雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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磯は食材の宝庫だ、磯へ行こう!  【付録】 マリアアザミの大群落が出現! 
●特殊な仕事なので、営業日と休業日の区別が全くなく、毎日が営業日といえばそうであり、営業エリアから何日も離れて遠くに行けない事情のため、日帰り圏内にしか行けないのがつらいところです。で、日帰り圏内の四国山地東部に頻繁に行くわけですが、徳島県西部の三好市の山間部、つまり早く言えば西日本のチベットとも言われた祖谷地方の住民と話をしたら、「淡路島がうらやましい」 などと言われてビックリしたことがあります。良く聞けば釣りができるし磯で貝掘りができるから海辺の土地がうらやましいらしい。吾輩が 「祖谷渓でアマゴ釣りができるし、ブナ帯でのキノコ狩りもできるし、冬には雪景色も見られて祖谷地方がうらやましい」 と言っても、話が全然かみ合いません。どうやら、ご互いに自分の住む土地は魅力が無く、他地の芝生が青くみえるということらしい‥。以前に “鳴門海峡を世界遺産にという運動” を批判して叱られましたが、吾輩は自分の住む土地をやや過小評価しているのかもしれません。しかしまあ、あまり取りえのない土地であり、なんの変哲もないしがない瀬戸内海の小島であることは事実ですが、しいて考えてみれば、取りえはチョイチョイと磯や山に行って晩のおかずが調達できることであろうか?

あまり利用されないが食べられるフノリ
吾輩の出身の村は、離島振興法の適用された僻地で物を買うに店がなく、自給自足を余儀なくされた僻遠の村でした。ただし、西日本の中心の大阪(国鉄大阪駅)から村役場までたった85キロです。陸路ならば85キロなどチョイチョイと行ける距離なんですが、交通の便のあまりの悪さで離島振興法の対象エリアとなりました。で、村民は自給自足状態で、晩のおかずに波止場で魚を釣ってきたり、磯にいって貝類や海藻を採ってきたりでした。フノリは磯が引いていなくても採れるし、ヒジキのような大変な加工の手間もなく利用しやすい海藻です。もっぱら味噌汁の実にしたり酢の物になって食卓を賑わしました。

波消しブロックにフノリがふさふさ
消波ブロックの上にも、石の上にも絨毯のようにフノリが着いています。ふさふさとして禿げちゃびんの方にはうらやましい限りです。フノリというのは布海苔で、厚い布みたいにびっしりと生育することを言うのでしょうかね? フノリは潮間帯上部~潮間帯中部に分布し、少し海面が下がったら出てくるので空気中にさらされる時間が長いです。
岩にもフノリがふさふさ
知らなかったならば、これをヒジキだと勘違いする人もありましょう。干潮のおりに岩の上で数時間天日干しされたものは、乾燥して針金みたいに固くなり色も黒く乾物のヒジキそっくりです。しかしこれはヒジキではありません。
すこし拡大
↓ すこしばかり接写しました。フノリの葉は円筒形で、中は空洞となっています。
拡大
潮間帯は上部・中部・下部の3つに分けれれる
大阪南港野鳥園 様のサイトから借用。大雑把に、干潮で海面が一番下がった潮位が低潮線で、満潮で海面が一番上がった潮位が高潮線です。この海面上下動の範囲が潮間帯ですが、普通は3分割して潮間帯上部・潮間帯中部・潮間帯下部とします。わが淡路島南部の海岸では潮間帯は僅か2メートルの高低差なのですけれども、潮上帯および潮下帯を含めてわずか数mの範囲で、色々な生物群集が見事な垂直分布を見せています。


ヒジキはこちらです。主に潮間帯下部~潮下帯に分布
この黄褐色のものがヒジキですが、よく育つと30~40センチぐらいになりますわ。これは採ってもあとの加工が大変です。大きな鍋で湯をわかし、7~8時間ヒジキを煮てから天日干しします。そんな手間なことは磯ファンでもしません。島の南部の漁師さんでもこれはほとんど採らないですわ。で、厳密に言えば第1種共同漁業権の対象物ですが、個人が自給自足で採るぐらいならば何もいわれませんわ。
こちらはヒジキだ
こちらはヒジキだ

こちらは岩ノリです。潮間帯上部~潮間帯中部あたりに分布。
これを丁寧に採取して、よく水洗いして砂などいっさいないように綺麗にして、水を切り、鍋で醤油と砂糖だけで1日も2日も煮た “天然岩ノリの佃煮” は絶品です。炊きたてのご飯に天然岩ノリの佃煮があれば、他におかずは要りません。絶品ではありますが、吾輩もこれは作ろうとは思わないですわ。とんでもない手間がかかりますから。観光地の売店などで岩ノリの佃煮を売っていますが、ハッキリ言ってインチキです。あんなの天然品じゃなくて養殖ノリで作っていますわ。
これは岩ノリ
すこし拡大


天然ワカメです。潮間帯下部~潮下帯あたりに分布。
最近、島の南部の大阪湾側の由良漁業組合の管内で漁師さんが天然ワカメの採集を始めています。由良の天然ワカメをブランド化しようと張りきっているようです。なので、そのエリアで磯のワカメを採ると問題になる可能性が考えられます。そのエリアでは採らないほうが無難。
これは天然ワカメ


味噌汁のダシ取りに良いカメノテ。潮間帯上部が分布の中心。
ときには、満潮時でも水没することのない潮上帯で見られます。水没はしなくても大きな波をかぶることはあるので、そういうときに餌を摂って生活しているのでしょうかね? 知る人ぞ知る、味噌汁のダシ取りに最高! でもまあ、ちょっとグロテスクな感じで手が出ないですわ。写真のものはちょっと小さいです、採るならばもっと大きくなって足の長いものを。ネットで捜したらけっこうカメノテが販売されていますね。
やくしま市場 楽天市場店 では冷凍品のカメノテが2キロで3800円! 法外な値段がつけられています。屋久島ではカメノテを 「瀬、せ」 と呼びお馴染の食材で、瀬でダシをとった味噌汁が大人気とか‥。ということは、これを買うのは本土に移住した屋久島出身者なのでは? つまりふるさとの味。

カメノテ

南あわじ市の姉妹都市は北海道の新ひだか町 (千歳と襟裳岬のまん中辺り) ですが、たしかに旧静内町付近は淡路島南部の人々が移住して開拓しましたが、百数十年が経過してつながりは薄らいでいます。もう4代目5代目となり遠い親戚もおらんようになっていますよね。で、早く姉妹都市提携を解消して、屋久島町と姉妹都市ではなく姉妹島を申し込んだらいいのではないか? 屋久島は世界遺産の先輩島だから、あやかり御利益があるかも??


淡路島情報館さんのコメント】  こんにちは!

親戚が仁頃で漁師をやっていたせいか、子供のころ、灘には釣りや磯もんを良く取りにいきましたね。 そんな中で、私が好きだったのが 「ナガチン」 を手釣りで釣ることです。 「ナガチン」 の正式名は 「ギンポ」 です。美味しいし、あの引きがたまらなかったなぁ~

大人連中は 「ヨメサラ」 を獲るのがメインでした。 大潮を狙って夜中にも行っていたようです。 たまに、タ○やア○○が取れていましたね! (昔の話ですよ) 「ヨメサラ」 は味噌汁の出汁に最高にいいですね。

で、「カメの手」 ですが、私の母親が大好物でした。 私の母親以外は 「カメの手」 には見向きもしませんでした。 私自身、見た目はどうも思わないのですが、どこが美味しいのかわからなかったですね。 そんな母親は「カニ」の身が大好きです。 本人からすれば 「カニ」 の身も 「カメの手」 の身も同じようなものなんでしょうね!


山のキノコの返信】  こんばんは!

ギンポ」 は仁頃では 「ナガチン」 と言うのですか? 生まれも育ちも灘村出身ですが全く知りませんでした。(笑) 洲本市灘を含めると、東西17キロの範囲に18集落 (廃集落も含めて) があって、断層海岸という厳しい地形のため、昔は集落同士の交流も難儀だったため、狭い範囲にもかかわらず複数の地域名があったのかもわかりませんね。

私の出身集落 (両隣も) ギンポは 「ノウテン、ノーテン」 と呼んでいましたわ。 晩のおかずには一番の人気で、磯が引いたら皆でカゴをもって磯へ繰り出します。釣るのではなくて、磯の平らな石をひっくり返します。するとノーテンが運がよければ2匹も3匹もいました。資源保護の観点から小さいのは獲らず、大きいものだけを狙います。食べ方はウナギのかば焼きと全く同じです。七輪に炭火をおこして、開いたノーテンに砂糖醤油のタレを塗りながら焼き上げます。ヨメサラ (標準和名は、ヨメガカサ) (註) はお遍路さんがかぶる帽子みたいな形状ですが特に大きいのになると径6~7センチに達し、身はゴムみたいに固いけどアサリに全く遜色がない素晴らしいダシが出ますね。わたしも昔よく獲って食べましたわ。なお、ヨメサラは出身集落でも両隣集落でもヨメサラと呼んでいました。


(註) 似た貝にマツバガイ(松葉貝)(これは大きい物は径10センチに達します)や、ベッコウガサ(鼈甲傘)があって灘海岸にも普通に分布していて食べられます。でもまあ、これらは老人やおばちゃんらが獲るものでして、めんどいから壮年男性は普通は獲りませんわ。これらは味噌汁のダシ取りにいいのですが、市場価値はなく第一種共同漁業権の対象外です。

お母様がカメノテが大好物とのことですが、灘村にはカメノテを食べる食文化はなく、誰も獲りません。お母様つまり女性は嫁に行くことが多いから、お母様の出身母村の食文化を持ち込んだのではないですか? 屋久島とか宇和島 (愛媛県の) とかのご出身? 淡路島南部は四国や九州南部 (特に鹿児島県) 出身の嫁が非常に多い地域です。たぶん、男性が大阪に出稼ぎに行った際に、大阪に出てきた四国・九州の女性を捕まえて淡路島にさらってくる? 


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付録
マリアアザミが侵入して大群落になっている
どこからどう侵入してきたのか? 淡路島南部の海岸地帯にマリアアザミの大群落が出来ていました。以下Wikipediaから引用します。

 「マリアアザミ (大薊、オオアザミ、学名:Silybum marianum) はキク科オオアザミ属の二年草。英名はミルクシスル (Milk thistle)。原産地は地中海沿岸。日本においても帰化植物として分布している。
 葉に白いまだら模様があるのが特徴。模様はミルクがこぼれたように見えるために、ミルクを聖母マリアに由来するものとしてマリアアザミの名がある。種子にはシリマリン (Silymarin) と呼ばれる4種のフラボノリグナン類 (flavonolignans) が多く含まれ、傷ついた肝細胞の修復を助けるとされている。
 ヨーロッパでは2000年以上も前から、主に肝臓の疾患などに対して種子が利用されてきた。近年では肝機能改善のためのサプリメントとして利用されている。ドイツのコミッションE (ドイツの薬用植物の評価委員会) は、粗抽出物の消化不良に対する使用、標準化製品の慢性肝炎と肝硬変への使用を承認している。米国ハーブ協会の分類はクラス1で、適切に使用される場合、安全に摂取することができるハーブに分類されている。」

大塚製薬のマリアアザミ をはじめ各社からマリアアザミから作ったサプリメントが色々と販売されているようです。本当に効くのか? 薬効成分が本当に含有されているのか、よく分かりませんがマリアアザミは薬草であるようです。

豪壮な草姿だ
とにかく、豪壮なアザミであります。草姿は巨大です。葉は厚く光沢があり、濃緑と白のまだらとなっています。トゲは大きく鋭く軍手をはめていても痛くて触れません。恐ろしいようなアザミです。
マリアアザミの花
マリアアザミの花
↓ 葉のまだら模様を別とすれば、日本産アザミで海岸性のハマアザミ (浜アザミ) によく似ています。光沢のある厚い葉が酷似しています。マリアアザミは地中海沿岸の南ヨーロッパや北アフリカに原産するということですが、そういう乾燥地帯の環境と海岸砂浜の環境が似ているのではないか? で、乾燥に適応した形が厚い葉ということでは?
葉がまだら模様が特徴
↓ 大群落となっています。堆肥のようなものが捨ててあり、それに種子が混入していたのではないか? ここにマリアアザミが侵入してきたのは最近だと思います。そう何年も前じゃないことは確かです。
大群落となっている



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淡路島情報館 さん

こんばんは !

「いそもん」は昔、洲本の人に聞いたら、洲本でも「いそもん」と呼んでいるようです。おそらく磯の物という意味なんでしょうけど、特定の物を指すのではなくて、商品価値のない小さな巻き貝を総称しているのだろうと思います。わたしの出身村では主に、クボガイを言っています。
http://www.chiba-muse.or.jp/UMIHAKU/shizen/iso/nantai/kubogai.htm
わたしが個人的に好きなのは、バテイラです。
http://www.chiba-muse.or.jp/UMIHAKU/shizen/iso/nantai/bateira.htm
バテイラはかなり大きくなります。バテイラの獲り方にはコツがあって、消波ブロックとか波止場の壁面にいるのでタマですくいとりますわ。キュウリの酢の物に茹でたバテイラの身を入れて食します。美味いです。

それから、確かに、狭い日本は大昔から人の移動はかなりあったようですね。なんせ、古代に日本列島を縦横に通る幹線道路が作られています。いわゆる、東海道だの、南海道、東山道、山陽道、北陸道‥‥、古代の広域行政区画の名称ですが、もともとは道路そのものです。今風にいえば全国縦断高速道路網です。南海道という道路は、奈良(後は京都)の都から奈良盆地を南下、和歌山県に入り紀淡海峡は渡し船で、由良から三原平野を通り、鳴門海峡は渡し船で、鳴門から西の方へというルートで、正確なルートは? その道路の遺構を探そう、というのは古代史の一つの調査テーマのようです。http://www.bell.jp/pancho/k_diary-2/subfiles/kodai-no-miti.htm

その南海道という古代の幹線道路には一定距離ごとに「駅」があって馬が配備され、今風に言えば旅館もありと、そんなのがあったということが人の移動があった証拠ですね。ま、今みたいに便利な高速の乗り物があったわけでないから、そう気易く遠い所に旅行なんてできなかったでしょうけど、大昔から有名な神社仏閣にお参りするのは庶民でもしていたみたいです。時代は下がって江戸時代には、庶民の一番の願いは一生に一度はお伊勢参りとか‥。お伊勢参りで泊まった旅籠屋(はたごや)の娘にひと目ぼれで捕まえて、淡路国にさらってくるとか?
2016/03/26(土) 00:41:30 | URL | 山のキノコ #js83eNAU [ 編集 ]
>淡路島南部は四国や九州南部 (特に鹿児島県) 出身の嫁が非常に多い地域です。たぶん、男性が大阪に出稼ぎに行った際に、大阪に出てきた四国・九州の女性を捕まえて淡路島にさらってくる? 


思い出してみれば、すんごく心当たりがありますよ!
( ̄Д ̄;;

山のキノコさん、するどすぎです。
さすがに「淡路島にさらってくる」はないと思いますが、これ以上はプライバシー上、書くのをやめておきます。
(-。-;)
(ひとこと! 祖父は大阪で電気関係のサラリーマンをやっており、定年退職後は地元で近所の家の電気製品を直してあげたりしていました。)

思えば、日本人なんて、数百年前までさかのぼれば、日本全国みんな親戚なのかもしれませんね~
原生人類の祖先は、すべてアフリカを元にし、わずか5万年ほど前に出アフリカした人の内で西に行ったのがコーカソイド(白人)、北に行ったのがモンゴロイド(黄色人種)、南東のほうに行ったのがオーストラロイド(オーストラリア先住民)と聞いたことがあります。
それを思えば、狭い日本ですから人の移動って、我々が思った以上にあったのだと思います。

2016/03/25(金) 22:08:01 | URL | 淡路島情報館 #mQop/nM. [ 編集 ]
こんにちは!

本文にコメントをあるのを見逃していました。
すいません。

>「ギンポ」 は仁頃では 「ナガチン」 と言うのですか?
仁頃に親戚はいました。
しかし、実際、仁頃漁港のあたりへ「磯もん」を採りに行くのは母の実家のある阿万の親戚が中心でした。
ですから阿万の親戚内だけ「ナガチン」って言ってたのかもしれませんね。


>お母様の出身母村の食文化を持ち込んだのではないですか?
母の実家は阿万です。
阿万には「磯もん」を取るいい場所は無いようです。
阿万の人で「磯もん」を取る人はほとんどいないんじゃないかな~
じゃ、なんで私の親戚だけ「磯もん」を取る習慣があるのか全く不明です。
「仁頃」に親戚がいるからかなと思っていましたが、「仁頃」の漁師の親戚が「磯もん」を取っているのを見たことも聞いたこともなかったなぁ~

ひょっとすると祖母(私の母の母)の実家が四国や九州南部 (特に鹿児島県) 出身かもしれませんね!
たしかに、少し縄文風の顔をしていたかも!
祖母は、「仁頃」でとってきた「岩海苔」を干して「板のり」を作っていましたね。
それに、「天草」から「ところてん」を作っていた記憶もあります。
ひょっとして祖母も「カメの手」が好きで、その影響で私の母親も「カメの手」が好きになった可能性がありますね。

いや~
ちょっと新発見です。
今度、母親にこのへんを聞いておきます。

2016/03/24(木) 16:50:22 | URL | 淡路島情報館 #mQop/nM. [ 編集 ]
こんにちは!

親戚が仁頃で漁師をやっていたせいか、子供のころ、灘には釣りや磯もんを良く取りにいきましたね。
そんな中で、私が好きだったのが「ナガチン」を手釣りで釣ることです。「ナガチン」の正式名は「ギンポ」です。
美味しいし、あの引きがたまらなかったなぁ~

大人連中は「ヨメサラ」を撮るのがメインでした。
大潮を狙って夜中にも行っていたようです。
たまに、タ○やア○○が取れていましたね!
(昔の話ですよ)
「ヨメサラ」は味噌汁の出汁に最高にいいですね。

で、「カメの手」ですが、私の母親が大好物でした。
私の母親以外は「カメの手」には見向きもしませんでした。
私自身、見た目はどうも思わないのですが、どこが美味しいのかわからなかったですね。
そんな母親は「カニ」の身が大好きです。
本人からすれば「カニ」の身も「カメの手」の身も同じようなものなんでしょうね!
2016/02/28(日) 14:51:11 | URL | 淡路島情報館 #mQop/nM. [ 編集 ]
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