雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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小沢一郎さんが正論を語る(その5) NHK「ニュースウオッチ9小沢一郎」より、 放送法を順守しないテレビ業界
(その4から続く)

●日本は法治国家のハズであります。何人も法の規定には従がわなければならないし、また、法を順守して法に縛られることにより、世の中の秩序も安寧も正義も、実現し保たれているハズであります。したがって、ひとたび法の規定にそむくならば、その者は社会の秩序や正義を乱だす者だとして、厳しく罰金をとられたり身体の自由も制限されるのは当然でありましょう。

●ところが現実問題としては、法治国家というのが単なるお題目、机上の空虚な理念にすぎない面も多々あり、建前上と実際とは大きく乖離しております。社会のあちらこちらで法が守られず、不正義がまかり通っております。さらに、その事象が正義なのか、はたまた不正義なのか、それを調べる警察や検察にもヤミ金問題など不正義がたくさんあることが判明しました。正義か否かを最終的に判断するのは裁判所でありますが、それすらも、かなりおかしくなっております。法と証拠に基づいて独立的に判断すべき地裁の裁判官が、法と証拠に基づかず、推認で判決を下すなどという衝撃的な判決文に驚愕させられました。“推定無罪の原則” はもはや崩れ去り、裁判官の「あいつは怪しいぞ」という胸先三寸の心象だけで有罪になるというおぞましさです。これでは中世の暗黒の魔女裁判と大してかわらないでしょう…。

●わが日本国憲法は、第76条第3項の規定で、「すべての裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される。」と高らかに謳っております。裁判官を拘束し縛っているのは法のみであるハズです。全ての裁判官は、法の規定に則して、自己の良心に従い、誰からも干渉や圧力を受けずに、独立して、判決文を書くものでなければいけません。ところが、そんなの単なる空虚なお題目です。

すべての裁判官は、最高裁事務総局が昇任であるとか転勤であるとか人事権を握っているそうです。裁判官には序列があり、上に上がるには最高裁の方を上目づかいで見る “ヒラメ裁判官” を演じざるをえない。任地による差別もあるらしい。だから裁判官は最高裁の意向にはさからえない。おかしいと思いながらも自白調書にもとづいて冤罪判決に手をそめる…。ハッキリと不正な裏金がある…。元裁判官で香川県在住の生田弁護士が、そんな裁判の恐るべき実態や、最高裁のおぞましい腐敗を赤裸々に語っています。

1 生田暉雄さん講演 3.28「検察・司法・マスコミを改革せよ!」
2 生田暉雄さん講演 3.28「検察・司法・マスコミを改革せよ!」
3 生田暉雄さん講演 3.28「検察・司法・マスコミを改革せよ!」
4 生田暉雄さん講演 3.28「検察・司法・マスコミを改革せよ!」
5 生田暉雄さん講演 3.28「検察・司法・マスコミを改革せよ!」

最高裁事務総局の顔色を上目使いで窺いながら判決文を書くなどという実態を知るにつけ、この国にはもはや正義などありません。政治的な事案の裁判では、担当の裁判官に対して、最高裁事務総局から政治的圧力がかけられている疑惑も浮上しています。この国には不正義と不公平と無秩序がはびこり、糺すべきことに決して手がつけられることがない “放置国家” となってしまいました…。そういうこともあり、マスゴミは不法の限りをやっています。その不法をただす司法が不法を働いているから、どうしようもありません。

●さて、NHKには、もはやその報道に客観性も中立性も公平性もありません。それは他のテレビ放送もまったく同様であります。新聞もテレビもNHKも誰かに操られている、誰かに頭を押さえられプロパガンダ機関でしかしない、というおぞましい状況であります。すでに、財務省の TPR=「タックスのPR」という難攻不落の強固な言論統制システムにより、この国のマスメディアは完璧に囲い込まれております。

●「放送法」は次のようにハッキリと放送の 不偏性・不党性・中立性・事実立脚性・多様意見の尊重 を規定しております。電子政府の総合窓口 e-Gov(イーガブ)法令データ提供システム から検索して 放送法 の条文を見てみますと、NHKのみならずテレビ業界全体が とんでもない違法業界 であることが分かります。彼らは順法精神などみじんもなく、テレビ会社自体がまるで権力者になったかのように振る舞っていて、専横な、ならずもの犯罪業界 であるといっても、けっして言い過ぎではありません…。下記に示す放送法の条文など、完全に空文化しています。

【放送法の規定】
第四条  放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たっては、次の各号の定めるところによらなければならない。

一  公安及び善良な風俗を害しないこと。

二  政治的に公平であること。

三  報道は事実をまげないですること。

四  意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

2  放送事業者は、テレビジョン放送による国内放送等の放送番組の編集に当たっては、静止し、又は移動する事物の瞬間的影像を視覚障害者に対して説明するための音声その他の音響を聴くことができる放送番組及び音声その他の音響を聴覚障害者に対して説明するための文字又は図形を見ることができる放送番組をできる限り多く設けるようにしなければならない。


★2については、目や耳の不自由な視聴者に配慮をしなさい、と規定しているだけです。問題は二、三、四、であります。テレビ業界にはヤラセがつきものですが、二の事実を曲げないを守っていません。NHKも民放も、国民の8割が消費税増税反対だという、民意を無視した強引な消費税増税に突き進む野田政権に加担する報道ばかりしていますが、これは明白に四を守っておりません。あるいは二の規定に違反しています。

★50年前、大宅壮一は低俗で頽廃的なテレビを指して、1億総白痴化すると危惧しました。確かにそういう面はあります。テレビの番組は、愚劣で頽廃的なものが多く、非常に低俗なものであります。テレビばかり見ていると、じっくりとものを考える思考力が低下する可能性があるし、なによりも、繰り返して張られるキャンペーンによって洗脳される可能性があります。いまや、テレビという代物は、放送法1条3号が言うように、放送が健全な民主主義の発達に資する ものなどではありません。逆です。民主主義の発達に害毒のあるものです。今やテレビというものは、多様な意見を排斥し、権力を握る者の一方的な意見だけを垂れ流すプロパガンダ装置であります。それに加えて民放は、資本の金儲けの目的に使われる宣伝装置でしかありません。もはや、テレビの存在価値はほとんどなく、テレビ業界が滅亡してくれたほうが民主主義の発展になるといって言い過ぎではありません…。

(本稿は以上で終わり)
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