雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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「猛暑考」 猛暑というのは本当に「コメ作り」に大敵なのだろうか?? (その3)
【参考資料2点】
【農林水産省統計部作成】水稲作況指数の推移・水稲10アール当たり収量の推移・水稲10アール当たり平年収量の推移 からデータを取得抜粋し、次の表を作成しました。
コメの作況指数の推移

【気象庁資料】日本の夏(6~8月)の平均気温の偏差の経年変化( 1898~2011年)
日本の夏(6月~8月)の平均気温の平年値からの偏差
↑この図版は前回記事の再掲でありますが、日本の夏すなわち6月から8月までの夏の気温が高いか低いかの推移をグラフ化したものです。ジグザグの青線は5年移動平均であると思われます。右肩上がりの赤色の一直線は、温暖化を印象付ける為に作為的に引いた心理誘導線でありましょう…。

【余談のぼやき】
●このグラフの元になった気温統計データを提供した17気象観測所の所在位置を前回に調べましたが、まったく驚愕することには、全て中・小都市の市街地の中に立地しています。想像するに、気象庁は、いくらなんでも東京や大阪や名古屋の観測所を採用したのならば、それは地球温暖化ではなくて「都市温暖化じゃねえのか」と批判されるのは必定、それがために人口50万人以上の都市の観測所は除外して、ギリギリ誤魔化せる範囲内の観測所を選定したのであろうかと考えられます。できるだけヒートアイランド現象が進んでいる都市部の観測所を選びたいのだが、あまり大都市の観測所を選ぶと「意図」がバレてしまう、けれども、小都市の観測所ならば「都市化の影響が少ない」と言えば誤魔化せると考えたのでしょう

しかしながら、頭隠して尻隠さずで、気象庁の中に事務局がある日本気象学会の機関誌『天気』には、片田舎の小都市や、市制が敷けない町や村にまですさまじいヒートアイランド現象が発生していることを調べた論文や報文が沢山掲載されているのは、先に申した通りです。『天気』に投稿される論文を査読する政府系研究機関の御用気象学者は、小都市のヒートアイランドを調べた論文を掲載拒否にすべきでありました。頭隠して尻隠さずとは、そういう意味であります。で、まずこの図版はそもそも “政治的圧力のくびきから全く自由ではない” ものだと認識する必要があります。繰り返して申すと、人口数万人あるいは1万人以下の市街地でも都市温暖化が発生していることを示すレポートは山ほどあるのです。そして17観測所について都市化の影響が少ないなどと言って都市温暖化の影響を補正していない以上、実態以上に右肩上がりのグラフになっていることは容易に想像できます。ようするに、都市温暖化の影響を取り除いたバックグラウンドの温暖化を表しているグラフではないということであります。

●ところで、わたくしは地球温暖化は実際に起こっていると考えています。なにも否定しているのでは全くありません。それは日本だけでなく海外もふくめて各観測所の気温観測データを丹念にみれば明らかです。ただし、その気温上昇は寒い季節・寒い地方の気温上昇が主で、暑い季節や暑い地方では気温上昇はごく僅かです。宇和島測候所で1927年に40.2度や、山形地方気象台で1933年に40.8度の古い高温記録に対し、最近の熊谷測候所で2007年に40.9度や、甲府地方気象台で2004年に40.4度など、“暑さの極値” はほとんど上がっていません。それどころか区内観測所の撫養(徳島県鳴門市)で1923年の国内最高気温記録の42.5度が、アメダスの850地点の30年余りの観測をもってしても、まだ破られていません。各地の都市部でヒートアイランド現象が顕著であるにもかかわらず、ヒートアイランド現象が少なかった時代の高温記録がまだ破られないのは、ある意味では驚くべきことです。

各地の観測データを子細にみれば、夏の暑さの極値は言うほど上昇していないのですが、逆に寒い季節の低温極値の上昇が目立ちます。とくに北に行くほど、東北地方とか北海道での上昇がすさまじいです。それと大都会の冬の気温上昇、夏でも朝の日最低気温の上昇がめだっていますがこれは都市気候の影響でありましょう。観測データを細かく見れば、地球温暖化というのは低緯度と高緯度との温度差の縮小、かつ、冬と夏の気温年較差の縮小が起こっているのであって、御用学者やマスゴミが騒ぎ立てるような内容とは実態はずいぶんと異なるようです。年較差の縮小は淡路島洲本測候所の観測データを見ても起こっています。

で、地球温暖化が発生していることは全く否定しないのですが、それもそろそろ終息したかなあという感じであります。問題は、気象庁(背後の政府)が政治的に過大に問題化し、マスゴミが誇張して煽っていて、さらに温暖化利権と言ってさしつかえないような温暖化関連ビジネス権益構造が出来上がってしまっている、ということが問題であろうかと思います。われわれ国民は余計な物を買わされ、余計な税金をかすめ盗られているのです。温暖化の脅迫で人々を不安に陥れ、金品を奪い取るサギなのです。政治的なプロパガンダとは裏腹に、本当は地球温暖化にはメリットが沢山あります。デメリットよりもメリットの方がむしろ多く危機でも何でもないのに、危機であるとしなければ温暖化対策ビジネスでお金儲けができないから、実態以上に温暖化を強調し危機であると煽って、大変だあぁぁ!と温暖化関係者が叫んでいるのです。

余談が縷々長くなりましたが、上掲の図版を利用するにあたり、これは政治的プロパガンダ図版であるという認識を持っていたほうがよろしそうかと……


    *************************

【さて、肝心の本論】
夏期平均気温の平年値からの偏差と、コメの作況指数との関係
↑この拙いグラフは自作自演ですが、1979年から2010年の32年間の経年変化です。米の作況指数の推移と、夏の気温推移とを重ねたものであります。

【グラフの説明】
★青線は、水稲の全国作況指数の推移ですが、32年間の最高値は1994年の109であります。1994年は西日本を中心にして記録的な猛暑であったことは(その1)で叙述した通りです。期間で最低値は1993年の74ですが、この1993年は梅雨明けがハッキリせず盛夏になっても雨天や曇天が多くて、北日本を中心にして冷夏となりました。左軸の70から120の数字が作況指数です。

★赤線は、日本の夏期(6月~8月)の気温推移を表していますが、平均値からの偏差(乖離)で表されています。縦軸に気温の目盛りがありませんが、100の所が平均値(プラスマイナスゼロ)です。105の所が+0.5度、95の所が-0.5度であります。期間の最高値は2010年の+1.46度、最低値は1993年の-1.57度であります。気温の上下に追随して作況指数が影響を受けるのか、その相関関係を見るために、気温変化と作況指数変化のそれぞれの振幅がほぼ同じ程度になるようにしてグラフを作成してあります。

★気温の上下と作況指数の上下が良く一致しております。特に注目するところは、1993年と1994年とです。完璧に一致しております。1993年は夏が無かったといわれるほど記録的な涼しい夏でしたが、作況指数は74と記録的な低さで米騒動がおこりタイなど東南アジアからコメの緊急輸入が行われたのは、まだまだ記憶に残るところです。

翌年の1994年は一転して記録的な猛暑の年で、アメダス天竜(静岡県)で40.6度、アメダスかつらぎ(和歌山県)でも同40.6度が観測されました。猛烈な暑さに見舞われた中部地方~九州北部で、県ごとの作況指数は軒並み110~115を記録、全国の作況指数も109と記録的な大豊作でした。“温暖化の高温障害で稲作が打撃を受ける” などとする温暖化脅威論とは、全く逆の現象があったことを決して忘れてはならないと思います。

★なお、子細にみると気温と作況指数が必ずしも一致していない部分が、もちろんありますが、それはコメの出来栄えが気温というただ一点だけに依存しているのではなく、日照の多寡、旱魃や水害の有無、出穂期の台風を免れるかどうか、病虫害の発生、その土地の気候と栽培品種とがベストマッチしているかどうか、など色々な要素が複雑に絡んでいるためだと思います。例えば2010年は夏の気温は+1.49度と高かったのですが、田植え後の4月・5月・6月が低温で日照も悪くイネの苗の生長が非常に遅れ、7月・8月の高温でも生育の遅れを取り戻せなかったことが、作況指数が98と低迷した最大要因であったかと思います。でありますが、気温高は作況指数上昇に、低温は作況指数低下につながる最大の要素であることは疑いようがありません。

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No title
章英さん

大分県にお住まいで、きのこ・山菜ファンとのことですが、自然志向でいいですね。大分県は祖母傾山地や九重連山など1500mを超える山があるので、ブナ帯のキノコも多いんじゃないですか? うらやましいです。淡路島の山は僅か600mしかないので、私は、毎年9月になったら徳島県の剣山(1955m)にキノコ狩りに行っています。狙うのは、ブナシメジ、ブナハリタケ、ヒラタケ、10月にもう一度行ってナメコなどです。地面に生えるものは、あんまり好きじゃないです。

ミカンとビワもあるとのことですが、今年の2月上旬の寒波は大丈夫でしたか? 長崎県と千葉県でビワの幼果がそうとう寒害を受けたみたいですよ。熊本県では不知火(デコポン)がやられたみたいです。

玖 珠 -14.7度 (2012年2月3日)
湯布院 -13.2度 (2012年2月3日)
佐 伯 -5.5度 (2012年2月3日)
中 津 -4.4度 (2012年2月3日)

アメダスで、ご当地大分県で、日最低気温の記録更新がたくさん出ましたね。よろしかったら、ときどきお越しくださいませ。
2012/08/27(月) 11:01:35 | URL | 山のキノコ #js83eNAU [ 編集 ]
No title
うーん、本当に目から鱗が落ちるというか、勉強になります。

ここで言われている洲本の変化は自然環境の回復であり、本来ならば喜ぶべきことなんですね。それでも、昔からの観測環境の変化ということからしたら擾乱になってしまう。痛し痒しです。
日溜まり効果は近藤先生が指摘するまで見落とされていました。有人時代でも木が茂るのは都市化緩和になっていいことだ、ぐらいに考えて
測候所や気象庁の職員も考えが及ばなかったのでしょう。1980年代以降、関東でちょっとフェーンになっただけで39℃を超えてしまうのは都市熱だけでなく、畑地が増えたこともあるでしょう。洲本の逆の変化です。
ここで私が洲本の事情を知ったように、想像もできないような環境変化史をもった測候所があるかも知れません。 仰るように、だから近藤先生ほどの人でも実際に踏査しなければわからないんですね。まるで近藤先生は伊能忠敬のようです。全観測所の踏査が終わる日が待ち遠しく思われます。

ところで、私は幼稚園以来のキノコ、山菜ファンでもありまして、小学校の時、山と渓谷社『日本のきのこ』を買い求めて以来バイブルとなっています。同定できたキノコは100種を超えるでしょう。
私は大分住みで、植生もご当地とそっくりです。そして、畑と山が少々あるのでミカン、ビワも毎年事欠きません。これからそちらのほうでもちょくちょくコメントしてみようと思います。
2012/08/25(土) 22:12:16 | URL | 章英 #.1TLRCWo [ 編集 ]
No title
章英さん

再度のコメントをいただきビックリしています。拙ブログは過疎地のブログゆえ、閲覧者がほとんど無く、コメント欄で議論に花が咲くなどということは稀有なことです。ちょっと長いのですが、再リプライいたします。

なかなか納得を戴けないようですけれども、逆の視点から考えてみます。すなわち旧洲本測候所で、なぜ近年夏の日最高気温の年間最高値が35度を越えないのか? ではなく、昔は35度超が頻発したのか? についてです。

おっしゃるように、1920年代とか1940年代の高温もあると思います。けれども、旧洲本測候所の立地する周辺環境が数十年で激変しています。それは市街地のそばの里山だったからです。洲本測候所の西側はシイの原生林です。市街地人口約3万人の洲本市中心部からはわずか1キロあるかなしかの至近距離であるのにもかかわらず、測候所と市街地との間に、100メートルの垂直高度差と原生林という2つの緩衝帯があるために、本来ならば長期の気候変動をモニターするには、けっこう良い観測所だとは思います。

ところが、問題は、測候所周辺と、山の南側から東側です。40年前までは、芝生のゴルフ場みたいに広く明るく眺望が良かったのです。西側の原生林は昔から保護林で、禁伐林で、長期間なんら変わらないのですが、それ以外はなんせ市街地の近くの全くの里山です。そもそも50年前までは新淡林として皆伐されていました。昔は山の地肌がむき出しになっているような所だったのです。それも測候所の南側から東側、つまり夏季の風上側がそういう状態でした。いわば測候所の風上側の地面にコンクリートを張ってあったみたいなものです。これが昔に35度台や36度台が頻発した最大要因である可能性が濃厚です。

そして、50年前に田舎でも燃料革命がおこり里山が放棄されました。植生が大きく破壊されていたからその回復には時間がかかったのですが、徐々に樹木が茂りはじめました。気象庁のリストラで測候所が無人化されると、樹木の生長に拍車がかけられました。今では青空が見えるのは露場の上だけです。赤茶けた地肌の斜面は深い森に還っています。むかしは測候所から大阪湾や紀淡海峡が良く見えていたのですが、今は全く何も見えません。50年~80年前の頃と現在とでは、測候所が移転したのも同然の大きな環境変化があったのです。あけっぴろげなゴルフ場のど真ん中から、ゴルフ場を取り巻く森の中に観測所を移転したようなものなのです。

拙稿ですが、http://sitakisou.blog.fc2.com/blog-entry-116.htmlをご参照いただきますと、 特に、京阪神に近い瀬戸内海沿岸地方では、ハゲ山からの劇的な植生回復が起こったんです。拙稿の中で掲げている緑うっそうとした写真の山は、昔はハゲ山です。洲本測候所のある三熊山も同様の変化がありました。(禁伐の原生林があるのは山のごく一部分だけです)都市部にある観測所の観測環境の劣化は著しいと思うのですが、100年間にわたって周辺環境の一定さが担保されないということを劣化と考えるならば、田舎の観測所もまた大きく劣化しています。田舎の観測所はイメージ的に良好な観測所だとつい思いがちになるのですけれども、それは全くの幻想です。都市化とは異質の大きな周辺環境の変化にさらされています。ただ、個々の観測所ごとにケースバイケースだと思うのですが、観測統計データだけでは実態は不可視なので、だからこそ、専門家の近藤純正先生は全国の観測所の巡礼をされているのだろうと思います。

近年、空梅雨の年が多く、6月下旬は盛夏の8月よりも太陽高度は高く日照時間も長く、うまく種々の条件さえ重なると意外な高温が発生して、おっしゃる通り西日本各地で6月の日最高気温のベスト10が平成の観測値で埋め尽くされる傾向があります。夏が長くなったのと、近藤純正先生が主張するような “日だまり効果” も作用するのかもしれません。森のなかでも32~34度ぐらいまでならば普通に起こり得るし、それは早い時期から発生するのですが、森に埋まったので日最高気温の上限がフタで押さえ込まれているのです。森の中は森の外よりも夏は涼しく、冬は暖かいという原理が働いて、極端な高温が発生しなくなったのですよ。

もし、旧洲本測候所の周辺や、南から東の斜面が昔のように赤茶けた地肌がむき出しの状態のままでしたら、今でも35度台や36度台が頻発しているでしょうし、もしかしたら36.7度の最高記録も更新しているかもしれません。6月の日最高気温10傑が近年の観測値で埋め尽くされ、7月・8月のそれは古い記録だらけというのは、全く何の不思議もないと思います。測候所を取り巻く環境変化をつぶさに見ていたら、むしろ、それは当たり前のことであるとさえ思います…。
2012/08/25(土) 13:56:56 | URL | 山のキノコ #js83eNAU [ 編集 ]
No title
わざわざ長文の返信ありがとうございます。

洲本の7月と8月の最高気温上位に平成の記録がほとんどないのは、単純に都市化がほとんどないから、と考えていました。しかし、森の影響で最高気温が抑えられるとは、なかなか早合点はできないものですね。その同じ洲本でも、6月の最高気温記録は平成に埋め尽くされています。こんなに6月と7、8月で極値の出方に差のある地点は見たことがありませんが、6月の極値は西日本の各地で最近のばかりなのは同じです。なので、6月に暖気の強い吹き込みが増えたのは、実際の気候変化を表してるとも考えられます。
月平均気温でも、上位10位を見ると洲本、室戸岬は大阪、岡山などと
逆転している年が多くあり、同じような傾向ですね。洲本は森が茂ってくる問題があるにせよ、かなりいい測候所のひとつではあるでしょう。

ところで、撫養の42.5℃が観測された1923年ですが、前年1922年と連続して猛暑だったようですね。大阪でも8月は2年連続で29℃以上だし、洲本では2010年と順位が逆転しています。記録を見ると1922年は夏を通じて、1923年は8月限定の猛暑で、1994年-1995年の関係と似ています。区内観測所の百葉箱は官署より小さく、熱がこもりやすいので今の計測なら撫養の記録は41℃くらいだったかもしれません。しかし、数年前の気象年鑑に載っていた区内観測所の記録は、1922、23のほかに1942年などの猛暑年が頻出で、信頼性の高いものであることは確かだと思います。
2012/08/25(土) 01:28:49 | URL | 章英 #.1TLRCWo [ 編集 ]
No title
章英さん

拙過疎ブログに、めったにないコメントを頂戴しまして、ありがとうございます。

農学部や農業試験場の研究者たちが地球温暖化の恐怖をふりまいていますが、百歩譲って彼らの主張する通りだと仮定しても、日本の米作りに何の問題もないと私は思います。とっておきの切り札、二期作があるからです。かつて宮崎県や高知県でやっていました。もし温暖化が進行して春がポカポカと暖かくなれば、3月に田植えして梅雨前に1回目の収穫をします。つぎに夏に苗を作り9月に田植え、11月以降に2回目の収穫です。温暖化で二期作可能地帯が大きく北上するハズです。ま、すくなくとも西日本全域で二期作です。

西日本・南日本では二期作で収穫は1.5~2倍、そもそも冷害との戦いの東北太平洋側や北海道では温暖化で安定的な大豊作。結局、温暖化で日本の米作りは劇的に大増収ですね…。今、シカゴの穀物相場の上昇が続いていますが、食糧危機回避のために、もっともっと温暖化してほしいものです。

ま、もし気候が変わったならば、変化に合わせて栽培作物・品種・作型を変えりゃいいだけのハナシです。もちろん永年作物の果樹ならば少し影響が出るかもしれませんが、米作りには何の問題もないハズです。農業関係の研究者たちの石頭にはあきれるのですが、多分、政府の温暖化政策に沿った研究には、研究費が配分されやすいのでしょうね…。あるいは通説に逆らうのが恐いのかも?

自分も近藤純正先生のホームページはよく閲覧しています。全国の旧測候所などの巡礼をされて、測候所の無人化による周辺の環境変化が観測値に大きな影響を与えていることを訴えていらっしゃいますね。近藤先生の姿勢は科学者のあるべき姿、まともな姿を垂範されているのだと私は思います。

実は、洲本旧測候所も無人化でひどい変化が起こっています。三熊山という100mあまりの山の原生林の側にあるのですが、40年前には測候所の周囲は公園のように明るく開けていました。現在は樹木がぼうぼうに生い茂り、森の中に埋まりかけています。洲本測候所で近年(この20年~30年)35度以上が非常に出にくくなっていますが、おそらく森の中に埋まりつつあることと大いに因果関係がありそうです。
2012/08/24(金) 09:39:09 | URL | 山のキノコ #js83eNAU [ 編集 ]
No title
まったく仰る通りです。

1994年に比べて2010年の作況指数がそんなに振るわなかったのは、春の低温が主原因です。それを温暖化脅威論者は高温障害ばかりを言い立てている。  この日本の平均気温17地点についても、統計開始の1898年を0℃としたら、この100年余りの間に0.5℃くらいは割り増しされてるでしょう。それを0.01℃刻みとか笑止です。 都市化の補正については、近藤純正先生のホームページが参考になります。
洲本測候所の高温記録は昔のばかりなのに、近隣の大阪、岡山などは最近のばかりです。これらの大都市の記録はヒートアイランドのドーピングを受けていることは明らかですね。
2012/08/24(金) 07:12:30 | URL | 章英 #.1TLRCWo [ 編集 ]
No title
株の初心者さん、

コメントありがとうございます。ぜひ、ときどきお越しくださいませ。

日経平均は、ダウ平均と連動しているみたいに見えていますが、よく観察するとそうではなく、為替のユーロ相場とピタリと一致しています。そのユーロの下落が底打ちして、反転したかな? という感じがします。ひょっとしたら、日経平均も長期底練りから脱出して本格的な上昇トレンドに乗るかも?? となったらいいですね…。


2012/08/17(金) 03:44:05 | URL | 山のキノコ #js83eNAU [ 編集 ]
No title
とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。
2012/08/16(木) 19:39:44 | URL | 株の初心者 #- [ 編集 ]
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