雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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南北朝時代の再来を狙うのか? “地名は歴史の化石” だということを忘れるな。
●歴史を調べる方法には色々ありましょう。たとえば、旧家の屋根裏から古文書を探し出して、解読し、書いてある記述から調べる文献探査法。発掘をして遺物を掘り出したり、崩れかけた古い蔵から大昔の物品を探し出して、その物品を調べていく遺物解析法。村一番の古老から、子供の時に聞いた古い言い伝えを思い出してもらい、根掘り葉掘り聞き出す伝説ヒヤリング法。などなど…。

さて、歴史を調べる有力な方法に、地名を調べるという方法があることは申すまでもありません。私の住む「淡路」は「阿波路」であり阿波(徳島県)へ至る通り道であるというのが通説です。旧三原郡の「三原」は「御原」であり狩りをしにくる天皇の野原の意味だとするのが通説です。「鍛冶屋」という集落名はそこには農機具など作る鍛冶職人がいたと考えられるし、「鈩・たたら」という集落名は古代に砂鉄を原料にして製鉄をしていたのか?と思われます。地名を見ればその土地で昔なにが行われていたのか、予想がつく場合が多いのです。地名はその土地の来歴を物語り、“地名は歴史の化石だ”と言われる所以(ゆえん)であります。

●さて、橋下徹氏はどうしようもない男だ。日本文化だとか、伝統だとか、まったく理解していないようであります。橋下氏は、「大阪市君が代条例」などというものをこしらえて、君が代斉唱を強要し、君が代を斉唱するときには、手は前で組むのではなく横に置くものだ(つまり気をつけ!の直立不動の姿勢)と細かく指定しています。橋下氏自身は愛国者のつもりなんでしょうけれども、滑稽としかいいようがありません、ピエロのような滑稽な芝居を演じています。

……という前提を踏まえて、本論であります。なぜ橋下氏のすることが滑稽なのかと申せば、伝統を護っているつもりなのでしょうが、実は伝統を破壊しているからです。そして、橋下氏自身はそのことに全く気がついていないようです。
松井氏「民意のおかげ」 大阪都法案成立へ、橋下氏は「名称こだわる」産経新聞8月29日(水)14時52分 
【引用開始】
 大阪都構想の実現に必要な法案が29日に成立する見通しとなったことを受け、松井一郎大阪府知事は28日、「府民、市民の行政組織を変えたいという民意が示され、大きな支援のおかげで国会議員に理解してもらえた」と歓迎の意向を表す一方、「(実現に向けて改正が必要な)関連法は200ぐらいあり、都構想を仕上げるにはまだまだだ」と気を引き締めた。
 橋下徹大阪市長も法案成立への期待を示したが、法案では名称を「大阪都」ではなく「大阪府」のままにすることになっていることに関して「市民に変わったという意識を持ってもらうためにも、名前は別にしないといけない」と指摘。ただ「名称にはこだわるが、まずは(法案を)通してもらって、それから考えていけばいい」と語った。 名称に関しては、松井知事も「日本に都が2つあってもいい。都という名称が使えるよう、今後も働きかけていきたい」とこだわる考えを示した。
【引用終了】

●とりあえず、「大阪都」という地名は回避できそうで良かったです。しかし、まだまだ未練を持っているようですので、今後どうなるのか予断を許しません。一連の愚かな騒動を観察すると、橋下氏や松井知事らは日本文化とか伝統とかいうことに無知なのでは?? という感じさえいたします。
地名をみだりに変えてはいけないのです。地名という歴史の化石の破壊につながるからです。次々に行われた町村合併により、貴重な化石がかなり破壊されました。歴史の研究者たちが怒っていますよ。地名を変更することは少し大げさに言えば文化の破壊であり、伝統の軽視であります。伝統文化を破壊しようとする者に、君が代を斉唱しなさいなどと主張する資格はありません。

そもそも「都・みやこ」というのは、天皇のまします場所をいう言葉です。「京・きょう、みやこ」も天皇がまします場所を言う言葉です。天皇だけでなく、皇帝とか国王がいるところも「都」とか「京」と言うのです。天皇も国王も皇帝も普通は1人しかいません。細かなことを申せば、1300年代の南北朝時代には朝廷が南朝と北朝とに分裂して、双方がワシこそ正統だと主張しましたが、天皇が2人いるという状況になりました。しかしどちらかが正統であり、どちらかが正統ではないのですから、本当は天皇は1人だったハズです。天皇(皇帝や国王も同じですが)は1人しかいないのですから、「都」は1国に1か所が大原則です。2か所あってはならないのです。

●橋下徹氏や松井知事らが、「日本に都が2つあってもいい」 などという珍妙な主張をしていますが、これは「天皇が2人いてもいいと主張するのに等しいのです。これはまさに天皇にたいする冒瀆(ぼうとく)発言です。かたや君が代を歌え! と叫び、かたや天皇が2人いてもいい! と主張するのは支離滅裂です。戦前だったら橋下氏は不敬罪で即タイホでしょう。橋下徹氏は言うことがころころとかわり、しかも支離滅裂です。思い付きばかりを言い過ぎです。

都・京(みやこ)という言葉は、語源的にも、歴史的にも、天皇のまします所をいう言葉であることは明白で、その証拠を示します。

●語源は説明するまでもありません。「ミヤコ」の「ミヤ」は「宮」であります。「コ」は「処」であります。つまり “宮がある所” の意味なのです。宮とは神が鎮座する建物、また、天皇がまします建物という意味をあらわします。(長くなるので文献提示は省略)

●つぎに都(みやこ)の歴史的な用例を調べてみます。下にコピー引用したのは 日本書紀 です。奈良時代の720年に編纂された書物であり、歴代の天皇の系譜や事跡が書き記されています。岩波書店の日本古典文学大系 『日本書紀 上』初版本(昭和42年)288ページです。都合で、後ろ3行と頭注は割愛しました。日本書紀巻第七の景行天皇12年7月の記述であります。

日本書紀 巻第七 景行天皇十二年九月のくだり

●赤の線はわたくし山のキノコが引きました。

天皇、ついに筑紫にいでまして、豊前国の長峡県に到りて、行宮(かりみや)を興(た)てて、まします。故(かれ)、その処を号(なつ)けて京(みやこ)といふ。

【山のキノコの現代語訳】
天皇は最後には九州においでになり、現在の福岡県京都郡北部・行橋市あたりに行きつきまして、仮の御殿を建造してそこにおいであそばします。(そこに居るということですが、最上級の二重敬語で表現しています)それで、その天皇のまします場所を名付けて、京(みやこ)と言うのです。

【語釈】
行宮(かりみや、あんぐう)天皇が行幸するときに、旅先で建てられた仮の御殿、仮の建物。

故(かれ、と読む)上代文学独特の順接の接続詞。それゆえに、だから、それで、等の意味です。

曰(いわく、あるいは、いう、と読む)ただし歴史的仮名遣いでは、いはく、いふ、と書く。

日本の最古級の書物に、天皇がおる所を「京・みやこ」=「都」と言うのだ、とハッキリと書いています。しかし、「みやこ」という地名のところに天皇が行幸してきたから、そこを「ミヤコ」と言うのだ、という説もあることはあるのですが、それはかなりへそ曲がりの説です。もしそうならば、天皇が九州豊前国の「ミヤコ」という地名の所にやってきて、仮の宮殿を建てて、そこに滞在した、というふうな記述になるハズです。しかし実際の日本書紀の記述はそうではありません。わたくしは、日本書紀の記述を率直に読みたいと思います。

橋下氏の野望、橋下氏は天皇になりたがっているのかも??
突飛なことを申すようですが、あり得ます。すくなくとも総理大臣になりたがっています。そういうことを自らほのめかしたり、側近の人が言っていたように思います。総理大臣を目指すならば、天皇を目指しても何ら不思議ではありません。それほど橋下氏の権力志向は露骨です。皇室に嫁に行くとか養子に入るという手段はありますが、皇室典範を改正しないと養子が天皇になれる可能性はないでしょうね。したがって、橋下徹氏が天皇になれる可能性はなさそうです。
今上天皇は江戸城(皇居は江戸城跡です)に住んでいます。大阪市役所を大坂城に移転して、橋下徹氏は大坂城に住んで天皇気分を味わったらいいのではないか?? で、南朝・北朝をもじって、東京は東朝、大坂は西朝です。西朝の異端の自称天皇が橋下徹ということなんでしょうねえ??

ま、茶化すのはさておき、天皇のおる所が(都・京 = みやこ)であります。歴史上遷都は次々にありましたが、それぞれの時代に置いて「みやこ」は1つだけです。2つありません。たとえば、仙台を杜の都(もりのみやこ)と言うのは、天皇がおったからではなく、それは、たんなる比喩的表現です。

浪速京(?)→ 藤原京 → 平城京 → 長岡京 → 平安京 → 東京、 → 大阪京? と東京の2京並立だって??

(2京並列は、300年後の人たちが、“300年前は皇室が分裂して、南北朝時代のように東京朝と大阪朝の2つがあったんだ” と勘違いします。300年後の日本史教科書に、歴史上朝廷が分裂したのが2回ある、1000年まえの南北朝、300年前の平成の東西朝、などと書かれる危惧さえあります。歴史を重んじたり、右翼の人らが言う “皇統の護持” という観点からは、絶対に大阪京・大阪都などは認められないハズです)

遷都は首都機能の移転の意味もありますが天皇の住所変更が根本にあります。大阪京の可能性はないでしょうが、古代の難波京の存在は議論されていますし、明治元年には大久保利通が大坂遷都を提案しています。大久保案は実現しませんでしたが、そういう案ならば歴史上あったので、可能性はゼロではないかも?? 橋下徹氏が本当に大阪都(大阪京)を実現したいのであれば、天皇陛下に大阪に住所変更してもらうように運動する必要があります

「陛下、東京は放射能で汚染されていて、危のうございます。お世継ぎの愛子様のDNAに傷がついたら大変でございます。うちは大阪府と大阪市が総力を挙げて、大坂城を改修し、とても便利にいたしました。大阪人はざっくばらんで人情が厚うございますし、食い倒れの街で、食べ物が美味しゅうございます。ぜひ是非、放射能汚染のない大坂に御移りあそばされますよう、平伏してお願い申しあげます」

…と、放射能汚染からの脱出をアピールすればいいのではないのでせうか?? 
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ドボラック法による推定値が当たるか? 外れるか? 20hPa以上の誤差が出たので大ハズレ!(続き)
(前エントリーからの続き)

●台風15号(T1215)は東シナ海を北上し、去っていきました。事前には、観測史上最強クラスの台風だとして、大山鳴動するほどの警戒が呼びかけられました。もちろん、台風は並みの勢力であったとしても、その降雨分布の片寄りであるとか、昔の社会党みたいに牛歩戦術を取られると風雨が長引くとか、災害に弱い低湿地帯を狙い撃ちするとか、悪条件が不幸にして重なると甚大な被害が発生します。したがいまして、台風はその強弱にかかわらず厳重な警戒を要することは、ことさら申すまでもないでしょう。けれども必要以上に観測史上最強だと煽ってはいないだろうか? という疑惑みたいなものを少し感じます。それで客観的な観測事実を書いてみます。

【客観的な観測事実は、934.3ヘクトパスカルです】
●今回の台風の中心気圧はどれぐらいだったかということでは、間違いなく934.3hPa(ヘクトパスカル)と記録されるでしょう。 実際、さっそくに 沖縄県 「名護」 観測史上1~10位の値 に2位として記録されています。2位であります。しかしこれは、あくまでも「名護」での観測統計史上において2位であるというだけのハナシです。しかも観測史上などと言っても1973~2012年のたった39年の歴史しかありません。全国の観測所の統計数字全体の中では多数の中に埋没してしまい、上位10位にも全く入りません。本土でさえ室戸台風の911.6hPa、枕崎台風の916.1hPaの記録があるのです。洋上の島嶼の観測所の記録では、910台や920台は一杯あります。934.3hPaでは全く凡庸な数字で、上位ランクに入り込めません。

名護  特別地域気象観測所での気圧時間変化
↑気象庁観測データを元に、山のキノコが作図した。

【観測された最大瞬間風速ランキングで1位は、44.2m/sです】

台風(T1215)で観測された最大瞬間風速の10傑

●大体において、最大瞬間風速は40メートル止まりでありました。1位の「古仁屋」は奄美大島にあるアメダス観測所ですが、もちろん鹿児島県です。2位の「沖永良部」は沖永良部島にあり鹿児島県です。3位の「天城」は徳之島にあり、これも鹿児島県です。(天城を沖縄県としているのはうっかりミスです)つまり、暴風記録の上位3つは台風が直撃した沖縄本島ではなく、だいぶん離れたところであります。 4位の「伊是名」は沖縄本島の付属の島であり、5位の「南大東」6位の「旧東」10位の「北大東」の3観測所は沖縄本島から約400キロはなれた大東諸島です。 つまり、沖縄本島では最大瞬間風速は40メートルを超えることはありませんでした。これが観測事実なのです。

●最大瞬間風速70メートルの記録的な暴風雨の恐れがあると気象庁が言い、マスゴミが煽るような報道をしましたが、泰山鳴動した割には、ネズミが数匹ていど…… という結果でありました。70メートルの記録的な暴風は杞憂に終わったのは幸いでありました。40メートルならばたいしたことはありません。なぜならば風速と風圧の関係式をみれば明白です。理科系の人には全く釈迦に説法、文科系の人にはこれでも難解かもしれませんが、風圧は風速の2乗に比例する からなんです。 風速と風圧の関係を参照。

70メートルの暴風の風荷重というのは、40メートルのそれの1.75倍(70÷40)では全くありません。3.0625倍です。(70×70)÷(40×40)=3.0625、あるいは(70÷40)= 1.75 → 1.75の2乗 = 3.0625で計算してもいいです。風速が2倍になると風圧は4倍、風速が3倍になると風圧は9倍になるのです。これが、40メートルぐらいまでなら建物がなんとか持ちこたえても、60メートルとか70メートルになると一挙に建物が倒壊させられる理由です。40メートルの予報と70メートルの予報では、実際にその通りになったら被害状況は天地の差が出るハズです。なぜここまで気象庁の予想が外れたのか? 可能性として2つ想像してみました。

1、ドボラック法という台風の風速や気圧を推定する解析法が、まだまだ不十分なのかも?? 気象衛星で写した台風の雲の画像パターンから、隠れている情報を読みとるのを人間がしているために、パターン認識能力には個人差があり、大きく外すケースも出てくるのかもしれません。あるいはそもそも雲の画像から隠れた情報を読みとるのはどだい無理であって、まだまだ、よく分かっていない未知のパターンが色々と存在するとか??

2、昨今の地球温暖化の騒ぎを見ても分かるように、とにかく危機を過剰に評価する傾向が気象庁にはみられます。意識的か無意識的かはべつとして、大きな台風がくると、ついハナシを大きめに言うバイアスがかかっています。地球温暖化で台風が巨大化すると気象庁はHPにも書いているぐらいだから、腹の中では、彼らは大きな台風が来てほしい、それがこないと困るという立場です。で、そのような意図が予報に入り込むのかも??


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【新聞が異常です。新聞が壊れかけています。】
●下に掲げたものは、8月27日付の神戸新聞朝刊に載った記事です。記事が異常です。新聞記事になっていません。本来ならば、新聞記事というのは、事件でも事故でも現象でも何でも、世の中で何があったのか、その日の出来事を、出来るだけ客観的に事実を書くべきなのです。台風が沖縄本島をすでに通過しているのにもかかわらず、予測や過去の統計数字ばかりを書いています。予測ばかりを書いていいのは、競馬新聞と株式新聞だけです。一般の新聞は全国紙でも地方紙でも、締め切りに間に合うという条件がつきますが、締め切りに間に合う段階で収集出来ている「事実」をのせるべきなんです。

「台風は午後9時現在」などという記述があるから、締め切りはそれ以降の時刻であるのは明白です。一般的に、夕方6時にデスクによる朝刊編集会議が行われ、晩6時半から8時半に記事原稿が殺到し、緊急の事件の最終締め切りが深夜の1時とされています。台風は緊急性があるので、当然被害状況など把握のために、晩10時や11時まで対応すべきニュースです。実際に、920hPaが載っているので夜遅くまで新聞社が対応した様子が見てとれます。ところが、夜9時には判明していた情報、たとえば台風の中心気圧が934.3hPaであったこととか、沖縄本島での瞬間最大風速が40メートル程度で、とても70メートルには及ばないとか、したがって予想されたような甚大な被害など全くないなど、きちんと書いていません。

それどころか、既に台風が沖縄本島を通りすぎているのに、観測史上最強だとか、最大瞬間風速70メートルとか、宮古島で908.1hPaだとか、那覇市で昭和56年に73.6メートルとか、恐怖を煽ることばかりを並べています。今回の15号台風が観測史上最強クラスであるかのように見せかけ、読者を誘導する記事にしています。読者を扇動してイメージ操作するタチの悪い記事です。台風が通過して、観測データや被害状況がかなり判明した段階になっているのに、肝心なことはほとんど書かずに、情報操作することばかり書いているのです。

恐らく、ハッキリ言って、新聞社は908.1hPaの記録を更新し、73.6メートルを超える暴風が観測されるのを期待して構えていたのでしょう。ところが期待外れで特筆するほどの被害もなかったので、肩すかしを喰らって、地団太を踏みたいほど残念なのでしょう。そういう新聞社、マスゴミどものハラの中、残念さがありありと透けて見えています。全国紙もひどいですが、地方紙にいたるまで、今、新聞は壊れかけています…。崩れかけています。…。出来うるかぎり真実を報道するという使命を忘れた新聞は、購読者から手厳しい痛棒を喰らわされるでしょう…。

【客観的な事実を報じず、いたづらに恐怖を煽り、読者のイメージ操作に余念がない新聞記事】
台風15号(T1215)の沖縄直撃を報道する新聞記事
ドボラック法による推定値が当たるか? 外れるか? 20hPa以上の誤差が出たので大ハズレ!
本日は2012年8月26日、現在時間は午後5時です。

●最大級の警戒を要する恐い台風です。ほぼ室戸台風(室戸測候所で911.6ヘクトパスカルを観測)並みの台風であります。アメリカのハリケーンの基準ならば、文句なしにカテゴリー5のランクです。北緯20度台に位置し、台風が最盛期の勢力で襲来してくる沖縄県では馴れてはいるでしょうけれども、久方ぶりの強烈な台風なので、大きな被害がないようお祈りをいたします。

●さて、ラオスのボロベン高原を表す “ボラヴェン” と名付けられた台風15号(T1215)が、沖縄本島を通過し旧名護測候所の上を通ることがほぼ確定的となりました。ドボラック法で推定する台風の中心気圧が、当たっているか? 外れるか? 実測値でもって検証できる機会が久しぶりに巡ってきました。ので大いに注目しましょう。といっても、すこしマニアックな話題ですので、わたくしが解説するのは全く不適任であり、僭越ではありますが、簡単に申し述べさせていただきます。

地上解析天気図で台風の中心気圧が示されるのですけれども、その数字はあくまで推定値であります。実測値ではありません。前ごろは米軍の観測飛行機がグアム基地から台風の中心にまで命がけで飛んで行って、観測機器を投げ落として実際に観測していました。しかし、ある程度データがたまったので実際の観測は止めてしまいました。で、気象衛星が撮った雲の写真などからその台風の最大風速を推定し、そしてこの最大風速から中心気圧を推定するようになりました。ドボラック法です。下記サイト等をご参照ください。

気象庁予報部 『台風解析の技術』
北本朝展先生のサイト『デジタル台風』「台風観測とドボラック法」
信憑性にやや難点がありますがWikipediaの「ドボラック法」

●このドボラック法による推定値が当たっているのか? 当たっていないのか? は普通は全く確認しようがありません。真の中心気圧が不明である以上は、推定値が当たっているかどうかは知る由がないのは明明白白であります。ところが、真の観測値と照合して推定値の当否を確認できるチャンスが、ときたま巡ってきます。南大東地方気象台とか父島気象観測所など、気圧の観測をしている洋上島嶼の観測所を台風の中心が通過する際がそのチャンスです。で、いままでの例ではケースバイケースで、ピタリと当たることもあれば10~20hPaずれることもあり、いろいろです。

●今回の15号台風は推定値910hPaで、沖縄本島の名護測候所を台風中心が通過しそうです。真の観測値と推定値がどのていど乖離があるのか? また旧沖永良部測候所で1977年9月9日に観測されたところの、洋上島嶼観測所の最低気圧レコードの907.3hPaを凌駕するかどうか注目です。他にも、低い気圧の観測例として、1959年9月15日に宮古島台風で、宮古島地方気象台で908.1hPaという記録もあります。

910hPa割れなど過去何十年も前に何例でもあるのだから、マスゴミどもは馬鹿の一つ覚え、パブロフの犬の条件反射みたいに、安易にアホみたいに “地球温暖化だ!” などと騒ぎ立てるんじゃねえぞ。本土の最低気圧記録の室戸台風の911.6hPaだって1934年9月21日で、78年も昔のことだぞ。

2012年08月26日 15時台風進路予想
気象庁ホームページ「台風情報」から。2012年08月26日15時の台風予想進路。おそらく本日26日夜8時ぐらいに旧名護測候所を通過するものと思われます。

【26日午後11時追記】
2012年8月26日21時40分 レーダー画像
↑気象庁ホームページから。午後9時40分のレーダー・ナウキャスト画像(抜粋)です。台風は沖縄本島の真ん中よりも少し北に上陸した模様で、台風の雨雲の螺旋渦巻きの中心が、午後9時40分ぐらいに名護測候所の位置にドンピシャリです。午後十時の名語測候所の観測で風が3メートルと台風の目に入っていることを示唆しています。(なお、島や岬を横切るのは、上陸とは言わずに通過と表現する)

【結果の総括】
名護測候所で記録された本日の最低気圧は今のところは不明ですが、21時に935.1hPa、22時に935.9hPaでした。おそらく930を割っていないと思います。台風が沖縄本島上に来た時点でも910hPaと推定したドボラック法とは20hPa以上のかなりの誤差が出たもようです。真の値が判明したので、気象庁は発表数値をとりあえず920hPaに上方修正しました。すぐまた再度の上方修正をするハズです…。(実際に夜半に930に上方修正した)

【27日03時追記】名護測候所で観測された最低気圧が実測で934.3hPaと判明しました。やはり、ドボラック法による推定値の910hPaからは、20hPa以上の誤差がありました。推定値はあくまでも推定値であって、事実そのものではなく、実測値からの誤差が有り得るということは、認識している方がよろしいかと……。

大ハズレ 風の予想も大ハズレです。日最大瞬間風速の1位が、鹿児島県沖永良部で17時00分に42.7m/sです。2位が南大東島で40.1m/s。沖縄本島では40m超の観測はでませんでした。たしか70mって言っていませんでしたか??

(拙稿は続きます)
東シナ海は、本当に宝の海なのだろうか? (その1)
●私が注目する結社に NPO法人 もったいない学会 という団体があります。まずもって石井吉徳会長の挨拶の文章が素晴らしい。ほとんど “脱経済成長宣言” みたいな文章です。こんなことを言う人はこの国には希有です。会の創設者であり代表者である石井吉徳氏の理念が、脱経済成長の中での豊かさの模索でありますから、この団体に集まる研究者や論者には、まともな人が多いです。権益などにぶら下がるのを良しとせず、政府の言うことなどに与せず、世の中の潮流にも迎合せず、というふうな人々の集団のような印象があります。常識に反することであってもハッキリと言う。それを言ったら不利な立場に自らを追い込んでしまうという場合であっても、言うべきことは言う。多くの人が保身のために言わないということであっても、主張すべきことは敢然と主張する。というふうな人が多い団体であります。なぜそう言えるのか? と申せば、この団体の人たちは異口同音に、ライフ・サイクル・アセスメント(LCA)の手法でもってエネルギー・プロフィット・レシオ(EPR)の評価をしなければ、そのエネルギーが本当に持続可能性を持つかどうかは言えない、と堂々と主張しているからです。

●他に団体として、そのようなことを言っているのは 日本LCA学会 ぐらいなものです。マスゴミも政府も環境団体も利権屋たちも、誰一人そのようなことを全く語りません。このLCAとかEPRなどの極めて大事な視点から、物事を視るという姿勢がない連中の主張は、あまり説得力がありません。仮にそれを語ったとしても、たとえばトヨタ自動車は自社製造の車の “製造から廃棄にいたる製品の生涯のエネルギー消費性能” というものを一応LCA評価しています。LCA評価するだけはましと言えましょうが、しかしお手盛りという感が拭えません。一切の利害関係のない第三者の評価とくらべると自己評価というものは、えてして甘くなりがちな傾向が否めません。“うちの車はLCA評価でこんなに環境性能がいいんですよ” と宣伝材料にしているのにすぎないのです。LCA学会にしても企業の研究者の集まりのようで、うちの商品はLCA評価でこんなにも環境にいいんですよ、という主張をしているように見えます。でも、まあ。LCAや EPRを語るだけまだましでしょう。

●ところで、青山繁晴氏という政治経済学科出身の評論家が、メタンハイドレートで日本が世界有数の資源大国になれるのだ、と幻想をふりまいています。そして地球物理学科出身の石井吉徳氏に噛みついています。青山氏はメタンハイドレートの開発研究が進まないのは、石油業界からの圧力があるからだ、というふうな説を唱えています。入力と出力の差がプラスになるのかマイナスになるのかという簡単な収支計算が青山氏には理解できないみたいで、しょせん文系の評論家にすぎないのか?という印象がします。かりに定性的にそう言えても定量的に分析しなければほんとうにそう言えるのかどうか分からない、ということも理解できていないようです。青山氏は社会に影響力があるだけに困った人です。青山氏の “米国石油メジャーが圧力をかけてメタンハイドレートの研究をさせない” などと言うのにいたっては、ほとんど陰謀論的なレベルです。政府系研究機関は20年も前からメタンハイドレートの試掘や研究をやっていますから、青山氏の主張は論理破綻です。青山氏は自信過剰な確信犯的な評論家で、原発の安全性を喧伝したり、何年か前には自信満々に北朝鮮政権はアメリカの工作によって転覆させられるという意味のことを主張していましたが、現実にはそうなっていません。青山氏の予測は外れることが多いです。

残念なのは、青山氏の確信犯的な自信過剰の陰謀論を信じる人が多いことです。本当に残念なのは、世の中には、とくにインータネット世論では、ヤラセっぽい浅薄なナショナリズムの扇動に簡単に乗せられてしまうネットワーカーが多く、珍妙な陰謀論を信じさせられて、まともな議論が隅の方に押しやられ “悪貨は良貨を駆逐する” 状態であるのは残念です。なんせ、信じがたいことには、石井吉徳氏に御用学者や既得権益者のレッテルが貼られているのです。石井吉徳氏が東大教授をしていたから御用学者だ、というふうなステレオタイプな物の見方しかできないネットワーカーが多いのには驚愕させられます。たしかに官僚養成最高学府の東大教授には御用学者が多い傾向はありましょうが、しかし、それは人によりましょう。政府を敢然と批判する東大教授はけっこういますよ。たとえばこの人など。2011.07.27 国の原発対応に満身の怒り - 児玉龍彦 東大教授の児玉先生が国会で議員や政府関係者をものすごい剣幕で叱りつけていますよ。石井吉徳氏が御用学者ではないことは、氏の著書や論文を読んでその主張に耳を傾ければすぐ分かります。逆に、評論家の青山繁晴氏が御用評論家であるのかどうかは不明ですが、青山氏はかつて原子力委員会の委員をしています。そもそも、一度でも原発擁護に回った経歴のある学者や評論家は、どんなに正論を吐いているように見えても胡散臭いところがあるものです。ネットワーカーたちには物事をステレオタイプ的にとらえる人が多く、このことが本当の排他的利権屋集団どもの思うツボになっています。とても残念です。

●さて、前置きの余談が長くなりましたが、「もったいない学会」の創設者である石井吉徳氏は、石油開発も手掛けた経歴のある資源の専門家でありますけれども、この団体には石油開発事業にかかわった会員が複数いるようで、驚くべき記事があります。
田村八洲夫 『尖閣諸島周辺海域の石油埋蔵量について:科学・技術の国らしく正しく知ろう』
尖閣諸島海域に1000億バレルの石油があるとされる話は、1970年前後の古いハナシであって、そのころは探鉱技術がまだ未熟であって、その後の進歩した探鉱技術で埋蔵量推定をしたら、結局、32.6億バレルしかないというのが最新の推定埋蔵量であり、これは国の公式見解だ。という内容です。「石油開発出身の会員を代表して」と立場を明らかにして言っていることが重いです。

●田村八洲夫氏の叙述の中に「2006年4月の第164回国会行政監視委員会で、政府参考人細野哲弘氏が、約5億キロリットルと答弁している」との記述があります。それは本当なのか? 国会会議録検索システム で検索して追確認してみました。

第164回国会 参議院行政監視委員会 平成18年4月24日
著作権法第40条に、政治上の演説等の利用について、公開して行われた政治上の演説又は陳述及び裁判手続における公開の陳述は、同一の著作者のものを編集して利用する場合を除き、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。と規定しています。ので、該当する第33番目の質問と第34番目の答弁とを全文転記します。


   *************************

【転記開始】
水落敏栄君 島根県の、問題になっております島根県の竹島もそうでありますけれども、我が国の領土が他国に侵されることは絶対許されない、我が国の主権は守らなきゃならない、こう思っておりまして、この共同開発は断固拒否していただくことを私は強く要望しておきたいと、このように思います。
 そこで、尖閣諸島付近に関連してお聞きしますけれども、国連のアジア極東経済委員会が一九六九年に東シナ海での石油埋蔵の可能性を指摘し、尖閣諸島付近の海域は地質学的な特徴から資源の存在が期待されていると発表しております。そして、こうしたことから、一九六〇年代後半から七〇年代にかけて帝国石油を含む国内の石油開発会社数社が開発を申請しておりますけれども、政府は申請の扱いを留保してきた、保留してきたと聞いております。また、経産省は、昨年七月十四日に、東シナ海での開発を申請した帝国石油に試掘権を付与する際、尖閣諸島を含む海域については付与を見送った、このようにも聞いております。
 そこで、二点お尋ねいたしますが、一つは、尖閣諸島付近海域の資源の埋蔵量について、これは試掘しなければ分からないと思いますけれども、アジア極東経済委員会の指摘のとおり有望な鉱区があるのかどうか、あと一点は、七月十四日に帝国石油に試掘権を付与した際になぜ尖閣諸島付近海域は見送ったのか、この二点についてお聞かせいただきたいと存じます。

政府参考人(細野哲弘君) お答え申し上げます。
 今お尋ねの尖閣諸島付近の石油あるいはガスの埋蔵量でございます。
 この付近を含みます東シナ海につきましては、結論から申し上げますと、今先生御指摘のとおり、相当量の石油天然ガスが賦存している可能性が高いものと我々も認識をしております。
 今お話がありましたように、実際掘ってみないと分からないというところは事の性格上あるわけでございますけれども、平成六年に石油審議会の開発部会というところで、技術委員会で検討いたしました。そこの技術専門委員会でのあくまでの推定でございますけれども、その結果、東シナ海の中間線、日本側及び沖縄周辺海域における石油あるいは天然ガスの埋蔵量あるいは賦存資源量というものは石油換算いたしまして約五億キロリットルぐらいあるんじゃなかろうかと、そういうような推定が出ております
 それから、二つ目に御指摘になりました帝国石油に対する試掘権の付与についての地域の限定のことでございますけれども、御案内のように東シナ海海域における鉱業権の付与につきましては、日中間の排他的経済水域、それから大陸棚の境界画定がなされていないということなどを含めまして、諸般の事情を踏まえまして、政府全体としては、総合的に検討をいたしました結果、昨年までは鉱業権の出願の許可又は不許可の処分をずっと留保してきたところでございます。
 しかしながら、御案内のように、日中中間線の東側海域に影響を及ぼしかねない中国による探鉱開発に対しまして、我が国の主権的権利が侵害されないように適切に措置をしなくちゃいけないということでございまして、とりわけ北緯二十八度よりも北の日中中間線付近の海域につきましては、中国が、正に中国側の海域でありますけれども、現に開発を行っているということでございましたので、我が国といたしましても、日本海側海域での主権的な権利が侵害されないように適切に対応する、そういう緊要性が高いというふうに判断をいたしました。このため、昨年の四月、中国の設定した春暁鉱区などの五つの鉱区に対応する当該海域につきまして、試掘権設定の出願の手続を開始をさせていただいたところでございます。
 したがって、この区域には、今、以上申し上げました理由によりまして尖閣諸島の周辺海域は含まれておりません。  【転記終了】


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答弁に立った政府参考人の細野哲弘氏は、資源エネルギー庁長官を歴任した人物のようで、答弁に立った時点では資源エネルギー庁次長であったろうと思われます。
尖閣諸島周辺海域に石油があるのか? ないのか? と問いただされて、ハッキリと「無いよ」と言っているではありませんか!!
それも定性的にではなく定量的に「約5億キロリットルだ!!」と明言しています。資源エネルギー庁次長が明言するのだから、2006年時点での、東シナ海中間線から日本側の石油及び天然ガスの推定埋蔵量は、石油に換算して約5億キロリットルというのが政府の公式見解であることは疑いようがありません。巷間に流布しているハナシと全く異なるではないか!!

キロは10の3乗だから、5億キロリットル = 5000億リットルです。1バレルは159リットルです。換算すると、5000億リットル ÷ 159リットル = 31.446億バレルであります。1970年前後の国連等の推定埋蔵量1000億バレルとは、どえらい話が違うではないか。1000億の前には31億など無いも同然です。探鉱技術が十分でなかった時代の、40年も前の古色蒼然としたカビの生えた数字が独り歩きし、いまだに人々を惑わせているということのようです。もったいない学会の石油開発出身者たちが「なぜ誰も訂正しないんだ?」と疑問を述べているわけですが、思うに背後に政治的な思惑がうごめいているのではないのか???

●で、想像をたくましくしてみました。真相は全くヤブの中で分かりませんが、おそらく、こういうことでしょう。実際には言うほどには宝がないのにもかかわらず、あえて宝の海としておきたい…。そういう勢力がいる。だから国会の質疑では約5億キロリットルだと明かしたけれども、国民に知られたらマズイので徹底した報道管制を敷いている。宝の山があれば、油揚げを狙うトンビが舞うのは世の常です。ワシのとこの物だ、ワシにも権利があると横無茶を言うヤカラが必ず出てくるというものです。で、宝の海 = 奪い合いの海であり、対立の海です。日本と中国を適度に対立させるための仕掛けが “東シナ海の1000億バーレルの海底油田、つまり、イラクやサウジアラビアに匹敵する大油田” であったのではないか?? 誰が仕掛けているのか? たぶんアメリカでしょうが、日本も中国も深く関与していると見ます。あえて陰謀論的な見方をとると、いろいろと疑問に思うことが整合的にうまく説明がつき、断片が一つの線に繋がってきます…。

(長くなるので、続きは次回のエントリーといたします)

貿易統計から見えてくるもの (その4) 米国も日本も外需依存国などではない。内需国だ。
(その3からの続き)

2010年 アメリカの輸出入額 国別ランキング

●注目するのは、米国の、隣国であるところのカナダとメキシコとの貿易額の多さです。遥か遠くの国々よりも、お隣さんとの経済的結びつきのほうが強固であることが窺えます。アジアでは中国との貿易額が突出しています。とくに輸入額では中国は日本の約3倍です。米国と中国は何かにつけ対立しているかのように見せつけられている半面、経済的な結びつきは日米関係よりも、米中関係のほうが遥かに重くなっていることが窺えます。日本から見ると、日本は米国の属国であり、米国は唯一無二の親分の国(宗主国)のようではあるけれども、逆にその親分から見れば「子分の国はたくさんある」「日本など沢山ある子分の国々の1つにしかすぎない」「諸々の子分の国々の中でやや経済規模が大きな国かな」という程度なのではないか? と、ついそういうことを考えてしまう表であります。ま、米国から見て日本が唯一無二の同盟国ではないハズです。

●この表から読みとれることとして、米国は著しい輸入超過の国であることも挙げられるでしょう。米国は世界全体に対して1兆2775億USドルを輸出する反面、1兆9120億USドルを輸入しています。輸入額が輸出額の1.497倍です。それもほとんどの国に対して輸入超過であります。特に際立っているのは、対中国で輸入額が輸出額の3.972倍もあります。これらがドル安の大きな要因の1つであろうかと思います。米国は大変な貿易赤字の国でありますが、ただ、米国企業はグローバルな多国籍活動をしている企業も多いから、貿易収支の数字をそのまま額面通りに受け止められない面もあるかもしれません。(日本にも米国会社の支店や現地法人がいっぱいあるので)

米国は、かつて、クリントン政権が1995年に政策的に「強いドル」政策を打ち出して、ドル高は世界中から投資(すなわちカネが)米国に流れ込み、米国債が買われ、ニューヨーク市場の株が買われ、カネが回るので米国の経済は活性化し、それは米国の国益であるとしていました。それは最近まで続いていたようです。ところが、オバマ大統領はハッキリと「弱いドル」政策に転換しています。金融政策・為替政策をドル安に誘導して、米国の輸出産業を振興し、金融工学の失敗で傷つき窮地に追い込まれつつある米国経済を建て直すのだ、という意味のことを言っています。ハッキリと輸出増大計画を打ち出し、米国の粗悪な製造物を買わなければいけないのは「日本だ」といわんばかりです。「そりゃあ違うだろう、米国の粗悪品を買わなきゃならんのは中国じゃねえのか?」 と思うのですけれども、TPPの騒ぎを見ても分かる通り狙われているのは日本でありましょう。

●さて、この表から読みとれる大きなことの1つに、米国の貿易額の意外な少なさです。あまりにも少ないなという感じさえします。米国のGDP(国内総生産)は名目GDPで2010年には、総務省統計局のリリースした資料によると、14兆4471億米ドルです。で、米国の貿易依存度を計算してみます。統計資料の数字さえ入手できたら、簡単な計算ですから、何の専門知識も持たないわたくし山のキノコでも計算できます。

米国の2010年 輸出依存度
1兆2775億USドル ÷ 14兆4471億USドル = 0.0884(8.84%
米国の2010年 輸入依存度
1兆9120億USドル ÷ 14兆4471億USドル = 0.1323(13.23%

この数字をみたら米国は内需主導型の経済の国ではないか。とくに輸出から輸入を引いた純輸出ではマイナスの数字となっています。

さらに、米国の2010年貿易日本依存度(?)なるものを勝手に考案して、計算してみました。

米国2010年 輸出日本依存度
605億USドル ÷ 14兆4471億USドル = 0.0041(0.41%
米国2010年 輸入日本依存度
1203億USドル ÷ 14兆4471億USドル = 0.0083(0.83%

日本の比重など、なんとまあ、まことに軽いものでありますね。風の前で吹き飛ばされそうな塵みたいな軽さです。(1%未満

●そこで、日本をはじめ各国の貿易依存度がどの程度なのか? 資料に当たってみました。総務省 統計局 のホームページから、統計データ → 世界の統計 → 第9章 貿易 → 9-3貿易依存度、の順にページを繰っていくとエクセルの表があります。そこにあるデータを貿易依存度の高い順にランキングをしました。

【輸出依存度】 輸出依存度とは、国内総生産(GDP)に対する輸出額の割合です。(単位は%)
2010年 各国の輸入依存度
【輸入依存度】 輸入依存度とは、国内総生産(GDP)に対する輸入額の割合です。(単位は%)
2010年 各国の輸出依存度
↑データの出典は総務省統計局の資料。作表は山のキノコ。

●総務省統計局の資料では、全世界の国々のデータを網羅しているのではないし、とりあえず2010年のランキングを調べただけですが、全く意外なことは、日本の貿易依存度の低さです。表の中でアジアの国を赤で彩色しましたが、アジアの国々の中で日本の貿易依存度の低さがきわだっています。5年間の推移は次の通りです。これで、日本は本当に貿易立国と言えるのか?? 内需国じゃねえのか?? という疑問が湧いてきます。

(輸出依存度)    (輸入依存度)
2006年 14.9%   2006年 13.3%
2007年 16.3%   2007年 14.1%
2008年 16.1%   2008年 15.7%
2009年 11.5%   2009年 10.9%
2010年 14.1%   2010年 12.7%


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まとめ
●総務省統計局や日本貿易振興機構がリリースする資料に当たって、あれこれと見てまいりましたが、総括してまとめると次のようになるのではないかと思います。

★日本の貿易は、金額的に対米国より対中国のほうが凌駕している。
★アメリカの貿易も、金額的に対日本よりも対中国が凌駕している。
★つまり、中国が世界貿易の勇者として踊り出ている。
★日本はアメリカ一辺倒のままでいいという時代は終わっている。
★意外なことに、アメリカも内需国、日本も内需国である。
 GDPを増やすには、内需振興政策をとる必要があるのが明白。


経済的な繋がりから考えると、日本がアメリカ一辺倒の属国(植民地)の状態ではすでに全くありません。にもかかわらず、野田政権もそうでありますが、歴代の政権が非常な対米従属路線を続けてきたのは何故だろうか?? たとえば小泉ー竹中路線は、事実上のアメリカからの命令書であった 年次改革要望書 を有難くおしいただき、そこに書いてある通りに郵政民営化を進めました。日米の経済的結びつきは、政府が言ったりマスゴミが報道する程には強くないのにもかかわらず、非常な対米追随政策(あるいは世論も)や、その対米追随姿勢の裏返しと思われる中国敵対視の異様さ、これらのことから想像するに、たぶん、次のことが言えるのではないか? 次の3つの米国の利権(利権のようなもの)を米国が狙って、日本人の官僚や政治家などを中間管理職として操り、日本から利益を “カツ上げ = みかじめ料” を吸い取っているのではないか? そのみかじめ料が貿易で得る利益よりも遥かに大きいのではないのか? それが日本を属国属領同然に、米国が日本を間接支配している理由なのだと思います。そうでも考えないことには、あまりにもこの国の対米従属姿勢は、貿易統計から見る結びつきからだけでは、とうてい説明がつきません…。

米国が日本からカツ上げする3大みかじめ料
【みかじめ料1】いまだに占領をつづけている在日米軍を駐留維持するための費用は日本が出しています。国会で予算計上されています。「在日米軍駐留経費負担」「在日米軍の駐留にかかわる経費の負担など」などと意味不明・表現を変えて別々の項目で日本政府に毎年数千億円を(実質的には)請求しています。防衛白書を参照。

【みかじめ料2】日本政府の外貨準備金。為替介入したお金が米国債に化けてアメリカ帝国に事実上盗られています。財務省HPに「平成23年3月末における我が国の外貨準備高は、1,116,025百万ドルとなり、平成23年2月末と比べ、24,540百万ドル増加した」などと書いてありますが、24540百万ドル増えたのではありません。1年間にそれだけ盗られたのであります。1ドル80円として計算すると、1.96兆円盗られたのです。財務省「外貨準備の状況」 参照。財務省は隠していないです。米帝にいくら盗られたかちゃんと書いていますよ。(ただ円高に担ぎあげられてかなり目減りしていることは隠していますが)政府の外貨準備金1兆1160億ドルのうち、1兆0275億ドルが証券で保有です。証券とは申すまでもなくアメリカ国債であります。しかも日本が買わされた米国債は日銀の金庫にあるわけでもないし、売らさせてくれるわけでもありません。売らさせてくれない証拠があります。麻生政権のときの財務大臣の 中川昭一 氏は2009年2月にローマで行われたG7蔵相会議で、昼飯に少し飲んだワインに薬を入れられていて、意識もうろうの会見をさせられて失脚しました。昼食に同席した財務省の職員と新聞社の記者が犯人とみられ、事件の背景としては、中川大臣が米国債を売ることを口にしたためと、取りざたされています。

下手な為替介入などするよりも、日本政府が石油でも何でも海外からどんどん買って備蓄をしろ、それが結局、円高対策になるのだというのは亀井静香氏の主張ですが、米帝に盗られないようにする有力な方法でありましょう。しかし、そんなまともなことを言う政治家も、主流から巧妙に外されるのがこの国の現実です。

【みかじめ料3】小泉政権の時に、金融担当大臣でもあった竹中平蔵氏が2002年10月に、「四大銀行であっても“too big to fail”(あまりにも大きいので潰せない、破綻させるには大き過ぎるとの意味)の考えはとらない」と発言したことをきっかけに下落が続いていた東京株式市場を追い打ちをかけるように大暴落させました。too big to failという表現が時の言葉として話題になりました。大きな銀行を政策的に潰すのだろうか? どうなんだろうか? と竹中発言の真意が議論になりました。ま、結局、日経平均は大底が7606円だったか、大暴落です。

その大暴落の大底圏で日本株(すなわち日本企業の所有権)をごっそりと買ったのは米国の証券会社や投資ファンド会社です。リーマンブラザーズ(2009年に破綻したが)、サーベラス、リップルウッド…などなど。その後竹中平蔵氏は銀行救済政策をとって日経平均は見事に急反転、18000円台まで回復したのですが、これはインサイダーの事実上の株価操作ではないのか? と疑惑が取りざたされています。つまり、宗主国のアメリカ人たちに日本の会社を安く売り渡す手先を竹中平蔵氏が演じたといっても、まったく言い過ぎではないでしょう。

日本人は日本の会社は日本のものと思っている人が多いようですが、東京証券取引所の発表するデータでみると、株主の25%前後が外国人で、その多くがアメリカ人です。世界的に名が通っている会社ならば株主の外国人比率はもっと高くなる会社が多いです。そして、小泉ー竹中ラインがしたことは、派遣労働者法の改正です。その結果、企業の正社員が減り派遣や臨時の雇用者が増えました。つまり固定費の削減により会社の利益の増大化を狙った。日本の会社(株式)を底値で買わさせたアメリカ人たちに、より多くの配当所得が行くような道をつけたのです。小泉ー竹中ラインはアメリカの手先となって、日本人が汗水たらして稼いだカネがアメリカに流出する水路を切り開いたということであります。だから、小泉も竹中も売国奴と言われているのです。話がやや複雑ですが、日本の会社の株主になるという形で、米国は日本のカネをカツ上げしています。そのために『年次改革要望書』で内政干渉まがいの要求をしたのです。以上の記述には、もちろん異論・反論もありましょうが、このような解釈も十分に可能なのであります…。

(ところで、ついでに申せば、橋下徹氏は、氏の維新塾の講師に竹中平蔵氏を担ぎ出そうとしました。しかし世間の反発が予想外に強く、それは引っ込めたのですが、これを見ても橋下氏は売国奴たちの手先であることが分かります。いまだに橋下氏が改革者だなんて錯覚している方がいらっしゃったら、どうか騙されないようにお願いします。)
貿易統計から見えてくるもの (その3) 米国の輸出入のデータを見る。
●さて、(その1)と(その2)で日本の輸出と輸入との、主要国ごとの軽重をごく簡単にではありますが見たわけですが、ここで全く観測位置を変えて米国側から見たらどうなるのか? その表を作成しました。 JETRO 日本貿易振興機構(ジェトロ) のホームページから、HP → 海外ビジネス情報 → 国・地域別情報 → 北米 → 米国 → 米国貿易統計データベース → 貿易バランス の順に閲覧しました。米国の126の国と地域との輸出入の金額の表があります。その表を金額ランキング形式に加工したのが下に掲上したものです。

●余談ながら、JETROのトップページを示しただけで、その元の表が掲載されているページを示さないのは、JETROがトップページへのリンクしか認めていないからです。インターネットは著作権法無視の無法地帯であるという指摘があるのですが、確かにそれは間違いありません。法的に認められている「引用」と、単に丸写しの「転載」は全く別物であるのに、その違いをほとんど認識せずに、明白な著作権法違反の「無断転載」がネットではあまりにも横行しています。名指しをすればたとえば「阿修羅掲示板」であるとか「2ちゃんねる」などはそうです。ハッキリと無法地帯です。実際に削除要請や裁判も起こされているようです。このようなサイトに投稿する人たちは質が低く、何かを主張しようとしたならば “文章は基本的には自分で書かなければいけない” ということが理解できていないようです。著作権法が認めているのは、自分の文章を書くなかで他人の文章を少し取り込むことはできるとしているだけです。他人の文章を自由自在に勝手に使えるのでは全くありません。残念なのは、ここのところがネットの大きな弱点で、当局につけ込まれているのだろうと思います。知的財産権保護を謳って違法行為を取り締まる法律が矢継ぎ早に制定されています。

(私見ですが、ネットが無法地帯になっている大きな背景は、だれでもが情報発信が出来るようになったことがあると思います。かつての紙媒体時代には、商業出版であろうと私家版であろうと書物や雑誌などを出版して意見を主張するのはハードルが極めて高かったのです。紙媒体の書き手たちは、著作権法を十分に認識して文章を書いていました。ところがネットの出現で、意見をいうハードルがずいぶんと下げられました。だれもが掲示板に投稿したりブログやホームページを開設して意見を主張できる時代になったのです。その場合、意見を主張したいのだが自分の言葉では十分な意見を上手く言えない、しかし他人の文章で大いに賛同できる文章がある、というふうなことがあると安易に他人の文章を無断転載するという行為に走ります。これがネットが無法地帯になっている大きな背景です。またそれがネットが玉石混交の理由でもありましょう。無断転載をしている人たちには大して悪気はなく、金銭的な実害を転載元に与えているとも思えないのですが、やはり無断転載はマズイです。)

●さて、知的財産権の保護というのは表向きの理由だとする見方も根強いです。日本だけでなくどこの国でも為政者たちは、ネットで体制批判・政府批判の声が上がるのに手を焼いています。で、ネットで燎原の火(りょうげんのひ)の如く政府批判の声が広がるのを潰せないものか? で、その手段として「知的財産権保護の強化」を目的外使用するのであろうかと考えられます。 偽造品の取引の防止に関する協定(ACTA アクタ) の締結について承認を求める件について、この8月3日に参議院で圧倒的多数が賛成で可決しました。衆議院での採決はまだですが、この協定(条約)に批准するかどうかでヨーロッパ各地で大規模な反対運動がこの冬に起こったようですが、日本では全く報道がされませんでした。

●すでに昨年に「コンピューター監視法」ができているし、今年6月には「私的違法ダウンロード刑罰化法案」(著作権法改正法案)が可決され、平成25年1月1日から目出度く施行の運びとなっています。加えてACTAという条約が効力発生となると、当局の恣意的なさじ加減ひとつで、政府を批判するサイトは次から次へと閉鎖に追い込まれるのは必定、ものの言えない、反対意見を許さない時代の到来!! です。おぞましい言論弾圧の始まりです。そしてその危惧は極めて高いのです。著名な言論人を当局が粛清する手段は、痴漢の冤罪を振りかけたり、脱税容疑での執拗な税務調査が定番でありますが、これにコンピューターの監視が加わります。恐いのは、この監視のキバはわれわれ庶民大衆にも向けられていることです。著名な言論人だけでなく、普通の人がブログや掲示板でちょっと政府批判を書き込むことまで監視の対象なのです。

●ネットが著作権無視の無法地帯だというのは、ま、全くその通りであります。著作権法が認める「引用」とは、その条文や文化庁のガイドラインによれば、自分の書く文章の論理を補強するためにその引用が関連性・必然性があることとか、自分の書く文章があくまで主であり引用が従である「主従関係」があるとか、引用は最大限で書物の1ページ程度までとか、出典をハッキリ明示し、自分の文章と引用とを明確に区別をつけるとか…、満たすべき条件が規定・示されています。ブログの記事や掲示板の投稿において、自分の文章が僅か3行しかないのに引用文が100行もあるとかはマズイです。それは「引用」の範囲を遥かに越えていて「転載「転記」です。基本的には転載元の許可が必要のハズです。今まででしたら転載元に抗議されないかぎり問題になりませんでしたが、やがては、転載元の抗議があろうとなかろうと、当局に摘発されそのサイトは閉鎖であります。それから、ご自分の文章なのか引用の文章なのか判別がつかないというのも非常にマズイですし、出典を明示しないものは即ご法度です。そしてそのサイトの閉鎖を狙っているのがACTA(アクタ)であります。

たとえ悪法であってもそれが存在したならば、守らざるを得ないのです。ここで非常に大きな問題は、その法に抵触する行為があるのかないのかを判断し捜査し起訴する当局がきわめて「恣意的」なことであります。さじ加減一つで白にも黒にもなるのです。当局が恣意的であることを示す証拠を一つ挙げましょう。

【恣意的だと主張する証拠】小沢一郎氏の「陸山会」が西松建設の政治団体である「新政治問題研究会」と「未来産業研究会」から献金をもらったのは衆知の通りです。東京地検特捜部はこの2つの政治団体は架空のものであって実体がない、したがって献金の資金提供者は西松建設であり、政治資金収支報告書に寄附をしたものの欄に西松建設と書かなかったのは虚偽記載だとして、経理係の大久保隆規氏を2009年3月3日に不当タイホしました。

ところが、この西松建設の2つの政治団体から献金をもらったのは陸山会だけではありませんでした。自民党系の議員がほとんどでしたが十数名の者(それぞれの政治家の政治団体)も同様にもらっていました。それは当時きちんと報道されていました。小沢一郎氏と全く同じように献金をもらい、同じように政治資金収支報告書に記載した他の十数名の政治家(経理担当者)はタイホされることはありませんでした。それどころか、麻生政権の漆間巌官房副長官は「自民党議員には波及しない」と国会の委員会でハッキリ明言しました。

金額の多寡はあったけれども同じように献金をもらい、同じように報告書を書いても、タイホされる人と不問に付される人に分けられることを、「恣意的だ!」といわずしてなんと言うのでしょうかねえ?? 恣意的ではないという方がいらっしゃったならば、では、それを何と言うのかご教示を賜りたいと思います。【証拠の提示終了】

要するに、ネット言論空間を監視する諸法が発効した暁には、ちょっとの著作権法違反の理由で、反体制・反政府の主張をするサイトは強制閉鎖させられるのです。いっぽう、政府批判などしなければ、いくら著作権法を守らなくてもお咎めはないのです…。そうして自由な言論が封殺されていくのです。

さて、すっかり余談が長くなってしまいました。
次の表はアメリカの輸出入に関するデータです。
2010年 アメリカの輸出入額 国別ランキング
↑ジェトロのHPに掲載されている資料から数字を拾って、ランキング形式に加工しました。余談が長くなったので、この表の解釈は次回のエントリーといたします。 
貿易統計から見えてくるもの (その2) アジアと中国の比重の大きさが光る
財務省貿易統計 は細かな数字がびっしりと並んでいます。無味乾燥な膨大な数字が並んでいるのを閲覧していると、クラクラと眩暈がしてきます。そこで、余計な物を投げ捨てて、ギリギリ最小限の数字だけを拾い上げて、我が国の輸出入の経年変化を調べててみました。


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【日本の輸出の推移】
財務省の貿易統計はドルではなく円で示されています。そして千円の単位でデータベースが集積されていますが、拙稿では輸出入の推移を大まかに概観しようとするものですから、億円未満の細かな数字はすべて斬り捨て処理しました。表と、グラフとを掲上いたします。
輸出の推移表
↑この表の数字を積み上げグラフにすると、下のグラフになります。
輸出の推移のグラフ
↑表およびグラフの元データは財務省貿易統計より抜粋取得し、山のキノコが作表および作図しました。

★「その他」というのは、中南米、米国以外の北アメリカ、オーストラリアなどの大洋州、アフリカ、EU以外のヨーロッパや東欧、ロシア、です。がその比重は小さいです。
★グラフで見る24年間、米国は輸出額は結局、ほぼ横ばいです。
★アジアの躍進、とりわけ中国の大躍進が目立ちます。貿易の繋がりをみると、中国やアジアは日本製品を買って下さる大切なお客様であり、米国をはるかに凌駕するお得意様です。

年ごとの変動が大きいので、最初の3年間(1988年~1990年)の平均値と、直近の3年間(2009年~2011年)の平均を比較して、どのようなトレンドにあるのか?観察すると、米国の地盤沈下と中国・アジアの台頭が目を引きます。米国はほぼ横ばいであるのですが、全体が大きく伸びたので、全体に占めるパーセンテージは32.99%から16.06%に半減! もはや米国の威信はすっかり地に落ちてきました。

米国  12兆4532億円 →  9兆7082億円   0.78倍に減少!
中国   1兆0970億円 → 12兆0743億円  11.00倍に大膨張
アジア 10兆2727億円 → 22兆5428億円   2.19倍に増加 


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【日本の輸入の推移】
輸入の推移表

輸入の推移のグラフ

★輸入額の推移をみても、やはり、アジアの増加と中国の大躍進が人目を引きます。
★米国の凋落は隠しようがありません。もはや米国の威光には輝きがありません。米国一辺倒に依存していればいいという時代はハッキリ終わっているようです。
★輸入額の推移を見ると、中東からの輸入額が輸出額よりも相当大きいです。これは石油を中東に大きく依存しているためでしょう。また原油価格が上昇トレンドに乗っていることも反映しているに違いありません。
★「その他」の比重も大きくなっていますが、これはブラジルやオーストラリアやロシア等からの一次産品の輸入が多いためでしょう。一次産品の商品相場の上昇も影響しているでしょう。
★輸出額が順調に伸びていく途中で、3回の停滞期が観察できます。92年から94年の落ち込みはおそらくバブル崩壊による景気後退、97年から99年の落ち込みは消費税を5%に増税したあとの景気後退期、2007年から2009年の落ち込みは米国発の信用不安の余波によるものだと思います。
貿易統計から見えてくるもの (その1) 中国の大躍進とアメリカの凋落
● 財務省貿易統計 や、JETRO 日本貿易振興機構(ジェトロ) のホームページを閲覧して、山のように発表されている資料をあさり調べて、貿易統計の数字を取得し、政府の言うことなど疑ってかかるという偏見でもって、その統計数字を自分なりに解釈して、次の表を作ってみました。

●財務省の貿易統計は、微に入り細に渡り、精緻と言えば精緻かもしれないが、重箱の隅をほじくるような細かな項目を沢山たてて膨大な資料を作り過ぎています。これでは何がどうなっているのかさっぱり分かりません。膨大な資料を作るのがお役人たちの仕事なのか?? 普通の国民大衆は日本の貿易のアウトラインが大雑把に知りたいのに、細かな資料が山のようにあるので、どうぞごゆっくりと閲覧下さいと親切に言ってくれても、肝心のことがさっぱりわからないのです。お役人たちは膨大な資料と難解な言葉をたくさん並べて、国民を煙にまくのも仕事なのか??

●日本貿易振興機構(ジェトロ)のほうは、まだましです。財務省から提供された原データを、少しは分かりやすくなるように整理したり加工したり、工夫の跡が見受けられます。で、『貿易統計データベース』という頁から主に数字を抜粋取得して、独自に作表してみたのですが、ジェトロはトップページしかリンクをしてはいけないという指示ですから、数字を落穂のように拾ったページを示すことができません…。

ジェトロの『日本の貿易統計データーベース』から数字を拾い、2011年の我が国の輸出入の国別の金額ベスト25であります。
★なお、落穂拾いした元の数字は千円の単位まで細かく示されています。けれどもそんな細かいことを見てもあまり意味がないから、1億円未満は切り捨てました。
2011年 貿易統計より


この表から見えてくるもの

パレートの法則がみられます。 パレートの法則とは、20対80の法則とも言われています。たとえば、会社の売り上げは2割のお客さんによって8割の売り上げの貢献がされているとか、2割のお金持ちが国民全体の資産のうち8割を持っているとか、社会現象でよく見られる経験則です。物理学の法則みたいに厳密なものではないのですが、ほぼ、だいたい、そんな感じかなということであります。上の表では、全部で226の国と地域のデータから、上位25を抜粋してあります。上位25か国で、母集団の226国及び地域の総金額の9割近いものを占めています。見事にパレートの法則が成立しております。

べき分布になっています。金額を階級別に分けて、階級ごとの出現度数を調べると、正規分布ではなくて、かなり、べき分布的になっています。社会現象にはべき分布が普通に見られます。拙稿『日降水量の観測データはべき分布に従い、予想外のことが起こる』ご参照。
輸出金額の階級ごとの国数
↑輸出金額について、0~百億未満、百億以上~千億未満、…、と順に金額が10倍になるよう階級を設けて、母集団の226の国と地域の階級ごとの度数分布を調べました。すると、小さな階級から順に124、56、32、12、2、という数字が得られました。グラフにするとご覧の通りですが、横軸は対数目盛になっています。べき分布的になっております。

べき分布を示す現象はいくらでも考えられます。200万社とも言われる株式会社の規模別の数であるとか、夜空に輝く星の等級と数とか、地震の規模(マグニチュード)ごとの発生数とか…、枚挙にいとまがありません。要するに、ありふれたものとか小さなものは圧倒的に数がたくさんあるのですが、大きなものになるにつれて急激に数が減少し、極端なものは発生数が非常に少ない、ということでありましょう。

中国の躍進と、アメリカの凋落が顕著です。 アメリカとの貿易額よりも中国との貿易額の方が大きくなった、との報道がなされたのは数年まえでありますが、中国とアメリカとが逆転しています。輸出額では中国はアメリカの1.288倍、輸入額ではなんと2.468倍にも達しています。さらに申せば、香港は1997年にイギリスから中国に返還されました。いまは中国の特別行政区です。中国の一部でありましょう。台湾は中国と分離状態ですが中国から完全に独立しているとは言い切れないし、中国と台湾の統一を望む声も多いから、強引に台湾も中国の一部とかんがえると、なんと輸出額は20兆3795億円になります。アメリカの2.034倍です。

日本にとって中国の方が輸出でも輸入でも、アメリカよりも遥かに比重が大きくなっています。かつてはアメリカがくしゃみをすれば日本が風邪をひくと言われましたが、もはやアメリカ一辺倒の隷属追随の時代はハッキリと終っているようです。

日本のアジアとの経済的結びつきが極めて大きいです。表の中でアジアの国々を赤色で彩色しています。とくに輸出のほうではアジア各国が上位を占めています。遠くの親戚よりも近くの他人という言葉がありますが、遠くの大国よりも近隣の中進国といえそうです。経済発展の著しい国をBRICs(ブリックス)などと言うことがありますが、中国(C)を除くと、ブラジル(B)、ロシア(R)、インド(I)の順位はかなり下の方です。

輸出額で、表中のアジア各国の金額を合計すると、なんと35兆3732億円です。アメリカの3.531倍です。輸入額のほうでは29兆0810億円で、アメリカの4.902倍です。
これらをみると、TPPのプロパガンダがいかに嘘っぱちであるかが鮮明です。日本はすでにアジアと深い経済的結びつきがあり、すでにアジアの生長を取り込んでいます。アジアの成長から取り残されるだとか、TPPで開国するだとか、それらは国民を馬鹿にしたような虚妄プロパガンダです。金額の数字からみると、これからその国の生長を取り込むために外交に力を入れるべきは、インドやロシアやブラジルなどではないのか?? TPPは次第に凋落しつつあるアメリカが、アジアの成長のカヤの外になるのを恐れて、元アジアの小国連合を利用して失地回復を狙っているだけではないのか?? という疑念を持たざるを得ないです…。
お盆に咲く花2種
タカサゴユリ? あるいはシンテッポウユリ?
●日本はユリの国だといわれて、沢山の種類の自生種が各地にあるのですけれども、淡路島南部には真の自生種はササユリしか分布していないです。諭鶴羽山系で見られるオニユリは 史前帰化植物 とされていて大昔にユリ根の食用のために中国から持ち込まれたのではないか?とする説が有力みたいであります。

●一方、写真のタカサゴユリ? もしかしたらシンテッポウユリ? は明らかに新帰化植物であります。戦後になって急速に広がったようです。江戸時代後期から以降は貿易が盛んになって(江戸期でもたとえば薩摩藩などは琉球国を通じて中国と盛んに交易していた)外国の植物がたくさん我が国に侵入してきました。江戸後期以降に侵入してきたものは新帰化植物と言っているようですが、それ以前のものは旧帰化植物と区別しています。侵入した時期により、史前帰化植物・旧帰化植物・新帰化植物と分けられています。

タカサゴユリ
↑この花の説明は拙稿 お盆のお供え花に重宝な「雑草ユリ」 参照。本日、ご先祖様のお墓詣りに行ったのですが、霊前に手向ける花を調達するためにスーパーに寄ったところ売り切れ! で、なんにもありません。しかたがないから、この雑草ユリと次のハマナデシコの枝をお墓に立てました。やはり、このタカサゴユリ? あるいはシンテッポウユリ? は重宝しますね…。なんといってもタダです。消費税が上がって可処分所得が少なくなった庶民大衆は、お墓の花はこれで上等です。節約をして生活を防衛しましょう!! でも、日本経済が崩壊するかも??

テッポウユリ ………… 琉球諸島原産のユリ
タカサゴユリ ………… 台湾原産のユリ
シンテッポウユリ …… 上の両者の園芸交雑種

鑑賞用に戦前に導入されたタカサゴユリが野生化した可能性もありえるでしょうし、品種改良のためにテッポウユリとタカサゴユリとを交配したものが野生化した可能性もありえるでしょう。どちらであるか決めるのは、染色体を調べたり、DNA解析なのでしょうかねえ??


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ハマナデシコあるいはフジナデシコ
ハマナデシコ(フジナデシコ)
↑南あわじ市灘土生(なだはぶ)です。本日8月14日に撮ったのですが、花期は長く6月ごろから秋まで何カ月も花が見られます。海岸県道の法面の落石防止金網の間から茎を伸ばしています。法面はコンクリートの吹き付けをしていますから、僅かの割れ目に生えたのでしょう。劣悪環境でも逞しく育つ丈夫な植物のようであります。海岸を美しく飾る観賞価値の高い野草であります。

●ハマナデシコという標準和名は、あきらかに浜(海岸)に生ずるナデシコという意味だと思いますが、別名のフジナデシコという名称の意味は、花の色が藤色を帯びた桃色であることから言うのでしょう。明らかに富士ナデシコではない筈です。なぜならば、富士山周辺にのみ分布するフジアザミなどと違い、フジナデシコの分布は本州から琉球に至るまで分布が広いからです。

ハマナデシコの花
↑分かりやすく言えば、野生のカーネーションの一種です。母の日の贈り物にするカーネーションと同じナデシコ科ナデシコ属の植物です。が、花は小さいです。花は花弁(花びら)は5枚あり、その花びらの先のほうはギザギザになっています。

●本種はナデシコ属の海岸型で、海岸の潮風や乾燥や強光などの環境に適応して進化したのでしょうが、葉がとても厚くボタッとしていますし、テカテカと光沢がある照葉です。諭鶴羽山系の内陸部に見られるカワラナデシコは茎が細くてひょろひょろと華奢な感じですが、ハマナデシコは海岸の強い潮風に耐える為に茎は太くガッチリしています。ま、いわば骨太のナデシコと言えましょう…。

ハマナデシコの花
日本経済は、経済学の実験場ということなのか? 3回目の追実験にひた走る財務省(野田政権)!
●消費税増税法案が可決されましたが、世の中の反応を観察しましたところ、強力な合成の誤謬(ごうせいのごびゅう)が発生しそうな気配がしています。大変なことになりそうです。「合成の誤謬」というのはマクロ経済学の用語でありますが、端的に言えば、微視的(ミクロ)なレベルでは真なることも、巨視的(マクロ)のレベルでは真ならず、ということであります。ようするに政策的に狙った思惑と裏腹に、全く逆の現象が発生して期待した成果が実現できないのです。

●経済学を修めたわけでもない全くの素人が言っても説得力がないし、また、これを言うには適任でもないのですけれども、あえて言うのは一有権者であり、たとえ少しであっても納税している以上は言う権利があるというものです。もちろん、たとえ貧乏で納税できない人であっても言う権利があるのは、憲法の規定から明明白白です。ごく一部の心ある経済学者は消費税増税の不当性を強く主張していますが、政治が事実上おぞましい大政翼賛会に成り下がってしまいましたので、どうしようもありません。また、マスゴミとりわけ大新聞が財務省(政府)の走狗・手下・広報係になり下がりました。いま、この国からまともな言論がおしなべて抹殺されようとしています。で、我々はしがない庶民大衆でありますが、各界各層であらゆる場所で、あらゆる手段を使って、皆でごうごうと異議・抗議を主張しなければ、大変なことになりそうです。私は首相官邸や民主党本部などに、実名・住所を明かして、ときどき抗議のメールを送っています。また、政府は国民の声を募集しています。世の中、黙っていたら了解したと看做されるんです。黙っていたらやられるんです。何十万人、何百万人と皆で一斉に声を上げないと、この国はまともにならないんです……。

一人で行けば上手くいくものも、皆で行くとダメになる、「合成の誤謬」
●世の中、常識的な発想では通用しないようであります。予想とか思惑とか狙いとかは、たいてい予想外の逆の方向にいってしまうものです。皆が貯金をしようと励んだら逆に貯金を減らし、不良債権を減らそう、減らそうとしたら却って増えて、破綻した金融機関が続出したのは記憶に新しいところです。大騒ぎした2000年コンピューター誤作動のY2K問題では、大山鳴動してもネズミが1匹も出ませんでした。記録的な大豊作でちょっとは儲かるかなと思ったものの、農家の人は肥料代も出ずに大赤字! だれもが有望なビジネスと思ったのに、実際に起業してみたら全くお客さんが来ずに元手をすり減らします。株式市場が賑わっているからと手を出してみたら、大損! その損を取り返そうと少ない証拠金でレバレッジを利かせてFXに手を出してみたら、さらに大損! 損の上に損の上塗りであります。 

ま、世の中、そんなものなんです。思惑とか期待とかそんなものは、あざ笑うかのように逆の結果になるんです。10のうち8つは上手くいかないんです。もちろん1つや2つは上手く行きましょうが、次には失敗であります。上手いことは続かないんです。なぜそうなるのか色々な理由があると思いますが、一つには経済学でいう合成の誤謬(ごうせいのごびゅう)という罠(わな)に引っかかるのです。また回帰の誤謬(かいきのごびゅう)などという別のの罠もありましょう。この世には、罠はたくさんあるのです。

回帰の誤謬とは、自然現象でも社会現象でも、ものごとというのは平均的な水準から上回ったり逆に下回ったりと、サインカーブ のような波を描いて現象が起きて進行しています。そうした場合、人間の心理的な盲点で、平均的な水準からかけ離れた状態を、つい当たり前のことだと錯覚する傾向があります。平均値から標準偏差の3倍も乖離しているような状態を当然のことだと錯覚するのです。ある商売がもてはやされて凄く賑わっているとします。しかしそれは本当は異常なことで危険なことなのに、欲深いヒトという動物は当たり前のことと錯覚します。いっちょう、自分も大儲けしてやろうと目論んでその商売に参入するのですが、待っているのは失敗、大損です! 異常な現象はやがて平均値に回帰するというのが自然現象・社会現象をつらぬく法則みたいなものです。人間心理は欲によってバイアスがかかるので錯覚しやすく、平均への回帰によって失敗することが理解できないのです。回帰の誤謬の罠にはまるんです。

●さて、本論ですが、財務省(政府)が税収を増やそうとして消費税増税を議会で通してしまいました。たしかに国の債務は大きく膨れ上がっています。なんとかしなければならないでしょう。財務省が税収を増やす算段として消費税をあげようとするもくろみ自体は、けっして間違っていないと思います。しかし、わたくしはこの財務省のもくろみは合成の誤謬となる可能性が大なりと見ます。
1人や2人がすることは上手く行っても、世の中の人が皆が皆すると失敗するというのが合成の誤謬です。政府がしようとすることに対して、個々の国民大衆が対策をこうじて、その結果が政府に跳ね返り、政府が失敗するというのは、合成の誤謬とは少し意味が違いますが、思惑と逆の結果になるという意味で、比喩的な表現です。

政府が消費税増税する → 国民の可処分所得が減る(カネがない)→ 国民みんな節約に走る(カネを使わない)→ 国民がカネを使わないから企業の売上が減る(GDPの7割が個人消費)→ 企業は利益が出なくなり法人税が減る → 企業で働く従業員も給料が減る → つまり法人税も減るし、所得税もへる → 国民は給料が減るからさらに節約をする → 後は、この円環の繰り返し。

あるいは、橋本首相が消費税を3% → 5%に上げたときのように、消費税の上がる前に国民が駆け込みで物を買って、消費税が上がった後は消費が激減したような現象が再来して、一挙に日本経済が崩壊、大不況、恐慌へと崩づれ落ちるのかもわかりません。

税収を増やそうとして消費税を上げようとしたら、法人税と所得税をさらに大きく減らして、結局は、税収全体ではかえって大きく税収を減らしてしまうでしょう。合成の誤謬となる公算大なりとわたくしは予想しています。 平たく申せば裏目にでる。財務省のお役人らはトップクラスの知的水準の人たちである筈なのに、なんで同じ過ちを繰り返すのでしょうかねえ?? その意味では全く不思議です。わざとこの国を破壊しているのだろうか?? 


諭鶴羽山系の薬草(4) クヌギ・アベマキ・コナラ   生薬名は 樸樕(ボクソク)
●ブナ科のドングリが成る樹木の皮が、『第十六改正日本薬局方』に収録されている生薬であるなどとは全く知りませんでしたし、こんなものが薬になるのか? と驚きです。クヌギ、コナラ、ミズナラ、アベマキの樹皮が樸樕(ボクソク)という名の生薬だそうです。

クヌギ ……… 諭鶴羽山系に沢山あります。普通種。
コナラ ……… 諭鶴羽山系に沢山あります。普通種。
アベマキ …… 私は諭鶴羽山系で1本だけ見つけた。当山系では希産種。
       ただし淡路島最北部付近にはよく見られる。
ミズナラ …… そもそも、淡路島には分布していません。

淡路島に分布していないミズナラという樹木は、コナラのごく親戚の樹木であります。隣の徳島県の山を観察すると海抜800メートルぐらいから上にあるように思います。標高の低い所にはコナラ、標高の高いところにはミズナラと、ハッキリと 棲み分け(すみわけ) ているように見えます。ミズナラは「水楢」でその材に水分が多いから言うそうですが、冷温帯の2次林を形成する樹木であり、諭鶴羽山系は600mほどしかないためミズナラが分布していないのです。海抜高度がすこし足りませんでした。

厚生労働省「日本薬局方・にほんやっきょくほう」ホームページ

厚生労働省 『第十六改正日本薬局方』

【第十六改正日本薬局方 1581ページから抜粋引用します】
第十六回改正 日本薬局方 1581頁より
第十六回改正 日本薬局方 1581頁より

クヌギの樹皮
これはクヌギの樹皮です。幹の径60㎝ほどのものです。下に掲げたアベマキの樹皮ほどの荒々しさはありません。クヌギの樹皮は、ヒトの顔が十人十色であるのと同じように、個体によってかなりの個性があります。しばしば下に掲げたコナラと変わらないようなものも出てきますから、樹皮だけでなく葉や、ドングリを包んでいる殻斗というお椀の状態など観察してから、同定したほうがよろしそうです。

クヌギの枝葉
これはクヌギの枝や葉です。クヌギは里山の代表樹種ですが、昔は炭焼きや薪に大切な木でした。昭和30年代の燃料革命で薪炭の需要がなくなった後は、シイタケ栽培の重要樹種です。シイタケの原木栽培はほとんどがクヌギかコナラで行われています。林業試験場の栽培試験データを見ると、クヌギの方がシイタケ発生量は多いようです。ただし原木(ほだ木)の扱い方はクヌギの方が難しいようです。

昆虫の好きな少年たちは、夏休みになるとこのクヌギの大木に日参です。 ボクトウガという蛾の幼虫がクヌギの幹に穿孔して材の中に入り、穿孔口から樹液がタラタラと出るんですが、この樹液が虫たちの大好物なのです。で、カブトムシ、ヒラタクワガタ、カナブン、オオスズメバチ、キマワリ、ショウジョウバエ…、いろんな種類の虫たちが麻薬に吸い寄せられるように集まってきます。で、捕虫網を手にした少年たちは毎日クヌギの大木に日参なのです。コナラも樹液を垂らすことは垂らすのですが、小学生を持つお父様は、息子にカブトムシを捕ってとせがまれたら、コナラよりもクヌギを捜すほうが宜しいですよ。

アベマキの樹皮
アベマキの樹皮です。クヌギとの違いは、この樹皮です。クヌギと比べると、ずいぶんと亀裂が深い半面山が盛り上がって、荒々しいです。その山も亀裂も全く不規則です。樹皮が奇怪に盛りあがっている様子は、まるで樹皮のオバケみたいです。怪獣の肌みたいで、盛り上がったものが今にも剥がれ落ちそうであります。これはコルク層というのが発達しているためだそうですが、昔は瓶の栓に使うコルクをこのアベマキから採取していたらしい…。

英語版 Wikipediaより 「学名 Quercus suber、通名 cork oak、日本名 コルクガシ」 を見るとヨーロッパ南部 ~ アフリカ北部に分布するコルクガシはコルク層は物凄く発達しています。コルクを採取するために栽培もされて、“コルクガシの畑” の写真が見られるのですが、コルク樹皮を剥がした後は赤褐色で、ちょうどバクチノキみたいで特異な風景です。

左アベマキ、右クヌギ
左アベマキ、右クヌギ
↑上の2枚の写真は、写真中央よりも左にアベマキの葉を置いています。中央より右にはクヌギの葉を置いています。どちらも葉の表と裏とが分かるように置いています。
アベマキは葉の裏側が小麦粉をまぶしたように白っぽくなっています。葉の形状もやや幅が広いようです。一方、クヌギは葉の裏側は表側よりも緑色が薄いのですが、小麦粉をまぶしたような白っぽさはありません。葉の形状もやや幅がせまいようです。アベマキの葉の裏を顕微鏡で100倍で観察したら、葉裏全体に星状毛や短毛がびっしりありました。それらの毛が光を乱反射しているために粉白色にみえるのだろうと思います。

『大阪自然』様が、これはクヌギだろうか? これはアベマキだろうか? と真剣に悩まれておられます。どちらとも言えない、あるいは、どちらでもあるというふうな “中間型” が出てきて決めかねるというのはよくあることです。双方の自然交雑種なのか? あるいは、あくまでもその種の個体変異の幅の最も端にあるものなのか? 自然観察をすればするほど悩みが深刻になるのが常ですが、顕微鏡写真を見せてくれています。

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【以下3枚の写真は、コナラです】
コナラの地方名として、「ホウソ」という言い方が広い範囲で見られますが、淡路島南部でも山仕事をしたりシイタケ栽培をする人々が「ホウソ」と言っています。里山の代表樹種であり、シイタケ栽培の重要な原木です。これは誰でも知っている木なので、下手な説明は割愛です。
コナラの樹皮

コナラの枝葉

コナラの葉の表と裏
瀬戸内海沿岸地方の郷土料理 「いぎす」
瀬戸内海沿岸地方での郷土料理「イギス」
●「イギス」という赤褐色の海藻があります。瀬川宗吉著『原色日本海藻図鑑』保育社刊 昭和31 によるとその分布は、千島~樺太~北海道~本州であります。沖縄(琉球)にあるようには書いていないので、どちらかと言えば北方系の海藻なのかなあ? と勝手に思うんですけれども、淡路島南部の磯にはごく普通に見られます。私の観察では大潮の磯がよく引いたときに見られるから、磯での垂直分布は “潮間帯下部~潮間帯最下部~漸深帯” にあるように思います。どのようなものかは次の 京都府農林水産技術センター海洋センターHP で顕微鏡写真まで見せてくれます。

●このイギスという海藻は瀬戸内海沿岸地方では、郷土料理の材料としてなくてはならないものです。乾燥イギスを米糠(ぬか)を溶いた水でペースト状になるように煮て、それを器に移してから冷やし、堅めの豆腐のような状態にして、短冊に切り辛子酢味噌などを付けて食べるのが一般的です。冠婚葬祭にはつきものの料理ですが、特にお盆の法事には必ず出される特別な料理でした。しかし、最近は仕出し屋で弁当を取ったり、料理屋さんでの会席膳が多くなったので、イギス料理を食べる機会が減ってしまいました。

日本の食生活全集 28 『聞き書 兵庫の食事』318ー319頁 農山漁村文化協会 1992年 から説明文および写真2枚を引用します。
引用開始【いぎす】水1升に米ぬか3勺ほどを溶いて、乾燥したいぎす10匁を煮る。10分くらいで溶けるから、汁を容器に流し、冷やし固める。からし酢味噌をつくり、薄く拍子木状に切ったいぎすをつけて食べる。疲れやすい盛夏にぬかを食べるのはからだによい。また海草はおなかの掃除といわれて、よく利用する。

いぎすを干したもの
【↑いぎすを干したもの】 手前は乾燥して1年目のもの、奥が3年くらいたったもので、こちらがおいしい。

煮固めたいぎす
【↑煮固めたいぎす】                  引用終了

イギスの乾燥品
↑イギスの乾燥品です。いただき物でありますが、わたくしは諭鶴羽山系のシカ(鹿)と同じで、嫌いな草が色々とあります。嫌いな草や木の葉は、たとえ空腹であっても絶対に食べません。ニガウリ、セロリ、フライドチキン、飲み物のファンタ、ヨーグルト、宗教的信条から四足の肉類は一切食べないし、それから次に考察する「こやのり」などなど…、これには本当に困惑させられたのですが、仕方がないので近所のおばちゃんに回しました…。

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謎の言葉「こやのり」についての語源考
イギス料理は、淡路島最南端の灘地区では「こやのり」と呼ばれていました。昔、まだ家庭で法事の料理を作られていた頃には、盆の法事には欠かせない料理でした。大皿に刺身の切れを並べるかのように、薄く短冊に切った「こやのり」が螺旋状に並べられて、まるで料理の花が咲いているかのようで、法事の膳の主役料理であったかと思います。

この「こやのり」といういわくありげな不思議な言葉ですが、古今の辞書や事典に全く掲載がありません。ネット検索しても何もヒットしません。私の知るかぎりでは灘地区とか沼島あるいは阿万の一部も?、という辺りのごく狭い範囲での方言・地域名であろうかと思いますが、淡路方言に関する代表的な研究書の、興津憲作著『淡路方言』兵庫県立淡路文化会館発行 1990年、にも語彙収録されていません。この謎の言葉「こやのり」の語源について大胆な仮説を立ててみます。

仮説1 「こやのり」は「紺屋糊・こんやのり」の意味である。「紺屋糊」は普通は「こんやのり」と読むのですが、「紺屋」は「こんや」だけでなく「こうや」とも読む例が古典文学にかなりあります。わたくし山のキノコが仕事柄片時も手放せない『岩波古語辞典』にも「こんや」だけでなく「こうや」の項目が立てられています。「こうや」の項では “紺屋の転” と説明しています。現代でも 紺屋の明後日 という故事成語は「こうやのあさって」と読むことが多いようです。で、「紺屋糊」を「こうやのり」と読んで何ら差し支えがありません。つまり、「こんやのり」→「こうやのり」→「こやのり」と発音が変化したのであります。

では、紺屋糊がなぜイギス料理と関係あるのか? についてですが次の、型染めの「糊置き」の実演 のYou Tube動画を見たら良く分かります。もち米と糠で作った「紺屋糊」で糊置きの工程をされていますが、色といいペースト状といい、イギスを鍋で溶かしたものにそっくりであります。で、イギス料理を作る際に、“紺屋糊みたいだね” と誰かが言ったことが「こやのり」の語源なのです…。

仮説2 「こやのり」は「高野海苔・こうやのり」の意味であります。「高野」は明らかに高野山です。高野山の僧侶たちが食べる精進料理みたいなものだという意味です。イギスは巻寿司をつくる材料の海苔(のり)ではありませんが、海苔とおなじ海藻だという意味であります。海苔というのはそもそも食用になる海藻を総称する言葉で、特定の種を指すものではありませんでした。恐らく、むかし村の人が総本山の高野山にお参りして宿坊に泊まったところ、精進料理がでてきて、なんとお刺身があるではないか! しかし食べてみるとビックリこれは魚じゃねえな、こんにゃくの刺身だ! タケノコの刺身だ! これはイギスの刺身じゃねえかあぁぁ!! という風なことがあったのでしょう。

で、その精進料理のお刺身が鮮烈な印象として脳裏にのこり、イギス料理が出てくると、これは以前に高野山で食べた海草(海苔)料理みたいだね、と誰かが言い広まった可能性があります。そして高野海苔「こうやのり」→「こやのり」と発音変化したのであります。

【注】わたくし山のキノコの思い付きの牽強付会説です。きちんと考証したものではありません。間違っている可能性があります。信用しないように……。

孫崎 享(まごさき うける)著 『戦後史の正体』を強く推奨します。
超お勧めの待望の一冊。 対米従属路線派と対米自主独立派との激しい相剋という視座から、戦後史を検証しなおし、米国からの間接統治構造を浮かび上がらせています。対米従属勢力の一部であるところのマスゴミの報道などいかにバイアスがかけられているか、メディアリテラシー、マスゴミリテラシーを涵養するためにも必読の一冊です。

孫崎 享(まごさき うける) 『戦後史の正体』 創元社刊行 2012年7月24日発売

●従来ならば、「陰謀論だ!」との一言で無視された書物でありましょう。しかし陰謀論では済まされない説得力のある書物です。アマゾンの本のランキングでは、本日8月6日現在16位にランクされています。この国を支配している人たちは本書の出版を苦々しく思っているハズですから、いつ妨害が入って入手困難になるか分かりません。

焚書坑儒の対象になるほどの出版物、それは言論界がタブーとして避けてきたテーマを赤裸々に書いたため……
注目すべきは、孫崎享氏が本書を執筆する際に採った方法論というか、執筆の姿勢であります。それは極めて帰納法的であります。まるで自然科学の方法論を見る印象がします。多数の証言、自らの目撃、公刊された書物、開示された資料、これらの断片的な個々の現代史証言事例を沢山あつめて、それらの全体を貫く流れというか原理みたいなものがありはしないか? と帰納法的に考えると、やはり日本はアメリカの意向のままに巧妙に間接支配されている属国としかいいようがない、と、そういうことが了解できる本です。戦後の現代史の色々な時点で起こったさまざまな事象についての記述は、みな証言や資料に基づいているのが本書の真価であります。本書の公刊を歓迎しない勢力も多々ありましょうし、日本を支配している主流派の政・官・業はみな本書を歓迎しない勢力でしょうが、あからさまに本書を批判できないのではないか? おそらく、この国のマスコミ書評や、言論界は本書を徹底的に無視するというふうに対応するでしょう…。

もしかしたら、世の中を惑わす悪書だと権力者たちから指定されて、焚書坑儒の対象となるかもしれません。わたくしは発売前にアマゾンに予約するという形で手に入れ読みましたが、発禁処分の可能性さえありうるような内容の本です。ご入手はお早めに……。

●著者の孫崎享氏ご自身が動画で本書について語っています。この動画を見るだけでも価値があります。
『戦後史の正体』について著者自ら語る。

【追記】この孫崎享氏ご自身が語る動画ですが、コメント欄を見ると、否定的なコメントや、誹謗中傷するコメントが多いです。このコメント欄からみても、日本を直接に間接に支配している勢力達にとって、本書がいかに歓迎されないかが想像できます。この否定的コメント自体が、自主独立改革派である孫崎氏にたいする人格破壊活動の一環なのでしょう。否定的コメントを書き込んでいるのは、日本を支配している勢力の関係者であろうかと想像できます。例えば官僚自身であったりマスゴミの社員であったりとか…。

【著者のことばの書き起こし】
日本の社会は、私はいま大きく変化してきていると思うんですね。原発が起こりましてから、今まで権威のある人たちが喋ることが正しい、たとえば東大の先生が喋るとかね、大手の新聞が報道するとか、しかしそれはどうもおかしいなと国民は感じたんですね。その感じたことというのは、これは原発だけに限らずに、外交関係も同じようなことが実は起こっているんではないか? 

そしてそれを見ていきますと、鳩山さんが普天間の問題で多くの人に批判をされて、最低でも県外というのがダメになった。そして、小沢さん、どちらかと言うと独立を志向すると見られた小沢さんが検察問題でやられた。そして今そのあと野田首相になって、どうしようもないぐらいにアメリカ追随を明確にしてきた。ま、一番簡単なことはオスプレイの配置について日本側がどうこう言う筋合いが無いということで、非常な対米追随の路線を出してきた、もう一回繰り返しますと、鳩山さん小沢さんという自主は潰されて、そしてそのあとに対米追随の形をより強くする野田さんというのが出てきて、その政策をおこなってきた。しかしこの構図というのは実は日本が独立したあと、もう1945年9月2日に降伏文書をサインするわけですけれども、ここから自主と独立というものがスタート、自主と独立を求める流れと、そして対米追随で行く路線が対立していくんですね。

いちばん簡単なことから申し上げますと、9月2日に日本が降伏文書に署名したあと、すぐそのあとに米国側は3つの要求をしてきたんですね。1つは公用語をアメリカ語(英語)にする、それから紙幣をドルにする、裁判権は米軍が持つ、これをくつがえしたのは 重光 葵(しげみつ まもる) さんなんですね。だから米国が言っているものは不自然であるということで、これをくつがえした。しかしその重光さんはすぐに切られてこれで替わって出てくるのが 吉田 茂(よしだ しげる) 首相、吉田首相はもう我々は負けたんだからまな板にいる鯉のように、向こうの言う通りにするという形になる。この路線がづーっと続くんですね。

で、非常に残念なことに、もうひとつ日米関係の特色は、アメリカがこの人は好ましくないという人が出てくると、それを日本側に伝える。で、その日本側に伝わったらそれを残念なことに、日本人がアメリカに望ましくないという人を排除していく、というプロセスがごついあるんですね。それの典型的な例がいくつかの道具があるんですけども、一つは検察なんですよね。えーっ、芦田 均(あしだ ひとし) という米軍の完全撤退を要求するような人、これに対しては 昭電事件 というものを作って、芦田首相は基本的には何の罪も無いんですけども、これを作ることによって検察が起訴するということで芦田首相を排除する。この流れというものは、今また同じように小沢事件で出てきている。それから 田中 角栄(たなか かくえい) のときにも起こっている。これが一つですね。

それからもう一つ。こういうアメリカが日本人を排除するときに、非常に大きな役割をはたすのは新聞だと思いますね。新聞がターゲットになる人の人格批判をする、そして、その人間が排除されることが当然だという空気を作っていくというようなことですね。メディアも、それから官界も、それから政界も、これが一体となって米国に追随するプロセスを進めていくと。私が今回1945年から今日まで日本の政治家の中で自主を主張した人、そしてその人たちがどのような運命をたどっていくかを見たわけですけれども、意外なことに、非常にたくさん自主を唱える人がいるんですね。先ほど申しました重光葵(しげみつ まもる)、それから 石橋 湛山(いしばし たんざん)、芦田均(あしだ ひとし)、鳩山 一郎(はとやま いちろう)、それからごく最近になればその子孫である鳩山由紀夫さん、それからまん中に田中角栄、こういうような、いろんな人たちがいますね。

で、こういう人たちが米国と違うことを言うと、米国の方は外したほうがいいと言って、そしてそれを、日本の人が自分たちで自ら切り捨てる、とこういうプロセスがある。じゃあ、これに対してどうしたらいいのか自主をやった場合に我々としてはそれを通すことが出来るのか? このときの一つの解答は石橋湛山が排除されるときの話が非常に参考になると思うんです。石橋湛山は多くの人はあの戦後の歴史の中で、日本の経済復興、日本の人々が戦争のあと飢え死にしなかったのは、米軍が助けてくれたとこう思っているんです。けれども事実はそれと違ってね、あの厳しい折、日本が飢え死にするかもしれないと思われた時において、日本の国家予算の30パーセントぐらいが米軍の駐留経費にいっていたんですよね。それを石橋湛山が排除する、軽減するということを米国に通告する。これに対して石橋湛山は大蔵大臣というものを降ろされるんです。で、降ろされるときに石橋湛山がこういうことを言うんです。

「俺はやられてもいいんだ。しかし、それに続く大蔵大臣がまた俺と同じように米軍の経費撤退と言って、縮小ということを言えばいいんだ。それもやられるかもしれない。しかし、そういうことを2年、3年と続ければアメリカもあきらめて、日本の言うことを聞くということになるんだろう」

と、こう石橋湛山が言うんですね。じゃあ、それに対して日本の政治家がどう対応したか? 石橋湛山が切られる前に石橋グループと言うのが集まる、30名ぐらい集まるんですよ。そしてこの事態にどう対応するかということを協議する。しかしながら石橋湛山が切られてしまうとどうなるか? 集まってきた支持者、支持する代議士は3名なんですよね。だから我々はこの米国に何かされたときに、しかし、それと同じことをもし繰り返していれば、結局は米国も日本側の言い分というものもあるということを分かって、訂正してくるんじゃないかと思います。

しかし残念ながら非常にこの流れというのは、同じことを実は普天間問題でも起こったわけですね。鳩山首相は最低でも県外、沖縄の県民が反対している以上これは実施できないと、これは最低でも県外ということをいった。ま、結局その圧力でもって鳩山首相はやめるんですけども、じゃあ、そのあと日本の首相がどのような対応をとったかと、同じように沖縄県民の意向で実施できないということを鳩山首相と同じような主張をしたか? 全くそうじゃないんですね。今度は掌を返したように対米追従をするということが自分たちの生き残りであると、こういうようなことで菅首相、それから典型的なのは野田首相、この方が対米追随路線を今までのどの首相よりも強く打ち出してきた。しかし、こうみていきますとね、これはたんに野田首相一人の個性の問題じゃないと思うんです。長い歴史の中で対米追随ということを主張する首相が生き残れる。そして、もしも自主というものを強調しようとする人がいると、それは日本の組織全体が一緒になってね、これを潰していく。その組織というのはメディアであり、検察であり、政治家であり、財界であり、官界であると。

しかし、もう、こういうようなものは日本の行くべき道筋ではないんだと、もう一回我々がアメリカとの関係をどうすべきかと考える時期にきているんじゃないかと思うんですね。ちょうどそれは今、我々が正しいと思っていた原発というものをもう一度見直そう、それは大手新聞が言ったからそうしようというんじゃないですよね。あるいは官僚がそうしようと言ったからそうするんではない、政治家がそうしようと言ったからそうするんではない。むしろ既存の勢力、財界を含めて既存の勢力が原発を推進するということを言っていてもね、多くの国民がそうではないと、やはり違ったものの考え方があって、それに向かっている時期にきているんだということを思ったと同じようにね、私たちはこの日米関係のあり方というものを問いなおして、本当に、従米、アメリカに追随していることが日本の利益になることか? たぶん、そうではないということで、日本の歴史を見直して自主の動きというものを打ち出す時期にきているんじゃないか? そのために、ま、戦後の歴史、日米関係の歴史、今回の本が皆さまのお役に立つんじゃないかと、こう思っています。

どうもありがとうございました。    【書き起こし終了】
「猛暑考」 猛暑というのは本当に「コメ作り」に大敵なのだろうか?? (その3)
【参考資料2点】
【農林水産省統計部作成】水稲作況指数の推移・水稲10アール当たり収量の推移・水稲10アール当たり平年収量の推移 からデータを取得抜粋し、次の表を作成しました。
コメの作況指数の推移

【気象庁資料】日本の夏(6~8月)の平均気温の偏差の経年変化( 1898~2011年)
日本の夏(6月~8月)の平均気温の平年値からの偏差
↑この図版は前回記事の再掲でありますが、日本の夏すなわち6月から8月までの夏の気温が高いか低いかの推移をグラフ化したものです。ジグザグの青線は5年移動平均であると思われます。右肩上がりの赤色の一直線は、温暖化を印象付ける為に作為的に引いた心理誘導線でありましょう…。

【余談のぼやき】
●このグラフの元になった気温統計データを提供した17気象観測所の所在位置を前回に調べましたが、まったく驚愕することには、全て中・小都市の市街地の中に立地しています。想像するに、気象庁は、いくらなんでも東京や大阪や名古屋の観測所を採用したのならば、それは地球温暖化ではなくて「都市温暖化じゃねえのか」と批判されるのは必定、それがために人口50万人以上の都市の観測所は除外して、ギリギリ誤魔化せる範囲内の観測所を選定したのであろうかと考えられます。できるだけヒートアイランド現象が進んでいる都市部の観測所を選びたいのだが、あまり大都市の観測所を選ぶと「意図」がバレてしまう、けれども、小都市の観測所ならば「都市化の影響が少ない」と言えば誤魔化せると考えたのでしょう

しかしながら、頭隠して尻隠さずで、気象庁の中に事務局がある日本気象学会の機関誌『天気』には、片田舎の小都市や、市制が敷けない町や村にまですさまじいヒートアイランド現象が発生していることを調べた論文や報文が沢山掲載されているのは、先に申した通りです。『天気』に投稿される論文を査読する政府系研究機関の御用気象学者は、小都市のヒートアイランドを調べた論文を掲載拒否にすべきでありました。頭隠して尻隠さずとは、そういう意味であります。で、まずこの図版はそもそも “政治的圧力のくびきから全く自由ではない” ものだと認識する必要があります。繰り返して申すと、人口数万人あるいは1万人以下の市街地でも都市温暖化が発生していることを示すレポートは山ほどあるのです。そして17観測所について都市化の影響が少ないなどと言って都市温暖化の影響を補正していない以上、実態以上に右肩上がりのグラフになっていることは容易に想像できます。ようするに、都市温暖化の影響を取り除いたバックグラウンドの温暖化を表しているグラフではないということであります。

●ところで、わたくしは地球温暖化は実際に起こっていると考えています。なにも否定しているのでは全くありません。それは日本だけでなく海外もふくめて各観測所の気温観測データを丹念にみれば明らかです。ただし、その気温上昇は寒い季節・寒い地方の気温上昇が主で、暑い季節や暑い地方では気温上昇はごく僅かです。宇和島測候所で1927年に40.2度や、山形地方気象台で1933年に40.8度の古い高温記録に対し、最近の熊谷測候所で2007年に40.9度や、甲府地方気象台で2004年に40.4度など、“暑さの極値” はほとんど上がっていません。それどころか区内観測所の撫養(徳島県鳴門市)で1923年の国内最高気温記録の42.5度が、アメダスの850地点の30年余りの観測をもってしても、まだ破られていません。各地の都市部でヒートアイランド現象が顕著であるにもかかわらず、ヒートアイランド現象が少なかった時代の高温記録がまだ破られないのは、ある意味では驚くべきことです。

各地の観測データを子細にみれば、夏の暑さの極値は言うほど上昇していないのですが、逆に寒い季節の低温極値の上昇が目立ちます。とくに北に行くほど、東北地方とか北海道での上昇がすさまじいです。それと大都会の冬の気温上昇、夏でも朝の日最低気温の上昇がめだっていますがこれは都市気候の影響でありましょう。観測データを細かく見れば、地球温暖化というのは低緯度と高緯度との温度差の縮小、かつ、冬と夏の気温年較差の縮小が起こっているのであって、御用学者やマスゴミが騒ぎ立てるような内容とは実態はずいぶんと異なるようです。年較差の縮小は淡路島洲本測候所の観測データを見ても起こっています。

で、地球温暖化が発生していることは全く否定しないのですが、それもそろそろ終息したかなあという感じであります。問題は、気象庁(背後の政府)が政治的に過大に問題化し、マスゴミが誇張して煽っていて、さらに温暖化利権と言ってさしつかえないような温暖化関連ビジネス権益構造が出来上がってしまっている、ということが問題であろうかと思います。われわれ国民は余計な物を買わされ、余計な税金をかすめ盗られているのです。温暖化の脅迫で人々を不安に陥れ、金品を奪い取るサギなのです。政治的なプロパガンダとは裏腹に、本当は地球温暖化にはメリットが沢山あります。デメリットよりもメリットの方がむしろ多く危機でも何でもないのに、危機であるとしなければ温暖化対策ビジネスでお金儲けができないから、実態以上に温暖化を強調し危機であると煽って、大変だあぁぁ!と温暖化関係者が叫んでいるのです。

余談が縷々長くなりましたが、上掲の図版を利用するにあたり、これは政治的プロパガンダ図版であるという認識を持っていたほうがよろしそうかと……


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【さて、肝心の本論】
夏期平均気温の平年値からの偏差と、コメの作況指数との関係
↑この拙いグラフは自作自演ですが、1979年から2010年の32年間の経年変化です。米の作況指数の推移と、夏の気温推移とを重ねたものであります。

【グラフの説明】
★青線は、水稲の全国作況指数の推移ですが、32年間の最高値は1994年の109であります。1994年は西日本を中心にして記録的な猛暑であったことは(その1)で叙述した通りです。期間で最低値は1993年の74ですが、この1993年は梅雨明けがハッキリせず盛夏になっても雨天や曇天が多くて、北日本を中心にして冷夏となりました。左軸の70から120の数字が作況指数です。

★赤線は、日本の夏期(6月~8月)の気温推移を表していますが、平均値からの偏差(乖離)で表されています。縦軸に気温の目盛りがありませんが、100の所が平均値(プラスマイナスゼロ)です。105の所が+0.5度、95の所が-0.5度であります。期間の最高値は2010年の+1.46度、最低値は1993年の-1.57度であります。気温の上下に追随して作況指数が影響を受けるのか、その相関関係を見るために、気温変化と作況指数変化のそれぞれの振幅がほぼ同じ程度になるようにしてグラフを作成してあります。

★気温の上下と作況指数の上下が良く一致しております。特に注目するところは、1993年と1994年とです。完璧に一致しております。1993年は夏が無かったといわれるほど記録的な涼しい夏でしたが、作況指数は74と記録的な低さで米騒動がおこりタイなど東南アジアからコメの緊急輸入が行われたのは、まだまだ記憶に残るところです。

翌年の1994年は一転して記録的な猛暑の年で、アメダス天竜(静岡県)で40.6度、アメダスかつらぎ(和歌山県)でも同40.6度が観測されました。猛烈な暑さに見舞われた中部地方~九州北部で、県ごとの作況指数は軒並み110~115を記録、全国の作況指数も109と記録的な大豊作でした。“温暖化の高温障害で稲作が打撃を受ける” などとする温暖化脅威論とは、全く逆の現象があったことを決して忘れてはならないと思います。

★なお、子細にみると気温と作況指数が必ずしも一致していない部分が、もちろんありますが、それはコメの出来栄えが気温というただ一点だけに依存しているのではなく、日照の多寡、旱魃や水害の有無、出穂期の台風を免れるかどうか、病虫害の発生、その土地の気候と栽培品種とがベストマッチしているかどうか、など色々な要素が複雑に絡んでいるためだと思います。例えば2010年は夏の気温は+1.49度と高かったのですが、田植え後の4月・5月・6月が低温で日照も悪くイネの苗の生長が非常に遅れ、7月・8月の高温でも生育の遅れを取り戻せなかったことが、作況指数が98と低迷した最大要因であったかと思います。でありますが、気温高は作況指数上昇に、低温は作況指数低下につながる最大の要素であることは疑いようがありません。

「猛暑考」 猛暑というのは本当に「コメ作り」に大敵なのだろうか?? (その2)
本日は2012年8月4日であります。
本エントリーはややマニアックな記事ですので、読まないほうが宜しい。(うんざりすると思うので)

●3回にわたって書く、<「猛暑考」猛暑というのは本当に「コメ作り」に大敵なのだろうか??> というエントリーではどうしても次に掲げる気象庁の図版が必要なのですが、しかしこれは国民を洗脳するタチの悪い図版でもあります。で、すこし寄り道をしてこの図版を批評してみます。

日本の夏(6月~8月)の平均気温の平年値からの偏差

●上に掲げた図版は、気象庁ホームページ で、ホーム > 気象統計情報 > 地球環境・気候 > 地球温暖化 > 気温・降水量の長期変化傾向 > 日本の季節平均気温、の順に閲覧したものです。その平均気温の偏差の計算方法ですが、“都市化による影響が少ない” 観測所17地点を選んで計算していると、気象庁は強弁していますが大いに疑問のあるところです。

【日本の平均気温算出に使われる17観測所】
観測所名、その観測所の所在市町の人口、市町役場からの距離を調べました。人口について、10万人超を赤で彩色しました。

① 網走地方気象台  38984人  市役所から576m
② 根室旧測候所   29141人  市役所から242m
③ 寿都旧測候所   3358人   町役場から691m
④ 山形地方気象台  254268人  市役所から553m
⑤ 石巻旧測候所   149247人  市役所から793m
⑥ 伏木旧測候所   15722人  高岡市市役所から5140m
   (ただし、伏木旧測候所は、射水市市役所から2430m)
⑦ 長野地方気象台  380581人  市役所から1570m
⑧ 水戸地方気象台  269244人  市役所から1780m
⑨ 飯田旧測候所   104575人  市役所から982m
⑩ 銚子地方気象台  67963人  市役所から2920m
⑪ 境旧旧測候所   35027人  市役所から648m
⑫ 浜田旧測候所   60849人  市役所から881m
⑬ 彦根地方気象台  112668人  市役所から1510m
⑭ 宮崎地方気象台  402143人  市役所から3620m
⑮ 多度津旧測候所  23263人  町役場から421m
⑯ 名瀬旧測候所   41063人  市役所から348m
⑰ 石垣島地方気象台 46395人  市役所から1000m

★観測所所在地の市や町の人口は、Wikipediaの記載に依ります。
★市役所は大抵の場合、市の中心部あるいは繁華街にありますから、市役所からの距離でその観測所の立地条件を推定できます。各観測所の住所からGoogle地図上の位置を特定し、地図上で市役所との概算距離を求めました。
★旧測候所は特別地域気象観測所という名称に変わっています。

これら17気象観測所が、気候変動監視所としての立地条件がふさわしいものだろうか?? と驚きであります。
良好な観測所じゃないだろうかと勝手に想像していた名瀬旧測候所でさえ、市街地のど真ん中にあります

Google地図より、奄美大島奄美市 市街地にある名瀬旧測候所
↑ちょっと分かりにくいのですが、赤い吹き出しのマークの所に、名瀬旧測候所(現名瀬特別地域気象観測所)があります。なんと市街地の真っただ中にあるではないか!! 驚きです。17観測所の全ての所在地をGoogle地図や国土地理院地形図で確認したところ、全て市街地にあります。たとえ人口が3万人の田舎町であったとしても、田舎町なりの市街地・中心部に観測所があります。これを以って100年間という長期間の気候変動のデータに使うというのは正気の沙汰ではありません…。

気象庁は「都市化による影響が少なく、特定の地域に偏らないように選定された以下の17地点」などと言っています。“都市化による影響が少ない” といってもそれは東京や大阪や福岡など巨大都市の都市膨張の影響よりも少ないというだけのハナシであります。都市化による気温上昇は大都市・中都市だけでなく人口1万人にも満たない田舎の村でも起こっているのです。気象庁内に事務局がある日本気象学会の機関誌『天気』には、田舎の町にまで起こっているヒートアイランドに関する論文やレポートが沢山載っているではありませんか。たとえば次の論文など…。オープンアクセスをクリックすると閲覧できます。
長野県白馬村におけるヒートアイランドの日変化・季節変化

では、その17観測所の観測データがが都市化の影響を含んでいて、長期の気候変動を監視するデータとしてふさわしくないと主張するのであれば、対案の17観測所を示せという批判の声が聞こえてきますが、これが悩ましいところです。室戸測候所なんかは都市化と無縁の良い観測所ですが、1920年からの観測データしかありません。100年に満たないので採用できません。岬の先端だとか、山の中、島嶼とか都市化と余り関係ない観測所は開設して100年に満たない物が多いのでどうしようもありません…。明治時代から観測しているような古い観測所は都市ばかり…、じゃあその都市化による昇温分を補正すればいいんじゃないかといっても、その補正が適切なものかどうか?? おおいに疑問のあるところです。

●さて、気象庁は所詮政府の下位組織であり政治的に自由ではなく、国土交通省・経済産業省・環境省と連携して政府の方針に沿って、地球温暖化の進行を印象づける図版の広報・流布に手を染めざるを得ないというのは、彼ら専門家集団としての矜持が傷つき内心忸怩たるものがあろうかと想像しております。クライメートゲート事件もあったことだし、地球温暖化を仕掛けた原発業界も風あたりが強くなっているので、そろそろ気象研究者たちも、政治の下に隷属するのではなく、あくまでも真実の求道者としての矜持を示したらいかがであろうか??

(拙稿は続く)

「猛暑考」 猛暑というのは本当に「コメ作り」に大敵なのだろうか?? (その1)
本日は2012年8月3日であります。
本エントリーはややマニアックな記事ですので、読まないほうが宜しいです。(たぶん、うんざりすると思うので)

特別地域気象観測所 洲本の、2012年6月1日~8月2日の63日間の気温変化 観測は気象庁、作図は山のキノコ。
特別地域気象観測所「洲本」の気温変化 2012年6月1日~8月2日

●横軸に月日が入っていないので分かりにくいです。7月15日以降は最高気温・最低気温ともに平年値よりも上にジャンプしてしまいました。冬からずうーっと気温が平年値よりも低めに推移してきましたが、ここにきて一変、猛暑となってまいりました。以前に、冷夏だあぁぁ! などと申したわけですが、懺悔反省をしまして、ではマスゴミが騒ぐほどの大変な猛暑であるかどうか考察をしたいと存じます。

●マスゴミたちの大きな特徴の一つに、とにかく騒ぎ立てるということがあります。世の中が平穏無事で、一日なんの事件も争いも波乱もなく、べた凪のように穏やかな日であれば、マスゴミは困るわけです。テレビのニュースで「今日は何の事件もなくこれと言って取り上げるニュースはありません」などと言うわけにはいきません。新聞も翌日の朝刊で、前日にこれといって書くべきことがなかったからと、白紙の新聞を出すわけにはいかないでしょう。というふうな前提で考えれば、世の中に大きな事件や事故や波乱が沢山あればあるほど、マスゴミ達は仕事のネタがあるのです。彼らは、世の中が平穏無事でありますようにと、願っているのではないのです。

で、必然的に、マスゴミ達の報道姿勢には、出来るだけ針小棒大に報道しよう、何でもない事象を問題のある事象に仕立て上げ、小さなことは大きく拡大し、大きなことは特大に煽りまくるという性癖があります。その事象をできるだけ客観的に原寸大に報道するのではないのです。この針小棒大主義がマスゴミ達の本質です。したがってマスゴミの報道することは何割かは割り引いて受け止める必要があります。

●さて、猛暑で熱中症で人が死んだとマスゴミが煽るわけですが、気象データファンのわたくしの眼には、この程度の猛暑はごく普通で大したことがありません。そうガタガタ騒ぐほどではないのです。記憶に鮮明に残る猛烈な暑い夏は、1994年の夏でした。いまから18年まえです。それを裏付ける表を作成しました。


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1994年の夏の記録的な猛暑

★1994年の夏は、中部地方 ~ 近畿 ~ 四国地方 ~ 中国地方 ~ 九州北部 ですさまじい猛暑に見舞われました。

★下記の表は、各都道府県ごとに基本的には1つづづある地方気象台等の最高気温のレコードであります。

★ただし、京都府には「京都地方気象台」「舞鶴海洋気象台」の2つの気象台があります。北海道には、「札幌管区気象台」「函館海洋気象台」「室蘭地方気象台」「旭川地方気象台」「釧路地方気象台」「網走地方気象台」「稚内地方気象台」の7つもの気象台があります。沖縄県には「沖縄気象台」「宮古島地方気象台」「石垣島地方気象台」「南大東島地方気象台」の4つの気象台があります。下の表では青色で示した気象台を選びました。

【凡例】
(A)気象台名ですが、管区気象台、海洋気象台、地方気象台の接尾文
   字は省略した。
(B)その気象台での、観測史上の最高気温極値です。
(C)その気象台で観測史上、観測された日最高気温の上位10傑に、
   1994年のものが何個入っているかの数字です。
(D)その気象台のある都道府県での、1994年産米の作況指数です。
各地の気象台で観測された最高気温の極値
↑気象庁および農水省の資料から、山のキノコが作表した。

●自作自演のこの表は、各地の気象台で観測された最高気温のレコードが、いつの年に出たものであるのか? そして、その全国的な分布を調べる為に作ったものであります。出現頻度の多い年から列挙すると次のようになります。1994年が21回の出現であり、突出しています。

1994年 ……… 21回
1942年 ……… 4回
2007年 ……… 3回
2004年・2001年・1997年 ……… 各2回づつ

2008年・1995年・1978年・1966年・1965年・1964年・1962年・1960年・1933年・1924年・1922年・1909年・1902年 ……… 各1回づつ

★この表からいろいろなことが読みとれますが、まず1994年の夏の猛暑の凄まじさです。日本列島の南の半分では多くの気象官署で1994年に最高気温のレコードを出しています。しかも各気象台毎の日最高気温10傑に、1994年のものが何個も食い込んでいる所が多いです。

★東日本・北日本でも最高気温の上位10傑に、1994年の観測値がけっこう散見されます。また東日本・北日本では最高気温レコードが特定の年に集中していないです。

★気象台は大都市および県庁所在の中都市にあるのがほとんどです。都市の経年的な膨張によるヒートアイランド現象進行の影響が顕著と考えられるにもかかわらず、数十年前の古い記録が意外にしぶとく残っています。特に、金沢の38.5度は1902年、新潟の39.1度は1909年など、100年以上前のレコードがいまだに君臨しているのには驚かされます。

★最高気温レコードが低く抑えられている特異な気象台が2つあります。千葉県の銚子地方気象台では35.3度、沖縄気象台では35.6度ですが、海風が吹き込む沿海地と、海洋の中の島嶼にあるので、比熱が大きく夏でも極端な高海水温にならない海洋の影響であろうかと思われます。逆に申せば内陸部の盆地などでは高温に見舞われる。

★そして、何よりも注目すべき点は、空前絶後のきびしい猛暑に見舞われた1994年の西日本で、コメの素晴らしい作況指数です。軒並み110を超える見事な作況指数でした。最高気温の記録ラッシュだった猛暑の1994年は希に見るコメの大豊作だったのです。

気象観測データと農林統計とを重ね合わせて普通に考えると、“温暖化すると高温障害でコメが作りにくくなる” などという御用研究者どもの主張は、地球温暖化利権推進の政治力学に歪められたところの、タメにする虚妄説であることがハッキリ分かります…。
   (拙稿は続く)

恍惚のネコ 夢見るクロネコの黒ちゃん。
●クロネコであります。黒ちゃんは大好きなマタタビの枝葉を得て、至福の恍惚状態であります。酒呑みが酔いが回ってごろんとだらしなく寝ているようにもみえます。あるいは、何らかの薬物の作用で意識もうろうとしているようにも見えます。満悦に白眼を丸めて(細めて?)夢でも見ているかのようでもあります。

●ネコにマタタビという言葉もあるように、マタタビの発する香り成分には、ネコを陶酔させる生理作用があることが、古くから良く知られています。しかし実際どうなのだろうか? と思い、簡単な実験をしてみました。淡路島南部にはマタタビの自生は少なく、この植物を見かける機会はあまりありません。諭鶴羽山系の北側の谷の奥には点々とマタタビがあることはあるのですが、シカ(鹿)は好んで食べています。シカの嗜好植物であることは確認しています。しかしネコがマタタビの自生地に集まってくるのは、まだ見たことがありません。(ま、谷の奥にはネコが居ないことがその理由でしょうけれども)

7月5日に有名な写真家の里口さんと、諭鶴羽ダムの奥のほうでマタタビの枝葉を採取して、ただちに洲本市由良に走りました。由良はなぜか家ネコや野良ネコの棲息密度が高く、実験場として最適の地区であります。由良の住宅街の中にある広場で、マタタビの枝を地面に置くとネコが寄ってきましたが、それほど喜ぶふうではありません。そこでマタタビの成分がよく揮発し周囲に漂うようにと、葉を手でよくもんで、ちぎって撒いてみました。その結果はご覧の通りであります。

【恍惚の黒ちゃん】
マタタビを得て恍惚状態のクロネコ
全日写連会員の写真家、里口寿信さんの作品であります。

わたくしも写真を撮るには撮ったのですが、画面になにか得体のしれない黒い物体がある…、何じゃろか? というふうな写真になりました。濃淡のない真っ黒いネコで、きわめて写真に撮りづらい被写体であろうかと思いますが、プロ級の写真になるとネコであることが良くわかります。やはりプロとかベテランの写真は上手いですね。


    *************************

マタタビの雌花(見かけの両性花)
↑これは自前の写真です。大昔の2004年6月13日に撮った古い写真であります。実が成る雌株に咲く雌花であります。雌花(めばな)でありますが、雌蕊(めしべ)も雄蕊(おしべ)もあって両性花のように見えます。けれどもこの雄蕊に出来る花粉はニセモノであって、生殖能力が無いことが判明しているようです。で、見かけ倒しのニセモノの雄蕊なので、見かけの両性花などと呼ばれています。

●この見かけの両性花のニセモノの雄蕊は、早期に脱落するようで、その場合には雌蕊のみの雌花があるように見えてしまいます。で、両性花と雌花があるかのごとく勘違いしてしまいます。わたくしも勘違いしておりましたので、懺悔の反省をいたしております。庭にマタタビがあって毎日観察したならばすぐ気づくことでありましょうが、そう毎日谷の奥にまで観察にいけませんから、勘違いもしかたがありません…。

では、なぜマタタビの雌株(メスの木)は生殖能力のないニセモノの花粉を用意するのか? それは、マタタビの花には報酬の蜜をだす蜜腺がないためです。オス木からメス木に花粉を運ぶ送粉昆虫にしても、なにかトクがないと来てくれません。そこでマタタビの雌株(メス木)はニセモノの花粉という “報酬 = 御馳走” を振る舞っているのだ、と説明されています。

白変するマタタビの葉
↑これも自前の写真です。昨年2011年6月11日に撮りました。マタタビという蔓植物は、花が咲くころに一部の葉が白変することで良く知られています。雄株から雌株に花粉を運んでもらう仕事をしてもらうために、訪花昆虫たちにマタタビの所在と開花したことをを知らせるためのサインであると考えられています。

●面白いことは、白変するのは葉のごく表面の組織だけで、葉肉を形成する柵状組織や海綿状組織にまでは及んでいません。開花が終わり夏になると、次第にもとの緑に戻っていく回青現象がみられます。マタタビのその株に着くすべての葉にたいして、一体どのくらいの葉が白変するのか? その割合を定量的に調べたいと思っているのですけれども、今年もできませんでした。また来年です。多分1%以下、0.1%のオーダーではないかと見当をつけているのですが、白い葉はよく目立つので、実際以上に沢山あるように錯覚するのではないか??
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