雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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諭鶴羽山系の山菜(その11) 飽食をいましめ、糧断を生き延びる救荒食「リョウブ飯」
●今の我が国の状況はあらゆる面で、伝統的な美風というものが潰え去り、本来のあるべき姿が崩れ、そして頽廃的であります。

官僚たちはこの国を実効支配し、組織の防衛・増殖・既得権益の温存しか頭にありません。憲法が高らかに謳っている「主権在民」の理念などまったく形骸化して、完全に「主権在官」であります。期待した特別会計の縮減ないし廃止、特別会計の一般会計への組み入れは、大山鳴動したけれども、財務省が振付をしたレンボー議員のパフォーマンスに終わっただけで、今では話題にものぼらなくなりました。国会審議すらなされず官僚たちの使い勝手のいい財布の特別会計が温存され、われわれ国民が収めた公共料金や年金の掛け金等が白アリに蚕食されています。それを正そうと志しても官僚たちに歯向かう者、官僚利権を脅かす者は、巧妙に抹殺されます。べつに何でもないことを、法文の恣意的解釈によって違法だと裁量する特高検察にやられます。26日に、どのような判決が出るのか全く予断できませんが、もし無罪であったとしても、次の手が用意されています。次は税務署の出番であります。なんでもないことを恣意的な解釈と裁量で「脱税だ!」とやられるでしょう。官僚に楯つく者を退治する実戦部隊は、警察・検察・税務署であることは今や疑いようもありません…。だれも官僚たちの堅牢な利権の牙城を崩すことはできません…。

政治家は議員の椅子に座りたいだけの「政治屋」に成り下がっています。国会議員たちは、憲法で明確に謳う “国会は国権の最高機関であり、唯一の立法機関である” という規定を完全に忘れています。国会議員の仕事は「法律を作ること」なのに、ほとんど全ての法律は内閣法制局が作っています。つまり官僚たちが法律をつくっています。そもそも時たま国会議員が法律をつくったら、「議員立法」だと銘打たれるのですが、それはおかしい。本来は法律は全て議員立法であるべきです。もちろん憲法は内閣の法案提出権を認めてはいますが、あくまでも法律は「議院法制局」がもっと機能して国会議員が法律をつくらないといけません。法律を作らない国会議員、法律を作れない(作る識見のない)国会議員ばかりなので、財務省に牛耳られて消費税があげられようとしています…。消費税の増額は、法人税の減額と見合いです。また所得税の累進課税の緩和と見合いです。だいたい財政危機を回避するのに消費税を上げるというのは変じゃないか。法人税も所得税も消費税も上げるというのならば理解できますが、消費税のみ上げるというハナシは極めて欺瞞的であります…。

資本家は資本家で貪欲であります。カネ儲けのためには何でもします。政治家に贈賄して便宜を図ってもらい、ロビー活動に余念がありません。最近では竹中平蔵氏がパソナの会長に収まっていますが、明白な事後賄賂に他なりません。“会長報酬というカネ” は、労働者派遣法改正の立役者にたいする賄賂だったのです。大企業では天下り用の役員枠があるのはごく普通で、露骨に官と一体化しております。先の竹中平蔵氏も事後天下りでありましょう。規制や管理される側とする側が癒着してしまえば、一体何のための規制なのか? 東京電力と経産省との癒着をみれば、規制とか監督とか基準値とか、それらは国民や需要家の安全や生命健康を守るためのものでは全くないことが、明白になりました。資本家はカネ儲けをするためには元入れも必要ですが、それは多くが誤魔化し・洗脳・捏造・隠蔽などの工作にに振り向けられているのもハッキリしました。ライブドアの堀江貴文氏は「お金があれば愛も幸福も何でも買える」と豪語しましたが、その通りです。それは資本家の本音でしょう。資本家は何か不都合なことがあればカネで押さえ込み、政治的な影響力さえカネで買えます。世論すらカネで買えるのです…。世のあらゆる事象はカネの論理で支配され、国民大衆の意向など反映される余地は全くありません…。

マスコミはマスコミで本分を忘れ堕落して、その存在意義を完全に失っています。早くから「マスゴミ = 大量のゴミだ!」と揶揄されていましたが、いまや権力者たちのしもべ、たんなる広報機関でしかありません。マスコミは社会の公器であり、権力の暴走をチェックする木鐸、第四権力だなどということは全くの幻想でした。てゆうか、マスコミが三権をチェックする社会の木鐸だという説明自体が、権力者たちが流していたものでしょう。マスゴミは政府や省庁のプレスリリース情報をたんに右から左へと流すだけです。ただの官報同然に成り下がっております。この国の実態は、三権癒着に加えてマスコミも癒着した四位一体であります。最近では文部科学省が学校で新聞を使って授業をしろと癒着が加速しています…。NIE(Newspaper in Education)が学習指導要領に盛り込まれてしまいました。新聞と文部科学省との露骨な癒着。ネライは新聞の販促だ! 紙の新聞は衰退して部数がジリジリと減少していますが、小・中学生が授業で新聞を使って学ぶので、家庭で新聞を取っていないと具合がわるいようにしむける。それが本当のネライです。自民党の山本一太議員が新聞業界から3000万円の献金を受けて文部科学省に働きかけました。「教育にNIEを」というのは子供たちのためなどでは決してありません。あくまでも新聞の販売促進です。私企業である新聞社がカネで教育まで曲げているのです。国に便宜を図ってもらう見返りに、新聞が国を批判することなどありません。だから、マスゴミは政府の犬、広報機関だというのです…。

●と、年寄りの繰り言を並べてみたのですが、言わんとすることは、もしこの国で一旦なにか事がおこったならば、われわれ国民は自己救済・自助努力より他はないということです。お役人も政治家も国民を助けるのではありません。企業も他人の不幸を食い物にして金儲けをするだけです。福島の除染ビジネスなどまさにそうです。新聞・テレビも国民大衆の側に立って代弁してくれるわけではありません。あくまで政府の広報係です。で、自分を助けてくれるのは、自分自身しかいないということを肝に銘じておく必要があります。

●さて、食糧自給率の絶望的に低い我が国にこの先「食糧危機」が起こらないという保障はは全くありません。理由はいろいろ考えられます。冷害や旱魃など気象災害。戦争で海上封鎖され食糧輸入航路が閉ざされる。日本の生殺与奪権を握るアメリカの政治的な兵糧攻め。政治的要求を日本に呑ますための輸出制限。放射能汚染のさらなる拡散。国力の低下で外貨がかせげなくなり外国から食糧が買えなくなる。理由はいくらでも考えられます。これからTPPで国内農業を破壊される日本には、「食糧危機」はあり得ます。江戸時代に頻発した「飢饉」という言葉が、死語ではなく、復活してくることはあり得ましょう…。

そこで救荒山菜であるところのリョウブを取り上げましょう。
リョウブは乏しい米を、嵩だけは多く見せかける増量材です。 「リョウブ飯」というものがよく知られています。戦時中は米が不足したから、ダイコンを一緒に炊きこんで「ダイコン飯」を作りました。大根が増量材です。同様に米にリョウブの若葉を一緒に炊きこんだものが「リョウブ飯」です。ただし、飯が多く炊けたかのように見せかけるだけであって、飯が実際に増量する筈はありません。つまり誤魔化し…。飢饉でやむなく自分自身の空腹を誤魔化す。

リョウブの新芽
↑リョウブの新芽・若葉です。リョウブは高さがせいぜい5mぐらいまでの落葉樹です。タラノキと同様に「先駆種」的で、伐採跡に一斉に出現しますが、森林が育つとリョウブは消えていきます。山裾の道路わきなどにリョウブがとても多いです。

新芽の拡大
↑リョウブの枝先についている若葉です。若葉はやわらかそうで美味しそうにみえます。

樹皮には大きな斑紋がある
↑リョウブの幹の肌は独特で、大きな斑紋があります。樹皮は比較的すべすべしています。これに似た樹皮の樹木は諭鶴羽山系には他にはありません。杖にするととても良い木です。

リョウブの若葉を収穫
↑リョウブの若葉を採集しました。一つ一つの芽は少量で軽く、籠に一杯採ろうとしたら相当な労力が要りそうです。しかし、リョウブの資源量そのものは大量にあります。

飽食を戒める「リョウブめし」
↑飽食をいましめ飢饉を生き延びる「リョウブ飯」の試作品です。リョウブの葉がちょっと少なすぎました。もっと、もっと、リョウブの葉と飯が等量になるぐらい入れないと、「救荒食」とは言えないですな。それと、やはり雑炊ふうにしないと「飢饉食」という感じがでないです。江戸時代に飢饉などに対応して幕府や藩が「お救い小屋」を設置しましたが、そこでの炊き出しは何を出したのだろうか? まさかリョウブ飯ではないでしょう。リョウブ飯は季節限定食です。せいぜい2週間か3週間程度の限定です。
仁杉五郎左衛門研究「御救い小屋」 これは素晴らしいサイトです。江戸時代の文書を見せてくれます。炊き出しの言葉が見えていますが、肝心のメニューがありません。

リョウブ飯の作り方です。 試作してみましたが、各自工夫を凝らすと宜しいでしょう。

1、リョウブの若葉の採取。山に行って採取しますが、あまり小さな芽はまとまった量を採るのに手間がかかるから、多少大きくなった物でいい。

2、塩をすこし投入した湯で、リョウブの若葉を湯がく。あまり、くたくたと長時間煮るのは良くない。サッと軽く湯がく程度でいいです。

3、湯がいたリョウブの若葉を流水でさらす。あるいは水を張った鍋で3回ほど水を変えてさらす。水でさらすのは苦味を抜くためです。リョウブはかなり苦いのです。なお山で採取したリョウブの葉はただちに湯がきます。一晩、二晩と放置すると苦味がどんどん強くなります。

4、リョウブは水気を絞り、千切りなど適当に刻む。他の具はシイタケニンジン・竹輪などを適当に切っておきます。

5、あとは焚き込みご飯を炊く要領で、米にだし汁を流し込み、適当に刻んだ具材を投入して焚きこむ。

【注意点】これは飢饉に直面した救荒山菜の料理であります。したがって上等な食材を入れてはいけません。安価で庶民的な具材のみです。例えば、エビをいれるなどもってのほか。調味料は醤油・煮干しや昆布のだしのみです。お酒を入れるのはよくありません。(飢饉のときには酒などないからです)試作品は炊き込みご飯ふうにしましたが、雑炊ふうでもいいでしょう。雑炊ふうならば卵は入れてもよろしいです。なぜならば、食糧パニックになると皆が庭先でニワトリを飼うようになるからです。

さて、リョウブは美味いか?というと、とても不味いです。 リョウブの若葉は苦いし “もそもそとして” 舌触りがよくありません。とても不味いです。しかしながらリョウブ飯というものは、飢饉の際になんとか命をつなぐ非常食です。美味いとか不味いとかの基準で評価するものではありません。飽食を反省し、まさかの食糧危機という事態に思いをはせる料理です…。したがいまして、リョウブの葉を沢山入れて、不味ければ不味いほど意義があるのです…。
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