雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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諭鶴羽山系の山菜(その7) 「タラノキの芽」
●山菜の王者とも言うべき山菜です。山菜の中の山菜です。一般的に言って、山菜は北日本や日本海側などの地方で珍重されます。南の方では、特に太平洋側の照葉樹林帯の地方では、山菜を珍重するという食習慣はあまりありません。それはおそらく照葉樹林帯では常緑樹が多く、山菜になる植物の分布が少ないということもありましょう。また比較的に気温の高い照葉樹林帯では、畑に冬でも何か野菜があるということも大きな理由でしょう。青物が冬でもあるので、春到来で山菜が食べられるという感動が南の地方では少ないのです。

ところがワラビと並んで「タラノキの芽」だけは別格です。南の地方でも、タラノキの芽は、みなが目の色をかえて捜します。そして乱獲になって木を枯らしてしまうほど無茶苦茶な採りかたをします。

●タラノキは千年まえから「たら」で、平安中期の10世紀ごろに編纂された 『本草和名』(ほんぞうわみょう) に「多良」という表記で記載されています。時代は下がって江戸時代の1712年ごろに出版された百科事典 『和漢三才図会』(わかんさんさいずえ) では、「楤木」という漢字があてられています。
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↑『和漢三才図会』巻八十四より。「俗に太良乃木という」とあります。本種タラノキは、木の高さが1丈(= 3.03m)余りであって、真っ直ぐに立ちのぼり、枝がなく、幹の上にトゲがあります。木の頂に葉が生えていて、これを “カササギ踏まず” といいます。(幹のてっぺんには葉が茂るがトゲだらけなので、カラスの一種のカサカギでも止まることができない、という意味だと思います。)山村に住む人々はこれの幹の頭にある芽を掻き採って、茹でて食べるのです。この芽のことを「吻頭・ふんとう?」と言います。
というふうなことが書いてあるのですが、この記述から、江戸時代にはタラノキの芽を茹でて、おそらく味噌合えなどで食べていたのであろうことが想像できます。

タラの芽といえば、現代ではとにかく「天麩羅」ですが、案外に天麩羅にして食べるなどということは時代的にはごく新しいのではないか? むかし山村では、タラノキの芽を茹でてすり鉢ですり潰し、味噌や砂糖・酒・みりんと調合して “タラの芽の味噌” にしたり “あえ物” にして食べるのが普通だったハズです。

そもそも「天麩羅」というのは和食の重要な料理法であります。本式の会席膳のメインディッシュというべきものです。樋口清之『日本食物史』によれば、天麩羅の起源は安土桃山時代の南蛮貿易で伝来しました。テンプラという言葉自体が外来語です。イタリア語の「tenpora」あるいはポルトガル語の「temporras」が語源で、「キリスト教の金曜日の祭」の意味です。その日は鳥獣の肉が禁じられていて魚のフライを食べるので、それに接した日本人が魚のフライをテンプラと呼んだのが「天麩羅の起源」だと樋口清之先生は言っています。

徳川家康が鯛の天麩羅を食べ過ぎて食中毒で死んだというのは有名な話です。(癌だとか淋病で死んだとか異説も沢山ありますが)天麩羅という料理が和食に取りいれられて500年近くになりますが、庶民にはずうーっと超高級料理だったハズです。徳川家康は最高権力者であったから天麩羅が食べられたのですが、普通の庶民が日常食として天麩羅が食べられたのではありません。われわれ庶民が日常的に天麩羅など食べられるようになったのは戦後です。昔は食用油など薬みたいに貴重品です。

油(食用油)自体は古代からありますが、生産量が少なく、その用途はもっぱら「灯火用」でありました。歴史上明治時代まで「灯火用」で、江戸時代に江戸の町中で天麩羅の屋台が賑わったということは確かにありますが、それは全国的にはごく一部のハナシであって、広く全国に各家庭に天麩羅料理が普及したのでは、全くありません。ちなみに諭鶴羽山系の村では、昔ツバキ(椿)の果実(かたし)の種子を絞って食用油としていました。それは貴重品でありました。で、タラの芽を天麩羅にして食べるなどというのは、ごく最近、多分戦後になってからではないか??

タラの芽
↑ちょうど採り頃です。以前にプロの料理人と話をしたとき、タラノキの芽はごく若い芽のほうがいいと主張していました。彼の基準では写真の状態のものでは、すでに長(た)けているということになりましょう。しかし芽が若すぎると収穫量が少ないので、やはりある程度は芽が大きく膨らみ、葉が伸びかかったもののほうが良いと私は思います。

★写真のものはトゲが多く、伸び始めた葉の葉柄にも粗いトゲがあります。しかしながら、新芽のトゲは柔らかく、熱を通すと更に柔らかくなります。食べるのには全く支障がありません。食べる際ではなく、タラノキの芽を採取する際に、トゲで怪我をしないように気を付ける必要があります。

★一般的に言って、タラノキは若木ではトゲが沢山あり、老木になればトゲが少なくなります。タラノキはいわゆる 先駆種(パイオニア種) の代表的な樹木で、遷移(生態遷移) の初期の段階で出現する木であります。遷移が進んで森林が茂ってくると、タラノキは消えていく運命にあります。諭鶴羽山系でも一斉に消えつつある種なのですが、近年、山系の北斜面で植林のために伐採が行われています。おそらく伐採跡にある林道の側などに一斉にタラノキが侵入してくると思われます…。

タラの芽の収穫
↑たくさん採れました。タラノキの芽を採るときに気をつけることは、2番芽を絶対に採らないことであります。枝先の1番芽を採ると、しばらく後に1番芽のやや下から2番芽が出てきますが、これを採ると木が枯れます。

てんこ盛り
↑タラノキの芽の姿揚げ。デカ盛りとまではいかないが、諭鶴羽山の山小屋名物の「てんこ盛り」であります。もう少し上品に盛らないと興ざめであります。これはわたくし山のキノコの作品。

紛らわしい類似種にご注意
諭鶴羽山系には今のところタラノキがたくさん自生していますので、大いに採って、賞味すると宜しいのですが、紛らわしいものが2種あります。にわか山菜採りの方ならば、間違う可能性がありそうなのが次の物であります。

ニワウルシの芽
↑これはニワウルシの若い芽です。葉が伸び始めるとタラノキに似てきます。タラノキは老成するとトゲが少なくなりますが、トゲが全くないということはありません。一方、ニワウルシは幹にも葉にも全くトゲがありません。(タラノキにもトゲのほとんど無い系統<メダラ>はありますが、捜せばどこかにトゲはある)ニワウルシは全く食毒不明であります。(安易な試食は危険です

カラスザンショウの芽
↑これはカラスザンショウです。幹や枝はトゲだらけです。写真のものをルーペで子細に観察したところ、幹はトゲだらけなのに、若い葉には全くトゲが見当たりません

★カラスザンショウは天麩羅で食べられなくもないです。香り・アクともに強烈です。天麩羅以外の料理ではまず無理でしょう。わたくしも何回か試食していますが、2~3芽ならば大丈夫ですが、沢山食べると酒に軽く酔ったような “めまい症状” になります。多分、何らかの毒成分がある可能性が考えられます。よって、カラスザンショウを山菜として食べることを、わたしはお奨めしません。
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