雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
201209<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>201211
果たして、オオアブラギリ は有望なのだろうか?
●諭鶴羽山系のあちこちでオオアブラギリが逸出して、どんどん野生化が進んでいます。晩春にけっこう綺麗な花が咲くのですが、秋に大きな果実が成り、その種子から油を採取することで有名な木です。本種は中国南部~台湾~ベトナム~カンボジアあたりに分布する暖帯南部から亜熱帯の植物らしいです。西南日本では栽培可能で、1902年に中国から和歌山県旧岩倉村に導入されたのが始めで、種子から油を採るために栽培されました。このオオアブラギリから採る油は、空気に触れるとじきに酸化して固まる乾性油で、和紙にしみこませて油紙を作り、和傘や提灯に需要があったらしいです。

●和傘が洋傘に変わり、提灯が懐中電灯に変わって需要が減少、忘れ去られていった樹木でありますが、しかしながら、バイオ・ディーゼル燃料になるのではないか? と最近、脚光を浴びつつありますが果たしてどうか?? 何べんも馬鹿の一つ覚えみたいに言うんですけれども、エネルギーは質が大事!です。そのエネルギーの評価は、EPR(Energy Profit Ratio)で! ということに尽きると思います。エネルギーを得るためにはエネルギーが必要です。たとえばナタネを栽培してバイオ燃料を作るにしても、トラクターや収穫機や工場を稼働させるのに油(石油)が必要です。出力エネルギーを入力エネルギーで割った収支比率がEPRなんですけれども、EPRが1以下じゃあ全くダメ。2や3でもあまり有望なハナシじゃありません。せめて5以上、あるいは10以上だったら意味のある事業として拡大再生産できるでしょうが…。

●早くも、有望だなどと信じこんで大量に苗木を育成して、栽培に取り組んでいる向きもあるようですが、早とちりは非常に危険であります。本当に有望なのか否か、まだまだ試験栽培し研究途上の段階でありますす。研究者たちは研究費を獲得するために、海のものとも山のものとも分からなくても、とりあえず、有望だと吹聴します。考えたら当たり前のことですが、有望と思われるからしっかりと研究する必要があると訴えないと、研究費が得られないハズです。地震予知が典型例です。地震研究者たちが地震予知の必要性とその実現可能性を訴えて、何千億円もの税金が流し込まれましたが、とっくに白旗を挙げていますよ。地震予知が不可能となったから、次に、緊急地震速報などというアホウなものが持ち出されました。しかしそれも失敗。東北地方太平洋沖地震で緊急地震速報というアホウなものが、役に立ったでしょうか???

タチの悪いマスゴミどもの煽り報道を真に受けて、物事をたんなる直感やイメージでとらえていたら、ひどい目に遭いますよ…。(手を出した事業が失敗して損をするという意味です)とらぬタヌキの皮算用は禁物。ここは冷静に自分でも収支計算です。皆さま、損をしないよう、させられないように、気を付けましょう!

オオアブラギリの果実
オオアブラギリの果実
↑枝の先に2~3個から多い場合は10個ぐらい成ります。樹高2mの若木でも沢山成っていますし、大木になると樹高10数mに達するのですが、果実がたくさん鈴なりです。

オオアブラギリの果実
↑17個の果実を採取して、ザルに盛ってみました。果実の大きさを測定すると、果実の径は4.4-5.8cmの範囲にあります。平均値は5.06cmです。果実の重さは40-86gの範囲にあります。平均値は61.8gであります。果実の形状はほぼ球形でありますが、果実の先端が尖っています。また果実の果柄側も尖っています。色は10月28日の段階で、緑色をベースにしていて、たぶん陽光の当たる側が赤っぽい色であります。ちょうど色づき始めたリンゴみたいな感じであります。

●まだ果実が熟していませんが、熟すと裂開して大きな種子があり、この種子から油を採ります。しかしながら、未熟な若い果実でも、横に切ると油がにじみ出てきます。手で触ると相当ねばねばした粘度の高そうな油でありますし、切り口から染み出した油も1日たったら固くなっています。じきに固くなる乾性油でありましょう。燃えやすいかどうか調べる為に、マッチで火をつけてみましたが着火しませんでした。おそらく引火点・発火点ともに高く、ガソリンや灯油みたいにそう簡単には燃えません。

バイオディーゼル燃料(BDF)製造に関する技術評価

●この電力中央研究所の研究報告概要をみると、オオアブラギリ(シナアブラギリ)由来の桐油の性状についての技術評価をしていますが、あまり有望そうにはみえませんね。なんせ桐油はネバ過ぎるし、じきに固まるし、輸送用機器の流体燃料に利用するには道遠し…、という気がいたします。成長が早くけっこう大木になる樹木みたいですから、いっそ薪(たきぎ、まき)にして薪ストーブで、くべるのが良いかも?? あるいは、乾燥させた果実を焚くのがいいかもしれません。種子の44%という油の高い含有率から、良く燃えるハズです。
スポンサーサイト
10年後に原発を廃止する、などというのは誤魔化しかも?
●先のエントリーで、わたくしは小沢一郎氏の政策を支持していると申しましたが、しかしながら、全面的に全てを盲目的に支持しているわけでは決してございません。小沢一郎氏の政策で支持できない部分は、実は、政策の1丁目1番地の脱原発政策であります。国民の生活が一番のホームページで、3つの緊急課題 ①いのちを守る「原発ゼロ」へ!として次のように言っています。

「エネルギー政策の大転換」で、10年後を目途に全ての原発を廃止する。そのために、日本の省エネルギー技術と再生可能エネルギーの普及、効率の良い天然ガスコンバインドサイクル火力発電、さらにエネルギーの地産地消を強力に促進する。それにより、原発立地地域をはじめ、地域経済の発展と雇用の拡大を実現する。

●これには全く賛成できません。「原発ゼロ」を目指して、10年後を目途に全ての原発を廃止する、などと言っていますが、大いなる矛盾や誤魔化しがあります。なぜならば現在原発は事実上ゼロになっています。大飯原発は野田首相の暴虐によって再稼働されましたが、他の原発は全て停止しています。ほぼ全ての原発が稼働していないのですから、現在ゼロなのです。現在、稼働ゼロなのに、10年後を目途に全ての原発を廃止するなどと言ったならば、裏読みすれば、現在停止している原発を次々に再稼働するということでなければハナシが合いません。

「廃止する」などという言葉の意味は「廃炉にする」という意味では決してないでしょう。完全に廃炉にするには20年とか30年かかる筈です。したがって「廃止する」という言葉の意味は、たんに稼働を止める、これ以降は動かさないという意味であろうかと解釈できます。つまり「原発ゼロ」を目指して10年後に廃止するという本当の意味は、せっかく停止に追い込んでいる原発を、次々に再稼働するということであります。原発を再稼働するからこそ、10年後の廃止を目指せるということなんです。そのところに騙されてはいけないと思います。10年後の廃止を目指そうが、20年後、あるいは30年後の廃止を目指そうが、みな再稼働をするということなんです。

そして、一旦再稼働を許してしまえば、あとはどうなるか分かりません。政権は次から次へと変わる可能性が高いでしょうし、政権が変われば旧政権の決めたことなど簡単に反故にされてしまいます。原発利権を死守したい原子力村の連中の必死の抵抗で、10年後に廃止するときめたことなどひっくり返されてしまう可能性が高いです。そういう意味で、小沢一郎氏は本当に原発の廃止を考えているのだろうか? という疑問は大いにあります。本当に原発ゼロを目指すのであれば、せっかく現在ゼロになっているのですから再稼働をさせないことです。なんとしてでも再稼働を阻止して、原子力村を兵糧攻めにして叩き、弱体化させなければダメだと思います。

●よく原発依存からの脱却という表現がなされます。全くの誤魔化しです。日本は原発に依存などしていません。なぜならば、2011年3月の東北地方太平洋沖地震が起こる前には、日本の電源種類別発電電力量のシェアは約30%が原子力ですが、70%が石油・石炭・天然ガス・水力等です。発電能力すなわち施設容量では原子力が20%であり、化石燃料等が80%です。数字に食い違いが生じるのは、実際に発電するのは原発はフル稼働に近く、火力発電所は稼働率が低いためです。端的に申せば火力発電所を遊ばせておいて、原発をフル稼働させていたのです。これが大飯原発以外停止しているのに猛暑の夏でも停電にならなかった本質的な理由です。

発電所の発電能力では原発20%、火力等80%ということは、あくまで火力等が主であり、原発が従であるのは明白です。「依存」という言葉の意味は「主」に依存するのであって、「従」に依存することなどありえません。「従」の原発に依存するなどという表現は、言葉の使い方が根本的に間違っています。愚かなマスゴミどもが原発依存と言い続けてきたから、国民もなんとなくそうかなと思わされていただけのハナシです。日本は火力発電に依存しているのであって、「従」であり「付けたし」である原発に依存などしていません。

●さらに申せば電力というのは二次エネルギーです。一次エネルギーを変換したものです。本当のエネルギー問題の議論は一次エネルギーですべきです。たとえば運輸部門でガソリンなどの燃料とかボイラーとか暖房器具などの流体燃料なども含めて考えるべきなんです。日本の社会全体に入力として投入される全一次エネルギーのなかで、原子力が占めていた比率は年毎に数字は変わりましたが10~12%程度です。たった1割ていどの比重のものに依存しているなどということはありません。日本は社会も経済も一次エネルギーの9割を化石燃料等に依存している国なんです。なぜ、これをだれもきちんと言わないのでしょうかねえ?

一次エネルギーの国内供給の推移
一次エネルギー国内供給の推移
資源エネルギー庁『エネルギー白書2010』から借用。図表で一番新しい2008年で、1次エネルギーの種類別の比率は、石油41.9%、石炭22.8%、天然ガス18.6%、水力3.1%、新エネルギー地熱3.1%(実は、新エネルギーは廃材棄物利用がほとんど)、以上で合計89.5%なのです。原子力はたった10.4%なのです。わずか1割!がこの国の1次エネルギーに対する原発比率だったのです。

●政府はなんら情報を隠していません。政府の発表する資料を閲覧すれば、日本は原発依存などではなく、化石燃料依存の国であることがよく理解できます。タチの悪いマスゴミどもが、政府でさえ言わないような煽りまくった虚偽報道をするので、世論がミスリードされています。小沢一郎さんもマスゴミ報道に惑わされているのかもしれません。

この国は、現在の火力発電施設容量で必要な電力量はまかなえるし、実際に原発なしに猛暑の2012年夏を乗り切ったからそれは証明されました。大飯原発再稼働の陰で、関西電力は3基の火力発電所を止めたというインチキも、内部告発でスッパ抜かれました。原発なしで電力は足りているので、大飯原発も再停止、54基の原発は廃炉に向けて舵を取るべきです。そういう意味では10年後に廃止するなどというハナシはどこか胡散臭い匂いがしています…。

武田邦彦氏のブログで武田氏が書いていますが、IEAは地震直後に日本は電力不足になることはないと見抜いていたようです。日本、原子力発電不足分補う石油火力発電の余剰ある=IEA と昨年3月15日にロイターはちゃんと伝えています。この元資料はIEA(国際エネルギー機関)のホームページの『オイル・マーケット・リポート2011年3月15日号』(英文)の12ページです。Oil Market Report released 15 March 2011

【引用開始】
 [ロンドン 2011年3月15日 ロイター]東日本大震災に伴う原発事故を受けて、国際エネルギー機関(IEA)は15日、日本は原子力発電の不足分を補うだけの十分な石油火力発電による余剰能力を有している、との見解を示した。IEAは月次報告書で「実際には、液化天然ガス(LNG)および石炭も使用することで需要に対応できる可能性が高いが、LNG、石炭の両セクターにおいては余剰発電能力がより限定的であるようだ」と指摘している。
 IEAの推計によると、日本は2009年に石油火力発電能力の30%しか使用しておらず、平均で日量36万バレルの原油・燃料油を使用し、100テラワット時余りの電力を生産した。IEAはまた「60テラワット時の不足分すべてを石油火力発電で補った場合、石油消費量は年間ベースで日量約20万バレル増加する見通し」としている。
【引用終了】

われわれ国民は、政府とマスゴミに騙されていました。海外の機関が(と言っても日本も加盟していますが)原発なしで日本がやっていけることを見抜いていたことを、きちんと報道しなかった新聞・テレビはやはり権力者たち原子力村に追従するポチで、腐敗しています。

新聞の醜い主張。 新聞の軽減税率の密約があったのかも? (その4) 新聞を改革するにはどうしたらいいのか?
(前エントリーからの続き)

いまや新聞は、5大新聞のみならず地方新聞までおかしくなっています。しばらく前までは地方新聞はそれほど権力追随姿勢ではなかったのですけれども、おそらく全国的なニュースは時事通信社や共同通信社から記事を購入していると言うことが背景にあるのでしょう。地方新聞まで権力追随姿勢を鮮明にしています。真偽のほどは不明な話ではありますが、社説でさえも通信社から買っているなどという噂も出ています。ほぼ県ごとに存在している地方新聞が、看板であるところの社説まで通信社から買うことが、もし本当にあるのならば、もはや地方新聞の存在意義もありません。この国の情報空間・言論空間は、監督官庁である総務省や官僚たち・広告を提供する大企業・広告を配分する電通・記事を配信する通信社・シャンシャン総会よろしく追認する利権政治家・日本を実効支配する主にアメリカの国際金融資本たちに、完全に制圧されているといえそうです。これでは、新聞報道に国民・有権者の意向が反映されることはなさそうです。

一例をあげます。
国民・有権者が望まないことが、不動不偏の真実であるかのように曲げられて報道されています。一例をあげれば、昨年3月11日の東北地方太平洋沖地震が発生して、マグニチュード9.0で、これは1000年に1回の発生頻度の地震だ、と喧伝し報道されました。それは福島原発爆発事件が起こったが、1000年に1回の地震であったから不可抗力でしかたがないと、そういう文脈に持っていって責任を回避するのを狙ったのは、明明白白です。

新聞・テレビの大マスコミどもは、政治的圧力で恣意的にまげられた気象庁大本営発表を垂れ流すだけでした。その1点だけみても、新聞(マスコミ)には一片の批判精神もなく、読者になりかわって権力をチェックするんだという 気概もありません。ただのポチです。餌をくれる権力に尻尾をちぎれんばかりに振るだけのポチです。

長くなりますが、敷衍しないと誤解を招く恐れあります
マグニチュード9.0だというのは、あくまでもモーメントマグニチュードです。マグニチュードといっても色々な算出方法、計算式があります。算出の結果、数字の出方に相違があります。『理科年表』では7つの算出方法を解説しています。

複数あるマグニチュード
① 最初の定義 (1935年、C.F.Richterによる)
② 表面波マグニチュード
③ 実体波マグイチュード
④ 気象庁のマグニチュード
⑤ 地震動の継続時間を用いたマグニチュード
⑥ 震度を用いたマグニチュード
⑦ モーメントマグニチュード

気象庁が地震のマグニチュードを算出するさいには、常に「気象庁マグニチュード」の方式で算出していましたが、地震学者たちはこの方法では大きな地震では実態を表せないから不適切なものだ、と批判していました。そして「モーメントマグニチュード」に改めるべきだと提言していました。しかし、気象庁は地震学者たちの提言を拒否して、気象庁マグニチュードにこだわっていました。

ところがです。昨年3月11日の地震では、突然に、なんの説明も解説もなしに、モーメントマグニチュードに切り替えたのです。地震発生後、1時間毎に観測情報等がつぎつぎに気象庁からリリースされました。正確な文言はもう確認しようがないのですが、何回目かの情報リリースのときの資料の末尾に、たった1行だけ「本資料で言うマグニチュードはモーメントマグニチュードである」という意味のことを但し書きしただけです。それは、気象庁HPファンのわたくし山のキノコは確認しています。気象庁マグニチュードからモーメントマグニチュードに算出方法を切り変えた納得できる理由は、ついに説明されることはありませんでした…。

(事前に算出方式の変更を予告し、説明してから切り替えたのであれば、納得できるし疑惑は生じません。しかしながら、こそこそと変更し、事後的にいくら説明したところで疑惑は解消されません)

地震学者たちが、いくらモーメントマグニチュードに替えろ! と提言しても頑として受け付けなかった気象庁が、原発が事故ったらしいとなったとたんに、モーメントマグニチュードに切り替えたのです。どうみたって政治的な圧力、政治的な判断です。福島第一原発爆発事件を、あまりにも地震が巨大だったのでしかたがないと免責にしてしまおうと意図したのでしょう。気象庁マグニチュードでは最大限で8.4ぐらいで打ち止めです。それ以上の数字は出ない算出方法です。しかしモーメントマグニチュードでは、大きな数字が算出できるのです。現にチリ大地震はモーメントマグニチュードで9.5です。ですから、政治的により大きな地震であるかのように演出したのは明白です。

新聞はそういうことを指摘してこそ、権力のチェック機関としての値打ちがあろうものなんですが、報道では政府や気象庁の走狗になって、1000年に1回の地震だと煽りたてました。2011年東北地方太平洋沖地震を過去の地震と比べてその巨大さを議論しても、そのマグニチュードの算出方法すなわち “ものさし” が全く異なります。別々のものさしで測ったものどうしを比べるのは不適切です。たとえばセ氏で測った気温と、華氏で測った気温とをそのまま比べられないのと同じです。もし比べるならば、気象庁マグニチュードで評価された過去の地震を、モーメントマグニチュードで計算し直して換算する必要があるのは論を待ちません。

べつに2011年の地震が巨大ではなかったなどと主張しているのでは決してありません。またモーメントマグニチュードで算出するのがおかしいなどと主張するのでもありません。異なるものさしで算出した数字を比べて、巨大だ、原発事故は不可抗力だと言う政府側の説明には誤魔化しがあると言っているのです。言い逃れして免責にしてしまおうとする政府や東電の政治的な誤魔化しや欺瞞はおかしいということであります。また、それを追従チョーチン記事しか書かない新聞は(テレビも)おかしい、国民側に立った報道ではない、と主張しているのです。

ところで、2011年の地震による最大津波遡上高は、40.1メートルという調査結果が出ています。しかしながら、1896年に発生した明治三陸地震のそれは38.2メートルであります。40.1と38.2では大して変わりません。はたして、本当に1000年に1度の地震なのだろうか? 百年に1度なのじゃあねえのか? という疑問は大いにあります。2011年地震では大勢の研究者が被災地に入って緻密に徹底的に調査しています。明治の頃の調査では交通の便も悪く、調査密度という点では手薄であったのではないか? という点を勘案すると、実際は明治の津波の方が大きかったという想像さえしてしまいます…。

●わたくしは、この国の非常に問題であるのは新聞やテレビのマスコミだと思います。マスコミがこの国のまさに「癌」です。「害悪」そのものです。彼らはまともではありません。何べんも同じことを申すのですけれども、政府や官僚たちの広報機関に成り下がっています。日本の新聞は、旧ソ連共産党の機関誌「プラウダ」や、中国共産党の「人民日報」とどこがどう違うのか? たいして変わらないのではないか? NHKのニュースを読み上げる女性アナウンサーは、北朝鮮国営テレビの故キムジョンイル氏お気に入りだった有名看板アナウンサーにダブって見えます。日本の新聞が特に問題な点は、政府や官僚たちの進める国民無視の悪辣な政策の「増幅機関」になっていることです。政府等が言うことを批判するのではなく、何倍にも “それは大変だあぁ!” と増幅して煽り国民をミスリードし世論を歪めているのです。まもなく完全無罪判決が予想されている小沢一郎さんの問題でもそうでした。色々な政治報道でもそうです。環境問題でも、地球温暖化問題でもしかり。すべてがそうです。新聞・テレビは危機を積極的に伝えなければならないという倒錯した変な信念を持っているようです。古いことを持ち出せば、太平洋戦争に突入していった要因の一つに当時の新聞が煽りまくったことが指摘されています。マスコミにも戦争突入の大きな責任があるのに、終戦後まったく無反省です。マスコミのこの煽りまくるが、自分たちの報道の是非の検証や反省をまったくしない…、この姿勢がこの国を滅ぼそうとしています。

新聞マスコミは権力者たちに迎合しています。権力にひれ伏し、談合しています。けっして真実を報道しません。権力に不都合なことは隠して絶対に報道しません。主権者であるところの国民の真実を知る権利を虫けらのように蹂躙しています。新聞マスコミは国民にとっては害悪そのものなのです。

    *************************

新聞(テレビも)の改革すべき点
新聞やテレビの自浄作用は全く期待できないですので、外からの強制的な改革を期待しています。わたくし山のキノコは小沢一郎さんを支持していますが、その大きな理由は、原発反対・消費税増税反対・TPP反対という小沢さんの政策を支持するからに他なりません。しかし、それだけではありません。小沢さんが記者クラブの開放や、新聞とテレビのクロスオーナーシップの禁止までをも口にしているからです。

1、政府や省庁の記者クラブの廃止あるいはフリーのジャーナリストまで参加・質問ができるように解放する。特定の大新聞やテレビしか入れないので「報道談合」や「報道管制」の悪しき巣窟になっていることは、多くの人々の指摘するところです。

2、マスメディア集中排除原則を徹底し、テレビと新聞のクロスオーナーシップ制度を禁止する。宗主国はじめ世界の大勢はクロスオーナーシップが法的に禁止されているようです。新聞社がテレビ会社を資本所有経営する、あるいは逆にテレビが新聞社を所有するというのがクロスオーナーシップでありますが、しかも新聞大手は5社と寡占化しています。これではマスコミは力を持ちすぎです。テレビと新聞とで連携してキャンペーンを張れば世論など簡単に操作誘導できます。まずこのクロスオーナシップを禁止して(具体的には株式の相互持ち合いを禁止)新聞・テレビ業界を出版業界のように多数乱立型に改革。出版業界は賛成論の書物があれば反対論の書物がすぐに出てきます。非常にまともです。両論併記、賛否両論がまともな姿です。いまの新聞・テレビは大政翼賛会も同然の業界です。

3、テレビが使用している電波をオークション制にする。公共財であり国民の財産であるところの「電波」を利用するにはオークションで売り出し、相応の対価を国に納めないと利用できないようにする。今はテレビ業界は “ただ同然で” 電波を使用しています。電波を競売にかければその価値は2兆円だとの試算もあります。換言すれば電波を管轄する総務省から、テレビ業界が2兆円の便宜を図ってもらっていると解釈できます。これこそ国家からの逆賄賂です。2兆円あげるから国の政策に歯向かう報道をするなよ、と頭を押えられるのです。テレビ電波のオークション制は米国でも世界でも主流なのに、なぜ見習わないのだろうか? 日本はあれほど対米隷属の植民地同然なのに、まともなことは宗主国を見習わない不思議な国です。(たぶん、日本を支配するための道具として宗主国の意向で、そうしているのだろうと想像しています)

4、公正取引委員会が新聞に適応している「特殊指定」をやめさせる。「再販売価格維持」もやめさせる。新聞はもはや優遇する値打も大義もありません。新聞はどの新聞の値段も横並びですが、値引きも値上げも勝手にできません。あまり弱肉強食的な自由競争の行きすぎは問題でしょうが、健全な競争は絶対に必要です。どの新聞も同じ値段、基本的に何時でもどこでも定価で売れるというのはぬるま湯です。これでは共産主義の計画経済とかわりません。明らかにおかしいです。良い記事、真実に迫る記事を書く新聞はどんどん売れて、また高くても読者の支持が集まる、逆に真実を隠蔽する記事ばかりの新聞からは読者が離れ半値にしても売れない…、という健全な競争があるほうが新聞業界のためになるハズです。また読者の側から見ても、購読者が殺到して値段がじりじり上がっている新聞には「真実があるぞ」という指標になりましょう。で、真実を報道する良い新聞の値段と、政府のチョーチン記事ばかりの悪い新聞との、価格差が2倍に広がるでしょう…。すると新聞の論説委員も記者も読者の立場に立って良い記事を書こうと努力するようになる。どの新聞も真実を書くようになれば法外な値上がりは押えられる筈です。横並びでは業界はどんどん腐っていきます。横並びの元凶は即刻廃止。

5、中央集権を改め過度な規制や監督をやめる。新聞・テレビと国家権力との間の距離を確保する。距離をとっていないから、マスコミが権力の走狗になってしまいます。相手との距離をとり、一切の利害なくしてはまともな報道が出来るハズがありません。国も過度な規制や認可や監督をやめる。それらが官僚たちのマスコミ支配の力の源泉になっていることは否めません。この持ちつ持たれつの構造が、マスコミが尻尾を振って政府に便宜を図ってもらおうとおねだりする背景でありましょう。そうした意味からも、やはり中央集権を抜本的に改める必要がありそうです。

6、学習指導要領の再改正でNIE(教育に新聞を)などというアホな政策は即刻やめさせる。次代を担う子供たちを洗脳してはいけません…。文部科学省が学校で新聞を使って授業をしろと癒着が加速しています…。NIE(Newspaper in Education)が学習指導要領に盛り込まれてしまいました。新聞と文部科学省との露骨な癒着。ネライは新聞の販促だ! 紙の新聞は衰退して部数がジリジリと減少していますが、小・中学生が授業で新聞を使って学ぶので、家庭で新聞を取っていないと具合がわるいようにしむける。それが本当のネライです。自民党の山本一太議員が新聞業界から3000万円の献金を受けて文部科学省に働きかけました。「教育にNIEを」というのは子供たちのためなどでは決してありません。あくまでも新聞の販売促進です。私企業である新聞社がカネで教育まで曲げているのです。国に便宜を図ってもらう見返りに、新聞が国を批判することなどありません。だから、マスゴミは政府の犬、広報機関だというのです。

7、他にも、記事を一元配給する通信社の改革や、広告費の配分によってマスコミを支配する電通の改革なども大いに必要でありましょう。私企業ゆえ通信社や電通の縮小とか、解体とかは無理だとしても、特に、この国を隠然と支配している電通にはメスを入れなければどうしようもありません。せめて政治家の子弟の電通への就職を禁止するぐらいのことは必要だと思います。 通信社や電通出身者が国会議員に立候補するのを禁止するのは無理だとしても、これらの出身国会議員の言動を国民有権者が目を光らせてしっかり監視する必要がありそうです。

8、官房機密費によるマスコミ買収を監視する。官房機密費がマスコミ買収に使われている証拠が色々と挙がっています。官房機密費の廃止、廃止が無理であるのならば、また透明化もたぶん無理でしょうけれども、せめて国会の非公開委員会でのチェックなどの監視が絶対に必要です。政権与党だけでなく野党による監視が必要だと思います。

9、押し紙問題の徹底調査。あるいは捜査。この新聞界の深い闇は解明されなければなりません。不正の存在はほぼ明らかなのに、不問に付されていることはどう考えてもおかしい。不正行為、すなわち水増し公称部数で広告費を過分に詐取しているのは許しがたい不正であります。新聞は社説で偉そうに書く資格は全くありません。偉そうに書くのであれば、それはまずエリを正してからです。

新聞の醜い主張。 新聞の軽減税率の密約があったのかも? (その3) 新聞は追い詰められている…。
(前エントリーからの続き)

いま、新聞の報道が明らかにおかしくなっています。あからさまに権力にすり寄り迎合しています。そして、権力が記者クラブで発表する大本営発表を、そのまま上流から下流に垂れ流すだけです。権力のたんなる広報係でしかありません。新聞には、読者の目となり耳となって権力の暴走を監視し、おかしいことがあったならば、敢然とおかしいと異議をとなえる “第三の権力” だという自覚も使命感ももはやありません。自己の利益しか考えない権力のポチに成り下がっております。

●具体的に、直近の事例を挙げて叙述しますと、「国民の生活が一番」は現在49人の国会議員を擁する政党で、民主党、自民党につぐ第三番目の政党であります。その国民の生活が一番が、10月25日に、結党記念パーティーを東京都内のホテルで盛大に開催しました。会場に入りきれないほどの4200もの人々が集まりました。大勢の有権者・国民が2万円のパーティー券を買って(換言すると、これは資金カンパに応じてということです)参加したのです。ドイツの脱原発事情の視察をしたビデオが上映され、山岡賢次パーティー実行委員長(代表代行)が挨拶で「脱原発で、子ども、孫たちの安心と安全を築く責任を負っている。消費税増税は撤回しなければならない。まだ間に合います。必ず撤廃します」と力強く脱原発宣言がおこなわれました。

普通ならば、これは大きなニュースであります。ところが翌日の10月26日に新聞は全く報道しませんでした。ネットで情報収集したら、このニュースを報じたのは東京新聞やタブロイド紙の日刊ゲンダイぐらいのものです。とくに5大新聞はこのニュースを一切無視です。取材には大マスコミも取材に来ていたみたいですが、完全無視です。これはあまりにも異常としか言いようがありません。

いやらしいのは、国民の生活が一番が報道されることを阻止するために、石原慎太郎氏の話題をぶつけてきたことです。自民党・民主党・石原氏・マスコミはおそらく水面下で繋がっているふしがあって、連携して国民の生活が一番のニュースを潰したのです。その同じ日に、石原慎太郎氏が東京都知事を辞任し、新党を創設して国政に進出することを表明した、あるいは、表明させたのです。明らかに国民の生活が一番の話題潰しです。

●しかしながら、民主党、自民党につぐ第3番目の政党の結党記念パーティーなのです。なんせ国会議員が49人もいるわけです。自前の国会議員が1人もいない橋下徹のグループでさえ大きく報道されているのです。橋下維新の会は、その名で選挙を戦った国会議員はただの1人もいないし、橋下徹氏自身まだ国会議員の経験すらないのです。にもかかわらず、新聞は1面や2面で大きく報道するのです。ならば、国会議員が49人もいる大政党の動向を報道しないのは変ですし、中立公正であるとはとても言えません。

しかも、各政党の主張を比較すると、国民の生活が一番は、明確に原発廃止を訴えています。自民党・民主党・橋下維新はハッキリと原発容認・温存です。一方、国民有権者のほうはどうかと言うと、圧倒的多数が原発廃止の世論であります。であるからには、国民すなわち新聞の読者の過半数が原発廃止を望み、その原発廃止を主張している国民の生活が一番の動向を報道しないのでは、新聞は読者に背を向けていると言うことになりましょう。

原発廃止を党是として第一の政策にかかげ、国民の多数がのぞむところの、官僚の天下り渡りなき消費税増税反対もかかげ、さらに、日本をアメリカの植民地政策の下に置くことを狙うTPPも反対している国民生活第一党の動向を完全無視する新聞は、一体何者なのか? と考えると、新聞(テレビも)は、原発利権温存をたくらむ官僚・電力重工等大企業・利権政治家・国際金融資本の手下であり、走狗であり、ポチであるのです。ま、国民生活一番党の結党記念大会を無視したという1点だけでも、新聞の正体がよく見えています。

●20年前には、新聞はここまでひどくはなかったのですが、近年、特にここ数年は新聞の(読者の側から見ての)劣化や腐敗がめだちます。露骨に権力の走狗になっています。恐らく、多分、新聞の売り上げが急激に落ちてきたのが第一の要因であろうかと私はみています。新聞社の台所が非常に苦しくなってきたので、権力に擦り寄っているのであろうと思います。権力に擦り寄ったところで、権力はそう助けてくれるものでもないのに、あまりにも新聞は経営が苦しいから藁(わら)にすがっているのでありましょう……。

日本の媒体別広告費の推移
本川 裕氏の『社会実情データ図録』 より借用しました。
日本の広告費の推移
↑原資料の 電通『日本の広告費』 を元にして本川氏がグラフ化されたものです。日本新聞協会『新聞広告費、新聞広告量の推移』 こちらを見てもいい。

●この図表が新聞業界の苦境を雄弁に物語っていますよ。新聞業界は、1990年~1991年頃には1兆4000億円の広告費がありました。その後、2001年頃までは1兆2000億円前後で推移しました。ところが、2006年に9986億円と1兆円を割り込み、急落。2011年には5990億円まで落ち込みました。この10年で新聞広告費が半減!したのです。これが新聞社の経営を土台から揺さぶっています。

図表で目立つのは、インターネット広告の右肩上がりの素晴らしい伸びです。新聞やテレビなどの既存のメディアの広告費を、インターネットが奪っているのが鮮明です。そういえば、最近You Tube動画を見ていると広告が入っています。今後ますます新聞広告はインターネットに奪われていくでしょう…。

新聞の発行部数の推移
日本新聞協会『新聞の発行部数と普及度』から山のキノコが作表した。右肩下がりのジリ貧であります。明確な下降トレンド。

●新聞の発行部数がジリジリと減っているのは相当に深刻であります。発行部数というのは会社の売上に相当するハズです。普通、会社の決算では売上が1割減れば営業利益が1割減るのでは全くありません。2割も3割も減ることが多いです。新聞を刷る輪転機の減価償却費だとか、正社員の人件費だとかの固定費は、売上の減少に関わらず変わらないからです。固定費が営業利益の圧縮に作用してしまいます。

新聞は、2000年に71896千部から、2011年には61581千部へと、14.3%も部数(売上)が減少しています。新聞社は株式非上場なので決算が公開されす、下衆の想像をするしかないのですけれども、営業利益が大幅に減っていることは容易に想像できます。しかも、新聞社には押し紙の深い闇があります。発行部数が2~3割も水増しされていると言われています。よって、公表している統計数字はあまり信用なりません。新聞業界が言っているよりも遥かに経営が危機の可能性が大いにありそうです…。

●5大新聞でさえ、2社ほど○○新聞と△△新聞が危ないと、経営危機説がネットで流れています。真相はわかりませんが、経営が盤石で全く大丈夫だということはない筈です。苦しいから、お上(権力に)助けてくれと縋っているのだろうと思います。しかしながら、それでは逆効果で、読者が「新聞は自分たちの代弁者じゃねえな」と思うから抗議の意味を込めて新聞購読を止めてしまいます。その結果、新聞発行部数は更に減少し、新聞はいよいよ権力にすがりつく……、悪循環なのです。
今や、新聞の未来は見えなくなっています。

(拙稿は続く)
新聞の醜い主張。 新聞の軽減税率の密約があったのかも? (その2)
いまや、新聞は完全に腐敗しています。悪臭を放っています。新聞は権力者たちの広報紙でしかありません。読者すなわち多くの国民・有権者の側から見て、もはや何の “存在理由” もありません。

拙稿 新聞の醜い主張。 新聞の軽減税率の密約があったのかも? (その1) で新聞不信・新聞否定の叙述をいたしましたが、同じような見方はあちこちから挙がっています。新聞に対する信頼性は崩れ去り、新聞不信が広がっています。新聞を倒せ! という過激な意見もあちこちから出ています。新聞を “兵糧攻めにせよ! すなわち“新聞の購読を止めよう” という声さえ挙がり始めています…。

今なぜ言論はデタラメ政府を許しているのか 政府の宣伝新聞が「文化」をいう怪  

「日々担々」資料ブログ さんが日刊ゲンダイの記事を転載しています。まとめサイト的な性格の濃厚な「日々担々」資料ブログさんは著作権法違反の疑いが濃厚であります。しかし、いまは親告罪である著作権法侵害は、侵害された方が訴えないかぎり問題とならないのですが、著作権法改正によって、2013年1月1日から親告罪ではなくなります。捜査当局が著作権侵害がありと判断したならば、訴えが無くても捜査・起訴出来るようになりました。で、年が変わってからは、多くの政府を批判する反体制ネットサイトが摘発され、強制閉鎖させられることとなるでしょう。おそらく「日々担々」資料ブログさんも強制閉鎖の対象になるでしょう。しかし、この問題はちょっと横においておきます。(また、後に議論したいと思います)

で、転載された日刊ゲンダイの記事はまことに素晴らしいの一言に尽きます。

    *************************

転載の、さらなる引用の開始
法大教授の須藤春夫氏(マスコミ論)が言う。
「新聞メディアの主張は支離滅裂です。国の借金を減らすのが大事だと叫んでいながら、増税の影響が自分たちの足元に及ぶと反対だという。ジャーナリズムとしての見識を疑います。消費増税に対しては、一定の比率で反対意見があります。しかし、新聞メディアは、増税に賛成しているという論調を伝えるにあたり、異論や反論を組み込もうとしなかった。読者に多様な言論を提供せず、ひたすら政府の後押しをしてきたのです。批判には目もくれなかった。それでいて新聞社の企業利益という視点は大々的に取り上げ、税金をまけろと訴えている。ご都合主義と言わざるを得ません」

政治評論家の山口朝雄氏が言う。
「第三の権力と呼ばれるメディアには、権力をチェックし批判する使命があります。ところが、新聞テレビの報道姿勢は必ずしもそうなっていません。なかなか辞めようとしなかった田中前法相に対しても、もっと厳しく批判しておかしくなかった。辞任後に、ああだこうだと論評しても遅いのです。しかも、国会審議を形骸化する3党の野合に対しては、批判どころか、高く評価する始末。感覚が狂っています」

ニューヨーク・タイムズ東京支局長のマーティン・ファウラー氏は、近著「『本当のこと』を伝えない日本の新聞」(双葉新書)で、〈一番の被害者は日本の民主主義そのものだ。「権力の監視」という本来の役割を果たしていない記者クラブメディアは、権力への正しい批判ができていない〉と書いている。
ファウラー氏はかつてニューヨーク・タイムズ紙で「日本のメディアはまるで官僚制度の番犬のようだ」と主張していた。新聞の了見違いは、だれが見たって明らかなのだ。それなのに「民主主義や文化のために新聞の税金を安くしろ」と大マジメに展開する。政治状況と同じぐらいに絶望的だ。

元NHK政治部記者で評論家の川崎泰資氏が言う。
「日本の新聞は権力の横暴を暴くのではなく、権力に迎合している。政府や役所の言い分をすべて聞き入れ、代弁者として報じるだけ。ジャーナリズムでも何でもありません。政府が世論操作するための広報機関に成り下がっている。本来、伝えるべきことは、国民が豊かになる情報です。だが、彼らは何を伝えなければならないかを考えていない。普通の民間企業と同じです。利益を上げて生き残るために、権力と結託した格好。日本の文化だ何だと言っても、相撲と同じように八百長が横行している。本当に情けない限りです」

「新聞は再販制度の対象として法的に優遇されてきました。言論メディアは、一般的な会社と違って独自の有意性があると認められてきたのです。残念ながら、今の新聞は、優遇に値する働きをしていません。原発問題にしても、6割を超える反対の声があり、官邸デモに駆け付ける人たちもいるのに、反原発には耳を貸さず、自分たちの論調だけを読者に伝えた。我々が国民をリードしているという驕(おご)り以外の何ものでもないでしょう。昨今の新聞離れは、メディアの技術革新のせいだけではありません。多くの読者=国民が、新聞は自分たちの側に立つメディアではない、と思い始めている。新聞社はなぜ読者にソッポを向かれているのか、しっかりと自覚すべきです」(須藤春夫氏=前出)
転載の、さらなる引用の終了

    *************************

●まったく諸氏が辛辣に指摘する通りであります。新聞不信はここに極まれり、という感じです。原発やめろという首相官邸前の抗議デモのYou Tube動画を見ていても、(大飯原発の)再稼働反対のシュプレヒコールのほかにも、マスコミ(当然、新聞も含む)は真実を報道せよ!との声も挙がっていました。国民のあいだで「マスコミはウソを言う」との認識が急速に広がりつつあります。

いまでは、情報を手に入れる手段として、新聞(テレビも)の比較優位性や絶対性は根底から崩れています。私的なことを申せば、わたくしは気象に関して強い関心を持つものですが、情報入手については拙ブログのリンク欄に掲げている気象庁サイト(各地気象台を含む)をはじめ、日本気象学会や気象に関する有力ブログ等を毎日閲覧しています。いまやインターネットで、高層天気図や専門天気図も見ることができます。かつては大枚をはたいて気象ファックスを導入しない限り一般の者が高層天気図など見れませんでした。いまや言語の壁はあるのですが、海外の気象機関のサイトもネットで自由に見られます。そういう時代になっているのです。新聞の天気図欄や気象に関する報道は、程度が低くゴミです。見るに値しないのです。

かつては、直接に、それらの機関等から “一次情報” を得ることは非常に困難でした。それら機関等を取材した新聞記事とか書物などで “二次情報” として知るのみでした。しかし、ネットの出現と普及で、一次情報への直接アクセスが容易になったのです。これが新聞がお払い箱になりつつある理由の一つです

人それぞれ、関心のある分野はことなりましょうが、各自が関心のある色々な分野の情報がネットで、かなりの質・量とも、直接に関係機関から手に入れられます。もちろん非公開情報もありますから、全ての情報が入手できるわけではありませんが、新聞報道よりも遥かに詳しい情報がネットで入手できるのです。新聞の優位性は根底から覆されているのです。

●そういう社会情勢変化に対応して、新聞は “権力者たちの広報機関” となって生き残ることを考えたのでしょう。その象徴的なことがNIE(教育に新聞を)です。ある若手の自民党国会議員が新聞販売店業界から、5年間で3000万円ほどの政治献金をもらいました。その議員は熱心にロビー活動をして、文部科学省が “小中学校で新聞を使って学ぼうとするNIE政策” を強化するように、しむけました。その議員は新聞族議員といえましょう。もちろん、生徒のいる家庭では、新聞を購読していないと困るようにしむけるのが本当のネライです。また、生徒が大きくなったとき新聞購読しなければいけないと、洗脳することを狙っているのです。ハッキリ言って、これこそ国家権力と新聞業界の癒着であります。生徒のための教育行政ではけっしてなく、新聞業界の販促のためなのです。

その、国家権力と癒着して、“権力者たちの広報機関” として生き残りを図る画策自体がむなしいほど社会は変化しています。なぜならば、その国家権力の政策自体がネットでいくらでも閲覧できるからです。なにも新聞報道など読まなくても、政府官邸や、財務省や、経済産業省や、環境省のホームページを閲覧すればいいのです。政府がどういう政策をしようとしているのか、新聞報道よりも遥かに詳しく分かります。端的に申せば、新聞は要らなくなったのですよ。もう新聞はお払い箱です。

●新聞が必要だという人々は次のように言っています。

「新聞をやめたら、テレビの番組がわからないな」
「新聞をやめたらスーパーの安売りチラシが入手できないな」
「新聞をやめたら日とか曜日が分からなくなる」
と高齢者。

しかし、これらの言は新聞の報道が必要だといっているのでは全くありません。いわば、新聞本体が要るのではなく、新聞についてくる付録が必要だというだけであります。こんなことを言われるようでは、新聞の沽券は丸つぶれです。情けないなと思います。しかし、その付録とて土台からゆらいでいます。いまやケータイやスマホが時計代わりであり、カレンダー代わりであります。ネットでテレビの番組はわかります。スーパーのチラシを束ねたフリーペーパーが地域ごとに出されつつあります。いよいよ新聞は要らなくなります。

●このような社会情勢変化に対応して、新聞が生き残るにはどうしたらいいのか? それは簡単です。読者の立場に立って、真実を書けばいいのです。不偏不党、できるだけ中立公平な立場で、客観的に書けばいいのです。とにかく、いたずらに権力者たちの広報紙というのは即刻に止めるべきです。もちろん、読者と十把ひとからげに言っても、読者は一様ではありません。読者にも色々な立場があるでしょうから、できるだけ多様な意見を紙面に反映させるべきでありましょう。その意味では必ずしも中立である必要はなく、新聞各紙いろいろ個性的であるのはむしろ好ましいでしょう。記者クラブ談合体質横並びは即刻やめるべきです。いま、国民の各界各層で新聞批判が澎湃として沸き起こっていますが、何を問題視しているのかと申すと、それは今の新聞が政府等の大本営発表を垂れ流してばかりいることや、既得権益勢力の代弁者に成り下がっていることなのです…。これが新聞離れの大きな要因なのです。

(拙稿は続く)
西日本で今秋一番の冷え込み。西日本の高い山から冬の便りが届いた。
本日は2012年10月24日であります。

2012年10月23日21時500hPa高度・気温
↑気象庁ホームページの 船舶向け天気図提供ページ から。500hPa高度、気温解析(アジア) の図を抜粋借用。2012年10月23日21時のもの。この秋一番の寒気が西日本上空に侵入してきました。高層気象観測を行っている西日本各地の観測データは次の通りです。

500hPa面(上空5700メートル前後)の気温
鹿児島 -13.5度(23日21時)
福 岡 -15.3度(23日09時)
潮 岬 -13.9度(23日21時)
八丈島 -13.5度(23日21時)
松 江 -16.5度(23日21時)
輪 島 -19.1度(23日21時)

西日本上空にも-15度以下の寒気が侵入してきましたが、西日本の高山、石鎚山(1981m)、剣山(1954m)、伯耆大山(1729m)、氷ノ山(1510m)で初冠雪があるかどうかかなり微妙な気温です。一挙に-20度の寒気が侵入したならば確実に初冠雪でありましょうが、霧氷は見られるかもわかりません。

九州内陸部で強い冷え込み
2012年10月24日05時の気温分布
↑今朝は西日本の内陸部で冷え込みました、特に、九州の内陸部で0度近くまで冷え込みました。熊本県のアメダス阿蘇乙姫で05時04分に1.0度まで気温が下がりました。風も静穏に近かったので恐らく霜が降りたことと思われます。その可能性が極めて高いです。なお、霜は気温が4度以下になると降りるとされています。0度以上でも霜が降りる理由は、強い放射冷却があった場合には、気温を測る地上1.2~1.5mの高さよりも、地表が5度もそれ以上も温度が下がるためです。

10月24日の日最低気温の全国ランキング
ただし、あくまでも朝08時の時点でのランキングであります。本日晩になってから北海道で冷え込み、ランキングが変わる可能性は大いにあります。
2012年10月24日日最低気温のランキング
↑日最低気温の全国10傑には、通常は、北海道の観測所が占めます。そして、長野県や東北地方の観測所が多少ランクインするのが普通です。西日本の観測所が日最低気温の10傑に食い込むなどということはまずありません。しかしながら、何と、南国九州の観測所が本日8位にランクインしています。昨日は九州の3地点がランクインしていました。これは非常に希な現象であります。

ライブカメラに霧氷が張りつく
2012年10月24日 剣山山頂のライブカメラに霧氷が張りつく
↑徳島県三好市が設置運用している剣山山頂の 三好市 観光ライブカメラ を収納する保護ガラスに、本日24日朝、ベッタリと霧氷が張りついたようです。昨日、このライブカメラを閲覧すると、夕方ごろに山頂で雪が舞っていました。初冠雪なるか?と思われましたが、残念ながら初冠雪は次回の寒波吹き出しに延期です。

ライブカメラ映像を見ると、剣山山頂付近の樹木や草に霧氷が付いているのが見えました。が、霧が邪魔になって確認しづらく、カメラ収納ガラスに付着した霧氷の映像を借用しました。なお、霧氷とは過冷却の雲粒が樹木などの物体にぶつかって瞬時に凍りつき、いわゆる「エビのしっぽ」で風上側に成長するもので、霜とは全く別の現象であります。

10月24日09時50分
↑三好市観光ライブカメラ映像を借用。10月24日9時50分ごろ。山頂北側斜面の亜高山帯の針葉樹のシラビソに霧氷が付いているのがわかります。07時ごろベッタリとあったライブカメラの保護ガラスの霧氷が完全に溶けて消滅していますから、もっと早い時間には、シラビソの霧氷ももっとたくさんだったと思われます…。
また、マイタケ捜し。マイタケ三昧の日々…。
●諭鶴羽山系で、マイタケ狩りの最盛期となりました。マイタケ狩りの本場といえば、もちろん東北地方でありましょう。淡路島の諭鶴羽山系は秋田県・山形県からは緯度にして4度も5度も南にありますし、山の海抜高度も低いので、本場と比べると、やはり1か月前後はマイタケの発生が遅くなるようです。

●南の地方のシイの木やカシの木などの照葉樹林帯の住民では、マイタケ狩りをするなどという習慣は皆無であります。というよりも、マイタケが南の地方にも分布していること自体が、住民の間で全く知られていません。で、淡路島の人口は約15万人ですが、島の南部の洲本市と南あわじ市に10万人も住んでおりますが、秋10月に、島の南部の山々を歩き回ってマイタケ捜しをするのは、たぶん、恐らく、わたくし山のキノコ一人だけであろうかと思います。ということは、奪い合いをする競合相手が全くいないということです。換言すれば、諭鶴羽山系で発生するマイタケはわたくし一人占めであります。

本場の秋田県・山形県・新潟県などでは、マイタケ狩りをして食べるという食習慣が定着し伝統でありますから、大勢のキノコハンターがいて、大勢の人々がわんさかと山に入り、キノコハンター同士で熾烈な奪い合いです。競合相手がひしめいている状況では、「あの人はマイタケ採りの名人らしい」ということになると、ライバルが興信所の探偵よろしく跡を付けてくるというようなことが当然あるでしょう。で、煙に巻く必要もありましょうし、油断をしていたらトンビに油揚げをさらわれてしまいます。

●その点、諭鶴羽山系のマイタケ狩りは、だれも跡を付けてきません。とても気楽なキノコ捜しなんですけれども、逆に、同好の者が全くいないので “情報交換” などもありません。やはり大勢の目で観察することによって見えてくるものがあると思います。現在、マイタケの発生を確認している樹種はシイ・ヤマザクラ・アカガシだけですが、更に調査すれば他のブナ科の樹木アラカシ・シラカシ・ウラジロカシ・クリあたりもマイタケの発生はあり得ると予想しています。しかしながら、この小さな山系であっても200平方キロもあり、一人では悉皆調査など絶対に無理であります…。

本日、2012年10月21日に見つけたもの
シイの木の根際に出たマイタケ
↑シイの木の根際に発生していました。量りではかっていないけれども、2~3キロありそうな大物です。沢山のヘラ状の傘がいろいろな方向に伸びて模様を作っている様子が、なんとなく スズメバチの巣 に見えます。

マイタケの収獲
↑紙袋に、正月の飾りにするシダ植物のウラジロの葉を敷いて、見つけたマイタケを入れました。これは御世話になったランクルさんにおすそわけしました。とても美人の奥様に渡しましたが、懸念するのは、上手く料理ができるだろうか? ということであります。本場の東北地方の人々と異なり、西日本ではマイタケ狩りの習慣がないため、マイタケの扱いに馴れていません。

コツは、とにかくマイタケを70度~80度のやや低温で火を通すことです。たとえば鍋物にするならば、他の具を鍋に放りこんで沸騰させて煮て、一旦火を止めて、マイタケを投入し余熱で煮るぐらいの気持ちで料理する、のが秘訣です。その理由は70度~80度の低温の時間帯を長くすると、旨み成分が生成されるからです。強火で沸騰の100度で一挙に火を通すと旨み成分が出ないのです。東北地方の人々は長年の経験からそれを体得しているので、強火で他の具材を料理し弱火に切り替えてマイタケを入れるという要領を知っていますが、西日本の人はそんなことは誰も知らないのです。これが、西日本ではマッタケは珍重しても、市販の栽培マイタケをあまり評価しない理由です。

●マイタケが美味いかどうかは、料理法で大きく左右されます。たとえば、山形県の 天然の山菜・きのこ・木の実を産直販売の「山菜屋ドットコム」様 の天然マイタケは1キログラム株で8000円という値段です。これはちょっと高すぎると思いますが、他の東北地方の業者の値段を調べると、天然マイタケは1キログラム株で、3000円~8000円が通り相場のようです。西日本の住民の目には全く理解に苦しむ法外な値段に見えます。この相場では、写真の物は2万円程度になってしまいます。そんなアホウな、と思います。しかしながら、東北地方の人々はマイタケを美味く料理するすべを心得ているからこそ、そんな法外な評価になるのだろうと思います…。

有名な秋田県の郷土料理 きりたんぽ鍋 は入れる材料が決まっていて、ゴボウ、鶏肉、マイタケ、ネギ、たんぽ、セリの6種とされるそうですが、マイタケが必須なのです。

青森県を除く東北地方の郷土料理といえば、あまりにも有名な 芋煮会(芋煮) ですが、You Tube「芋煮の作り方 山形名物 芋煮会 レシピ」㈱黒田吉五郎商店様 の動画を拝見すると、やはりキノコを入れるようです。シメジも入れていますがマイタケもしっかり入れています。(動画では栽培品を入れています。天然品は値段が高すぎるのでしょうか?)

まだまだアケビが成っています
アケビの果実
↑10月21日です。まだ成っています。早いものは9月中頃に熟していましたから、早い物と、遅い物とでは1カ月の差があります。
新聞の醜い主張。 新聞の軽減税率の密約があったのかも? (その1)
●ゴミ売り新聞などと揶揄されている読売新聞が、みにくい手前勝手な主張をしています。

「新聞は民主主義と活字文化をささえている」
「新聞はコメなどの食料品と同じような必需品だ」
「新聞発行が停止すると、行政への監視機能は弱まる」


などと、実態とかけはなれたおめでたい自画自賛を主張しています。新聞業界の人たちは本当にそういうふうに考えているのだろうか? 新聞業界内部の集会で、新聞業界が結束するための掛け声として内向きに言っているのならば、理解できなくもないです。しかし本当にそのように考えて、社会に向けてそう主張をしているのであれば、もはや新聞業界には未来はなさそうです…。

新聞業界は、自意識過剰であり、あまりにも傲慢で厚顔無恥の手前勝手な主張をしていることに、全く自覚していないようであります。権力の走狗、大本営発表を垂れ流すだけの新聞業界など、滅んでしまえ!と冷淡に見ている国民がしだいに増えていることに、新聞業界は気づいていないようです。読者の目となり耳となって、国家権力の暴走や乱用を監視をしてこその新聞です。この読者の側からみた存在理由を失った新聞は、急速に読者(国民)の支持を失い、その屋台骨がぐらついています…。実際に、新聞購読を止める人が後を絶たないし、新聞の発行部数はジリジリと下降トレンドを滑り落ちています…。

   **************************

新聞業界の、傲岸不遜にして厚顔無恥なる主張
消費税と新聞 軽減税率の議論を再開したい(10月18日付・読売社説)
引用開始
 新聞は民主主義と活字文化を支える重要な基盤だ。消費税率引き上げでは、新聞に対する税率を低く抑える軽減税率を導入すべきである。日本新聞協会が青森市で開いた今年の新聞大会は、「新聞を含む知識への課税強化は民主主義の維持・発展を損なう。新聞には軽減税率を適用するよう強く求める」とする決議を採択した。消費増税を柱とする社会保障・税一体改革関連法が8月に成立したことを受け、新聞業界として強いメッセージを打ち出した。

 討論会では、全国紙から「民主主義、文化の最低のライフラインを守るためには、軽減税率の導入が必要だ」との訴えがあった。地方紙からも「新聞の教育効果は高い」、「日本の高い新聞普及率は社会の財産だ」などといった意見が相次いだ。新聞は、全国で誰もが安く手に入れて活用できる特色があり、公共財的な社会インフラだ。コメなどの食料品と同じような必需品として、新聞の重要性を認める読者は少なくないのではないか。

 消費増税で経営が悪化した新聞社が発行をやめる事態になれば、言論の多様性は失われていく。行政への監視機能は弱まり、住民の政治への関心も薄まって、地域社会の活力低下が懸念される。新聞の公益性や活字文化を守る役割を重視し、軽減税率を採用している欧州を参考にしたい。欧州各国では、日本の消費税に当たる付加価値税の税率は20%前後だが、新聞に適用される税率は、フランス2.1%、スペイン4%、ドイツ7%と軒並み低い。イギリス、ベルギー、ノルウェーのように0%の国もある。

 一体改革法は、2014年4月に消費税率を現行の5%から8%、15年10月に10%に上げるとともに、軽減税率については、「様々な角度から総合的に検討する」と明記している。にもかかわらず、法律の成立から2か月以上が経過しても、政府が議論を本格化させていないのは問題と言える。公明党の井上幹事長が、軽減税率導入を求める約600万人の署名を城島財務相に提出し、税率8%時からの実施を要請した。これを機に議論を再開すべきだ。自民党も安倍総裁、石破幹事長が総裁選公約で、ともに軽減税率導入を訴えていた。軽減税率の導入には、対象品目を絞り込む作業などが不可欠だ。政府は時間を浪費せず、自公両党との調整を急ぐ必要がある。
引用終了

   **************************

ゴミのようなゴミ売新聞社説を読んでの感想

●まず、このゴミ売り新聞の社説は、一般社団法人 日本新聞協会が行った「第65回 2012年 青森」の新聞大会で採択された「決議」を踏まえた主張のようです。ホームページの 新聞大会 開催地一覧を閲覧しても、開催地が示されているだけで、その新聞大会の詳細は外部の者には全くわかりません。つまり、新聞業界内部の大会であることは明白です。その業界内部で採択したにすぎない決議文を引用して主張したところで、それはあくまで、新聞業界の主張にすぎません。社会一般の主張でもないし、国民の中からわき起こった主張でもないということであります。あくまでも、新聞業界という利益団体が自己に利益を誘導するための主張であることを指摘したいと思います。

●つぎに、「新聞は民主主義と活字文化を支える重要な基盤だ」とか、「民主主義、文化の最低のライフライン」だとか、「日本の高い新聞普及率は社会の財産」だとか、「コメなどの食料品と同じような必需品」などと言っているのは、読んでいるこちらまで恥ずかしくなるような手前味噌であります。自画自賛。独善的なお手盛りの営業用キャッチコピー。悪徳商人がうちの商品は、いいよ、いいよ、素晴らしいよ、というのと全く同じであります。新聞大会の討論会で、新聞業界人が、うちの商品(新聞)は、いいよ、いいよ、というのは、大道商人か香具師よろしく客の呼び込みをしているのと大して変わらず、商道徳も倫理もありません。

そもそも、その商品が素晴らしい物であるのかどうか? を判定し、評価するのは、それを売っている商売人の側ではありません。買う方の客の側であります。客がその商品に価値を認めれば買いますし、価値を見出さなければ買いません。これがものの道理というものです。で、新聞の購読者(一般国民)が「新聞が民主主義を支えている、新聞は必需品だ、新聞普及は社会の財産だ」などと言っているでしょうか?? 言っていませんよ!

客の側は次のように言っているのです。「新聞をやめたら、テレビの番組がわからないな」とか、「新聞をやめたらスーパーの安売りチラシが入手できないな」とか言っています。高齢者はよく「新聞をやめたら日とか曜日が分からなくなる」と言っています。新聞は政府の手下になってウソばかり書くから、全国新聞は真実報道をせよという声が上がっています。読売新聞は致命的な嘘報道をした! 読売は息をつくように嘘を書く!という声もあがっております。ようするに、新聞はウソを書くな。新聞は真実を書け。と読者(客)は言っているのです。その点については、このたびの原発事故の新聞報道を見れば、新聞社の報道が、隠蔽と誤魔化しの政府発表を垂れ流しただけであることがよく分かります。

●また、「新聞の教育効果は高い」などとも言っています。冗談じゃあない! NIE(教育に新聞を)で新聞業界と文部科学省が癒着して、子供たちを洗脳教育しているという効果ならば確かに高いでしょう! 新聞販売部数のジリ貧に危機感を持った新聞業界は、自民党若手有力議員に政治献金して、その議員が文部科学省に働きかけました。そして学校教育で新聞を使って教育をするようにしたのですが、明らかに新聞業界と文部科学省(政府)との癒着です。学校で新聞を使って授業するのだから生徒の家庭で新聞を取っていないと具合が悪いように仕向けるわけで、政府が新聞の販促に協力しているのです。そうすると、新聞はあからさまに政府を批判する記事が書けなくなる…。新聞と国家権力とは距離をとっていないと、まともな記事が書けないのに、逆に接近し、癒着しているのです。

確かに、NIEは多くの外国でやっています。海外でやっていることを日本でも導入したのでしょう。けれども日本は事情が異なります。日本の新聞は寡占化が著しく、記者クラブ談合体質で、5大紙はもちろん地方紙にいたるまで記事が横並びです。記事に全く多様性がありません。そうした場合では、NIEは弊害の方が大きくなるハズです。

たとえば、A紙は橋下維新の会を持ち上げている、B紙は橋下維新の会に極めて批判的である、C紙は中立的である、D紙は橋下維新の会について全く報道しない、というふうに、ある問題に関して記事が多様であれば、それらの記事を並べて橋下維新の会について考えて討論しましょう、とやれば良い考える訓練・良い勉強になるでしょう。しかしながら、各紙横並びの同じような記事ばかりでは、考える訓練にならないどころか、全ての新聞が橋下維新の会を絶賛しているのだから、橋下は素晴らしいんだろうと洗脳されるだけです。ある意味では “教育とは洗脳である” というのも歴史を見れば、疑いようのない事実です。 

●「消費増税で経営が悪化した新聞社が発行をやめる事態になれば、言論の多様性は失われていく」とか「行政の監視機能が弱まる」などという主張に至っては、盗人猛々しという他ありません。絶句です。そもそも日本の新聞は、お化けのような電通に広告費の配分を押さえられていて、コントロールされているのは多くの人々が指摘しています。電通は政治家になれなかった政治家の子弟の就職先です。電通は政治と密着しています。地方新聞の記事は通信社が一元配信していますから、必然的に横並びです。そこに日本独自の記者クラブというギルド的な談合組織があって、各紙の新聞記者が記事原稿のすり合わせをしたり、政府から情報の提供を受ける見返りにあまり政府を批判しないという報道と権力のと馴れあいがあることが、反骨ジャーナリストの上杉隆氏の活動で広く知られてきました。さらにその上に官房機密費が新聞社のデスクに配られているらしいことも取りざたされています。

こんな新聞業界に言論の多様性などあろうハズがありません。行政の走狗であっても、行政を監視するなどということは有り得ません。新聞業界みずからが「言論の多様性が失われる」などと主張するのであれば、これはもはや「噴飯もの」を通りこして、「詐欺」みたいなものです。実際に、新聞業界はサギ業界というのは知られています。いわゆる「押し紙サギ」です。新聞社が新聞販売店に実売以上の部数を買い取らせるのが押し紙ですが、新聞社は発行部数を水増ししてサギをしています。新聞販売店も、強大な新聞社に押し付けられているとはいうものの、広告チラシ代を過分に取るなどという形で、サギに加担している面がありそうな感じです。押し紙問題では新聞販売店が訴訟を起こすなどしていますから、そういう問題の存在が広く知られてきました。

●さて、このゴミ売り新聞の主張の眼目は、消費税を10%にあげても、新聞を特例品目として減免措置を取ってくれとおねだりしています。みっともない。新聞社は財務省の手先となって、社説等で、「財政危機なのだから消費税増税は焦眉の急無であり、先延ばしは許されない」というふうな論調でさんざん書き散らしていました。財務省の進める消費税増税政策の旗振り役が新聞だったのです。その新聞が「うちだけは消費税増税をこらえてくれ」とおねだりを言っているのです。この身勝手さ。この厚かましさ。これでは新聞不信が広がるのは当然です。

消費税増税とは、すなわち法人税減税と所得税累進課税緩和との穴埋め、換言すれば大企業と高額所得者の優遇政策に他ならないことを、新聞が報じることは一切ありませんでした。また、日本の消費税はヨーロッパの付加価値税とは似て非なるものであり、ヨーロッパの税率の20%とか30%と日本の5%を比すれば、日本の増税余地がありそうにみえるが、実際の税収全体に占める消費税収で比すればヨーロッパも日本もほとんど変りません。また、消費税収の対GDP比でもそう変りません。換言すればすでにヨーロッパ並みの消費税を取られているということです。一昔前には税の直間比率が問題にされました。日本は直接税が主体で間接税が少ない、直接税を下げて間接税を主体とすべきだという議論でした。しかし、現在ではその税の直間比率でもヨーロッパと日本とではそう変りません。すなわち、もはや日本はヨーロッパと同じ程度消費税を取られているのであり、消費税増税の余地もなければ、疲弊した国民大衆の担税余力はもうないのです…。このようなことを一切書かずに、財務省の大本営発表を垂れ流すだけの新聞が、「行政の監視機能が弱まる」などというのは、ちゃんちゃらおかしいし、欺瞞でありサギであります。

●新聞業界が財務省の手先となって、消費税増税を進めるキャンペーン報道をしたのですが、新聞を特例品目として消費税増税の対象から外して優遇するという “政治的な裏取引” があったのではないか? という見方がありますが、このハナシの真偽は藪の中です。

わたくし山のキノコは、読者に見放された新聞業界は5大新聞であっても、そう遠くない日に、破綻する新聞社が最低でも2社は出るであろうと予想しています。

    **************************

【10月20日追記】
読売新聞は、ついこの間、致命的な誤報をしています。
【おわび】iPS移植は虚偽…読売、誤報と判断
読売新聞は何の裏も取らずに全くウソの報道をしたわけです。他の新聞はけっして追随報道はしませんでした。その点では他の新聞はそうとうましであります。読売新聞のタチの悪いのは、誠心誠意キチンと謝罪しないことです。ウソの報道をしておいて、自社の調べで誤報であることが明らかになったなどと言っています。

とんでもありません。あちこちから読売報道は誤報だと指摘する声があがりました。あっちこっちからウソじゃねえかとつつかれたから、読売新聞も「しまった、誤報をやっちゃった」と気づいたにすぎません。にもかかわらず、自社の調べで明らかになったなどと誤魔化すのでは、自分の失敗を自覚も反省もしていないようです。傲慢そのものです。

「YOLに掲載されたiPS心筋移植に関連する記事に誤りがありました。おわびします」などと、謝罪はたったの1行だけです。あれだけの致命的誤報なのですから、もっと言葉を費やして謝罪する必要があります。まず、誤報に繋がった理由や背景を徹底的に調査分析して、まずその経緯を読者に報告しなければなりません。そしてキチンと誠心誠意をもって迷惑をかけた関係者をはじめ読者に謝罪をしなければいけません。そして、二度と誤報が無いように社内の体制を刷新するなどのことを読者に対して誓約しなければなりません。そういう当たり前のことをしないで、新聞業界を自画自賛するアホな社説を書くから読売新聞 = ゴミ売り新聞 と揶揄されるわけです。世の中は理由もなくゴミ売りだなどと言っているのではないのです。えてして新聞業界は全体的に傲慢体質があり、読者を見下しています。読者が新聞を購読してくださっているからこそ、新聞が発行できるんだという感謝の念がないのです。ゴミ売り新聞はとくにその傾向が顕著であります。
大雨でゴミを流す不心得者
●昨日10月17日の午後の雨はかなり激しいものでありました。淡路島では夕方15時から18時ぐらいが土砂降りで、わたくしは南あわじ市北阿万のスーパーに、桃の缶詰めを買いにいっておりました。行く道中、土砂降りのために田畑の用水路から水があふれ、また道路の側溝だけではあふれかえる水を排水することができず、20㎝か30㎝か測ったわけでないので不明ですが、道路が冠水しました。で、道路と側溝との区別がつかず車で走行するには危険な状況でありました。
特に激しい降り方は2時間ぐらいでしたので、家屋の浸水などの大きな被害は出ていないとおもいますが、田畑のレタスやタマネギの幼苗はやられたのではないかと危惧されます。被害が広がらないことをお祈りいたします。

気象庁サイトより
↑気象庁サイトから。アメダス降雨分布。17時までの1時間に降った雨量の分布を見ると、この時間には近畿地方で淡路島が一番はげしく雨が降っていたことが分かります。

●淡路島の各観測所で、総降雨量が100ミリ超のところは5か所あり、最大値は126ミリでありました。それほど大きな数字ではないけれども、1時間あたりの降水量で示される降雨強度はかなり強烈で、降雨強度50ミリ超/時のところが3か所ありました。

2012年10月17日淡路島各地の降水量
↑気象庁観測データおよび国土交通省観測データを元に作表。情報元は下記サイト。
国土交通省リアルタイム川の防災情報
ホーム > 防災気象情報 > アメダス

●ところで、用水路があふれかえるほどの大雨が降ったときには、これ幸い、チャンスだとばかりに、ゴミを川や用水路に流す不心得の者が多すぎます。こまったものです。マナーが悪すぎ。日本は雨量が多く、川の勾配が大きくて急流です。で、水に流そうという文化が成立しました。ケンカをしたり対立しても、和解し仲直りをしたならば “まあ、いろいろあったけど、水に流そう” と表現し、汚い物も水に流して禊(みそぎ)をするのです。名付けて日本は水に流す文化

“水に流そう” という意味に相当する英語での表現としては、Let bygones be bygones(過去のことは過去のことにしとけ)とか、bury the hatchet(まさかりは土に埋めとけ)などがあると大昔に習いましたが、雨が少ない乾燥地帯では水に流そうにも、その水が少ないから、土に埋めて隠してしまうのでありましょう。 これは名付けて土に埋める文化といえましょう。

●それにしても、高レベル放射性廃棄物の問題は解決方法が全く確立されていないのですけれども、解決方法が無いのに原発を続けようとたくらむ原子力ムラの連中は利権に目がくらんでいて、正気の沙汰ではありません。で、とりあえず、地下水の汚染などには目をつむって300メートルの穴を掘って埋めてしまえ、と 原子力発電環境整備機構(NUMO・ニューモ) は暴挙を進めていますが、地層処分すなわち土に埋めてしまえというのは、そもそも我が日本人の発想ではないわな。売国奴の発想であり、日本を間接支配するジャパン・ハンドラーズたちの発想なのです。そもそも、我々の日本文化では水に流そうと考えても、土に埋めようなどとは考えないのです。

お前ウソ言うな、土葬という土に埋める習俗があったではないかと反論がきそうです。しかし“荼毘に付す” という言葉があるように、仏教が日本に伝来して火葬を普及させました。為政者たちが仏教を手厚く奨励し、敬虔な仏教徒となった日本人は荼毘に付して火葬にしたいのでありますが、しかしながら、火葬には大量の薪が必要で費用のかかる葬送法なのです。で、お金がかかるから、しかたがなく土葬が根強く残ったのです。穴を掘って埋めるだけの土葬は金銭的に安上がりなのです。なお、縄文時代にまでさかのぼれば土葬でありますが、それは水に流して水葬にしたならば衛生上問題があり、狩猟や漁労で生計を立てていた縄文人にとって、生産の場の川や海を不衛生にするわけにはいかないから、しかたなく土葬にしたのではないのか? あるいは死者の霊魂の災いを封じ込めるために土に埋めた、つまり土層を遮蔽物として利用しただけであって、廃棄物とか好ましくないものを土に埋めて目の前から隠してしまうのとは意味合いが異なるのではないか?

諭鶴羽山登山と秋の野生果実観察会の総括
●2012年10月14日に催行した諭鶴羽山登山および秋の野生果実観察会ですが、中高年男女11人が参加して盛大に執り行いました。だれひとり脱落することなく607.9メートルの山頂を極めることができました。最高齢者は72歳のヨガの先生でしたが、ご本人は「山頂まで行けるのかしら? あたしが一番まっさきに脱落するんじゃないの?」とおっしゃっていましたが、なかなかどうして、下山したあともまだ余力があったみたいで余裕しゃくしゃく、ヨガで鍛え上げた柔軟性と精神統一によって、登攀成功を手にされました。おめでとうございます。ますますお元気で、次回のご参加をお待ちしております。

(なお、次回は12月のなかごろです。徳島県日和佐出身の奥様のリクエストにより、ジャジャガモリの果実の観察会と決定しました。次回は来年5月のシャクナゲ観察会と思っておりましたが、なんと参加者からリクエストを頂戴したのです。ありがとうございます。ジャジャガモリの正体は何だ? とお知りになりたい方はふるってどうぞ。)

尾根伝いをひたすら歩く

●どこの誰だか同定できないように、ピントの外れた不鮮明な写真でありますす。しかたがありません。別に悪いことをしているわけでもないし、誰であるか身元が割れて困ることがあるわけでもありませんが、我々しがない庶民は、“匿名性を持つ” のが一番の取り柄であり気楽さであります。で、あえて自ら匿名性を脱ぎ捨てることはないでしょう。

あーっしんど、と小休止

薄暗い林床にあるのはオモトぐらい
林床のオモト
この写真は、おたけさんの作品です。

●登山口の最初の取りつきは急坂でしたが、標高差で50メートル登ると、あとは比較的なだらかな尾根伝いを歩きます。写真をご覧いただいて特徴的なことは、樹林の林床に下草がほとんどないことです。植生の階層構造から見た高木層・亜高木層・低木層は認められるのですが、草本層が欠けてしまっています。理由は2つ考えられそうです。森林が鬱蒼と茂っているために日照不足で草が育たないことと、仮に草が生えたとしてもシカに食べられてしまうためです。で、この二つの要因をクリアーするもの、つまり耐陰性が極めて強いもの、シカの不嗜好植物であること、この条件を満たすオモトばかりが目立ちます。

ケルンと呼ぶにはあまりにも貧弱 
賽の河原の石積みなのか? 登山道のルートを示す道標なのか?
ケルンと呼ぶにはあまりにも貧相…

●中部山岳などの著名な山で見られる背丈ほどの立派なケルンとは、比べるべくもありません。高さが20㎝ほどしかありません。次々に来る登山者が一つづつ石を積み上げて、登山ルートにそって石積みができるので、結果的に道標となりうるのでありましょうし、あるいは民間伝承でいう賽の河原の石積みなのかも分かりません。

【日本国語大辞典より引用】
(賽の河原とは)子供が死んでから行くといわれている、冥途(めいど)にある河原。子供の亡者(もうじゃ)はここで恋しい父母のために小石を積んで塔を作ろうとするが、何度作っても鬼が来てすぐこれをくずしてしまう。そこへ地蔵菩薩が現われて子どもを救うという。【引用終了】

今回の日帰り山旅で得た収獲
山の幸、野生果実のいろいろ
↑上左から順に、ムベ、ガマズミ、ミツバアケビ、下はウラジロマタタビであります。

今後、注目されるであろうと思われるものは、ガマズミです。東北地方の一部の県で栽培がはじまりました。小さな赤い実にポリフェノールがたくさん含まれていて、健康増進の機能性食品・飲料に利用できるのではないか?と盛んに研究が行われているようです。

9里よりうまい13里といえばサツマイモのことですが、やはり、サツマイモよりもクリ(栗=9里)のほうが美味いわけです。
クリもあるよ
このクリの写真は有名な写真家の里口さんの作品です。

●近所の快活なおばちゃんが、「クリは高いから、サツマイモをクリの大きさに切ってクリご飯を炊いています」と言っていました。ま、カニ風味かまぼこはカニが原料ではないのですが、カニだと思って食べると美味いのです。同様にこれはサツマイモご飯であるのだけれども、クリご飯だと自分に言い聞かせて食べると、クリご飯に思えてきます。ま、絵に描いた餅はたべられませんが、それよりは遥かにましでありましょう。諭鶴羽山系の北斜面には、栽培クリよりも小さいのですが沢山クリが自生しています。カゴを持って拾ろいに行きましょう。

怪しげな奇岩を見つめる登山客たち
怪石の魔術に一同ぼうぜんと佇む
これも里口さんの作品です。(プリントしたものをスキャンしているので原版からかなり劣化しています)

●村上春樹を思わせる、ちょっとシュールな感じの構図です。突然、地中から得体のしれない奇怪な岩石がむくむくと出現。いったい何事だ、と集まってきた山登りたちに奇怪な岩石が語り始める。なにか言ったか? 山登りたちはご互い顔をみあわせますが、ワシは何にも言ってないよ、この怪しげな岩が喋っているんじゃねえのか? どれどれ、ほんとだ、岩がものを言っているぞ! 一同、岩の言うことに耳を傾けますが、その岩は何かブツブツ言うだけいってから、また地中に潜っていった…。

てな感じの意味不明・荒唐無稽な作品が多いのが村上春樹文学の特徴の一つです。SFっぽいと評する人もいますが、私はそうは思いません。あまりにも非現実的叙述がありすぎ、良く言えばシュールレアリズム悪く言えばたんに荒唐無稽なだけ…、そういうものが読書界でもてはやされているのは、商業主義が目につく出版社の販売戦略に読書界が乗せられているのじゃないのか? 高名な文学賞といえども、営利を追求する私企業が主宰している現実を良く見た方がいいと思います。世の中にはカネで買える文学賞さえあるのです…。たとえばコスモスなんとか。ということで、私が一番きらいな作家が村上春樹です。

ノーベル賞だって、とくに、平和賞と文学賞がそうとうおかしいです。政治的色合いが濃厚です。地球温暖化の危機の扇動をしたアル・ゴア副大統領が平和賞だって? ひとこと核兵器の禁止を目指すと演説しただけで、何の実績も無いのにオバマ大統領が平和賞というのも変で、一斉に疑問の声があがりました。そもそもノーベル文学賞は反体制作家がもらうものというのが通り相場で、ノーベル政治文学賞というべきでありましょう。そういう観点から見ると、村上春樹がノーベル文学賞を逃したのは、恐らく、たぶん、原発反対の旗幟を鮮明にして言論活動をしているためだと思います。反体制といっても、地球を牛耳るアメリカおよびその周辺(もっといえばロスチャイルド)に対する反体制はダメということなのでありましょう。
諭鶴羽山系にもキノコ狩りシーズンが到来!
●今年はまだ終わっていませんが、今年の9月までの西日本の気象を概観すると、冬がかなりきびしいものでした。「日最低気温」の記録更新地点の、大量出現 がめだちました。寒波が原因で、寒さに弱い果樹の ビワの幼果に「凍害」が発生! 今後、懸念される寒冷化の被害 というのも顕在化しました。春先になっても気温の低い状態は解消せず、ウメや サクラの開花 は平年開花日よりも大幅に遅れ、生物季節の1週間から10日の遅れが鮮明になりました。なんせ 諭鶴羽山系のシャクナゲ観察会 も5月13日に行ったほどです。10年前ならば5月のゴールデンウィークのころが満開期でした。1週間ていど遅方にずれています…。この気温の低い状態は7月中旬まで続きました。

●しかしながら、7月下旬から以降は一転して、気温が平年よりも高めに推移しました。そもそも、地球儀を見るとよく分かるのですけれども、地球の南半球は90%が海であります。一方、北半球は陸地が50%、海が50%と拮抗しています。北半球の海と陸地の比率が半々という分布が、そもそも偏西風の大蛇行を引き起こす根本的な理由だと言われています。夏は相対的に陸地が熱く海が冷たく、冬は相対的に陸地が冷たく海が熱いわけですが、気圧の高圧部と低圧部が交互に配列し、しかもその配列は季節が変わると変化し、その結果気流の大きな蛇行が起こっているようなんですけれども、南半球ではそんなことはあまり起こっていないところをみると、やはり海陸分布が半々ということが偏西風の大蛇行を引き起こしていることが直感的にも理解できそうです。その蛇行も一定のパターンで季節変化しているようなんですが色々な要因で “ときどき位相がずれてしまう” ということが起こり、その位相のずれた時間・場所で平年値よりも大きく偏差する観測値が観測される、という感じでありましょうか? 平たく申せば偏西風の大蛇行が大きく北上する面で記録的高温が観測され、偏西風の大蛇行が大きく南下する面で記録的低温が観測されているという感じで、なんでもかんでも地球温暖化に結び付けて解釈する風潮には、疑問というか、政治力学の干渉を感じざるをえません…。

●で、夏以降は、大気の循環運動の位相がずれて “暑い廻り” になってしまったようで、それは特に東北・北海道の北日本で顕著だったのですが、淡路島のある西日本もやや暑い夏でありました。キノコ発生前線の南下もちょうど1週間遅れてしまいました。春の花の開花が平年値よりもちょうど1週間遅れ、秋のキノコの発生もちょうど1週間遅れたのは、つり合いが取れていて、位相のずれという面からもうまく説明がつきそうな感じがしております。

平年よりも1週間遅れて、諭鶴羽山系でマイタケが出てきました。
諭鶴羽山系では点々とマイタケの発生がみられますが、意外に人家の近くにも出てきます。標高の高いところでは10月上旬から中旬ころ、標高の低いところでは10月中旬から下旬がマイタケ狩りの適期であります。わたくしの調査でマイタケが発生する樹種を確認したのは、ヤマザクラ(山桜)、シイ(椎の木)、アカガシ(赤樫)、の3種だけですが、可能性としてはアラカシ・ウラジロカシ・クリあたりもマイタケの発生は有り得ると思います。普通は大木とか古木に出るとされているのですが、意外にも、径50㎝ほどのそれほど大きくない木にも発生します。
狙い目はサクラの木です。サクラの古木は人里にも各地にいくらでもあります。京都では市街地のサクラの大木に巨大なマイタケがでたという話もあります。それから神社のシイの木です。山だけでなく平地にも、どこの神社にもシイの大木はあります。
さあ、カゴをもって捜しに行きましょう。

本日2012年10月12日に採ったマイタケ
今月いっぱいは、キノコ捜しに忙しいので遊んでいる暇はありません。
マイタケ
↑これはヤマザクラの根際に出たものです。保護色になっていて見つけるのが難しいです。

マイタケ
↑こちらはアカガシの根際にでたものです。これも保護色になっていて見つけにくいです。

シイタケ
↑こちらはシイタケの秋子。樹種は不明ですが枯れ木に出ていました。

諭鶴羽裏参道の道標
本日は、2012年10月11日であります。

●この日曜日の、10月14日10時から諭鶴羽山(607.9メートル)の北尾根を登り、登る道すがらアケビやムベ等の野生果実の観察を行うのですけれども、過日、登山道が荒れ果てていないか?下見にいきました。登山道に江戸時代後期に建てられた大きな道標があるのですが、その写真を掲示いたします。

●むかし、諭鶴羽山の山頂直下の南斜面に、淡路西国33ヵ所霊場の第8番目で、山号を「諭鶴羽山」と称し、寺号を「神仙寺」と称する修験道の寺院がありました。この寺院は1868年(明治元年)発布された「神仏分離令」により山麓に降ろされてしまいました。また、諭鶴羽神社別当寺の上大日寺というのがあったのですが、1872年(明治5年)に発布された「修験道廃止令」により廃寺の処分になってしまいました。このように諭鶴羽山は修験道(しゅげんどう)の色彩が濃厚な信仰の山であります。

で、山の南側から登るのが表参道であり、北側から登るのが裏参道でありますが、このたびの企画は裏参道を登ろうということであります。ただし、信仰的な登拝では全くなく、登山により運動不足を解消し、併せて自然観察・自然観照を狙うという趣旨であります。

往昔には、修験道の山伏や登拝者で賑わったであろうと考えられる参道でありますが、現代では環境省が近畿自然歩道に指定して、登山道として整備しています。で、信仰ではなく一般のハイカーや軽登山をする人々で賑わっています。ネットで検索すると、多数のブログ等で諭鶴羽山に登ったというトレッキング記事がヒットします。で、“裏参道に立派な道標があるが、何を書いてあるのか分からん” という記述をあちこちのブログで見たので、国史学科の出身じゃないので僭越ですが、わたくし山のキノコが解読いたしましょう。

なんて書いてあるのか分からんと、問題の道標 は、諭鶴羽ダムから標高差で80メートルほど登った尾根にあります。高さが2m以上もある四角い砂岩製の道標ですが、文政十年とありますから、西暦では1827年に建てられたようです。いまから185年前と言うことになります。
諭鶴羽裏参道の道標
↑「右 十番六遠寺 なりあひやくし 道」です。現行の平仮名の「を」みたいなののは「遠」をとことん草体化させたものです。「ち」みたいなもので第二画の先っぽを輪に結んでいるものは「寺」の草体化したものです。「なりあひやくし」と平仮名でかいてあるものは、現行の平仮名(つまり変体仮名(へんたいがな)ではない)と同じなのですけれども、「り」だけは「利」の崩し方が不十分で変体仮名っぽいです。なお申すまでもなく「なりあひ」の「ひ」は歴史的仮名遣いで、現行では「なりあい」という表記になります。
なお「六遠寺」はどこなのか不明ですが、問題は読み方であります。「ろくえんじ」「ろくおんじ」「ろくのんじ」と読める可能性がありそうですし、もしかしたら「りくのんじ」などもあり得るかもわかりません。本当はどうよむのか、わかりません…。

諭鶴羽裏参道の道標
↑「左 こくがやくし ふくら 道」です。道は写真からはみだしましたが、下の方にあります。

●この立派な江戸時代後期の砂岩製の道標は、諭鶴羽山に登拝したのちに、裏参道を下山してきた巡礼者たちに、進行方向に向かって右に行ったら「なりあいやくし・成相薬師」や「第十番霊場の六遠寺」ですよ。左に行ったら「こくがやくし・国衙薬師堂」や「ふくら・福良」なんですよ。と道案内しているのです。

各ポイントの位置図
国土地理院の電子国土ポータルから。
位置図

    *************************

こくがやくし・国衙薬師堂
「辻御堂」とも称し、淡路49薬師霊場第16番です。お祀りしている御本尊は薬師如来です。所在地地は南あわじ市神代国衙です。
こくがやくし

こくがやくし

なりあいやくし・成相寺
山号を「擁護山」と称し、寺号を「成相寺」と称します。淡路島南部の名刹(めいさつ)ですが、いまは寂れています。淡路49薬師霊場1番で、御本尊は薬師如来です。所在地は南あわじ市八木馬廻です。
兵庫県指定重要文化財 「絹本著色成相寺伽藍絵図・けんぽんちゃくしょくなりあいじがらんえず」があり、また、「成相寺本尊木造薬師如来立像」は明治34年に国宝に指定され、現在は国の重要文化財にしていされているそうです。(説明看板文を参照)
なりあひやくし

擁護山成相寺の由緒書き

六遠寺はどこを指すのかハッキリしませんが、金剛寺の可能性が大なり】であります。道標には「十番」とあります。淡路西国33ヵ所霊場の第10番であると解するならば、金剛寺であります。山号を「乙倉山」と称し、寺号を「金剛寺」と称し、御本尊は大日如来をお祀りしています。所在地は南あわじ市八木大久保です。天明2年(1782年)に火事に遭って移転したらしいです。元は南あわじ市八木国分にあって山号を「六度山」と称したらしいです。
第十番 六度山観音寺(乙倉山金剛寺)
金剛寺

寺号の表示額
諭鶴羽山登山と、野生果実観察会の下見。         今後の注目有望株 「ガマズミ」
●本日は2012年10月6日です。昨日の午後に、10月14日に予定している諭鶴羽山登山と野生果実観察会の下見に行ってまいりました。9月30日午後3時に潮岬を通過した台風15号(T1215)では顕著な被害というものはなかったのですけれども、瞬間最大風速が旧洲本測候所で21.4メートル、アメダス南淡で22.2メートル、強い風雨で木々の枝がおれたり、葉が傷んだりしています。山の野生果実もそういう意味では若干の被害がありました。被害状況の視察を兼ねての下見でありましたが、とても山頂まで行くのはしんどいので登山口から標高差で50メートル上がっただけです。しかし、ま、登山道は特に荒れ果てているということはなく、まあまあ良好であります。

諭鶴羽山遠望
↑南あわじ市神代国衙の株式会社V1Pさん付近から眺めた諭鶴羽山。

諭鶴羽山遠望
↑南あわじ市神代と賀集の境の谷から、諭鶴羽山を仰ぎ眺めました。標高は高くないけれども、なんだか威風堂々とした山容に見えます。この場所からでは真の山頂は前衛のピークに隠れていて見えません。山頂直下150メートル南にあるNTTの無線中継所の鉄塔は見えています。

今後、健康増進作用が解明されるであろう野生果実ガマズミ!
ガマズミ
これは野生果実のなかでは未利用資源ですが、将来は脚光を浴びるのではないかと予想していますCiNii論文検索「ガマズミ」を見ると、多くの研究者たちがガマズミを健康増進果実と注目し研究しているようです。赤ワインに豊富に含まれるポリフェノールを摂取すると、動脈硬化や脳梗塞を防ぐ抗酸化作用、ホルモン促進作用が向上するという説もあるらしいのですが、赤ワインに含まれるものと同じポリフェノールが、ガマズミの赤い果実に大量に含まれるとか…。

ま、いろいろな説がありましょうが、今後の情報に注目したいと思います。すでに赤熟していますが食べてみましたところ、まだまだ酸っぱいです。初冬になって霜が降りたり小雪が舞うころには甘くなるでしょう。食べるのにはまだ早いです。いましばらく待ちましょう…。
ガマズミの木をたくさん見つけておいて、果実酒に漬け込んだり、たくさん採取できたら搾ってジュースにすると価値ある健康飲料になると思います。

なお、諭鶴羽山系には葉の大きなガマズミと、葉がやや小さいコバノガマズミが見られます。たぶん、両種とも健康増進野生果実として利用できるとは思うんですが、未確認です。で、観察しておきます。

野生クリ
↑野生クリが稔りました。野生クリの中には栽培クリほどでないにしても、実のかなり大きなクリがよく自生しています。カゴを持ってクリ拾らいに行きましょう。

野生カキ
↑おそらく栽培カキが鳥類に食べられて、種子が山中に散布され野生化したものでしょう。実が梅干し程度の極端に小さいマメガキよりもかなり大きな実のカキが点々と見られます。たいていは渋ガキになっていますが、ときおり渋ではないものがあります。渋でないものがあったならば、そのまま食べられます。

カキ類の自生種では、諭鶴羽山系に広くリュウキュウマメガキが見られますし、個体数は少ないのですが希に常緑で樹皮が黒っぽいトキワガキが見られます。これらは食べられません。

ミツバアケビ
↑どういう理由かわかりませんが、牛内ダムのある谷に自生するのはミツバアケビばかりです。5小葉からなるアケビが見られません。よく捜せばあるのでしょうけれども、ちょっと見ただけではミツバアケビばかりが目立ちます。写真のものはまだ緑色ですが、観察会の頃には写真の撮り頃となるでしょう…。

実は、この観察会の狙いはアケビ類の写真を撮って、新聞社に投稿することです。知人の有名な写真家のSさんが狙っています。

ミツバアケビ
↑緑色のものの一方で、ミツバアケビの果実がもう熟して、裂開して、中身がすでに鳥類に食べられてしまったものもあります。果実の熟期も1カ月近くの幅があります。

諭鶴羽山登山と、秋の野生果実観察会を行います。
10月14日(日曜日)10時から、諭鶴羽山登山と秋の野生果実観察会をいたします。どなたでも、参加できます。標高差400メートルを2時間かけて、ゆっくりと、自然観察しながら登ります。お気軽に、ふるってご参加ください。チラシを作ったので掲げます。参加ご希望の方は、メールフォームにてご連絡くださいませ。掲示したチラシは小さくて分かりにくいので、チラシの原版をお送りいたします。

●危険の少ない整備された登山道(環境省の近畿自然歩道)を行きます。が、自己責任にてのご参加を願いします。70代の方までは健康であれば大丈夫だと思いますが、80歳超の方はご遠慮ください。(家族同伴ならば可)
●淡路島島内在住者はもちろん、島外の方のご参加も大歓迎です。全国どなたでも参加できます。遠方からのご参加の方には、島内には多数の民宿やリゾートホテルがあります。淡路島観光と兼ねてどうぞ。
●諭鶴羽山は607.9メートルと標高は低いのですが、瀬戸内海上に突き出た山という感じで、四囲広闊・眺望絶佳、遠方からでも登りに来る価値は十分にあります。
●植物分類学等の専門家の同行はないので、参加者各自の自力での観察となります。また、野生果実の結果状態や登熟・赤熟状態はその年の気象に依存しています。万一、野生果実が見られなくても苦情は受け付けません。
●万一、雨天になりそうな場合はどうするか、中止か1週間後に延期か、その時点で検討いたします。

牛内ダムから諭鶴羽山北斜面を眺める
↑「山高きが故に貴からず、樹有るを以て貴しと為す」と平安時代の教訓書 実語教 にあるように、山は高いばかりが能ではありません。多種多様な植物が生い茂り、有用な木材資源や、豊富な山菜があってこそ良い山であるというのです。
この写真は牛内ダムから諭鶴羽山の北斜面を眺めたものですが、山頂は見えていません。写真で一番奥の山のさらに奥が山頂です。諭鶴羽山は高い山ではないにしても、多様な植物が生い茂り、山菜や野生果実やキノコも多く、元々は弘法大師の原作か?とも言われている『実語教』の良い山の基準に合っています。

近畿自然歩道の案内看板
↑牛内ダム一周道路の一番奥のところが近畿自然歩道の入り口です。そこには立派な案内看板が建てられています。

【余談】
『実語教』の冒頭の「山高きが故に貴からず、樹有るを以て貴しとす」という有名な格言は、高邁な教訓を言っているのでは全くありません。多くの解説が、解釈を誤っています。歴史上、我が国の森林は早い時代から破壊されてきました。禿げ山だらけというのは江戸時代だけではありません。人口稠密な畿内では平安時代どころか奈良時代から森林破壊が進んでいましたが、それは寺社建築に大量の用材が伐採されたことと、当時は燃料は新炭しかなかったためです。で、「とにかく山は樹があるのが値打ちなんだよ」と言っているだけです。裏読みすれば、こんな格言が出てくるということ自体が、奈良・平安時代から森林破壊が進んでいたことを裏付ける傍証なのです…。
「魚つき林」について考える(その2)――昔の森林破壊をどうやって調べるのか?――拙稿参照。

    *************************

【観察会のチラシ】
秋の観察会チラシ 1ページ目

秋の観察会チラシ 2ページ目

秋の観察会チラシ 3ページ目
調査断念、ナンゴクウラシマソウが見当たらない! 消えた要因は何なのか?
●9月7日に、植物の会の代表者のK先生よりメールを頂戴しました。K先生はテンナンショウ属植物の生活史やフェノロジー(生物季節学)や種子散布の仕組みなどを研究されているようなのですけれども、調査に協力してほしいとのことでした。神戸のハリママムシグサや淡路のミミガタテンナンショウの果実を鳥が食べる証拠写真がバッチリ撮れたそうです。いろいろなテンナンショウ属植物の果実の赤熟時期とか鳥が食べるのかどうか、だいぶんデータが集積できたらしいのですが、淡路のナンゴクウラシマソウに関しては全くデータがないということで、調べてくれという話でありました。

●果実が緑色から赤く熟すのは何時なのか? そして赤熟した果実を鳥類が食べる様子はどうか? 定期的に観察して記録写真を撮るという調査であります。別にむずかしことではないし、素人でも中学生でもできるようなことなので、引き受けたのであります。観察し記録するからには、自生地の住民でなければ絶対にできないような克明な観察記録をしようと張りきったのですが、何回か自生地を調べに行って大変なことが判明しました。

今年の春5月にたくさんあったナンゴクウラシマソウが、まったく見られません。 今年2012年の5月にもあちこちでナンゴクウラシマソウの花を観察しているのですが、どこを探しても消えています。
シカが食べたのか?? テンナンショウ属植物はシカの不嗜好植物でしたが、シカがこの草の味を覚えた?? 早い時期に果実が赤熟して枯れてしまった?? 5月に開花したけれど、その後何らかの要因で枯れた、たとえば病虫害とか?? 兵庫県レッドデータブックでBランクの貴重植物に選定されているので、山野草マニアが根こそぎ採った?? 茶道をやる連中が茶花に採った??

残念ながら、調査は断念であります。 ナンゴクウラシマソウが消えた理由は全く不明です。調査は不可能になってしまいました。しかたがないので、また来春です。来年4月~5月頃に、消息不明のナンゴクウラシマソウを捜索したいと思います。消えた理由も調べたいと思います。  

↓これは昨年2011年5月16日の写真です。洲本市猪鼻谷にて。
ナンゴクウラシマソウ
ナンゴクウラシマソウは葉はたいてい1枚です。小葉の幅がウラシマソウよりも狭いことが多く、葉の真ん中の筋が白っぽいことが多いです。

付属体にシワがある
↑上の写真と同一のものです。付属体の様子がよくわかるように仏炎苞を取り除きました。付属体の先のほうが次第に細くなっています。先端は糸みたいです。付属体の基部はバナナの実のような形状で膨らんでいます。この付属体の基部がシワがあるのがナンゴクウラシマソウ、シワがなく平滑なのがウラシマソウです。ですが、馴れたら葉を見ただけで見分けがつきます。どちらなのか紛らわしいのはまずありません。

写真のものは、付属体の基部の膨らんだ部分が、膨らみが強く、密なシワがあり、葉が細いのでナンゴクウラシマソウと同定しました。しかし、付属体の膨らんだ部分が紫褐色がやや勝っていて、黄白色の部分が少ないです。ナンゴクウラシマソウは大抵はその部分は黄白色なので、ひょっとしたらウラシマソウとナンゴクウラシマソウの雑種になっている可能性もあるかも? という気はします。(もっと、一点の紛らわしさもない典型的な写真を掲上したいところですが、付属体を撮った写真はこれしか手持ちにはなかった)

↓下の2枚の写真は2010年5月だったと思います。場所は南あわじ市神代上田池の奥の源頭尾根で、海抜500メートルほどのところです。大群落でありました。
小葉の幅が狭い
↑この葉は極めて幅がせまく細長いです。勝手に異名をつければ「ホソバウラシマソウ」が良いと思います。

親株の周囲に子株がたくさん
↑この集団は、葉の中央の筋が白いのがかなり目立ちます。親の周りが子だくさんであります。親、子、孫と3代いるかもわかりません。これは親の種子が足元にこぼれおちて子だくさんとなったのでしょう。この親株の種子は鳥類が散布したのではなく、芸もなく足元に落ちただけでありましょう。

   *************************

諭鶴羽山系で見られる他のテンナンショウ属植物3種
ユキモチソウが諭鶴羽山系にあるなどと言っている人がいますが、本当にあるのでしょうかねえ? ないんじゃないでしょうか? テンナンショウ属植物の観察の前に、次の図をよく見て、しっかりと用語を覚えておきましょう。
『日本の野生植物』から借用
↑佐竹義輔ほか 『日本の野生植物 草本Ⅰ 単子葉類』128頁 平凡社 1982年、から借用した。(実は、パクッた)


【↓ウラシマソウ
ウラシマソウ
↑ウラシマソウは浦島草の意味で、付属体の先が次第細りに長く伸びて、先端部分は糸状になっています。その様が浦島太郎の釣り竿の釣り糸みたいだ、というのです。写真では分かりにくいのですが、釣り糸状に長く伸びているのは上記のナンゴクウラシマソウと同じです。仏炎苞は黒紫色のことが多く、なんとなく気味が悪い花であります。しかし茶道の活花には人気があるのか? むかし、洲本市三熊山にたくさん自生していたウラシマソウが、茶道をやる人々によって根こそぎ乱獲されたらしいです。

なお、ウラシマソウは葉は1個ですが、写真のものは2個あるように見えます。これは2個体がほとんどくっついて生育しているために、そう見えるだけです。

【↓アオテンナンショウ
アオテンナンショウ
↑アオテンナンショウは青天南星の意味で、仏炎苞ぜんたいが緑色です。付属体は白っぽいこともあるのですが、薄い緑色である場合が多いです。付属体の上部は丸くこん棒状で、ウラシマソウやナンゴクウラシマソウのように、釣り糸みたいに長く細く伸びていません。

【↓ミミガタテンナンショウ
ミミガタテンナンショウ
↑ミミガタテンナンショウは耳形天南星の意味です。仏炎苞の口辺部が外側に向かってべろーと広がっています。その様が “耳の形のようだ” というのです。この写真は知人の写真家の里口さんの作品ですが、耳の形がよく分かるようにと注文をつけて撮ってもらった写真です。
copyright © 2017 Powered By FC2ブログ allrights reserved.