雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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今年の船窪オンツツジ公園は希に見る花の不毛!
本日は2015年5月20日 (水曜日) であります。

●昨日の5月19日また船窪オンツツジ公園に行ってまいりました。 徳島県にある有名な花の名所です。 まっぷるおすすめ! の旅行情報サイト、 徳島県観光情報サイト 阿波ナビ、 吉野川市公式サイト などを参照。 国土地理院地形図 ではここです。

タライマワシか??
1週間前に、口腔外科の分野の病を得て手術の必要性ありということで、島内の最寄りの歯科医院から 「徳島に行ってくれ」 と紹介状を持って徳島大学病院を受診したのであります。すると、「うちで治療するほどではないね、島にお帰りください」 と逆紹介状を渡され、島の医院に舞い戻ったのであります。ところが、最初に診てもらった島の医者は困惑した表情です。 「徳大に電話しょうわ」 とけっこう長い時間電話してかけあっていましたわ。「よっしゃ、話はついた。やっぱり徳島大学病院に行ってくれ。先方の了解取ったわ。」 なんとなくタライマワシにされたような感じですが、医者のぶつぶつと言う言葉の片鱗からホンネを推測すると、見解に相違があるみたいです。あくまでも吾輩の勝手な想像ですが、

島の開業歯科医‥‥うちでは少し荷が重いわ。設備・スタッフの陣容からいってちょっと無理かな? 無理はせんほうがいいわな。もし何かあっても、うちじゃ対応出来れへんしな。難しい患者はさっさと徳大病院に行ってほしいよな。難しい患者を無理して診よって、もし上手くいかんで、患者が文句を世間で言いふらしても困るしな。

 (注、この医者が徳大病院への転送を勧めるのは徳島大学出身者だから)

徳大病院歯科医‥‥○○先生は困ったもんだな。うちに患者を転送せんでも、その程度の症状ならば町医者でなんとか治療できるのに…。そういちいち患者を転送されたら困るわ。うちは 「特定機能病院」 に指定されておる。程度の軽い患者を診よったらうちの沽券に関わるわ。だいいち忙しいしな。テンテコ舞いじゃわ。 

●もちろん吾輩の勝手な想像でしかありません。タライマワシの真相は別のところにあるのかもわかりません。命を脅かす危険性の病の疑いがあったのですが、その疑いは晴れ、いちおう手術も回避できたし、当面は保存療法でいくとなったのでヤレヤレです。当分の間 (2~3ヶ月) 週2回徳島に通院するということになりました。徳大病院の医者は 「淡路島から通院できますか?」 と心配してくれましたが全く大丈夫。地図を見りゃ分かりますが、県西部の三好市とか県南部の旧日和佐町あたりから来るよりも、南あわじ市から来るほうが遥かに近いのです。 いつも思うんですけど、淡路島が兵庫県に入っていても全然いいところがありません。圧倒的多数の人口を擁する阪神地区の人らに煮え湯を飲まされるだけなんです。せめて淡路島南部だけでも兵庫県から脱退して徳島県に編入してもらえないものだろうか? そもそも昔は淡路島は徳島藩の領地でしたし、今でも経済・文化的に淡路島南部は徳島県との結びつきは強力です。

●それはともかく、徳大病院に通院するならば朝早くに行けば10時には終ります。通院の日を四国の植物観察の日に充ててもいわけです。ただし、時間的にあまり遠くには行けませんが。たとえば、祖谷地方まで行くとか、室戸岬まで南下し高知県側の山に登るとかはちょっと無理です。



船窪オンツツジ公園のお花見は絶望的!
お花見がしたいというのであれば、行くだけムダです。やめときなさい。例年5月20日から25日ぐらいが開花のピークのように思います。この23日24日の土日は賑わいが予想されるところですが、もはや花はありません。葉 (新緑とか青葉若葉) を見るとか、高越寺に参詣するならばともかくも、花を見るのであれば行かないほうが宜しい。花見客をあてこんだ商売人や、市の一番の観光資源とする吉野川市に叱られるかも分かりませんが、今年の船窪ツツジは全くダメじゃというのが事実であるから、しかたがありません。 ダメな要因は次の通りでしょうかね。

 ①、そもそも、今年は裏年であって花が非常に少なかった。
 ②、今年の天候は不順で、予想外に、あまりにも早く咲きすぎた。
 ③、大勢の花見客に観賞される以前に、思わぬ強風で花が全部散ってしまった。



以下の写真は2015年5月19日の午後
船窪高原は海抜1060m
↑ 船窪高原は海抜1060ー1070m。平地よりも気温が7~8度下がるので、夏に行ってテントを張り避暑をするのには宜しい。西日本平地の猛烈な夏の暑さは耐えがたいものですが、北海道や信州に避暑に行くにはカネも時間も要るので、ある意味では山の上が疑似的北日本です。夏の避暑のみならず、冬の雪景色を見に来るのもいいです。

ツツジ群落の西の部分
↑ 船窪つつじ公園の展望台の上から眺めた光景です。オンツツジ群落の西の部分です。花などありません。青々としています。これではタダの雑木の密林でしかありません。オンツツジの推定樹齢300年の古木が沢山などといっても、伸び放題の頭髪と同じで鬱陶しそう。国指定天然記念物であり、西日本一のオンツツジ群落と讃えられるのに、これでは面目まる潰れでありあす。

ツツジ群落の真ん中あたり
↑ オンツツジ群落のまん中あたり。例年ならば山火事が起こっているのかと思うほど見事に赤く萌え上がりますが、今年はサッパリです。ま、そもそも今年は裏年で花のない個体が多かったです。そこに加えて、5月12日に台風崩れの低気圧が四国の沖を東進しました。吾輩はその12日に悪天候のなかここへ来まして多少は花があるのを確認しています。鳴門大橋の上は強い南風でしたが、高越山の山上は風がそれほどでもなかったのです。本日19日に駐車場の交通整理をしている警備員の方に話を伺うと、台風崩れの低気圧の翌日の13日に吹き返しの強い西風があり僅かな花を全部散らしてしまったとのことです。残念!

ツツジ群落の東の部分
↑ オンツツジ群落の東の部分です。花はほとんどありません。吾輩もほぼ毎年このオンツツジ群落を見にきていますけど、ここまでヒドイ状況は初めて見ました。警備員の方もこれほど花がないのは過去30年間で前例がないと言っていました。開花のピークの日曜日には誇張ではなくそれこそ “立錐の余地もない” ほどの人出です。駐車場は徳島のみならず周辺の県のナンバーの車で埋め尽くされます。今年は、観光客相手の商売人が商売さっぱりでお気の毒です。

僅かに残るオンツツジの花
↑ わずかに残ったオンツツジの花です。オンツツジの語源は、よく生長すると樹高が6~7mに達し、雄 (オス) のようにたくましくて立派なツツジという意味です。枝先に2ー3個の花をつけますが、花着きのいい樹を観察すると枝先に4個ときには5個の花も出現します。花の色は朱色ですが、5裂する花冠の内側かつ上側の下部に濃い桃色の斑があります。葉は基本的には枝先に3枚着きます。花がなければミツバツツジの一種かと勘違いする葉です。垂直分区の分布域は吾輩の観察では、暖温帯上部~ブナ帯下部あたりが中心になるように思います。海抜500-1300mあたり。水平分布の分布域は紀伊半島~四国~九州中南部あたりが分布の中心かな。ただし紀伊半島では品種のムラサキオンツツジ (紫オンツツジ) になるみたい。

花はありません、落ちたあとです。
↑ オンツツジ群落の近くに行って観察しても、やはり花はほとんどありません。もともと花がなかったか、あるいは花があっても強風で落ちたあとばかりです。

山菜の採集場か?
↑ オンツツジ群落と車道の間が草地になっています。以前は沢山のオンツツジの苗木が植えられていましたが、天然記念物の群落に苗木を植えるのはおかしいのではないか? という疑問や批判があがりましたよね。で、引っこ抜いたのか? 動物たちに踏み荒らされたのか? ハッキリしませんがオンツツジの苗木があまり残っていません。で、ヒトの山菜採りの場所になっています。花見客が採り頃のイタドリの芽をビニール袋一杯に採っていました。いまや高知県のみならず徳島県でもイタドリが山菜として認知されるようになりました。たしかにイタドリの芽を佃煮ふうに煮たものは美味いですね。

本日の収獲
↑ 本日の収獲です。船窪高原産のワラビです。1000mを越える標高です。平地よりもちょうど1か月半季節が逆戻り (検証) します。4月の初めごろに相当し、取り頃のワラビがありますわね。ただし、大勢の花見客が山菜採りをしたあとなので、写真のもので全部です。僅かしか当たりませんわ。あまり大きな声で言えませんが、この状況ならば1カ月後に来るのが狙い目です。そのころ2番芽がわんさかと出る筈です。

(検証) 徳島地方気象台の観測データ (日平均気温の平年値) を見ると、5月19日の日平均気温の平年値は19.4度です。船窪高原の標高を1060m、気温減率を0.65度/100mとして計算すると標高ゼロ地点よりも6.9度気温が下がります。ここで船窪高原は森が多く、しかも山頂なので空気が淀みにくく日中の気温が上がりにくい条件が存します。よって日中に気温が上がりやすい平地よりも、平均気温の低下はやや強めに出ると考えられます。約7度の気温低下以上の8度とか9度の低下の可能性もあります。徳島地方気象台のデータで19.4度から7度下げると12.4度ですが、それは徳島市での4月3日の気温に相当します。8度下げると3月30日、9度下げると3月22日の気温に相当します。よって、船窪高原では5月19日の気温は平地ならば3月下旬~4月上旬ころの気温に相当し、1か月半あるいはもう少し季節が遅れるという勘定になります。実際に、船窪高原で採り頃のワラビが今出ているという現象とピタリと符合します。平地では3月下旬~4月上旬にワラビが出ていました。

●おまえは 「取ってもいいのは写真だけ、残してもいいのは思い出だけ」 と言うてなかったか? という批判もあろうかと思います。たしかに何べんもそう言うたけど、人はだれでも本音と建前を使い分けますね。原発利権者なんかは特にそう…。腹の中じゃヤバイなと思いながらも、「ニコニコしている人には放射能は来ない」 と言い放った放射線医学の権威の山下俊一氏など典型例です。反対派に問い詰められて 「立場上そう言うしかなかった」 と本音と建前を使い分けたことを自白しましたよね。時と場合により取ることはあります。この場合はオンツツジの苗木が雑草に埋まらないように、ワラビやイタドリを取ってあげたほうが良い結果となるわけです。ワラビやイタドリは希少植物ではなく、絶滅の危惧など皆無で、逆にはびこって困るほどです。ヨーロッパ各地に日本のイタドリが侵入してはびこっています。ヨーロッパの在来植物がイタドリに駆逐されつつあり、駆除に困っていると伝えられています。で、国際自然保護連合 (IUCN) はイタドリを “世界の侵略的外来種ワースト100” に指定していますね。ワラビは侵略的外来植物ではありませんが繁殖力は強くよくはびこります。山菜ファンの皆さまは大いにイタドリとワラビを取ってどんどん食べましょう!


オンツツジの花はダメでも、眺望はとても素晴らしい!
素晴らしい眺望
↑ 船窪オンツツジ公園の展望台から、重畳 (ちょうじょう) する四国山地東部の高峰群を一望できます。

剣山がくっきりと見える
↑ すこし拡大してみました。方向は南南西です。ひときわ高いところが剣山 (標高1955m) です。

こちらは矢筈山
↑ 西を眺めると矢筈山 (標高1848m) の重厚な山容が一望できます。

淡路島が見えている
↑ こちらはつつじ公園の展望台からではなく、高越寺に行く途中の立石峠から眺めたものです。徳島平野の向こうに淡路島が指呼の間に見えています。淡路島の南に浮かぶ沼島 (ぬしま) も見えています。すこし霞があるので写真では分かりにくいのですが、冬ではない季節にこれだけ見えたら上等舶来です。この眺望が見えれば、オンツツジの花がないなど帳消しです。


逆に、淡路島南部の海岸から眺めると‥‥
南あかじ市灘土生から遠望
↑ 淡路島のほぼ最南端に近い 南あわじ市灘土生 (なだはぶ) というところ (+マークのところ) から、紀伊水道を隔てて高越山を遠望したらこう見えます。高越山は矢筈山系を隠すような感じで見えていますが、矢筈山系のほうが標高がかなり高いので、矢筈山 (1849m) の山頂付近の稜線が見え隠れしています。南あわじ市灘土生と高越山との水平距離は58キロです。徳島市からは眉山が邪魔して高越山が見えないエリアが多いし、矢筈山となると手前の山々が邪魔して全然みえません。距離は遥かに遠くなるのですが、空気の透明度が高ければ、淡路島南部からのほうが徳島県の高峰群がよく見えるんですわ。 特に冬場はくっきりと鮮明に遠望できます。 で、秋遅くになったら双眼鏡で観察して、たとえば 「海抜1200m以上で雪が積もったな」 などと確認してから雪の見物に行きますね。


少しばかり余談
●オンツツジは典型的な 襲速紀要素 (そはやきようそ) の植物であります。淡路島の諭鶴羽山系にもオンツツジが自生しますが、船窪つつじ公園のような立派な古木は1本もありませんわ。小さな個体ばかりです。淡路島南部の山にオンツツジの古木がない理由は、離島といえ京阪神から至近距離だからです。かつて燃料革命以前の薪炭が燃料であった時代に、淡路島は京阪神の薪炭供給のために全島の山が丸坊主に伐られたからです。つまり、淡路島の自然が貧相であるのは、大都市近郊の里山の自然が貧相であるのと同じ理由であります。日本国内で最も歴史が長い地域の一つである近畿地方中部は、古代から人口密度が極めて高く、都 (みやこ) の建築や生活を維持するために徹底的に周辺の森林が伐られました。周辺の自然がメタメタに破壊されましたわ。近畿地方中部には、めぼしい希少植物や貴重な植物群落が少ないのですが、それは淡路島も同様です。

昨夜に、わが南あわじ市の西淡地区で古代の銅鐸が発見されたと全国ニュースですが、考古学的には大ニュースかもしれませんが、自然について考えると好ましいニュースではありません。逆に悪いニュースです。すこし敷衍しますと、ようするに古代から淡路島は海上交通の重要拠点であって、古くから人が住み人口も多かったハズで、森林が伐られ自然が破壊されてきた傍証なのです。人が住み人口が多いということは必然的に自然破壊の下地です。その象徴が発見された銅鐸であるわけです。考古学・歴史の関係者や愛好家たちから叱られそうですが、吾輩には報道された銅鐸が自然破壊の象徴に見えます。そもそも、青銅であれ黒金 (鉄) であれ金属類の精錬や鋳造には大量の燃料 (つまり木炭や薪) が必要ですよね。銅鐸自体が森林を破壊しないと製造できないわけですわ。奈良の大仏を造るためにいったいどれほどの森林が破壊されたことか!

●このあいだ吾輩の棲息する南あかじ市のお役人と話をしていたら、また 「淡路島の豊かな自然」 などと言うのですが、聞いていて、あたいは恥ずかしくなりましたわ。そんなことを言うとったら自然が豊かに残る地方の人たちに笑われるということが分からないようです。だから、鳴門の渦潮を世界遺産に! などというヨタ話に踊らされるのです。鳴門海峡は日本地質百選にも日本ジオパークにも選ばれていません。日本国内でさえ選ばれないものが何で世界遺産に選ばれるだろうか? たとえるならば、国内の文化勲章に選ばれないものが世界のノーベル賞を目指すようなハナシです。(ただし田中耕一氏のような例外はありますが) なお、南あかじ市のお役人の弁護も申し添えますと、実は地方自治体のお役人は、上位の環境省や文部科学省のお役人どものアホウな政策に踊らされているだけです。その意味では地方自治体のお役人は必ずしも上位団体の走狗なのではなく、振り回される被害者なのです。あまり具体的に書くと叱られますが、文化庁が世界遺産を目指せと地方に言うてくるし、ユネスコ崩れの世界遺産水先案内人が指南役として相談料を盗っていますわね。ようするに世界遺産利権が間違いなく存在しています。

●そもそも、世界遺産条約の目的は、締約国のそれぞれの文化遺産や自然遺産を人類全体の宝として、この宝を損傷や破壊などの脅威から護ろうとするものです。で、護るために国際的に協力をしたり、資金や人的資源の少ない国に対して援助体制を築こうとするものです。世界遺産は観光のための箔を付けるものでは全くありません。世界遺産で観光収入を得ようとするのは条約の趣旨からいって根本的な間違いです。観光収入を期待していいのは、その国の経済が弱くて世界遺産を護るための資金が乏しい国のハナシだけです。その意味は条約の条文にありますが、それもあくまでも世界遺産を護る資金捻出という枠の中での消極的な観光利用です。世界遺産を口にする連中は、世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約 を読みもしていないか、あるいは読んでも条約の趣旨を完全に無視しています。条約の条文のどこにも世界遺産を観光のミシュラン星付けに利用して、観光客を誘致して金儲けしよう! などとは書いていません。どう拡張解釈してもそういうふうには読めません。やはり、この国はいろいろな面で相当に狂っているようです。



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