雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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森林は二酸化炭素を吸収すると言うが、排出もしている。 よく茂った森林は収支均衡。
ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。 (方丈記の冒頭

水面は変わらないけど水は常に入れ替わる

『方丈記』 (ほうじょうき) は中世の隠者文学の傑作です。とくに冒頭の書き出しは、「定常状態」 についての見事な文学的表現です。

●写真は徳島県の吉野川の支流の鮎喰川 (あくいがわ) です。支流といってもかなり大きな川です。大きな深い淵であります。手前のツツジはキシツツジです。大きな深い淵なので、一見すると池のように見えます。川には見えませんが川 (川の流れの一部分) です。水面は静止していて、動きがないように見えますがそうではありません。上流から常に水がこの縁に流れ込み、淵からは常に水が下流へと流れ出しています。淵の水は絶えず入れ替わり、いま淵にある水は昨日の水とは違います。淵の水は久しく留まることがなく常に入れ変わっています。まったく 『方丈記』 が言う通りです。

●ところが、この淵を観察すると、間違いなく水が流れ常に水が入れ変わっているハズなのに、見掛けはいつも同じです。そりゃあ、大雨が降れば濁流になるだろうし、異常渇水になれば淵が干上がるかもしれませんが、数日見ているだけならば淵の光景はいつも同じ状態で一定しています。これが定常状態ですわね。つまり、水は常に流れているけれども、淵に流れ込む水量と、淵から流れ出す水量が均衡していて、淵の水位が一定で増えもせず減りもせず常に同じ姿を見せているのですわね。淵というのを一つの系と考えると、これは開放系であり、入力もあるけれども出力もあり、動きがあるけれども収支均衡していて見かけは何も変わらないです。

生長した森林は見かけは変わらない
↑ 近くの鎮守の宮の社叢林、うっそうと茂る。このような良く茂った森は、もはや二酸化炭素を吸収しません

世の中にある森林も、またかくのごとし。

●全く、800年前に 『方丈記』 の作者の鴨長明 (かものちょうめい) が喝破した通りです。よく茂った森林は、森林という系に出入りする二酸化炭素の流れは常にあるけれども、その森林の中に貯蔵している炭素量は常に一定です。増えもせず、減りもせず、定常状態です。すなわち、森林内で若木が生長するときには二酸化炭素を吸収して樹の中に炭素として固定し蓄えます。若木について着目すれば確かに二酸化炭素を吸収します。しかしながら、森林の中では老木になった樹が倒れます。倒れた樹はやがて菌類やバクテリアによって分解され、最終的には二酸化炭素を出します。また、森林内では落葉も落枝もあり、これらもやがて二酸化炭素となります。樹木は一面では二酸化炭素を吸収しますが、別の一面では二酸化炭素を排出しています。良く茂った森林では、その収支はプラスマイナス均衡しています。若木が育つ一方で老木が倒れ、老木が倒れたギャップで若木が育ちます。若木もやがて自然間引きで消えていくか、生き残っても200年後には老木となり倒れます。つまり輪廻循環しているだけです。

●だから、良く育った森林は、見かけは常に同じような姿です。特に、自然林とか極相林と呼ばれるような森林はいつまでも同じ姿です。極相林までいかなくても、樹齢50年ぐらいたった森林は、陽樹から陰樹へという樹種の変化はあっても、茂り具合は大して変わりません。つまり、あるていど良く茂った森林は、もはや空気中の二酸化炭素を吸収して固定する能力はありません。日本では昭和30年頃に燃料革命があり、田舎や山村でも薪や炭を使わなくなりました。薪炭用に樹を伐らなくなったから里山もよく茂っています。戦後強力に進めたスギの植林も茂り放題です。もはや、日本の森林は二酸化炭素を吸収する余地はほとんどありません。 全くの裸地 (砂漠とか) に森林を育てるのならば、多少は、二酸化炭素を吸収して炭素を固定する意義があるかもしれませんが、一旦ぼうぼうに茂った森林はもはやダメです。 林野庁はなぜこんな簡単なことが分からないのだろうか?? 不思議です。

●ついでに申せば、森林が二酸化炭素を吸収するなどというアホウな主張をするならば、林業は成り立ちません。林業の監督官庁の林野庁は自己否定することになります。森林の産物の木材は炭素の塊です。重量の4~5割が炭素です。 (炭焼きすれば原木の半分ぐらい炭ができるから) せっかく二酸化炭素を吸収して空中の炭素を固定したのだから、大事に貯蔵しなければなりません。木材を使うとやがて燃やしたり腐ったりして元の二酸化炭素に戻ります。元の黙阿弥。で、木材が絶対に二酸化炭素に戻らないように、森林で得た木材は燃やさず腐らせず、巨大倉庫か洞窟に貯蔵しなければなりません。永久保存です。洞窟に蓄えて数百万年後に石炭になるようにしなければなりません。そう考えると林野庁の主張はおかしなことを言っているわけです。実際は、林野庁のお役人も (財務省のお役人よりは落ちるけれども) 優秀な方々です。そんなことは百も承知のハズです。おそらくは、地球温暖化の政策にからめて、林野庁に1円でも沢山の予算が来るようにと狙っているだけでしょう。 (実は、温暖化を言うお役人は、腹の中では地球温暖化のヨタ話など信じていないのです) 

●主権者 (納税者) の一人として (1億分の1の比重ですが) 主張するならば、林野庁は分収育林で善良な国民からカネを巻き上げ、大損をさせ、地球温暖化に悪のりして過剰な予算を分捕り、国内木材資源は過剰で売れないのにいまだにスギ植林を止めようとせず、木材市場価格をゆがめているのは他ならぬ林野庁なのです。民間の市場経済に任せておけば、アダム・スミスのいう 「神の見えざる手」 が市場の需給を上手く調節するのですが、公務員が林業に携わっていることが市場を歪め混乱させています。公務員は民間がおかしな方向に行かないよう軽く監督するだけでいいのであって、公務員が実際の林業をするのは間違っています。とにかく市場経済を大きく歪めてしまいます。それと、税金のムダ使いに繋がる。国有林でもそうですが、田舎の自治体でも随分とおかしなことをしています。以前、役場の職員が植林地を作るためにチェーンソーを持って雑木を伐採しているのを目撃してビックリした! なぜ、そんなことをするのか?? 民間じゃとても採算が取れないようなことは絶対にしないわ。仮に、しても、見込み違いに気づいたらパッと止めます。傷が浅いうちに止めないと大変なことになる。公務員のやるビジネスは採算度外視、大赤を出しても責任を問われない、税金で補てんすりゃいいって甘い考えです。それどころか獲得した予算を消化するために余計なことをしているのかも? 林野庁などという役所は廃止してもらった方が国民のためになりそうです。



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落葉を分解するムラサキシメジ

森の中の倒木もいつまでも残ることはありません。相当に太い倒木も20年とか30年も経てば、跡かたもなく消えています。木材不朽菌といわれる菌類たち、たとえば、食べられるシイタケとかヒラタケとか、食べられないカワラタケやスエヒロタケなどが倒木の材の主成分であるセルロースやリグニンなどをどんどん分解して倒木を腐らせていきます。僅かに残った残滓も、そのキノコたちも、こんどはバクテリアに取りつかれて分解されます。いずれ倒木は、最終的には水と二酸化炭素にまで分解され跡かたも残りません。よほど運がいいと土に埋まってやがて泥炭とか亜炭になるかもしれませんが、そんなことはめったに起こりません。地上には菌類やバクテリアが餌を求めてうようよといます。うようよと居るハズです。彼らはミクロの大きさなので肉眼では見えにくいだけです。ただしキノコだけは別で、本体の菌糸はほとんど見えませんが、胞子を飛散させるキノコ (種子植物の花に当たるもの) なると見えるのが面白いところです。

↓ ムラサキシメジは落葉を分解するキノコ
老成したムラサキシメジ
↑ 傘の縁にわづかに紫色の痕跡が残るだけです。縁が波打ち、老成して古くなっています。食用不適。林床に厚く溜まった落ち葉を分解するキノコで、いわば森の掃除屋さんです。ムラサキシメジは落ち葉を分解して二酸化炭素に戻します

3個採ってみたが既に食用不適

●ちょっと遅かったです。すっかり色あせています。ムラサキシメジ は紫占地で、名のとおり美しい紫色のキノコです。他のキノコのシーズンが終わる晩秋に出てきます。南あわじ市でも出るところには沢山でます。いちおう優秀な食菌ですが評価は割れます。大変美味いと言う人と土臭い匂いがして嫌だという人に真っ二つに割れるキノコです。吾輩はダシが出てよいキノコだと思うんですが、どうやら各人の好みの差ではなく、ムラサキシメジには良い味の系統と嫌な匂いの系統の2種類があるのではないか? という気がします。東北地方では山採りのムラサキシメジが結構高値で売られています。

ムラサキシメジは発生したての新鮮な物は綺麗な紫色ですが、老成するにつれて褪色し白っぽくなります。更に古くなると茶色っぽくなってきます。写真の物は傘の縁がかすかに紫色の痕跡が残るだけで、完全に褪色しています。傘の縁が波打っていて、しかも傘が反りかえる寸前です。これは傘が展開してから日数がたっている証拠です。老成した古いものですから、こうなってはもう採りません。せっかく来たのに遅かったです。残念! しかもヒラタケ (ウスヒラタケに近いもの) の腐りかけたものも大量にありました。これも残念! 野生キノコを収穫適期に採るのは意外にむずかしいです。何べんも足しげく来なければ無理ですわ。


裏側



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