雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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山へ避暑に行こう!
猛暑というのは稲作にとっては吉、温暖化で米作りが打撃を受けるというのは嘘っぱちだ!

西日本では、梅雨明け後は、今年は昨年よりも気温が高いみたいです。とりわけ瀬戸内沿岸部じゃ夜間になっても気温があまり下がりません。連日連夜、熱帯夜が打ち続いて寝苦しい夜が続き体力を消耗させられます。しかしながら、こういう暑い夏はイネが元気よく生育し、豊作が期待されます。地球温暖化二酸化炭素原因説を採る政府 (文部科学省等) から流れ落ちてくる研究費を当てにしている研究者どもにかかると、温暖化で米作が打撃を受けるなどと戯言を言うわけですが、じつは、研究費を配分してもらうためにはそう言わざるを得ないわけです。ところが実際は全く逆であります。夏が暑ければ暑いほどコメは大豊作なんですわ。ただし、夏暑いのに豊作じゃないケースもありますが、それは台風の被害です。この点、コメの作況指数と気温の相関をみる場合には台風害がなかったかどうかのチェックが要ります。猛暑と大豊作の相関・因果を示す典型的な実例が1993年と1994年のデータです。

1993年は近年まれに見る冷夏の年でありました。梅雨明けがハッキリせず、ていうか梅雨明けがありませんでした。夏中天気が悪く気温が低くかったのですが、低温と日照不足のため戦後最悪の大凶作となりました。北日本じゃ収穫皆無の水田が多かったです。わが兵庫県でも内陸の山間部では実が入らないシイナが多くかなりの不作となりました。 米の全国作況指数は74で稀にみる大凶作で、冷害は北日本や信州のみならず近畿圏や中国地方まで及びました。 

ところが、翌年の1994年は一転して近年まれにみる猛暑の夏となりました。とくに西日本では県ごとに存在する23個の気象台 (管区気象台・地方気象台) のうち17個で最高気温の記録が出ました。そのほとんどは23年経った現在でも破られていません。この記録的猛暑のおかげで、北海道から九州にいたるまで全国都道府県別のイネの作況指数は103~124の見事な大豊作でした! 都道府県別のコメの作況指数は沖縄県の94が唯一の100未満でしたが、本土では最低が石川県と福井県が103でした。軒並みどの県も110前後で、わが兵庫県や徳島県では113。最高が大分県でなんと124でした。

収穫統計と気象統計の相関・因果をちゃんと見れば、猛暑の夏はコメの大豊作というのはハッキリしています。温暖化の恐怖を騙る御用学者やマスゴミどもは何故この重要な事実を無視するのでありましょうか? これが、温暖化恐怖説を煽る連中の言動が信用できない理由の一つです。真実を解き明かそうという学問研究が、カネで支配される政治活動に成り下がっているのは恐いことです。ちなみに、加計疑獄で安倍でんでん嘘つき閣下は崖っぷちに追い詰められていますが、加計学園グループが新設する獣医学部の政治的な影のネライは細菌兵器の研究か? という情報が流れていますがもし本当ならば恐いことです。学問とか研究が軍国主義復活を目指す政治に左右されるというハナシでありまして、恐いなと思います。真実を追求する学問研究が政治圧力に簡単に屈するのは非常に怖いことであります。


熱中症救急搬送リスクは、突出する東京都や大阪府はむしろ小さい。グラフとは逆!

さて、打ち続く猛暑で大勢の人が熱中症で救急搬送されているようです。総務省消防庁 のサイトを閲覧すると熱中症情報というコーナーが特別に作られているほどです。1枚グラフを借用します。


7月17日~7月23日までの全国の熱中症による救急搬送人員

この都道府県別の熱中症による救急搬送人員を見ると、県ごとに救急搬送人数に大きな差がありますが、そもそも各県の人口が全く異なります。人口が100万人に満たない県もある反面、東京都のように1000万人を越えるところもあります。で、人口10万人当たりの熱中症救急搬送者数に換算してグラフを作り直せば、県ごとにそう大きな差はないのではないか? 少ない県と多い県との差はせいぜい2倍程度だと思います。東京都や大阪府の方が逆に少なくなると思われます。むしろ、高齢化が進む田舎の県のほうが多くなると思われ、熱中症救急搬送リスクはこのグラフと逆で、大都市圏のほうがリスクが少なく安全? たぶん、熱中症にやられるのは高齢者が多く大都市圏は高齢者比率が小さいのが要因? とにかく都道府県ごとのデータというのは、県ごとの面積も人口も年齢構成も産業構造も、土台があまりにも不揃いなので、ちょっと注意が要ります。 つまりこの不揃いを悪用すれば、温暖化のキャンペーンと同じで、誤魔化そうとすれば、いかようにも印象操作ができますね。

このようなことを話題にすれば、猛暑は何も問題はない、こんな暑さなど暑いうちに入らない、もっともっと暑くなってほしい、と言っているようにみえるかもわかりませんが、そうではありません。連日の熱帯夜はかなわんですわねえ! 早く秋になってほしいものです。これからまだ2か月は暑いわけで、うんざり。で、山の上に避暑に行ってまいりました。やはり、山の上は別天地の涼しさであります。気候帯が異なる1000キロ北方に水平移動・避暑に行くのは大ごとですが、山の上に1キロ半垂直移動するのはチョイチョイの簡単です。1000キロ北へ行くのと同等な気温低下です。



徳島県上勝町 高丸山に避暑登山に行ってまいりました

午前2時30分に淡路島南部の雑想庵を出発し、徳島市を経由、勝浦川ぞいを上流へとまいりました。午前5時ちょうどに登山口に到着。日の出の時刻ですが雲が多くてご来光は見えません。
ご来光は見えません

徳島県立 高丸山千年の森 の高丸山現地案内所の施設です。普段は施設は閉められています。100台か200台ぐらい駐車できそうな広大な駐車場があります。普段は管理人がいませんが、勝手にテントを張っていいものかどうか?
高丸山千年の森
高丸山千年の森
高丸山千年の森

+マークのところが高丸山千年の森 現地案内所の場所であります。


今日は土曜日なに誰も来ていません。写真は標高差で400mを登って降りてきた時点で、午前9時04分であります。結局、吾輩が滞在した時間内には誰も来なかったのにはビックリです。ここは避暑地にとても良い所なんで、避暑客が10張ぐらいテントを張っているかと思いましたが、なんで誰も来ないんやろか?
誰も来ていません
誰も来ていません

高丸山 (標高1439m) であります。駐車場は標高1045mぐらいです。標高差は約400mですが、淡路島の先山を登る程度であります。山頂はガスっています。この山に登ってまいりました。
高丸山を見上げる
山頂はガスっています


2017年7月29日、高丸山(1439m) 納涼登山写真ギャラリー

登山案内看板
登山案内図

登山道はよく整備されてはいますが、登山者はさほど多くはなさそう。日本100名山のタイトルを持ちシーズンには全国からわんさかと登山者がくる剣山の登山道とは比べるべくもないです。やはり非常にマイナーな山という印象がします。
登山道はよく整備されています

標高1360m地点に展望の利くところがありましたが、何も見えません。いや、「何も見えないということ」 が見えています。本当に何も見えなければ暗黒の闇であります。雲霞がたなびくだけです。
標高1360m地点
何も見えません

山頂直下の胸突き八丁を急登します。ここが最後の踏ん張りどころ。登山道の両側のササはスズタケであります。ここは標高が低いので剣山のようなミヤマクマザサはありません。
山頂直下の胸突き八丁を急登

05時40分に登りはじめて06時36分に山頂にたどりつきました。何やら石碑があります。高丸山開発記念と書いてありますが、この文言に少し違和感があります。これでは土建屋的発想じゃないか? 中部山岳の山じゃよく開山記念碑というのはあります。誰も登れなかった山に登山道を切り拓いたとかいう碑であります。宗教的な山じゃ教祖とか修験者が寺社を建立して山岳信仰の道筋をつけるのも開山と称するようです。ところが高丸山は開山ではなく開発ですか? おおいに違和感がありますけど、それは開発のイメージが乱開発とか自然破壊であるわけで、自然を破壊してでも金儲けをたくらむのが開発であるわけです。これがこの石碑の文言に違和感を覚える要因です。結局、千年の森というのは自然を護るとか育てるとかいうのは表面の建前であって、ホンネ部分では税金を流し込んで色々と土建屋的工事とか事業をやるのが目的? というのが透けているように思います。べつに開発がダメだと申すのではなく、大いに開発したらいいと思うのですが、開発というホンネを美辞麗句で隠しているのがおかしいと感じるわけです。そのホンネがポロリと出てしまった石碑です。
山頂であります
山頂の碑

雲霞の切れ間から標高差400m下の駐車場が見えています。蓮の池のほとりから地獄を覗き込んだらこんな感じでしょうか? 吾輩のオンボロ車が白い点となって見えます。他の車はまだ来ていないようです。
400m下の駐車場

西をみても東をみても何も見えません。しかし上空の雲は薄く、すぐ上は雲がなさそうです。(遥か上空の中層雲や高層雲はありますけど) こりゃあ、剣山にしときゃ雲海が見られたかも? 残念です。
何も見えません
何も見えません

山頂で小一時間、雲が晴れるのを待ちましたがダメでした。ここは西の剣山方面を眺めるにしても、東の紀伊水道を眺めるにしても素晴らしい眺望なのでまた来ます。気温は06時45分に19度です。風もあるし寒いぐらいです。
極楽の涼しさ


ここにテントを張って一週間ぐらいおりたいところですが、下山します。

旗立て? 旗振り通信(旗振り山) のことでしょうか? 江戸時代後期~明治時代に大坂の堂島米会所で米の先物取引が行われましたが、売買で成立したコメの値段という情報が旗の振り方で遠方に通信されました。その旗振り山だという解説をみましたが、それは違うのでは? いわゆる江戸時代におこなわれ明治まで続いた旗振り通信というのは、コメの値段や高下のトレンドをいち早くキャッチすれば売買に有利でおおきな利ザヤが得られるから行われたもので、淡路島も旗振り通信ルートでした。大阪堂島 → 途中に何か所か → 神戸の鉢伏山 (旗振り山) → 津名生穂あたり? → 洲本三熊山 → 南あわじ市南辺寺山 → 鳴門撫養城あたり? → 徳島 というルートで米相場の情報が旗振り連携リレーで伝えられました。結局、情報を欲しがったのは、米相場で金もうけをたくらむ豪商とか、年貢米を有利に売りたい地方大名です。よね? こんな山のなかに旗振りで何の情報を伝える必要があるのか? 誰が、何のために? という疑問が湧きます。
旗立て

一つ考えられるのは狼煙台 (のろしだい) です。徳島県の山間部には山城跡がたくさんあり、山頂もしくは山頂付近の見通しのいいところに見張り台があって、山上から麓を眺めて敵の動向をウォッチ、敵の侵攻をキャッチしたならば狼煙をあげて麓の本城に危急をしらせたとか? 剣山スーパー林道ぞいの天神丸 (1632m) などはまさにそれです。天神丸は山名そのものがそういう名です。つまり天の陣の丸。で、旗を振るのではなく危急をキャッチしたならば旗を立てて遠方もしくは麓の本部に通信したとか? 旗立て通信にしろ狼煙台にしろ大きな組織が人手を投入してやらなきゃできることじゃありません。なんの旗を立てた (振った) のでしょうか? それに、この旗立てというところは標高1230mぐらいで尾根筋の鞍部にあり、たとえ樹林がなくても展望がよろしくなさそうです。狼煙台跡というのも考えにくいです。 ちなみに、阿波藩の狼煙台通信について 海上保安庁が分かりやすく解説しています。


↓ ブナの原生林でありますが、高丸山荘一帯がブナ林です。ただし、樹齢は少ないように感じます。高城山とか西砥石権現のほうがブナの巨木が多いです。すこし観察したところ、ここには環境省巨樹調査基準の地上130センチで幹周300センチ超を満たすと目測できそうなブナ巨樹があまり見当たりません。看板が自画自賛するほどの立派なブナ林には見えないわけですが、立派ではないからこそ将来の立派をめざして保護林にしているのかも?

ブナの原生林

高丸山荘というのだそうですが、山小屋じゃないみたい。少し離れたところにある東照神社の社務所とか参籠所とか? 何なんでしょうか?
高丸山荘

東照神社というのだそうです。岩でこしらえた小詞ですが、前に拝殿のような小屋があります。戸はなく通り門になっていて、コウモリが3匹いて吾輩が来たら大歓迎してバタバタと飛び交ってくれました。
東照神社



【付録写真】 高丸山は遠くから山座同定しやすい山だ!

高丸山は山頂から3方向の斜面が急こう配で浸食されて、山頂付近が三角錐の山容をしています。見事な氷河地形 (氷食尖峰) で日本屈指の名峰の槍ヶ岳をすこし思わせるような尖った山容であります。で、遠くからでも、あれは高丸山じゃなと山座同定が容易です。山名の起こりは高くて丸く見えるということらしいのですが、それは高丸山周辺でのハナシであって、淡路島から遠望すると連山のなかでひときわ尖った山に見えます。剣山よりも500m標高が低いのに距離的には近いので、淡路島南部からでは高丸山のほうが高く見えます。ということで、吾輩は若いころは高丸山を剣山だと勘違いしていました。

淡路島南部の海岸から遠望した高丸山
淡路島から眺める高丸山
淡路島から眺める高丸山

剣山の山頂から眺めた高丸山
剣山から見る高丸山
剣山から見る高丸山


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