうことの指標(ものさし)になります。業績変化や株価変動に注目したいと思います。 


野生きのこ出荷制限のある市町村分布図

↑ これは農水省の外局である林野庁が発表した情報に基づいて作成しました。1キロあたり100ベクレルの基準に引っ掛かった放射性物質汚染野生キノコが確認された市町村分布です。100ベクレル以上の汚染野生キノコは、国から出荷制限要請がかけられます。キノコや山菜は放射性物質を吸収しやすいとされますが、そうじゃないだろう。野生キノコや山菜はそれを専業で商売している農家や流通業者がいないから、汚染状況を正直に発表しているのであろうと思われます。コメなど正直に汚染状態を検査し発表したならば影響が大きすぎて、手加減を加え恣意的な発表をしているのじゃないかと直感しています。この野生キノコ汚染状態が東北地方太平洋側~関東地方の汚染の実態を示唆しています。
栃木県日光市 『野生のキノコは(チチタケなど)は「採らない、食べない、販売しない」をお願いします』 なんと野生キノコから31,000ベクレルが検出されています! 基準の310倍! 恐ろしいや~~。(絶句) ある意味では、野生キノコだから発表できたのでしょうね。これが米であれば、正直に発表したならば大混乱パニックです。広大な範囲で農家はコメを出荷できないことになり、天文学的な数字の膨大な補償問題に発展します。
静岡新聞 『野生キノコからセシウム検出 御殿場など4市町』
【引用開始】 県は1日、御殿場、富士、富士宮市、小山町で採取した食用の野生キノコ合わせて6検体から、国の基準値(1キログラム当たり100ベクレル)を上回る放射性セシウムが検出されたと発表した。富士、富士宮の両市産からの検出は初めて。県は各市町と関係事業者に採取、出荷を自粛するよう要請するともに、県民に食べないよう注意を呼び掛けている。【引用終了】
放射能汚染は、長野県東部、山梨県東部、静岡県西部あたりまで及んでいるようであります。この状況下で、吉野家が福島県産の材料で牛丼を客に提供しようというのは、狂気の沙汰というほかありません。(絶句) 

↓ 少し長いのですが、この動画を強く推奨します。まともな医者の命がけの訴えです。放射能汚染や内部被ばくの恐さを甘くみないほうがいいと良く分かる動画です。原発で利権にしている原子力ムラの連中が言っていることは、全てウソと誤魔化しと隠蔽で固められていることが分かります。



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