雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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瀬戸内海沿岸地方の郷土料理 「いぎす」
瀬戸内海沿岸地方での郷土料理「イギス」
●「イギス」という赤褐色の海藻があります。瀬川宗吉著『原色日本海藻図鑑』保育社刊 昭和31 によるとその分布は、千島~樺太~北海道~本州であります。沖縄(琉球)にあるようには書いていないので、どちらかと言えば北方系の海藻なのかなあ? と勝手に思うんですけれども、淡路島南部の磯にはごく普通に見られます。私の観察では大潮の磯がよく引いたときに見られるから、磯での垂直分布は “潮間帯下部~潮間帯最下部~漸深帯” にあるように思います。どのようなものかは次の 京都府農林水産技術センター海洋センターHP で顕微鏡写真まで見せてくれます。

●このイギスという海藻は瀬戸内海沿岸地方では、郷土料理の材料としてなくてはならないものです。乾燥イギスを米糠(ぬか)を溶いた水でペースト状になるように煮て、それを器に移してから冷やし、堅めの豆腐のような状態にして、短冊に切り辛子酢味噌などを付けて食べるのが一般的です。冠婚葬祭にはつきものの料理ですが、特にお盆の法事には必ず出される特別な料理でした。しかし、最近は仕出し屋で弁当を取ったり、料理屋さんでの会席膳が多くなったので、イギス料理を食べる機会が減ってしまいました。

日本の食生活全集 28 『聞き書 兵庫の食事』318ー319頁 農山漁村文化協会 1992年 から説明文および写真2枚を引用します。
引用開始【いぎす】水1升に米ぬか3勺ほどを溶いて、乾燥したいぎす10匁を煮る。10分くらいで溶けるから、汁を容器に流し、冷やし固める。からし酢味噌をつくり、薄く拍子木状に切ったいぎすをつけて食べる。疲れやすい盛夏にぬかを食べるのはからだによい。また海草はおなかの掃除といわれて、よく利用する。

いぎすを干したもの
【↑いぎすを干したもの】 手前は乾燥して1年目のもの、奥が3年くらいたったもので、こちらがおいしい。

煮固めたいぎす
【↑煮固めたいぎす】                  引用終了

イギスの乾燥品
↑イギスの乾燥品です。いただき物でありますが、わたくしは諭鶴羽山系のシカ(鹿)と同じで、嫌いな草が色々とあります。嫌いな草や木の葉は、たとえ空腹であっても絶対に食べません。ニガウリ、セロリ、フライドチキン、飲み物のファンタ、ヨーグルト、宗教的信条から四足の肉類は一切食べないし、それから次に考察する「こやのり」などなど…、これには本当に困惑させられたのですが、仕方がないので近所のおばちゃんに回しました…。

    ***********************

謎の言葉「こやのり」についての語源考
イギス料理は、淡路島最南端の灘地区では「こやのり」と呼ばれていました。昔、まだ家庭で法事の料理を作られていた頃には、盆の法事には欠かせない料理でした。大皿に刺身の切れを並べるかのように、薄く短冊に切った「こやのり」が螺旋状に並べられて、まるで料理の花が咲いているかのようで、法事の膳の主役料理であったかと思います。

この「こやのり」といういわくありげな不思議な言葉ですが、古今の辞書や事典に全く掲載がありません。ネット検索しても何もヒットしません。私の知るかぎりでは灘地区とか沼島あるいは阿万の一部も?、という辺りのごく狭い範囲での方言・地域名であろうかと思いますが、淡路方言に関する代表的な研究書の、興津憲作著『淡路方言』兵庫県立淡路文化会館発行 1990年、にも語彙収録されていません。この謎の言葉「こやのり」の語源について大胆な仮説を立ててみます。

仮説1 「こやのり」は「紺屋糊・こんやのり」の意味である。「紺屋糊」は普通は「こんやのり」と読むのですが、「紺屋」は「こんや」だけでなく「こうや」とも読む例が古典文学にかなりあります。わたくし山のキノコが仕事柄片時も手放せない『岩波古語辞典』にも「こんや」だけでなく「こうや」の項目が立てられています。「こうや」の項では “紺屋の転” と説明しています。現代でも 紺屋の明後日 という故事成語は「こうやのあさって」と読むことが多いようです。で、「紺屋糊」を「こうやのり」と読んで何ら差し支えがありません。つまり、「こんやのり」→「こうやのり」→「こやのり」と発音が変化したのであります。

では、紺屋糊がなぜイギス料理と関係あるのか? についてですが次の、型染めの「糊置き」の実演 のYou Tube動画を見たら良く分かります。もち米と糠で作った「紺屋糊」で糊置きの工程をされていますが、色といいペースト状といい、イギスを鍋で溶かしたものにそっくりであります。で、イギス料理を作る際に、“紺屋糊みたいだね” と誰かが言ったことが「こやのり」の語源なのです…。

仮説2 「こやのり」は「高野海苔・こうやのり」の意味であります。「高野」は明らかに高野山です。高野山の僧侶たちが食べる精進料理みたいなものだという意味です。イギスは巻寿司をつくる材料の海苔(のり)ではありませんが、海苔とおなじ海藻だという意味であります。海苔というのはそもそも食用になる海藻を総称する言葉で、特定の種を指すものではありませんでした。恐らく、むかし村の人が総本山の高野山にお参りして宿坊に泊まったところ、精進料理がでてきて、なんとお刺身があるではないか! しかし食べてみるとビックリこれは魚じゃねえな、こんにゃくの刺身だ! タケノコの刺身だ! これはイギスの刺身じゃねえかあぁぁ!! という風なことがあったのでしょう。

で、その精進料理のお刺身が鮮烈な印象として脳裏にのこり、イギス料理が出てくると、これは以前に高野山で食べた海草(海苔)料理みたいだね、と誰かが言い広まった可能性があります。そして高野海苔「こうやのり」→「こやのり」と発音変化したのであります。

【注】わたくし山のキノコの思い付きの牽強付会説です。きちんと考証したものではありません。間違っている可能性があります。信用しないように……。

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Re. 海は宝庫
『どんどん海のものを食べてウンコをしましょう(^o^) 』 というのは大賛成です。とても素晴らしい標語ですね。(ただ個人的にはコヤノリは苦手ですが)

日本は山ばっかりで、耕地が少ないのは言うまでもありませんが、耕地面積の少ないのを補完しているのが海なんですよね。海藻は畑の野菜に相当しますし、魚介類は畜産の肉や卵ですね…。最近の若い人には魚嫌いの人が増えているらしいことは本当に残念です。

いま、シカゴの穀物市場で、トウモロコシ・大豆・小麦の価格がじりじりと上昇しています。飽食をむさぼる日本が、やがて食料を自由に輸入出来なくなる日がくる可能性が高いのですが、そうなったら田畑でコメとイモを作り、おかずは魚と海藻ということになるだろうなと思います。日本の狭い耕地面積では、家畜の餌にする穀物を作るのはムリです。肉や卵は口に出来ない日は必ず来ると私は信じています…。

『どんどん海のものを食べてウンコをしましょう(^o^) 』
なんという素敵な標語なんでしょうか! お座布団10枚です。

そして、さらに付け加えるならば、
『ウンコもオシッコも、瀬戸内海に撒きましょう(^o^) 』
と言えば、何とまあ、アホなことを言うのだ! お前、気でもふれたんか。とんでもない! と叱られそうですが、これは説明すれば分かってもらえる筈です。

瀬戸内海(播磨灘でも大阪湾でも)で、魚の漁獲高が次第に減ってきたのは、新聞報道などでは、“汚染がひどくなって海が富栄養化したためだ” などというとんでもない報道がまかり通っています。

しかし、実態は全く逆です。国土交通省など政府系機関が瀬戸内海の経年的な水質調査を何十年と続けています。それらの、この50年間の水質経年変化データと、魚の漁獲高の経年変化を重ね合わせるとハッキリとわかります。30年、40年前は瀬戸内海は汚染がひどくて、亜硝酸態窒素とか、硝酸態窒素、アンモニア態窒素、リン酸態リンなどの、いわゆる栄養塩類といわれるものの濃度が高く富栄養化していました。窒素やリンなど栄養分が多いのでプランクトンがよく育ち、大規模な赤潮が毎年発生していました。

ところが近年は、特にここ10年20年は、かつての汚染された状態から比べると見違えるように海が綺麗になっています。赤潮の発生も少ないし、発生しても規模が小さいです。水質監視機関の経年調査データをみても栄養塩類の数値がかなり下がっています。海の透明度も上昇しています。海が40年前ごろと比べるとずいぶんと綺麗になったのです。

で、魚が減りました…。昔の人の鋭い洞察 ”水清ければ魚棲まず” という、ま、ちょっと考えたらそれは当たり前のことなんですが、50年間の科学的な水質経年観測がそれを裏付けています。

全くマスゴミ報道とは逆なんです。富栄養化が漁獲減の原因ではなく、貧栄養化のせいなのです。残念ながら、その分野の研究者たちは百も承知なのに、たぶん環境省や国に逆らうことになるので、誰も堂々とはよう言いません…。陰じゃこそこそ言っていますが…。

よく深海の水というのが珍重されますが、表層水に比べると500mとか1000mとかの深い海の水は、栄養塩類の宝庫です。その濃度が数十倍です。つまり表層水は栄養の不足した砂漠なんです。だから、海洋深層水が湧きあがるところ(たとえばペルー沖とか)は世界屈指の大漁場なんです。瀬戸内海は浅いので砂漠状態の表層水です。適度に栄養塩類を補ってやらないと、作物が出来なくなる畑と全く同じなんです。

こんなことは専門家でなくても地学ファンならごく普通の常識なんですが、なぜ専門家といわれる人たちが国や環境省の手下をするのか? 信じがたいのですが、ま、研究費やサラリーをもらうことの方が大事なんでしょうね……。

で、ご賛同いただけるかどうか分かりませんが、わたくし山のキノコの主張は、

どんどん海のものを食べてウンコをしましょう(^o^)  そして、ウンコとオシッコを瀬戸内海にバラ撒け(^o^) 下水道にウンコを流すのは勿体ない(^o^) とんでもないことを主張するように見えるかもしれませんが、畑に窒素肥料やリン酸肥料を施肥するのと全く同じなんですよ…。魚を増やして漁獲高を上げたかったら、適度に海を汚さなければいけない、のです。世の中、常識的な発想ではダメなんですよ。

地球温暖化の恐怖を煽って国民を洗脳し、風力・太陽光など新エネルギーもマスゴミが煽りまくったから、国民は完全に洗脳されています。そういう状況では、瀬戸内海にウンコを施肥しろなどと主張しても、多分理解してもらえないでしょうね。あいつは気違いだと思われるだけ損です。たぶん研究者も陰じゃコソコソ言っても、堂々とよう言わんのは、それも理由の一つだろうなと想像しています…。

【追記】
かつては、工場が有害な化学物質などを垂れ流していました。その汚染や害がひどかったです。それは法律が整備され厳しく規制され監視され、現在はかなり改善しています。その有害化学物質の垂れ流しによる汚染は、徹底的に規制し監視しなければいけないのは申すまでもありません。

自然の物質によるもの(ウンコももちろんそうですが)は、有害化学物質による汚染とは全く別物です。アホウな記事を書く新聞記者はその違いがよく分からないのでしょうね。
有害化学物質は、たとえ微量であっても、食物連鎖(しょくもつれんさ)や、食物網(しょくもつもう)という機構で、生体濃縮(せいたいのうしゅく)されて、危険なレベルまで濃度がたかまり、ヒトの健康だけでなく海洋生物の生存をおびやかします。

一方、ウンコなど自然から出た有機物質は、プランクトンや小魚などの “餌・えさ” です。生き物が生きていくのに必要な物です。そこが、有害化学物質の汚染と、有機物による水の汚れは、同じように見えても全く違うところです…。たぶん、このことがよく理解できないのでしょうね。有機物質による汚染は、仮に汚染がひどくても、やがてバクテリアによって分解されて、いつのまにか綺麗になっていますよ。ウンコは気分的に汚いように思えるだけであって、実際は微生物の餌であり、有用な資源です。ウンコは廃棄物ではありません。



2012/08/12(日) 00:57:34 | URL | 山のキノコ #js83eNAU [ 編集 ]
海は宝庫
海の近くに住んでいると海草とは切っても切れない関係があるようです。
山のキノコさんのように研究熱心ではありませんが、私は終戦の年に産まれたので、海は飢えを凌ぐ宝庫みたいなものだったようにも思っています。
親戚や親元を辿って、都会から疎開して淡路島へきていた人も多かったように思います。

当時は下肥で野菜を作るので、子供に回虫がわくことが多いので定期的に学校では虫下しを飲まされていました。
それは海人藻という海草を乾燥して煎じて飲むのです。
今ではそういう虫下しなんか飲まなくても肥料自体が改善されているので、そんな必要はないようですが、体内に回虫を持っていることは命に関わるぐらい怖いはなしだったのです。

海人藻とは別の話になりますが、フノリという海草のことを少し書いて見ます。
左官の壁塗りにフノリを混ぜておりました。
今では日本建築の特徴の和室がなくなりましたが、竹の下地に土壁を塗って、その上にワタカベを塗り仕上げるのですが、そのワタカベにはフノリを混ぜていました。
私が以前機械メーカーのサービスエンジニアとして全国を回っていたとき、旅館のお味噌汁にもフノリが入っておりました。
海は魚類や海草など食材を得るところというのではなく、いろいろな資源のあるところですから、もっと大事に考えなければならないと思っています。

もうすぐお盆ですが、お盆にはご先祖や亡くなった人たちが帰ってくるというので、祀りものをしますが、その祀ったものを海に流してはいけないのですね。
飾り物の竹や藁、団子などは自然のもので環境に悪いものではないからかまわないと思うけれど、禁止となっているようだ。
アオリイカの産卵のために芝(ウバメカシの束)などは沈めるクセに・・・・。
海にはカニやゴカイなどがいて生物連鎖というか、順繰りにそれぞれの役目で生きています。

どんどん海のものを食べてウンコをしましょう(^o^)



2012/08/11(土) 21:50:16 | URL | ランクル #mBzIeYos [ 編集 ]
Re. イギスの……
ランクルさん、ようこそお越しくださいました。

イギスありがとうございました。
せっかく貴重なものを頂戴したのに、近所のおばちゃんに回して、すみませんでした。苦手なんです。「こやのり」は。

狭い淡路島でも村が違うと名称や料理法が異なるかもしれませんが、旧南淡町灘地区では、法事の料理の定番は、ハマチやタコの刺身、大根と人参のなます、サトイモ等の煮しめ、金時豆の煮たもの、それから「こやのり」などで、大きなお皿に盛って出てきました。法事に参列した人は各自、小皿に取って食べるというバイキング方式みたいなものでした。で、法事のときに、自分の席の前に「こやのり」の大皿が回ってきたらパスして、すぐに次の人に回していました…。

旧西淡町ではイギスのことを「こやのり」と言うのでしょうか? 南あわじ市灘と沼島だけの言い方なのか? 他所でも言うのか未調査なので不明です。これは調査するのは割合に簡単で、各地の公民館とか自治体とか問い合わせたらすぐ分かると思います。しかし、たぶん旧南淡町のごく狭い範囲の名称だろうと想像しています。むかし沼島は千軒、人口4000人の島で、戦前は灘から沼島に嫁に行くのは玉の輿だったのですが、沼島でも「こやのり」と言うのは台所をあづかる主婦が「こやのり」の名称を運んだのかもしれません。あるいは逆に沼島で「こやのり」と言っていたのを、親元に帰省した際に灘に持ち込んだ可能性もありえそうです。

『新撰字鏡・しんせんじきょう』という平安時代の892年に編纂された漢和辞典があるのですが、「凝海菜、伊支須」という記述があります。「凝海菜」というのはそのものズバリで “炊いて固める海藻だ“ という意味でしょうが、「伊支須」(いしす)と読ませています。たぶん、「伊伎須」あるいは「伊岐須」と書かなかったら(いぎす)と読めないので、書き間違ったのでは? と思います。

『和名類聚抄・わみょうるいじゅしょう』という、これも平安時代の辞書(938年成立?)ですが、「十巻本」と「二十巻本」の2種類の写本が現代に伝わっているのですが、十巻本に「海髪」と書いて「伊岐須・いぎす」と読ませています。

つまり、1000年前に、イギスを「凝海菜」とか「海髪」などと漢字で書きあらわして、「伊岐須・いぎす」と読ませていました。イギスは1000年前からある由緒正しい古典的な名称なんです。また、1000年間、呼び名が変わっていないということも言えそうです。

ちょっとマニアックな話ですが、『延喜式・えんぎしき』という平安時代の法律の施行細則みたいな史料(927年成立?)があるのですが、「大凝菜」や「小凝菜」などという言葉がでています。

炊いて溶かして固めて食べる海藻には、イギス、テングサ、オゴノリなどあるし、イギスも細かく分類すると何種類かあるようです。「大凝菜」や「小凝菜」が具体的にどの海藻を言っているのか? 不明です。

その『延喜式』には、「沖津藻葉・おきつもは」とか「辺津藻葉・へつもは」という表現がでてきます。沖の方に生える海藻、岸辺に生える海藻、という意味で、対句法の表現です。
「小凝菜」「大凝菜」(読み方不明)もたんなる対句表現で、溶かして固めて食べる海藻で小さなもの、大きなもの、というだけかも分かりません。たぶん特定の海藻を指すのではないような感じがします。

灘や沼島の「こやのり」は本当に不思議な言葉で、大いに気になるのですが、とことん調べれば食文化史あたりの分野の論文になりそうですが、たぶん泥沼にはまり込みそうなので、止めておきます…。
2012/08/11(土) 01:01:38 | URL | 山のキノコ #js83eNAU [ 編集 ]
イギスの・・・・
イギスを差し上げたランクルです。
イギスというのはクセがあり、好き嫌いの多い食べ物です。
ちょっと躊躇いながら持っていったわけですが、作るのも面倒だし、どなたかに上げればよいと思っていたので、良かったです。

イギスは瀬戸内海でよく食べられているようで、私は子供の頃から食べなれております。
子供ですから好物というのではなく、夏になれば食べるもの、お盆に食べるものと思っています。
松山や今治などでは調理法は少し違っているようですが、地方独特の食べ物も地方出身者が日本のツヅ浦々に散らばっているようになり、インターネット上に食べ方などが載っているので、ふるさとを思い出して買い求める人もおります。

それにしても、山のきのこさんの研究熱心なのには脱帽です。

2012/08/10(金) 16:02:39 | URL | ランクル #mBzIeYos [ 編集 ]
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