雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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今年の漢字はめでたく 「云々」 に決まりか!
でんでん漢字が読めない総理大臣

●でんでん漢字が読めない総理大臣としては、麻生太郎氏が有名でありまして、もう何年前だったかハッキリ覚えていませんが、「踏襲・とうしゅう」 を 「ふしゅう」 とヘンな誤読したり、「頻繁・ひんぱん」 を 「はんざつ」 といったり、「未曾有・みぞう」 を 「みぞゆう」 などと言って話題をふりまきました。巷間流布された説によると麻生太郎氏の愛読書はマンガだったとかで、麻生氏の大好きなマンガ本にはこれらの誤読された漢字が載っていなかったのではないか? で、これらの漢字の読みを覚える機会がなかったということかな? 踏襲にしても未曾有にしても、これらの言葉はどちらかというと話し言葉ではなく書き言葉であります。書物をドンドン読んで覚えていく言葉なんですが、有権者の代表であり高い見識を持つ国会議員であれば、こんな言葉は普通の話し言葉であって、たとえば、

「このたびの豪雨による洪水は、未曾有の大災害であります! 政府としましては、早急に災害救助法を適応して、被災者の救済に全力を挙げてまいります」

などと、「未曾有」 というくだりは特に大きな声で強調して、首相が言いそうなハナシであります。じつは、大災害は為政者にとっては絶好のチャンスなんです。災害救助に万全をつくせば、下々の国民は 「うちの政府はよくやってくださる」 とヘンな錯覚をし、下々の国民の人心が掌握され、内閣支持率が上がろうというものです。大災害の対策を全うすれば悪政も帳消しになります。大災害の政治利用は古今東西をとわず権力者どもがやることであります。つまり、「未曾有 という言葉は権力を握った総理大臣にとっては、基礎的で必須の欠くべからざる重要語なんです。それを 「みぞゆう」 などとヘンな誤読するようではハナシになりません。「踏襲」 にしても、これは今までのやり方を踏まえるということだから、前例主義が多い官界には必須語でありましょう。結局、演説も答弁も背後であやつる誰かが書いているから、読み間違えるのでしょう! 演説や答弁の草稿を書いている人形遣いの黒子のような官僚たちは優秀なんで、まさかウチの総理がこんな簡単な漢字も読めないなんて! 想像もしていなかったので、ルビを振らなかったという手落ちがあったのでありましょう。ただし、ルビを振り忘れたのが悪いのか? 読めないのが悪いのか? もちろん、読めないのが悪いに決まっています。彼は総理大臣なのであってしがない庶民じゃありませんから。 (なお、しがない庶民が読めないのはデンデン問題ではありません)


ま、一番の問題点は、漢字を誤読したことなどではなく、実は、そんなことは別に大したことではないのかもしれません。本当の問題点は、総理大臣に手綱をつけて操っている連中がおるということでしょうかね。操っている本尊がだれなのか? どういう勢力なのか? ハッキリわかりませんが‥‥。日米合同委員会のような官僚と米軍の複合体? 世界征服をたくらむ大企業連合? CIA? 統一教会? などなど諸説あるようですが、本尊がいるのではなく色々な勢力が総理大臣に複数の手綱を括り付けている??

●総理も総理で、演説や答弁の前に、官僚が書いた作文を読んでいなかったと思われます。で、読めない漢字が出てきたら背後の官僚たちに 「おいよ、これ、なんて読むんだい?」 と聞かなかったのではないか? ようするに事前の準備を怠ったのでありましょう。ていうか、演説や答弁の予行演習が要りそうですね! 総理が原稿を朗読して、背後霊みたいに取り巻いている官僚たちが読み間違いをチェックするという事前準備が要りそう! 新聞の端に載る首相動向などを見ると分刻みのスケジュールで予行演習の時間なんてなさそうだから、原稿の漢字には、それこそ小学校で学習するような教育漢字にいたるまで、念のためにすべての漢字にルビを振らなくっちゃ!

●で、自民党の二世・三世議員たちの知性劣化が、近年どうしようもなくひどくなったように見えます。親や祖父の七光りで国会議員になった (なれた) だけで、そういう七光り・先祖の後光効果がなければ地方議員でも当選しないのではないか? という連中が国家の舵取りをしているのかと思うと薄ら寒くなってきます。おそらく、漢字の読めない総理大臣はあまり本を読まないのではないか? 現代の社会は空から降ってきたものでも突然に地から湧いたものでもなく、歴史的な紆余曲折の経緯を通って形成されたものです。これからどうするのか? 政治的な意思決定には、過去を知って未来を展望することが要りましょう。そういう意味で、過去のプロセスというか議論の変遷を踏まえた歴史認識が重要だといわれます。ただ、歴史といっても政府 (権力者) に都合よく書かれる正史があり、そうではない稗史もあり、単純に歴史などと言っても百家争鳴で、見方はけっこう多元 (註) であります。で、ここは歴史認識を深めるには万巻の書物を読む必要があるところです。そして、万巻の書物をドンドンと読めば漢字も覚えるわけです。やはり総理大臣は書物らしいものをデンデン読まないのではないか? 一部に総理大臣の学歴を問題にする向きもありますが、たしかにそういう面はありましょうが、田中角栄先生などは正式な学歴は小学校卒だったと思います。でも、田中角栄先生の書いた本や演説には、独学で学んだ教養があふれていましたけどなあ‥。やはり、最近の自民二世・三世国会議員の知性劣化は否めないでしょう。


(註) そもそも、歴史なんてものは立場や思想でいかようにも変わるものでありまして、だからこそ、「皇国史観」 とか 「唯物史観」 とか 「自虐史観」 などいろいろな歴史観がありますよね! 歴史認識といっても、これらの思想・主義・立場・史観などからくるバイアスが強くかかるために、本来は単純な客観的事実とか出来事の積み重ねであるハズの 「歴史 」を複雑怪奇にして、非常にわかりにくくしていますね。たとえば、南京大虐殺があったのか? でっち上げなのか? などの不毛の議論の応酬がいまだに続いています。政府は日本軍による南京大虐殺はあったと認めています。問題は被害者の数かと? 諸説あるようです。安倍晋三の問題点は、皇国史観の信奉者のフリをしていますが、そうではなく、天皇よりもオレのほうが偉いんだという腹であることです。安倍が今上陛下を敬っていないのは歴然としていて、天皇の権威を利用して国民を統治しうようとたくらんでいるのが問題であろうかと私は思います。


ということで、今年の漢字はめでたく 「云々」 に決まり! 

なお、安倍晋三大先生によると 「云々・うんぬん」 は 「でんでん 」と読むのが正しいそうです。早速に、配下の文部科学省のお役人に指示して、国語科の教科書を書き換えなくっちゃ! 出版社にも圧力と恫喝と、豪華な寿司の大盤振る舞いで国語辞書の書き換えもしなくっちゃ! それから、マスゴミどもにも、云々という表現を使った場合は 「でんでん」 とフリガナをつけるように、というペーパーを送り付ける必要があります。

今年の漢字は 「でんでん」 に決まり!

↑ このパロディー画は原作が誰の手によるのか? どこのどなたがこしらえたんやろか? 風刺精神あふれる素晴らしさ! に吾輩も1票投じて借用します。調べたけど出典はデンデンわかりませんでした。ひょっとしたら、このようなパロディー画を作ったら当代随一、反骨精神あふれる権力に盾つく マッド・アマノ氏 かと思いましたが違うようです。



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