雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
201706<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>201708
新聞の醜い主張。 新聞の軽減税率の密約があったのかも? (その1)
●ゴミ売り新聞などと揶揄されている読売新聞が、みにくい手前勝手な主張をしています。

「新聞は民主主義と活字文化をささえている」
「新聞はコメなどの食料品と同じような必需品だ」
「新聞発行が停止すると、行政への監視機能は弱まる」


などと、実態とかけはなれたおめでたい自画自賛を主張しています。新聞業界の人たちは本当にそういうふうに考えているのだろうか? 新聞業界内部の集会で、新聞業界が結束するための掛け声として内向きに言っているのならば、理解できなくもないです。しかし本当にそのように考えて、社会に向けてそう主張をしているのであれば、もはや新聞業界には未来はなさそうです…。

新聞業界は、自意識過剰であり、あまりにも傲慢で厚顔無恥の手前勝手な主張をしていることに、全く自覚していないようであります。権力の走狗、大本営発表を垂れ流すだけの新聞業界など、滅んでしまえ!と冷淡に見ている国民がしだいに増えていることに、新聞業界は気づいていないようです。読者の目となり耳となって、国家権力の暴走や乱用を監視をしてこその新聞です。この読者の側からみた存在理由を失った新聞は、急速に読者(国民)の支持を失い、その屋台骨がぐらついています…。実際に、新聞購読を止める人が後を絶たないし、新聞の発行部数はジリジリと下降トレンドを滑り落ちています…。

   **************************

新聞業界の、傲岸不遜にして厚顔無恥なる主張
消費税と新聞 軽減税率の議論を再開したい(10月18日付・読売社説)
引用開始
 新聞は民主主義と活字文化を支える重要な基盤だ。消費税率引き上げでは、新聞に対する税率を低く抑える軽減税率を導入すべきである。日本新聞協会が青森市で開いた今年の新聞大会は、「新聞を含む知識への課税強化は民主主義の維持・発展を損なう。新聞には軽減税率を適用するよう強く求める」とする決議を採択した。消費増税を柱とする社会保障・税一体改革関連法が8月に成立したことを受け、新聞業界として強いメッセージを打ち出した。

 討論会では、全国紙から「民主主義、文化の最低のライフラインを守るためには、軽減税率の導入が必要だ」との訴えがあった。地方紙からも「新聞の教育効果は高い」、「日本の高い新聞普及率は社会の財産だ」などといった意見が相次いだ。新聞は、全国で誰もが安く手に入れて活用できる特色があり、公共財的な社会インフラだ。コメなどの食料品と同じような必需品として、新聞の重要性を認める読者は少なくないのではないか。

 消費増税で経営が悪化した新聞社が発行をやめる事態になれば、言論の多様性は失われていく。行政への監視機能は弱まり、住民の政治への関心も薄まって、地域社会の活力低下が懸念される。新聞の公益性や活字文化を守る役割を重視し、軽減税率を採用している欧州を参考にしたい。欧州各国では、日本の消費税に当たる付加価値税の税率は20%前後だが、新聞に適用される税率は、フランス2.1%、スペイン4%、ドイツ7%と軒並み低い。イギリス、ベルギー、ノルウェーのように0%の国もある。

 一体改革法は、2014年4月に消費税率を現行の5%から8%、15年10月に10%に上げるとともに、軽減税率については、「様々な角度から総合的に検討する」と明記している。にもかかわらず、法律の成立から2か月以上が経過しても、政府が議論を本格化させていないのは問題と言える。公明党の井上幹事長が、軽減税率導入を求める約600万人の署名を城島財務相に提出し、税率8%時からの実施を要請した。これを機に議論を再開すべきだ。自民党も安倍総裁、石破幹事長が総裁選公約で、ともに軽減税率導入を訴えていた。軽減税率の導入には、対象品目を絞り込む作業などが不可欠だ。政府は時間を浪費せず、自公両党との調整を急ぐ必要がある。
引用終了

   **************************

ゴミのようなゴミ売新聞社説を読んでの感想

●まず、このゴミ売り新聞の社説は、一般社団法人 日本新聞協会が行った「第65回 2012年 青森」の新聞大会で採択された「決議」を踏まえた主張のようです。ホームページの 新聞大会 開催地一覧を閲覧しても、開催地が示されているだけで、その新聞大会の詳細は外部の者には全くわかりません。つまり、新聞業界内部の大会であることは明白です。その業界内部で採択したにすぎない決議文を引用して主張したところで、それはあくまで、新聞業界の主張にすぎません。社会一般の主張でもないし、国民の中からわき起こった主張でもないということであります。あくまでも、新聞業界という利益団体が自己に利益を誘導するための主張であることを指摘したいと思います。

●つぎに、「新聞は民主主義と活字文化を支える重要な基盤だ」とか、「民主主義、文化の最低のライフライン」だとか、「日本の高い新聞普及率は社会の財産」だとか、「コメなどの食料品と同じような必需品」などと言っているのは、読んでいるこちらまで恥ずかしくなるような手前味噌であります。自画自賛。独善的なお手盛りの営業用キャッチコピー。悪徳商人がうちの商品は、いいよ、いいよ、素晴らしいよ、というのと全く同じであります。新聞大会の討論会で、新聞業界人が、うちの商品(新聞)は、いいよ、いいよ、というのは、大道商人か香具師よろしく客の呼び込みをしているのと大して変わらず、商道徳も倫理もありません。

そもそも、その商品が素晴らしい物であるのかどうか? を判定し、評価するのは、それを売っている商売人の側ではありません。買う方の客の側であります。客がその商品に価値を認めれば買いますし、価値を見出さなければ買いません。これがものの道理というものです。で、新聞の購読者(一般国民)が「新聞が民主主義を支えている、新聞は必需品だ、新聞普及は社会の財産だ」などと言っているでしょうか?? 言っていませんよ!

客の側は次のように言っているのです。「新聞をやめたら、テレビの番組がわからないな」とか、「新聞をやめたらスーパーの安売りチラシが入手できないな」とか言っています。高齢者はよく「新聞をやめたら日とか曜日が分からなくなる」と言っています。新聞は政府の手下になってウソばかり書くから、全国新聞は真実報道をせよという声が上がっています。読売新聞は致命的な嘘報道をした! 読売は息をつくように嘘を書く!という声もあがっております。ようするに、新聞はウソを書くな。新聞は真実を書け。と読者(客)は言っているのです。その点については、このたびの原発事故の新聞報道を見れば、新聞社の報道が、隠蔽と誤魔化しの政府発表を垂れ流しただけであることがよく分かります。

●また、「新聞の教育効果は高い」などとも言っています。冗談じゃあない! NIE(教育に新聞を)で新聞業界と文部科学省が癒着して、子供たちを洗脳教育しているという効果ならば確かに高いでしょう! 新聞販売部数のジリ貧に危機感を持った新聞業界は、自民党若手有力議員に政治献金して、その議員が文部科学省に働きかけました。そして学校教育で新聞を使って教育をするようにしたのですが、明らかに新聞業界と文部科学省(政府)との癒着です。学校で新聞を使って授業するのだから生徒の家庭で新聞を取っていないと具合が悪いように仕向けるわけで、政府が新聞の販促に協力しているのです。そうすると、新聞はあからさまに政府を批判する記事が書けなくなる…。新聞と国家権力とは距離をとっていないと、まともな記事が書けないのに、逆に接近し、癒着しているのです。

確かに、NIEは多くの外国でやっています。海外でやっていることを日本でも導入したのでしょう。けれども日本は事情が異なります。日本の新聞は寡占化が著しく、記者クラブ談合体質で、5大紙はもちろん地方紙にいたるまで記事が横並びです。記事に全く多様性がありません。そうした場合では、NIEは弊害の方が大きくなるハズです。

たとえば、A紙は橋下維新の会を持ち上げている、B紙は橋下維新の会に極めて批判的である、C紙は中立的である、D紙は橋下維新の会について全く報道しない、というふうに、ある問題に関して記事が多様であれば、それらの記事を並べて橋下維新の会について考えて討論しましょう、とやれば良い考える訓練・良い勉強になるでしょう。しかしながら、各紙横並びの同じような記事ばかりでは、考える訓練にならないどころか、全ての新聞が橋下維新の会を絶賛しているのだから、橋下は素晴らしいんだろうと洗脳されるだけです。ある意味では “教育とは洗脳である” というのも歴史を見れば、疑いようのない事実です。 

●「消費増税で経営が悪化した新聞社が発行をやめる事態になれば、言論の多様性は失われていく」とか「行政の監視機能が弱まる」などという主張に至っては、盗人猛々しという他ありません。絶句です。そもそも日本の新聞は、お化けのような電通に広告費の配分を押さえられていて、コントロールされているのは多くの人々が指摘しています。電通は政治家になれなかった政治家の子弟の就職先です。電通は政治と密着しています。地方新聞の記事は通信社が一元配信していますから、必然的に横並びです。そこに日本独自の記者クラブというギルド的な談合組織があって、各紙の新聞記者が記事原稿のすり合わせをしたり、政府から情報の提供を受ける見返りにあまり政府を批判しないという報道と権力のと馴れあいがあることが、反骨ジャーナリストの上杉隆氏の活動で広く知られてきました。さらにその上に官房機密費が新聞社のデスクに配られているらしいことも取りざたされています。

こんな新聞業界に言論の多様性などあろうハズがありません。行政の走狗であっても、行政を監視するなどということは有り得ません。新聞業界みずからが「言論の多様性が失われる」などと主張するのであれば、これはもはや「噴飯もの」を通りこして、「詐欺」みたいなものです。実際に、新聞業界はサギ業界というのは知られています。いわゆる「押し紙サギ」です。新聞社が新聞販売店に実売以上の部数を買い取らせるのが押し紙ですが、新聞社は発行部数を水増ししてサギをしています。新聞販売店も、強大な新聞社に押し付けられているとはいうものの、広告チラシ代を過分に取るなどという形で、サギに加担している面がありそうな感じです。押し紙問題では新聞販売店が訴訟を起こすなどしていますから、そういう問題の存在が広く知られてきました。

●さて、このゴミ売り新聞の主張の眼目は、消費税を10%にあげても、新聞を特例品目として減免措置を取ってくれとおねだりしています。みっともない。新聞社は財務省の手先となって、社説等で、「財政危機なのだから消費税増税は焦眉の急無であり、先延ばしは許されない」というふうな論調でさんざん書き散らしていました。財務省の進める消費税増税政策の旗振り役が新聞だったのです。その新聞が「うちだけは消費税増税をこらえてくれ」とおねだりを言っているのです。この身勝手さ。この厚かましさ。これでは新聞不信が広がるのは当然です。

消費税増税とは、すなわち法人税減税と所得税累進課税緩和との穴埋め、換言すれば大企業と高額所得者の優遇政策に他ならないことを、新聞が報じることは一切ありませんでした。また、日本の消費税はヨーロッパの付加価値税とは似て非なるものであり、ヨーロッパの税率の20%とか30%と日本の5%を比すれば、日本の増税余地がありそうにみえるが、実際の税収全体に占める消費税収で比すればヨーロッパも日本もほとんど変りません。また、消費税収の対GDP比でもそう変りません。換言すればすでにヨーロッパ並みの消費税を取られているということです。一昔前には税の直間比率が問題にされました。日本は直接税が主体で間接税が少ない、直接税を下げて間接税を主体とすべきだという議論でした。しかし、現在ではその税の直間比率でもヨーロッパと日本とではそう変りません。すなわち、もはや日本はヨーロッパと同じ程度消費税を取られているのであり、消費税増税の余地もなければ、疲弊した国民大衆の担税余力はもうないのです…。このようなことを一切書かずに、財務省の大本営発表を垂れ流すだけの新聞が、「行政の監視機能が弱まる」などというのは、ちゃんちゃらおかしいし、欺瞞でありサギであります。

●新聞業界が財務省の手先となって、消費税増税を進めるキャンペーン報道をしたのですが、新聞を特例品目として消費税増税の対象から外して優遇するという “政治的な裏取引” があったのではないか? という見方がありますが、このハナシの真偽は藪の中です。

わたくし山のキノコは、読者に見放された新聞業界は5大新聞であっても、そう遠くない日に、破綻する新聞社が最低でも2社は出るであろうと予想しています。

    **************************

【10月20日追記】
読売新聞は、ついこの間、致命的な誤報をしています。
【おわび】iPS移植は虚偽…読売、誤報と判断
読売新聞は何の裏も取らずに全くウソの報道をしたわけです。他の新聞はけっして追随報道はしませんでした。その点では他の新聞はそうとうましであります。読売新聞のタチの悪いのは、誠心誠意キチンと謝罪しないことです。ウソの報道をしておいて、自社の調べで誤報であることが明らかになったなどと言っています。

とんでもありません。あちこちから読売報道は誤報だと指摘する声があがりました。あっちこっちからウソじゃねえかとつつかれたから、読売新聞も「しまった、誤報をやっちゃった」と気づいたにすぎません。にもかかわらず、自社の調べで明らかになったなどと誤魔化すのでは、自分の失敗を自覚も反省もしていないようです。傲慢そのものです。

「YOLに掲載されたiPS心筋移植に関連する記事に誤りがありました。おわびします」などと、謝罪はたったの1行だけです。あれだけの致命的誤報なのですから、もっと言葉を費やして謝罪する必要があります。まず、誤報に繋がった理由や背景を徹底的に調査分析して、まずその経緯を読者に報告しなければなりません。そしてキチンと誠心誠意をもって迷惑をかけた関係者をはじめ読者に謝罪をしなければいけません。そして、二度と誤報が無いように社内の体制を刷新するなどのことを読者に対して誓約しなければなりません。そういう当たり前のことをしないで、新聞業界を自画自賛するアホな社説を書くから読売新聞 = ゴミ売り新聞 と揶揄されるわけです。世の中は理由もなくゴミ売りだなどと言っているのではないのです。えてして新聞業界は全体的に傲慢体質があり、読者を見下しています。読者が新聞を購読してくださっているからこそ、新聞が発行できるんだという感謝の念がないのです。ゴミ売り新聞はとくにその傾向が顕著であります。
スポンサーサイト
コメント
コメント
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック
copyright © 2017 Powered By FC2ブログ allrights reserved.