雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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ブログの弱点は査読者がいないこと…。 では査読者がおればいいのか? (その1)
●1つ前のエントリー シャクナゲの話題は終わらない…。『夏の思い出』に歌われたシャクナゲ色とは? に対して K さんからメールにて、次のようなコメントをいただきました。K さんの許可をいただきましたので、メールの一部を転載します。

K さんから頂戴したメールの一部
重箱の隅をつつくようですが…
山のきのこさんのファンクラブ(会員は私だけですが)でインターネットを立ち上げるたびにこっそりとお邪魔をし、挨拶もせずに抜け出してきております。さて「夏の思い出」ですが、文部省唱歌には入っていないのではないでしょうか。確かに教科書にも載っており、多数の知るところの有名な曲ではあります。10年前まで、**に関わる仕事をしていたので、些細なことに気が行ってしまう職業病みたいなものですので、病気ならば…との寛容さでお願いします。神仏でのツッコミといい、馬鹿さ加減は自己嫌悪に陥るほどです。


謝辞】 『夏の思い出』は文部省唱歌ではない、というご指摘でありますが、資料に当たり調査しましたところ、全くその通りであります。私の認識誤りでありました。意図せざる思わぬ誤謬を指摘くださり、謝意を表します。

訂正の挿入追記
ある読者から頂戴したメールで、 『夏の思い出』 が 「文部省唱歌」 あるいは 「唱歌」 と記述したのは明白な誤謬であることが判明しました。適当な言い替え語句が見当たらないので、当該箇所に打ち消し横線を引いておく、という処置のみにします。

『三省堂大辞林』によると、文部省唱歌とは、
「1910(明治43)~41年(昭和16)までの、国定音楽教科書におさめられている唱歌」
『Wikipedia』の「文部省唱歌」の説明によると、
「1910年(明治43年)の『尋常小学読本唱歌』から1944年(昭和19年)の『高等科音楽一』までの教科書に掲載された楽曲。1910年代から尋常小学校で教えられた」
また、唱歌とはWikipediaによると、「第二次世界大戦前の日本における尋常小学校、高等小学校の教科の一である。現在の音楽にあたる」
これらの文献の記述に誤謬がなければ、「唱歌」というのは戦前・戦中の教科名であります。「文部省唱歌」というのは戦前・戦中の今の音楽にあたる教科の教科書に掲載された楽曲をいうものだと思われます。
一方、『夏の思い出』を作詞した 江間章子 の略歴によると、「昭和24年(1949年)に『夏の思い出』をNHKラジオ歌謡にて発表した」 時系列から言って、楽曲『夏の思い出』が発表されたのは終戦後であります。したがって『夏の思い出』は、戦前にはまだ存在せず、戦前の音楽の教科書に掲載されることは有り得ません。したがって『夏の思い出』が文部省唱歌と記述したのは、明白な誤謬であり、ここに訂正いたします。
なお、愛唱歌という表現は、愛唱する歌という意味であり、“国民の愛唱歌『夏の思い出』” という記述ならば可能であると思われます。


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ブログには、記事の公開前に、誤謬を正してくれる編集者もいなければ、公開の可否をチェックしてくれる査読者もいない…。

●一般論として、世のブログはたいてい1人の執筆者が書いております。なかには何人かの人で輪番制で執筆をするブログも存在していますが、世のブログの大多数は1人での執筆で運営されておりましょう。
執筆者自身が、編集者であり査読者を兼ねている…。
●執筆者が1人でやっているのがブログであります。1人しかいないのであるから、執筆者自身が、どういうブログ作りをするかの企画者であります。そして編集者でもあります。実際の記事を書く執筆者であります。さらには、必要ならば写真も撮りにいくカメラマンであります。必要ならば文献や資料を集めるアシスタントです。記事が執筆できたら、それを掲載していいか誤謬がないかチェックする査読者であります。ゲラ刷りができたならば一番最初に読む読者でもあります。思わぬ誤植(変換ミス)がないかチェックする校正者であります。その記事が素晴らしい記事なのか、つまらない記事なのか評価をくだす批評家でもあります。……と全部1人でこなすのがブログなのです。

●つまり1人5役も、10役もこなす必要があるのです。ブログの記事を執筆する際には、執筆者でありさえすればいいというのでは済まないのです。特に必要なのは批評家の目であり、査読者の厳しいチェックの姿勢でありましょう。たとえ自分自身が書いた記事であっても、一旦自分の手から距離をおいて(心理的に突き放すような気持で)、誤謬がないか、その記事を発表しても大丈夫なのか? 書き直すべき不適切な記述をしていないか? 場合によってはボツにするべきではないか? と厳しくチェックする必要がありましょう…。しかしながら、自分で自分の書いた文章をチェックしたところで、不十分なのです。なぜならば、だれでも自分自身は、無知蒙昧・思い込み・偏見・視野狭窄・単眼的見方などに、囚われてしまっているからです。しかも、それらの呪縛は意外に強力なのです…。

●そのへんの姿勢が甘いブログが、自分も含めて、世の中に多いような気がしています。早い話が、あまりに程度の低い記事を書いたり、明白に間違っている記事を執筆した場合には、恥をかくのです。黙って神妙な顔をしていたら、あの人は賢いのかな?と思ってくれるかもしれないのに、アホウなことを書いたら、自分は馬鹿ですと自分で吹聴しているようなものです。ブログをすることの最大のリスクは恥をかくということでありましょう。

●人間だれでも有限の能力しかありません。専門家といえども、専門分野と隣接分野の知識は深くても、全く専門外のこととなれば我々庶民と大してかわりません。あらゆる人は万能ではないのです。人の世のありとあらゆることに知悉しているわけでもないし、1人何役も出来るものでもないのです。誰でも知らないことは山のようにあります。で、だれでもブログの記事を執筆して誤りを犯すという危険性はありえます。紙媒体の書物・雑誌などでは編集者がおり査読者がおります。そういう他人の目で厳しくチェックされ、もし誤りがあれば正し、問題があれば書き直しを命じられ、発表すべきではないと烙印を押されるとボツです。ある意味では、それは必要なことであり、そうして恥をかくことは回避できます。

ブログの記事を公開する前に、他人の目のチェックが入らないことが、ブログの大きな弱点であります。それは、恥をかくリスクを背負う下地です。また、それがブログというもの自体があまり評価されない大きな要因です。ブログの記事はあまり参考文献にはならないのです。要するに、私も含めて世の中のブログの多くは、記事の執筆が安易でいい加減なのです…。

ま、そういうことを肝に銘じて、自戒といたします。

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ここからは余談
●ところで、K さんは次のように仰っています。「昭和47年、第一次オイルショックというのがありました。そのあおりで、小企業の会社は吹き飛びました。不景気ながら、とりあえず口に糊をせねばと住み込みで働ける、スキー場へ赴きました。そこで知り合ったのが三俣山荘の支配人(オーナーではない)でした。何度か話をするうちにひと夏だけ行きたいと頼み、6月から入山したのです。三俣蓮華岳とは岐阜、富山、長野の3県境のある頂上で黒部川の最初の一滴の始まる源流域です」

●わたくし山のキノコも、むかし、失業して路頭に迷い、首を吊ろうかどうしようかと思案したあげく、とりあえず口に糊をせねばということで、富士山の頂上の山小屋でひと夏だけですが、住み込みでアルバイトしたことがあります。富士山は独立峰だから風が物凄く強く、最大瞬間風速91.0メートル(1966.9.25)という日本記録を保持する山です。アルバイトした夏の終わりに関東沖を台風が通過し、握りこぶし大の石がびゅんびゅん飛ぶ恐ろしい光景を見ました。人生いろいろ、人それぞれですが、案外似たような経験をしているというのは面白いですね…。

●さて、国土地理院 電子国土ポータル から、K さんが昔アルバイトされた三俣山荘がある 三俣蓮華岳(みつまたれんげだけ) 周辺の地形図を借用させていただきます。三俣蓮華岳は海抜2841.2メートル。北アルプスの盟主槍ヶ岳の北西7.5キロに鎮座しています。

国土地理院サイトより借用

三俣山荘が地形図上にしっかりと記載されていますね。行ったことはありませんが、地形図を読むと、三俣蓮華岳と鷲羽岳(わしばだけ・2924.2メートル)の両ピークを結ぶ稜線の鞍部にありますね。海抜2545メートルの高さにあり、そこは北アルプスの山中にしては小規模ながらも平坦に近いなだらかさのようですね。
三俣山荘公式ホームページ の「山小屋地代訴訟」はなかなか読ませる記事です。山小屋の経営者の、林野庁の理不尽な暴虐に対する怒りと、不撓不屈の反骨精神に大いに共鳴できます。

国土地理院サイトより借用

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