雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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徳島県神山町、峯長瀬の大ケヤキ (その1)
環境省 は (その傘下の関連組織は) 自然環境保全基礎調査 (いわゆる緑の国勢調査) を何べんもやっています。その関連として過去2回巨樹・巨木林調査が行われています。その成果は 巨樹・巨木林データベース で公開されています。しかしまあ、批判するということではないけれども、自然史の調査はいかに簡単ではないということなんですけども、一つも漏らさず “悉皆調査” など絶対に不可能で、調査に完結とか完璧はありえないのです。調べても調べても限りがありません。データベース検索で取得した情報を参考にしながら、自分の住んでいる市や近隣の市町村を歩き回って観察したら、環境省の巨樹・巨木林調査には調査漏れが非常に多く、不完全な調査であるかがよく分かります。これはデータベースを検索・閲覧したり、それにもとづいて巨樹巡礼をしただけでは分からないことですが、自分自信が巨樹調査を実際にやってみたら環境省調査がいかに杜撰なものであるか簡単にわかります。なんせ調査密度の薄い地域では、ガンバって調査をしたけど調査区は広いしちょっと不十分だったかな? なんていう程度ではなく、そもそもほんまに調査しているのかよう?! てな感じです。

卑近な事例を申すと、わが淡路島南部の旧南淡町で巨樹がたった1本だけというには絶句です。なぜ大日寺の夫婦スギが漏れているのか? なぜ諭鶴羽神社のスギが抜けているのか? 町内の住民ならば知らぬ人はいないから、「この辺で大きな樹はありませんか?」 と住民にヒアリングしたらじきに情報が上がってきたでしょう。ようするに、調査もヒアリングもしなかったのだと思います。 これから行く徳島県神山町でも、四国88か所の有名な焼山寺の、あの見上げると首が痛くなるような立派なスギ巨木林 (県の天然記念物) が、なぜ環境省の巨樹・巨木林データベースから抜け落ちているのか? 大きな疑問です。

●さて、年数を隔てて何べんも調査などしていると、そもそも自然は大きく移り変わってしまいます。以前あった巨樹が枯れたり伐採される一方で、樹木は年々大きくなるのだから新たな巨樹が生長してきます。巨樹の調査は今でも続いているみたいですが、最初の調査から30年近い年月がたっています。30年近い年月があれば、生長の特に早い樹種、例えばフウ、ユーカリ、クスノキなどでは幹周が1m近く大きくなるでしょう。生長が早い樹種で生育環境が良ければ100年で巨樹基準の幹周3mに達してしまうようです。どんどんと変化していくのだから、調査年月の古いデータと新しいデータを同列にして解析したり論じたり利用するのは良いとは言えないのではないか? それから県ごとに市町村ごとに調査の密度がバラバラみたいです。しかしながら、残念ながら権威のある全国的な調査となるとこれしかありません。国家機関がやった (やっている) 調査だからと鵜呑みにするのではなく、不完全なデータ、良く言えば過渡的なデータだという認識を持って環境省のデータベースを利用した方がよろしいかと‥。  

で、随分と批判的みたいですけれども、かならずしもそうではなく巨樹調査そのものは大いに大賛同なのです。ただ実態を率直に申しているだけで、なんか不十分さが目につくので、やるのならばもっと情熱的に調査しましょうよね、という意図です。さて、都道府県別のケヤキ巨樹数を調べ、6段階の階級に分けて、都道府県別分布図をこしらえてみました。ケヤキという樹種の自然分布は照葉樹林帯の中にもありますが少なく、暖温帯上部あるいは中間温帯とかクリ帯とかいわれる気候帯 (植生帯) に多いというイメージですが、まさにそれを見事に反映した分布図ができました。巨樹の分布と、その樹種の自然分布とは、ほぼ一致しているのではないか? ま、当たり前のことですがそれが確認できそうな図です。



都道府県別ケヤキ巨樹数

都道府県別のケヤキ巨樹数 階級別分布

●さて、剣山に登った翌日の10月19日に、口腔外科の病を得て5月から通院していた徳島大学病院に行きました。最終的なチェックですが、めでたく 「もう来んでもいいけん」 と主治医が言ってくれて、めでたく病から解放されました。朝一番に行ったので10時には終った。このまま島に帰るのはあまりにももったいない。で、神山町の峯長瀬の大ケヤキを見に行きました。その不完全な環境省の巨樹・巨木林データでは、四国地方と中国地方では一番大きなケヤキということになります。環境省の1988年の調査で幹周997センチです。(なお、吾輩が計測したら11m17センチです) 全国に幹周 (主幹) が10m超の大ケヤキは31本あるようで、うち28本は東日本です。西日本では熊本県の物が1255センチ、大阪府の物が1195センチ、奈良県の物が1100センチで、徳島県神山町の峯長瀬の物が西日本第4位となります。  (次エントリーで写真を陳列)


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巨樹の調査は、短期間に一挙に徹底調査しなきゃダメだ!
もちろん巨樹の本数や幹周など年数と共にどんどんと変わっていくからです。たとえば、わが旧三原町にあった幹周380センチのカエデの巨樹ですが、とっくの昔に枯れて消滅しています。20年ぐらい前に枯れたと記憶していますが、今では朽ち果て分解されて土に還り、痕跡すら残っていません。ところが環境省の巨木・巨樹林データベースの上では1988年調査の巨樹として今でも生きています。だらだらと調査を続ける意味があるのだろうか? 調査年の全く異なる調査結果が混在するデータベースに何の価値があるのだろうか? 1988年にはこれだけの本数があった、2000年にはこれだけあった、2015年にはこれだけあると変化とか変遷を明らかにするのであれば、それぞれの時点で高密度な徹底調査をやらなければ変化なんて分かりっこないです。

どんな巨樹でも、やがて枯れる! 意外に枯れ易いもの!
↓ これが枯れずに生き残っていたら、生きているマツの木として現在幹周日本5指に入っていたと思われます。環境省の巨樹・巨木林調査の前に枯れちゃいましたから、データベースには載っていません。申すまでもなくこれは南あわじ市 (旧南淡町) 賀集の巨大マツです。ていうか、巨大な盆栽みたいな格好をしていました。旧南淡電機 (現パナソニックの工場) の前にありましたね。環境省データベースで日本一のマツ (クロマツ・アカマツ・ゴヨウマツも含めて) は香川県さぬき市の 岡の松 のようで幹周900センチですが、1993年に枯れたようです。主幹が全国2位は770センチで、3位が700センチが2本あります。5位が688センチ、6位が680センチで、もし淡路島南部のこの千手の松が生きていたならば目通り幹周670センチと記録されているので、少なくとも全国7位ですが、目通りというのは130センチより高いし、1988年までの生長を加味すれば全国3位になっていたのではないか? ついでに死んだ子の年を数えるみたいなことを申せば、国の天然記念物だった国道の松並木です。目通り幹周3m以上が135本と記録されています。もし枯れずに残っていたならば南あわじ市 (旧三原町) は巨樹だらけです。そもそも巨樹のデータなんて年月とともにきわめて流動的です。環境省の巨樹・巨木林データベースには枯れちゃった巨木が沢山あるのじゃねえか? 

今も保存される巨大な根株

写真にのみその雄姿を残す

説明看板



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