雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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諭鶴羽山系の山菜(その10) 「ゼンマイ」
●ワラビと並んで知名度抜群の山菜が「ゼンマイ」です。商品価値が極めて高く、北日本の山村などでは貴重な収入源になっているようですが、淡路島では商業的採集が行われていませんから、良識にのっとって採集するのであれば問題にはならないでしょう…。とはいっても、近年、ゼンマイも諭鶴羽山系では少なくなりました。

諭鶴羽山の山頂直下の北東斜面で、大きな籠に何杯もゼンマイを採ったのはもう30年も前のことです。現在ではゼンマイなど影も形もありません。ゼンマイが消えていった最大の要因は “遷移の進行” であろうかと思います。ま、難しいことを言わなくても、簡単にいえば森林が茂ったためです。森林がうっそうと茂って地面に太陽の光が当たらなくなったためです。背が低い草本類はみんな消えつつあります。残っているのは、よほどの耐陰性のある陰生草本だけです…。

●ところが、ここ数年前から諭鶴羽山系の北側斜面で植林が進められています。森林が伐採されてスギの苗木が植えられているのですが、森林伐採跡はスギが大きく成長するまでは、地表に太陽の光が当たるので、陽生草本の生育地となりえます。この場合大きな矛盾が生じるのですが、それをどう考えたらいいのだろうか?

森林の伐採は、森林に着目すれば、第一義的には明らかな自然破壊だと言えましょう。ところが、森林が茂りすぎることが要因になって消えていく「陽生草本類」や「陽樹」にとっては、森林伐採は好ましいことです。森林伐採は生育適地の提供であるといえましょう。その陽生植物の中には絶滅危惧種も混じっているでしょうから、森林伐採が絶滅危惧種の存続環境を提供したことになるハズです。ところが、伐採される森林の中にも絶滅危惧種と指定される樹木もあるハズです。耐陰性の低い草本を助けようとしたら森林を伐採せねばならず、森林を助けようとしたら草本は消えてしまう…。要するに、“あちらを立てればこちらが立たぬ、こちらを立てればあちらが立たぬ” という背反が自然界には存在し、両方を立てることが極めて難しい…。

●では何故そうなるのか、この矛盾が生ずる原因を考えてみます。遷移の進行をヒトが止めて、遷移の途中相の雑木林(萌芽林、二次林、里山林など)を人為的に維持していたものが、自然放任されることに因っているのは明白です。昔は炭や薪を得るために、順番に雑木林を伐採していました。伐採跡にはワラビやゼンマイや色々な草本が生じました。その伐採跡も20~30年もすれば立派な萌芽林となります。そこでは草本類は日陰になって消えるのですが、別の場所が伐採されて草本の新しい生育地になります。山全体ではあちこちにワラビもゼンマイもある…、ということです。

さらに、ここには別の矛盾が横たわっています。遷移の進行をヒトが停止させているということ自体が、自然の摂理に反することであり、自然への反逆・冒涜・破壊なのではないか? と考えることも可能です。自然はほっとけば森林がどんどん生長してやがて「極相林」となって、安定します。極相林のなかでは、老木が倒れ若木が育つというふうな部分的な変化はあるでしょうが、全体としての姿は変化がなく「動的平衡」とでもいうべき安定さを保ちます。それが自然の本来の姿ではないのか? たとえば里山を護ろうという主張が各地でなされていますが、換言すれば、それは「遷移の進行を停止させよう!」と主張するのと全く同義です。それはおかしいのではないか? それこそ、自然に逆らう人間の傲慢さでなないのか? という疑問があるわけです…。

★ま、自然保護だとか、森林を護ろう、里山を護ろう、絶滅危惧種を護ろう…、などと叫んでもあっち立てればこっち立たずとか、貴重種を護るためには別の貴重種を伐採せねばならなかったり、護っているつもりがそうではなく自然の摂理に反抗挑戦していたり…、と難しいものです。ま、自然保護活動なんかには関わらないほうが無難ですな。ハイ。一皮むけば、たんにお題目を唱えて “補助金・助成金・寄附のかすめ盗り” が目的化してしまっているNPO法人も多いですし…。ハイ。

武内和彦『タチバナの保護を考える』
武内先生のこの随筆を読めば、自然の保護の難しさ、一筋縄でいかない厄介さが垣間見えます。タチバナが目玉だが海岸樹林全体が国の天然記念物に指定された。タチバナを救うには天然記念物の樹林の伐採が不可欠…、天然記念物を手つかずにしておこうとするとタチバナは消えてしまう…、さて、どっちを選んだらいいのか?

こういうことがあるから、動植物学とか生態学とかの専門の先生がいうのならばともかく、左翼系の活動家くずれが環境問題に転向して、俄かに○○を護れ!などと叫んで活動しても信用できないのです。ようするに左翼系活動家は、自然観察などしたことがないお花畑。(なお、ソ連の崩壊により共産主義は終わったので、左翼系活動家たちの多くは自然保護活動とか環境問題に宗旨替えをしています)

ゼンマイ

採り頃
↑上の2枚は採り頃のゼンマイ。

長けたゼンマイ
↑こちらは長(た)けている。

胞子を付けない「栄養葉」
↑こちらは「栄養葉」で、光合成を一生懸命にする葉です。胞子は出しません。

胞子を付ける「胞子葉」
↑こちらは「胞子葉」で子孫繁栄を願って胞子を一生懸命に出す葉です。魚の卵のような小さなつぶつぶが葉のうえに無数にあります。胞子を出し終えるとこの葉はお役目終了で、しばらく後に枯れてしまいます。ときには、葉の上部が「胞子葉」で葉の下部が「栄養葉」という「ハイブリッド葉」とでも言うべき葉が出現します。

●ゼンマイは、普通、「胞子葉」は採らないもの、あるいは採ってはいけないもの、とされます。採って山菜として食するのは「栄養葉」だけです。胞子用には毒があって食べられないとか、物凄くまずいとか、ではありません。「胞子葉」もちゃんと食べられます。品質とか味とかも栄養葉と全く変わりがありません。胞子葉を採るなというしきたりは資源保護です。産卵を控えた魚を獲るなというのと同じことです。

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