雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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ビワの幼果に「凍害」が発生! 今後、懸念される寒冷化の被害。
●やはり、今冬は30年ぶり程度の厳冬(寒冬)であったことを裏付ける現象を確認しました。先日、遅ればせながら私が管理している果樹園のビワの袋かけを行いました。場所は南あわじ市灘です。ビワは自然放任すると小さな果実が鈴なりになって、ろくなものが収穫できません。それで一つの枝先に成らす果実の個数を1~3個に制限します。さらに「袋かけ」をします。ビワの果実は軟弱で「葉ずれ」などで傷つきやすいので、袋かけで保護するのです。袋をかけないと、商品価値のあるものを収穫できないのはもちろん、自給の家庭菜園的果樹としても食べられるものは出来ません。

ビワは果実に袋をかけて栽培する

ビワの袋かけ

ビワは晩秋に、アワブキやウルシに似た「円錐花序」を着けるのですが、その花序を大部分剪定します。残した花序の一部には5個前後の幼果が出来ますが、袋かけの際に、奇形・虫食い・発育不良のものを摘果して良果のみ袋をかけます。たとえば下の写真では7個の幼果が着いています。(見えない裏側に2個ある)このまま置くと小さなクズばかりです。この枝には葉が少なく、木の育ちも芳しくないので1個だけ残し、6個はむしり取ります。田中ビワなど大粒種は一つの枝先に1~3個、茂木ビワなど小粒種では3~5個程度に摘果するのです。
ビワはふさふさと着果する

●さて、摘果・袋かけ作業をしていると凍害を受けて黒ずんだものや、腐って落果したものが発生していることに気付きました。寒波による被害です。ただ被害の程度は軽微で収穫減の危惧はほとんどないでしょう。むかしを思い起こせば、1981年の凍害はすさまじく、ビワだけでなく温州ミカンや晩柑類にまで及び、収穫は壊滅しました。その1981年の状況には遠く及びませんが、凍害を確認するのは久方ぶりです。20~30年ぶりの凍害(寒害)か? と経験的に思います。

ビワの幼果の耐凍限界温度は、-2℃~-4℃です。 ビワは寒波に弱い暖地性の果樹なのです。ただし寒波襲来のさいに、既に幼果が出来ているのか、あるいは成長が遅れてまだ蕾であるのか、の違いで若干耐凍性が変わります。なお、ビワの木そのものは-10℃にも耐え、けっこう寒さに強い樹木であります。あくまで幼果が寒さに耐性がないということであります。
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2012年の淡路島の冬の最低気温は次の通りです。気象庁の観測データより抜粋作表。淡路島内のアメダス観測所ごとの、日最低気温について今冬低い順10傑です。-5℃とか-6℃などは出現しませんでしたが、-2℃~-3℃が頻発しました。山のキノコ農園のビワの幼果は、この微妙な低温にやられました。(ビワを壊滅させるほどの低温ではないが、微地形による霜道にあるようなビワはやられた…)
2012年冬の日最低気温

今まで気付かなかったけど、ビワ2大生産県の、長崎県と千葉県の産地でかなりの凍害が発生している模様です。 各地の農業試験場や大学農学部などで、「温暖化が果樹に及ぼす影響」の研究をしたり、「温暖化に強い品種の改良」などをしている背後から、寒波(寒冷化)の痛棒でガツーンとぶん殴られたということであります。なんともまあ、愚かなことか! 馬鹿みたいじゃねえか! 

(実際は、農業試験場も農学部も愚かであったのではなく、地球温暖化にからめた研究テーマには研究費が配分され易いから、そうしていただけです。国の方針に沿った研究しか許されない…。本当に愚かなのは、研究者や国民を政策的にミスリードして振り回す “農水省や文部科学省のお役人” であるのは申すまでもありません。)

こうして政府主導の温暖化の愚かな騒ぎをしている陰で、寒波(寒冷化)の被害が忍びよっているのです。そして、そのニュースは地域版では取り上げられることはあっても、全国版のニュースにはならないのです…。

長崎ビワ:凍害、打撃 収穫量70%減の見込み (毎日新聞 2012年2月23日 西部朝刊)

本県特産の露地ビワ被害7億円超 今月上旬の異常低温で (長崎新聞 2月23日)

『ビワ生育情報 平成24年3月号』 千葉県農林総合研究センター 暖地園芸研究所 果樹・環境研究室
【引用】暖地園芸研究所では、2月29日までに最低気温-3℃以下を記録した日が5日あり、寒害の被害が多かった。「楠」は平年より被害が少ないが、「大房」および「田中」は開花盛期が平年より2週間以上早く、幼果の生育が早かったため、被害は多いようである。

●今年の2月3日に「日最低気温」の記録更新が大量に出現しました。このときに、大分県の玖珠で-14.7度を記録し、従来の-12.9度を大幅にぬりかえました。長崎県のビワはこの寒波にやられたようです。
拙ブログ2月3日の記事。「日最低気温」の記録更新地点の、大量出現。

アメダス気温分布
↑気象庁のHPから。2月3日06時の九州地方北部のアメダス気温分布です。九州内陸部で-5℃以下、あるいは-10度以下の地点が広がり、沢山の最低気温更新が出現しました。長崎県のビワがやられただけでなく、熊本県のデコポン等の柑橘類もやられましたが、熊本県では-5℃以下の低温が分布しています。


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No title
データからして1977年~1986年の10年間は厳冬多発の時代だったと思います。あの17地点の都市化バイアスのグラフでも1950、60年代より低い年が多く、偏りは有意だと思われます。

・1977年2月16日~19日頃
・1981年2月26~28日頃

西日本の古い官署でも、このときに日最低気温の低い記録、日最高気温の低い記録が1位、また10傑を埋めています。都市化の進行を考えれば、明治時代からしても西回り寒波の双璧といっていいでしょう。
母から「あんたが赤ん坊の時はオムツが真昼でもガチガチの日があったのよ」と聞かされていました。大分沿岸部で、暖冬時代にランドセルをしょっていた私には到底信じられませんでした。1981年2月は私は1歳半。今からしてみればこの寒波(法王寒波)の時だろうと思います。1977年はまだ私は生まれていません。

大分県のアメダスは古参のでも1977年2月の寒波の直後に観測開始で、1977年の寒波が含まれていないのが惜しいです。1981、84、85、86年とは官署とも比較可能です。今年2月の寒波は昔のと比べてどうだったのでしょうか?
ところで、記事にある玖珠の2位-12.9℃は-14.7℃の前日で、同一気象現象です。よって3位の1990年1月26日の-11.5℃と比べるのが適切かと思います。1990年と条件を同じにするため、今年2月3日を1時間計測に直しても-14.3℃(午前7時)でぶっちぎりの更新です。近隣の日田測候所(1942-)でも-9.1℃で歴代8位で、阿蘇山(1933-)でも歴代7位でした。冷え込みは1977、81年を上回ったところがあったものの、昼の気温はそこまで低くなく、ここ30年間の都市化の進行を考慮しても“双璧”には総合力では少し劣ると思います。それでも31年ぶりの大寒波であることは間違いありません。

我が家は昭和60(1985)年頃まで養鶏、甘夏、野菜などの兼業農家でした。ビワの木は数本あり、よく生りますがこれは誰が植えたのかもわからず、自家消費だけだったそうです。農家として廃業後も数年前まで祖母が亡くなるまで自家消費分の野菜は作っており、今でも当時の遺産の果樹(特にミカン)の果物には事欠きません。今は放任状態になっていますが…。一応農家を引退してからも、祖母は趣味としていろいろな品種のミカンを植えていきました。1986年、幼稚園の時、暖地性の晩白柚を植えるとき、「おまえが二年生になるときには実がなる」と言ったのを覚えていましたが、それから本当に二年生の時実をつけたのはうれしかった記憶があります。それから、グレープフルーツも植えました。そのときには「これから冬が暖かくなるからね」といっていました。グレープフルーツは10年ほど前からよく実を生らせるようになりました…

山のきのこさんは果樹の栽培と気候変化の歴史を体しておられるようなので、この話がよくわかると思います。1986年頃に暖地性のものを植えたというのは、見事に時流(つまり冬の気候ジャンプ)に乗っていたのです。このころ、気象学も知らない祖母が「冬が暖かくなる…」といってたのには驚かされます。女性独特の理知を超えた直観でしょうか…

今年の2月初めの寒波もそうですが、去年2011年1月の平均気温も西日本では80年代以来、特に九州では1963年以来の低さだったことも逸することはできません。我が家の暖地性ミカン、ビワは去年1月と今年2月初旬で、2年連続で被害を受けました(それまで十数年間全くなかった)。二年連続くらいなら修復可能ですが、来年、再来年と続くと弱って枯れてしまうでしょう。逆にいえば、暖冬時代をうまく生かせたともいえます。

太陽活動からしたらこれから厳冬多発の時代に入る可能性が高い。なのに瀬戸内海では温暖化時代に向けての転作を勧めているようじゃないですか!人為温暖化論が画餅だというのに、周回遅れとしか言えまないです。大学で農学、気象を修めたエリートが小学校しか出てない私の祖母に劣ってるとは???転作をした人たちが何年か後「騙された」というのが目に見えるようです。それが予見できてるのに転作を勧めてるのなら農業試験場の連中は本当の“詐欺”でしょう。ウチのここ30年近くの果樹史は自家消費の範囲でした。しかし、ここで転作を勧められてる農家はこれから何十年間も収穫で生計を立てていく(はず)。だから本当に先が憂慮されます。






2012/09/03(月) 01:29:59 | URL | 章英 #.1TLRCWo [ 編集 ]
とら猫イーチさん、コメントありがとうございます。
とら猫イーチさん、こんにちは。

お久しぶりでございます。ようこそお越しくださいました。
以前、石黒さんのブログ『酒と蘊蓄の日々』のコメント欄でとら猫さんとネット上でお目にかかりましたが、その時の山のきのこです。事情があって山のキノコと改名しています。

それにしても、石黒さんはどうされたのでしょうかねえ? ブログに飽きてしまったのか? 重い病気をされたのか? 辛辣な批判を展開されていたから、その方面から圧力がかかったのか? いま、言論統制がジワジワと進んでいるように感じていますので、石黒さんの行方が気になっています…。

最近では、気象予報士の「たけじろう」さんのブログで、たけじろうさんととら猫さんのご議論を、興味深く拝見しています。わたしも、とら猫イーチさんやたけじろうさんの仰る通りだと思います。

それにしても、地球温暖化利権で詐欺的にカネ儲けをたくらむ企業たちも悪辣ですが、組織膨張・天下り場所確保・予算増額を狙う環境省等の官僚たちも国賊か売国奴です。学者たちも “真実を究明する” という本分を忘れ、研究費をくれる上ばかりを見るヒラメ学者が非常に多いですね。

それから、マスコミのタチの悪さにはどうしようもありません。マスコミは、地球温暖化虚妄説の普及をめざす気象庁の広報係、温暖化産業の育成に貴重な税金を流し込む経済産業省のプロパガンダ機関、に成り下がっています。マスコミはマスゴミ、まさにゴミそのもので、たとえば読売新聞はゴミ売り新聞、それから浅卑新聞、惨軽新聞…、などという人もいますが、その通りだと思います。政府や環境省や利権企業の、太鼓持ち、チョーチン記事しか書かないマスゴミを叩いて弱体化させなければ、どうにもならんと思います…。

拙ブログは植物に関する駄文が多いのですが、動植物の保全なども利権化しているのを感じています。ナルトサワギク利権、ニワウルシ利権、里山保全利権、生物多様性利権、絶滅危惧生物利権、とにかく環境省が税金(補助金・助成金・研究費など)を流し込んでいく水路には、 “利権の黒い花” が沢山咲いています…。利権の黒い花は雑草よりも逞しくて丈夫で、駆除するのは難しそうです。

たとえば、コウノトリや、トキなども、私は利権化していると見ています。日本に留鳥として棲息していた日本在来個体群はとっくの昔に絶滅しています。にもかかわらず、遺伝的に相違があるはずの中国の個体をもってきて、莫大な予算を流して増殖を図っていますが、よく見れば保護センターのような施設に環境官僚等が大勢天下っています…。その地元も、絶滅危惧生物を護るためにと流れてくる税金に群がっている人々が大勢いるように、私には見えます…。

今後、宜しくお願いいたします。また、ちょいちょいお越しください。
2012/05/11(金) 17:01:30 | URL | 山のキノコ #js83eNAU [ 編集 ]
同感!
 大企業の「エコ利権」を守り、「温暖化産業」の発展(?)を意図し、国を売る「売国政治家」と「売国マスゴミ」、それらに魂を売った「御用学者」達による売文の仕業で、この国が毎年一兆円を超える税金をドブに棄てています。 中小零細企業や一般国民には、この「温暖化利権」は何も齎すことはありません。
 「温暖化」の嘘を彼らは充分に承知していても、利権に眼が眩み、良心を封殺して金銭を得ています。 我々は、この事実を何んとしても国民一般に伝えて、不当な税金の浪費を防ぎ、正当な目的に税金を使うべく彼ら「温暖化村」を壊滅させないと、この国の未来はありません。 
 貴ブログに敬意を表し、これからもコメントをさせていただきます。
2012/05/11(金) 11:43:09 | URL | とら猫イーチ #MCR/NNEI [ 編集 ]
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