雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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今回は15hPaの誤差だ! やはりドボラック法推定値は、推定でしかない。
●台風の中心気圧というのは、かつてはグアム島に駐留するアメリカ軍に所属する観測機が、荒れ狂う暴風のなかを命がけで台風の目の中に飛んで行き、観測機器を投下して実測した時代があります。しかしこの実測データと気象衛星による画像データが集積したら、命がけの実測をやめてしまいました。
近年では台風の中心気圧が○○hPaというのは、実測値ではなく、“ドボラック法” による推定値でしかありません。実測値と推定値とでは、全くかけ離れた数値が出ることはないにしても、ある程度の推定誤差が生じるのは止むをえません。気象庁も、台風情報を報道するマスゴミどもの、そこのところをきちんと説明しません。

●8月下旬に沖縄県を襲って東シナ海を北上した台風15号(T1215)では20hPa以上の誤差が出ていたと思われます。
ドボラック法による推定値が当たるか? 外れるか? 20hPa以上の誤差が出たので大ハズレ!
ドボラック法による推定値が当たるか? 外れるか? 20hPa以上の誤差が出たので大ハズレ!(続き)
昨日、沖縄本島を襲撃し、本日2012年9月30日15時に和歌山県潮岬測候所付近を通過した台風17号(T1217)も、中心気圧推定誤差が15hPaであったことがハッキリしました

●15時ちょうどに、台風の中心が潮岬測候所の真上にドンピシャリときました。ドボラック法による推定値が実測値とどのくらい誤差があるのか? 検証できる絶好の機会であります。
2012年9月30日15時の台風(T1217)中心位置

●台風17号(T1217)の潮岬通過前後で、台風の中心気圧推定値をどのように修正したのかについて、気象庁のホームぺージの 台風に関する気象情報(全般台風情報) から見てみます。ブルーで着色している文言は、その頁からの引用であります。

台風第17号に関する情報 第75号 14時45分 気象庁予報部発表
推定値は950hPa

台風第17号に関する情報 第76号 15時40分 気象庁予報部発表
15時に台風の中心が潮岬付近を通過

台風第17号に関する情報 第77号 15時45分 気象庁予報部発表
潮岬測候所の実測値に基づき、965hPaと修正した!

潮岬測候所で、台風の中心付近に入った15時に、967.4hPaを観測
15時に、967.4hPaを記録している

●つまり、こういうことです。
台風が潮岬通過直前に、ドボラック法での中心気圧は950hPaと推定していました。そして、15時ちょうどに台風の中心が潮岬付近を通過しました。また、その時に潮岬測候所では967.4hPaが観測されました。で、台風の真の中心気圧が分かったのですが、それは950hPaというドボラック法推定値よりも15hPa以上も乖離していることが判明。これは隠しようがありません。(こういうことは気象ファンはしっかりと見ている)しかたがないから、気象庁は15時の台風中心気圧を実測値に基づき965hPaと修正した。

台風17号が沖縄本島を通過したときも、推定値と那覇と名護での実測値を比べると15~20hPaぐらい乖離している(推定値を低めにする)印象がしていました。ここ数年の、実測値を以って推定値の検証ができたケースをみていると、台風の中心気圧を低めに推定しているのではないか?? という疑惑のようなものを感じます。それは地球温暖化の影響で台風が巨大化するとプロパガンダしていたから、そういう政治的な力学が働いているのでは?? という気が少ししています…。
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今も残る稲穂の、太陽光・風力乾燥法! 「はさ掛け」
●淡路島南部の南あわじ市でも、一斉に稲刈りが始まりました。南あわじ市ではタマネギ収穫後に田植えがおこなわれるので、田植えは6月中旬~下旬です。池など用水の樋(ひ)を抜くのが遅れたならば時には田植えが7月にずれ込みます。他地方と比べると田植えが極めて遅いのに、稲刈りはとても早いです。栽培の仕方を工夫しているのか、生育の早い品種を植えているのか、私は農家ではないのでよく知りませんが、田植えが遅いわりにイネ刈りが早い理由は一体何なのか? 知人の農家の人に聞いておきます。(取材して調べておきます)

●昨日9月28日に農林水産省大臣官房統計部から発表された資料、『平成24年産水稲の作付面積及び9月15日現在における作柄概況』 によりますと、今年のコメ作は、9月15日現在の調査で、作況指数は全国で102が見込まれるということであります。シカゴのマーカンタイル取引所の穀物相場の推移を見ておりますと、トウモロコシ・小麦・大豆等が今年6月中頃から急騰が始まり、8月上旬ぐらいまで5割前後も値上がりして、輸入食糧の値上がりが懸念されるのですけども、もし、これに加えて米の不作が重なったならばヤバイ状況でありました。しかしながら、日本のコメは平年作以上が確保できそうですし、シカゴの穀物相場も高値なりに値動きが落ち着いてきました。で、ただちに食糧パニックなどということはなさそうです。良かったと思います。
CME Group のホームページで、シカゴの穀物相場が見られます。

●農水省の発表した資料を読んでみたら、目立つのは北海道の大豊作であります。
2012年産米の予想作況指数

気象庁ホームページの 過去の地域平均気象データ検索 の頁で調べると、東北・北海道は夏が暑く日照にも恵まれました。で、とくに北海道では作況指数予想は106.9と大豊作です。東北もいい数字であります。一方、西日本は夏の暑さはそれほどではなく、イネがどんどん分けつして生長する大事な時期の6月に日照不足です。平年比66%の日照しかありませんでした。で、西日本の作況指数はあまり良い数字ではありません。気象観測データと作況指数を重ねて考察しますと、やはり温暖化してうだるような暑い夏のほうが作況指数が伸びるのは、ほぼ間違いないようです…。

南あわじ市の「井」の字型の “はさ掛け” は、ひょっとしたら相当に珍しいものかも??

●全国各地で「はさ掛け」がどのように行われているのか、Googleの画像検索「はさ掛け」で見てみました。すると、各地にいろいろなバリエーションがあるようです。横一列に掛けるのが多く、それも何段にも高く掛けて、正対して眺めると “イナ穂の壁” みたいなやり方が多いようです。また、1本の棒を立てて、その棒の周囲に積み上げていくパターンも各地に見られます。地方により、はさ掛けする農家により、やり方はいろいろのようですが、画像検索をかなり下のページまで閲覧しても「井」の字型のものは全く見つかりませんでした。写真は、南あわじ市阿万の山間部ですが、このような「井」の字型のはさ掛けは、そうとう珍しいものかもわかりません…。

コンバイン が普及して、農村でも「はさ掛け」を見る機会がめったになくなりました。けれども、はさ掛けで自然乾燥したコメは品質が高く、「はさかけ米」と銘打って高値で取引されているようです。機械化をすすめて、コメの品質は少し犠牲にするけれども効率・省力化をもとめるのか? あるいは、高品質を狙おうとしたら手間暇がかかるのは止むを得ない、という二律背反がありそうです。でも、田んぼの面積(規模)から考えると、高価な機械を買う(農協などに買わされる)のはアホらしい、ということで「はさ掛け」しているだけかもしれません…。

「井」の字状の “はさかけ” が並ぶ
↑2012年9月29日、南あわじ市阿万東村にて。山間部の田んぼです。1反ほどの田んぼに6個の「井」の字型のはさ掛けがならんでいます。絵になる風景です。よく見ると一番手前のものは「井」の字ではなく、「口」の字になっております。おかしいなあと思ったのですけども、口から外にはみだした横棒にイナ穂が掛けていないだけです。骨組みの横棒は「井」の字であります。掛けるべきイナ穂がすこし足りなくなったようです。

山間の田んぼ
↑こちらも南あわじ市阿万東村の山間部です。のどかな田園風景です。このような所に住んで自給自足の暮らしをしたら、長生が出来るかもしれません。手前のはさ掛けは「井」の字ですが、奥に見えているものは横一文字です。おそらく、「井」の字が1基でイナ穂が全部掛けられるだろう、という算段でしたが、イナ穂が掛けきれない、そこできゅうきょ残ったイナ穂の分量に合わせて「横一文字」をこしらえたのであろうと思われます。

粉山椒(こなサンショウ)の作り方、日本原産の第一級の香辛料。
●日本原産の第一級の香辛料の山椒(さんしょう)でありますが、粉山椒の作り方を伝授しましょう。ウナギのかば焼きには粉サンショウを振りかけることになっていますが、ウナギだけでなく他の魚料理に降り掛けてもいいでしょう。煮魚にも焼魚にもよく合います。サバやハマチなど青魚を煮るときに煮汁にたっぷりと粉サンショウを投入するのもいいでしょう。味噌汁にも粉サンショウ、茶碗蒸しにも粉サンショウ、たこ焼きにも粉サンショウ、なんでもかんでも粉サンショウ、粉サンショウの馥郁たる香りは料理の隠し味で食欲をそそります。

粉サンショウは、サンショウの実の皮で作ります
サンショウの実が色づく
↑この木には実が鈴なりです。見事です。熟して赤くなっています。この写真は9月中旬だったのですが日は忘れました。赤熟してから採取してもいいのですが、緑っぽい粉をつくるのであれば8月初めぐらいがいいでしょう。写真の木のように鈴なりの大豊作にはなかなかめぐり合えません。諭鶴羽山系にはサンショウの自生は多いのですが、いざ捜してみると貧相な実の木ばかりです。山登りをする際には良いサンショウの木がないか、普段から捜しておくことが肝要であります。

なお、注意すべきは、サンショウの木は雌雄異株でメス木にしか実はできません。春にサンショウの木を見つけて、花が樹冠を埋め尽くすほど咲いていたとしても、もしそれがオス木ならば夏以降に行っても実はありません。

サンショウの実

サンショウの実の収獲
↑収獲した小さな実

2日乾燥させると黒い種子が飛び出す
↑収獲した実を広げて2日ほど干すと、実が割れて中から真っ黒い種子が飛び出してきます。まだ実の皮が半乾きの状態のときに、一面に浮き出た黒い種子を落とします。干したものを掴んで叩くと種子が落ちます。完全に乾燥してしまうと種子と皮が一緒に落ちるので、この工程は半乾きのときにします。黒い種子を落としたらカラカラになるまで干します。(カラカラのほうが粉に挽きやすいのです)
なお、黒い種子は殻が硬く、香りも無いので利用価値はありません。が、庭に適当にふりまいておけば苗木が勝手に出てくるでしょう。種子の発芽率とか、幼株の生存率は高そうな気がします…。

製造した粉山椒
↑手回し製粉機で粗挽きしてみました。あまり粉っぽくありません。粗挽きしたものをメッシュの細かいフルイでふるい分けて、残った粗いものを再び挽くという工程を3~4回繰り返すと、かなり上等な粉になります。ただし、家庭用の道具では、たとえば市販の小麦粉みたいにパウダー状にまで滑らかな粉にするのは困難であります。

手回し製粉機といっても2~3万円するので、すり鉢でスリコギでゴリゴリとすりつぶしても行けます。このほうがいいかもしれません。香辛料は香りがいのちで金気(かなけ)を嫌う可能性があります。薬剤師が乳鉢で薬剤をすりつぶすして調剤するような気持で、サンショウの実の皮をすり鉢で摺るといいでしょう…。

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サンショウと酷似して、紛らわしいイヌザンショウ・フユザンショウとの見分け方
イヌザンショウをサンショウと勘違いして利用するとひどい目にあうから、というよりもサンショウ嫌いになると思いますから、以前に書いたのですが、見分け方を再録。

サンショウ類の見分けるポイント

フユザンショウ(サンショウの代用品になるが、香りは弱い)
フユザンショウ

イヌザンショウ(代用品には全くならない。香りが悪いです)
香りの悪いイヌザンショウ

東シナ海は、本当に宝の海なのだろうか? (その2)  国民は偏狭なナショナリズムに乗せられないことが肝要。
東シナ海は、本当に宝の海なのだろうか? (その1) からの続きであります。

もったいない学会の石油開発出身会員の注目すべきコラム
その1では、NPO法人 もったいない学会 の田村八洲夫氏のコラム『尖閣諸島周辺海域の石油埋蔵量について:科学・技術の国らしく正しく知ろう』の驚くべき内容を見ました。尖閣諸島付近の海域に1000億バーレルの石油があるというハナシは、探鉱技術の未熟な時代のたんなる推定でしかない。最近の政府の公式見解は32億バーレルだ、という内容です。なぜ誰もきちんと訂正しないのか? と言っています。

尖閣諸島周辺海域の石油埋蔵量は、32億バレルというのが、日本政府(資源エネルギー庁)の公式見解
田村八洲夫氏のコラムのなかに書かれている国会の委員会での質疑を議事録から調べると、たしかに、2006年4月24日の第164回国会行政監視委員会で、水落敏栄議員の質問の中に、「尖閣諸島付近に関連してお聞きしますけれども、国連のアジア極東経済委員会が1969年に東シナ海での石油埋蔵の可能性を指摘し、尖閣諸島付近の海域は地質学的な特徴から資源の存在が期待されていると発表しております。」というくだりがあります。そして本当に石油があるのか?どのくらいあるのか?と質問しています。その質問に対して、資源エネルギー庁次長がハッキリと5億キロリットルだ(31億バレル余り)と答弁しています。尖閣諸島周辺海域には、1000億バレルはおろか32億バレルの石油しかないというのは、政府の公式見解であるのは間違いなさそうです。

事の発端となった国連アジア極東経済委員会の調査報告書
検索して捜しましたところ、事の発端となった国連アジア極東経済委員会がリリースした報告書と思われるものが見つかりました。この報告書には日付がなく、発行した組織名をありませんが、本文は英語ですがその要約が、英語、韓国語、日本語、中国語の順に掲げています。
東支那海海底の地質構造と、海水に見られるある種の特徴に就いて

英語のタイトルは、「geological structure and some water characteristics of The East China Sea and The Yellow Sea」 となっていて、日本語題名と相違があります。日本語タイトルでは東シナ海のみについての記述なのに、英語タイトルでは東シナ海と黄海についての記述になっています。中国語タイトルでも「黄海及中国東海地質構造及海水性質測勘」です。「測勘」は辞書で調べると測量とか調査の意味です。黄海と東シナ海についての記述になっています。タイトルの相違には国ごとの政治的背景かなんかがあるのでしょうか?

この報告書は12名の人物の手によるようですけれども、3人の日本人と思われる名前があります。たぶん地質学とか地震学とか海洋学などの研究者であろうかと思われますが、詳しいことは分かりません。国連の調査ですが日本人が深く関わっているようです。12名の国別構成は、アメリカが5人、日本が3人、韓国が2人、台湾が2人です。中国が関わっていないのは、日中国交回復が1972年、米中国交回復が1978年で、それ以前の調査であったためなのだろうか? それと、この調査は国連の名のもとで行われていますが、アメリカ人が5人と一番多く、アメリカが主導権を握った調査であると考えるのが合理的であろうか?
【報告書に関わった3人の日本人】
Yoshikazu Hayashi(はやし よしかず)石油公団所属
Kazuo Kobayashi(こばやし かずお)石油公団所属
Hiroshi Niino(にいの ひろし)東京海洋大学所属

この文書には、「台湾と日本の間に横たわる浅海底は将来一つの世界的な産油地帯となるであろうと期待される」と言っています。そのすぐ直後、日本と中国が調査し、1000億バレルあるとしたようであります。問題は、1000億バレルという古い数字がだれも修正せずに、その1000億バレルの膨大な石油の存在を前提として領土問題等が議論されていることであろうかと思います。どこまで調査が出来ているのか? あるいは未調査の部分はあるのか?
32億バレルという数字の信頼性はどの程度なのか? ということについて全くといっていいほど情報がありません。各省庁の公開資料は今日ではネットでかなり多くの物が閲覧できるようになっているのに、いくら探しても何もありません。

1000億バレルという40年も前の数字を何故だれも訂正しないのか?
一番考えられるのは、情報を出したくないのではないか? 国民がみな尖閣諸島の海域には1000億バレルの石油が海底に眠っていると思っているから、そう思わさせておきたいのではないのか? と考えるのが一番合理的な想像のように思います。試掘をして詳しく調査しようという動きもないようですが、もし試掘をして詳しく調査すると石油などほとんどないことがバレてしまうから、しないのではないのか? 尖閣諸島付近の海域(東シナ海)を膨大な石油の眠っている “宝の海” としておかなければ困る勢力が(たとえばアメリカ軍など)がそうしているのではないか?と私は見ます。

恐らく、1000億バレルという膨大な石油は、日本と中国が奪い合いを演じて対立させるためのしかけ、ばら撒いた機雷みたいなものでありましょう。日中間に火種・火薬庫を植え付けたのでありましょう。この構図は北方領土と共通点がありそうです。

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歴史をふまえて、領土問題を簡単に振り返ってみると、紛争の種をアメリカが蒔いている…
日本が抱える領土問題は申すまでもなく3つあります。北方領土・竹島・尖閣諸島でありますが、全部の歴史的推移を見ていくとながくなるので、北方領土のみ考えてみます。

1945年2月に、米国・ソ連・イギリスの3国間で「ヤルタ秘密協定」が取り決められました。ヤルタ会談参照。ドイツが降伏した3カ月後にソ連は対日参戦しなさい。その見返りとして、日本が降伏した暁に樺太南部と千島列島をソ連が取ることを認めるという協定です。はたして、1945年8月9日にソ連軍は満州に侵攻してきました。ソ連軍は8月15日から千島列島に侵攻する準備を始め、8月18日~21日に有名な占守島の戦いが起こり、そのごソ連軍は千島列島を南下してきました。

1951年9月 連合国等と日本との間で、戦争事後処理の総決算ともいえる平和条約のサンフランシスコ講和条約が調印されました。そして第2条C貢において千島列島に関する権利等を日本は放棄しました。サンフランシスコ講和条約本文はこちら。千島列島というのはどこからどこまでか? 国後島・択捉島は入るのかどうか? という解釈では諸説あるようですが、サンフランシスコ講和条約では将来に紛争になるようにと曖昧にした、と見ることも可能です。

1956年10月 日ソ共同宣言が署名され、日ソ共同宣言本文を閲覧すると、日ソが合意した10項目の9番目には次のように書いています。

引用開始「日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦は、両国間に正常な外交関係が回復された後、平和条約の締結に関する交渉を継続することに同意する。 ソヴィエト社会主義共和国連邦は、日本国の要望にこたえかつ日本国の利益を考慮して、歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する。ただし、これらの諸島は、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の平和条約が締結された後に現実に引き渡されるものとする」引用終了

日ソ共同宣言は、平和条約そのものではなく、それは今後の課題である、また日ソは領土問題では2島返還で進める、とハッキリと言っています。

1956年8月ごろ 日ソ共同宣言に向けて日ソ間で交渉が行われていた最中に、“ダレスの恫喝” があったのが知られています。当時、アメリカ国務長官のダレスが重光葵(しげみつまもる)外相に対して、「日ソが2島返還で決着をつけるのであるのならば、アメリカは沖縄を永久に返還しない。ソ連とは4島返還で交渉しなさい」という意味のことを言って脅かしたというのです。これは北方領土に関する多くの書物に書かれているハナシであります。
このダレスの恫喝のために、日本はその後、4島返還論に軌道修正しました。しかしながら、それは国後島・択捉島をヤルタ秘密協定に基づく “戦利品” だと思っているソ連が呑めるハナシではありません。

●日本は戦争に負けてしまったのだから、まな板の上のコイと同じであります。千島列島を放棄しなさいと迫るサンフランシスコ講和条約を受け入れるしかありませんでした。で、国後島・択捉島はあきらめざるを得ない…。両島を返せと言ったところで、それを戦利品と思っているソ連が返すはずもない…。それよりも、強大なソ連と早く国交を回復して平和条約を締結し、友好関係を築いて経済的にも結びつく方が得策だ、と当時の日本政府は考えたものと思われます。
そこにアメリカが割り込んできて、ソ連と平和条約を結ぶな、いつまでもソ連と日本は敵対しなさい、2島返還ではダメだ、4島返還をソ連に要求しろ! ということなんです。日本とその周辺国との分断作戦をアメリカは狙っているのです。昔も、今も。

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●さて、尖閣諸島の石油にハナシを戻します。歴史を踏まえて考えると、もはや明らかです。尖閣諸島の1000億バレルの石油というのは、日本と中国を喧嘩させるための火種を仕掛けたということでありましょう。膨大な石油幻想は、海上に敷設した機雷です。
膨大な資源が海底に眠っているということにしておけば、奪い合いの喧嘩をさせることができます。もし実際には宝なんてほとんどないんじゃないのか? と思われたら喧嘩のタネが消滅してしまいます。石油会社が政府に試掘の許可を求めても、許可を出さない理由は恐らく石油の埋蔵量を詳しく調べれば調べるほどに、石油なんてたいして無いのだということがバレるのが困るのでしょう。で、試掘は認められないということでありましょう。

●戦争が終わって60年以上経つのに、アメリカ占領軍が沖縄や日本列島にいまだに居座っています。東西冷戦が終結して早20年、アメリカ軍が居座る大義名分は消滅しています。東西冷戦のかわりに中国の脅威が喧伝されています。ときおり北朝鮮の脅威も喧伝されます。隣国同士が仲良くなるとか、紛争が起こらず世界が平和になることこそ、軍隊や軍需産業にとっては本当の脅威でありましょう。尖閣諸島周辺海域に大して石油が無いということが広く知られると困るのは、沖縄に駐留するアメリカ軍であり、属国支配されている日本政府でありましょう。
紛争があって困るのでは決してありません。まったく逆です。適度に、紛争がなければ困るのです。そういう立場の人々が国を支配しています。アメリカも日本も。多分中国も。今回の尖閣騒動の発端は石原慎太郎が仕掛けたようですが、発端は米国へ行っての発言らしいですが、石原慎太郎も誰かに操られているようです。中国で反日デモをしかけたのは次の中国最高指導者と目されている習近平さんのようです。アメリカも中国も尖閣騒動を演じ、政治的にうまく利用しているという印象がいたします。中国も中国で、増大する軍を維持し予算を流し込むには紛争や仮想敵国が絶対に必要です。また、中国はチベットや新疆ウイグル自治区など武力侵攻して併合した歴史を持ち、独立運動を牽制するためにも尖閣諸島領有問題では一歩も譲れないところでしょう。

ま、アメリカは軍産複合体が牛耳る国家ですが、アメリカの属国の日本もその傾向があり、中国も尖閣問題は政治的に色々と利用できる重宝な係争地帯ですし、これらご互いの国々は今後とも適度にいがみ合って、ときおり騒動を演出するのではないでしょうかねえ? 勢い余って小競り合い程度はあるかもしれませんが、戦争をするハラは各国ともないと、わたくし山のキノコは思います…。国民はマスゴミに乗せられて偏狭なナショナリズムを煽られないことが肝要だと思います…。

尖閣諸島の領有権についての基本見解
こちらは、政府(外務省)の尖閣諸島の領有権についての公式見解です。「尖閣諸島に関するQ&A」に詳しい説明があります。国民はよく読んで知っておきましょう。
テレビは物事の一面しか伝えない…
You Tube動画を見ていたら、テレビの正体が如実にでている投稿動画がありました。いったい、テレビというものは顔をどちらに向けているのであろうか? すくなくとも、国民や視聴者の方向に顔を向けているものではないことはハッキリしています…。民主党の代表選挙街頭演説会の動画も、どのような立場・視点で撮影編集するかで全く違ったものになります。テレビが放映したニュースと、演説会の聴衆が撮影したものと思われるものとを、見比べてみました。

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すさまじい怒号や罵声の嵐、国民は怒っている
次の2つの投稿動画が、街頭演説会がどういうふうな雰囲気であったかよく伝えています。「人殺し!」「とっとと解散しろ!」「帰れ!」のすさまじい怒号とヤジの嵐です。「帰れ!」のシュプレヒコールが続きます。街宣車の上に並ぶ “白アリ4人組” を目の敵にしてあらん限りの罵詈雑言を投げつけているという感じです。「人殺し」のシュプレヒコールのなかで、ときおり抗議の絶叫がまじります。「原発やめろ!」の声も聞こえます。

919民主党代表選挙新宿駅西口街頭演説会

120919民主党代表選街頭演説(野田佳彦)

聴衆から、拍手は一切ありません。拍手しているのは街宣車の上の白アリたちが自分らで拍手しているだけです。民主党は街頭演説会の日時は発表しましたが、場所は明らかにしなかったのですが、おそらく場所を発表したら、抗議の数十万人のデモ群衆が殺到するのを恐れたのでしょう。場所を発表しなかったので、聴衆が少ないです。しかし、この聴衆は明らかに聴衆ではありません。抗議に来たという感じであります。老若男女いろいろな人が集まったようで、特定の団体が集まったというのでも全くなさそうです。とにかく、野田政権には反対だという思いで各自が集まり、叫んでいるのではないかと思われます。

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物事の一面だけ切取り、都合良く編集するテレビ
フジテレビをキー局とするFNNニュースが投稿されていましたが、早晩に、著作権侵害だとイチャモンをつけて削除されるかもわかりません。で、このYou Tube投稿が何時まで見られるかわかりませんが、先にあげた一般の人の撮影したものとは異様なほど異なります。唖然とするほどの落差があり、テレビというものは、ここまで編集をするのか?と驚かされます…。

民主党代表選 野田・赤松・鹿野3氏が街頭演説(FNN)

怒号も、罵声も、シュプレヒコールも、集まった人々の渾身の叫びも、きれいに消されています。全く何事もなかったかのようです。テレビの取材陣たちも聴衆の側から取材しているハズなのに、聴衆のヤジや怒号が一切入っていないのは、よほど高性能の非常に集音レンジの狭い指向性マイクを使って野田佳彦氏の声だけを拾い、さらに編集段階でヤジの声を消しているのでしょうかねえ?

怒号やヤジが完全に消し切れていないので、かすかに聞こえています。街頭演説が行われたというニュースであるのに、聴衆の姿とか、街の様子(道を行く人が立ち止まって聞く姿とか)が一切写されないのもおかしいです。聴衆や街の様子を写さないと、本当に街頭なのか? 首相官邸の中庭でやっているのじゃねえのか? という疑惑さえ出てきます。そう考えると、やはり聴衆や街の様子は写さなければ「意図的な情報隠し=怒号隠し」だと言われてもしかたないでしょう。

●街頭演説会を行ったというニュースであるからには、演説用の街宣車の上だけを撮影したのでは物事の一面しか伝えていません。演説者と聴衆とは1つの対をなすセットであって、片一方だけでは演説会は成立しません。聴衆の反応を伝えるのもニュースであるハズです。なのに、聴衆を一切写さないのは作為的であります。このFNNニュースを見る限りでは、野田佳彦氏は聴衆に語りかけているのではなく、壁に向かってしゃべっているように見えます。結局、野田佳彦氏の演説の要点を字幕にしてまで、耳で聞き、目で見て、印象的に記憶に残るように工夫して、野出佳彦氏の広報活動をテレビがしているのです

●これが、もし、小泉純一郎氏が登場したときのように、聴衆が万雷の拍手と「純ちゃ~ん」という黄色い声で拍手喝采・大歓迎されたふうであれば、聴衆を写して放映したでしょう。けれども、国民は怒っているということが知られたくないという、テレビ会社の意図がありありと透けて見えています…。

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おそらく、次の選挙で民主党は消滅に向かうのではなかろうか? 野田佳彦氏の選挙区で落選運動が起きています。ひょっとすると、野田氏自身が国会に帰ってこれないかも?
秋の訪れ、上空に寒気が侵入し、ススキの穂が出る。
本日は、2012年09月21日(金曜日)であります。

西日本の上空に寒気が侵入してきました
2012年9月21日09時 500hPa高度と気温
気象庁ホームページ から、気象等の知識 → 天気予報・台風 → くらしに役立つ情報 → 天気図について → 高層天気図 と、頁をめくっていくと専門の高層天気図が無料で閲覧できます。 気象庁 船舶向け天気図提供ページ でも、無料で高層天気図が閲覧できます。引用した図は船舶向け天気図提供ページから借用したのですが、 AUAS50という図で、上空の500hPa面の等高度線と等温線が主に描図されています。注意すべきは、地上天気図にえがかれている等圧線に当たるものが、等高度線であります。500hPaの気圧となる高度をあらわしています。つまり、上空5000メートルの高度の気圧ではなくて、500hPaの気圧となる高度でありあす。なぜそうするかといえば、ラジオゾンデ観測気球を飛揚させたとき、5000メートル高度(すなわち指定高度)の気圧や気温を測るのは難しく、500hPaになった所の高度や気温を測る方が観測技術的に簡単であるということであります。

●冬になると、テレビ等の天気予報で、5000メートル上空に-40度の寒気が来たというふうに解説されます。しかし、解説する予報官や気象予報士の説明をその都度しっかりと聞くと、5000メートル上空とか、5500メートル上空とか、5000メートル余りの上空とか、言い方が微妙に異なります。これは特定の高度の気温を観測しているわけではないからです。かといって、500hPa面での-40度の寒気が南下などと説明したならば、説明の説明が必要となりますし、天気予報の僅か5分ほどで、ごちゃごちゃと説明などできないでしょう。専門家の予報官や気象予報士にすればキチンとしたことを解説したいハズだと思うのですけれども、時間的制約もあるし、また、ごちゃごちゃと解説して、視聴者がちゃんと聞くのだろうか?ということもありましょう。そのあたりのジレンマみたいなものがあるのではないか? と想像しています。

さて、本日2012年9月21日09時の500hPa気温を見ると、西日本上空に秋の寒気がやってきました。
2012年9月21日09時 西日本上空の寒気
↑暑さ寒さも彼岸までという俚言に合わせるかのように、西日本の上空に寒気が侵入してきました。平年値よりの偏差はマイナス4~5度ではありますが、それまでは平年値よりも高めでしたので、地上でもめっきりと涼しくなったという感じです。今朝の九州内陸部では15℃前後まで冷えたところが多く、肌寒いぐらいだったのではないだろうか?

福岡の上空の気温変化
↑気象庁の観測データを元にして、山のキノコが作成しました。緩やかに下降している赤線が日ごとの平年値の推移です。激しく変動する青線が今年の8月1日から9月21日の変化です。9月17日に+0.5度という異常値をしめしているのは、この異常値を観測した17日09時に、福岡の西200キロのところに台風16号(T1216)の中心があり、台風中心部の強烈な上昇気流で吹き上がる暖域にかかったためではないかと思います。そのあと数日たって寒気が南下してきたようであります。上空の気温変化をみても完全に夏は終わりました。

淡路島南部の南あわじ市でも、山の方ではススキの開花を確認、観月会の活花に間に合った
2012年09月12日 南あわじ市神代上田川源頭尾根にて
↑さる9月12日に、南あわじ市神代上田池の源流地帯の尾根で、ススキの開花を見つけました。海抜は470メートルぐらいの場所です。付近を捜すともう1株開花していました。山の方ではやはりススキの開花は平地よりも2~3週間は早いようです。今年の中秋の名月は遅くて、9月30日でありますが、観月会の活花にはススキが使えそうです。
言論弾圧時代の到来!  危険な「違法ダウンロード刑罰化」は、この10月1日から施行!
【言論を封殺し、反体制の者を逮捕するための道具として、本来の趣旨とは別件運用が予想される法案の数々…】悪法が次々に可決され、また、議会に提出されています。ものの自由に言えない時代は、すぐそこに迫っています…。おそらく、この国を支配する真の権力者たちは、テレビ・大新聞・大手出版社はすでに制圧して支配下に置いています。問題はネットです。国民の各界各層で大勢の人々がHPやブログで好き勝手に政府を批判したり、掲示板に国の政策に文句をいう書き込みがあふれかえっているのを、支配者は苦々しく思っているのでありましょう。で、なんとかネットを黙らせることはできないか? ということで、以下に掲げた法律(法案)が、矢継ぎ早に繰り出されています…。

「人権委員会」設置法案、今国会への提出断念 今国会に提出を断念したというだけで、またぞろ出してくるでしょう。人権侵害の基準があいまいで、人権侵害の名のもとに不当逮捕がありえそうです。
マイナンバー法案 国会審議 尽くせるのか 第180回国会では成立しませんでしたが、しかしながら、国民一人一人の行動の全てを監視し、統制するための基本的ツールを狙っているので、またぞろ出してくるハズです。
“現代版・治安維持法”「コンピューター監視法案」が衆議院にて可決サイバーテロ犯罪条約に基づく国内法整備の一環であり、コンピューターウイルスの作成・保管・提供の罪を問うものでありますが、意図的な目的外利用の危険性をはらむことは多くの人々が指摘しており、既に施行されています。
知らないと逮捕される 違法ダウンロード刑事罰化! 2012年10月1日から施行です。良い作品を創った人々が正当に報われるよう違法なコピーを取り締まるのはわたくしも賛成ではあります。けれどもその大義名分の裏に潜む意図には寒気がします。捜査当局のサジ加減ひとつで誰でもが逮捕される危険性があります。
「秘密保全法」の怖さを知っていますか? これって秘密警察国家だ、と法律家も反対の声を挙げています。原発情報公開を求めてデモ行進を呼び掛けただけで処罰の可能性も?
警察権力を肥大させる改正暴対法の「直罰規定」とは? 警察にとって必要悪の暴力団を利用して、予算の増額、組織の拡大、権限の増強を狙う警察権力の矛先は、言論封殺の方向へも向けられるハズです。警察官僚出身の亀井静香氏も嘆いているらしいです。
欧州議会が否決したACTAを日本が推進する理由 この法律(条約)は模倣品の防止や著作権物の保護を目的としているといっても、違法コピーの巣窟の中国が入らないのではザル条約でありましょう。で、本当の狙いは、体制批判するサイトを強制閉鎖させる道具にするのであろうという見方には、説得力があります。

強制閉鎖対象サイトのランク

●GHQが、近代刑法ではタブーとされる事後法を作って裁いた戦犯もA級戦犯・B級戦犯・C級戦犯という3種類がありました。兵庫県レッドデータブックでも絶滅危惧生物をAランク・Bランク・Cランクと等級を付けています。このように、人間というものは、物事に序列であるとか等級を付けたがるものです。

そこで、国家権力が国家に歯向かう主張をするインターネット・サイトを粛清して黙らせるため、国家権力に歯向かい、国家権力を批判するサイトのあぶり出しに着手する筈です。「国家反逆サイト情報収集事業」を公募してIT企業に請け負わせるでしょう。受注したIT企業はアルバイトを雇って、色々なキーワードを打ち込んで国家を批判するサイトを探します。おそらく、多くのIT企業が国家権力の犬(ポチ)になって、そういうビジネスに税金が流し込まれ、一大産業になるでしょう。

そのようにして国家権力に反逆するサイトが、むかしレッドパージで共産主義者があぶりだされたように、何十万もあぶり出されるでしょうが、その後には、その数十万もの違法サイト(あくまで権力者からみた違法サイト)がランク付けされて、そのランクに応じて順番に粛清されていくでしょう。

●と、わたくし山のキノコは予想します。昔から、言論弾圧には定石というか定番のやり方があるように思います。あぶり出しは簡単です。結局、インターネットを手にした人々は、これを自在に使えば、情報が発信できたり、世の中にむかって主張ができると思ったのですが、それは全く大きな誤算でありました。実は全く逆です。インターネットは国家権力に歯向かう反乱分子の抽出ツールだったのです。黙っていれば分からないのに、HPやブログで一生懸命に原発反対やTPP反対や消費税増税反対を書けば、“自ら反乱分子です” とお上に申告するのも同然なのです。ということだったんですね。そこに気づくと、全くガクゼンであります…。なんてこっちゃあぁ!


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Aランク強制閉鎖対象サイト
このランクは、たとえば植草一秀先生などが典型的な例です。植草先生は、日本を代表する論客であり、竹中平蔵氏とは立ち位置が正反対のエコノミストであります。著書も沢山あり、読者も多く、このレベルは、社会に対して大きな影響力があるので国家権力はあらゆる手段で潰しにかかると思います。全くの微罪で、あるいは因縁をつけて、家宅強制捜査・PCの押収、逮捕はあり得ます。また税務調査が入って嫌がらせも考えられます。とうぜん運営するサイトは強制閉鎖です。

また、このレベルの人は能力が極めて高いので、転向させて味方につけた場合は利用価値があります。で、金銭供与とか、政府の委員に抜擢するとか、利益を掴ませて懐柔策で国家権力の協力者にさせることも考えられます。A級戦犯の岸信介や正力松太郎がアメリカに忠誠を尽くすのと引き換えに無罪放免してもらったとか、しばしば国家から税務調査の嫌がらせを受けていた副島隆彦氏がある利益供与をうけて異様な原発擁護論者に転向したことなど、司法取引や利益供与による転向はいくらでも事例があります。

Bランク強制閉鎖対象サイト
このランクはAランほどではないが論客ぞろいで、国家権力にとっては脅威です。たとえばマッド・アマノさんなどはそうです。反骨精神あふれるこのランクの人たちは著書もたくさんあるレベルで、社会に対してそれなりの影響力があり、そのサイトは国家権力にとっては目の上のたんこぶです。除去したいハズです。とうぜん強制閉鎖の対象であります。二度と国家権力に歯向かわないようにと、家宅捜査・逮捕もあるでしょうし、税務調査も入ります。

Cランク強制閉鎖対象サイト
このランクの典型例は、たとえば「環境問題を考える」を主宰される近藤邦明さんなどです。近藤さんは本来はBランクでしたが、すでにアクセス制限の弾圧を受けています。ヤフーやグーグルの検索の網にかからないように工作されています。で、アクセス数から言えばCランクに余儀なくされています。近藤さんは有名な物理学者の槌田敦先生と連携して、原発反対、CO2地球温暖化説否定、新エネルギーの欺瞞性指摘に、論陣を張っています。わたくしも槌田先生や近藤さんの著書から、いろいろなことを教えてもらいました。主張されていることは通説とは逆ですが、よく読めば、まともなことを言っているのがわかります。このランクのサイトも強制閉鎖の対象です。

Dランク強制閉鎖対象サイト
このランクは、アクセス数はせいぜい数十程度で、社会にたいして影響力が全くありません。例としては、わたくし山のキノコや、ランクルさんがこれに当たります。このレベルの人たちは自ら思考する能力がなく、AランクやBランクのサイトの文章を読んで、受け売りするか、コピペするしか能力がありません。AランクやBランクを殲滅しさえすれば、このランクの人々が自分の言葉で独自に主張することは、ほとんど出来ないでしょう。で、国家権力にとってはうるさいハエ程度の存在で、あまり脅威ではありません。ただ数が多いので、国家反逆思想の拡散ということでは侮れない面もあります。米国では「愛国者法」の制定で7万ものサイトが強制閉鎖されたといいますから、このランクまで強制閉鎖が及ぶ可能性が考えられます。しかし、家宅捜査とか逮捕はないでしょう。あっても厳重注意ぐらいです。そもそも、このランクは数が多すぎて、捜査するのには警察官の人数が不足しています。また、罪人をたくさん作っても刑務所の定員が不足しています。よって、そのサイトにアクセス制限をかける程度の処分か?


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では、強制閉鎖を逃れる手段はあるのか? ですが、ありますよ。この写真が教えています。
張り紙で難を逃れたユニクロ
↑この写真の出所というか、著作権がどこにあるのか不明ですが、ネットから拾ってきました。

●ユニクロは、「支持釣魚島是中国固有領土」という張り紙をして、中国全土を吹き荒れる反日暴動の難からのがれました。でも、こんな相手に媚を売るような見え透いた策を弄したのでは、中国・日本双方からの信頼を失うのではないか? と思うんですけども、どうなんだろうかしら?

ま、それはさておき、国家権力を批判しない、逆に国家権力をほめたたえる、具体的には、原発擁護・TPP大賛成・消費税増税は当然だというふうなことを書けばいいのです。そうしたらサイトが強制閉鎖されることはありません。けっきょく北朝鮮みたいになってしまいますが、そうして自由な言論は封殺されていくのでしょう…。


追記
上海のユニクロ店舗における、尖閣問題に関する掲示物の件につきまして
ユニクロの持ち株会社であるファーストリティリング社から、IRニュースがリリースされました。一部、引用します。

「上海郊外の一店舗におきまして、9月15日午後、当該店舗の現地従業員が独自の判断により、上記内容の張り紙を掲示し、約40分後、撤去していた事実が判明いたしました。本件は会社の指示によるものではなく、また、他の店舗におきまして、このような事は一切起きておりません」
タマゴタケ(卵茸)の観察
●諭鶴羽山系のシイ林やウバメガシ林では、夏から初秋にかけて、地面にタマゴタケがよく出てきます。落葉が溜まり、厚い腐葉土が形成されているようなところに出ることが多いです。このタマゴタケは傘がオレンジ色~朱色であります。原色けばけばしくて、とくに幼菌では目の覚めるような鮮紅色でありますから、恐ろしい毒茸のように感じる人もおりましょう。しかしながら本種は上等な食菌です。“毒キノコは鮮やかな色で、食用キノコは地味な色” などとするのは全くの迷信であり、その迷信は根強いのですけれども、そんな根拠なき迷信を打破するのに最適なキノコがタマゴタケなのです。

●近年では、諭鶴羽山系では、タマゴタケの成菌を見ることが少なくなりました。というのはイノシシやシカが食べるのです。タマゴタケはよく目立ちます。イノシシ(猪)やシカ(鹿)の色彩感覚はどうなっているのか、イヌ(犬)みたいに色盲なのかどうか知りませんが、タマゴタケの幼菌の段階で見つけて食べてしまいます。諭鶴羽山系のイノシシやシカはキノコが大好きなのです。天然のシイタケを採る場合、発生する枯れ木の下の方は動物たちが食べてしまいます。動物たちの背が届かない2mぐらいから上のものしか残りません。

まずは、キノコの各部位についての名称を覚えましょう
テングタケ属の用語図解
↑保育社 上田俊穂著『検索入門 きのこ図鑑』から借用。テングタケ属(Amanita・アマニタ)の部位名称です。

【↓タマゴタケの幼菌 9月12日撮影】2日後、動物に食べられた。
タモゴタケの幼菌
↑卵の殻(白身)を突き破って、中の黄身ならぬ赤身が出てきました。更に幼菌があったならば、縦に切るとタマゴタケと和名を付けられた理由がよく分かるのですが、捜しましたが、ありませんでした。

【↓タマゴタケ成菌 9月14日撮影】上の写真のものとは別もの。
タマゴタケの成菌
↑タマゴタケの傘は縁よりも中央部のほうが色が濃いです。この写真は傘のてっぺんが白っぽいですが、これは光線の当たり具合によるものです。傘の表面がツルンとしているので光線を反射しています。白っぽいわけではありません。傘の頂は、たんこぶが出来たかのように少し盛り上がることが多いです。

●上の写真のものを測ってみました。
傘の径は6.7㎝、高さはツボの基部から傘の頂まで12.0㎝、つぼは長さ3.4㎝、幅2.1㎝、柄の径は基部つぼに接する部分で1.0㎝、最上部で0.6㎝であります。あくまでも写真の子実体のサイズでありますが、タマゴタケとしては、やや小ぶりという感じであります。

【↓傘の縁には縦じま模様の条線がある】これが本種の大きな特徴。
傘の縁には条線がある

【↓柄には縞模様がみられます】
柄には「だんだら模様」がある
↑卵の殻のようなつぼからぴゅーっと伸びるには、地色よりも濃色のだんだら模様(縞模様)があります。柄の上部には膜質のつばが垂れ下がるようにまとわりついています。柄は中空です。(中身が詰まっていなくて、柄を横断するとストローのように穴があいている)
かさの裏側のひだは黄色っぽく、ひだの粗密状態については、傘の外縁部において数えると1㎝幅に8~9本ありました。(当然ながら傘の中心部に行くと密になる)

食べ方、山と渓谷社『日本のきのこ』から引用します
傘は薄くやわらかく、ぬめりがあり、きわめて舌ざわりがよい。きのこそのものの味はよい。根もとの白いつぼは、味がなく、口あたりもよくないので取り除いて料理する。きのこ汁、けんちん、お吸い物などの汁物や、鍋物には、こっくりとしたうま味のあるだしが出る。ただし夏場に発生するものは、特に虫がつきやすく、傘の内の痛みも早いため、特有の腐敗臭が出ないうちに、手際よく料理しなければならない。

注意点
タマゴタケの亜種に傘の色が異なるものが知られています。暗褐色のチャタマゴタケ、黄色のキタマゴタケ、ですが諭鶴羽山系にはなさそうです。また、傘が赤色のタマゴタケには柄にだんだら模様がない系統があるみたいで、諭鶴羽山系でわたくしも見たことがあります。
タマゴタケが属するテングタケ属のキノコには、猛毒菌がたくさん含まれているのが知られています。諭鶴羽山系でも、致死量が1本と言われる猛毒菌御三家のドクツルタケシロタマゴテングタケがよく見られます。ので、観察して少しでも変に思ったら、絶対に手をださないことであります。特に白いキノコには手を出さないこと
諭鶴羽山系の薬草(番外編) 野生状のカラタチ
●柑橘類の果皮などに含まれている「オーラプテン」という物質に、発がん抑制作用があることが分かって大分年数がたちます。京都大学大学院農学研究科 村上 明 『オーラプテンの機能性研究を振り返る』参照。その間に、柑橘類の新品種開発の世界においても、オーラプテンの含有率の高い新品種ができないものかと研究され、カラタチとオレンジとの細胞融合によって「オレタチ」という品種が出来たのはたしかもう20年以上前だったと記憶しています。10年前ごろには苗木の販売も始まりました。があまり売れているようには思えませんが、ガン予防の機能性食品として、オレタチという名の新柑橘が店頭に登場するのも間近ではないかと思います。

●また、農林水産省果樹試験場興津支場(現 農研機構果樹研究所カンキツ研究興津拠点)で1994年に、カラタチにハッサクや晩白柚を複雑に交配させて、オーラプテンの含有率の高い「オーラスター」という柑橘の新品種を開発しています。オレタチにしても、オーラスターにしても基礎になった品種は「カラタチ」であります。どのように品種改良しようとも、実は、オーラプテンの含有率が突出して高いのは「カラタチ」なのです。ま、原種が一番価値があるという典型的な例であるといえます。独立行政法人・農研機構のサイトを掲示しますから、ご参照ください。
果樹研究所 カンキツ「カラタチ」「オレタチ」
オーラプテンを高含有するCTV免疫性のカンキツ新品種「オーラスター」

素人のイチャモンですが、「オレタチ」も「オーラスター」も普及しないでしょう。売れないでしょう。ま、これらは研究のための研究みたいなものであります。配分される研究費を消化するための研究かも? 賭けをしてもいいです。そもそもこれらは食品です。クスリではありません。これらを常に食べているとガンになりにくいかも? という程度のものです。食品であるからには、風味・値段が普及のカギになりますし、生産者にとっては儲かる素材でなければなりません。これらの観点から???という感じです。農林水産省果樹試験場が開発した新品種には、産業的には空振りになったものが沢山あります。空振りのほうが多いかも?? 出版や音楽事業と同じですね。大ベストセラーや大ヒット曲はめったに出ないのです。(果樹園を一新させるヒット新品種はめったに出ない…)

●それよりも、屋敷の生垣にカラタチを植えて、秋に黄色く色づいたら果実をかじったら宜しい。カラタチの果実は種子だらけで、果汁が少なく、酸っぱくて苦いですが、“良薬は口に苦し” です。なぜカラタチをかじった方がいいのか? 根拠は次のデータであります。先に挙げた農研機構サイトから引用します。
オーラプテン含有率
↑農研機構の開発した新品種「オーラスター」は若干ましではありますが、何と言ってもカラタチをかじるのが一番宜しいのは明白です。秋・冬にはカラタチの実をかじり、春から夏には「川野なつだいだい」つまり「夏ミカン」の皮をかじるとよろしい…。

諭鶴羽山系にはカラタチが点々と野生化しています。
諭鶴羽山系には、ほとんど谷ごとにカラタチの野生化したものがみられます。海抜400メートルの高所にもカラタチの立派な大木を見ています。これから本格的な秋を迎えると果実が黄色く熟すでしょう。ガンの予防になる機能性成分のオーラプテンを大量に含む健康果実であります。酸っぱくて苦くて果汁が少ないのが難点ではありますが、地面に落ちて腐らせるのはモッタイナイです。籠をもって採りに行きましょう!
(2012年9月13日、洲本市鮎屋川 大城池奥にて観察)
カラタチの果実が色づく
↑色づくには、ちょっと早いですから、この木の枝の中に虫が入っているのかもわかりません。
カラタチの果実
↑任意に20個ほどの果実の径を測ってみましたところ、30-43ミリの範囲に分布していました。
カラタチの葉
↑トゲも葉もともに互生しています。トゲも葉腋(ようえき)から出ていますが、トゲは葉の上側(枝の先端側)についています。トゲは葉の変化したものとも、枝の変化したものとの、両説がありますがトゲは葉の上に着くから枝の変化したものじゃないのかな? (よく分かりませんが…)
葉は3出複葉で、頂小葉が他の2つの左右の小葉よりもやや大きく、任意に20枚ほど測ってみましたところ長さ45-63ミリの範囲に分布していました。葉柄にはつばさがあります。
身近な自然物を利用する。石鹸の木「エゴノキ」
●世の中にモノはあふれかえっています。店に行けば、多種多様なモノが販売され、カネさえ出せば何でも手に入ります。モノは次から次に作られ、消費され、捨てられます。メーカーはメーカーで次々に新商品を開発し、ちょっとでも古いものは型遅れの旧式のものだから、早く捨てなさい、そして新しいモノを買いなさいと、脅迫するような宣伝をしています。経済学者は経済学者で、景気が悪いのは需要が不足しているからだと主張しています。まるで、国民がモノを買わないのが悪いんだと言わんばかりであります。資本主義経済の倫理では、モノをどんどん買って、消費して、捨てて、新しくまた買う、ということが善であります。モノを買わない、大事にする、長く使う、修理して使う、というのは忌むべき悪徳であります。資本の論理ではモノを永く大事に使うのは、ほとんど犯罪なのでしょう…。

●このように現代社会はモノがあふれています。この豊饒の時代にあっては、物資が欠乏するなどということは、現代ではちょっと考えられないわけです。しかしながらモノが豊饒にあるということのほうが、人類の長い歴史のなかでは、異常なことであるということも真理です。モノが不足し、欠乏し、なかなか手に入らない、カネを出しても手に入らないということのほうが歴史的には常態であります。モノが豊富にあるという異常な状態を、当たり前だと錯覚しているのが現代社会であるということも、言えましょう。そうした現代社会のなかでは、物資が何もなかった時代に、人々が身近な自然物とか、あり合わせのモノで工夫して生き抜いてきた技術が、跡形もなく忘れ去られ消え去ろうとしていますが、それでいいのだろうか? とふと思うことがあります…。

●さて、モノが不足し、また、便利なモノが発明されていない頃、たとえば石鹸などまだなかった時代に人々は汚れたものを洗浄するにはどうしていたのか? いろいろあります。灰汁(あく)洗いが代表的なものですが、真っ白な草木灰を水で溶かした上澄み液は強いアルカリ性の水溶液で、けっこう汚れものを洗えます。石鹸の木というものも古くからいろいろと知られています。日本では ムクロジ(ムクロジ科) や、エゴノキ(エゴノキ科) や、サイカチ(マメ科) などです。これらの樹木の未熟な果実には高濃度のサポニンが含まれていて、石鹸の代用品と十分にすることが出来ます。

インドのリタという木は、英語名がそのものズバリで、ソープナッツと言うらしい。ヘナ遊(Henayu)様サイト「無添加天然の石鹸ハーブ・リタ/ソープナッツには天然の石鹸成分サポニンが豊富」 参照。


諭鶴羽山系にある石鹸の木「エゴノキ」
エゴノキ
↑エゴノキは身近な里山の雑木林や二次林にある普通種の樹木。どこにでもあります。

エゴノキの果実
↑びっしりと鈴なりの果実です。果実の長さは10―15ミリで、水で戻した大豆ぐらいの大きさです。夏から初秋ぐらいの緑色の状態の果実を石鹸の代用品にします。

エゴノキの葉
↑葉は互生で、葉の形は楕円形の先端と葉柄側を尖らせた形状で、葉の縁が波打つことが多い。

エゴノキの利用の仕方
晩春から夏、そして初秋までの緑色の果実を利用します。すり鉢にエゴノキの緑色の実を入れて、スリコギですりつぶします。すりつぶしたものをタライに張った水に投入し、よくかき混ぜます。そして10分ほど放置します。すりつぶしたエゴノキの実の残渣が沈殿すると、その上澄み液を採取してエゴノキ石鹸水とします。箸でちょっとかきまわしただけでも、非常に泡立ちます。

エゴノキの石鹸水

エゴノキの石鹸水を使って実際に洗濯をしてみた
茶色く変色するまで汚したタオルを用意して、エゴノキの石鹸水で手洗いという方法で実際に洗濯してました。まず気づくことは泡立ちが物凄いです。石鹸水がぜんぶ泡になるのではないかと思うほどの泡立ちであります。

汚れの著しいタオル
上のものをエゴノキ石鹸水で洗った

洗濯の結果は、かなり汚れが落ちて、茶色いタオルがかなり白っぽくなりました。写真では分かりにくいかもしれませんが、実物を肉眼でみればハッキリと白くなっています。上下2つの写真を比べると、田という字の内部にある布地の色に着目すれば、白くなったことがわかります。茶色く変色するまで汚れた布地が、だいぶん白くなったので、薄いブルーの田という文字が鮮やかになっています。エゴノキ石鹸水はそれなりの洗浄力があるのは、ほぼ間違いなさそうです

(ただし、茶色くなるまで汚れを放置したタオルですので、石鹸で綺麗にするには限界があります。真っ白にするには塩素系漂白剤で漂白するしかないでしょう…)



実りの秋、食べられる野生果実(その8)       ――野生モモ――
●秋になりました。稔りの秋であります。本日(2012年9月11日)にある植物の観察をするために、諭鶴羽山系の北斜面の谷の奥に行ってきましたところ、野生モモがぼちぼちと食べごろを迎えていましたから、写真を撮りました。モモは中国北部原産とされ、縄文晩期の遺跡からモモの種子(核=種子の入れ物=内果皮)が出土するというから、恐らくモモは史前帰化植物であろうかと思われます。諭鶴羽山系にも谷ごとに点々と野生モモが自生しています。おそらく諭鶴羽山系に自生する野生モモも古い時代に中国から伝来したものが、野生化しているのでしょうけれども、しかしながら、栽培種と比べると果実が小さく、熟期も遅く、樹勢がきわめて旺盛で大木になるなど、形質にかなりの違いが認められます。それで、日本列島の各地に野生モモが分布しているのは、これは帰化植物などではなく、日本自生種だとする説もあるようです。

中国渡来説と、日本自生説とがある野生モモ】 諭鶴羽山北斜面にて
野生モモの木
↑大きなものでは樹高10mにも達し、けっこう大木になります。写真の木は老木なので、果実の着果状況は疎らで少ないのですが、樹勢の旺盛な個体ではウメの木のように沢山成ります。

野生モモの果実が色づく
↑熟期は栽培種よりも大分遅く9月11日でもまだ青くて硬いものが多いです。しかし、なかにはぼちぼちと色づきはじめた実もあります。今月末には食べごろとなるでしょう。お味は栽培種ほど甘みがありません。けっこう酸味があるのですがスモモほど酸っぱくもありません。ちょうどモモとスモモの中間の味です。実は栽培種よりも小さく、スモモかアンズ程度の大きさです。栽培種ほどではありませんが、野生モモも虫害が多いです。で、果実を採集して食べる場合には、虫を食べないように気をつける必要があります。

野生モモの面白い食べ方は、核のなかの種子を取りだして、炒って木の実として食べるのもいいでしょう。10月ごろ地面に落ちた果実を拾い集めて、果肉を腐熟させて中身の「核、かく」を取りだします。そしてよく乾燥させます。乾燥させたら3時間水につけて核をふやかします。核の内側は乾燥状態、核の外側は湿った状態にするのです。うまくこの状態にしてフライパンで炒ると核がパリンと割れます。で、中身の種子を取りだすのですが、その種子を塩をまぶして炒ります。上等な木の実(ナッツ)になります。分かりやすく言えば、野生モモのアーモンドです。お酒のつまみには、宜しいかと……。でも、作るには手間がかかりますよ。

野生モモの用途
果樹栽培の方面では、野生モモの実生苗に、よく栽培品種のモモが接ぎ木されています。とくに有名なものが「富士野生モモ」です。富士山麓の本栖湖の周辺に自生していたものから選抜されたもので、これを台木にして接ぎ木をすると樹勢が強く、寒害や虫害にも強く連作障害も出にくいといわれています。とりわけモモの樹勢を弱らせる樹脂病に抵抗性があり生育がいいとされています。富士野生モモのほかに、長野県の野生モモも有名で、農業試験場などで試験栽培がよく行われています。ですが、諭鶴羽山系の野生モモが、栽培品種のモモの台木に使われたというハナシはまだ聞いたことがありません。
国華園の富士野生モモの台木
9月2日が、真の終戦の日ではないのか?
去る9月2日は真の終戦の日(敗戦の日)であったハズです。そこで、そのことについて言及する記事があるかどうか? 5大全国紙(朝日・読売・毎日・産経・日経)の9月2日および9月3日付の朝刊を丹念に調べてみました。見出しとリード文をチェックするという方法で調べたのですが、記事本文にまで踏み込んでチェックしきれないので、見落としはあるかもしれません。しかし見出しとリード文を見る限りでは、9月2日が真の終戦の日であることを示した記事は全くありませんでした。

9月2日が真の終戦の日であるのにもかかわらず、8月15日のような何の式典もなければ、何の特別番組も特別報道もありませんでした。政府も何の声明も発表しませんでした。さる9月2日が本当の終戦の日、もっと言えば「敗戦の日」であるのは明白なのに、これは一体どうしたことであろうか? 歴史的に見れば、1945年9月2日に、東京湾上に停泊するアメリカ戦艦のミズーリ号の甲板で、日本と連合国の間で降伏文書に調印して、正式に戦争が終結しています。これが本当の終戦の日ではないのか?

しばしば言われることに、戦争が終わっているにもかかわらず、ソ連が千島列島に侵攻してきたということがあるのですが、ソ連の対日参戦は8月8日であります。その時点では戦争が終結していないのは明らかです。8月14日もしくは8月15日が終戦の日であるとするならば、ソ連が千島列島の占守島に攻め込んだのは8月18日であります。確かにそれは8月15日以降ではありますが、しかしながら降伏文書に日本側代表が署名したのが9月2日である以上は、終戦してから、ソ連が侵攻してきたという主張はあきらかにおかしいです。

どうもこうも、67年前の終戦の年についての情報には、情報が錯綜しているとか、諸説が紛糾しているとかいうことではなくて、意図的な政治的情報操作があるように思えます。

●そもそも、戦争というものは、宣戦布告なしの事変(たとえば支那事変)という形式のものもありますし、国家以外の武装集団どうしの衝突は戦争と言わずに紛争(たとえばコソボ紛争など)と表現しますし、国家とその国家内の部分との衝突は内戦として分類されましょう。いずれにせよ武力衝突であることには変わりません。それはさておき、国家と国家との戦争は普通は宣戦布告がなされ、講和条約の締結をもって終結するものと考えられるようであります。ふつうは、どちらかが白旗を挙げて降伏して終結して、勝敗が決せられます。もちろん、戦争に引き分けというか、戦況がどちら側にも好転せず、双方が痛手を負ってこれ以上はご互いにかなわんから、双方痛み分けでケリをつけましょうとか、あるいは一旦停戦協定を結んであとはうやむや、と解する事例もありましょうが、普通は勝つか負けるかどちらかでありましょう。いろいろ資料に当たって調べてみましたところ、戦争は、一方の国が相手国に宣戦布告を投げつけて始まり、戦闘が行われて、やがてどちかかが「参りました」と白旗を挙げて、講和条約が締結されて終了するというのが、国際法的にも戦争のルールのようであります。

日本と連合国との間で講和条約が締結されたことをもって、真に戦争が終わったと解するならば、1951年(昭和26年)9月8日にサンフランシスコ講和条約が調印されたのですから、これを以って終戦の日とすべきでありましょう。日本は6年間に及ぶGHQに占領され支配下にあったわけですが、この1951年9月8日に講和条約が締結され、翌年の1952年4月28日にその講和条約が発効して、日本の独立が回復(いちおう格好だけは)しました。この9月8日もしくは4月28日が本当の意味での終戦の日かもしれません。(占領軍が支配していたということは、戦火こそ交わされないものの、戦後処理の状態が6年間続いた)

あるいは、休戦条約の締結を以って戦争終了と解するならば、明らかに9月2日が終戦の日である筈です。ポツダム宣言と言う休戦条約を締結したのは1945年9月2日であるから、その日を「終戦の日」と言うべきではないのか? そういう観点からみれば、8月15日を「終戦の日」などという主張は誤魔化しであって、そういわないのは政治的なイメージ操作であると言ってもいいのではないのか? 8月15日はあくまでもポツダム宣言という休戦協定を受け入れなさいと迫る連合国の要求を、日本が受け入れると最終決定し表明した日なのであって、正式に休戦協定が結ばれた日では決してないハズです。

●日本史の教科書に終戦に関してどのように記述されているか、見てみます。手元にそれがないので、代用品として『もう一度読む山川日本史』から引用します。この書物は山川出版社が出版している高等学校用の日本史教科書を下敷きにして、社会経験を積んで鋭い問題意識をもつ大人がもういちど日本史の基礎を学び直すためにと、リライトされたものです。数年前にベストセラーになった本ですが、内容は高校日本史教科書そのものです。この書物では、何年何月何日を以って戦争が終わったのかは明記していません。

【ちょっと長いが、引用開始】
戦争の終結 312-313頁から引用。
一方連合国側は、1943年(昭和18)11月、米英中の3国首脳がカイロ宣言を発して、日本とあくまで戦いぬくことや日本の植民地を独立または返還させることなどを明らかにした。1944(昭和19)年末以降、アメリカ軍機による本土空襲が本格化した。とくに1945(昭和20)年3月の夜間大空襲で焼夷弾(しょういだん)攻撃で、東京の下町が焼きつくされたのをはじめ、あいつぐ空襲のため、全国の主要都市はほとんど焼野原となった。同年3月、アメリカ軍が沖縄に上陸すると、住民をまきこんだはげしい戦闘がくりひろげられ、6月には日本軍が全滅した。沖縄はアメリカ軍によって占領された。沖縄では、この戦闘で民間人約10万人をふくむ約20万人の日本人が死亡した。

ヨーロッパでも、1943年9月、イタリアが連合国に降伏し、45年5月にはドイツも降伏した。鈴木貫太郎(かんたろう)内閣は、同年6月、日本と中立関係にあったソ連を仲介として和平工作に着手したが、すでに同年2月、ローズヴェルト・チャーチル・スターリンの米英ソ3国首脳はひそかにヤルタ協定をむすび、日露戦争で失った領土の回復や千島の獲得などを条件に、ドイツ降伏後の2~3カ月後にソ連が対日参戦することをとりきめたいた。1945年7月、米英ソ3国首脳はふたたびポツダムで会談し、その機会に米英中3国(のちにソ連も参加)でポツダム宣言を発し、日本に降伏をよびかけた。

しかし、ソ連を仲介とする和平の実現に期待していた日本政府は、はじめポツダム宣言を黙殺する態度をとった。これに対してアメリカは、同年8月6日広島に、9日には長崎に原子爆弾を投下し、一瞬のうちに市街地を壊滅させ、多数の一般市民を死亡させた。そのうえ8月8日、ソ連が日ソ中立条約を侵犯して対日宣戦を布告し、満州・千島などに侵入を開始した。

日本政府もついに意を決し、昭和天皇の裁断という異例の形をとって軍部などの戦争継続論をおさえ、1945年(昭和20年)8月14日、ポツダム宣言受諾を連合国に通告し、翌8月15日、天皇自身のラジオ放送をつうじて、国民にこれを明らかにした。そして9月2日には、東京湾内のアメリカ艦船ミズーリ号上で日本は連合国とのあいだで降伏文書に調印した

こうして6年にわたって、全世界に史上空前の惨害(さんがい)をもたらした第二次世界大戦は、枢軸陣営の敗北によっておわりをつげた。第二次世界大戦における日本の死者・行方不明者の正確な数字はわからないが、軍人と民間人あわせて約300万人、被災者合計約875万人と推定されている。なお、戦後、ソ連軍に降伏した日本兵ら約60万人がシベリアやモンゴルに連行され、強制労働に従事させられ、約6万人が死亡した。 【引用終了】

●下線はわたくしが引いた。一連の動きが推移していって、すなわち、ポツダム宣言 → 日本は無視 → ソ連の和平仲介に期待 → 原爆投下 → 御前会議 → ポツダム宣言受諾決定 → 連合国に通告 → 連合国軍上陸 → GHQ設置 → ポツダム宣言降伏文書に調印、とこういう動きの結果として戦争がおわった。という記述です。しいて申せば、最後に示した項目の “降伏文書に調印” をもって戦争が終わったと言っているように読めます。すくなくとも、8月15日に戦争が終わったとは記述されていないです。

【ここで、1945年の終戦前後の動きを再確認】
7月17日 ポツダム会談が始まる。戦後処理と日本の降伏条件について
     話し合われた。
7月26日 米国・英国・中国・ソ連の4か国の名で、日本を降伏させる
     条件等を定めたポツダム宣言が出された。
8月02日 ポツダム会談が終了した。
8月06日 午前8時15分、広島に原子爆弾が投下され炸裂する。
     犠牲者数は正確には不明だが、9-16.6万人。
8月08日 ソ連が日本に対して宣戦布告。満州・樺太で進撃開始。
8月09日 午後0時01分、長崎に原子爆弾が投下される。
     犠牲者数は正確には不明だが、6―8万人。 
8月09日 支那事変以降、第14回目の御前会議が開かれた。10日未明
     の2時30分、国体護持を条件にポツダム宣言受諾を決める。
8月14日 最後の御前会議が開かれ、ポツダム宣言の受諾を最終決定。
8月15日 正午に天皇が玉音放送で、ポツダム宣言を受諾し連合国に降
     伏することを、国民に対して発表した。
8月18日 日本軍とソ連軍との占守島の戦いが勃発。
     21日に日本軍降伏
8月22日 三船殉難事件、樺太からの引上げ船がソ連潜水艦に撃沈。
8月28日 占領軍の先遣隊が厚木基地に上陸。横浜にGHQの本部設置。
8月30日 連合国軍最高司令官マッカーサー元帥が厚木飛行場に到着。
9月02日 日本帝国政府が東京湾の戦艦ミズーリ号艦上で連合国に対す
     る降伏文書(ポツダム宣言)に調印した。
     第二次世界大戦が完全終結。(対日戦勝記念日)
9月03日 フィリピン防衛戦を行っていた山下奉文大将が降伏調印。
9月07日 日本軍沖縄守備隊がアメリカ軍に降伏調印。

●この1945年の終戦前後の動きから、8月15日にピタリと戦闘が終わったわけでなく、その後も1週間程度あちこちで小競り合いが行われています。また、9月2日に画然と突然に休戦協定が調印されたわけでもなさそうです。その1週間ほどまえから連合軍が上陸してきて準備をしています。つまり終戦というのは特定の日時を以って一挙にそれが行われたのではなく、1か月ほどの時間の幅のなかで進行していった事象ということではないか? それである特定の日を終戦の日と定めるのであれば、休戦協定が調印された日とするのがよさそうです。

●GHQが日本を占領統治していたころは、9月2日を終戦の日としていたようであります。しかしながら、一応恰好だけは日本の独立が回復されてからは、終戦の日がいつとはなしに8月15日にすり替えられたようであります。Wikipedia「終戦の日」を参照。終戦の日がピシリと8月15日に決まっているわけではなく、要するに色々な考え方や基準がありそうです。

●それにしても、5大新聞が9月2日の終戦(ポツダム宣言調印の日)に関して一切の記事がないのは、異様な感じがいたします。わたくしの見方では、9月2日を終戦の日としたならば、終戦と言うより「敗戦の日」というイメージが強くなるために、国もマスコミも避けているのではないのか? 終戦の日は同時に占領が始まった日でもあります。1952年4月28日にサンフランシスコ講和条約が発効して、日本の独立が回復されたとされていますが、60年経っても占領統治の残渣が色濃くあちらこちらに観察できます。あるいみ、日本は連合国(アメリカ)の占領統治のままです。たとえば年次改革要望書とか日米経済調和対話などは、まさにそれ。口当たりは対話だとか要望とかソフトでありますが、実態は内政干渉まがいの命令書であることは多くの憂国の人々の指摘するところです。そういう、いまだに占領統治が続いている実態を隠すために8月15日を終戦の日としている面が濃厚であります…。

キノコ狩りシーズン到来! カゴを持って採りに行きましょう。 キノコのご注文は「天然きのこ産直便」へ!
【謝辞】
さっそくに、ランクルさんが氏のサイトの 連絡ボード で宣伝をしてくださいました。ランクルさんにはいつもお世話になりまして、ありがとうございます。御礼申し上げます。で、自然観察会は涼しくなる10月中旬ぐらいがいいのでは? と思うんですが、そのころが秋の野生果実の熟するピークです。「2つのアケビ、地面のツチアケビと樹上のミツバアケビ」の観察はいかがでしょうか。

参加者にはひょっとしたら天然マイタケのおすそわけが付くかも?? 残念ながらマイタケの発生する場所は、非公開です。きのこハンターの世界では、キノコの発生するシロは見つけた本人一代限りで、親兄弟子にさえも秘匿なんです。しかし、収獲物のおすそ分けならばできます。(9月7日追記)


本日は9月6日(木曜日)であります。

●秋になりました。空の高いところには、刷毛で掃いたような高層雲がぼちぼちと現れはじめました。野には色々なハギの花も咲いています。ススキの穂も膨らんできましたが、暖地の淡路島南部では中秋の名月の観月会の活花に間に合うかどうか? わかりません。まだまだ残暑は厳しいわけですが、しかし高層天気図を毎日見ていると、高緯度の上空の気温が急激に下がってまいりました。

アムール川中流域の、寒気を伴う上空の低気圧では、500hPa高度で昨日(5日21時)に寒気の中心が-21℃です。更に北をみると-30℃の数字もちらほらと見え出しました。地上ではどんなに残暑がきびしくとも、上空の観測データをみると確実に急速に秋は深まっております。いつの日になるかは分かりませんが、残暑を一挙にけちらかす冷気がシベリアから、どっと南下してくるのは時間の問題であります。

●さて、稔りの秋はきのこ狩りの秋でもあります。春5月13日に淡路島自生のシャクナゲ観察会を催行しました。また、梅雨の6月24日に沼島の結晶片岩の観察会を企画催行したしたところ、ランクルさんのご尽力をたまわり、いずれも好評を博しました。暑い夏が終わったので、つぎに秋の自然観察会の企画として「きのこ狩り」かあるいは「奇妙なラン科植物のツチアケビの観察」などを考えているわけでございますが、もし実施するということになりましたら、拙ブログで発表いたします。

私のきのこ写真(マイタケの写真)が『新潟こだわり市場』様の「天然きのこ産直便」サイトの表紙の写真に採用されました。
東北地方・新潟県といえば全国有数の天然きのこや山菜の宝庫であります。キノコに目が肥えている市場の方に拙写真が採用されるとは、まことに光栄な限りであります。また、その目の肥えている地方の方から見ても、諭鶴羽山系のマイタケは姿・形が秀麗であり、北の地方のキノコと比べても何ら遜色が無いことを表しているのであろうかと思います。

●秋の自然観察会で、もし「きのこ狩り」を催行することになりましても、キノコの発生は気温や降水量の微妙な条件に依存しています。で食用価値の高いキノコがそう簡単に採取できるわけではありません。半日、山の中を歩き回っても収穫ゼロということも多いです。で、確実に、天然キノコを賞味されたい方は「天然きのこ産直便」に注文されるといいでしょう。

【天然きのこの入手先は次のサイトです】
天然きのこの通販・販売なら「天然きのこ産直便」
このサイトを見ると、きのこ狩りの名人たちの写真が見られます。みんな平和ないい顔をしていますねえ。キノコは複雑な分子構造の多糖類をたくさん含んでいて、免疫力を増す効果など薬理作用があることがよく知られています。すぐれた健康食品であります。また、色々な微量ミネラルを含み食物繊維も多く、栄養的にも価値ある食品です。キノコを常食すると、健康が良くなるだけでなく気持ちが穏やかに落ち着いてきまして、きのこ狩り名人のようないい顔になってきます。女性の方には美容にもキノコがいいでしょう。ご紹介サイトでは天然マイタケだけではなく、天然のナメコや天然のヒラタケなど色々と珍しいキノコも扱っているようです。
こちらは、旨いものひとすじ『新潟こだわり市場』です。
こちらのサイトで、有名な “お米の宝石” とも言える新潟県魚沼産コシヒカリをはじめ、珍しい名産の数々を注文することができます。

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【諭鶴羽山系で見られる食用キノコ】
↓シイタケ 春にも秋にも出てきます。
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↓マイタケ 秋10月に出ます。
マイタケ
↓ヒラタケ 秋遅くに出ます。春にも出てきます。
ニワウルシの枯れ木に生じたヒラタケ
↑樹上で乾燥して干しヒラタケになっています。

●他にもいろいろと食用キノコは出てきますが、紹介するには写真が撮れていません。拙ブログのプロフィールのところの写真は天然のエノキタケです。秋遅く11月~12月に出てきますが、諭鶴羽山系でも普通に見られます。


天然きのこ産直便
コメントへの返信。太陽活動の低下が鮮明! すくなくともダルトン極小期程度はありそう…。
ビワの幼果に「凍害」が発生! 今後、懸念される寒冷化の被害と題する今年の4月24日付けの古い拙記事に、本日コメントを頂戴しました。そこで返信を書いて投稿すると「以前の投稿と重複しています」などと意味不明のメッセージが表示され投稿不能となります。再度、投稿しようとしたら今度は「不正投稿です」とさらに意味不明なメッセージであります。どうなっているのか、サッパリ分かりません。さて、どうしたらいいものか? 以前に何回も申した通り、わたくしは全くのパソコン初心者でありまして、解決方法がわからず放っておくしか、しかたがないところであります。しかしながら放っておけば、人から話かけられて返事をしないということに相当します。たとえ全く見ず知らずの人から話かけられても、耳が聞こえ口が喋れる人ならば誰でも返事ぐらいするハズであります。「こんにちは」と挨拶をされて返事をしないのは、おそらく、耳や口が不自由なのであろうかと思います。あるいは、よほど深刻な悩みを抱えて気分が塞いでいるとか、放心状態にでもあるのでしょう。わたくし山のキノコは耳も聞こえるし、話上手ではないにしても口も喋れます。そこで返事をしようと思うのですけれども、ここに返信を書こうと思います。返信だけ書くのはモッタイナイとおもうので、半分は返信、半分は記事ということにさせていただきます。 いただいたコメントはこちら

【今回のエントリーは基本的には返信でありますが、半分は記事に仕立てました】

章英さんへ
またまたコメントを頂戴しまして有難うございます。御指摘がとても鋭いですね。

【大分県 アメダス玖珠の最低気温順位の1位と2位は同一の現象】
仰る通り、大分県アメダス玖珠の日最低気温極値の-14.7度は、3位の-11.5度と比べるべきですね。1位と2位とは多分一晩で起こった1つの現象でしょう。2012年2月2日~3日にかけての低温は、上空に強い寒気が入っていたところに加えて、風が弱く空気が乾燥していたために、強い放射冷却が発生したのが原因だったと記憶しています。それで夜間にしんしんと冷えていって、夜11時台にすでに-12.9度が示顕し、日が替ってもさらに冷え続け、明け方に-14.7度が示顕したのだと思います。(今となっては気象庁のホームページでは確認できませんが)
大分県 玖珠 での最低気温記録
↑(6位以下省略)この1位と2位は寒波襲来で一晩で起こった寒冷現象ですが、統計上24時で区切ってデータを取るために1つの現象であるにもかかわらず2個の数字が生じました。なお4位と5位は別々の現象です。5位の寒波が来たのち13日後に次の新しい寒波がやってきた。
【統計データを見るときには、観測方法が変更されていないか注意を要する】
それとアメダス発足当初はたしか1時間毎の観測だったですか? それが10分毎の観測になり、今では10秒毎の観測じゃなかったですか? 観測時間密度が変っていますから、古い数字と新しい数字を比較する場合、観測方法変更による誤差を補正する考え方を持っておく必要がありますね。よい勉強になりました。

【30~40年前は厳冬の時代】
1970年代から1980年代前半は、仰る通り厳冬の時代でしたね。1981年の2月下旬の寒波は強烈でした。あのときは放射冷却による低温では全くなく、大気の下層から中層にかけて、シベリアから寒気が地を這うようにどっと移入してきました。800hPa高度に相当する剣山測候所(1945m、2001年に施設廃止)で-23.4度、700hPa高度にほぼ近い富士山測候所(3775m)で-38.0度で、それぞれ低温極値になっています。
富士山の年最低気温の推移
↑富士山測候所の年最低気温の80年間の推移です。1981年の-38.0度というのは際立って低くなっております。

【淡路島のビワが寒害で壊滅した】
淡路島の洲本測候所でも-6.1度で第1位の記録です。淡路島では2月26日の夕方から気温が急激に下がり深夜に低温のピークがあったのですが、晩になって自宅軒先(海抜40m)に未検定のものですが温度計をつるすと-6度でした。急きょ裏山に車で登って同じ温度計をつるすと(海抜520m)何と-12度です。気温減率が非常に大きくなっているのにビックリした記憶があります。
この寒波で淡路島の果樹は壊滅です。ビワは幼果がやられ収穫ゼロ、ミカンは葉が全部落ちて落葉樹みたいになりました。枯死は免れたのですが、愛媛県の産地では枯死するミカン樹が大量に出たようです。

【厳冬の時代には気象学者たちが氷河期が来るぞ! と騒いだ】
1970年代には世界的に気温低下が観測されたので、気象学者たちは氷河期が来るぞと騒ぎました。日本で先頭に立ったのは根本順吉です。『冷えていく地球』(家の光協会、1974年)とか『氷河期が来る』(カッパノベルス、1976年)など書きました。発売当時わたしも買って読みました。氷河期が来ると、コメの栽培北限が高知や宮崎まで南下して、食糧危機が避けられない、と恐怖を煽っていました。

【気象学者たちは氷河期到来説を総括しないまま温暖化論に転向】
しかしその後、10年もたたないうちに、根本順吉は180度の宗旨替えです。前説を反省し、総括しないうちに、また、氷河期危機説を唱えた舌の根が乾かぬうちに、今度は地球温暖化の煽りに加担です。根本順吉が典型例ですが、学者(研究者・専門家)は豹変します。いとも簡単に前説を取り下げます。何食わぬ顔で180度反対のことを言い出します。前説の反省も懺悔も自己批判もありません。社会に与える影響の配慮もありません。もちろん責任も取りません。これが学者の性癖であり生態です。気象学者だけでなく経済学者にもよく見られます。これがCO2温暖化説の信用ならない大きな要因の一つなのです。

【気候変動の太陽活動原因説の復権】
さて、今後の気候推移がどうなるのか予断するわけにはいきませんが、仰る通り、太陽活動の推移がカギを握っているでしょうね。
(SIDC)Solar Influences Data Analysis Center
【上記サイトから、グラフを2枚拝借】
太陽活動の推移
↑氷河期が来るぞと騒がれたサイクル20(1970頃をピークとするサイクル)は山が低くなっています。現在のサイクル24も山が低くそう…。
サイクル24は低調
↑現在のサイクル24は太陽活動が低調ですでにピークを打ったのでは? などという見方が出ています。次のサイクル25は黒点消滅で、マウンダー極小期の再来か? などというハナシまで出ているようで…。

太陽活動のグラフを閲覧すると、現在のサイクル24が始まって3年になるのに、活動は低調です。来年2013年5月に黒点数のピークを打つであろうと予測されていますが、すでにピークを打っていると言う専門家も出始めました。今回のサイクル24は1970年ごろのサイクル20程度かそれを下回るものであることが確定的になってきました。問題は、次のサイクル25でありましょうが、専門家の中にマウンダー極小期の再来を心配する声も挙がっています。今後、厳冬が頻発する可能性が高まっていますね。
政府は、ほとんど虚妄説に近いCO2地球温暖化説に依拠するのではなく、寒冷化の可能性もあり得るということを踏まえて、政策立案、施政をしてほしいものです…。
短時間大雨観測データから考える
本日は、2012年9月2日(日曜日)であります。

【夏の乾燥】わが淡路島南部は瀬戸内海式気候の支配下にあるため、夏は基本的には少雨であり乾燥が著しいです。で、全国有数の溜め池分布地帯でありますし、植生を見ても『淡路島の植物誌』によれば、大陸乾燥地 → 九州北部 → 瀬戸内海 → 淡路島というふうに、瀬戸内海を回廊として分布を東進させてきた乾燥に適応した植物が、たとえばキビヒトリシズカとかクルマバアカネとか色々と知られています。ありふれたカシ類を見ても、乾燥にめっぽう強い硬葉樹のウバメガシが優占種として君臨していることが多いです。今年の夏は淡路島南部では雨らしい雨がなく、畑のサトイモが息も絶え絶えで枯れかかっております。山裾のダムの池も水位がだいぶん下がってしまいました。
少雨で水位が下がったダム
↑南あわじ市北阿万と賀集の境にある大日ダムです。まだ危機的な状況ではありませんが、農業用水を供給するダムの池の水位が低下しました。水底の茶色い土がじりじりと拡大しています。


【干天に慈雨あり】諭鶴羽山系あたりで昨日未明に1時間ほど土砂降りがありました。降水強度は40~50㎜/hぐらいであったかと思われます。もし数時間続けば水害が発生するレベルの降雨強度でしたが、1時間で終わったので良いお湿りでありました。
気象レーダーによる降水強度分布観測

【寒気が南から来るのが面白い…】 淡路島南部でも激しい雨があったのは、上空に寒気が侵入したことが大きな要因の1つであると解説されています。常識的には寒気は北とか北西方向から南下してくるものですが、夏は必ずしもそうではないのが面白いところです。対流性の激しい雨の大きな要因の1つに上空の寒気が指摘されていますが、高層天気図を見ると、なんと寒気が南東方向から近畿地方にやってきました。伊豆七島から小笠原諸島付近にある上空の寒気を伴う低気圧は、500ヘクトパスカル高度で-9℃であります。これが南東から北西方向にと北上しています。
2012年9月1日 9時 500hPa高層天気図(抜粋)
↑気象庁のホームページの船舶向け天気図提供ページから500hPa高度・気温分布図(9月1日09時の図)の一部を抜粋しました。伊豆諸島南部あたりに上空の低気圧があり、-9度です。遥か北の輪島で-4.7度、秋田で-4.5度と、日本列島付近の上空500hPa高度では、なんと南の方が低温になっています。
しかし、遥か北のシベリアの奥地上空は-27度と盆明けから急激に気温が下がってきました。日本列島は残暑たけなわですが、高層天気図では着実に冬に向かっています…。


【諭鶴羽山系で50ミリ前後の降雨】昨日9月1日未明の激しい雨は、諭鶴羽山系を中心とする降雨でありました。淡路島には気象庁観測所が3か所、国土交通省 テレメータ雨量観測所が現在20か所あります。1日未明の雨量が50ミリを超えたところは4か所です。
洲本特別地域気象観測所が71ミリ、沼島が58ミリ、相川が54ミリ、灘土生が51ミリ、です。同じ淡路島南部でもアメダス南淡でわずか4ミリ、福良で降水ゼロでした。温暖前線の前面で降るような広い範囲で一様に降る層状性降雨と異なり、昨日未明のような対流性降雨(降水型を参照)は時間的・空間的にバラつきが極端であります。
国土交通省 テレメータ雨量観測
↑わが出身地の隣の集落の灘土生で51ミリの降雨でしたが、わずか1時間ちょっとの間に降っています。この国土交通省の観測記録から、重大なことが指摘できます。それを指摘するには、気象研究者でもないわたくし山のキノコは全く適任ではないし、言わない方が無難なわけですが、これを指摘する人がほとんどいないので敢えて言いましょう。

“1時間降水量”は統計の取り方次第で大きく変わる!”
灘土生の観測データで考えればよくわかります。これは10分ごとにいくら雨量があったかを示している統計であります。

もし、毎正時に、その時刻までの1時間に降った降水を集計するならば、2個の数字ができます。
9月1日04時の1時間降水量………18ミリ(4+6+8)
9月1日05時の1時間降水量………33ミリ(13+9+7+3+1)

毎正時で集計するのではなく、10分ごとに集計される降水の1時間分(連続する6個の数字の合計)が最大になるように統計を取るならば、数字が大きくなります。
9月1日の最大1時間降水量………47ミリ(4+6+8+13+9+7)

【観測史上最大という枕詞はクセモノ】 ところで、マスゴミは “観測史上最大の” という表現を好んで使います。もちろん気象庁等がそう言うからそう書く面はありましょうが、実際は気象庁がいうことを “10倍ぐらいに増幅して” マスゴミは煽っているように見えます。この観測史上最大のという枕詞は本当にクセモノであります。函館海洋気象台の前身の「函館気候測量所」が1872年に日本で初めて気象観測を始めて140年です。その間に、観測器具・観測方法・観測統計の取り方、が大きく変遷しています。あまりにも変わっています。昔の気象観測統計の数字と近年のそれとを同列に扱うのはヘンです。

雨量計にしても、人がいちいち貯水瓶に溜まった雨水を雨量マスで測っていた貯水型指示雨量計から、バネ式時計仕掛けのロール記録用紙を付加して自動記録する貯水型自記雨量計と変遷し、さらには、転倒マスの転倒回数を電子技術でカウントする転倒ます型雨量計に変わっています。それぞれに長所も弱点も兼ね備え、原始的であっても正確な初期の雨量計では、いちいち1時間降水量なんて測れないし、無理に測ろうとすれば大変な手間がかります。記録用紙式では横軸の時間が正確じゃないと専門家が指摘していますし、記録されたグラフから1時間雨量を読みとるのでは人によって数値が変わりそう…。最新の電子式ではそもそも0.5ミリ未満の降雨はキャッチできないし、これ本当に精確なのかよ? という疑問が湧いてきます。0.5ミリの降水があると1転倒するといっても、口径20㎝で受ける0.5ミリぶんの雨水の量は円周率を3.14159で計算すると、15.70795立方センチの筈です。たとえば15.9で転倒するとかの僅かの誤差があったならば大雨では何百回も転倒するのだから意外に大きな誤差になりはしないか? 1転倒してマスの水が排出されたとしてもマスに水滴が付着して残りはしないか? ま、つい、いろいろと想像してしまいます。

バケツになみなみと張った水が何リットルあるのか? いっぺんに測ればいいのに、小さな勺で何百回も汲み出して “勺の容量 × 汲み出す回数” で測るのとではどちらが精確なのか? は言うまでもないでしょう。小刻みにちょこまかと測れば誤差が大きいというのはあり得ます。たとえば、観測史上150年で最大の数字だ、といっても150年間にわたって同じ観測機器で同じ観測方法で、150年間全く同じ場所で、周辺環境も全く変化が無く、全くおなじ統計方法でデータ解析しなきゃあ、そう簡単に観測史上最高値だなどと気易くいえない筈です。早い話が雨量計の近くに木があってそれが生長したら雨量がへります。(横殴りの雨をその木が遮るためです)逆に木が伐採されたら雨量は増えるのです。

【観測網の高密度化が観測史上更新値の頻出する大きな背景では?】…と以上の叙述ということもあるのですが、最大の問題点は昔の統計数字と現在のそれとでは母集団が全くことなります。昔は1時間雨量なんて測れないか、測れたとしても数えるほどの気象官署だけだったハズです。かつての区内観測所の多くでは1日1回の日降水量しか測っていません。それが現在では850箇所のアメダスに加えて、その数倍の建設省の観測所があります。しかも今では1分ごとに観測データが集積され、ランキングなどがほとんど瞬時に自動計算されています。観測網の密度が昔と全くちがうから、昔では網から漏れていたところの降雨強度の高いものが網に引っ掛かっている面が大きいと思います。これも地球温暖化のプロパガンダがただちには信用できない大きな理由の1つなのであります。
たとえるならば、1学年70人の生徒しかいない小規模校で190センチ超の長身の生徒がいる可能性と、1学年700人の10倍の生徒がいるマンモス校で190センチ超の長身の生徒がいる可能性とでは、どちらが可能性が高いのか? 母集団が大きいほど、平均値から大きく偏差した極端な数値が出現するのは申すまでもありません。統計学の難しい数式など持ちだすまでもなく自明のことでありましょう…。


【朝の諭鶴羽山】 未明の激しい雨ののち、夜が明けると青空が見えていました。いくら50~70ミリ降ったといっても、対流性の降雨であり、驟雨(しゅうう)であります。平たく言えば夕立です。発達した積乱雲の下では土砂降りでも、数キロ離れれば晴れていますし、普通は1時間も待てば雨は上がります。写真は諭鶴羽山の北側から眺めたものですが、山頂は雲霞に隠れています。
雲霞に隠れる諭鶴羽山(2012.9.1午前6時)
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