雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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キミノシロダモ(黄実のシロダモ)の観察
●諭鶴羽山系で見つかったキミノシロダモです。クスノキ科のシロダモ自体は珍しいものではなく、どこにでも自生している普通種です。シロダモは秋遅くに花が咲き、雌花の咲くメス木と雄花の咲くオス木との区別があり、雌雄異株であります。晩秋が花期ですが果実の熟するのもいま時分です。つまり晩秋に花も果実も両方観察できます。

シロダモは秋遅くに果実が熟しますが、果実の色は赤です。普通は赤い実が成るのですが、ごく希に黄色の実が成りキミノシロダモという名前が与えられていて、シロダモの品種であるとされます。兵庫県でもかつて見つかり、兵庫県植物誌研究会の会報で報告されていました。
丸岡さんのブログです。但馬でのキミノシロダモの写真あり。

赤実と黄実が並んで生じる
↑赤実のものと黄実のものとが並んで生える珍しい光景です。赤い物は深い赤色であり、黄色の物は濃い黄色であります。双方とも大木ではなくて、樹高5~6mの比較的に若い木です。周囲には普通にシロダモがたくさんありますが、よく捜しましたが黄色のものはこれ1本だけです。徹底的に悉皆調査すれば黄色のものが他にも出てくるのかも分かりませんが、とりあえずこの1本しか見当たりません。

キミノシロダモ(黄実のシロダモ)
↑下から見上げてはアップの写真が撮れないので、隣の木に登って写真を撮りました。

高枝鋏で枝を採取した
↑枝を採取して赤実と黄実をくらべました。葉や花には全く相違点がありません。実を比べると黄色のものが僅かに大きく長細いようにもみえますが、違いというほどではありません。相違点は実の色が赤いか黄色いかということだけのようです。

●さて、次は全くの素人放談です。まったく間違っていると思います。

これは一体何なのか? たった1本しかありません。しかも全国的にもかなり珍しく、けれどもあちらこちらで出現するようです。特定の地方で黄実が沢山分布するというのでもなさそうです…。

シロダモにはその実を黄色に発現させる遺伝子を持っていて、それも劣勢遺伝子で、普通は表現型として表には出てこないが、数千、数万に一つのオーダーで希に表にでてくるのでは? という気がします。キミノシロダモが固定品種になっていないので、その種子から発芽生長した子孫も雑種第一代では全て赤実になり、雑種第二代以降で再びひょっこりと黄実が出現する…、のでめったに表には出てこないが、ときたま出現する、と遺伝的なことから説明が付きそうな気がします。

赤色を発色させる遺伝子と、黄色を発色させる遺伝子が対立遺伝子としてあるのかもしれないし、あるいは赤色を発色させる遺伝子を欠いているのかもしれません。地金の色として黄色を発色していて、その上に赤色がかぶさっているのかもわかりません…。黄色の上に赤色があって赤色が勝っていて赤くみえているものが、赤色を発色する遺伝子を欠いて赤色を発色することができずに、そのために地金の黄色が見えているのかも……?

実際はもっとはるかに複雑かも? 植物の色素は大別して4つあります。花の色と基本の色素 で、黄色系統のの色素のカロテノイドや赤系統のアントシアニンを作る際に、酵素の働きが作用していて、その酵素を作る遺伝子が欠いているとか? それも酵素がいくつも働いて複雑なしくみで赤色を発色させている…、のようなことがもしあったならば、ハナシは複雑怪奇です。

アジサイが土のPHで赤くなったり青くなったりということはよく知られていますが、土壌中の特定の元素の有無なども色の発現に影響するようですが、このシロダモの赤実と黄実の事例ではこのような環境によるのではなく、たぶん遺伝的なことではないでしょうか?

赤実に対する黄実の出現率は一体どれくらいなんでしょうか? この黄色の果実を蒔いて苗木を育てたらどうなるのか? 黄色の果実が成っているということは明らかにメス木であり、周囲のオス木の花粉をもらって交配しているハズです。子はみな赤実になるのではなかろうか?

ところがややこしいのは、シロダモは雌雄異株なので黄色い果実を蒔いて出てきた子は、メス木が半分、オス木が半分に分かれるのじゃないか? そもそもシロダモの実というのは子房の大きくなったものでしょうから、生殖器官であり、その色が変化(異常)をきたしたというのは性染色体にある遺伝子の異常ではなかろうか?
素人がああだ、こうだ、といい加減なことを放談してもしかたがありません。

詳しい方がいらっしゃたら、ご教示賜りますればありがたいです…。 
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自然薯(ヤマノイモ)の正しい食べ方
●20年ほど前に自然薯栽培が一種のブームになりました。山村では村の特産物にしようと、我も我もと自然薯栽培を手掛ける人が多かったのですが、最近ではブームも沈静化しました。皆が皆いっせいに同じビジネスを始めればいわゆる「合成の誤謬」になるだけです。残念ながら自然薯などを大量に生産しても売りさばける市場がありません。一人で行けば上手くいくものも、皆で行くとダメになる、「合成の誤謬」

農林水産省の統計をいろいろと見ましたが、「やまのいも」という項目があることはありますが、どうもツクネイモやイチョウイモや多分ナガイモも、全ていっしょくたにして栽培面積や生産量を統計しているような感じです。それで自然薯の経年的な全国生産量等の統計は見当たりません。で、正確なところは分かりませんが近年では全国各地で自然薯栽培がなされていて、この島でも栽培されています。(私の所有する畑にも自然薯があります。植えているのではなく、ムカゴが落ちて勝手に生えているという感じです)全国各地の山村で自然薯が作られているので、売りさばくのに苦労している生産者が多いようです。直接販売ができればそこそこ高く売れるのですが、青果市場に出荷するだけでは安く買い叩かれる…、のです。

じねんじょ
↑全長60㎝ほどの小さな自然薯です。商売が忙しくなってきたので、1mを越えるような大物を掘る時間がありません。大物は暇ができてからのお楽しみです。それで自分の畑にある小さなものを掘りました。ヤマノイモの蔓の太さで芋の大きさがほぼ見当つきます。芋の大きさは蔓の太さに完全に相関しています。この小さなものでも290グラムあり、4人前のとろろ山かけ飯が作れます。
長い間、毎年秋に自然薯を掘っていますが、過去40年間で掘った一番大きな自然薯は5キロ強ありました。最近はこんな大きなものはありません。大きくてもせいぜい1キロ余りぐらいな物ばかりです。乱獲がたたったのと、近年はイノシシが自然薯を掘っています…。ヒトが掘るだけでなく、イノシシとの奪い合いになっています。なお、厳密なことを申せば、自分の所有地でない所のものを掘ると窃盗(つまり泥棒)です。森林窃盗に抵触するかもしれません。しかし普通の山菜採りでも山芋掘りでも、良識にのっとって山をひどく荒らすとか、掘り跡を放置するとかしない限りそれほど問題にはなりません。最低限のマナーは掘った穴を現状どおりに埋め戻すことです。

●さて、自然薯のとろろ山かけ飯の作り方です。

1、自然薯の1人前は50~100グラム程度です。自然薯を綺麗なタワシでよく洗います。芋のひげ根はむしり取ります。皮を剥く必要はありません。

2、自然薯をすり鉢にこすりつけてすりおろします。この方がいいのですが馴れないと難しいので、おろしがねを使ってもいいです。降ろした自然薯をさらにすりこ木で摩り下ろします。

3、味噌汁を用意しておきます。出しは昆布と煮干しを使い、隠し味としてスルメを少しほり込んで濃厚な出しを取ります。そしてやや辛い目に味噌を入れます。白みそが宜しい。具はネギだけです。余計な物はいれません。コツはとにかく濃厚でダシのよく利いた味噌汁にすることです。理由は自然薯自体には味がないからです。

4、すりつぶして柔らかい餅状になった自然薯に、味噌汁を少量づつ流し込んで伸ばします。5、6倍に伸ばすのがいいのですが、好みにより濃さを適宜かげんします。伸ばす際には、すりこ木をグリグリと回転させながら味噌汁が自然薯になじむようにします。素早くします。味噌汁は熱いものを流し込むのですが、芋が煮えないように気をつけます。芋が煮えると食感がガタ落ちになります。芋が煮えないギリギリの限界のところで、素早く、熱いままで伸ばすのです。熱いほうが美味いのです。

5、炊きたてのご飯(麦飯であれば更に良い)に、この味噌汁で伸ばしたまだ熱い自然薯のとろろを掛けて、出来上がりです。コツはとろろの温度を下げないことです。冷めた自然薯のとろろは興ざめです。熱いほど美味いのです。したがいまして、ご飯の炊きあがり時間と、自然薯のとろろの出来上がりの時間をピタリと同期させるのが、一番の肝心かなめであります…。

すり鉢ですり下ろした状態
↑おろしがねで自然薯をすりおろし、更に、すりこ木でよくすりおろします。きめ細かくすりおろすのです。すると、真っ白な弾力のある餅みたいになります。良く見ると胡麻みたいな黒い点々がありますが、これは皮を剥いていないためです。皮を剥きさえすれば真っ白になります。この時にアク出やすい二等品であれば、真っ白でなくて灰色とか変色してきます。

自然薯のとろろ山かけ飯
↑山のキノコの作品です。あまり美味しそうには見えません。なんだか犬にやるご飯みたいです…。昔、飼い犬にご飯に味噌汁をかけてよくやりました…。器とか盛り付けに工夫が要りそうです。

シマサルナシの果実の観察 (その4 付録)
●11月18日に知人の写真家から私の携帯に電話がかかってきました。

「山のキノコさん、これからシマサルナシの写真を撮りにいこうと思います。いま、灘大川にまで来ているのですが、都合どないですか? 来てくれへんやろか」

「今日は急には無理ですわ。いま用事で洲本まで来ているんですよ」

「そうなんですか、灘にいるものとばかり思っていましたよ…。じゃあ、一人で行ってきます。今日、決行しないと明日、明後日と天気悪いみたいやさかい…」

「気を付けていってらっしゃい。ところで、シマサルナシの写真の他にも、時季的にアゼトウナの写真もいいですよ。今、大川に来ているのでしたら、その辺の崖に沢山ありますよ」

「じゃあ、それも撮ってみますわ」

というふうな会話でしたが、めでたく朝日新聞に写真が採用されたようです。昨年の今頃にも、その写真家と灘払川の「もたご」に行きましたが、昨年は不採用でした。その写真家の話によると、新聞社に写真を投稿しても必ずしも採用されるとは限らないそうです。しかし、数さえどんどん投稿すれば当たる…、らしいです。(歩留まりの低さを資材の大量投入でカバーか?)その写真家は朝日新聞の地域版の専属カメラマンみたいな人で、年中行事・歳時記・地域の自然の写真をどんどん投稿されています。時には全国版の紙面にも写真が載ります。

で、その知人の写真家はシマサルナシに関しては2回目の投稿で、晴れて写真が採用されました。その記事が次です。 asahi.com この実な~に/南あわじ

【記事の引用】
「晩秋を迎え、南あわじ市灘払川の山中に、キウイフルーツにそっくりのシマサルナシが実をつけるようになった=写真、里口寿信さん撮影。実はキウイより一回り小さい直径2センチ、長さ3~4センチほどだが、果実の色や味はキウイと変わらないという。
 洲本市の植物研究家、南光重毅さんによると、マタタビ科のツル植物。木に巻き付いて数十メートルの高さまでツルを伸ばし、実をつけるという。沖縄のほか、県内では淡路島の南部で見ることができる。地元の人の話では、戦後の一時期は食用だったが、今は猿や鳥のエサになっているという。」

●記事にあるように、昔は灘地区の住民はシマサルナシ(住民はコクモンジと呼んでいる)を採って食べていました。わたくしも小・中学生のころよく採りにいきました。しかしながら高度経済成長の恩恵は島の果てのこの地にもおよび、食生活が豊かになったため、誰も見向きもしなくなりました。そもそも、コクモンジはそれほど美味いというものではなく、食糧危機の際には腹の足しになったという程度のものです。

西日本の暖かい沿海地から琉球諸島まで広く分布し、それらの地域では特に珍しいものでもありません。その果実が食べられると言っても、結局、栽培作物化されることはありませんでした。ごく一部の農業試験場や農学部で栽培試験されているようですが、いわばほとんど趣味の研究という程度です。キウイの台木として、キウイの品種改良の交配種としての価値は若干あるかもしれませんが、シマサルナシが栽培果樹となる可能性はほとんどないでしょう。いかんせん、その果実が小さすぎます。皮をむくのに手間がかかりすぎます…。すでにキウイという大玉の栽培種が広く普及していますから、シマサルナシをわざわざ栽培する必要性はなさそうです。

で、これから年末・年初ごろメジロ・ヒヨドリ・サルがシマサルナシの果実を食べに来ます。シマサルナシは動物たちに果実を食べられることによって、種子を散布する植物です。種子散布をしらべるのも自然観察のテーマの一つです。本種を食べにくる鳥類の種類は何か? 留鳥だけでなく渡り鳥もくるのか? 動物の消化管を通った種子とそうではない種子とでは発芽率が変わるのかどうか? 発芽して出来た新しい幼株の雌株と雄株の比率はどうなのか?(灘地区に自生する集団のものは、果実を付けるものが6割、付けないものが4割という大まかな印象ですが、まだ調査が全くできておりません。)自然観察には終わりというものがありません……。

シマサルナシの生え際
↑シマサルナシの蔓の基部です。蔓植物というよりも樹木という印象がします。

シマサルナシの太い蔓
↑シマサルナシの太い蔓です。蔓の周囲が20㎝です。太い蔓になると樹皮が縦にも横にも割れて異様な形状になります。独特な樹皮ですので一目でそれと分かります。

ウラジロマタタビの太い蔓
↑こちらはウラジロマタタビの蔓です。蔓の周囲が15㎝です。樹皮が薄く剥離しています。ちょうどヒノキの樹皮が剥がれる感じににています。なんとなくエビズル等のブドウ科の蔓ににています。

シマサルナシの果実の観察 (その3)
●諭鶴羽山系の南側沿海地には数か所のシマサルナシの自生地があります。東西10キロほどの狭い範囲でも、自生地により、また個体により果実の形状や大きさにかなりの変異がみられます。そこで、先に灘来川に自生するシマサルナシの果実の長さ・重さを計測しましたが、今度は灘払川に自生するものを調べてみました。ここのものは個体により大きな変異が見られます。

●2個体の果実を調べました。1つは果樹園跡に生じたもので、元ミカン園ですが放棄されて30年ぐらいであろうかと思われます。もう一つは山の斜面が深く浸食された谷の斜面に生じたものです。どちらも株元の蔓の周囲が20㎝ほどで、同じ程度の樹齢であろうかと思われます。また日照の程度は同じぐらいかと思われます。と言うよりもシマサルナシは他樹の樹冠の上まで伸びて枝葉を広げるので、日当たりが悪いということはありません。

シマサルナシの自生地の谷
↑幅は100mぐらいしかないのに、谷底と尾根との比高が30~40mぐらいありそうな深い谷になっています。

果実の大きさに差がある
↑左のものは果樹園跡に生じた個体の果実で、小さくて丸いです。右のものは浸食谷の斜面に生じた個体の果実で明らかに大きくてやや長細いです。

果樹園跡の個体の果実の計測値
果樹園跡のものは、果実長が15-31㎜の範囲に分布していました。
果実の長さの平均値は、22.06㎜です。標準偏差は2.57㎜です。


浸食谷の斜面にある個体の果実計測値
浸食谷の斜面のものは、果実長が16ー39㎜の範囲に分布しています。
果実の長さの平均値は29.35㎜です。標準偏差は4.87㎜です。


果実長1㎜刻みの階級ごとの度数分布
●両者の度数分布をグラフ化すると一目了然です。(両者では標本数がAが304、Bが246と違いがあるので、Bの度数分布は各階級すべて1.24倍にしました。)

Aの果樹園跡に生じた個体の果実がかなり小さいことが分かります。22㎜が最頻値になっていて、Bよりもデータが狭い範囲に密集しています。果実の形状も丸っこい感じです。

Bの浸食谷の斜面のものは果実が大きくて、綺麗な楕円体という感じであります。30㎜のところに最頻値があります。標準偏差が4.87と大きいことから、データが広い範囲に散らばっています。

●この大きな変異の原因は不明です。遺伝的な相違によるものか? 遺伝的な倍数性があるのか?、2倍体とか4倍体とかの…。土質や土壌水分などの環境の違いがあるのか、ひょっとすると雌花と両性花では果実の大きさに違いがでるのか? 良く調べないと分かりません…。

果実は房成りになることが多い
1本の果梗に5個もついています。
山菜の王者「ヤマノイモ」
●ヤマイモ掘りと言えば、田舎では晩秋の欠くべからざる年中行事であります。自然薯(じねんじょ)とも称されるヤマノイモは最大の山の幸でありましょう。まさに山菜の王者であります。10月下旬ころから掘ることができますが、早い時期に掘ったヤマイモは調理するとアクが出やすい傾向があります。それで出来るだけ遅い時期に掘るほうがイモの品質が良いのですが、あまり遅くなると蔓が枯れ果ててしまいその所在がわからなくなります。で、まだ蔓や葉があるうちに株元を確認しておき、目印を付けておきます。昔はヤマノイモの株元にムギの種を蒔くなどということが行われましたが、ムギの栽培自体が止まって久しいのでその種子がもはや手に入りません。

★南あわじ市灘地区のある集落では、集落の鎮守の宮さんの新嘗祭(全国的には11月23日に執り行う新穀感謝のお祭り)の直会(なおらい)で、ヤマイモの “とろろの山かけ飯” を参列した地区住民に供する風習があります。東北地方では秋に “芋煮会” という行事が盛大に行われ大変に有名ですが、西日本では各地の集落で地区の公会堂でヤマイモの宴を行うところが沢山あります。

★さて、わたくし山のキノコは自営業的な仕事が忙しくて、まだヤマイモ掘りができておりません。ヤマイモ掘りは1m前後にもなる芋を掘り出すのでありますから、チョイチョイとできるものではなく半日仕事です。とりあえず山中のあちらこちらのヤマノイモ自生場所に目印をつけております。冬の間にぼちぼちと掘るつもりです。むかし、山口県柳井市の政田自然農園さんが考案した「クレバーパイプ」という塩ビ製の栽培用器を用いて、畑でヤマノイモを栽培してみましたが、栽培品は肥料をやったりして肥培するので芋の粘りがどうしても低下してしまいます。やっぱり、ヤマイモは天然品が一番であります。(栽培品は食味が悪いので二等品なのであります。)

政田自然農園さんの自然薯栽培講習です。
一時、栽培した「じねんじょ」が黒岩水仙郷で販売されていました。(今はどうか知りません)クレバーパイプの大きな欠点が一つあります。芋がパイプに接した部分が黒っぽく変色することです。栃木県の玉川園さんが考案した「おふくろ」の方がはるかに優れ物で、この欠点を克服したものです。しかしながら、なぜか普及しませんでした。農業資材においても、悪貨は良貨を駆逐するということなのか?

まず、ヤマノイモの果実とムカゴを観察したいと存じます。なお、“ヤマノイモ” と言うばあいは植物名(標準和名)を指すのですが、“ヤマイモ” あるいは「じねんじょ」と言う場合は山菜としての名称です。
ヤマノイモの黄葉
↑ヤマノイモの葉の黄葉です。とても美しいものです。青々としていたらその存在が目立たないのですが、黄葉するとその所在が一目でわかります。人家に近い所には中国から伝来した栽培種のナガイモとの雑種になったものが多く見られます。山の奥に行くほどに日本在来種のヤマノイモが多くなります。雑種か純血かは葉の形状で見分けます。写真のものは純血のヤマノイモです。雑種は葉の形状が変わるのと、蔓が紫色がかった色になります。

ヤマノイモの果実
↑ヤマノイモは雌雄異株で、雌株と雄株があります。雌株には写真のような果実が付きます。
ヤマノイモの果実と種子
↑ヤマノイモの果実と種子です。言葉では説明しにくい形状ですので写真をよくご覧下さいませ。右上のものは果実を展開させたものです。相撲の行司が持つ「軍配」のような形あるいはハート形の薄い羽が3枚合わさって果実が出来ています。その合着した羽の間に種子があります。通常は1個の果実に3個の種子ですが、時には2個ずつ計6個の種子が出来ることも多いです。右下の平べったいものが種子です。種子は径4ミリぐらいで、その周囲に膜状のひれがあります。ひれの径は写真のもので12~14ミリです。

★この種子を冷蔵庫で保存して春に蒔けば、秋には下の写真のムカゴ程度の大きさの芋ができます。ヤマノイモの雌株と雄株では芋の性質を比べると、雄株の芋は調理したときアクが出やすい傾向があるようです。(正確なる観察ではなく、経験的にそういう感じです。)

ヤマノイモのムカゴ
↑ヤマノイモは葉が普通は対生するのですがその葉腋(ようえき・葉の付け根)にムカゴが生じます。ムカゴは雄株の方が良く付くのですが、雌株にもムカゴは出来ます。
ヤマノイモの 「ムカゴ」
↑ムカゴの収穫です。これも上等な山菜です。ゆでたり、油で揚げたりして、塩を振りかけて食べます。お酒を召し上がる方はこれを酒のつまみにするとよろしいです。たいへん美味で珍味であります。ムカゴは極端に大小不揃いですが、大豆ぐらいの大きさのものが多く、大きなものではラッキョウぐらいです。ヤマノイモを栽培する際にはこれを種にします。これを春に蒔くと秋には長さ30~50㎝、重さ50~100g程度の芋になります。この芋を更に一年栽培して収穫します。
シマサルナシの果実の観察 (その2)
シマサルナシの自生する谷

●シマサルナシの果実の観察です。果実採集日は2011年11月21日、果実採集場所は南あわじ市灘来川、自生地の環境は幅の狭い谷で海岸から300mほどの所、急傾斜の斜面です。3個体から太い枝に着く果実や、中ぐらいの枝に着くもの、細い枝に着くものと、片寄りなきようまんべんなく採取しました。345個の果実が得られ、それぞれの果実の長さを測りました。果実の幅(短径)の測定まで行うと、大変な作業になるので割愛しました。果実の重さについては、345個を果長1㎜刻みの階級に分けて、各階級ごとの総重量をまとめて測りました。 

シマサルナシの果実長さおよび重さの測定結果

果実の長さ1㎜毎の度数分布

●以下のことがわかりました。

1、果実の長さは、16㎜~42㎜の範囲にあります。
2、果実の長さの平均値は、29.24㎜。(10089÷345)
3、最頻値は29㎜で、度数が30個出現しています。
4、このデータが正規分布していると仮定したならば、標準偏差(σ)は
  5.76㎜です。(306413÷345)-(29.24の2乗)= 33.17、これ
  の正の平方根をとると5.76。
5、果実の重さは3㎝のもので10g強あり、4㎝のものでは20g超とな
  り、ウラジロマタタビの果実よりもかなり大きいです。

●このデータが正規分布しているかどうか全く分かりませんが、果実長の分布の両端の±2σを越えるものを異常値と看做すと17.72㎜~40.76㎜が正常果の範囲という解釈になります。そこでシマサルナシの果実の大きさは、18-40㎜であると記述できそうです。

実際に、果実長20㎜ぐらいの小さなものは形状がいびつで奇形果という感じです。極端に小さな果実は切ってみると種子が極めて少なく、受粉がうまくいかなかったので生育不良になってしまったのではないか?、という気がします。普通ならば花の開花後に落果するところ、何らかの要因で落果せずに残ったのでは?(本当のところは分かりません)

シマサルナシの果実を横切りした
↑果実の長さが35㎜とか40㎜の大きなものでは、果肉の中心の芯を取り囲むように放射状に種子がたくさん並んでいます。しかし果実の長さが20㎜程度の小さなものでは、種子がないことはないのですが、とても少ないです。

房状に2~4個成ることが多い
↑このように1本の果梗に2~4個の果実がふさふさと成ることが多いです。調べた345個の内訳は、1個成りのものが144、2個成りのものが69(138個)、3個成りのものが17(51個)、4個成りのものが3(12個)でした。

果実の長さと重さの関係
↑横軸はシマサルナシの果実の長さ(単位は㎜)です。縦軸は果実の重さ(単位はg)です。指数関数的なグラフに成るのではないか?と予想もしたのですが、そうでもなさそうです。

★普通に考えれば、ある物体の長さが2倍になれば、その物体の体積は8倍(2の3乗倍)になるハズです。その物体の形状が相似であるならば、またその物体の密度が同じであるのならば、その物体の重さは “その物体の長さの3乗” に比例してその物体の重さが増減するハズです。グラフから果長21ミリで果重約5gです。ならば果長42ミリになれば果重は40gが予想されます。

★果実長(x)の果実の重さ = (x÷21)の3乗 × 5g が成立しそうですが、実際には果実長42ミリでは23gと予想よりもかなり小さな数字になっています。おかしいな? なんでやろか? とよく観察しましたところ理由がわかりました。小さな果実ほどその形状が球形に近いのですが、大きな果実では楕円体状で長細いことが原因でありました…。(果実の短径も測って、長径と短径の比率を調べたらすぐ気付いたハズですが、気付くのが遅れた…。)

シマサルナシの果実の観察 (その1)
マタタビ科のシマサルナシです。牧野富太郎先生の図鑑では「なしかずら」の名称を採用しています。他書では、『日本の野生植物』『原色日本植物図鑑』大井次三郎先生の『日本植物誌』など多くの書物が「シマサルナシ」の名称を採用しています。「なしかずら」は梨のような果実が成る蔓植物の意味であろうと考えられます。「シマサルナシ」は島猿梨であると思われます。島は南西諸島を指すもので、島に自生していて、梨のような果実が成り、猿が好んで食べるという意味であろうかと考えられます。

●沢山の地方名が存在しています。(6月10日拙稿)シマサルナシは諭鶴羽山系の名物植物の一部を再掲いたします。

「シマサルナシの全国的な分布は、本州(三重県・和歌山県の紀伊半島南部、山口県、島根県)四国、九州、琉球列島の沿海地ですが、伊豆諸島のある島でも見つかっているようです。自生地各地の住民はこの果実を食べているようで、各地におもしろい地方名が沢山あります。ナシカズラは牧野植物図鑑にも載っていますが他にも、ゼゼガモリ(場所不明)、スズッコナシ(不明)、コッコナシ(不明)、ドーラン・ドーランカズラ(島根)、ヤマナシ(宮崎)、ソッポ(鹿児島)、コッコー・ホッポウ(種子島)、クガ・クガカズラ・クカ(奄美大島)、フガー(沖縄)、など沢山あります。不明が3つもあるのは、シマサルナシの地方名を調べた知人のOさんが急逝されて、聞かずじまいになったためです。こんなに沢山の地方名があるのは、この植物が日本自生の野生果実として価値がある証拠でしょう。実際に、大学農学部や果樹試験場でシマサルナシが栽培試験されています。」

シマサルナシの分布
↑シマサルナシの分布図です。福岡誠行・黒崎史平先生の、頌栄短期大学研究紀要 第29巻 1993年 『本州西部植物地理雑記12』を元にして、国土地理院の『電子国土ポータル』に転記しました。(一か所付けくわえました)日本列島の南西部の海岸に分布しています。東限は伊豆諸島のある島、北限は島根県の日本海に浮かぶ小さな島で、淡路島は北東の限界地に当たります。

シマサルナシの淡路島南部での分布
↑こちらは淡路島南部の詳細な分布状況です。わたくし山のキノコが自生を確認した場所をプロットしました。必ずしも標本の裏付けのある正式な分布図ではありません。諭鶴羽山系の南斜面に点々と自生しています。いずれの場所も海岸から1.5㎞までの沿海地で海抜は150mまでの低地です。谷の斜面の水はけが良いが湿潤なところに自生しています。山系の北側の鮎屋川水系にもあるとの情報があるのですが、わたくしは確認していません。

●南あわじ市灘地区でのシマサルナシの地方名は「コクモンジ」ですが、何かいわくありげな名称ですが意味は全く不明です。昔は住民が採って食べていました。洲本市の上灘でも「コクモンジ」と呼んでいます。洲本市上灘畑田や相川の住民に話を聞くと、上灘でも昔は採って食べていたそうです。

シマサルナシの果実

シマサルナシの果実

シマサルナシの果実
↑上3枚の写真は11月18日に撮りました。果実はまだ堅いです。樹上ではなかなか熟さないのです。樹上で熟して果実が軟らかくなるのは12月中旬以降になります。果実が熟すとメジロやムクドリなどの鳥類が食べにきます。が、11月ではまだ訪鳥は全くみられません。人間が食べるのであれば、果実をリンゴと一緒にビニール袋に入れておくとか、生の米糠にしばらく埋めこんでおくとか、「追熟」すれば食べられます。

他樹を覆い尽くすシマサルナシの蔓
↑シマサルナシは蔓植物なので自分では自立できません。他樹に寄りかかりよじ登るしかありません。ご覧の通り自生地では、シマサルナシの蔓が他樹の樹冠を覆い尽くして物凄いことになっています。覆われた樹木はやがて枯らされてしまいます。しかしながら、これは戦略的・合理的な生き方なのかもしれません。幹や枝を太らせて自立するには、沢山の炭酸同化物質を幹に回す必要があるはずです。考察するにこのシマサルナシの生き方は、他人を利用して、あるいは他人の犠牲の上で、幹にまわす炭酸同化物質の節約をする戦略なのではないか? という解釈もできそうです。ですが、利用される方はたまりません。
シマサルナシは『兵庫県レッドデータブック2010』ではBランクの貴重植物ですが、その生態を観察すると、侵略者かプレデターであると言っても過言ではありません。

★金融工学を駆使して虚業でメシを食おうとした米国が、リーマンショックでその国家経営ビジネスモデスが崩れ去りました。で、なんとか正業に回帰志向で、オバマ大統領は米国の輸出倍増を唱えています。その輸出倍増計画の標的は、TPP協定に引きずり込もうとしている日本であることは明白で、日本は体よく利用され踏み倒されることでしょう。アメリカの戦略はシマサルナシの生き方によく似ています…。

(本稿はつづく)
ハマボウフウは高級山菜であり、生薬にもなる
香り高い高級食材として知られるハマボウフウです。料亭などでお刺身の「つま」として料理に彩りと香りを添えています。畑でも栽培されることもありますが、生産量が僅かなので青果市場に出回ることが少ない品目です。ハマボウフウは第一級の山菜ですが、野菜といってもいいかもしれません。諭鶴羽山系の海岸部の砂浜でハマボウフウの新葉が出ています。山菜の採取時期は春が圧倒的に多いのですが、本種は春よりも、秋から冬の方がよろしいです。普通は晩秋から冬季はハマボウフウの植物体は休眠期で生育は停止していますが、この時期に、ロゼット状に広がる株元の中心部分の柔らかい葉を摘み取るほうがいいのです。ただし、これはあくまで淡路島南部においてのハナシです。

ハマボウフウの分布は広く、北海道のオホーツク沿岸から九州南西諸島にいたるまで日本全土に自生しています。地方により採取適期は異なるであろうかと思われます。ハマボウフウの生活史を観察すると、淡路島南部では花が5月~6月に咲き、7月~8月に種子ができます。結実するといったん花茎部は枯れます。そして秋になるとゴボウのような根茎から新しい新葉がでてくるのです。その新葉が秋から冬の間に僅かに育ちます。したがいまして秋から冬に採取します。春になると葉が硬くなり品質が劣ります。

●ハマボウフウは薬草でもあるようです。
『イー薬草・ドット・コム』 薬用植物一覧表より セリ科ハマボウフウ属「ハマボウフウ」
漢方薬でいう「防風」は中国産のセリ科の植物の根茎を乾燥させたもののようで、ハマボウフウとは別物らしいです。ハマボウフウはあくまでも代用品であって、本家本物とは異なるようです。したがって、薬効はあまりないのではないか?

ハマボウフウ

ハマボウフウ
↑上の2枚の写真は11月5日に撮りました。秋から冬はこの状態です。北国では冬季には枯れているのかもしれませんが、淡路島南部では厳寒期でも青々としています。この写真を撮った砂浜は幅が狭い砂浜で、波打ち際からハマゴウやアキグミなどの生育する安定帯までの距離が30m程度しかありません。ですので海浜植物の明瞭な帯状分布(不安定帯・半安定帯・安定帯などの)があるようではないのですが、海に近い最前線にハマヒルガオがあって、その手前に(陸地側に)ハマボウフウがたくさんあります。

ハマボウフウの花
↑この写真のみウキィペディアからお借りしました。他の写真は自前です。花はちょっと見はカリフラワーみたいな形状をしています。

ハマボウフウの収穫
↑採取するのはこれぐらいのものが宜しいです。セリ科特有の良い香りがします。栽培品はモヤシ状に軟白化させるのですが、天然品は葉身も葉柄もしっかりしていて歯ごたえがあります。株の中心の若い葉をそろりと採ります。砂を少し掘って採取するといいでしょう。葉柄の基部から下は太い根茎になっています。地下の根茎を傷めず残しておけば、また葉がでてきます。採取するのは展開するまえの葉でまだ黄色味が残っているぐらいのものが宜しいです。展開しきった葉は堅くて香りも少ないのです。展開した堅い葉でも天麩羅であればいけます。

ハマボウフウの身上は何と言ってもその素晴らしい香りです。まるで香辛料のような香りがします。サンショウ・ショウガ・ミョウガの3種の良い所の成分を調合したような感じです。軽く湯がいてあえ物にすると、そのシャキシャキとする歯ごたえと、30分ぐらい余韻を引く香りとが絶妙であります。あまり沢山食べると舌がしびれてくるほどの強い芳香があるのです。

(あまりハッキリ書くのはマズイですが、本当は地下の根茎が一番おいしいのです。ゴボウほど真っ直ぐではありませんが、ハマボウフウの大株ならばゴボウのような直根が数十㎝も深く伸びています。これを掘り取ってよく水洗いして適当に切って、生で三倍酢をつけて食べると絶品です。ゴボウよりも柔らかいです。しかしこれをすると自生地の破壊につながるので慎みましょう。)

●『小太郎のまんぷく日記』さんが美味しそうなハマボウフウ料理をレシピつきで紹介してくださっています。ハマボウフウの甘酢漬がいいですね。香りの強い香辛料的な山菜には酢がよく合います。胡麻和えや天麩羅も美味しそうです。
料理ブログ『小太郎のまんぷく日記』さんのハマボウフウ料理。

地球温暖化を裏付ける「指標植物」はあるのだろうか?(その3)
地球温暖化の進行を裏付ける “ものさし” として使える植物があるのかどうか? この “指標生物” に成り得る植物があるのかどうか? について簡単に考えてみたいと思います。マスゴミ報道で以前は、指標生物と看做すには無理そうな例を頻繁に報道していました。その多くの報道は、亜熱帯や暖帯南部の植物や昆虫が東京で見つかったから、「地球温暖化のせいだ!」 と主張しました。いとも簡単にその因果を結びつけていました。しかしながら、これはきわめて単純な捉え方で、ほとんど条件反射みたいなものです。つまりパブロフの犬です。

マスゴミが10年も15年もの間、「地球温暖化だ」「大変なことになるぞ」「生態系が壊れるぞ!」と危機報道を続けたのです。とくに朝日新聞や日経新聞あたりが先頭に立って煽りました。そのために庶民はもちろんのこと、種々の分野の専門家でさえも、「なるほどそうかな」と信じ込まされました。それで、南方に生息する昆虫等を発見したら「これは地球温暖化の影響に違いない」、南方の魚が釣れたら「これも地球温暖化だ」、ヤシ科のシュロが育ったのを見ても「やはり地球温暖化だ」、大雨が降っても「それ見ろ地球温暖化だ!」、日照りが続いても「もはや地球温暖化以外に考えられないな」、と何でもかんでも地球温暖化と強引に結びつける習性が養われました。その現象の要因をよく調べずもせずに、“何か異変があったら = 地球温暖化だ” という反応をマスゴミや社会がするようになりました。これが “パブロフの条件反射” みたいだということなんです。

何べんでも、百篇でも二百篇でも繰り返し反復して報じるのがミソです。“ウソでも百篇言ったら本当になる” というある意味では大変な名言を吐いたのが、ナチスドイツの宣伝大臣ゲッベルスです。あれだけ大量の報道をすれば、だれかって地球温暖化で大変なことになると信じるでしょう。政府や環境省が言うことをマスゴミが御用報道をしましたが、その報道で国民が信じ込まされて世論を形成する、そしてその世論を政府が政策推進に利用する、そういうフィードバックが作用しました。また研究者は研究者で、地球温暖化関連研究に研究費が配分され易いことをみるやいなや、自分の研究に地球温暖化を絡めるのに抜け目がありませんでした。植物の研究者から経済学・農学にいたるまで温暖化という言葉を口にしました。研究助成金を貰うための申請書に “温暖化の影響” というキーワードを盛り込んだわけです。そしてその「温暖化の影響の研究成果」をマスゴミが取り上げました。そのマスゴミ報道をてこにして、温暖化利権者たちがさらに煽るわけです。こうなると、これはいわゆる “大変な大変” というやつです。

●では、地球温暖化の指標となりえる野草とか樹木があるのか? ですが、まことに頼りないものばかりです。
温暖化による影響でまず考えられるのは、冬の気温上昇のため南の植物が北へと分布を広げることが考えられます。逆に、寒冷地に適応した植物が夏の高温に耐えられず枯死する、そのため分布を北方に後退させるということも考えられましょう。

ところがこれには本質的な問題点があります。多くの植物でその種の自然分布が正確に突き止められていないのです。それがために、その植物の分布の空白地で、その植物の新たな自生が見つかるということが起こります。しかもそれは植物分布調査の分野ではかなり日常茶飯事のことです。ある植物の分布北限線が正確に調査されているわけではありません。まだまだ分からないことだらけです。したがって、南の植物が北のほうで見つかったといっても、それは今まで見つからなかっただけであって、昔からそこに自生していた可能性もあるわけです。調査が進めば北限地が次々と北へ更新されるという事はよくあります。それは気候変動なんかじゃなくて、たいていは調査が進んで詳しい分布が明らかにされた面が大きいのであります。たとえば、「アコウ」とか「キキョウラン」は次々に北限地が更新されました。

それから、植物の分布の変化とか、群落の消長などによって、100年で僅か0.7度などという微妙な気温上昇を捉えようというのは全く厳密さに欠けます。そもそも100年で0.7度の汎地球的な温暖化などといっても、その数値の算出に使われた気象観測所の選び方にインチキがあったことが暴露されています。田舎の観測所を減らして都市部の観測所を増やしていくなどという誤魔化しが弄されました。(もはやIPCCに信用性はありません)それはさておき、今まであった植物が次第に消えていったり、今までなかったのに南から移入してきたらしい、というようなことは何も気温の変化だけによるわけではありません。気温の変化(温暖化)は一つの要因にはなっても要因の全てではありません。たとえば「800mの山の上にかろうじてブナがあったのに、温暖化で枯れた」などといっても、他の要因もあり得ます。ナラ枯れ病に類するような病虫害とか、酸性雨による土壌のPHの変化であるとか、日照りによる乾燥害とか、その場所のブナの寿命が来たとか、競争する他の植物との相互関係に異変があったとか、いくらでも要因はあり得ます。相当調べないと因果はそう簡単には断定できない筈です。

●で、かろうじて温暖化の指標植物に成り得るのはグンバイヒルガオぐらいじゃないでしょうか?
グンバイヒルガオ
↑ウキィペディアからお借りいたしました。本種は、その葉が相撲の行司が手に持つ「軍配・ぐんばい」の形状に似ているからつけられた標準和名で、軍配昼顔の意味です。熱帯~亜熱帯の海岸の砂浜に広く分布しています。九州南部まで分布しています。この種子は海流で散布されます。北緯30度以南の海域で、海底火山の噴火で新しい島が出来ると、真っ先に侵入してくる植物がこれです。
グンバイヒルガオの分布
『種子はひろがるー種子散布の生態学』で有名な中西弘樹先生の作成された分布図をお借りいたしました。この図はグンバイヒルガオの分布図ですが、2群に明確に分けています。

赤丸……生育圏。種子が漂着して発芽し、夏の間生育するが冬の寒波で
    枯れてしまう。開花・結実に至らないので群落として繁殖・定
    着できないのです。
青丸……繁殖圏。冬に枯れずに越冬できます。開花・結実するので群落
    として定着しています。

●グンバイヒルガオが地球温暖化の指標となる理由を考察。

1.亜熱帯から日本列島の海岸に種子が海流でどんどんと運ばれます。
  そして砂浜に打ち上げられて発芽します。分布拡大能力がきわめて
  高いと言えます。(短期間の気候変動指標に成り得る)
2.分布を北へと拡大できないのは冬の寒さが原因で、それが明白で
  す。これが温暖化指標にできる一番の理由。
3.北限地がほぼ正確に分かっています。一応は宮崎県高鍋町が北限地
  ということになっています。が少し北の3か所、大分県蒲江町、高
  知県高知市、徳島県海部町で開花・結実が知られています。
  徳島県立博物館 小川誠先生のサイトを参照下さい。
4.海岸の砂地が生育地なので、調査しやすい。悉皆調査も可能。各地
  に住む専門家・アマチュアが総力を結集すれば徹底調査が可能。
5.海岸の砂浜は都市のヒートアイランド現象の影響をうけないので、
  都市気候の影響を除外したバックグラウンドの温暖化の指標にな
  ります。この点が重要です。
6.繁殖圏がどんどん北方に広がるか経年調査をすればいい。もし繁殖
  圏が東海・関東へ、また日本海側へと北上拡大が観測できれば、
  地球温暖化(とくに冬の最低気温の上昇)が裏付けられます。

★さて、わが淡路島でも洲本市由良成ヶ島でグンバイヒルガオの生育が確認されています。新聞記事にもなりました。しかし越冬・定着できませんでした。わたくし山のキノコも南あわじ市阿万吹上浜でグンバイヒルガオの発芽・幼個体を見ています。兵庫県下でも芦屋浜とか東播の海岸などでグンバイヒルガオ確認の報告があるようです。今後、瀬戸内海地方の砂浜海岸でグンバイヒルガオの花の絨毯が出来るのか? 楽しみにして観察を続けたいと存じます。
実りの秋、食べられる野生果実(その7)        ――アキグミ――
●秋も一段と深まってまいりました。そろそろ木枯らしが吹く頃でありますがかなり暖かいです。ちょっと前までは平年値より少しでも気温が高いと “地球温暖化だ!” とマスゴミが騒いだものです。ちょうど2年前に、例のクライメートゲート事件があってから、マスゴミは地球温暖化をあまり言わなくなりました。とくに今年の3月の原発事件(あれは事故じゃなくて事件だ!)があってからは、マスゴミは地球温暖化の話題を避けているようにさえ見えます。マスゴミは一体どうしたんでしょうか? 未来予測のシミュレーション計算士のあの江守正多博士のご託宣も、最近ではかなりトーンダウンしてきました。ぼちぼちアリバイ作りを始めたようにさえ見えます…。

人類は古くから太陽黒点の消長が、気候や経済と強い相関関係があることに気づいていました。その太陽黒点と気候変動との因果関係を説明する仮説として有名なスベンスマルク説が、いま再び注目されるようになってきました。一度棄却された仮説の復権というのは喜ばしいものです。自然科学の研究に政治が色濃く介入してくるのは、そろそろ止めにしてほしいものです…。CO2地球温暖化説に加担した気象学者たちが、やたらとスベンスマルク説を口にするようになってきました。
宇宙天気情報センターのHPで太陽黒点等の観測データを閲覧できます。

★あれほど騒ぎ立てた地球温暖化ですが、人々の記憶から忘れ去られるのも、もはや時間の問題です。かつて騒ぎ立てたオゾンホールの問題も米国の某大手化学メーカーが、代替フロンをたくさん売って大儲けしたら、いつの間にか雲散霧消しました。あのダイオキシンの騒ぎにしても、日本の某焼却炉メーカーが全国自治体のゴミ焼却炉をさらにさせたら、いつのまにか沈静化しました。地球温暖化の問題も、まだ商売し足りないヤカラが今後も散発的に騒ぎ立てることはあっても、マスゴミが大々的に煽ることはもうなさそうです。しだいに沈静化するでしょう…。(当たるかどうか賭けをしてもいいです)マスゴミが「CO2地球温暖化説」と「地球温暖化危機説」をほとんど言わなくなったので、とてもうれしいです。これから厳しい冬に向かうので、もっともっと温暖化してほしいものです。原油価格が高値高原状態です。北半球の中緯度・高緯度の冬はとてもきびしく、温暖化するのは福音です。神の恩寵であります。

●さて、諭鶴羽山の裾の海岸でアキグミの赤い果実が成っています。
アキグミ
↑これはアキグミです。アキグミとは秋グミで、その果実が秋に熟することからの和名です。南あわじ市灘地区では「シャシャビ」という地方名がついています。グミの仲間特有の渋味はありますが、アキグミの果実は甘くて食べられます。採集して食べるのには果実の一回り大きなマルバアキグミがよいでしょう。普通のアキグミは果実が小さいのです。しかし、残念ながらマルバアキグミは個体数が少なく、素人では見つけられないかもしれません。灘海岸には両種あることはあります。

アキグミの果実
アキグミは北海道南西部から九州にいたるまで、日本全土に分布しているとされます。淡路島では海岸に多いです。とくに道路工事にともなう法面とか、急斜面・崖地とか、宅地造成して山を切り開いたがその後に放置した場所などに自生しています。そういった所は土壌が少なく荒れ地です。アキグミは空中窒素固定菌と共生する肥料木なので、そのような荒れ地でよく育つのです。

銀葉のアクグミ
↑アキグミの葉は銀色です。アキグミの葉や枝には白~銀色の星状毛や鱗片がびっしりとあって、個体によっては真っ白に見えるものもあります。特に葉の裏側が白いです。アキグミは海岸だけでなく山中にも少しあるのですが、その場合は遠目にもよく目立ちます。
晩秋の淡路灘海岸を彩る黄花3種 「シマカンギク」
シマカンギクです。晩秋の諭鶴羽山の裾野や、海岸を飾る黄色の野生キクがこれであります。別に珍しいものではありませんが、近年かなり少なくなってきたように思います。おそらく森林が鬱蒼と茂ったためと、田畑が耕作放棄されてススキなど豪壮な多年草が増えたためではないか?と観察しています。

兵庫県の野生キク(菊)といえば県の花に指定されているノジギクでありますが、ノジギクは淡路島では播磨灘側の海岸には普通にあるのですが、淡路島南部の太平洋岸には全くみられません。したがいまして、諭鶴羽山で野生キクの観察をする場合は、シマカンギクの観察ということになります。

シマカンギク

綺麗な花にはトゲがあったり、毒があるなどとよく言われます。そして毒と薬は紙一重…。ということで、シマカンギクは漢方薬の材料のようです。漢方・漢方薬を学ぶ総合サイト 漢方ビュー 生薬辞典「菊花・きくか」シマカンギクの黄色い頭花を乾燥させたものが「菊花・きくか」という生薬で、釣藤散(ちょうとうさん)という漢方薬に配剤し、めまい・高血圧・慢性頭痛・肩こり・眼精疲労に処方されるらしい…。
ほんまに効くんやろか? という気もしますが…。

シマカンギクの花

シマカンギクの葉

シマカンギクの兵庫県内の分布
↑兵庫県立人と自然の博物館 2007.1『兵庫県産維管束植物8』162貢に記載されているシマカンギクの産地11か所に赤丸でプロットを打ちました。兵庫県下では神戸市六甲山から、淡路島にかけて分布していることが分かります。兵庫県下99ブロック中、11ブロックでシマカンギクの標本が採取されているようです。

産地名を転記しますと下記の11か所です。
浜坂町久斗山、家島町加島、神戸市兵庫区鳥原、神戸市中央区再度谷、神戸市灘区摩耶山、北淡町常隆寺山、東浦町釜口、一宮町後、津名町佐野、洲本市天川、南淡町沼島

●シマカンギクは「島寒菊」の意味ですが、牧野富太郎先生はシマカンギクなどと言っても島にはなく内陸とか山間地に多いからこの名称は不適切だとして、別名のアブラギクを推奨しました。
徳島県立博物館「シマカンギクの徳島県内の分布」を閲覧すると、島にはなく山間地に多いようです。ですが、兵庫県に限って言えば家島と淡路島にあり、とくに淡路島には沢山の産地があります。兵庫県ではまさに「島寒菊」であります。晩秋の寒くなった頃に咲き、島に自生する菊なのです…。
晩秋の淡路灘海岸を彩る黄花3種 「ツワブキ」
秋も深まり、ツワブキの花が満開になりました。諭鶴羽山はツワブキの沢山自生している山です。至る所にあります。ただし山の中腹より上にはありません。ツワブキが多いのは山の麓の海岸部です。ツワブキは耐陰性が多少あり、海岸部のトベラとかイヌビワなどの疎林の下草として大群落になっているところもあります。ツワブキは珍しいものではなく、ありふれたものですが、話題は沢山あります。万葉植物であり、民間薬であったり、結構な山菜でもあり、花が大きいのでキク科の花の構造を観察するには良い材料です。

●ツワブキは民間薬として使われているらしい…。
『イー薬草・ドット・コム』 薬用植物のご案内「ツワブキ」
「ツワブキは、民間薬としての用途がおもなものです。葉を火にあぶって柔らかくし、細かく刻んで打撲、できもの、切り傷、湿疹(しっしん)に外用すると効き目があるとされています。また、葉を青汁が出る程よくもんで、打撲、できもの、切り傷、湿疹に、外用に直接つけます」 ということでありますが、たんなる気休めであろうかと思います。本当に薬効成分があるのならば、日本薬局方に収録・規定されるハズです。そう考えるとツワブキが薬用植物であると信じがたいです。

ま、ツワブキが良く効く薬だと信じれば効くのかもしれませんが…。効くか効かないかは心理的なことも影響するので、偉い医者が「これは良く効く特効薬なんだよ、特別に処方してあげよう」などと言って出せばメリケン粉でも効く場合は実際にあります。そういう意味ではツワブキが効く可能性は否定しきれません。プラセボ効果(偽薬効果)

●ツワブキには、民間薬としての価値はかなり疑問でありますが、山菜としての価値は大いにあります。熊本県など九州地方ではツワブキを野菜として食べているというのは良く知られています。畑で栽培され、八百屋の店頭で売られています。ですが、他の地方ではあまり食べません。淡路島でもツワブキを採って食べるのは私ぐらいなもので、大当たり一人占めです。ツワブキの若い葉の葉柄で佃煮をつくればとても旨いものです。炊きたてのご飯にツワブキの佃煮があれば、他におかずは要りません。

宮崎県日南市の南郷地区の特産品
温暖な海岸部に自生するツワブキ。畑で栽培もされています。春の香り高い山菜として人気です。

大分の情報サイト『SHOKU』佐伯つわぶき
佐伯(さえき)ツワブキというブランド品があるそうです。畑でツワブキを栽培していますよ。収穫した「佐伯つわぶき」を主にJAおおいた佐伯豊南を通じて、11月から4月末頃まで、県内や福岡市へ出荷するそうです。農協を通して出荷出来るというところがスゴイです。ツワブキを食べるという食文化が根付いている九州ならではのことで、他地方ではとても考えられません…。

「ツワブキの佃煮」料理レシピ みんなのきょうの料理

ツワブキの大群落
↑海岸部にあるツワブキの群落です。陽光地にもたくさんありますが、樹林の下草としても沢山自生しています。ほか海岸の岩の横とか至る所にあります。南あわじ市灘地区の黒岩水仙郷はよく知られていますが、諭鶴羽山の海岸部のツワブキ自生地を育成・拡大すれば新たな観光資源になる可能性を秘めています。花期が水仙より早いのも魅力的です。ツワブキの花期は10月~12月です。水仙は12月~2月ぐらいです。

ツワブキの花
↑花がつく茎が葉の上に突き出ているというのも観賞するには長所です。花が葉の陰に隠れることがないので見ごたえがあります。頭花が大きく径5㎝~7㎝ぐらいもあり、舌状花が10~15枚ほどもあるので野生の花としては極めて豪華であります。

ツワブキの花

晩秋の淡路灘海岸を彩る黄花3種 「アゼトウナ」
●万葉歌人の山上憶良(やまのうえのおくら)がもし生き返って、晩秋の淡路島南部の灘海岸を自然観察したならば、次のような連作の歌を詠むでしょう。

灘の海辺 咲きたる花を 指折り かき数ふれば 三種の花
アゼトウナ ツワブキが花 島寒菊 黄色花 崖に張付き 岩根に生ふる 

最初の歌は、5・7・5・7・7の通常の形式を踏んでいますが、後ろの歌は5・7・7・5・7・7の旋頭歌(せどうか)の形式になっています。577を2回繰り返す形式が旋頭歌です。指は「および」、三種は「さんくさ」と読みます。

【歌の意訳】
吾輩、山上憶良は草葉の陰から生き返って、晩秋の灘海岸を観察して歩いたんだ。それで、晩秋の灘海岸をはなやかに彩る賞美すべき花はなにがあるか? 指を折りながら数えたんだ。すると3つあったんだな。それは何かと列挙すると、アゼトウナの花、ツワブキの花、シマカンギクの花なんだ。特にアゼトウナの花は面白い生態があって垂直の崖に張り付いて生えとる。ツワブキの花とシマカンギクの花は、大きな黒い岩の根元でたくさん咲いておるんだよ。この3つの花には共通点があって、みんな黄色の花ということなんだ。それから、歌には盛り込めなかったが3種ともキク科に属する花なんだ。

●さて、下の写真はキク科のアゼトウナです。アゼトウナは兵庫県レッドデータブックCランクとされ、一応、貴重植物扱いとなっています。淡路島では島の北部にはなく、島の南部に自生しています。海岸の崖や急傾斜地、道路の法面などにあります。個体数は比較的に多いので捜せばすぐに見つけられます。

『兵庫県レッドデータブック2010』ではアゼトウナをCランクの貴重植物としています。

アゼトウナ
↑この個体はコンクリートの割れ目に生えました。崖の崩落を防止するために斜面にコンクリートを吹き付けたところです。落石防止の金網が張ってあります。普通の植物の生育には過酷な環境であろうかと思われるのですが、見事な大株になっています。アゼトウナにとっては逆にこれが最適な環境なのかも分かりません…。

アゼトウナ
↑美しい黄花で、観賞価値が高いです。が、いまだに園芸植物化はされていません。とても綺麗ですねえ。花はヤクシソウに酷似していますが、ヤクシソウのようにひょろひょろと背が高くありません。草丈はせいぜい15㎝か20㎝程度です。大株になると株の径が50㎝にも60㎝にもなるので、草姿全体の形状は鏡餅のようでペタンとしています。

アゼトウナの花

蕾です
↑海岸植物らしく葉が厚いです。

●さて、ここでアゼトウナという標準和名の語源解釈です。アゼトウナの分布は静岡県の伊豆半島から以西の九州宮崎県に至るまでの太平洋沿岸地方です。僅かに瀬戸内海沿岸など波の静かな内海にも分布を広げているようです。生育する環境は、とにかく崖です。急斜面や崖に自生しています。
アゼトウナは「畔唐菜」ですが、この「畔」は田畑のあぜではありません。崖(崩岸)のことです。崖に生じて唐菜(とうな・中国の菜っぱか?)に似た植物という意味です。万葉集に次の歌があります。

【原文】
安受乃宇敝尓 古馬乎都奈伎弖 安夜抱可等 比等豆麻古呂乎 伊吉尓和我須流(14巻3539)

【訓読】
崩岸の上に 駒を繋ぎて 危かど 人妻子ろを いきに我がする

【仮名読み】
あずのうへに こまをつなぎて あやほかど ひとづまころを いきにわがする

【歌の意味】
崩れた岸の、崖の上に馬を繋いだのでは、とても危なっかしくて恐いことなんですが、人様の妻である大好きなあの人のことを、私は命懸けで思ひ込んでいるんですよ。

★『岩波古語辞典』によれば、「あず」は、がけのくずれた所、です。安受・崩岸・久豆礼・阿須などと書いてあずと読ませるようです。また、「あざ」という語もあるのですが、これは諸説あってハッキリしないのですが、岩波古語辞典では波の浸食によって生じた洞穴をいうか?(現在の方言にその例がある)田の畔・断崖と見る説もあります。

で、結局、万葉集など上代文学では「あず」「あざ」は崖を意味していました。その「あず」や「あざ」が → 「あぜ」と転訛して「あぜ」が崖を意味していると考えられます。以上のことからアゼトウナという植物名は、崖に生える中国の菜のような植物という意味であろうかと思われます。大昔にこの植物を命名した人はアゼトウナの生育環境をよく観察していた…、と言えそうです。

石垣の花
↑これがアゼトウナの特技です。垂直の崖であろうと、石垣のわずかな石の隙間であろうと、こういうところを好んで生えてきます。ど根性アゼトウナです。普通の植物にとっては過酷な場所なのだろうと思いますが、考えようによっては競争相手がいません。アゼトウナ一人の独壇場といえましょう。潮風にも強くて塩害などものともしません。海岸の絶壁がアゼトウナの安住の地なのでしょう。

アゼトウナは海岸だけでなく、海抜100m付近までみられますが、生育している場所はほとんどが崖かそれに近い状態のところです。他の植物がよく繁茂するような土壌が厚く湿潤なところではダメみたいです…。
この国は、植民地への道をまっしぐらかも?      ――意図的な誤訳を弄する政府――
さる11月1日に国民新党・新党日本を代表して田中康夫氏がおこなった代表質問は、発音も明瞭で聞きやすく、舌鋒鋭く対米隷属・政官業の癒着構造に縛られた野田政権の暴走を糾弾しています。衆議院本会場での万雷の拍手を聞くと、国会議員の多くもTPPに反対であることが良く分かります。(出席議員の何パーセントが拍手したのか定量的には不明ですが)田中康夫さんの代表質問はとても素晴らしいものです。動画を視聴しても、また、その原稿を読んでも素晴らしく、ほれぼれとします。

2011年11月1日 衆議院本会議 田中康夫氏の代表質問
10月1日の田中康夫氏の代表質問の原稿

さて、田中康夫さんの原稿の中に次のようなくだりがあります。

『TPP=環太平洋戦略的経済連携協定と邦訳されているのに、その環太平洋の一員のカナダもメキシコも、中国も韓国も台湾も、更にはインドネシアもヒィリピンもタイも参加しません。いいえ、参加すらアメリカから求められていません。
だから、環太平洋の「環=輪っか」を意味するPan―Pacific、PPPでなく、太平洋の向こう側のTrans―Pacific、TPPなのです。詰まり「環太平洋」は羊頭狗肉。日本政府の意図的誤訳ではありませんか?』

これは田中康夫氏のオリジナルではなくて、TPP反対派が指摘していたことです。まったくその通りであります。政府は、イメージ刷り込み作戦をやっています。事実上は日米貿易協定なのにもかかわらず、太平洋を取り囲む国々が皆参加するかのように誤魔化して、マスゴミを使いわれわれ愚弄なる国民に誤ったイメージを植え付けようとしているのです…。そもそも、反対派の人々の主張は数字や実際例を挙げていて具体的です。一方推進派たちの主張はかなり抽象的かつイメージ先行的です。「平成の改革だ」「世界の流れから取り残される」「アジアの生長を取り込むのだ」などの言葉が連呼されていますが、まさにイメージ刷り込みそのものです。

さて、TPPは、「Trans-Pacific Partnership」の略です。
2005年7月18日にシンガポール・チリ・ニュージーランドが調印し、さらに2週間後ににブルネイが調印して、2006年5月に発効した頃は「Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement」で、TPSEPと略したようです。それが更に簡略化されてTPSEP → TPPになったようです。報道機関は各社まちまちな日本語訳を使っていて、定訳というのはまだなさそうです。
道浦俊彦氏 新・言葉事情『TPPの日本語訳』2010.11.19 TPPの日本語言い換えは各社まちまち…
TPPの日本語言い換えが報道機関各社まちまちなのは、まあ、良しとします。しかし、“意図的誤訳” だと批判されている「trans」が問題で、その意味を辞書で調べてみました。

transの意味 研究社 新英和中辞典 Weblio辞書

【接頭辞】
1「越えて」「横切って」の意。 用例 transmit
2「貫いて」「通って」「完全に」の意。 用例 transfix
3「他の側へ」「別の状態[所]へ」の意。 用例 translate
4「超越して」の意。 用例 transcend
5「…の向こう側の」の意。 用例 trans‐Caucasian コーカサスの向こうの。

辞書の説明はみな重複しています。その言葉の原義というか、どういうイメージをあらわしているのかを考えますと、そもそもこちら側(此岸)と向こう側(彼岸)があります。その双方の間には、物理的な隔てや障害があったり、状態の相違がある…。そしてその双方の隔てを乗り越える…、というようなイメージだと思います。その乗り越えてという場合、一方通行なのか? 双方向なのか? はネイティブでないので分かりません。が、双方向じゃないのかな? 

大陸間横断鉄道(Transcontinental Railroad)は、transという接頭語が付いています。アメリカの大陸横断鉄道は、米国東部の人が西海岸に行くこともあれば、逆のこともありましょう。まさか一方通行などと言うことはないでしょう。ならば、transは双方向なのではないか? (勝手な解釈です。)

どう見たって、「trans」を環=輪・円環・リングと解釈するのはおかしいです。やはり政府を操る官僚たちの意図的な誤訳であろうかと思われます。

●「trans」のイメージ。
transのイメージ
↑他所のブログの写真を勝手にお借りしました。(その代わり私の写真をどなたでも自由に使っていいです。拙ブログの写真は小さく圧縮しているので、御入用ならば元の写真データをいつでも差し上げます)transのイメージはこれでしょうね。西と東の間には、荒野や砂漠や山脈が立ちはだかり、東西を分断しています…、その分断を、越える、横切る、貫いて向こう側に、というイメージですね。

●「環」のイメージ。
「環」のイメージ
↑ウキィペディアから写真をお借りしました。環状列石です。不思議な石が円環に並べられています。これが「環」ですね。
これは「環」そのもの
↑これは「環」そのものです。金環日食です。輝くダイヤモンドリングです。

★「TPP」を「環太平洋戦略的経済連携協定」などと訳すのはやはりイメージ操作を狙った意図的誤訳です。で、わたくし山のキノコが適切な訳を考案しました。

1.太平洋横断戦略的経済連携協定(これが最適の訳です)
2.太平洋渡渉戦略的経済連携協定(渡渉・としょうは、渡る意味)
3.貫太平洋戦略的経済連携協定(貫・かんはカンでも、太平洋という
  隘路をつらぬいて連携友好しようと言う意味です)


この国は、植民地への道をまっしぐらかも?      ――宗主国の穀物生産は、かなり不安定だ――
どうやら、この国の政府は植民地になりたがっているようです…。多くの国民大衆はTPP協定の胡散臭さに気づいて、各界各層で反対の声が挙がっております。ネットの言論でも反対が圧倒的に多そうな感じがいたします。けれどもTPPの交渉に参加するかどうかは政府(首相)の専権事項のようで、もはや止める手段がありません。民意と言う有権者の意思を無視して暴走するのであれば、もはやこの国の民主主義は死んだと言わざるをえません。

さて、このまま政府が暴走すれば、この国の農業は根底から破壊されて食糧自給率は絶望的に低下するでしょう。食糧という “生殺与奪権” を他国に完全に握られてしまったら、もはやこの国は独立国ではありません。衣類ならば古着でも、つぎあてでも凌げますし、住居が少々雨漏りしても隙間風が入っても命には別状ありません。しかしながら食糧はそうはまいりません。食糧補給路が断たれたならば事態は深刻です。

で、われわれ日本人1億2千万人余りが依存を強いられるところの、アメリカの食糧生産事情がどうなのか資料に当たってみました。アメリカ合衆国の穀物(大豆・小麦・トウモロコシ)の生産量の経年推移を調べてみました。FAOのHPでは数字の羅列ばかりなので、一目でわかるように簡単なグラフに加工しました。アメリカの穀物生産が順調であるならば、たとえ植民地になってもそれほど心配はいらないでしょう。しかし旱魃・水害・病虫害・社会の動乱などで穀物生産に波乱があれば、われわれ日本人は、もとい、植民地人には厳しい事態となるでしょう。これからは米国の農業動向・気象・国際関係に重大な関心を持たざるを得なくなりますよ……。

FAO(国際連合食糧農業機関)のホームページです。このページで世界各国の作物ごとの農業生産高・農業生産額などが検索して詳しく閲覧できます。

アメリカの穀物生産量の推移 (大豆と小麦)
↑大豆(soybeans)は傾向としては順調に生産を伸ばしています。1970年には、3067万5200トンから2009年には9141万7300トンまで39年で3倍の増産です。見事な増産です。しかし毎年の変動が大きいです。前年比20%ぐらいの減産はしょっちゅう起こっています。

小麦(wheat)は1981年に7580万6300トンのピークを記録して以降は、28年間停滞しています。しかも毎年の変動が大きすぎます。この20~30年は下限4370万トン、上限が7429万トンの間をさまよっています。2~3年連続の減産で40%の減収も起こっています。こんなのに依存して大丈夫なのか?

アメリカの穀物生産量の推移 (トウモロコシ)
↑トウモロコシ(maize)の生産は雄大な右肩上がりのトレンドを描いています。1970年の1億0547万1000トンから、2009年には3億3301万1000トンまで3倍強の増産です。見事です。問題は毎年の変動が大きすぎです。1982年の2億0918万トンから翌年には1億0603万トンまで半減! こういうことが現実に起こっているので、かなり危なっかしいです。

●さて、宗主国の穀物生産の経年変化を見ましたが、安定的な生産が出来ているのならばそれほど心配ないかもしれません。しかし毎年のバラツキがかなりあります。ついでにロシア・中国・ブラジルなど世界の農業大国のデータも閲覧したのですが、どこの国も穀物生産は毎年のバラつきが大きいです。

★で、世界各地での穀物生産の激減が重なるという事態は起こりうると思います。そうなるとシカゴの商品相場は急騰、世界は大混乱です。どんなに宗主国との関係が良好でもモノが不足すれば融通してくれません。また、モノが豊富にあっても政治の意向しだいでは、融通してくれない場合もあります。トウモロコシを主食にしているメキシコでは、3年ほど前にアメリカからのトウモロコシの輸入が止まり餓死者まででました。アメリカ政府がトウモロコシをバイオ燃料の原料に回したためです。そのころのトウモロコシの生産は3億トンを越えて過去最高水準です。不作であったわけではありません。このような現実を見れば、食糧を全面的に宗主国に依存するのは極めて危険でありましょう…。
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