雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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南北朝時代の再来を狙うのか? “地名は歴史の化石” だということを忘れるな。
●歴史を調べる方法には色々ありましょう。たとえば、旧家の屋根裏から古文書を探し出して、解読し、書いてある記述から調べる文献探査法。発掘をして遺物を掘り出したり、崩れかけた古い蔵から大昔の物品を探し出して、その物品を調べていく遺物解析法。村一番の古老から、子供の時に聞いた古い言い伝えを思い出してもらい、根掘り葉掘り聞き出す伝説ヒヤリング法。などなど…。

さて、歴史を調べる有力な方法に、地名を調べるという方法があることは申すまでもありません。私の住む「淡路」は「阿波路」であり阿波(徳島県)へ至る通り道であるというのが通説です。旧三原郡の「三原」は「御原」であり狩りをしにくる天皇の野原の意味だとするのが通説です。「鍛冶屋」という集落名はそこには農機具など作る鍛冶職人がいたと考えられるし、「鈩・たたら」という集落名は古代に砂鉄を原料にして製鉄をしていたのか?と思われます。地名を見ればその土地で昔なにが行われていたのか、予想がつく場合が多いのです。地名はその土地の来歴を物語り、“地名は歴史の化石だ”と言われる所以(ゆえん)であります。

●さて、橋下徹氏はどうしようもない男だ。日本文化だとか、伝統だとか、まったく理解していないようであります。橋下氏は、「大阪市君が代条例」などというものをこしらえて、君が代斉唱を強要し、君が代を斉唱するときには、手は前で組むのではなく横に置くものだ(つまり気をつけ!の直立不動の姿勢)と細かく指定しています。橋下氏自身は愛国者のつもりなんでしょうけれども、滑稽としかいいようがありません、ピエロのような滑稽な芝居を演じています。

……という前提を踏まえて、本論であります。なぜ橋下氏のすることが滑稽なのかと申せば、伝統を護っているつもりなのでしょうが、実は伝統を破壊しているからです。そして、橋下氏自身はそのことに全く気がついていないようです。
松井氏「民意のおかげ」 大阪都法案成立へ、橋下氏は「名称こだわる」産経新聞8月29日(水)14時52分 
【引用開始】
 大阪都構想の実現に必要な法案が29日に成立する見通しとなったことを受け、松井一郎大阪府知事は28日、「府民、市民の行政組織を変えたいという民意が示され、大きな支援のおかげで国会議員に理解してもらえた」と歓迎の意向を表す一方、「(実現に向けて改正が必要な)関連法は200ぐらいあり、都構想を仕上げるにはまだまだだ」と気を引き締めた。
 橋下徹大阪市長も法案成立への期待を示したが、法案では名称を「大阪都」ではなく「大阪府」のままにすることになっていることに関して「市民に変わったという意識を持ってもらうためにも、名前は別にしないといけない」と指摘。ただ「名称にはこだわるが、まずは(法案を)通してもらって、それから考えていけばいい」と語った。 名称に関しては、松井知事も「日本に都が2つあってもいい。都という名称が使えるよう、今後も働きかけていきたい」とこだわる考えを示した。
【引用終了】

●とりあえず、「大阪都」という地名は回避できそうで良かったです。しかし、まだまだ未練を持っているようですので、今後どうなるのか予断を許しません。一連の愚かな騒動を観察すると、橋下氏や松井知事らは日本文化とか伝統とかいうことに無知なのでは?? という感じさえいたします。
地名をみだりに変えてはいけないのです。地名という歴史の化石の破壊につながるからです。次々に行われた町村合併により、貴重な化石がかなり破壊されました。歴史の研究者たちが怒っていますよ。地名を変更することは少し大げさに言えば文化の破壊であり、伝統の軽視であります。伝統文化を破壊しようとする者に、君が代を斉唱しなさいなどと主張する資格はありません。

そもそも「都・みやこ」というのは、天皇のまします場所をいう言葉です。「京・きょう、みやこ」も天皇がまします場所を言う言葉です。天皇だけでなく、皇帝とか国王がいるところも「都」とか「京」と言うのです。天皇も国王も皇帝も普通は1人しかいません。細かなことを申せば、1300年代の南北朝時代には朝廷が南朝と北朝とに分裂して、双方がワシこそ正統だと主張しましたが、天皇が2人いるという状況になりました。しかしどちらかが正統であり、どちらかが正統ではないのですから、本当は天皇は1人だったハズです。天皇(皇帝や国王も同じですが)は1人しかいないのですから、「都」は1国に1か所が大原則です。2か所あってはならないのです。

●橋下徹氏や松井知事らが、「日本に都が2つあってもいい」 などという珍妙な主張をしていますが、これは「天皇が2人いてもいいと主張するのに等しいのです。これはまさに天皇にたいする冒瀆(ぼうとく)発言です。かたや君が代を歌え! と叫び、かたや天皇が2人いてもいい! と主張するのは支離滅裂です。戦前だったら橋下氏は不敬罪で即タイホでしょう。橋下徹氏は言うことがころころとかわり、しかも支離滅裂です。思い付きばかりを言い過ぎです。

都・京(みやこ)という言葉は、語源的にも、歴史的にも、天皇のまします所をいう言葉であることは明白で、その証拠を示します。

●語源は説明するまでもありません。「ミヤコ」の「ミヤ」は「宮」であります。「コ」は「処」であります。つまり “宮がある所” の意味なのです。宮とは神が鎮座する建物、また、天皇がまします建物という意味をあらわします。(長くなるので文献提示は省略)

●つぎに都(みやこ)の歴史的な用例を調べてみます。下にコピー引用したのは 日本書紀 です。奈良時代の720年に編纂された書物であり、歴代の天皇の系譜や事跡が書き記されています。岩波書店の日本古典文学大系 『日本書紀 上』初版本(昭和42年)288ページです。都合で、後ろ3行と頭注は割愛しました。日本書紀巻第七の景行天皇12年7月の記述であります。

日本書紀 巻第七 景行天皇十二年九月のくだり

●赤の線はわたくし山のキノコが引きました。

天皇、ついに筑紫にいでまして、豊前国の長峡県に到りて、行宮(かりみや)を興(た)てて、まします。故(かれ)、その処を号(なつ)けて京(みやこ)といふ。

【山のキノコの現代語訳】
天皇は最後には九州においでになり、現在の福岡県京都郡北部・行橋市あたりに行きつきまして、仮の御殿を建造してそこにおいであそばします。(そこに居るということですが、最上級の二重敬語で表現しています)それで、その天皇のまします場所を名付けて、京(みやこ)と言うのです。

【語釈】
行宮(かりみや、あんぐう)天皇が行幸するときに、旅先で建てられた仮の御殿、仮の建物。

故(かれ、と読む)上代文学独特の順接の接続詞。それゆえに、だから、それで、等の意味です。

曰(いわく、あるいは、いう、と読む)ただし歴史的仮名遣いでは、いはく、いふ、と書く。

日本の最古級の書物に、天皇がおる所を「京・みやこ」=「都」と言うのだ、とハッキリと書いています。しかし、「みやこ」という地名のところに天皇が行幸してきたから、そこを「ミヤコ」と言うのだ、という説もあることはあるのですが、それはかなりへそ曲がりの説です。もしそうならば、天皇が九州豊前国の「ミヤコ」という地名の所にやってきて、仮の宮殿を建てて、そこに滞在した、というふうな記述になるハズです。しかし実際の日本書紀の記述はそうではありません。わたくしは、日本書紀の記述を率直に読みたいと思います。

橋下氏の野望、橋下氏は天皇になりたがっているのかも??
突飛なことを申すようですが、あり得ます。すくなくとも総理大臣になりたがっています。そういうことを自らほのめかしたり、側近の人が言っていたように思います。総理大臣を目指すならば、天皇を目指しても何ら不思議ではありません。それほど橋下氏の権力志向は露骨です。皇室に嫁に行くとか養子に入るという手段はありますが、皇室典範を改正しないと養子が天皇になれる可能性はないでしょうね。したがって、橋下徹氏が天皇になれる可能性はなさそうです。
今上天皇は江戸城(皇居は江戸城跡です)に住んでいます。大阪市役所を大坂城に移転して、橋下徹氏は大坂城に住んで天皇気分を味わったらいいのではないか?? で、南朝・北朝をもじって、東京は東朝、大坂は西朝です。西朝の異端の自称天皇が橋下徹ということなんでしょうねえ??

ま、茶化すのはさておき、天皇のおる所が(都・京 = みやこ)であります。歴史上遷都は次々にありましたが、それぞれの時代に置いて「みやこ」は1つだけです。2つありません。たとえば、仙台を杜の都(もりのみやこ)と言うのは、天皇がおったからではなく、それは、たんなる比喩的表現です。

浪速京(?)→ 藤原京 → 平城京 → 長岡京 → 平安京 → 東京、 → 大阪京? と東京の2京並立だって??

(2京並列は、300年後の人たちが、“300年前は皇室が分裂して、南北朝時代のように東京朝と大阪朝の2つがあったんだ” と勘違いします。300年後の日本史教科書に、歴史上朝廷が分裂したのが2回ある、1000年まえの南北朝、300年前の平成の東西朝、などと書かれる危惧さえあります。歴史を重んじたり、右翼の人らが言う “皇統の護持” という観点からは、絶対に大阪京・大阪都などは認められないハズです)

遷都は首都機能の移転の意味もありますが天皇の住所変更が根本にあります。大阪京の可能性はないでしょうが、古代の難波京の存在は議論されていますし、明治元年には大久保利通が大坂遷都を提案しています。大久保案は実現しませんでしたが、そういう案ならば歴史上あったので、可能性はゼロではないかも?? 橋下徹氏が本当に大阪都(大阪京)を実現したいのであれば、天皇陛下に大阪に住所変更してもらうように運動する必要があります

「陛下、東京は放射能で汚染されていて、危のうございます。お世継ぎの愛子様のDNAに傷がついたら大変でございます。うちは大阪府と大阪市が総力を挙げて、大坂城を改修し、とても便利にいたしました。大阪人はざっくばらんで人情が厚うございますし、食い倒れの街で、食べ物が美味しゅうございます。ぜひ是非、放射能汚染のない大坂に御移りあそばされますよう、平伏してお願い申しあげます」

…と、放射能汚染からの脱出をアピールすればいいのではないのでせうか?? 
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