雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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環境省の調査の網から漏れ落ちたかわいそうな巨木・巨樹たち。    兵庫県南あわじ市編 (その11)
●第47代 淳仁天皇は古代の皇族どものすさまじい権力闘争の波に翻弄され、結局淡路国三原郡に流され泣き崩れて幽閉されたと伝えられますが、淡路廃帝 (あわじはいたい) などと蔑称され長らく天皇と認められませんでした。あまり重要視されない天皇なので詳細が特にわからず、その御陵は南淡町の賀集の教習所の南にあるこんもりした森だということに一応なっていますが、違うという説もあり、三原町には淳仁天皇ゆかりの場所がたくさんあります。そこは、また巨樹・巨木の沢山見られる場所でもあり、環境省の2回の調査からすっぽりと抜け落ちています。歴史的なことには出来るだけ関わらないようにしながら取り上げたいと思います。

第47代 淳仁天皇を祀る大炊神社 (おおいじんじゃ)
南あわじ市 (旧 三原町) 志知中島 にあります。淳仁天皇を埋葬したのはここだという言い伝えもあるようですし、天皇塚という石碑も建てられています。ここにはクスノキの巨樹が2本見られます。
大炊神社の社号碑

参考巨樹 9 (将来3回目の巨樹・巨木林調査の対象)
クスノキ科 クスノキ 幹周3m36cm
大炊 (おおいじんじゃ) で一番大きな巨樹です。
大炊神社で一番大きなクスノキ
大炊神社で一番大きなクスノキ
幹周は3m36センチです。
幹周は3m36センチ

参考巨樹 10 (将来3回目の巨樹・巨木林調査の対象)
クスノキ科 クスノキ 幹周2m98cm
大炊 (おおいじんじゃ) で二番大きな巨樹です。幹周3mに僅かにたりませんが、来年には3mに達するものと思われるから参考巨樹とします。
大炊神社で2番目に大きなクスノキ
幹周は2m98センチです。
幹周は2m98センチ


淳仁天皇の御位牌が祀られる宝積寺 (ほうしゃくじ)
この寺に淳仁天皇の位牌が祀られています。
宝積寺 (ほうしゃくじ)
淳仁天皇の御位牌が祀られている
南あわじ市 (旧 三原町) 市十一ヶ所 ですが、宝積寺のすぐ近くに淡路一国総社十一大明神というのがあり、元は十一ヶ所寺と称して、むかしは付近に15もの寺があったらしいが、現在は十一大明神と宝積寺の2つだけが残っているのみです。ここに巨木が2本あります。
近く淡路一国総社十一大明神がある

環境省の調査の網から漏れ落ちたかわいそうな巨木・巨樹たち ファイル15
クスノキ科 クスノキ 幹周3m49cm
十一大明神で一番大きなクスノキです。
十一大明神で一番の巨樹
幹周は3m49センチです。
幹周は3m49センチ

参考巨樹 11 (将来3回目の巨樹・巨木林調査の対象)
クスノキ科 クスノキ 幹周3m33cm
十一大明神で2番目に大きなクスノキ
十一大明神で2番目の巨樹
幹周は3m33センチです。
幹周3m33センチ


淳仁天皇の初葬地とされる市陵墓参考地
淳仁天皇が崩御して1250年が経過しています。こんなに時間が経つと詳細は分からなくなり、淳仁天皇がどこに葬られたか諸説あり、南あわじ市 (旧 三原町) 市十一ヶ所のここ ではないか? という伝説がありますが、ここが初葬地だという定説になっています。なお本稿は巨樹に関する記事ですので、歴史事象には深入りしたくないので、陵墓参考地とは何か次のサイトを閲覧してください。 陵墓参考地 市陵墓参考地は 「いちりょうぼさんこうち」 と読み、枕の 「市」 は地名です。南あわじ市の市じゃなくて、市十一ヶ所 (いちじゅういっかしょ) の市です。
市陵墓参考地
フェンスの中に巨大クスノキがあります。

環境省の調査の網から漏れ落ちたかわいそうな巨木・巨樹たち ファイル16
クスノキ科 クスノキ 幹周推定6~9m
宮内庁管理の禁足地なので調査に入ることができず、正確な幹周は全く不明ですが、幹周3mのものなど小人みたいに見えるほど大きいです。少なくとも神代国衙薬師堂 (幹周5m65センチ) のものよりも一回りも二回りも大きいです。
フェンスの中に巨大クスノキ!
巨大ですが老木には見えません。まだまだ生長盛んなようです。
幹をよく観察すると‥‥
幹は130センチの高さで多分径2mありそうな感じです。
幹が後ろのほうに大きく膨らんでいる!
よく見ると幹が裏側のほうに大きく張り出しています。おそらく幹の横断面は円形ではなく、楕円形かひょうたん型か? 短径2m長径3mか? 幹周は少なくとも7~8mか? ひょっとすると10m近いかも?
大枝が切り詰められている
こういう神聖な禁足地の木は触ってはいけないのに、なんと大枝が全て伐り詰められているではないか! そのために幹の巨大さの割に樹冠の広がりはあまりにも小さいものです。周辺は人家がとり巻いているので、地区住民から宮内庁にごうごうと苦情が行ったのかもしれませんが、なんという暴挙か! 昭和天皇は 『那須の植物誌』 という名著があり植物学者です。今上陛下も礫とした生物学者であられます。植物や自然についての造詣が深く、皇居東御苑で一般国民を対象とする自然観察会を発案されたのが今上陛下です。宮内庁職員が頭に頂く天皇陛下は自然を大切にされるのに、配下の職員たちの自然についての無理解はとんでもないといわざるを得ないです。 陵墓参考地を含めて御陵には生態学的にも大きな価値があります。その地域の潜在植生を知ることができ、千年以上、その森に斧鉞 (ふえつ) を入れなければこうなるという “壮大な遷移の実験場” なのです。
樹冠は大きくはない

●ところで、この市陵墓参考地を管轄する宮内庁書陵部古市陵墓監区事務所に電話をして、ダメモトでおそるおそるこの巨木の幹周を実測させてもらうことはできないものか? 聞いてみました。が、やっぱりダメでしたわ。いかなる理由であれ立ち入りは禁止です。ただし、フェンスの外からならばいくら観察してもいいとのことです。フェンス内に竹竿を差しこんで、その竹竿を物差しにして測るのならばOKとのこと。足を踏み入れるのが厳禁らしいです。写真は書物にして出版する場合は宮内庁の許可が必要。ブログは? と聞くと、本当は許可が要るがチェックしきれないので、まあ、容認するみたいな返事です。この巨木の幹周を実測するには、どうやら環境省と宮内庁の折衝とか、政治家の口利きなどが要りそうですわね。


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淳仁天皇淡路陵は鬱蒼と茂っていかにも巨木がありそうですね。たぶん、少なくとも数本、多ければ10本かそれ以上あるかも?? でも禁足地なので立ち入れません。(ま、かりに許可が出ても薄気味悪そうなところで入りたくありませんが‥‥。たたりがあるかも?)かつて神戸大学の学術調査隊があそこの植物調査をしています。なので、専門家によるしかるべき学術調査ということであれば立ち入り許可が出るのかも分かりません。

問題は、淳仁天皇淡路陵は禁足地でありながら、過去何回も伐採されていることです。つい10年か15年前だったか正確には忘れましたが、陵の中央部を中心にして無残にも伐採(主に大枝の刈り詰め)が行われ、記憶ではシイノキの巨木が根こそぎ伐られていましたわ。南側に祭祀場所があるのですが、その背後の大木も伐られています。宮内庁の職員どもこそ不敬のヤカラです。

宮内庁が禁足地とするならば宮内庁関係者さえも立ち入らない、一切木には手を出さないべきで、そこまで徹底してこそ神聖な場所ですし、遷移の壮大な実験場としての生態学的価値が水の泡です。宮内庁なんていいかげんなお役所です。
2015/09/18(金) 20:23:40 | URL | 山のキノコ #js83eNAU [ 編集 ]
>ひょっとすると10m近いかも?
>神代国衙薬師堂 (幹周5m65センチ) のものよりも一回りも二回りも大きいです。

それは、すごいですね。
兵庫県有数の巨木に間違いなさそうですね。
これは、絶対に見に行かねば~


巨木を探すとき、私も神社、お寺が中心になるのですが、南あわじだと「淳仁天皇 淡路陵」も巨木があるのではと外から見たことがあります。
実際はフェンスがあるのと、緑がうっそうとしすぎて巨木は確認できませんでした。
大木は何本かあるのは見えました。
「淳仁天皇 淡路陵」自体も明治時代以降に整備されたという話もあるますし、巨木探しは神社が良さそうです。

淡路市の某教育施設にも巨木があります。
ここも中に入っていけません。
少し離れた場所から見たのですが、たぶん、幹周りは5m以上あるでしょう。
ここの巨木は幹の太さが数メートルの高さまで同じで太いので迫力がありましたね。
公の幹周り情報より、自分の目で見たほうが巨木をより実感できました。

環境省、文部省、宮内庁とまったく連携がとれていない「巨木保護」と言ったところでしょうか?
2015/09/18(金) 15:51:24 | URL | 淡路島情報館 #mQop/nM. [ 編集 ]
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