雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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徳島県高越山 (海抜1133m) 遭難事故は何故起きたのか?(その13) 
高越山遭難事故は、助かる方法があったのでは?
2014年12月4日~6日にかけて徳島県西部の山間部で記録的な大雪 (積雪1m30センチ) がありました。高越山では積雪は30センチ程度であったらしいです。5日の朝に麓の自宅から職場である高越山山頂にある高越寺に向かった住職と寺男の二人は、昼過ぎに船窪つつじ公園をすこし行ったところで車が脱輪、レッカー車も来ることができず、徒歩で寺に行こうとしました。ところが、6日の朝に高越寺駐車場で住職と寺男が雪中に倒れているのが捜索隊に発見されました。1.5キロほど歩いて力尽きたものと思われます。遭難事故の報道は拙記事のその1 この遭難事故死は通常の冬山登山の事例とはかなり異なりますが、現場が冬期の山上という点では共通しています。この事故の要因ですが、なぜ事故が起こり住職らは命をおとしたか? ではなく、どのようにしていたら住職らは助かっていたのか? と裏の観点から考えてみます。

①、積雪期には寺を休業にしたほうがよかったかも? 
これは後だしジャンケン的な言い方ではありますが、積雪期には山登りぐらいしか寺に客が来ないでしょうから、あえて寺を営業する意味も薄かったのではないか? たとえば剣山でも冬期はリフトも停まりますし、登山口の見ノ越にある土産物屋も茶屋もみな休業です。もちろん山頂の山小屋も休業です。道路でも旧 木屋平~旧 東祖谷山村のルートはいちおう国道ですが、積雪のために通行禁止になります。夫婦池のほとりのラフォーレ剣山も休業です。積雪期の12月~3月の間は休業であります。これは別の山でも同じで、高城山のファガスの森も積雪期は休業です。で、高越寺も生命を取られるぐらいだったら、お寺も冬期間は休業にしてもよかったのではないか?

②、雪道走破能力の高い小さな車にしておけば脱輪しなかったのではないか? 
高越寺参詣路は大変に狭い林道であり、積雪があると路肩も分かりにくいです。伝えられるように図体の大きな車 (トヨタのランクル) では脱輪の危険性が増大しましょう。で、小回りのきく軽自動車規格の小さな車、ジムニー、パジェロミニなどを選択したほうが良かったかも? これらを改造して最低地上高を10センチ底上げし、車体の腹に雪をかかえこんで亀になるのを防ぎます。案外スズキの軽トラの農繁仕様なども選択肢に入るかも? 農繁仕様とは四駆でデフロックまで付き、ぬかるむ田んぼに入ることを前提にした仕様で、雪道でも威力を発揮します。

③、参詣林道の路肩にスノーポールの設置をすべきだった。
スノーポール とは北日本の道路で見られるもので、道路に積雪があっても路肩 (路側) がどこか分かるように目印にするものであります。そういうものを設置していたら、少々の積雪で路肩が分からなくなるということは無く住職らの車が脱輪しなかったのではないか? 2mのスノーポールで4536円のようで、仮に百本立てれば45万円で結構な値段です。200本では90万円。自費で立てるにはきついですが、なんとか行政から補助が出るようにかけあうべきだった…。たとえ自費で設置しても命を落とすことから考えると安いものです。

④、脱輪したとしても車から離れるべきでなかった。
たとえ脱輪して動けなくなったとしても、車の中に留まっているかぎりガソリンが切れるまでは暖房が利くし、車内におれば少なくとも10m前後かそれを越える寒風から身を護れたハズです。積雪も1m積もったわけじゃななく、30センチの積雪ならば排気ガスが車内に還流することもなかったハズです。心配だったら一晩に1回だけ排気口の周りの雪を除雪するだけで済んだハズです。また、脱輪して車が傾いていたとしても吹きさらしの車外よりは遥かにましです。天国と地獄との差があったと思われます。なんとか一晩寒さを凌げば、翌朝8時に救助隊が到着していました。 結果的には車を捨てて寺に向かったのは大きな判断ミスだったのですが、そういえば同じころに、確か剣山系の高知県側の山で登山者が2mに達するドカ雪で避難小屋にとじこめられましたよね? その登山者らは避難小屋にとどまったから助かりました。気象条件の厳しいときには小屋や車内に留まるほうがよいという教訓じゃなかろうか?


なお、「車を離れて寺に向かったのが間違いだったのであり、下山する方向に行っていたら助かったのだ」 という見方もあるようです。しかしこれは現地を知らなければ、そう考えるのも無理からぬことです。脱輪したところから1.5キロほど歩いて住職らは斃れました。 これが逆の方向、つまり下山する方向に歩いたとしたならばどうだったか? ですが、船窪つつじ公園駐車場 (標高1010m) まで1.0キロあります。そこから山川少年の家 (標高740m) まででも3.0キロあります。さらに人家がある集落まで7キロもあります。下山するとしても11キロの雪道を83歳の老人が歩けるのか? というハナシです。当時は山頂だけでなく山ろくまで積雪がありました。下山して標高が下がるにつれ風が弱まり、積雪も減っていったでしょうが、おそらく山川少年の家あたりで斃れたんじゃないか? 寺に向かうほうが距離がはるかに近かったから、寺に向かう判断をしたものと思われます。

⑤、非常食や防寒具や毛布などシッカリと車に積み込んでおく。
雪山で何かあっても救助隊がすぐ来てくれるとは限りません。むしろ、救助隊などこないと考えるべきで、万一にそなえて数日間生き延びるだけの装備を車に積んでおく必要がありそうです。住職らはスタック対策にスコップは積んでいたらしいが、そういう備えはあったのかどうか?? 雪の積もる山上が日々の職場であったから、馴れとか安易さが生じていたのかも? 十分な備えがなかったから何とかして寺まで行こうと判断したのではないか? 備えがあれば心のゆとりにつながり良い判断が出来るというもので、切羽詰まったあせりの中では最悪の判断になる。

⑥、どう見たって複数台の車で行くべきところです。
これは、そこが住職らの職場であったという事情から一般登山者と一緒くたにできない点ですが、舟窪つつじ公園駐車場までは、とくに積雪が多くなければ単独車でもそれほど危険じゃありません。ですがそこから先は道が狭く、積雪が多くなればスノーアタックの領域です。もし行くのであれば5台とか10台とかの複数台で行くべきところです。ハマった車を仲間が牽引して助け、皆でスコップで除雪しながら進むような場所であるのは間違いないです。(現地をつぶさに観察して確認済み) こちらは阿波泥暴さんらの今年6回目のスノーアタック動画 ですが3月8日でも山上の林道は雪が沢山です。四国の山は南国だなんてナメてかかってはいけないのです。

⑦、43歳の住職が83歳の寺男を見捨てていたら、住職だけは助かった?
しかし、それが出来たのかという問題ですが、雪中行軍で80代の寺男が先にやられたと思われます。先に倒れた80代の寺男に寄り添っていたから住職も巻き添えになったのではないか? と想像できます。でもまあ、仏の慈悲を語る立場の住職が、仲間を見捨てるなどという鬼の行動がとれるのか? ということです。ま、冬山はそういう世界です。エベレスト登山などは全くそういうものらしい。エベレストの登山道には屍がごろごろと転がっているらしい。10人中1人は必ず倒れるそうですが、仲間を見捨てなければ自分もやられます。倒れた仲間を見捨てる冷酷さを持っていなければエベレストに登っちゃいけないらしい。倒れた側も 「わしにかまうな、行け!」 と覚悟をしなければいけないらしい。野口健 さんなど著名登山家が言っていますね。住職が鬼になっていたら少なくとも住職1人は助かっていたのではないか? でも住職はとてもやさしい人だったらしい…。


高越寺の庫裏
↑ 御本堂の右手の奥のほうに庫裏などの建物があります。建物の玄関には 「当分寺はお休みをします」 という意味の張り紙がしてあります。高越寺の管理をしていた住職らが帰らぬ人となってしまったので、この寺は法燈が消えてしまうのでしょうか? おりおりに山伏たちによる盛大な護摩法要が行われているようですけど、寺の主がいなくなって今後どうなるんでしょうかね?
高越寺錫杖祭柴燈大護摩厳修 おこぉつぁん 平成26年5月11日



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高越山からの眺望
高越山の山頂付近は樹林が茂っているために、眺望は必ずしも良いとは言えません。樹林の木々の間から遠くを眺めるという感じです。

スギ林の間から山川町を俯瞰する
↑旧 山川町の街並を見降ろしました。

穴吹町の街並を俯瞰する
↑ 旧 穴吹町の街並を見降ろしました。

高越寺駐車場の近くから淡路島方面を見る
↑ 空気が清澄であれば淡路島が見えるのですが、春霞で近くの山々でさえ煙紫色にかすんでいます。

奥野々山の奥に薄らと高城山が見える
↑ 画面の真ん中やや左に奥野々山 (1159m) が見えています。その右手奥にかすかに高城山 (1632m) が視認できますが、写真では非常に分かりにくいです。


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高越山の山頂付近の植物たち
冬枯れていて、しかも雪が積もっていますから植物観察は樹木観察になってしまいます。山の好きな阿波人や讃岐人にとっては珍しくない樹木であっても、吾輩のような淡路人にとっては珍しい樹木ばかりです。この高越山山頂付近の立派なブナやミズナラの大木も、淡路島には1本も自生していません。モミの大木も沢山みられますが、淡路島では寺社林に植栽されることはあっても、明らかに自生品だと言えるものは1本もありません。以下に挙げる3種の樹も淡路島にはないか、ごく希なものです。

ツガ

ツガ
ツガ という針葉樹です。小林先生の 『淡路島の植物誌』 には淡路島に1個体だけあることが記載されています。それは鮎屋の滝の駐車場前にあったのですが、1本だけポツンとあって、植栽ではないか? と強く疑われたです。それも20年ほどまえに伐られました。 吾輩は島内の別のところでもツガの樹があるのを見ていますが、それも1本だけポツンとあり自生なのか疑わしいです。高越山の山頂付近はブナの中にモミとツガの大木がたくさんあり、見事な針葉樹と広葉樹の混交林になっています。


アセビ

アセビ
アセビ ですが漢字では 「馬酔木」 と書き、ウマが食べると中毒を起こして酔ったようになるといわれる有毒植物です。淡路島にほとんど無い樹木です。柏原山にあるのは全部植栽品です。10年ぐらいまえに南あわじ市賀集牛内の奥の尾根にひと株の大きなアセビがあったのですが、園芸店の店主にそのことを言ったら1年たたずに掘り取られました。アセビは淡路島に全く自生しないのではありませんが、極めて希にしかないのは間違いなさそうです。 地質的に (地史的に) 関連性が高い和泉層群に属する阿讃山地 (徳島・香川県境) や、和泉山地 (大阪・和歌山県境) にはアセビは普通に沢山あるのに、淡路島南部の諭鶴羽山地にアセビがほとんど無いのは何故なのか? 不思議です。


ミヤマシキミ

ミヤマシキミ
ミヤマシキミ です。徳島県の千m以上でよく見られる小低木です。暖帯上部~ブナ帯に分布する植物か? 高さはせいぜい50センチぐらいでよく分岐して横に広がります。むかし、諭鶴羽山の500m以上に僅かに見られましたが、現在では見られなくなりました。秋に赤い綺麗な実をつけます。



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