雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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春の到来は、雪の降らない地方ではあまり感動的ではない。
フキのとう
↑2013年3月18日 兵庫県南あわじ市(淡路島)灘にて 半日蔭のじめじめしたところに出てきたもの。近くにウドの自生が沢山みられますが、ウドはすこし遅れています。

●ふきのとう(蕗の薹) です。出てきました。春一番にでてくる山菜です。ほろ苦さが身上で、てんぷらにして食べると宜しい。ふきのとうはキク科のフキの花( つぼみ) であります。雌花と雄花があるのですけれども、花茎が50cmぐらいに立ち上がって、地味な花ですが開花しないと見分けがつきません。しかしながら野菜のホウレンソウと同じで、雌株でも雄株でも食べるにはどちらでも大丈夫です。畑のホウレンソウも長けて花が咲くと雌株と雄株が半々ぐらいであるのがわかりますが、見ただけでは、花茎が立ち上がる前ならば絶対に見分けられません…。

●さて、山菜が一斉に芽吹きました。ワラビ、タラの芽ももう食べられます。山菜ファンならば待望のシーズン到来であります。けれども、なぜか、あまり嬉しいという気がしないのです。感動が無いと言うか、待ちに待ったものが、ついにやってきた、という喜びがないのです…。何故なんだろうか? とすこし考えてみました。たぶん、おそらく、こういうことなんだろうと思います…。


春が到来して、山菜が一斉に芽吹いてもあまり嬉しくないのは何故か?

冬があまり厳しくない
淡路島南部に位置する南あわじ市では、雪国のように2mも3mもの雪に埋まるわけでありません。無積雪地帯であります。数年に一度の頻度で、数センチの積雪がある程度です。それも半日あれば溶けて消えてしまいます。基本的には雪は降らないです。したがいまして雪下ろしとか除雪・排雪などの辛苦からは全く無縁であるし、スタッドレスタイヤとかタイヤチェーンなど全く使用する機会はなく、無用の長物です。1年中ノーマルな夏タイヤでOKです。それにそのようなものに投じざるを得ない金銭的な負担もありません。また、北海道のように氷点下20度とか30度になるわけでもありません。そりゃあ、沖縄に比べれば大分寒いでしょうけれども、冷え込んでも氷点下2度とか3度までで、生命に危険なほどの、耐えがたい寒さではありません。北海道のように家庭に500リットルも入る灯油タンクを備え付ける必要はなく、可搬式の小さなオイルヒーターで十分で、ポリ容器でときどき僅か20リットルの灯油を買うだけです。要するに、冬があまり厳しくありません。暖房・服飾などあらゆるものを寒冷地仕様にせざるをえない重い費用は、ないのです。
冬が忌避したいものではない
南あわじ市では冬が大して厳しくないから、冬のイメージとしては 「つらくて嫌なもの」 「忌むべき陰鬱なもの」 「早く去ってほしいもの」 という感覚はほとんどありません。それどころか、真冬でもさんさんと太陽が輝き、畑ではホウレンソウやネギやキャベツなどの葉もの野菜が生育しています。厳冬期でも新鮮な野菜が菜園にあります。秋に取り込んだ野菜を塩漬けにしたり雪の倉などに長期保存する必要などもありません。フィールドでは結構いろいろな花が咲き、留鳥・渡り鳥ともに飛び回りさえずっています。冬でも天地の恵みに浴しているわけだから、冬が陰惨で忌むべきものではなく、冬もまた良しなのです。 「春」 というのは語源的には 「張る」 から来ているという説が有力です。「物事が活発でみなぎっている」 「はちきれんばかりに膨らんでいる」 というイメージです。
「張る」 = 「平面的にも立体的にも、広がり、膨張していく」 「弛緩していたものが充実して緊張する」 「静的なものが動的になる、活動的になる」 という意味でありましょう。そして、「張る」 = 「春」 であります。
南あわじ市では、農家の人は冬でも畑に出て農作業に忙しく、生産活動に “張り切って” います。気温の高い季節ほどではないにしても野菜の生育が進んでいます。冬でもものごとが停止しているのではなく 「張る」 状態であります。春はもちろん春なのですが、南あわじ市では冬もまた 「張る = 春」 なのです。
冬から春への劇的変化がない
南あわじ市では、春は、まったく冬の延長でしかありません。冬と春との境界線があいまいです。古雑誌を1ページづづめくるように、緩やかで惰性的な変化はあっても、一挙に景色が替わるわけではないです。豪雪地帯や寒冷地のような南風が吹いて一挙に雪解けが始まるとか、黒い地面が顕われ一斉に植物が活動を始めるとか、冬枯れた裸の森に一斉に新緑の葉が展開するとか、そのような顕著で劇的な変化は見られません。南あわじ市は、そもそも、照葉樹林帯の中にあります。厳寒期でも木々は青々としています。常緑樹であっても新緑はそれなりに美しいものではありましょう。けれども、冬枯れ一色の落葉樹林帯(夏緑樹林帯)の森が一斉に緑に衣替えするような劇的な変化とはかなり様相が異なります。真冬でも花壇では花が乱れ咲いているし、黒岩水仙郷では斜面を埋め尽くさんばかりに水仙が咲き誇り、森ではツバキが咲いています。2月に入るとオオバヤシャブシやハンノキが花穂を垂れ、モリシマアカシアの黄色い花も咲いてきます。春になっても、北国の夏緑樹林帯のような雪解け後の劇的な季節の移ろいは全く無く、冬がいつとなしに春になっていたという感じで、その境界が不連続で曖昧です。


こういう地域的な特性でありますから、嫌な冬よ早く去れ! 早く春よ来いと、春というものが、必ずしも首を長くして待ちに待ったものというのではありません。これが、春の到来を象徴するところの山菜が一斉に芽吹いても、感動・感激が薄くて、嬉しさがあまり込み上げてこない理由でありましょう…。多分そういうことでありましょう。ま、フキのとうの写真を撮り、収獲してきたのですけれども、べつに嬉しいというものでもないのです。

じゃあ、何で山菜を採るのか? 別に嬉しくもないし、待ちに待ったものでもないのに、何故山菜を採りにいくのか? 山菜みたいなアクが強い物をわざわざ食べるよりも、畑に青々とした柔らかい野菜があるではないか? という疑問が生じてきます。その理由には2点あります。

① 惰性的な習慣であること。毎年毎年、春になると山菜を採りにいくから、なんとなく習慣としてそうしているだけ…。喩えて言うならば、信心など全然無いのにもかかわらず、正月になるとみんな神社仏閣に詣りにいくみたいなものか?

② 昔の食糧不足の時代の名残でしょうな。終戦後のしばらくは食糧危機でありました。食糧危機が去っても昭和40年ぐらいまでは食生活は貧相でありました。で、山菜を採ってきて食料の足しにしていました。そういうふうな貧しかった時代の習慣がいまだに尾を引いているのであります。その証拠に山菜ファンはみな年齢層が高いです。主に70歳前後から上です。私のように50代後半でも山菜ファンであるというのは、兵庫県教育委員会お墨付きの僻地第2級で育っているからで、昔の習慣が遅くまで残ったからであります。
蛇足ながら、現在は僻地第1級に格下げされています。沼島(沼島小中学校)は僻地第2級です。 兵庫県広報「教育委員会規則」参照。

●さて、豪雪地帯では、春の到来で、屋根からしずくが小さな滝のように垂れ落ち、水路に雪解け水が流れ出し、静から動への変化がそこかしこであらわれ、流れる水音は妙なる音楽です。積もった雪の縮小と引き換えに、見る見るうちに土の地面が広がりだす…。うっとうしく邪魔者以外のなにものでもなかった雪が消えていき、雪の下からフキのとうが顔を出したならば、言葉ではいいようもないほど嬉しいだろうなと想像しています。昔は除雪などほとんどなく流通も十分でなかったでしょうから、貯蔵した野菜しかなく、そういうことから、雪解けとともに現れたフキのとうも見つけたならば、宝を見つけたような高揚感で、踊りを踊りたいほど嬉しいであろうかと思うんですけれども、雪の降らない地方に住む住人には、多分そういう雪国に住む人々の感覚は絶対に理解できないだろうな、と勝手に想像しています…。おなじ 「春」 という言葉ひとつとっても、住む地方によってその言葉から思い浮かべるイメージは全く違うのではないか? 同じ言葉であっても実は同じ言葉ではない…、と思います。

●以前、刑務所の努めをおえてシャバに出てきた山口組傘下の暴力団組長と話をする機会がありました。そういう人と付き合いがあるというのでは全くありません。たまたま、そういう機会があったというだけですが、彼が言うには、シャバにでてきて最初に食べたものが1杯のウドンであったそうです。で、 「この世に、これほど美味いものがあるのだろうか」 と驚嘆したそうです。なるほど、そんなものかなあ、と想像はできるのですけれども、そのウドンの美味さは彼と同じ場所に立ってみないと、なかなか理解できないのではないでしょうか?


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