雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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今年は、シャクナゲ満開日 (見頃) がいつか予想がつかない…。
5月5日に 5月12日に変更 淡路島の自生のホンシャクナゲの観察会を致します。観察会などと言うと、なにか高尚な、学術的な調査でもするのか? と思われそうでありますが、ただの “お花見” であります。ここ20年ほど毎年シャクナゲを見に行っておりますが、今年ほど見透せない年は初めてです。今春が暖かいのか寒いのかよく分からないです。寒暖の振幅が非常に大きくなっています。日較差が例年以上に大きくなっています。こんな年は初めてです。

下図は気象庁の観測データを勝手にグラフ化してみたのですが、毎日の最高気温と最低気温の推移です。日々の気温は物凄く激しく乱高下しています。なめらかな線は平年値の推移です。1981年~2010年の30年間の平均です。毎日の気温変化はその平年線から上に、下にと、大きく振れています。


淡路島の気温変化

●まるで地震動の波形グラフみたいな上の図をいくら見ていても、今年の春が暖かいのか寒いのか分かりづらいです。それで、旬(10日)ごとの平均気温の変化を見てみます。日々の日最高気温あるいは日最低気温の10日間の平均です。30年平均からの乖離を調べて、平年値よりも高ければ赤字で、平年値よりも低ければ青字で示しました。

旬毎の気温変化

●このようにして見るとハッキリと波動みたいなものが浮かび上がります。平年値よりも高くなったり、低くなったりを繰り返しているみたいです。赤赤赤青青青赤赤赤青青青と言うふうな変化ですが、おそらく、北半球上空の偏西風の大蛇行が関係しているのだろうと思います。その偏西風の大蛇行はちょうど正弦波みたいな波で、その位相の変化に対応して淡路島が寒気移流場に入ったり、逆に暖気移流場に入ったりを周期的に繰り返しているのでありましょう。

●3月上旬~中旬にかけて記録的な暖かさだったので、南日本ではサクラが記録的に早く咲きました。ところが、4月になって北日本では逆にサクラの開花が平年よりも遅くなっています。北日本を中心に日本列島が寒気移流場に入っているような感じです。さて、これがシャクナゲにどう影響するのか??


3月の暖かさと、4月のやや寒さ、これらがシャクナゲの蕾の生長や開花にどう影響するのか? 過去の観察記録がないし、調べてもそういう研究の論文なども見当たりません。サクラなら世の中の関心も高く、研究テーマになるので膨大なレポートや論文があるみたいですが、シャクナゲは参考になるものが無いので開花の予想がつきません。しかも、シャクナゲ自生地はチョイチョイと観察に行ける場所ではありません。5月5日 5月12日に変更 と決めましたが、満開(見頃)かどうかは全く分かりません…。ま、過去20年間では暖冬・暖春の年は5月5日では散っていましたし、春が寒い年は5月5日では蕾ばかりでした。ゆうに2週間ぐらいの早晩があります。

ま、もし、まだ早かったならば、仕切り直してもう一度見に行きます

5月12日の一発勝負で、満開を狙います。そう簡単に何回も行けるところではありません。

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5月12日に、淡路島に自生する “ホンシャクナゲ観察会” をします。
●きたる5月5日に 5月12日(日曜日)に変更、兵庫県の淡路島で、恒例のシャクナゲ観察会を盛大に行います。淡路島に自生するシャクナゲは、ホンシャクナゲという種類です。淡路島のシャクナゲの特徴の1つには、きわめて海抜高度の低い所に自生していることが指摘できます。種子を採集して、実生で育てたならば平地の環境で容易に栽培できる野生シャクナゲとして、やがて脚光を浴びるものと思われます。珍しい島の中のシャクナゲをご覧になりたい方は、全国どなたでも参加できます。参加費は無料です。島の中に自生するシャクナゲをご覧になる絶好のチャンスです。大勢のシャクナゲファンのお越しをお待ちしております。
参加ご希望の方は、メールフォームにてご連絡くださいませ。折り返し、集合場所の地図をお送りします。


全国の、珍しい島の中のシャクナゲ
兵庫県・淡路島のホンシャクナゲ 淡路島は二等辺三角形を歪めたような形です。その底辺にあたる部分の山岳地帯に自生しています。瀬戸内海上に浮かぶ島なので、本土からの距離が無く、本土のシャクナゲ集団と完全に隔離されているわけではなく、残念ながら固有種にはなれませんでした。無理にアワジシャクナゲなどとは言わないほうがよろしい。

新潟県・佐渡島のハクサンシャクナゲ 佐渡島は “エ” という文字をひしゃいだ形をしています。下の横棒にあたるところに小佐渡山地があり、上の横棒の部分に大佐渡山地があります。その大佐渡山地の最高峰、金北山(1172.1m)からドンデン山などの稜線伝いにハクサンシャクナゲが自生しているようであります。佐渡シャクナゲとも称すみたいですが、たんなる通称です。佐渡島と本土との距離は最短で31.5キロしかなく、固有種にまで進化するには距離が近すぎたようであります。新潟県公式観光情報サイト 「ドンデン山のシャクナゲ」参照。

島根県・隠岐島のオキシャクナゲ 隠岐島の最高峰の大満寺山(607.7m)の周辺にあります。なんと、大満寺山の標高はわが淡路島の諭鶴羽山と酷似します。分類学的にはホンシャクナゲの品種とされていて、品種といえども隠岐島の固有種であります。ホンシャクナゲと比べると葉がやや小さく、丸っこいように思います。淡路のシャクナゲも葉が薄いのですが、オキシャクナゲは更に薄いように思います。島根県公式ホームページ 「オキシャクナゲ自生地」参照。

鹿児島県・屋久島のヤクシマシャクナゲ これは屋久島の固有種です。屋久島の宮之浦岳(普通は三角点の1935.0mとされますが、近くの標高点は1936m)の中腹以上の所にあります。標高のやや低い所のものはオオヤクシマシャクナゲと称されています。屋久島のシャクナゲは、枝の分岐が多く、樹形が半球形のコンパクトにまとまり、葉の裏が赤褐色の毛が密生し、葉の縁が内側に巻きこんでいて、非常に美しいシャクナゲです。花だけでなく樹や葉が美しいので園芸品種を作出するための原種として最高に評価されています。日本が世界に誇るシャクナゲです。 

追記
北海道・利尻島および礼文島のキバナシャクナゲ があることが判明した。キバナシャクナゲと言えば中部山岳の海抜2500m以上の高山帯にある高山性のシャクナゲです。ハイマツが自生しているような高所にあり、樹の高さが数十センチと矮小なシャクナゲであり、7月頃に黄色の花が咲きます。日本のシャクナゲはほとんどが、やや紫味の入った桃色系統です。濃淡の変化があって白っぽいものや赤っぽい物はあっても皆桃色系統の花です。唯一の例外がキバナシャクナゲの黄色であります。なお、ヒカゲツツジという黄色っぽい物が各地の岩場などにありますが、これは分類上はシャクナゲではありません。利尻町観光協会 「利尻島の花」参照。

キバナシャクナゲは、北緯36度ぐらいの本州中部では純然たる高山植物です。北海道北部の島では北緯45度で、緯度にして9度~10度も北方です。沿海地での気温を比べてみると平均気温も8度前後低下しています。この8度程度の平均気温低下で、利尻島では高山帯の下限高度が本州中部よりも1500mぐらい下降しているハズです。本州中部での高山帯下限高度を2500mとすると、利尻島のそれは1000m程度か? という計算になりましょう。利尻島には利尻岳という標高1721mの秀麗な成層火山があります。6合目あたりから上にハイマツが見られる(=高山帯)そうですから、ごく簡単な理論値と実際が合っています。ところが、隣の礼文島ではキバナシャクナゲが海抜200mのところにもあるそうで、自生高度が低すぎです。ま、例外はいくらでもあるのが自然のおもしろいところでしょう。例えば、愛媛県別子銅山跡のツガザクラ。2500m以上の高山帯の植物が1000メートル以上も低い所に、しかも南の所に、隔離分布して自生しているのはあまりにも有名です。

島シャクナゲという分類はないですが、北海道・本州・四国・九州の本土以外の離島に自生するシャクナゲを島シャクナゲと称した場合の分布図です。
日本列島 島シャクナゲの分布図
他にも、島の中に自生するシャクナゲがあるかもわかりません。もしあれば、ご教示下さい。しばしば、西表島や石垣島にあるセイシカ、奄美大島のアマミセイシカがシャクナゲ扱いされることがあります。葉が常緑でシャクナゲっぽい感じはありますが、分類学的に、ツツジ科・ツツジ属・無鱗片シャクナゲ亜属・無鱗片シャクナゲ節のみをシャクナゲとしていますから、セイシカはその範疇から外れます。



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【4月27日に日を変更】
開花が遅れそうなので、5月12日に変更しました。
シャクナゲ観察会のチラシ 1頁目
シャクナゲ観察会のチラシ 2頁目
サクラ (桜) について考える。(その2) 野生のヤマザクラ(山桜)は森林破壊の証拠。
“ヤマザクラが沢山自生しているのは森林破壊の証拠だ” ということを議論するにあたり、次に、「遷移・せんい」という森林生態学の理論を少しばかり認識する必要があります。

●この世に生を享けた人間は、幼年期から少年期そして青年期へと、さらには壮年期から中年期そして高年期へと、さまざまな生長過程を経て老成していくのであります。ミクロレベルで細胞は新陳代謝を繰り返して入れ換わり、マクロレベルの身の姿は年月ともに変遷してきます。地表を覆っている植物の集団、すなわち植生も全く同じであります。年月とともに植生は、その植生を構成している草や樹木の種類を次々に変え、その植生は変遷しています。この世にある万象は流転し、生死輪廻(しょうじりんね)し、片時たりとも同じ姿ではなく変遷してゆくのであります。

遷移(せんい)とはなにか?
「遷」は、うつ-る、うつ-す、と訓む。ある場所から別の場所へと変位することであります。また、ある状態から別の状態へと変化することであります。「移」も、うつ-る、うつ-す、と訓み同じ意味であります。同じ意味の語を2回重ねて強調し、畳語(じょうご)表現となっています。身の回りの植生を観察していると、とくに、森林伐採した跡であるとか、山火事で植生が破壊されたところとか、山崩れで表土が崩れ落ち裸地がむき出しになったところなど、観察していると3年経ち、10年経ち、30年経つと随分と変わっていくことに気づくのでありますが、この変化していくことが遷移に他なりません。

●非常に気の長い事を申せば、かつて氷河期には平均気温が6~9度も低下(資料によって挙げる数字は違うが)し、西日本では冷温帯のブナが平地まで降りていたのが花粉分析でしられています。おそらく淡路島南部でも麓ではブナ林が広がり、ミズナラとかウラジロモミとかの海抜1000メートルあたりで見られる風景が広がっていたと想像できます。しかし氷河期が終わり、平均気温が上昇するにつれて冷涼な気候を好むそれらの樹木は夏の暑さが耐えられず、平地では消えて行ったハズです。そして、南の方から急速に分布を広げてきたシイやカシ類が優占していったと思われます。いまでも、諭鶴羽山の裏斜面の涼しいところには、氷河期の生き残り(遺存)として冷温帯の植物ツタウルシとかシャクナゲとか僅かに残っております。このように地質年代的な長い時間の中でも植生は変化しています。これも遷移には違いないですけれども、この気が遠くなるような長大な時間変化は “地史的遷移” と言っているようです。普通、遷移と言う場合は、この地史的遷移ではなく、数100年で極相に達する時間スケールのなかでの変化の “生態遷移” を言うようであります。 

遷移と言っても色々な分け方があるけれども、大雑把に、生態学の教科書を丸写ししたような文章になって全然面白くないですけど、ヤマサクラの存在が森林破壊の証拠であることを論じるためには、しかたありません。

乾性遷移 …… 陸上の裸地から始まる遷移。模式的には、裸地 → 地衣類や蘚苔類 → 1年生草本 → 多年生草本 → 低木 → 陽樹 → 陰樹 → 陰樹から成る極相林となって平衡(安定)する。しかし現実にはこんな教科書の記述のようになるわけではありません。遷移の途中で、ウラジロやコシダがびっしりとはびこったり、ネザサが密生したりすると、樹木の幼木が全く育たず、遷移の進行を停止させたりします。かつて諭鶴羽山の稜線はネザサ(正確には毛があるケネザサ)がびっしりとはびこり、樹木が全く入り込めませんでした。

湿性遷移 …… 湖や沼や池に、土砂や有機物が流れ込んで堆積して埋まっていき、次第に浅くなりやがて陸地化します。そして草が生じ、森林となっていく変化。

一次遷移 …… 火山の溶岩流跡など植物の種子や地下茎などが皆無の状態が出発点になる遷移。日本には桜島や三原山など観察適地が沢山あります。歴史上何回も噴火した富士山の溶岩流跡は古い物や新しい物が沢山あり、良い観察ポイント。

二次遷移 …… 森林の伐採跡など、土中に植物の種子や地下茎や根が含まれる状態から出発する遷移。身近で見られる遷移は、伐採跡や、山崩れ跡や、洪水の氾濫源や、種々の要因で一斉枯死など、大なり小なり地表や地中に種子や根があり、ほとんどが二次遷移。


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以下に、遷移の各段階の植生写真を掲上したいと思います。なお、これは兵庫県の淡路島南部の南あわじ市での事例であります。申すまでもなく、別の地方、別の気候・植生帯では樹種などがらりと異なります。

↓多年生草本の段階

ススキを主体とする多年草群落
↑おそらく、宅地造成で丘陵を切り開いたところであろうかと思われます。せっかく造成したのに、売れなかったのか、開発した不動産会社が倒産したのでしょう。放置されて草ぼうぼうです。勿体ないですね。放置して何年になるかは調査しないと不明ですが、多年草であるススキが生え茂っております。遷移は片時も休まず進行しています。太陽の光に良く当たらないと育たない陽樹のクロマツの子供がたくさん侵入しています。他にもネズという針葉樹や、トゲの多いカンコノキという樹木の子供が侵入しています。この場所はクロマツが多いのですが、南あわじ市では、このような所には、真っ先に侵入してくる樹木にはクロマツの他タラノキ・ニワウルシ・ムクノキ・アキニレ・オオバヤシャブシ・モリシマアカシアなどが目立ちます。

↓低木の段階陽樹のクロマツの幼木林が出来て、ススキが消滅していく
↑多年生草本がはびこる所に陽樹のクロマツが侵入して、クロマツが生長してくると、ススキなどの草よりもクロマツの方が背が高くなります。草はクロマツの日蔭になり生長が悪く、まもなく消えていきます。ススキは強靭な草ではありますが、太陽の光が良く当たらないと育ちません。陽生植物です。耐陰性が非常に強くて鬱蒼と茂る林床でも生きられる草もないことはないですが、多くの草本植物は薄暗い森林の中では生きられないです。特に、常緑樹が茂る照葉樹林帯では鬱蒼と茂る森林の中には草本植物は非常に少ないです。

↓陽樹の段階
陽樹のコナラとクヌギによる二次林が成立した
↑本来あるべき森林が破壊された跡にやがて成立する森林を広く “二次林” と言うようですが、シイやカシの森を伐採した後に出来る萌芽林は別として、普通は、二次林は陽樹から成る森林であります。色々な樹種から成るのでありますが、クロマツ林であったり、オオバヤシャブシ林であったり、コナラ林であったりと色々です。ヤマザクラが異様に多いこともあります。遷移の途上で先ず陽樹からなる森林が成立することが多い理由は色々ありましょうが、陰樹よりも陽樹の方が生長が非常に早いこととか、陽樹の種子は小さく軽く風散布などで飛来する可能性が高く、遷移の初期の強光下の環境は陰樹には厳しいもの、などが上げられましょう。

写真の二次林は、おそらく伐採後40~50年ぐらいだと思います。かつては薪炭林として伐られたものと思います。クヌギとコナラが非常に多いのですが、少し林に分け入って観察しましたところ、クヌギやコナラの幼木は全く見られずに、かなり沢山のアラカシの子供が林床に侵入していました。クヌギやコナラが数十年後に枯れていくと、カシ(樫)林に変わるものと予想できます。


↓しだ植物のコシダが密生して、遷移の進行を停めています。コシダがはびこると遷移の進行が止まってしまう
↑シダ植物のコシダやウラジロが密生したり、背の低い(2~3mの)ネザサがはびこると大変です。これらが密生すると、頭に髪の毛が生えているように密生するので、他の草や樹木が侵入できません。理由はハッキリしています。あまりにも密生しているので、地表に落ちた草や樹木の種子が発芽しても、太陽光が当たる所まで伸びられないのです。50cmも1mも密生状態なので光があたりません。種子が発芽してモヤシのように伸びても太陽光があたるところまで伸びられずに力尽きてしまいます。また、種子の発芽に光が必要な植物が沢山あります。そういうものでは発芽そのものが出来ないでしょう。

●山中の二次林の中に、点々と浮かぶ島のように、コシダの生育場所があります。コシダはせいぜい1mか1m半程度の高さしかないので、森林の中でそこだけは樹木がなく明るくなっています。ちょうど森林の中にできたギャップのようになっています。しかしながら、コシダとて太陽が当たらないと育たない陽生植物です。そのコシダ群落が小規模であったならば、周囲の樹木が生長するにつれて日蔭となっていき、コシダも消えていく運命であります…。

●しかし、そのコシダやネザサの群落が大きかったならば、森林に移行しないままの状態で安定してしまいます。昔、諭鶴羽山は別名を篠山(ささやま)と言い、山の尾根伝いに大規模なネザサ群落がありました。篠山という地名ができたくらいですから、昔から長年月ネザサの群落が安定的に存在していたハズです。こういうものは妨害極相と言われていまして、森林への移行を妨害しつつネザサ群落じたいが極相になっているという意味でありましょう。今の地元の若い人は知らないでしょうが、諭鶴羽山のネザサの極相群落が破れたのは、確か昭和43年ぐらいでしたか? ネザサが一斉開花して枯れたためであります。したがいまして、諭鶴羽山系の中腹から上の広い範囲で、森林の古さは樹齢が45年ぐらいでよく揃っております。


↓以下2枚の写真は、陰樹の段階でありますが、シイの大木が多数見られるので極相林となっています。南あわじ市八木馬回 天野神社の社叢林陰樹のシイが優占する極相林
シイの極相林
↑陽樹の森林も鬱蒼と茂ると林床が暗くなります。低木層にヒサカキだとかツバキなどが生じるので、いよいよ林床が暗くなります。そうすると陽樹の子供は全く育たないです。いつしかシイとかアラカシ(粗樫)が侵入してきて育ちます。陽樹が枯れた後にシイ林やカシ林に交替して行きます。諭鶴羽山の400m以上ではアカガシ(赤樫)林になります。これら陰樹の幼木は耐陰性があるので、親木が寿命とか、台風や落雷や病虫害などの事故で倒れても、陰で待機していた子が親木の後継者となります。で、陰樹どおしでうまく世代交代をして、その後はシイ林やアカガシ林が安定的に継続していきます。めでたく極相林の成立です。

●しかし必ずしも、そう古い教科書的に事が運ぶのではありません。極相林が成立した後、古木や大木が台風等で倒れると、鬱蒼とした林冠にポッカリと穴(ギャップ)が空き、青空が見え太陽光が差します。そこへ陽樹の種が風で飛んできたり、鳥が運んできます。陽樹の方が生長が早いので、待機していた陰樹の子供よりも早く生長します。ある意味では、日蔭では育たない陽樹はギャップを渡り歩いて生きながらえているともいえそうです。そのギャップで生育した陽樹もやがて枯れますが、枯れる頃にはその陰で陰樹の後継者が育っているので、ギャップの中の陽樹はたいてい一代限りです。(ギャップダイナミクス理論) ようするに、極相林とか原生林、自然林、色々な言い方が有って意味はみな異なるのですが、鬱蒼と茂る森林の構成樹種は陰樹が圧倒的に多いのですが、しかし、陽樹が消え去るわけでは全くないのです。

●論より証拠。下段の写真の中に、白骨のような木が見えています。4月17日に撮った写真ですが、まだ新芽が出たばかりで展葉していません。枯れているわけじゃありません。これは極相林の中の典型的陽樹のニワウルシです。南あわじ市では別名のシンジュのほうが認知度が高いようです。
サクラ (桜) について考える。(その1) 野生のヤマザクラ(山桜)は森林破壊の証拠。
議論を展開する前に、まず、2つの場所の森林を観察します。どのような種類の樹木が生えているか? その樹木の樹齢や古木なのか幼木なのか? などに着目して観察いたします。

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【観察ポイント その1】 
兵庫県南あわじ市北阿万大日ダムです。ダムの池の対岸の山を眺めました。観察日は2013年4月4日。
ヤマザクラが高密度で自生しています。ヤマザクラだらけであります。スギ(杉)の植林も見えていますが、植林のないところはヤマザクラばかりです。
●下の写真で、白っぽいもの、淡い桃色のもの、淡い赤褐色のものはヤマザクラです。橙色ないし赤褐色のものは花が少なく葉ばかりの葉桜であり、萌え出たばかりの若葉でありましょう。白っぽいものは花が多いものです。サクラは栽培されるサトザクラ(里桜)でも、野生のヤマザクラ(山桜)でも、若木のうちは花付きが悪く、成木・老木になると花付きがすこぶる良くなる傾向があります。良く見るとサクラの間にスギの植林が見えます。しかし、逆で、スギの植林の間にサクラがあるのかも分かりません。

遠目にも、比較的に若い木が多いように見えます。あまり大木とか巨木とか老木はないようです。このヤマザクラの優占する森は、森自体の樹齢は20~30年か? 30~40年か? というふうな感じであります。どう見たって老成した古い森林には見えません。もしかしたら、30年か40年ぐらい前にこの山の森林が伐採されて、そのあとにスギの植林をしようとしたけれども、何らかの理由で山の一部にしか植林をしなかった…、のではないか? という想像もできます。スギは山の谷筋など水分の多いところを好みます。乾燥する尾根はヒノキならば適地ですが、スギは植林にあまり適しません。尾根のスギはたいてい生長が悪いです。スギを植えるには、急斜面過ぎたとか、乾燥しやすい山だったとかで、山の一部の条件のいい所にだけスギを植えたのでは? と想像しています。

おそらく、このヤマザクラだらけの森林は、かつて伐採された跡に成立した “二次林” であり、まだまだ若い森林であろうかと思います。

2013年4月4日 南あわじ市北阿万大日ダムにて

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観察ポイント その2
兵庫県南あわじ市賀集にある淳仁天皇陵です。鬱蒼と茂る極相林です。観察日は2013年4月9日。
極相林に達した暖帯照葉樹林であります。林冠がモコモコとして積乱雲みたいな樹木のシルエットであります。
●これは、第47代の淳仁天皇(じゅんにんてんのう、733年~765年)の陵(みささぎ)です。「陵」とは天皇・皇后・皇太后を葬る丘のような大きな墓のことを言うのででありますが、犯すべからざる神聖な場所であります。昔も今も、基本的には何人も立ち入り禁止です。元は、人工的な築山であるハズですが、なんせ1200年にわたり立ち入りが禁じられましたから、樹木が生い茂っても、それは禁伐林であります。文字通りの、千古斧鉞(せんこふえつ)の入らぬと表現すべき太古のままの鬱蒼とした森になっています。草木が生い茂るままに1000年間放置すればどうなるのか? の壮大な生態学的実験場であります。

大木や巨木が多くて、鬱蒼と茂っています。常緑の葉が林冠を覆っていますから、林床を覗きこむと薄暗いです。ここは立ち入ることはできませんが、掘りの外から間近に観察できます。樹木の種類は、高木層にシイ、クスノキ、ホルトノキ、ミミズバイ、イスノキなど暖帯照葉樹林では常連の樹木がみられますが、何故かカシ類(アラカシ、シラカシ、ウラジロガシ)が欠落しています。亜高木層にはヤブツバキとカクレミノが多いです。階層構造が顕著に観察できる古い森林であります。重要なポイントは、ヤマザクラが全く見られないことです。

2013年4月9日 南あわじ市賀集にて
2013年4月9日 南あわじ市賀集にて
2013年4月9日 南あわじ市賀集にて

(拙稿は続く)
本年のシャクナゲ観察会は、5月5日か6日か? (12日に決定した)
●いよいよシャクナゲの開花が1カ月後に迫ってまいりました。シャクナゲは、深山の麗花と称され、雲の上に咲く花です。シャクナゲは平地には自生がありません。たいていは高い山の上に咲きます。

中部山岳など、海抜2500m以上の高山帯に自生するキバナシャクナゲ(黄花石楠花)とか、亜高山帯~高山帯に分布するハクサンシャクナゲ(白山シャクナゲ)は、正真正銘の高山植物で、文字通りの “高嶺の花・たかねのはな” であります。わが淡路島にも自生しているホンシャクナゲ(本石楠花)という種は、比較的に標高の低い所に分布しています。ホンシャクナゲは長野県~近畿地方~四国東部~中国地方に分布しているんですけれども、やはり、1000m前後の高所に多く、深山の花であることには変わりありません。

●しかしながら、物事には必ずと言っていいぐらい例外というのがあります。三重県伊勢志摩地方には海抜の極めて低い所にホンシャクナゲが自生しているところがあります。南伊勢町の暖地性シダの名所の鬼ヶ城~細谷というところの尾根には、海抜200~300mの低所にホンシャクナゲがあります。昔、私は三重県に住んでいたことがあるのですが、その南伊勢町の海岸で、波打ち際の海抜10mほどのところにホンシャクナゲが自生しているのを見て、ビックリしたことがあります。この三重県伊勢志摩地方のホンシャクナゲは、園芸家の間では “伊勢シャクナゲ” と称され平地の環境で栽培できるシャクナゲとして珍重されています。

●淡路島のシャクナゲは、淡路島南部の山岳地帯にあるのですけれども、山中を歩きまわって調べたところ、私が現在自生を確認しているシャクナゲの最低海抜は270mくらいです。良く捜せばもっと海抜が低いところにもあるのではないか? と予想しています。未確認情報ですけれども、柏原山の南斜面の低い所にもシャクナゲがあるとの話を聞いています。それはともかく、天然記念物で有名な滋賀県の “鎌掛谷ホンシャクナゲ群落” よりも若干淡路のシャクナゲの方が海抜高度が低い所にあるわけです。


●さて、本日は2013年4月13日です。今日は、明け方地震があったけれども天気がいいので、淡路島最高峰の諭鶴羽山(607.9m)に登ってまいりました。すると、何と、昨年のシャクナゲ観察会や、沼島で石のお花見や、年末に “こくもんじ・シマサルナシのこと”の観察会をしたときに見えていたMさんと同級生のO君に偶然に出会いました。で、またシャクナゲの観察会はいかが? と言うと、ぜひともということになりました。で、

5月5日か6日にシャクナゲ観察会です。今年は生物季節の進みが早いように思います。5日か6日では満開前かも分かりませんが、11日・12日では遅い可能性が高そうです。判断の難しいところで、今後の寒暖しだいでは流動的なんですけれども、一応5月5日か6日にシャクナゲ観察会です。

【紆余曲折を経て、4月27日に最終決定した】
5月12日に決定しました。

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以下は山頂で撮った写真ギャラリー
ヤマザクラはまだ3分咲き
↑山頂直下、海抜510メートル地点で。ヤマザクラはまだ3~4分咲き程度です。やはり、山麓よりも生物季節が2週間ぐらい遅れているような感じであります。

山頂から西を望む
↑山頂から西を眺めた。鳴門海峡が見えるハズですが、春霞がかかってボンヤリとしています。登山客が黄砂だなどと言っていましたが、かすんでいるのは黄砂じゃありませんよ。本日2013年4月13日には気象庁は黄砂を全く観測していないです。黄砂情報はここを見ます。黄砂は黄色っぽいのに対して、春かすみは煙紫色です。色で、簡単に見分けられます…。

山頂から三原平野を見る
↑山頂から北西方向を眺めると、肥沃な三原平野を俯瞰(ふかん)することができます。

山頂から東を望む
↑山頂から東を望むと、和歌山市から紀ノ川流域が見えます。もし空気の透明度が非常に高ければ、大峰連山まで遠望できるのですけれども、今日は全くダメでした。

山頂を示す石標
↑山頂には立派な石標が建てられています。気象官署が視程を観測して、50キロ以上遠くの物がハッキリ見えるような空気が澄んだ状態を、かつて 「異常透明」 と言っていました。現在はあまり聞かない言葉ですが、異常透明が観測され易い冬場には、山頂から、徳島県・香川県・岡山県・兵庫県・大阪府・和歌山県・奈良県の7県が見渡せます。
旧国名では、阿波・讃岐・備中・備前・播磨・摂津・和泉・河内・紀伊・大和・淡路の11国が確実に見渡せます。美作の山も(後山とか那岐山あたり)も遠望できるから、12国かもしれません。昔から眺望のすこぶる良いことであまりにも有名なのは箱根の十国峠でありますが、12国を見渡せる諭鶴羽山はわずか600mの標高の山としては、国内有数の眺望の山であろうかと思います。天下の十国峠を凌駕しています。そこで、

諭鶴羽山の別称として、“十二国山・じゅうにこくざん” を提唱したいと思います。

山頂のにぎわい
↑山頂にたどり着いたら、山中の神社のお旅が行われていました。春の日長、寒くも暑くもなく、登山者も大勢いて、山頂は大にぎわいでありました…。

18年経っての、最大余震か?
●本日は2013年4月13日です。

さっき、05時33分に、わが淡路島で強い地震発生。1995年の兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)の、最大余震でありますね。なんと18年経っての最大余震とは驚きです。最大余震は、普通は、マグニチュードで本震よりマイナス1だとされています。兵庫県南部地震の本震はマグニチュード7.3でした。今朝の余震はマグニチュード6.0です。マイナス1.3ですので、ほぼ最大余震と考えて宜しいでしょう…。余震は50年間続くと地震研究者が指摘しておりましたが、確かにその通りみたいです。ま、本震よりも大きな余震は起こらない。

【5行追記】11時40分に気象庁から発表された第2報では、暫定値はマグニチュード6.3と発表されました。もし、更に修正されることがなければ、マグニチュードは6.3が確定値となりましょう。兵庫県南部地震の7.3よりもちょうど1だけ小さく、地震のエネルギーは18年前の地震の32分の1となりそうです。本日の地震が兵庫県南部地震の余震かどうかは、その後の情報によると、地震研究者たちは余震との見方が大勢であり、気象庁はやや懐疑的と、見解が割れているようであります。

●私のところは震度5強でありました。棚から物がおちましたが、大したことはありませんでした。しかし、南海地震・東海地震・東南海地震の発生が強く懸念されます。3地震同時発生で、静岡県御前崎の浜岡原発が、網の目みたいに張り巡らされている配管が破断や外れ、冷却水取水口が津波で詰まり、使用済み燃料冷却プールにヒビが入って水が抜け、事故るのは必定…。 そうなったら、風向きにもよりましょうが、首都圏壊滅、日本崩壊でありましょう。
原発ムラの利権者どもは、原発やめろ!


【平成25年04月13日05時37分 気象庁発表】
13日05時33分頃地震がありました。震源地は淡路島付近(北緯34.4度、東経134.8度)で、震源の深さは約10km、地震の規模(マグニチュード)は6.0と推定されます。なお、*印は気象庁以外の震度観測点についての情報です。

【兵庫県内震度は次の通りです】
●震度6弱 淡路市郡家* 淡路市志筑*

●震度5強 南あわじ市広田* 南あわじ市湊* 淡路市久留麻*

●震度5弱 洲本市小路谷 洲本市五色町都志* 南あわじ市福良          淡路市中田 淡路市富島

●震度4 豊岡市桜町 神戸兵庫区烏原町* 神戸兵庫区上沢通* 神戸長田区神楽町* 神戸垂水区日向* 神戸北区藤原台南町* 尼崎市昭和通* 明石市中崎 明石市相生* 芦屋市精道町* 加古川市加古川町 加古川市志方町* 三木市細川町 三木市福井* 高砂市荒井町* 三田市下里* 兵庫稲美町国岡* 播磨町東本荘* 加東市天神* 姫路市豊富* 姫路市本町* 姫路市網干* 姫路市白浜* 赤穂市加里屋* 上郡町大持* たつの市御津町* 南あわじ市北阿万* 南あわじ市市* 淡路市岩屋*


気象庁サイトの地震ページから借用 震度分布図から想像すると、今朝の地震は野島断層の南端あたりが震央のようですね。
気象庁HPから

気象庁HPから


サクラ (ソメイヨシノ) について考える。 サクラ前線が山を登る速度は?
サクラ前線が山を登ってくるスピードはどれぐらいか? つまり水平移動スピードではなく、垂直登攀スピードです。 28~33m/1日 程度か?

●3月下旬に日本列島南部から北上を開始したサクラ前線は、5月上旬に北海道の中央に達します。サクラ前線が列島を北上する時期の大部分は4月です。そこで、4月1日から5月1日までの30日間の各地の気温上昇幅を調べてみると、観測所により相違がありますが、8割~9割の観測所で5度から6度の範囲に収まっています。ハッキリとした傾向としては、南の地方ほど上昇幅が少なく、北の地方ほど上昇幅が大きくなることは若干あります。が、4月に関してはそれほど大きな差はありません。北日本では南の地方よりも年較差が大きいのですが、1か月6度の気温上昇が長く続く為に年較差が大きいだけであって、月当たりの上昇幅が顕著に大きいわけではありません。それから、富士山など山岳観測所でも同じ月5度~6度の気温上昇を示しています。

●さて、ここで、海抜0メートルの地点で日平均気温が10度に達して、サクラが開花したものとします。海抜1000メートルの地点では、気温減率を0.6度/100mとすると、4度であり、サクラの蕾は固いです。6度上昇してはじめてサクラが開花します。低地でも山岳でも4月の30日間での気温上昇幅は、5度から6度でありますから、

30日 ×(6度 ÷ 5度)あるいは30日 ×(6度 ÷ 6度)であるから、36日~30日となります。海抜1000メートルの山の上では、30日~36日かけて6度の気温上昇があって10度に達し、サクラが開花します。言いかえれば、1000mの山を、30日~36日をかけて、気温10度線が登山してくるといえましょう。したがいまして、サクラ前線は1日あたり、28~33メートルほど山を登ってくる勘定になるハズです。勘定どうり行くかどうかは分かりませんが…。机上の勘定よりも、フィールドに出て実際の観察・観測が大事そうな気がします。

●淡路島の最高峰は約600メートルです。たった600メートルしかありません。600メートルを28~33メートルで割れば、おおよそ18日~21日という数字が出てきます。少し多いかなという印象はします。長年の観察では、麓との生物季節のずれは2週間(半月)という印象です。しかし、これは居住している生活圏が海抜ゼロではなく、100メートルぐらいあり、実質的な標高差が500メートルであるからかも分かりません…。

ところで、“山頂現象” という言葉があります。山頂では、特に島の中の山頂では四囲広闊で風が強く、気温が低めで、標高の割には冷涼なところに分布の中心がある植物が生育したりするものです。その反面、海岸部は周囲の海の影響で冬の気温が下がりにくいと言うことがあります。そのように考えると僅か600メートルの島山であっても、予想外に生物季節の遅れがあるかも分かりません。これは、印象などという曖昧で漠然としたものではなく、しかるべき調査や観察が要るかもわかりません…。


各地の4月1か月の気温上昇幅
サクラ (ソメイヨシノ) について考える。 サクラ前線は南下するもの、山から下ってくるもの…。
ヤマザクラ
↑2013年4月5日、兵庫県南あわじ市北阿万大日ダム上流の分水堰にて。山間部なので涼しく、少し遅れてヤマザクラが山中で楚々として咲き誇っております。満開であります ヤマザクラは花と同時か、あるいは花よりも早く葉がでてきます。その若葉は赤っぽいので、花はほぼ白色なのですけれども、木全体を見ると、赤っぽかったりピンク色がかっていたり結構あでやかです。しかも野生のヤマザクラは個体により遺伝的バラつきがあるのか、一本一本みな違います。濃淡さまざま、花色変幻自在、開花の早晩もさまざまであります。栽培されるサトザクラ(里桜)のように、花見の対象にはあまりなりませんが、山中でヤマザクラが高密度で自生している光景は見ごたえがあります。。

●さて、サクラ前線が日本列島をなめ尽くすようにして北上しております。気象庁の2013年のさくらの開花状況 によると、昨日4月6日現在では、太平洋側では福島県福島市まで、日本海側では富山県富山市まで、サクラ前線が北上しております。

単純な計算では、サクラ前線は 「23.4km/日」 の速さで北上だが…
ほぼ北緯35度の静岡の平年開花日は3月26日です。また、ほぼ北緯43度の札幌の平年開花日は5月3日です。静岡と札幌の緯度の差は8度ですが、この緯度8度間の南北距離は約890キロメートルであります。890キロ ÷ 38日 = 23.4キロ/日 となるので、サクラ前線は一日に20数キロづつ北上している、という計算になります。計算に使う地点を変えれば数字は若干変わりますので、幅をとれば1日に20~25キロづつ北上でしょうか?

実際には、サクラ前線は等速度運動で北上するのではなく、尺取り虫運動で北上しているのでは? つまり、間欠跛行(かんけつはこう)運動で北上。
●少し考えると、1日に20~25キロづつ北上するというのは相当変です。これはとても奇妙な数字です。なぜならば、サクラ前線は “等速度運動” では絶対にない筈です。毎日判を押したように20数キロずつ北上するなどありえません。“尺取り虫運動” に似た動きだと思います。higesentyou 様の動画を借用いたします。




日本海に低気圧が入って、どっと暖気が北方に吹き上がったならば、サクラ前線は一挙に100キロとか150キロ北上するハズです。その後、低気圧の後面で寒気が南下してくるから、そうしたらサクラ前線は足踏みするハズです。足踏みと言ってもサクラ前線は後退はしません。一旦咲いたものは咲いたのであって、未開花の状態に後退することはありません。一方向のみの動きで不可逆的です。そしてしばらく足踏みののち次の暖気進入でまた一挙に北上。サクラ前線はこの挙動を繰り返して北上していくと思いますから、結果、尺取り虫運動に近い北上のしかたになるであろうと思います。わかりやすく申せば、数歩進んでしばらく立ち止まり、また数歩進んでしばらく立ち止まり、この繰り返し…。

日平均気温が10度になったら、サクラが開花するが、日本の南部とくに九州南部がおかしい。
各地のサクラ平年開花日の気温平年値)
気象庁ホームページ より観測データを抽出して山のキノコが勝手に作表した。観測所の配列が北から南へとなるように並べました。沖縄 那覇の標本木は、ヒカンザクラ。北海道 稚内・網走・釧路・旭川・帯広はエゾヤマザクラ。種子島の開花日は少しデータは古いのですが 『日本気候表』 によります。種子島特別地域気象観測所で、日平均気温が年間で最も下がるのは、1月27日~1月30日の4日間で10.9度。種子島では冬が温暖で、そもそも日平均気温の10度以下というのは存在しません。

●上の表は、各地でのサクラ(ソメイヨシノ)の開花日を調べ、その開花日の気温を抽出したものです。サクラ開花日も気温も、30年間(1981年~2010年)の平均値です。
なお、生物季節観測のサクラ標本木の生育場所が、気温観測場所と離れている観測所もあるので、表の気温と開花日とを結びつけられない例もあるのですが、議論が複雑になるので、それは横に置いておきます。また、北海道東部および北部はエゾヤマザクラ、沖縄はヒカンサクラで観測しています。ソメイヨシノとは別種のサクラですので、それらのデータも横に除けておきます。で、表から次のことが言えそうです。


①、サクラ(ソメイヨシノ)は日平均気温が10度になったら開花します。瀬戸内海沿岸地方・近畿地方から北海道札幌まで、ほとんどの観測所で日平均気温が10度をはさんで9度~11度の範囲でサクラが開花しています。

②、しかし、南の地方、とりわけ九州南部では、“10度で開花” という図式が完全に崩れています。宮崎で12.8度、鹿児島で13.8度、種子島ではなんと15.4度になってサクラが開花します。これはサクラの早い開花がその場所の温暖さの指標にならないことを意味します。

③、なんと九州地方では、サクラ前線は北上ではなく南下しています。高知(3月22日)・福岡(3月23日)→ 長崎・大分・宮崎(3月24日)→ 鹿児島(3月26日)→ 種子島(3月27日)、と完全に南下しています。これは九州のような温暖な地方では、冬の寒さが不足しているために、サクラの休眠打破がうまく行かないことに原因があると言われています。


温暖地では、サクラ前線は南下するもの、山から下ってくるもの。
沖縄桜開花情報2013 を拝見しますと、表紙にある説明に、“沖縄の桜は「緋寒桜」。バラ科サクラ属サクラ亜属の落葉高木。北上して行くソメイヨシノのサクラ前線と違い、沖縄の桜は北から開花して、南下して行きます。北部の本部町や名護市が琉球寒緋桜(かんひざくら)の名所です」” と書かれています。沖縄同様に九州では桜前線は南下するものです。 大雑把に言って、福岡と高知(ほぼ同緯度)を結ぶ線が、ソメイヨシノ開花の始発線で、この始発線から1本のサクラ前線が北へ北上するとともに、もう1本の別のサクラ前線が南下していくのです。要するに桜前線は2本あるのです。

●九州南部以外にも、たとえば甲府など異常値を示しています。甲府のサクラ開花平年日は4月5日ですが、その4月5日の日平均気温平年値は11.8度と周辺より異様に高くなっています。何故だろうか? と甲府の気温統計データをチェックしました。甲府は周囲を2000~3000メートルの山にぐるりと取り囲まれる盆地です。周辺との比高・落差が日本一の盆地です。冬の寒さが厳しいだけでなく夏の暑さも厳しく、気温年較差が非常に大きくなっています。で、甲府では周辺観測所と比べると、3月はまだまだ寒いのですが、4月になると気温が急激に上昇し逆に周辺より高くなります。サクラの開花進行よりも、気温上昇の急激さの方が早い為に起こった現象のようです。長野も最高気温にその傾向が見られます。

“日平均気温が10度に達したらサクラ開花” から、微妙に外れる観測所には2つのパターンがあるようです。
①、大都市部。大阪など。都市化によるヒートアイランド現象で冬の寒さが緩和。休眠打破が遅れるためか、都市化で暖かいわりにはサクラ開花が遅れています。
②、沿海地。銚子・神戸など。海の近くは海洋の影響で冬の冷え込みが緩い。


サクラ(ソメイヨシノ)は、残念ながら、指標生物としては欠陥品です
●子細にみていきますと、ソメイヨシノという指標生物を用いて、環境を測定するのは無理であることが鮮明に浮かび上がります。サクラの開花の早晩でその地の温暖さとか、その年が例年と比べて暖かいのか寒いのか、サクラがバイオメーター(生物計)として十分機能していないことがハッキリ浮かび上がります。九州地方での、ソメイヨシノのバイオメーターとして、環境をモニターしている表示数字は完全に狂っております。サクラが早く咲くから暖冬ではなくて、逆に暖冬だったから開花が遅れることがよくあるのです。これでは暖かさを測る物差しには不適切なのです。ソメイヨシノが日平均気温10度で開花するならば、鹿児島では2月15日に開花し、種子島では厳寒1月に咲かなければなりません。実際にはそうなっていないから指標にならないのです。

それと、そもそも、日本は面積は狭くとも、大国並みの南北の長さがあります。同一時刻での気温差は最大限でなんと50度を軽く超えます。例をあげましょう。2008年1月19日07時の気温ですが、北海道の上川支庁の江丹別(えたんべつ)で-34.6度、全く同じ時刻に、沖縄県の先島諸島の志多阿原(したあばる)で20.3度です。その差は実に54.9度に達します。これが日本という国の気候なのです。亜熱帯から亜寒帯にまで広範囲なのです。サクラの開花を観測しようとしても、3種類の物(ソメイヨシノ・ヒカン・エゾヤマ)を用いているのです。いわば、目盛りの異なる3本の温度計で測っているみたいなものです。要するに日本全土をカバーする単独のバイオメーターが無いのであります。


そもそも、“縦書き文明圏“ の日本が、基本的には、なぜ横型信号機を採用しているのか?
●不思議なのは、交通信号機というのは、青色・黄色・赤色の3個の灯器を横一列に並べるか、あるいは縦一列に並べるかの、2通りしかないのはとても奇妙であります。それ以外は見当たりませんが、たとえば次のように並べても何ら差し支えはないハズです。こういうのがあってもいいのでは?
この並べ方の案では、正方形あるいは円形の大きな筐体(きょうたい)に3灯の灯器を取り付けます。そして3灯全体を取り囲むフード(庇・ひさし)で囲みます。そういうデザインを考えてみましたが、実際にこのようなものを製造するのは可能でありましょう。他にも、たとえば1個の大きな円を3分割した “円グラフ式信号機” であるとか、1灯式で、1つの灯器の画面を電子技術により色を替える “画面式信号機”なども考えられます。これは見た目は一つ目小僧みたいで気持ち悪いから、円形ではなく四角形のほうがいいかもわかりません。このようなことを考えるのは、Googleの採用試験に出そうな問題であります。「斬新な信号機の案を考えなさい」この問題では、常識的発想や既成観念など捨てて、いかにユニークで珍妙な物を考えるかが大事であって、しかも、ただ珍妙なだけではダメで、実用可能性もなければなりません。ようするに、赤・青・黄の識別が誤認なく明瞭に出来ればいいだけなのですから、縦一列とか横一列に並べるだけでは、なんとも芸がないわけです…。

我が国最初の自動交通信号機は、米国からの導入で、縦型だ。どういう経緯で横型信号機の国に変わったのか?
●さて、日本は縦書き文明国であります。抒情性を重んじる文芸書とか、国語の教科書は縦書きです。新聞も縦書きです。われわれ日本人は子供のころから縦書きの文章を読んだり書いたりすることを通して、縦方向、上下方向に視線を動かす訓練ができています。そういう文化的背景から考えると、縦型信号機のほうが受け入れ易いと考えられます。にもかかわらず、基本的には、横型信号機の国になってしまいました。 積雪地方では縦型信号機が卓越しているといっても、昔は雪国でも横型であったというし、豪雪対策として縦型に替えたということでありますから、本来ならば横型信号機とするべきところ、雪国の気候的な制約から、やむをえず縦型としているだけのハナシです。雪国であろうとなかろうと、日本は横型信号機の国になっています。

ところが、なんと、自動信号機が我が国に導入された出発点ではそうじゃなかったそうです。
警察庁ホームページ 警察の歴史 ― 信号機の歴史 「我が国最初の自動交通信号機」
引用開始】我が国最初の自動交通信号機は、米国製で、灯器を交差点の中央に設置する、いわゆる中央柱式であり、昭和5年3月に東京の日比谷交差点に設置されました。当時、電車以外の通行者は色灯による交通信号を理解せず、なかなか信号に従わない状況でした。このため、交差点の4隅に多数の警察官を連日配置して周知に努め、さらに、信号の意味を一見して分からせるために、青灯に「ススメ」、黄灯に「チウイ」、赤灯に「トマレ」と文字を書くなどして指導したものの、自動信号が広く浸透するには相当の日数を要したのでした。【引用終了

●交通信号の創始期に、米国から導入された中央柱式の自動交通信号と思われるイラストが載っていますが、明らかに縦型信号機であります。中央柱式でありますから、高さはせいぜい2~3メートルぐらいでしょうか? この高さでは縦型になるのは必然でしょうけれども、とにかく日本で最初の信号機は縦型であったのは、ほぼ間違いなさそうです。神奈川県警察 様のホームページを拝見すると、我が国最初の自動電気式交通信号機の導入されたときの新聞記事らしいものが載っています。横に人が立っていて、人の背を1.6メートルとすると、灯器の高さは少なくとも背丈の倍はありそうです。3~4メートルか?

我が国の信号機のルーツが縦型であり、漢字仮名混交表記は歴史的には縦書きであり、両者がマッチしてその後も縦型信号機が定着しそうなにもかかわらず、なぜ横型信号機が卓越してしまったのか? 不思議であります。中央柱式であろうと、路側に柱を立てて信号機をつりさげても、道路の路面の頭上に信号機を掲げる方式しろ、縦型で何の問題もないのです。縦型信号機を路面の頭上に吊り下げたら、背の高い車が引っかけるなどという危険性も考えられなくもありませんが、縦型信号機といっても書き初め用の半紙みたいに長いわけじゃありません。雪国で大型トラックとか2階建てバスなど背が高い自動車が、縦型信号機を壊したという事故はあるのでしょうかねええ? 日本は、そもそも、文字を縦に書く文化であるから、視線を上下に動かす訓練が自然にできています。したがって縦型信号機の方が日本文化に適っているハズで、そのような視点で観察をすると、西日本や、太平洋側で幅を利かせている横型信号機の方が奇妙な物なのではなかろうか?

我が国の信号機の出発点は縦型であったにもかかわらず、横型信号機が卓越してしまった経緯というか、事情はあろうかと思われますが、調べるのは紙媒体の文献調査をしなければ無理そうです。官公庁の資料など多くの物がネット公開が進んでいますが、どんな分野でも、ルーツ探しや、古い事象を調べるのはネットでは手も足も出ません…。ということで拙い稿はお開きです。
縦か横か? それが問題だ。
●前回のエントリーで “縦型信号機” は北海道 ・ 東北地方日本海側 ・ 北陸地方に分布していて、その他の地方では圧倒的に “横型信号機” が卓越していることを話題にしました。 雪国の住人や道路行政に関係する警察の説明では、雪国ではかつて横型信号機であったが、豪雪で信号機に積もる雪が雪庇となって垂れ下がり灯器を隠して見えづらくしたり、信号機の上に積もる雪の重みで信号機が落下する事故もあったらしい。そこで、雪を積もらせる面積が少ない縦型信号機に替えたというのです。なるほど。確かにそうでしょう。縦型信号機では上面の面積が横型信号機のそれより遥かに少ないのは間違いないです。3分の1位でありましょうか。信号機の上に積もる雪を減らすという目的においては、縦型信号機を選択するのは極めて合目的であります。昭和56年の豪雪が縦型への移行のきっかけとなったとのことであります。

縦型信号機は、雪国のアイデンティティーなのか?
北国新聞 「信号機、雪国は縦型主流 富山県内、ほぼ100%」
●この石川県金沢市に本社がある地方新聞、北国新聞の記事がとても面白いです。石川県の北国新聞は富山県でも1割のシェアがあり、この引用記事は富山本社で製造した富山版記事か?

引用開始】さて全国では、省エネ、西日対策など運転手の見やすさに配慮し、発光ダイオード(LED)を使った信号機が普及している。薄型のため、横型でも雪がたまりにくい「優れもの」だ。ならば富山県内でも、更新の際は首都東京に倣(なら)って、横型に切り替わっていくのだろうか。が、ご安心あれ。県警交通規制課によると、既に約3割はLED製だが、縦型が導入されている。今後設置するものについても縦型の見込みだ。【引用終了

富山県の縦型信号機が、東京みたいに横型信号機に変わることを心配しています。「ご安心あれ」などと言っていることにその気持ちが滲み出ています。この記事のなかで、「縦型信号機は雪国の知恵だ」 と言っています。縦型信号機こそ雪国のアイデンティティーなのであり、誇りなのであるから、これが横型信号機などに変わったら困る。縦型を護らなければいけない。と言わんばかりの記事です。

いっそ、縦型信号機を観光資源にしてはいかが?  
「太平洋側にお住まいのお客様、また、南の地方にお住まいのお客様、雪国のアイデンティティーである珍しい縦型信号機を富山県に見にいらっしゃい」 と宣伝しましょう。富山県内観光地廻りコースに、縦型信号機の観察ポイント交差点を1つ組み入れませう。そこには、「信号機の歴史博物館」を作って解説も要るでしょう。すぐさま、新潟県や北海道がマネをするかもしれませんから、うちが本家本元だという宣伝も必要でしょう…。

●さて、しかしながら、「雪国の知恵だ」などと自画自賛するほどのものであろうか? 縦型信号機であっても、上に積もる雪がゼロになるわけではないでしょう。ときには、上から赤・黄・青と並ぶ3個の灯火のうち、最上部の赤が積雪で生じた雪庇(せっぴ)で隠れてしまうこともあるみたいです。雪国の住人の方のサイトを閲覧していると、あちこちにそう書かれています。縦型信号機に変更しても、積雪による信号灯火の視認性低下が100パーセント防げるわけではなさそうなんです。最近では、灯器を覆うタマネギ状の透明なフード付きの信号機が出てきているそうです。要するに、まだまだ改良の必要性があることを示しています。工夫の余地を残している、ということは豪雪対策として縦型に変えたのだとしても、あくまでも暫定的かつ過渡的な変更でありましょう…。

横型信号機だと、上に積もった雪が垂れて灯器が見えづらくなる、あるいは積もった雪が塊になって落下して危険だというのであれば、縦型信号機に切り替えるのではなく、根本的には信号機の上に雪が積もらない工夫をすればいいのではないのか? たとえば、

① 青・黄・赤と3つ並んでいる灯器を覆うフードにヒーターを埋め込んで、雪を溶かしてしまう。

②、ヒーターではなく、フードにバイブレーター等を取り付け、振動で、あるいは揺らして雪を払い落してもいいでしょう。

これらヒーターや、バイブレーターは “積雪スイッチ” で作動させる。これは秤のお皿のようなもので、お皿に雪が積もると雪の重みで秤が押し下げられ、自動的にスイッチが入ります。お皿自体にもヒーター等を取り付け、雪が払いのけられるとスイッチが切れる。つまりフードと連動させて、必要な時にだけ作動させる。

③ 横型信号機の上に、自然に雪が滑り落ちる急こう配の大きな傘型フードをとりつける。その傘にある程度雪がつもったら自然に滑り落ちるようにする。その傘を雪が滑りやすい素材で作り、なおかつ雪が滑り落ちる勾配で付ける。北欧の急勾配の家屋風がいいかも。ちょっと見は花見をする “屋形船風の信号機”。


など、大勢で考えればアイデアはいくらでも出てくると思います。なにも縦型信号機に替える必要はないような気がします。ていうか、縦型信号機に取り替える以外に手がないわけではないのです。本当に困って、困り果てて、何とかしなくっちゃ、という深刻さ ・ 真剣さが感じられないのです。ま、積雪量が3分の1になるから縦型信号機に、とりあえず替えてみた、というふうな安易ささえ感じられます。

着雪防止フード及びその揺動板なるものが発明されて特許がとられています。しかしこれは致命的な欠陥があります。その雪を揺り落とす “揺動板” が作動するための動力源が風力だというのです。自然エネルギーだからエコだと何人もの開発研究者たちが自画自賛していますが、無風状態あるいは風が弱い状態でしんしんと降る雪では全く役にたちません。豪雪地帯のアメダス観測データを子細に見れば、無風状態で一晩に1m近い積雪は普通にあります…。

余談ながら、自然エネルギーの根本的欠陥は、①自然エネルギーは拡散したエネルギー密度の低いエネルギーであって、②自然エネルギ―を捕捉し濃縮するためには装置が巨大になり過ぎ、③よってEPR(energy profit ratio、エネルギー収支比)が低いものになり、④EPRが1以下であってもその研究自体が利権化しているために誤魔化しがまかり通り、⑤御用研究が新エネルギーを正当化させることにより新エネルギーが公共事業化して、補助金が流し込まれて国家財政が毀損させられ、⑥風力でも太陽光でも必要な時に発電せず、必要でないときに発電して(自然エネルギーの出力不安定さ、間欠性、制御が全く利かない)、⑦制御できるようにしようとすれば蓄電池だの揚水発電だのスマートグリッドだの、そのための資材やコストも膨大でEPRの絶望的低下……、何故これが分からないのでしょうかねえ? いや、違う。分かっててやっているから、タチが悪い…。

とりあえず、世界の主流の “縦型” に変えてみただけなのではねえか?
積雪対策として縦型信号機に替えた、というのは確かにそうでしょうし、それはそれで正しいとは思います。ですが、懐疑とへそ曲がりの精神を燃やして、少しばかり、疑ってみたいと思います。

●世界の道路の信号機の主流は縦型信号機であります。ヨーロッパはほぼ全域が縦型、アメリカも中国も縦型。フィリピンでもマレーシアなど熱帯地方でも縦型。世界では圧倒的に縦型信号機が幅を利かせています。横型は少数派であります。で、昭和56年に豪雪があって信号機に雪害があったさいに、さあどうしようか? と考えて、じゃあ世界標準の縦型に変えてみるか?、縦型では雪の積もり方が少なそうじゃあない? やってみよう! というぐらいのハナシであって、縦型信号機が高い豪雪対応機能があるということでやったのではなく、なんとなく世界標準の縦型にトライアルしてみただけじゃねえのか? と推論してみます。(未検証の妄想のたぐいです)

  
ハワイ ホノルル市 雪の降らない亜熱帯なのに縦型信号機

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香港も亜熱帯だから雪は降らないが、縦型信号機だ。世界の主流が縦型信号機である大きな理由は、信号機設置の高さが低いことが言えそうです。

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●Googleのストリートビューは優れもので、数年後には地球上あらゆる道路をカバーする勢いであります。トラブルも沢山起こしているようで、プライバシー侵害だ、肖像権がおかされた、とGoogleに苦情が寄せられ、ときには訴えられているようです。わたくし山のキノコの自宅もストリートビューにしっかりと写っています。たしかに、プライバシー侵害の面はありましょうが、個々のプライバシーなど膨大な画像の中に埋没するだけであって、別に騒ぎ立てることではないように思います。(あくまでも私見)

ストリートビューで世界各地の道路を閲覧すると、雪の降らない熱帯・亜熱帯域でも縦型信号機が主流のようです。横型信号機の国も韓国、台湾などありますが、縦型の方が多いようです。一国の中でも縦型も横型もあるようで、大まかに言って低い所には縦型、高い場所には横型の傾向がハッキリ見られます。世界が、縦型が多い理由は、たぶん、低い位置に信号機を設置すると、後のメンテナンスがしやすいことがあるのではないか? 脚立を持ってくれば修理できます。高所作業車が要らないです。そして、低い位置だと横に出っ張っていると具合が悪いからでは?
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