雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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種子の出来ない「3倍体オニユリ」は、クローン大作戦で殖える…
どこにでもある普通種のオニユリです。諭鶴羽山系の麓の人家近く、林縁とか田畑のあぜのような所、谷川の土手とかにあります。意外に多いのが海岸です。砂浜海岸の植物は帯状分布ですが、その安定帯~木本帯にかけてオニユリが生育しているのをよく見ます。ただ近年はオニユリが減ってきたかなという印象はします。昔はそれこそいたるところにあったような記憶がします。

オニユリは古い時代にその鱗茎を食用とするために、中国あたりから導入された渡来種であるという説が有力らしいです。たしかに人家近くに多いからそうかもしれません。山の上には近縁のコオニユリはあっても、オニユリはありません。昔、滋賀県の伊吹山(1377m)に登ったら山頂の草原にコオニユリの大群落がありました。

オニユリ……葉の付け根にムカゴがある。種子ができない。
コオニユリ…葉の付け根にムカゴがない。種子ができる。

これが見分けるポイントとされますが、諭鶴羽山系周辺はおろか淡路島にはコオニユリは自生していません。ところが不思議なもので、私の住む南あわじ市にはムカゴのないコオニユリの自生はありませんが、鳴門海峡を渡った徳島県の鳴門市大毛島にはコオニユリがたくさんあります。わずか1300mの海峡をはさんでフロラ(植物相)がずいぶんと変わるのは面白いものです。なにか地史的なものが関係しているのでしょうか?

オニユリ
↑オニユリはこの写真のように、数株から多い時には30株ぐらいの集団になって生えていることが多いです。何らかの経緯でここに最初の1個体がやって来ると、ムカゴを生産します。そのムカゴは風で散布するわけでもなく、動物の毛に付着して運んでもらうのでもありません。ブナ科のドングリがポロリと落ちるように、風でオニユリの茎がゆらゆらと揺れるとムカゴが親株の足元に落ちるだけです。なんとも芸のない散布のしかたです。ちなみに「ユリ」と言う言葉の語源は、「揺る・ゆる」という動詞の連用形の「揺り・ゆり」を名詞に転用したものだとされています。親株の周囲にしかムカゴが落ちず、しかもムカゴの生育・生存率が高いのがオニユリの集団ができる理由ではないでしょうか?

葉腋にムカゴができる
↑オニユリには葉腋(ようえき・葉の付け根)にムカゴができます。写真では分かりにくいのですが、葉の付け根の黒っぽいものです。濃い紫色で小豆から大豆ぐらいの大きさです。このムカゴで栄養生殖をします。オニユリは染色体の研究から3倍体であることがよく知られています。3倍体であるから減数分裂がうまくいかず、種子が出来ないとされています。実際に花後の子房を観察しても、少し大きくなるだけでやがてポロリと落ちてしまいます。種子どころか果実自体ができません。ただし、たまに果実ができているのも見ます。

それで、繁殖して仲間をふやすには種子ではなくムカゴで殖えます。ムカゴは葉腋にできた腋芽(えきが・葉の付け根から出る芽)が発達して鱗茎状になったものです。もともと親株の一部ですから遺伝的には親株と相同であるハズで、ということはクローンであります。種子のできないオニユリは「クローン大作戦」で殖えるということになります。

●さて、北海道から九州まで日本全土に分布するオニユリは、種子ができない3倍体のものであるのはよく知られています。しかし対馬にあるものだけは種子のできる2倍体のものです。対馬のオニユリは75%の個体が2倍体、25%が3倍体らしいです。種子の出来る2倍体のものも、自分の花粉で自家受粉できない自家不稔性の傾向が強いらしいです。有性生殖で殖えるために、対馬のオニユリは遺伝子の多様性があり、変異に富んでいるらしいです。変異に富んで個性豊かな対馬の2倍体オニユリには、黄色の花の黄金オニユリがあるのは園芸の方面ではよく知られています。

『対馬植物図鑑』オウゴンオニユリ保全計画
↑この対馬の自然を護る方々の素晴らしいサイトを拝見すると、個性豊かな2倍体オニユリや黄金オニユリの写真が見られます。クローンではなく有性生殖して殖えるのが多様性を生み出しているのです。個性豊かとか多様性とかは極めて重要で、世の中みながみな同じことを言いだすのは気持ち悪いし、危険でもあります。多様性を排除して世が一色に染まるのは恐ろしいことです。どんなに少数意見であっても、反対論・否定論・懐疑論にもしっかりと耳を傾けないと、この社会はまた同じ過ちを犯しそうな気がしています……。

●ところで、オニユリの英語名はタイガーリリー(tiger lily)ということですが、花被が、オレンジ地に暗紫褐色の斑点があるのがトラのようだと言うのです。なんか、おかしくないか? トラはふつう黄色地に黒の縞が入るような姿です。オレンジ~赤色に斑点ではトラを連想しません。黄金オニユリは国外流出してヨーロッパにも渡っているようです。で、黄金オニユリを見てタイガーリリーだと言っているのではないか?
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「在る」ということと、「無い」ということ。
ユリ科のウバユリです。別に珍しいものではなく、林縁などどこにでもあります。ユリ科植物はササの葉のような細長い葉が多いのですが、ウバユリの葉は幅が広いハート型で、その意味ではとても珍しいです。さらに、ユリ科の属する単子葉類では葉の葉脈は平行脈なのに、ウバユリは網目状の葉脈であるのは稀有なものです。身近でありふれた植物なのですが話題に事欠きません。

関東以西の本州(とくに太平洋側)・四国・九州にあるものは草丈が小さく、中部地方の高地から東北・北海道にあるものは巨大になり草丈はときには2.5m、花が30個もつく場合があるそうです。それで変種のオオウバユリとされるのですが、大きさ以外の違いが全くなく、ウバユリとオオウバユリの分布の境界では中間型もあり、オオウバユリの分布域でも海岸とか場所によっては小さい物もあるということで、同じものではないか? という議論もあるようです。同じものだけれども雨量とか気温とかの違いで大きさが変わるだけではないか、ということらしいです。そう言えば、淡路島では小さなイタドリも東北へ行けば巨大な葉のオオイタドリになるし、淡路島ではせいぜい30~40㎝のフキも秋田県では2mのアキタブキになってしまいます。

ウバユリは「1回繁殖型の生活史」をとる多年草です。平たく言えば、その植物が一生の間に1回だけ花を咲かせて結実し枯れてしまう。そして種子によって新しい個体が再生するという植物です。有名なものはタケやササです。数十年に1回だけ花を咲かせて一斉に枯れるというのは良く知られています。(ただしタケ・ササ類の「1回繁殖性」は確認されたものでなく、たぶんそうだろうということになっているだけで、それは違うという報告もあるようです)ウバユリはどれぐらい生長した時、あるいはどういう条件のとき開花するのか? ということが観察するひとつのポイントではないでしょうか。

ユリ科ウバユリ
↑花は5、6個つきます。白~薄緑色で清楚で上品な花です。ケバケバしさがないのが、とてもいいです。他のユリ類のように花被片がそりかえって咲くという派手さがありません。何事もひかえめで奥ゆかしさを美学とする我が日本人の民族性を象徴しているみたいです。

ウバユリの花の内部
↑花被片は6枚あります。花があまり咲かないので、上の3枚を強引にめくって花の中をのぞきました。花被片の内側には濃い褐色の汚れがあります。雄蕊(おしべ)は6個あるのですが良く見ると長短ふぞろいです。不ぞろいなのは何の意味があるのでしょうか?

ウバユリの葉
↑ウバユリは姥百合だとされます。花が咲くころには葉が枯れて無くなるから、葉がない = 歯がないと掛けて姥百合だ、ということらしいですが考えたらひどい和名です。でも、写真のものは傷んではいますが、まだ葉があります。

●さて、ウバユリの淡路島での地方名(方言)は「カタクリ」です。全島的にウバユリのことをカタクリと言っています。おそらく、ウバユリの鱗茎(百合根)から上等な澱粉が採れるから、澱粉 = カタクリ粉で、カタクリと言ったのではないか? と思います。ウバユリは上等な山菜でもあります。春の若葉のおひたしはほろ苦さがありますが美味いです。

●何年か前に、中学校で理科を教えている某先生と植物の話をしたときに、淡路島にカタクリが自生していると言いだしました。私が「それはウバユリではないか?」というと、「いや、本家のカタクリだ。春先に赤紫の可憐な花の咲くカタクリだ」と言い張るのです。しかし、よく話を聞くと「植物に詳しい人がそう言っている」というのです。つまりその先生がカタクリの自生を確認したのではなく、あくまで伝聞なのです。自生場所を聞くと諭鶴羽山系の裏側で南あわじ市神代だというのです。もしカタクリが自生しているのならば淡路では開花期は3月下旬~4月上旬ぐらいであろうと見当をつけて、私は3年間捜しましたが発見できませんでした。

●おそらく、淡路島にはカタクリは自然分布していないだろうと思います。そもそも淡路島にはカタクリの自生する夏緑樹林という環境がほとんどありません。カタクリは早春に芽を出しすぐさま開花し、夏緑樹林の葉が茂るころには枯れて地下茎の状態で翌年の春が来るのを待つ…、という植物です。暖帯照葉樹林の多い淡路島では生存するのが難しいハズです。

●で、「在るということ」と「無いということ」です。
「在る」ということを証明するのは、比較的に簡単です。草の根を分けてでも、なんとしてでも、そのものを見つけさえすればいいのです。

しかしながら、本当に「無い」ということを証明するのは難しいです。その事象について全ての場所・要素を漏れなく調べる全数調査(悉皆調査)が必要だからです。淡路島にカタクリが自然分布していないということを証明するのは大変なことです。淡路島は約600平方キロメートルあります。たとえば10m四方の調査区をつくれば、全島で600万個の調査区になります。10m四方の調査区の中のカタクリの有無はすぐ調べられるでしょう。100の調査区ぐらいなら行けると思います。600万個の調査区といっても市街地とか田んぼとか明らかに無い調査区もありましょうから、半数の300万個ぐらいに絞ることは可能だと思います。それでも100万単位の調査区を全数調査するなど絶対に不可能です…。

●あえて淡路島にカタクリが自然分布していないことを証明してみましょう。数学の背理法を応用して証明します。ここに、淡路島にカタクリが自生(自然分布)するという命題があります。この命題が真か偽か、もし真であると仮定したならば矛盾が生じることを示せばいいのです。その矛盾が生じたのは、この命題を真であるとしたのが原因であるから、この命題は偽、つまり淡路島にはカタクリは自生しないと証明できます。

淡路島にもしカタクリが自生するのならば、標本が採取されるハズです。100年ものあいだ、専門家だけでなく熱心なアマチュアも参加して大勢が植物調査・採集がなされ、膨大な標本が集積しています。しかしながら、標本の保存機関である自然史博物館にも大学等植物学教室の標本庫にも、淡路産のカタクリの標本はなく、ゆえに兵庫県植物目録にも淡路産カタクリが収録されていません。これは淡路にカタクリが自生するという命題を真としたために生じる大きな矛盾です。よって、ここに淡路島にはカタクリは自生していないことが、証明できました。

『兵庫県レッドデータブック2010』ではカタクリはCランクの貴重植物ですが、淡路島にはありません。
↑これを見ても分かる通り、淡路島産のカタクリの標本は採取されていないので、淡路島はカタクリの分布空白地です。淡路島にカタクリがあると言うためには、植物地理学など学術的にはそれを裏付ける標本の提示が必要なのです。でなければ軽々しく「ある」などと言ってはいけないのです……。
暑中お見舞いは、タラヨウの葉で出すのはいかが?
モチノキ科のタラヨウです。「はがきの木」としてよく知られています。郵便局を新築したばあいには、記念植樹でタラヨウの木を植えるのだそうです。諭鶴羽山系ではかなり少ない樹木で、鮎屋水系と猪鼻水系の奥に少しある程度です。『日本の野生植物』によると、タラヨウという名は、その葉に経文を書く仏教の聖木の多羅樹になぞらえたものです。多羅樹はヤシ科のタリポットヤシのことらしいです。またタラヨウの分布は静岡県以西の本州・四国・九州で、中国中部にもあるということです。

多羅樹というのはインド~スリランカに原産するヤシ類では最大の樹高25~30mに達するタリポットヤシのことで、この葉に経文を写経するようです。

寺院にタラヨウを植えることが多いそうですが、本来ならばタリポットヤシを植えるべきところ、温帯の日本では熱帯のヤシが育たないから、その代わりに葉に文字の書けるタラヨウを植えているのではないか?

モチノキ科タラヨウ
↑タラヨウの枝葉ですが、異国情緒の漂う樹木です。葉が大きくてヒトの手の平ぐらいあり、革質でとても厚くテカテカと光沢があります。まるでゴムの木の葉を少し小さくしたような感じです。ちょっと見は熱帯植物みたいに見えます。葉の縁には粗くて尖った鋸歯があります。

タラヨウの葉に字を書く
↑タラヨウの葉は硬いものでなぞると、なぞった軌跡が茶色~黒に変色する面白い性質があります。色々と条件を変えて文字を書く「筆記実験」をしてみました。つまようじの先とか、もしあれば硬筆とか、インクの出なくなったボールペンなどを用いるといいでしょう。文字を葉の裏側に書きます。書いた後に5分ぐらい経つと「あぶりだし」みたいに文字が浮かんできます。 (筆記用具のインクによる字ではありません。葉そのものが変色しているのです)

左の葉……今年出た新しい葉。採取したての生葉に書いた。
     文字の色がえび茶色で薄い。
中の葉……今年出た新しい葉。2日置いて半乾きの葉に書いた。
     文字の色がえび茶色でやや濃い。
右の葉……去年出た古い葉と思われる。2日置いて半乾きに書いた。
     文字の色がかなり黒っぽい。

(写真にはありませんが、去年の古い葉の生葉では、文字の色はえび茶色で薄いです。左の葉と変わりません)

以上のことから、タラヨウの葉に文字を書くには、去年の葉を用いて、生葉ではなく半乾きにしてから使用するのがいいです。ただし去年の古い葉は、葉の裏面の色がやや濃く、しかもキズとか汚れが多いので綺麗な葉を採取する必要があります。定型外郵便として切手を貼ればハガキとして通用するらしいです。

●日本の郵便制度が発足したのは1871年(明治4年)で、2年後の1873年に最初の「郵便はがき」が発行されました。はがきを「葉書」と書くようになったのはそれ以降のことです。近代郵便制度の創設者の前島密(まえじま・ひそか)が考案したらしいです。タラヨウの葉に書く「葉書」という言葉があってそれを採用したのか? 葉書という新用語を考案してから、葉に文字が書けるタラヨウを、“はがきの木” にしたのか? いろいろ諸説あるようです。

●江戸時代は、「はがき」は「端書」です。以下、『日本国語大辞典』から引用です。

① 【端書】 紙きれを用いて書いた文書・書類。
 ア 江戸時代、検見直後に代官などによって発せられた仮の徴税令
   書。早急に徴税するために年貢の正式な目録が出される前に年
   貢割付を記して村方に出された書付。仮免状。
 イ 転じて、督促状・催促状。
 ウ 署名のある書類。

② 【羽書・端書】
 ア 江戸時代、伊勢国(三重県)地方で通用した紙幣。慶長・元和
   (1596~1624)の頃、その地の有力な商人たちが信用を基盤
   として発行したもの。寛政2年(1790)からは幕府の山田奉行
   が発行全般に関与し、明治初期まで発行が続けられた。
 イ 江戸時代、銭湯などの代金を前納している人に渡しておく小さ
   な紙片。湯札。

③ 【葉書・端書】「郵便葉書」の略、第二種郵便に使用する一定規
   格・様式の通信用紙。

●沢山挙げられている用例は割愛しました。しかし、坪内逍遙の『当世書生気質』の中に「端書の一本も下さらないとは」という用例があるようです。ということは、この小説が発表された明治18年の前ごろは、「はがき」を「端書」と表記することもあったことを示しています。

●郵便「はがき」が誕生したころ「端書」と言うのでは、紙切れ・切れ端に書いた通信文みたいで重みがないから、「葉書」と言おうと考案したものの、つい、うっかりと昔の表現が出てくるのでは? 南あわじ市になって何年も経つのに、いまだに三原郡と言うみたいなものか?

で、郵便「はがき」を「端書」と言っていたのを無理やり「葉書」と言いかえて(書き替えて)、そののちに葉に文字が書けるタラヨウの木をこじつけで “はがきの木” にしたのではないか? と見ます。
諭鶴羽神社の社叢に、タブノキ林が発達する理由(その2)
タブノキ型林の群落生態学的研究Ⅰ. タブノキ林の地理的分布と環境
タブノキ型林の群落生態学的研究Ⅱ. タブノキ林の地理的分布と立地条件

主に服部保先生の論文を参考とし、また他の研究者の論文も閲覧して、タブノキ林(あるいは単木のタブノキ)がどのような環境・条件に成立するのか箇条書きにすると、次のようになりましょう。
  ―――――――――――――――――
●水平分布  タブノキは琉球列島~東北地方まで分布します。北限は日本海側では秋田県、太平洋側では岩手県までです。最寒月の月平均気温が11℃~1℃の範囲に分布します。北限の1℃のところでもタブノキ林が成立します。
●垂直分布  九州南部(宮崎県)では海抜600メートルがタブノキ林の成立する上限です。それは最寒月の月平均気温が3℃のところで、タブノキが林ではなく単木であるならばもう少し上の1℃のところまで生育します。
●タブノキは耐塩性植物で潮風に強くほとんどが沿海地に分布しています。内陸部には滋賀県の琵琶湖周辺などごく一部にあるだけです。7~8割の個体が海岸から1㎞以内にあります。
●瀬戸内海沿岸地方には、タブ林はなく単木もほとんど見られないです。これは夏に発芽するタブノキの実生が、夏に乾燥する瀬戸内気候では育たないからです。
●タブノキは年平均降水量が1600mm以上のところに分布します。雨量因子が100以上のところに自生するとされます。
  ―――――――――――――――――
さて、簡単な考察です。キーワードは「雨量因子」です。「雨量因子」とは年平均雨量を年平均気温で割ったものです。簡単に算出できます。この雨量因子が100(これは指数です)以上のところにタブノキが分布するというのです。これは服部先生ではなく山中先生が書いています。

気象庁の種々の気象要素の観測統計データでは、この5月から新しい平均値(1981年~2010年の30年平均)に切り替わっていますが、淡路島各地の「雨量因子」の指数を算出してみます。

洲本 1406(㎜)÷ 15.5(℃)= 90.7
郡家 1098(㎜)÷ 15.9(℃)= 69.0
南淡 1223(㎜)÷ 16.3(℃)= 75.0

むかしの区内観測所時代のデータをみると、(1951年~1976年の平均ですが)

灘  1396(㎜)÷ 16.1(℃)= 86.7
三原 1486(㎜)÷ 15.9(℃)= 93.5
志筑 1387(㎜)÷ 16.0(℃)= 86.6
富島 1258(㎜)÷ 15.7(℃)= 80.1
洲本 1651(㎜)÷ 15.8(℃)= 104.5

このように淡路島全島が雨量因子の指数が100以下で、瀬戸内気候の支配下にあり、タブノキの分布域から外れてしまいます。しかし、三熊山にある洲本測候所のデータでは昔は雨量因子が100を超え、年平均降水量が1600mm超と、タブノキ林成立の必要条件をクリアしています。

国土交通省の『川の防災情報』サイトでの観測データをウォッチしていると、諭鶴羽山系の東側の雨量が多くなる傾向があります。海洋性気候の影響が、紀淡海峡を通って淡路島の東部の洲本市に及んでいるような感じです。逆に山系の西側や播磨灘沿岸は乾燥する傾向です。

淡路島東部の洲本市三熊山・由良天川・洲本市先山にタブノキの自生が知られていますが、この3自生地周辺には、若干の海洋性気候の嵌入(かんにゅう)のため多雨・湿潤になっていることで、タブノキの生育を可能にしていると考えられそうです。

さて、ここで大胆な試算ですが、諭鶴羽神社のタブ林の場所の「年平均気温」と「雨量因子」を推定したいと思います。

洲本測候所の平均気温15.5℃、海抜109m、区内観測所の灘の平均気温16.1℃、海抜30m、気温減率0.6℃/100m、そして諭鶴羽神社境内の海抜517mで計算すると、13.052℃、13.178℃が得られます。
また、山の上と平地では気温の日変化や季節変化がかなり異なります。近県の山の観測所の生駒山の年平均気温11.9℃、海抜626メートル、高野山の年平均気温10.9℃、海抜795mから推定しますと、12.554℃、12,568℃が得られます。おそらく諭鶴羽神社境内の年平均気温は、夏が非常に涼しいところなので高野山からの推定値に近いと思います。大雑把に言って13℃でしょう。

次に『川の防災情報』観測所の過去の観測統計が手に入らないので、これも大胆な推測です。
今年の入梅から現在までの積算雨量は、灘土生が695mm、諭鶴羽山が921mmです。山の方が32.5%雨量が多くなっています。長期的にもおそらく3割増しというのが妥当なところでしょう。
区内観測所時代の灘(土生)の年平均降水量は1396mmで、これに1.325を乗じると1849mmが得られます。雲霧帯にあるため樹雨(きさめ)現象が起こり、さらに降水量が増えている可能性があります。で、境内地の年平均気温を13.0℃として計算すると、雨量因子は142.2という数値になります。

●まとめとして、灘海岸にはタブノキが全くみられないのに、諭鶴羽神社の社叢には何故タブノキ林が発達するのか? ですが山麓の灘海岸は雨量因子が80台でタブノキの生育に適さない気象条件であるのに対し、神社境内地では雨量因子が推定140ほどのタブノキ生育適地になっているのが、最大の要因であろうかと思われます。

●それと注目すべきことは、神社境内地の最寒月の月平均気温は推定3℃程度で、垂直分布の上限ぎりぎりのところで成立した立派なタブノキ林であると言えましょう…。諭鶴羽神社のアカガシ林のみが話題になりますが、同じところに立派なタブノキの極相林があるのにも目を向けたいものです。

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↑ちょっと見にくい図になりました。あまり精確な図ではありません。そもそも観測所の数が少なすぎます。淡路島に100ヵ所ぐらいの気温・雨量観測所がほしいところです。で、おおよその傾向はこんなものだという模式図です。

青い丸4個がタブノキ自生地です。諭鶴羽山のものは立派な林ですが、他のところのものは個体数が少ないです。夏に紀伊水道から暖湿気流が淡路島の東部に流れ込んで、島の西側より東側が湿潤となる傾向です。柏原山にタブノキが見られないのは(よく捜せばあるかもしれませんが)、乾燥気候に適応した硬葉樹林のウバメガシが多いのを見ても分かる通り、たとえ雨量が多くても、岩角地とか痩せ尾根など土壌が乾燥しやすい地形・土質のためではないか? という推論ができそうです。

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↑今日(7月25日)も諭鶴羽山は雲の中です。諭鶴羽山の南側麓の南あわじ市灘黒岩の海岸から山を仰ぎました。海抜300mあたりが雲底です。谷間から山頂に向かって強い上昇気流が生じています。乾燥断熱減率=1.0℃/100m、湿潤断熱減率=0.5℃/100m、諭鶴羽神社境内の海抜500m、雲底300m、として計算すると境内の気温が海面よりも4℃低下する勘定になります。しかも境内では雲の中に入って日射が遮断されるので、日中の気温があまり上昇しません。したがって夏がとても涼しいところとなるのです。

諭鶴羽神社の社叢に、タブノキ林が発達する理由(その1)
諭鶴羽神社の境内の周囲にはタブノキの大木があります。20~30本ありましょうか。直径1mほどもある立派なものもあります。境内地の周囲や駐車場の周りに自生しているのです。そして山全体を観察すると、諭鶴羽山の海抜400~520mぐらいの狭い帯状の範囲にタブノキの自生が沢山見られます。神社の社有地の外では、大木はあまりありませんが、それは昭和30年代の燃料革命が起こる以前には、炭焼きのために定期的に伐採されていたためです。しかし最後の炭焼きが終わってから早40年が過ぎました。これからはタブノキの大木が育つことと思います。

タブノキの大木
↑この写真の一番手前の個体は、胸高(地上1.3m)の幹の周囲が279㎝でした。樹高は目測で12~13mぐらいです。

タブノキの枝葉
↑緑色の小さな丸いものが果実です。まもなく黒く熟して落ちます。落ちたら種子が休眠することなくすぐに発芽します。もし土が乾燥していたならば発芽しても育たないです。跡継の幼木が育つかどうかのカギは夏から秋の土壌の湿潤さにありそうです…。

諭鶴羽山の山頂付近の地形図
↑国土交通省・国土地理院の『電子国土ポータル』より。諭鶴羽山(607.9m)の山頂直下、南斜面の海抜520mほどのところに諭鶴羽神社があります。熊野大社の本家(元宮)と言われ、とても由緒のある静かなお宮さんです。夏はとても涼しいところです。

タブノキの大木の自生場所
↑これも『電子国土ポータル』より。薄緑のものが諭鶴羽神社の建物です。赤の破線で囲った部分がアカガシの優占する社叢林です。社叢林は海抜510~577mの範囲にあります。面積は約2.15haです。アカガシは赤の破線の内側全体にあり、高木層はすべてと言っていいぐらいのアカガシの純林になっています。

図中に藍色の点でプロットを入れたのがタブノキの大木です。個体ごとに全部をプロットしました。516.9という標高が記されている場所が境内です。タブノキの大木は境内をはさんで、2つの集団に分かれています。西側に7個体、東側には(孤立しているものも含めると)20個体あります。

●このタブノキの集団について、ごく簡単にですが調べてみました。幹の胸高周囲をすべて測ってみました。すべてを列挙すると次の通りです。(単位は㎝)

西側の集団 162・216・227・258・270・272・279
東側の集団 88・109・123・135・138・141・144・155・161
      181・213・219・220・228・232・245・259・279
      293・310

●階級別に分けると
50㎝  ~  99㎝  1個体
100㎝ ~ 149㎝  6個体
150cm ~ 199㎝  4個体
200㎝ ~ 249㎝  8個体
250㎝ ~ 299㎝  7個体
300㎝ ~ 350㎝  1個体

●幹の直径が1m(周囲314㎝)を越えるものはありませんでした。が50~90㎝の直径のそれなりの大径木はたくさんあります。樹高は3mの竹竿を根元に立てかけ物差しとし、その木から少し離れて目測しました。ほとんどの個体が幹の太さに関係なく12~15mの範囲にあります。ということは、ある程度の樹高に達すると、あとは横に広がるだけ…、ということを示しています。タブノキが高木層を形成し、亜高木層と低木層にはイヌガシ・ヤブニッケイ・ヤブツバキがやたらに多いです。タブノキの後継者になる幼木は全く見られません。
なお、調査したのは神社の敷地内のみですが、タブノキが他にないのではありません。山の中腹400m以上に沢山見られます。それに言及しないのは調査しきれないからであります。

●アカガシとタブノキは、まるで “棲み分けて” 居るかのごとく画全と分かれて自生しています。タブノキの中にはアカガシが混在せず、またアカガシの中にはタブノキは全くありません。一体これは何を意味するのでしょうか?

さて、前から気になっていたのですが、諭鶴羽山には山頂直下の海抜400~500mのところにタブノキ林が発達していますが、麓の灘海岸にはタブノキが全くありません。普通はタブノキ林は海岸近くの湿ったところなどに発達する、暖帯照葉樹林とされるのに、諭鶴羽山ではなぜ海岸近くにないのか? 不思議です。長くなるので、次回のエントリーでその要因を素人なりに考えたいと思います。
台風の恩恵
当たり前のことですが、ものごとには功罪相反する二面、あるいはそれ以上の多面性があるのは申すまでもありません。ものごとは1面だけ見てもダメで、2面も3面も観察する必要があります。さて、台風マーゴン(T1106)は去りましたが、この台風は罪よりも功のほうが予想外に大きかったといえましょう。

●台風マーゴン(T1106)の功績を挙げてみましょう。(拙ブログでは罪の部分は言いません。それはマスゴミが言うから、なにも私ごときまでがマスゴミに追随して言う必要など全くないわけです)

★功績①、気温が見違えるようにさがりました。猛暑は一段落つき、関東・東北・北海道は朝晩は寒いぐらいです。エアコンをつけなくても凌げるから、電力不足に貢献します。(政府や東電など原発利権推進者たちは、大停電が心配でたまらないのだから、まだ南東海上にいる台風マーゴンに向かって感謝の合掌をしなければならない)

★功績②、ダムが満水になりました。日本海側は雨が少なかったですが、太平洋側は十分に雨が降り、どこのダムも満々と水を湛えています。とうぶん飲料水も工業・農業用水も需給が緩和され大丈夫です。なによりも水力発電がフル稼働できます。ありがたいです。この面からも停電が心配な原発関係者たちは、台風マーゴンに感謝再拝しなければなりません。

★功績③、一時、第二室戸台風(上陸時925hpa)の再来か?などと不安を煽る報道もありましたが、フタをあけてみると、大山鳴動してネズミがせいぜい2、3匹でした。あっけないぐらい風が吹きませんでした。暴風による被害を回避できたというのも、いちおうは功績です。(ネガチィブな功績と言うべきか?)

2011.07.21. 午後2時の気温分布
↑気象庁のHPより。7月21日午後2時の気温分布です。気温を観測しているアメダスは約850か所あります。気温が30.0~34.9℃の階級にある観測所は101ヵ所です。わずか12%しかありません。この2時正時での30℃超の観測所の地方別分布は、沖縄地方が30ヵ所、九州が25ヵ所、四国が13か所、中国地方が8か所、中部・東海地方が17ヵ所、北陸が8か所です。なんと近畿・関東・東北・北海道では30℃を越える観測所は1ヵ所もありません。夏には珍しいことです。

なお、九州南部はよく晴れているために30℃超になっている面もありますが、東北地方では晴れているのに気温が20.0℃未満の所が広がっています。台風マーゴンがオホーツク海の涼しい気団を、日本列島の南の方に引っ張り込んだようです。それで本日7月21日に猛暑日を記録したのは僅か2ヶ所でした。本日は熱中症患者を運ぶ救急車はヒマであっただろうと想像しています。

新潟県 高田  35.8℃ (気象庁の区分では新潟県は北陸です)
宮崎県 西米良 35.0℃

台風マーゴンの風もたいしたことがありませんでした。今回の台風による最大瞬間風速を見てみると、室戸測候所が46.6m、足摺岬(清水)で36.0m、潮岬で33.3mなどで、名だたる強風観測所でも30~40mです。日本本土における平地の暴風記録84.5mのある室戸測候所では、すくなくとも60mぐらいの風が吹かないと、“風が吹いた” などとは言えません。周辺各地を見ると、高知市が20.2m、徳島市が27.8m、和歌山市が13.1mでした。こんなのは晩秋の木枯らし程度です。

ちなみに、わが淡路島では洲本が17.5m、南淡が19.4m、郡家が18.1mの最大瞬間風速でした。これではそよ風程度です。瓦も飛ばなかったし、家も倒壊しませんでした。これでは大工さんも瓦屋さんも商売になりません…。大きな山崩れもなかったので、土建屋さんも仕事になりません…。世の中には、もっと温暖化したり大停電したり台風が来てほしいと、腹の中では願っている人たちが確実に居るのです……。
台風マーゴン(T1106)で、淡路島の24時間降水量は323ミリを記録
台風6号(マーゴン)は、北緯30度の転向点を越えても全く進行速度が上がらず、時速15㎞と牛歩のようなスピードでした。それゆえ暴風雨が長引き72時間(3日間)降水量の全国トップは、高知県の魚梁瀬で1199㎜を記録しました。第2位は三重県の宮川では986㎜で、四国東部の剣山系南東斜面と、紀伊半島大峰・大台ケ原の南東斜面で、1000㎜前後の降水量になった模様です。(その後の降雨で三重県の宮川での72時間雨量は995.5㎜に少し伸びました)

台風マーゴンが駆け足で去ればここまでの豪雨には成らなかったのでしょうが、台風の行く手を背の高い亜熱帯高気圧がさえぎり、偏西風帯も津軽海峡付近に北上していた為に、“牛歩台風” となりました。通常は台風は東或いは北に進行しながら衰弱していくものですが、マーゴンは太平洋沿岸で足踏みしながら勢力を落としていったという感じです。お粗末なマスゴミは、「温暖化で記録的豪雨になった」などという低質な報道をするのじゃないかと心配しています。があくまでも記録的豪雨の一義的な要因は、マーゴンが足踏みして降雨が長引いたことにあります。足踏みの原因は偏西風帯の北上とサブハイのブロックにあるわけです。なんでもかんでも温暖化に結び付けるのは極めて恣意的であると言わざるをえません……。

余談ですが、マスゴミは地球温暖化利権で金儲けをたくらむ日本経団連所属の大企業の利益代弁をしているわけです。じつは彼らマスゴミも大企業も、さらに申せば政府も温暖化が困るのではありません。逆です。もっともっと温暖化してほしいという立場です。そうすると温暖化対策ビジネスで商売が出来る…、利権にできる…、というわけです。一方でカネを盗られるのは国民大衆です。炭素税など税金でむしりとられ、必要でもないものを強引に買わされます。買うように法律で義務化しようとしています。

大しけの灘海岸
↑7月19日の灘海岸です。うねりが押し寄せて海面が泡立っています。海と空との境が判然としません。漁師さんたちは「最近は大きな台風が来ないから魚がおれへんわ」とよく言います。おそらく次のようなことだろうと思います。何カ月か後に大漁があるかもしれません。

海が台風の大しけで撹拌されて、表層の海水と海底の海水との垂直混合がおこる。
             ↓
海底の栄養塩類を多く含む海水が表層に出てくる。海は表層は栄養塩類が少ない砂漠のようなものです。深いほど、とくに深海は栄養塩類の濃度は表層水の何十倍にもなる。また大しけのために海水中の溶存酸素が増える。
             ↓
植物プランクトンが増える。海水が暖かいのは表面だけで海底は冷たい。ので大しけで海水温が下がる。海水温が低いほど溶存酸素濃度は増加するし、海藻が繁茂する。
             ↓
プランクトンや海藻を食べる小魚が増える。食物段階の上位にある中型・大型魚も増える。
             ↓
漁獲高が増加する。(漁師さんたちは、このような生態学的なからくりを経験的に見抜いている)

●さて、馬路村には遠く及ばないものの、淡路島もけっこう降りました。昨日19日から、本日20日未明までに、旧三原町の北富士ダムで323㎜降ったのが淡路島での最大値です。諭鶴羽山周辺で250~300㎜ぐらいの降水量で多いのですが、淡路島北部や播磨灘がわで少ない傾向は今回もハッキリ出ています。注目するのは諭鶴羽山(山頂付近)では260㎜の降水量なのに、南側斜面のすそにある灘土生では87㎜です。水平距離でわずか4㎞あまりしか離れていないのに、大きな差があります。狭い範囲に筋状のクラウドクラスターがかかり続けた結果という印象がしています。

★下の表では、18日と20日が台風マーゴンによる降水です。18日の日中に走りの雨があり、いったん降り止んで、19日未明から一昼夜かけて20日朝まで降り続きました。

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北富士ダム
↑台風マーゴンによる大雨で、淡路島内の観測所で最大値の323ミリの降水量を観測した「北富士ダム」です。余水吐き(よすいはき)から水がほとばしり出ています。このダムではめったに見られない光景です。
改名した「コフキサルノコシカケ」
図鑑類でコフキサルノコシカケという和名で載っているキノコがあります。コフキは粉吹きの意味です。6月から7月ごろに盛んに胞子をまき散らします。自らの傘の上に降り積もって、まるでココアの粉が付着しているように見えます。キノコの周囲にも胞子を飛ばして周りの木の葉や樹皮をココア色に染めてしまいます。不思議なのは胞子を出す管孔(かんこう)のある傘の裏面はココア色に染まらないのです。白いままです。

このキノコは比較的に普通種というか、よく見られます。諭鶴羽山系では色々の樹種の広葉樹に発生します。全くの枯れ木に出ることもありますが、生木によく出てきます。生木に出るといっても枯れた部分があったら出てきます。灘地区ではビワの木でもミカンの木でも古くなった木には、たいていでてくるものです。珍しいキノコではありません。

さて、このコフキサルノコシカケですが、北海道のものや東北の高い山にあるものと、南の地方にあるものとでは、その形質等が微妙に違うぞという話は昔からあったようです。どうやらコフキサルノコシカケには2種類あるぞ、ということのようです。すなわち、北の方や高い山にある本家のコフキサルノコシカケと、南の地方にあるオオミノコフキタケの2種です。従来は全く同一に扱われていて混同していたようです。

オオミノコフキタケ
↑従来はコフキサルノコシカケと呼ばれていました。近年、オオミノコフキタケと改名しました。諭鶴羽山系にあるものは、“オオミノコフキタケ” ということになります。オオミノという意味は、“胞子が大きい” の意味らしいです。

丹沢大山総合調査団編『丹沢大山総合調査学術報告書』2007年発行

という調査報告書がありますが、神奈川県のホームページで無料で閲覧できます。この書物の最後の方に「丹沢大山動植物目録」が付いています。その目録の最末尾が、丹沢山地のキノコ調査による『丹沢山地産大型菌類目録』です。792種ものキノコが登載されています。菌類Fungiの中の『大型菌類Macrofungi』をダウンロードすると見ることができます。 (いちばん最後から3行目のところです)

この報告書の437―438ページに「コフキサルノコシカケ」と「オオミノコフキタケ」の解説があります。

さて、どこがどう違うのか? 微妙なので子実体(菌糸でなくキノコの部分)の外形だけでは識別不能ということです。目を凝らして、胞子の検鏡観察もして、よく調べないといけないようです。外形だけとか、ただ一点だけの比較では、識別は無理らしいです。複数の点を良く観察して総合的に判断して同定しなさい、ということのようであります。

●コフキサルノコシカケ
  殻皮が薄くて、3ミリ以下。
  肉・管孔層の色が、淡褐色~黄土褐色。
  管孔層に並行して走る殻質層はない。
  胞子の長さはは小さくて、8.5μm(マイクロメートル)以下。
  分布は、北の方や、標高の高い山地。

●オオミノコフキタケ
  殻皮が厚くて、3ミリ以上。
  肉・管孔層の色が、暗赤褐色。
  管孔層に並行して走る殻質層がある。
  胞子の長さは大きくて、8.5μm以上。15μmまである。
  分布は、南の方や、平地。



「コテングタケモドキ」か?
テングタケ科のテングタケ属の「コテングタケモドキ」に、ほぼ間違いないと思われます。

ただ、たった1本しかありませんでした。テングタケ科のキノコは大部分が「外生菌根菌」です。キノコの菌糸が宿主の樹木の根の周りに取り付いて毛根の替わりのようになっています。キノコが樹木に自分の集めた水や栄養塩類を与え、樹木はキノコに自分が作った炭酸同化物やビタミン類を与えます。そのように、ご互いに助け合う「相利共生」関係にあります。樹木の根は樹冠の下の土中に円形に広がっていますので、キノコも孤状(円の一部)になって複数本生える傾向があります。

複数本あれば、幼菌・成菌・老菌という各生長段階の子実体が観察できるのですが…、たった1本だけで同定するのはきついです。それで、慎重にかまえて断定せずに「コテングタケモドキ」か? ということにしたいと思います。

まだ成菌になりきっていない

「つぼ」と「つば」がある

採集地 諭鶴羽山の山頂近く。海抜590m。
採集日 2011.07.16
採集者 山のキノコ
環 境 コナラとウバメガシの混交林で、樹高は5m程度の浅い森。
    菌輪にならず1本だけ発生していた。

―――――肉眼のみによる形態観察です。―――――
 
●「傘」の大きさは直径が10.0㎝、傘の色は灰色がかった暗褐色。形は半球形~饅頭形であるが、成長すると “平らな饅頭形” になるかどうかは不明。傘の表面には少し “つぼの破片” が残存している。顕著な “かすり模様” があるが、傘の縁に放射状の “条線” はない。
●傘の裏面には膜質の「つば」があり破れかけている。このつばは、成菌になると柄の上部にまとい付くのか? 脱落するのか? は不明。(複数本あればすぐに分かる)傘の縁には “つば” の千切れた破片が付着している。
●「ひだ」は、密生で色はほぼ白。ひだと「柄」の接する部分は分かりにくいが、離生のように思われる。
●「柄」は、長さは壺からひだまで7.0㎝、柄の直径は上部で15㎜下部で18㎜、下の方が次第太りになっている。柄の上部にはかすかな “だんだら模様” が認められるが、柄の下部にだんだら模様がない。柄全体に僅かにささくれ状の感じはある。
●袋状の「つぼ」があり、つぼの直径は29㎜ある。

●秋~夏に、シイ・カシ林、クヌギ・コナラ林、アカマツ・コナラ林で発生するらしい。本州以南に分布するようです。多くの文献が有毒か? としていて、正確な食毒は不明ですが、ドクツルタケなど致死量が1本という猛毒菌を多く含むテングタケ属(Amanita・アマニタ)のキノコです。厳重な警戒が必要です…。
諭鶴羽山の中腹以上は、いわゆる雲霧帯…
諭鶴羽山系の気象条件の特徴のひとつに、暖候期には山地の尾根がすっぽりと「雲霧帯・うんむたい」に入ってしまうことが挙げられます。6月から9月ぐらいの間は、毎日のように雲に覆われるのです。それ以外の月でも、南ないしは南東の風が吹けば山の尾根に雲が湧きます。夏場では午前中は晴れていたとしても、午後には必ずと言っていいぐらい雲が湧きたちます。まるで亜熱帯の南洋の島々みたいです。ある程度の標高の山のある南洋諸島の島では、つねに山に雲がかかっているようですが、諭鶴羽山系はそれに良く似ています。
低く垂れこめる雲
↑梅雨明け3日後の7月9日10時頃です。南あわじ市灘山本から東の方向を望んだものです。山地の中腹から上は雲に隠れています。
山には雲がかかる
↑同じく7月9日です。南あわじ市灘山本の奥の山ですが、海抜350mぐらいから上は雲の中です。
山系の裏側は晴れている
↑同じく7月9日です。灘で写真を撮った後に諭鶴羽山系の北側に移動、(灘での写真撮影の約25分後に)南あわじ市北阿万から東の方向を見たものです。山にかかる雲が平野部上空に流れるとすぐに消滅し、よく晴れています。
夏はいつもこんな感じ…
↑7月14日12時頃です。これは南あわじ市灘白崎から西を見たものです。南風が吹いているので山には雲がかかっています。海抜300~350m以上が雲の中です。しかし紀伊水道の沖合の上空はよく晴れています。暖かい季節に、南風が吹くときは山はほとんどこの状態です。

これは地形が大きく関係しているようです。紀伊水道がちょうど風洞みたいな格好になっています。西には四国の剣山地があり、東には紀伊山地があり、どちらも1500mを越える大きな山塊です。それで太平洋上を流れてくる南東の下層気流は、紀伊水道に沿って収束しながら吹きあがってきます。その風洞の出口をふさぐように諭鶴羽山系が東西に横たわっています。そのために、太平洋上でたっぷりと水蒸気をはらんだ暖気が、山地稜線上で上昇気流となり雲が湧き立っているのです。ちなみに、“ふいごの穴”のように気流の収斂する紀淡海峡は名にし負う強風地帯で、アメダス観測所の「友ヶ島」は西日本有数の強風観測所です。

そういう地形・気象条件はかなり特異なものかもしれません。霞が少なくて視程がいい日に、灘海岸から遠望して観察すると、四国山地にも紀伊山地にもほとんど雲がかかっていないのに、諭鶴羽山には雲がかかっている事さえあります。灘地区から剣山(1955m)も紀伊山地の最高峰の八経ヶ岳(1914m)もよく見えます。

このように諭鶴羽山系の中腹から稜線は、「雲霧帯」なのですが、日射がさえぎられるために諭鶴羽山では夏がとても涼しいです。それと雲粒すなわち微小な水滴を樹木の葉群がとらえて、森の林床にポタポタとしずくが落ちています。いわゆる樹雨(きさめ)という現象です。厚い雲がかかるとき(山中では霧が濃いとき)には、たとえば諭鶴羽山のアカガシの森の下では、林外では雨でなくてもポタポタと雨しずくが落ちています。国立情報学研究所のCiNii(サイニィ)論文検索で調べてみると、この「樹雨」の研究というのは国内にほとんどなく、観測調査例もあまりないようです。が、わずかに存在するK先生の酸性雨の問題を調べた論文を読むと、雲霧帯で雨が降るときには、森の外よりも森の中の方が降水量が多くなるそうです。樹雨による降水量というのが意外に多いようです。(なお、K先生は植物の会の会長でもあります)

森の外……雨による降水量だけ
森の中……雨による降水量 + 樹雨による降水

さて、雲霧帯にあって樹雨現象や夏の温度低下が起こる諭鶴羽山系の稜線には、アカガシが多いです。とくに諭鶴羽神社の社叢林はアカガシのほとんど純林です。それもほとんど太古のままの自然林と思われます。“雲霧帯では、アカガシ ― ミヤマシキミ群集が成立して、蘚苔類がよく繁茂する” という研究がありますが、諭鶴羽山はまさにそうなっています。以前にはアカガシの森の林床には、ミヤマシキミがたくさん自生していました。

蘚苔類がびっしりと付着
↑諭鶴羽山の山頂直下にある諭鶴羽神社の境内のスギの木には、幹にびっしりと苔が付着しています。それも苔の上に更に苔がついているという感じで、ごつごつと盛り上がってコブみたいになっています。
着生シダがびっしりと付着
↑諭鶴羽神社の拝殿まえのカイズカイブキの木には、高いところの枝にまで着生シダのマメズタがびっしりです。枝の樹皮はまったく見えません。高い湿度と豊かな降雨を物語っています。
雲霧帯で発達するアカガシ林
↑雲霧帯でよく生育するアカガシの森です。諭鶴羽神社の社叢林(杜)です。昼なお暗いという形容がピッタリの重厚な森です。千古斧鉞(せんこふえつ)の入らぬ自然林です。諭鶴羽山系の太古の昔の植生を今に伝えています…。
アカガシの葉
↑アカガシの葉はカシ類の中では一番大きいです。葉の周辺にはギザギザ(鋸歯・きょし)がない全縁です。アカガシはカシ類の中では、最も高所に自生します。諭鶴羽山系では海抜400mよりも上にあります。四国の山を観察すると海抜1000mを越えるところまであり、よくブナとアカガシが混在しています。アカガシの分布域は暖帯上部から場所によっては温帯下部にまで及んでいるようです。カシ類では耐寒性があるのが雲霧帯でよく生育する理由の一つかもしれません…。
カギカズラの淡路地方名は「ひっかけかずら」
カギカズラは諭鶴羽山系には点々と自生しています。洲本市の猪鼻谷の岩壁にある物は昔から有名です。猪鼻第一ダムの手前の西側支谷を遡上してもあります。山系の南斜面の灘地区にも、畑田・倉川・城方などにあり、また阿万本庄ダムの奥にもあります。自生地で一番標高の高いところは賀集牛内ダムの奥の尾根で、海抜340mという高所にも自生を確認しています。探せばもっとあると思います。(沼島にもあります)

カギカズラは『兵庫県レッドデータブック2010』ではBランクですが、よく話題になるのは、その生態が特異であるからだと思います。壮大な蔓植物なのですが、葉腋から釣り針みたいな「鉤・かぎ」を出して、他樹の枝などに引っ掛かりながら登っていきます。10m以上も登り林冠の上でマント状に枝葉を広げます。暖地性の植物なのですが、北限に近いところでは各自生地の県ではレッドデータ種としています。しかしながら、南の方では林業に被害を及ぼす害草らしいです。毒と薬は紙一重であるのと同じように、同じ植物が保全すべきレッドデータ種にもなれば、駆除すべき害草にもなります。

『兵庫県レッドデータブック2010』ではカギカズラはBランクの貴重植物です。
カギカズラは分布の北限地帯でレッドデータ種扱いです。

カギカズラは他樹を覆い尽くす
↑他の木の上にカギで引っかかりながら這い上ります。そして林冠を覆い尽くしてマント状に広がります。こんなのが植林の中に侵入したらスギでもヒノキでも枯らされてしまいます。林業では嫌われるのも無理がありません。6~7月は蔓が盛んに伸びるのですが、このころは蔓の先端部分の葉が赤っぽいです。遠くからでもそれと分かります。

葉腋の釣り針状のカギで引っかかる
↑葉の葉腋から釣り針そっくりのカギを出します。写真では分かりにくいですが、カギは1本の場合と2本の場合とがあります。つる上でたいてい1本、2本、1本、2本と交互になっています。この釣り針状のカギで他の木の枝に引っかかります。引っ掛かるとカギが硬化して少し大きくなります。

さて、「京都大学フィールド科学教育研究センター里域ステーション・紀伊大島実験所」のホームページを見ていたら、講義実習資料の中に、梅本信也編著『紀州里域植物方言集』2002、という大変な書物がネット公開されています。31項に紀伊半島南部のカギカズラの地方名が収集されています。
『紀州里域植物方言集』は紀伊半島の植物地方名を収集しています。
南紀にはカギカズラが里域にも沢山自生するのか、多くの植物方言があるようです。

●あくびさう・あくびそー。
●さんねんかずら。
●たけかずら。
●ちょいとこかずら・ちょうとこ・ちょうとこかずら
 ちょーとこ・ちょーとこかずら・ちょっとこかずら。
●つりがねかずら。
●ふじつりばな・ふじつりばり。

似たものがあるのは、基本形がありその変種みたいなものでしょうね。名は体を表すという通りです。これらの植物方言の語源の勝手な解釈を試みました。「あくびさう」だけはよく分かりません。あくび=欠伸か? あるいはアケビの訛りか?

「さんねんかずら」は三年蔓の意か? カギカズラは生育旺盛で、もし里山とか植林地に侵入してきたら、またたく間にはびこり3年もしたら植林等を覆い尽くしてしまう。3年放置したら手がつけられなくなる。大変なことになるぞ…、ということか?

「たけかずら」これもタケのようにはびこって困るカズラの意か? 各地でモウソウチクやマダケなど竹がはびこって困っているようです。

「つりがねかずら」これはノウゼンカズラ科にツリガネカズラという中南米原産の園芸植物があります。壮大な蔓植物という共通点から、その名を流用したものと思われます。ちょうど、南あわじ市灘地区でヒメシャラを「さるすべり」などと誤って言うのと同じ現象です。あるいは釣鐘が金具などで吊り下げられているように、カギカズラが「鉤・カギ」で吊り下げられているというイメージか?

「ふじつりばな・ふじつりばり」はフジ(藤)の棚にフジの古木が広がり、棚に釣り針で吊り下げられているのと同じイメージでしょう。

さて、てこずったのは「ちょいとこかずら」です。「ちょいとこ」って何やろか?と思ったのですが、伊沢一男著『薬草カラー図鑑』平成2年、を見て分かりました。カギカズラは『日本薬局方・にほんやっきょくほう』にも載っている厚生労働省お墨付きの生薬です。生薬名がそのまま地方名となったようです。
『第16改正 日本薬局方』はネットで閲覧できます。
『第16改正 日本薬局方』をダウンロードすると、1546貢にカギカズラが収録されています。生薬名が「釣藤鉤・ちょうとうこう」です。かつて和歌山県ではカギカズラの鉤を採取して、生薬用に中国に輸出していたそうです。

ところで肝心の淡路島でのカギカズラの方言ですが、人里にはまったくなく、諭鶴羽山系に少しある稀少植物ですので、植物方言はほとんどありません。私の聞き取り調査では1か所だけ、洲本市上灘の畑田地区で「ひっかけかずら」と呼んでいます。畑田ではミカン園の害草です。ミカン樹にカギカズラが伸びてきて、あっちに引っ掛かり、こっちに引っ掛かり、取り除くのに苦労しているようです。
ヒトモトススキは、半マングローブ植物かも?
ヒトモトススキは海岸の植物であるとされます。2mかそれ以上になる豪壮な野草です。各地の自生地を見るとほとんどが海岸の近くで、内陸部にはまずありません。ただ例外というのは必ずあって、諭鶴羽山系でも阿万の奥の本庄ダムの近くの湿地にもあります。海抜も100mを越える山の中です。海岸からはかなり距離があります。

大阪府東大阪市では、生駒山の山麓の日下新池(くさかしんいけ)にヒトモトススキが群生していて、市の天然記念物に指定しているそうです。海から数十キロも離れている山の中になぜ海岸植物があるのか? ということですが、むかし縄文海進の温暖期に大阪湾が入江となっていて、生駒山の山麓まで海が来ていたからだと、考えられているそうです。縄文海進とともに内陸地帯に分布を広げたヒトモトススキが、その後の気温低下で海退がおこっても山の中に生き残った、ということだと思います。いわば縄文温暖期の「遺存」というべきか? このようにヒトモトススキは海と密接に繋がる植物のようです。

(余談ながら、地球温暖化危機説はどうしようもないアホウな仮説です。地史・気候史をみれば地球温暖化も地球寒冷化も何回となく起こっています。べつに騒ぎ立てるようなことではありません。スリーマイル島、チェルノブイリ事故で退潮に追い込まれた原発産業が復権を狙ったもので、原発産業から研究資金提供を受けた気象学者のジェームス・ハンセンが仕掛けた妄説であることは、ハッキリしています。クライメートゲート事件で温暖化を裏付けるデータ自体がイカサマであったのもバレてしまいました。これでもまだCO2温暖化説を信じている人は、真正の馬鹿としかいいようがありません。)

さて、すぐ下の写真のものは波打ち際にありました。大潮の満潮時には株元に海水が迫るだろうなという場所です。地中に張っている根に塩分が影響するのはほぼ間違いないだろうなという場所です。それで、ひょっとするとヒトモトススキは「半マングローブ植物」ではないか? ということでネットで調べたら果たしてありました。

ブログ『いきもの観察記』2007.11.10の記事「黒潮つながり」第3葉の写真にオヒルギ群落のなかに生育するヒトモトススキがあります。
↑このブログの方の写真を見ると、ヒトモトススキが半マングローブ植物であることを、雄弁に語っています。ヒトモトススキは陸上だけでなく、塩湿地でも生育が可能な植物のようであります。
昆虫DNA研究会ニュースレターVol.9 September,2008『ミヤジマトンボの来た道』の33頁にヒトモトススキ群落の生じる塩湿地の写真があります。
↑この昆虫を調査されている方々の論文の冒頭の33ページに、「大潮の時に海水が流入するヒトモトススキの生えた海浜の湿地が彼らの(ミヤジマトンボ)生息場所である」との記述がみられます。

波打ちぎわに生じたヒトモトススキ
↑場所は南あわじ市阿万田尻です。カヤツリグサ科のヒトモトススキです。巨大な株になります。日本在来のカヤツリグサ科植物では最大の大きさだと言われています。写真のものは2mを越えていました。この写真のものは湾の入り口付近の波の穏やかな場所に生じたものです。波打ち際にありました。大潮の満潮時には海水が株元のすぐ近くまで迫ると思われます。

小穂の大集団
↑小穂(しょうすい)の大集団です。さしわたし10㎝に達するような大きな花序で、小穂の数はおそらく数百~千ぐらいあるでしょうか? その小穂の大集団が、1本の花茎に5~10もの段になってついています。写真のものは開花寸前という感じですがまだ蕾です。花の観察には少し早すぎたです。

ヒトモトススキは “一本薄” で1株から沢山の葉が出る
↑和名の由来は、1株の根元から沢山の葉が出ることから言うそうです。「一本薄」は1株(1個体)のススキという意味だと思われます。確かに、竹ホーキのようにというか、薪ざっぽうの束みたいというか、沢山の葉が出ています。この1株に何本の葉があるのか? 数えるのが好きな私でも見ただけでうんざりです。直感で300~400本の葉があると見ました。

南あわじ市灘では、海岸道路の上の斜面に生じる
↑これは洲本市上灘の畑田です。淡路島の太平洋岸の灘地区では、自然海岸が少ないです。それで海岸道路の山手側の山の斜面に生えます。写真に写っている金網は擁壁の上に設置されているものです。斜面崩落の防止のためコンクリートの吹きつけ工事が施されています。そんな場所に自生しているのです。海抜は10~20mぐらいです。
こことは別に、南あわじ市灘大川から潮崎に至るまでの自然海岸にも自生していますが、そこでも海岸沿いの崖の斜面に自生しています。海抜は10~20mぐらいの範囲にあります。太平洋に面して波が荒いので波打ちぎわにはありません。
なお、昨年の古い葉は枯れてもよく残り、古い葉の上に新しい葉(花茎)を出すようです。
カワラサイコが激減しています
先日にユウスゲの写真を撮りに行く際に、阿万吹上の小規模な砂丘を横切ったのですが、兵庫県絶滅危惧植物Cランクのバラ科カワラサイコが激減しているのに気がつきました。10年ぐらい前には一面に沢山あったのですが、激減の理由は不明ですが10個体程度しか見られませんでした。隣接する場所にキャンプ場があるので、大勢のヒトが踏み荒らしているのかもしれません…。この小さな砂丘にはハマウツボやビロードテンツキなどのAランクの貴重植物もあるのに、侵入・出入りが全く自由で踏み荒らし放題です。ひどいのは車の轍もあり、オフロード遊び場となっています。兵庫県はレッドデータブックなどという資料を、植物地理学や植物分類学などの専門家たちに編纂させて、発行していますが一体なんの為なのか? ただ編纂・発行するだけのようです。

●平成7年3月に発行された初版『兵庫の貴重な自然』の「はじめに」の末尾には次のように書かれています。

「この兵庫県版レッドデータブックが、多様で豊かな兵庫県の自然を次の世代に引き継いでいくための基礎資料となることを願っています。」

●2003年に発行された『改定・兵庫の貴重な自然』には次のように書かれています。

「本書が多様で豊かな兵庫県の自然を次の世代に引き継いでいくための基礎資料として、なお一層活用されることを願っています。」

まるで人ごとみたいな書き方です。“これはあくまでも基礎資料なのであって、活用されることを願う” だけのようです。兵庫県環境創造局自然環境課が、作成した資料を活用して “多様で豊かな兵庫県の自然” を護るのではなさそうです…。貴重植物を絶滅から護るのはワシ等の仕事ではない…、資料を作るのが仕事だ…、ということか? 活用されることを願うなどと言っても、だれが活用するのか? 自生地の地域住民なのか? 植物愛好家なのか? 補助金をかすめ盗るNPO法人なのか? 環境創造局の外郭団体なのか? 全く意味不明であります。また、植物を調べているある人が編纂委員の先生に「先生らは貴重植物の保全活動はしないのですか」と聞いたところ、「それはワシ等の仕事ではない」と、恐い顔で睨まれたそうです。結局、資料をつくるだけ…、が目的か? 経済産業省は利権の巣窟(原発利権・新エネルギー利権など)ですが、環境省でも県でも生物多様性ではあまり利権にはならないみたいです。資料編纂利権などはなさそうです。とても利権などと呼べるほどの予算がつかない……。

阿万の小さな砂丘の海浜植物は、何の防護柵もなく踏み荒らされ、オフロード車が乗り入れています。そこに自生する貴重植物は激減、風前のともしびです。カワラサイコは川原の砂礫地の植物ですが、川のない淡路島では海岸の砂地に生えます。南あわじ市唯一の自生地の阿万吹上砂丘では、カワラサイコは消滅するかもしれません…。

カワラサイコは『兵庫県レッドデータブック2010』ではCランクの貴重植物です。

全国的には31もの県が絶滅危惧に言及しています。

バラ科カワラサイコ
↑株元から放射状に枝を伸ばします。
カワラサイコの花
↑花はキジムシロやオヘビイチゴの花にそっくりです。見分けがつきません。しかし葉が特徴的です。とくに早い時期に大きな個体が株元から放射状に出す大きな葉は、とても美しいものです。
知られざるハマボウ群落
梅雨が明けまして、青い夏空にハマボウのレモンイエローが映えています。上品な美しい花です。学名は、Hibiscus hamabo(ハイビスカス・ハマボー)です。日本名がそのまま種小名になっているので、とても覚えやすいです。学名を見れば「ハイビスカス」というのはアオイ科フヨウ属を指すようです。世間一般が言っているハイビスカスは中国南部原産のブッソウゲのことで、ちょっと認識にズレがありそうです…。ハマボウの名の由来は不明などと書いてある書物やサイトがありますが、「浜(海岸)の塩湿地に生じて、その花がモクレン科のホウノキの花に似ているもの」の意味じゃなかったですか?

一般にハイビスカスと称されるブッソウゲは、花色が真っ赤のものとか、濃色系が多くケバケバしい感じがします。葉もまるで油を塗ったかのようにテカテカと光沢があります。極めてどぎつく繊細さがありません。それにくらべると日本自生種のハイビスカス・ハマボーは繊細で上品です。おくゆかしくて控え目なわが国民性を表しています。自己主張の強い国民性の国に原産する植物は原色ケバケバしく、そうではない国の植物が上品であるのは、もちろん何の因果関係はありませんが不思議なものです。

『兵庫県レッドデータブック2010』ではAランクの貴重植物です。入江の奥とか河口汽水域などで、満潮時には海水が逆流してくるような塩性湿地に生育する植物です。「半マングローブ」を形成する樹木としてよく知られています。しかし河口や入江などが護岸工事や埋め立てなどの環境改変が著しいので、どんどんと姿を消している植物です。花も美しいので盗掘もされるようです。なにも盗掘などしなくても、秋に少しだけ種子をいただいて播けば育苗・栽培は簡単です。栽培してみると乾燥・過湿・高温にも強く丈夫な植物です。植物自体は丈夫なのに、なぜ絶滅危惧種かといえば、ひとえに特殊環境に自生し、その自生地が次々に破壊されるからでしょうか?

『兵庫県レッドデータブック2010』サイトにおけるハマボウ

『日本のレッドデータ検索』サイトでは、多くの県がハマボウを絶滅危惧種に指定しています。

上品なハマボウ
↑とても気品のあるレモン黄色です。本日7月11日の段階ですでに沢山開花しています。蕾もいっぱいあるので、お盆ぐらいまで咲いているのではないでしょうか。

ハマボウ群落

ハマボウ群落
↑数十個体ぐらいはあろうか? ちょっとした群落になっています。大きいものは樹高3mぐらいもあります。1mぐらいの小さなもの(未成熟株)も結構たくさんあります。淡路島洲本市由良の成ヶ島の近畿地方最大のハマボウ群落には及びませんが、おそらくこの場所が兵庫県2番目の群落だろうと思います。冬になって個体群調査をすれば100個体以上あるかも分かりません。

南あわじ市のこの自生地は海辺の湿地です。そこは約30アールの面積でごく小さい池(水溜まり)が4つありアシが生えているなかにハマボウがあります。この湿地の東側は水田で、国土地理院の『電子国土ポータル』で2500分の1の測量図を見ると水田の海抜はわずか0.2mです。湿地の南側に狭い車道がありますが海抜1.2mです。きわめて低海抜です。海側には防潮堤がありその堤上には防風林があるので、ただちに海水がその湿地に流入することはないでしょうが、大潮の満潮時に排水路の門があいていたら、おそらくこの湿地に海水が遡上してくるだろうと考えられます。そういう海面ギリギリの低湿地なのです。

ハマボウはよく栽培もされますので、ここの湿地の物が万一植栽である可能性もあるので、近くの住民にヒアリングをしました。近くに2軒の民家があり、訪問して根ほり葉ほり枝ほり聞きました。すると昔から勝手に生えている自生であるとのことです。その湿地は転売の結果、所有者は地元住民ではないそうです。そこの住民は「この湿地には迷惑しているから伐ってやろうかと思っていた」などと言うのにはビックリしました。そこで、たぶん兵庫県2番目の貴重なハマボウ群落であり、ひいてはこの地区の財産ですと説明すると「じゃあ大事にしようか」と分かってくれました…。
タケニグサの観察
ケシ科のタケニグサ
↑タケニグサは1本だけポツンとあるよりも、群生していることの方が多いです。諭鶴羽山系の東部、すなわち柏原山周辺にはとても多いです。谷あいの道路法面とか崩壊地とか樹林の中のギャップにはタケニグサだらけです。諭鶴羽山系の西部、すなわち諭鶴羽山周辺には少ないです。また山系の南側には少なく、北側には非常に多い植物です。山間部には非常に多いのに、平野部の人里では全く見られません。これは毒草ですしシカの不嗜好植物です。

タケニグサの花
↑長楕円形の白いものが蕾です。綿毛みたいなふさふさしているのが開花状態です。

タケニグサの果実
↑タケニグサの果実は平べったくてカキ(柿)の種みたいな形です。タケニグサは今頃の時期には、蕾、開花、果実の3つがが1花茎上に見ることができて、とても面白いです。

葉の裏面は著しく白い
↑葉は独特な形状で、一度見たら忘れない形です。巨大なキク(菊)の葉と言う感じです。葉の裏側は著しく白く、特に光が当たるとピカッと白く輝きます。実体顕微鏡で30倍で見ると、白い毛がびっしりと生えています。

●さて、いささか旧聞に属するハナシですが、3年ほどまえに馬鹿馬鹿しい話がありました。

―――――引用開始―――――

「夜道を誘導? 事故防止に “光る草” 」 神戸新聞2007.12.12

夜間の交通事故防止に草花がひと役…。車のヘッドライトに白く反射する「タケニグサ」を山道の急カーブなどに植え、ドライバーの視線誘導標代わりにするユニークな試みを、淡路県民局が進めている。洲本、南あわじ両市間の県道の二カ所で計画。全国的にも珍しい取り組みで、警察庁も「植物を用いた事故対策は例がない」と注目している。
 
タケニグサはケシ科の多年草で本州、四国などの山地に自生。6~8月に開花し高さ約2メートルにまで成長する。夜は葉が逆立ち白い毛に覆われた葉の裏側が外向きになり、ヘッドライトの光を反射して白く輝くという。洲本市の植物研究家、☆☆☆☆さん(81)が、そんな特性を持つタケニグサの事故対策への利用を提案。同県民局も「コストをかけず安全な道路整備に役立つ」と賛同した。

暗く見通しが悪い道路で、▽進行方向が明るく見える ▽曲がる角度、道幅が分かる ▽ドライバーの視線を誘導できる、など反射板や街灯と同じ効果が期待できるという。同県民局は、洲本市奥畑―南あわじ市倭文安住寺間の県道鳥飼浦洲本線で、カーブと直線の路肩に二カ所、115メートルにわたり約500本の植栽を計画。現在、淡路市の花づくりグループのメンバーが自宅で種を栽培している。順調に育てば来春にも植え込みを始める。同県民局は「冬は枯れてしまうが、効果があれば警察と協力し、道幅が狭くて交通事故が多い場所を探して植栽を進めたい」としている。

―――――引用終了―――――

●翌2008年3月に洲本道路事務所が本当にこれを実行したようです。予算は10万円でした。しかし苗は大半が枯れてしまい失敗に終わったようです。あまりにも愚かです。愚の骨頂としか評しようがありません。まるで子供のままごと遊びみたいです。児戯に等しく笑止噴飯ものであります。そもそも☆☆氏は売名行為まがいのことをやり過ぎます。☆☆氏のお庭には島山を荒らして掘り盗った貴重植物の鉢植えでいっぱいです。こんな愚策を提言する氏も愚かですが、愚策にのる道路事務所もおバカと言えるでしょう。10万円という公金がドブに捨てられてしまいました。もったいない…。このような馬鹿馬鹿しいニュースを載せる新聞も愚かです。最近の新聞社は行政や警察へ行って「なにかニュースはございませんか?」と御用聞き報道しかしません。

●新聞の本来の仕事は、読者の目となり耳となって、行政などの統治機構がおかしなことをしないか、その監視をするのが役目です。だから「第4の権力」などと称されるのです。御用聞きするだけでは行政の単なる使い走りであり、新聞の存在理由はありません。われわれ住民は、行政当局のホームページを直接見ていればいいだけですから……。



ニワウルシは本当に問題なのか?
そろそろニワウルシの果実が赤っぽく色づいてきました。つい1か月か、もうすこし前に大きな花序を出して花を咲かせていましたが、もう果実が色づくとは季節が進むのは早いものです。さて中国東北部原産の外来樹木とされるニワウルシがはびこっています。耕作放棄した果樹園や畑の跡とか、斜面の崩壊地とか、谷川の土手とか、諭鶴羽山系のいたるところで野生化しています。もとは街路樹等で導入されたものが起源で、広がっていったのではないかと言われています。ニワウルシは別名シンジュとも呼ばれる外来種です。

青空を背景に赤く色づく
↑梅雨明けの水蒸気が多い白っぽい青空に、ニワウルシの大きな複葉と赤っぽい花序(果実になっているから果序と表現すべきか?)が映えています。意外に美しいものです。街路樹にしたというのもうなづけます。

ニワウルシの果実の集団
↑果実がたくさん大集団になっています。この写真の果序を採取して持ち帰り、果実の個数をかぞえてみました。843個でした。この果序はこの木では特に大きくもなくまた小さくもありません。平均的なものです。ざあっと木全体に何個の果序があるか? 40個ほどです。樹高は目測で10mです。843×40で33720個です。という大雑把な計算してみました。

1本の平均的な大きさの成木のニワウルシの木に何個の果実がつくか? 答えは、オーダーとして数万というところです。10の4乗~10の5乗個あたりであることはほぼ間違いなさそうです。

果実は写真でも分かるように、長さ5ミリの種子の周囲に翼がついています。長細い形で、任意に20個の長さを計測すると45~52㎜の範囲にあります。843個の果実の重さを測ると134グラムです。(生の状態です)1果実の重さは0.159グラムです。果実6個で1円玉の重さということになります。秋になって樹上で乾燥すると重さは5分の一ぐらいになるのでは? 果実の翼は平面ではなく、ややねじれた形態です。試しに、すこし高いところからこの種子をまき散らしてみると激しく回転しながら落ちていきます。このニワウルシは種子が風散布の植物でしょうが、秋の木枯らし1号の強風に乗ってかなり飛びそうな予感はします。

さてあちこちでニワウルシがはびこっています。
耕作放棄のミカン園跡で生長したニワウルシ

灰色っぽい幹のニワウルシ

上の2葉の写真は放棄されたミカン園の跡です。白っぽい幹が見えている樹木がニワウルシです。テッポウムシなどによりミカン樹が枯らされ裸地状態になった後、二次遷移がどんどんと進行しています。1年生草本がほとんど消え去り、多年草のススキや蔓植物のクズやハスノハカズラがはびこり、先駆種といわれる樹木が侵入して林状になっています。

環境省はニワウルシを特定外来生物に指定して問題だと主張しています。はたして本当だろうか? おおいに疑問があります。この場所は耕作放棄された場所です。そもそも果樹栽培という農業を止めたからニワウルシが侵入しました。だからニワウルシが農業の障害になるということは有りえません。また、かつてはこの場所は耕作地ですから在来植物も貴重植物もありませんでした。もしそれらが有れば、雑草として抜かれたハズです。どんな貴重植物といえども田畑に生えるものはすべて雑草です。抜かれるか除草剤をかけられます。そういう経緯を考えると、ニワウルシが在来植物を脅かすという見方は全く的外れです。川原に生えるのを問題視する向きもありますが、川原は折々に洪水でやられる場所です。ダムが整備され治水が進んで洪水が減ったので、川原にニワウルシがはびこったともいえます。また洪水が起こればニワウルシは流れていくでしょう。ニワウルシが毒のある植物でヒトが大勢かぶれるとか、中毒をするならば駆除する必要もありましょうが、毒植物ではなさそうです。良く考えると、別に問題だと騒ぐ必要は全くないのです。

ま、申せば、かつて「環境庁冬の時代」と言われる時期がありました。かつて公害問題が大きな問題でしたが、対策を講じた結果、大気汚染とか水質汚濁とかが大分改善され、環境庁の仕事が減りました。それでは環境庁としては困るのです。環境庁は新しい問題を必要としました。そこに登場したのが、フロン問題や地球温暖化問題、ダイオキシン問題などです。それらが一段落ついたり、地球温暖化問題ではクライメート・ゲート事件が起こってヤバイことになりました。いまや温暖化なんてほとんど言わなくなったし、言っているのはほとんど日本だけです。崩壊寸前ですよ。地球温暖化にちょっと遅れて生物多様性問題や、特定外来生物問題が登場しましたが、これらは地球温暖化ほどには利権にできず、その取り組みは低調です。それでも一部の人たちは騒いでいます。環境庁は組織が膨張して環境省になっていますが、多くの問題が、問題があるから問題になるのではなく、利権・省益・組織拡大・外郭団体膨張のネライで、問題が必要だから関連の法律を作り問題化している面があることを、見落としてはならないと思います……。








淡路島における2011年梅雨期の積算降水量は、最大666ミリを記録!
本日7月8日午前11時に、大阪管区気象台から「近畿地方は、梅雨明けしたと見られます。」と発表されました。

平成23年7月8日11時00分大阪管区気象台より近畿地方の梅雨明け発表

平成23年5月26日14時10分大阪管区気象台より近畿地方の梅雨入り発表

それにしても、沢山降りました。ダムもため池も満水です。余水吐けから勢いよく水が落ちています。淡路島の各地の梅雨の降水量は下表の通りです。ただ、うっかりしたことには、5月26日・6月1日・6月8日に各地で弱い雨がありました。この3回の降水量を記録しそこないました。各地で数ミリから10ミリ程度の雨だったので、実際の積算降水量は下表よりも20~30ミリほど多い筈です。が、大勢の数字にそれほど大きな誤差を及ぼしません。2~3日断続的に降雨があった場合には最終日の日付でまとめて降水量を記入しました。例えば、5月27日午後~30日未明まで降ったり止んだりでしたが30日の日付でまとめて記入です。各地とも27日・28日は20~30ミリ程度でしたが、29日に土砂降りの大雨でした。

下表では、最小がアメダス郡家の361ミリです。最大が南あわじ市賀集分水堰の666ミリです。狭い淡路島でも随分と違うものです。大まかに言って諭鶴羽山系一帯、とりわけ諭鶴羽山周辺で降水量が多いです。その一方で淡路島の北部や播磨灘側で降水量が少ないようです。旧西淡町に雨量観測所がないのが残念です。もしあれば、おそらく西淡町では降水量は少なかっただろうと推論しています。

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●なお、気象庁のアメダス観測所(3か所)の5月26日~7月8日までの積算雨量は、気象庁サイトによると次の通りです。

郡家気象が385.5ミリ、洲本気象が587ミリ、阿万518ミリです。

それぞれ24.5ミリ、36ミリ、28ミリ表よりも多いです。3回の付け忘れによる誤差は30ミリ前後であろうと考えられます。それと国土交通省の『リアルタイム川の防災情報』では0.5ミリの降雨はカットしているようで、その面からの誤差が若干生じるようです。

ダムは満水です
↑ここは大日川ダムです。見上げるような威風堂々とした農業用水のダムです。高い堰堤の上の5門ある余水吐(よすいはき)から水が落ちています。ダムは満水です。水が余水吐から落ちるのは久しぶりです…。

大日川上流の分水堰
↑ここが南あわじ市北阿万新田北の大日川水系上流の分水堰です。今季の梅雨では、淡路島内の観測所で最高の積算雨量となりました。すくなくとも666㎜です。おそらく700ミリに迫っていたと思われます。写真右側建物の屋上に雨量計が設置されているようです。

写真では分かりにくいのですが、写真左側部分の下が分水堰の放水ゲートです。通常の低流量の水はここから下の大日川ダムへと流れています。写真左側部分の上(縦長の建物みたいなもの、赤い鉄板のようなものが見える)が分水トンネルのゲートです。山をトンネルでくり抜いて牛内ダムにつながっています。洪水時にはこの分水トンネルを使って大日川上流の水を牛内ダムに逃がします。

諭鶴羽山系のヘメロカルリスの観察
「ヘメロカリス」なのか?「ヘメロカルリス」なのか? という議論になりそうですが、「Hemerocallis」をどう読むかの問題だと思います。ま、そもそも学名はラテン語ないしラテン語化したものなので、古代ローマ帝国の古典語ということになります。現代語じゃありません。死語です。適当に読めばいいんじゃないだろうか? フランス人ならフランス語風に読むでしょうし、ドイツ人ならばドイツ語風に読むでしょうし、アメリカ人ならば米語風に読むでしょう…。ならば、われわれ日本人はローマ字風に読めばいいのでは?

ヘメロカルリスはユリ科ワスレグサ属の属名(学名)ですが、園芸方面ではヘメロカリスのほうが良く使われています。英語ではデイ・リリーと称し、一日でしぼむことを表現していますが、ユリ類とならんで重要な草花の地位を占めています。沢山の園芸品種があり園芸店の店頭をケバケバしく飾っています。野生種は清楚で上品なものですが、品種改良をして園芸種になると華やかという次元を通りこして、ケバケバしいとしか言いようがありません。

さて、前回のエントリーは「ユウスゲ」でしたが、これもヘメロカルリスの1種です。淡路島に分布するヘメロカルリスは4種あります。ユウスゲ、ノカンゾウ、ハマカンゾウ、ヤブカンゾウです。淡路島内での観察をする限りでは見分けるのは難しくありません。以下のポイントを押さえれば見分けられます。ノカンゾウとヤブカンゾウの写真を掲上したいと思います。ハマカンゾウは旧西淡町の海岸にあるのですが、写真が撮れていないので割愛です。

ユウスゲ………花は上品な黄色。レモンイエロー。
       夕方咲いて翌朝しぼむ。

ノカンゾウ……花はだいだい色系統。黄色ではない。一重咲き。
       葉は冬に枯れる。花は朝咲いて夕方しぼむ。

ヤブカンゾウ…花はだいだい色系統で赤っぽい。八重咲き。
       葉は冬に枯れる。花は朝咲いて夕方しぼむ。

ハマカンゾウ…花はだいだい色系統で赤っぽい。一重咲き。
       葉はやや厚く常緑で冬にも枯れない。
       花は朝咲いて夕方しぼむ。海岸にある。 

ノカンゾウ
↑ノカンゾウは諭鶴羽山系では少ない植物です。山系の南側でも北側でもそうあるものではありません。でも捜せば見つかるでしょう…。花の色はだいだい色系ですが、個体により濃淡の変異がおおきいです。薄い柿色もあれば赤っぽいものもあります。葉の幅は狭いです。

ヤブカンゾウ
↑ヤブカンゾウは八重咲きです。地元の人は “八重咲きになったものを” よく「オバケ」と表現しています。たとえばスイセンのオバケとか、チューリップのオバケなどです。そういうことから言うと、これは「オバケカンゾウ」です。個花ひとつひとつ観察すると、一重の花もあるのが面白いです。諭鶴羽山系の北側の人家の近くには点々とあります。葉の幅は広いです。
ユウスゲの淡路自生の個体群が衰退しているかも?
ユウスゲの花が咲きました。花色は上品なレモンイエローです。淡路島での花期は6~7月です。早いものでは6月上旬から咲いています。7月終わりぐらいまで咲いています。1個の花については1日花で、夕方に咲いて翌朝しぼみます。つまり夜間に咲いているわけです。ですから1日花というよりも1夜花というべきかもしれません。1つの花は1夜限りのはかないものですが、写真をご覧いただいたら分かる通り、大小たくさんの蕾が後ろにひかえています。花茎があまり分岐していない若い個体では5~10花ぐらい着き、花茎が沢山枝分かれしている老成した個体では15~20花もにぎやかに着きます。自生地のユウスゲの1花茎あたりの花数(蕾数)を任意に20花茎ほど数えてみました。最低で5個、最大で22個もありました。なお、若い個体では花茎は1本だけ、老成した大きな個体では何本もの花茎が出ます。そして沢山ある蕾が大小さまざまなのです。この大小の蕾が大きいものから順番に咲いていくので群落全体の花期は2カ月もの長期にわたります。

淡路島でのユウスゲの分布は2か所がよく知られています。南あわじ市阿万吹上の「押登岬」と、鳴門海峡に突き出した細長い岬の「門崎」です。どちらも潮風が吹きつける海岸崖地です。淡路島のユウスゲ自生地での個体数は減少しています。それで盗掘は自粛いたしましょう。ユウスゲの栽培は簡単です。7月終わりごろになると早い果実が熟しています。それでお盆ごろに種子を少し採取して、すぐに播けば簡単に苗ができます。早ければ翌翌年に花が咲きます。畑などで育てると見事な大株になって沢山の花が着きます。
自生地での花の観察には夕方4時ぐらいに行くのがいいでしょう。待っていると日没までに花が咲きます。厚い雲に覆われて薄暗い日には、昼過ぎぐらいから咲くこともあります。

『兵庫県レッドデータブック2010』によるとユウスゲはCランクの貴重植物です。

『日本のレッドデータ検索システム』では多くの県が貴重植物に言及しています。

ユウスゲの花
↑花にはケバケバしさが全くなく、高貴な雰囲気すらします。訪花昆虫を招くためなのか良い香りがします。このユウスゲは淡路島の(諭鶴羽山系の)ワイルド・フラワーのベスト10に間違いなく入ります。
蕾がたくさんある
↑海岸の崖地の草原の中に生えています。この崖地は何年か前に大雨で崩壊したらしいです。それでユウスゲ群落が大きな痛手を受けたそうです。たしかに10年ほど前と比べると個体数が激減している印象がします。昔は一面の大群落だったような記憶があります。

ユウスゲの葉
↑ユウスゲの葉はユリの類とだいぶん相違しています。ユリ類は茎に葉が着くのですが、ユウスゲは花茎に葉が着かないのです。葉が株の根元から多数が集まって出ています。よく見ると2列になって出ています。ユウスゲは花が夕方に咲き、葉がカヤツリグサ科のスゲ属の植物の葉に似ているというのが、その名前の語源だとされています。しかし葉の質とか手触りの滑らかさは、スゲ属植物に似ているとは私は思いません。おそらく根元に葉が集まっている様子が似ているということではないか? と解釈しています。

さて、ユウスゲの花色が鮮やかなレモン黄色なのは、「受粉の仕事をしてもらう夜行性の蛾などの訪花昆虫に、暗闇でも良く見えるようにする為だ」とされています。本当にそうなのか? 少し疑問があります。例えばスイカズラという植物は「金銀花」という薬草にされるように花の色が黄色と白です。スイカズラの花は2日花です。1日目は白ですが2日目は黄色に変化するという面白い性質があります。スイカズラの花が2日目に黄色くなった夜に夜行性の蛾などが盛んに来るなどの観察や報告があります。したがって黄色の花に夜行性昆虫が集まるという可能性は否定できません。

●しかし、そもそも夜間は全く暗闇ではないにしても、光が少ないからよく見えないハズで、夜行性の動物は色盲が多いとされています。夜行性の送粉昆虫たちは目を大きくするなど暗闇に適応しているとは思いますが、彼らには黄色がよく見えるのか?という疑問です。第一に夕方咲いて翌朝しぼむ花は白が多いです。有名なものはサボテンの仲間のゲッカビジン(月下美人)があります。諭鶴羽山系にあるものではカラスウリ、キカラスウリ、オオカラスウリ等は1夜花ですが純白です。良く見えるというのであれば「白」が一番有利なのでは? 実際に夜咲いて朝しぼむのは白ばかりです…。ツキミソウもそうです。沖縄の名物のサガリバナも白っぽいです。

●それに夕方咲いて翌朝しぼむ(散る)花はたいてい強い香りがするので、白っぽい色に加えて芳香でも送粉昆虫を招いているハズです。花の色はあまり重要ではないのでないか?

●それに昆虫たちは我々ヒトと異なり、近紫外領域の波長の光と、可視光線でも紫や青の波長域でものを見ていることが良く知られています。ヒトより短い波長の光で見ているので、ヒトが黄色と認識している波長の光を夜行性の蛾などはどう見ているのか? ひょっとすると見えないのでは?(夜間に蛍光灯に虫が集まるのは、蛍光灯は紫外線を利用する照明器具だからだと説明されます。虫たちは紫外線で物を見ています)紫外線カメラでユウスゲの花を見たらどのように見えるのでしょうか? ぜひ一度、見たいものです。

●それに農業で “黄色ランプの防蛾灯” が普及しつつあります。夜行性の蛾などの昆虫が黄色の光で活動を抑えることが出来るといいます。夜行性の蛾などの目が黄色の光で昼間だと勘違いしておとなしくなる反応があるらしいです。黄色の「色」と「光」では昆虫の反応を同一視してはいけないでしょうが、関係があるのか?ないのか?

このようなことがあるから、「ユウスゲの花の黄色は夜行性の昆虫には良く見えるのだ」などという説明は “安易な説明” じゃないかという気がします。でも本当はどうなのか、よく分かりません……。(私も思いつきを適当に言っているだけです。ハイ。)

成長の限界、環境収容力を越えて殖えることはできない…
いつも思うのですが、政策担当者やエコノミストや政治家などは「成長しなければいけない」と常に主張しています。彼らのスローガンは高い経済成長率の標榜です。経済は常に成長しなければいけない、成長なくして国家の経済政策の運用はあり得ない。成長しなくては命がない…、と言わんばかりも膨張主義であり、拡大路線を走ろうとしています。「成長しなければ国家がひっくり返る」とでも思いこんでいるようで、ほとんど脅迫観念にとりつかれています。

自然観察の観点から見れば、この拡大膨張主義ほどおかしいものはありません。とても滑稽です。そもそも無限の成長などありえません。しばしば指数関数的に増えるとか、成長するとかいう表現がされます。あるものが1年後に2倍に成長するとしたならば、年々、2倍、4倍、8倍、16倍、32倍、64倍、128倍、256倍、512倍、1024倍…、と10年後には1000倍に成長してしまいます。現実にはそんなことは絶対にありえないです。個体群生態学では「環境収容力」という概念を教えています。“拡大膨張” できるのはおのずと上限があるというのです。ま、難しい理論など引っ張り出さなくても、当たり前といえば当たり前のことです。次の写真は、環境収容力いっぱいに成長した姿です。もう席は満席です。これ以上だれも乗車できません。

ヒシが池の面を覆い尽くす
↑何年か前にはホテイアオイがこの池の面を覆い尽くしていましたが、池の管理組合の人たちがホテイアオイの除去を徹底的にやりました。ホテイアオイは生えてこなくなったのですが、今度はヒシが大繁殖です。ホテイアオイの陰でかろうじて息を永らえていたヒシは、ヒトがホテイアオイを駆除してくれたのでわが世の春が出現。この池はやや富栄養のようですし、水深が浅いのでヒシには良い環境です。一挙に大繁殖です。池全面をほぼ覆い尽くしました。もうこれ以上殖えようがありません。
(写真の奥の方はヒシが密集して葉が空中に立っています。写真の手前の方は葉が水面に寝ています。それで手前の方はもう少し増殖できる余地はあるかもしれません…)

ヒシが1年でどれぐらい殖えるかは観察していないのでわかりませんが、5倍くらいか?? 毎日見ている池なのに何も見ていなかったようです。それはともかく池の面積が一定である以上、これより更にヒシが増殖するのは難しいです。生息密度を上げて繁ように生育するという形で少しは増殖するかもしれませんが、大幅に殖えることはないでしょう。この池のヒシは“成長の限界”に至っています。環境収容力いっぱいになり飽和状態です。

さて、家電製品の普及とか、生物の個体群の増殖の数学モデルとして「ロジスティック曲線」というのがよく知られています。グラフにすると、Sというアルファベットの両端を手で持って左右に引っ張ったようなものです。↓こんな感じです。(あるサイトから借用しました)

ロジスティック曲線

これはテレビとか携帯電話とかの普及曲線です。最初はゆっくりと、中頃には弾みがついて爆発的に普及します。終盤には市場は飽和してしまい普及は打ち止めです。普及率95~98%になったらそれ以上は増えようがない…。世の中には意地でもテレビや携帯電話を買わないというへそ曲がりは必ず居るので、100%の完全普及にはならない…、です。

動植物の個体群の成長も全く同じです。ため池のヒシが生育するのに良い条件がそろっていれば、そして毎年の増殖率が同じならば指数関数的に増殖するでしょう。グラフで勃興期から急成長期にかけての部分は指数関数で近似できるでしょうが、やがて増殖率(成長率)が急激に鈍ってくる筈です。ヒシがあまりに殖えてくると養分が不足してくるとか、ヒシの葉が水面を広く覆って太陽光が水中に入らず、溶存酸素の低下が起こるかもしれません。アレロパシー(他感作用)という用語もあるように、自らが出す化学物質で環境を汚染し自分自身がやられる、というふうなことも考えられます。いろいろな要因で増殖率が落ちてきましょう。それよりも池の面積には限りがあるので、増殖の限界があるのは自明です。

政治家やお役人は、年がら年中セイチョウ、セイチョウとお題目ばかり唱えていますが、社会経済現象であれ動植物の増殖であれ、無限の成長などあり得ないことを忘れたらいけないと思います。世の中には飽和する限界、環境収容力という制約に頭をおさえられるのです……。
マルバツユクサの侵入について
タチの悪い強雑草として知られる「マルバツユクサ」が、諭鶴羽山系のすそ野の田畑周辺に侵入してきて10年あまり経ちました。爆発的に増えるものと懸念されましたが、そうなりませんでした。それどころか本当に定着できるのか危ういという気すらします。本種はもともとは兵庫県はその分布域ではありませんでした。明確に兵庫県に侵入が確認されたのは1989年ごろのようです。『兵庫の植物・第3号』所収の、K先生の「兵庫県新産の植物ノート(2)」によれば、神戸市長田区の道路端の裸地にマルバツユクサが生育しているのを見つけたそうです。淡路島へ侵入が確認されたのは1998年頃です。神戸市のH氏が南あわじ市灘の民宿近くのミカン園で、本種がはびこっているのを見つけて報告されました。

わたしも意識して観察していたのですが、2003年ぐらいになると爆発的に殖えるような傾向が見られました。諭鶴羽山系南斜面の灘地区のあちこちで本種がはびこり、また阿万地区でも海岸の近くで本種が大発生していました。もともとはマルバツユクサは熱帯アジアに広く分布するようです。国内では関東以西の太平洋沿岸地方の果樹園や道端や空き地などに生育していたようです。沖縄や九州には多いそうです。それが堆肥とか肥料あるいは客土などいろいろな要因で、分布を広げて近畿の都会周辺などに侵入してきたようです。

マルバツユクサ
↑ツユクサに良く似ていますが、花が極めて小さいことと、葉が幅広で丸い感じで見分けられます。葉がまるいので、丸葉ツユクサという名前です。それと葉の縁が波打っていることが多いようです。

花は小さい
↑花はツユクサに比べるとかなり小さいです。色もやや薄い水色という感じです。

マルバツユクサを掘り上げた
↑マルバツユクサを掘り上げると、根群とはべつに地下茎のようなものが何本も地中に伸びています。写真の白い色の走出枝です。

マルバツユクサの閉鎖花
↑この地下茎1本につき1~3個の閉鎖花が着きます。写真の白い膨らんだものです。写真のいくつかの閉鎖花を測定しました。花柄が1~2㎜あり、花の長さは9~10㎜です。

この兵庫県、そして淡路島諭鶴羽山麓の周辺に侵入してきたマルバツユクサのやっかいな点は、その特異な生態にあります。地下茎ようなものを地中にどんどんと伸ばして、地中に閉鎖花(へいさか)を着けることです。閉鎖花というのは「咲かない花」です。花冠が咲かずに閉じたままで自家受粉してしまう花です。
野草の閉鎖花について
この閉鎖花が地中に出来てしまうのがマルバツユクサなのです。もちろん種子もできます。しかも地上の茎にも花が咲き種子ができます。さらに種子には大きい種子と小さい種子の区別があり、地上にも地下にもできるのです。4種類の種子が出来るなどという特異な植物なのです。地上大種子、地上小種子、地下大種子、地下小種子です。変わった植物なのですが、厄介なのはそれぞれの種子が発芽する条件が異なり、春から秋までつぎつぎに芽を出してくるので、雑草としては防除が困難になります。このマルバツユクサの生活史や生態については、宮崎大学農学部の松尾光弘教授が詳しい報告をされています。日本雑草学会の学会誌はネットで公開されています。次の報告を読めばとんでもない厄介な雑草だということが、よく理解できます。

南九州に発生するマルバツユクサの発生生態と生育の種子間比較

マルバツユクサの種子サイズと出芽時期・遮光が生育と種子生産に及ぼす影響

マルバツユクサの発生生態と幼植物の形態形成について

ところがです。厄介な雑草が侵入してきて、爆発的にはびこるぞと懸念していたのですが、そうでもないのです。意外にはびこらないのです。マルバツユクサが予想外にはびこれない要因は何なのか? 今後のひとつの自然観察テーマです……。

●7月7日に写真を追加しました。
ツユクサの花
↑ツユクサの花はマルバツユクサよりも大きいです。葉は丸くなく、ササの葉のように長細いです。
実りの梅雨? 豊饒な野生果実がいろいろ…。
「実りの秋」という表現がありますが、「実りの梅雨」という表現はあまり聞かれません。穀物でも果物でも、田畑の作物というのは秋に収獲されるものが多いです。しかしながら、野山をトレッキングしていて秋に食べられる野生の果実がそう沢山あるわけではありません。野山には秋ほどではないにしても、梅雨にも食べられる野生果実がいろいろとあります。諭鶴羽山系にあるものを紹介しましょう。

ヤマモモ
↑ヤマモモは上等品です。スーパーの店頭でも売られています。結構な値段が付けられています。高すぎで法外な値段だ!と私は思います。 しかも市販品は酸っぱくて全然美味しくありません。店で売られているのは「瑞光」という品種のヤマモモがほとんどです。瑞光は大粒で見てくれは立派なのですが、いかんせん味が悪く、酸っぱすぎるのです。一般論ですが、そもそも店頭に並んでいる色々な果物は見かけ倒しで、ほんとうに味がいい果物は市場から駆逐される傾向があります。というのは本当に味が良い品種というのは、形(見てくれ)が悪かったり、輸送性が欠けていたり、収量が少なかったり、規格にぴっしっと揃わなかったり、栽培に手間がかかったり…、と市場性に乏しいのです。

味が悪いのだけれども、規格に見事に揃ってハネ物のロスが少なく、皮が厚くて傷みにくく日持ちがして、収量よし病害に強く栽培が難しくなく…、という物が青果市場で幅をきかせるのです。つまり、味は二の次、三の次なのですよ。スイカでもカンキツ類でもイチゴでもなんでも、もちろんヤマモモでもそうです。ま、これでは国民1人あたりの果実消費量が年々減少していくのは当たり前です…。

ヤマモモの野生品は個体変異が大きい植物です。山中に自生するヤマモモの果実は、大きさもまちまち、その味も木によりかなり異なります。ときには果実が大きくて香りよし甘み強く酸味は適度で色もよしというものに出会います。ヤマモモは栽培品種よりも野生種のほうがはるかに美味いのは、自信をもって断言いたします。山中でもし美味いヤマモモの系統を見つけたら接ぎ木で苗を作り、庭に植えると良いでしょう。ヤマモモは根粒バクテリアが着く肥料木です。自分で空中の窒素固定ができるのです。やせ土でも無肥料でもよく育ちます。また雌雄異株の樹木ですが受粉樹など必要ありません。山からオス木の花粉が何キロでも飛んできて勝手に受粉します…。

ホウロクイチゴ
↑ホウロクイチゴは花期は4~5月、果期は6~7月です。よく似た植物にフユイチゴとオオフユイチゴというのが諭鶴羽山系に分布しています。葉は酷似していて見分けるのがかなり難しい植物です。が一つ決定的に異なるのが花期(果期)なのです。

ホウロクイチゴ 花期…春~初夏です。 果期…梅雨頃です。
オオフユイチゴ 花期…初秋9月頃です。 果期…晩秋から初冬です。
フユイチゴ   花・果期はオオフユイチゴと同じだが、葉が小さい。

葉の大きさは、ホウロクイチゴ > オオフユイチゴ > フユイチゴ、です。

オオフユイチゴは、ホウロクイチゴとフユイチゴの交雑が起源の「種間雑種」だということも、かつて言われたのですが、花期が異なるから交雑しようがありません…。ホウロクイチゴが秋に“狂い咲き”(不時開花)して、フユイチゴと交配した? 可能性としては絶対ないとは言い切れませんが……。
さて、ホウロクイチゴはとても美味しい木イチゴです。果実の採集の際には、トゲに気をつけましょう。ホウロクイチゴは茎にトゲが沢山ありますし、葉にも若干トゲがあります。葉にはトゲがあるといってもそれほどでもありません。で、シカに食べられそうな気がしますが、しかし、シカの不嗜好植物です。

ヤナギイチゴ
↑イラクサ科の植物には草本が多い(というよりも、ほとんどが草本)のですが、これはよく育つと樹高が3mぐらいになる木です。兵庫県では淡路島の諭鶴羽山系にしか分布していない暖地性の植物です。海岸近くの谷筋などの湿気の多いところを好んで生えています。葉はヤナギの葉に似ていてイチゴのような果実が成るので、ヤナギイチゴという名が与えられました。この果実のお味ですが、ものすごく美味しいというものではありませんが、そこそこいけます。子供のころ学校帰りに道草をして食べました…。

このヤナギイチゴには「茎生花・茎生果」(けいせいか)という熱帯植物みたいな面白い性質があります。古い枝や太い枝に直接に花が咲き果実が成るのです。熱帯の樹木は樹高が高くなるものが多く、高い枝先に果実を成らしたならば、種子散布の仕事をしてもらう動物たちに食べてもらえません。そこで動物たちの背が届く範囲に果実を成らすために、枝先ではなく幹や太い枝に果実を成らせるのだ、とよく説明されます。しかしこの説明ではヤナギイチゴには当てはまりません。ヤナギイチゴはもともと背が低い木なので、枝先に果実をつけても動物たちの背は届きます…。じゃあ、どういう理由があるのかと聞かれても、??、分かりません……。

野生ビワ
↑南あわじ市灘地区は戦前から果樹のビワ栽培が盛んです。生産農家の高齢化のために現在ではビワ栽培は衰退しつつあります。そういう土地柄のために、カラスがビワの果実をつついて食害し、ビワの果実をくわえて飛んでいるのをよく目撃します。そのためにビワの種子が山中に散布されることになります。諭鶴羽山の南側の斜面には広くビワが野生化しています。

灘地区で栽培されているビワは大部分が「田中ビワ」という品種です。わずかに「茂木ビワ」など他の品種も作られています。これら栽培種のビワの種子を採取して土に蒔き育てると、その実生の果実は親木の果実よりもやや小さくなることが多いのですが、そう極端に小さくなるわけではありません。ときには親木より香りや甘みの強い立派な果実がなることもあります。野生化しているビワを観察すると、その果実が極端に小さくてブドウの房みたいに多数なる系統があります。栽培ビワとあきらかに形質がかなり異なるものがあるのです。地元の人は「小ビワ・こびわ」と呼んでいます。果実だけでなく、葉も小さくてあまり “ごわごわ” としていないです。

この小ビワは、栽培ビワの野生化(逸出)したものとは別の起源があるのかも分かりません。写真の小ビワの果実を計測してみました。ほぼ球形の果実の直径は23~28㎜の範囲にあります。1果房に10個ぐらいがふさふさと成ります。果肉が非常に薄いです。種子の比率が大きいのです。一方、栽培種は撤果(間引く)作業をして1つの果房に1~3個しか成らさないこともあるのですが45~50㎜ぐらいの直径です。果実の形状も球形ではなくやや長細いです。この栽培ビワを放任してブドウの房みたいにしても、小ビワよりもはるかに大きいです。

この「小ビワ」は栽培ビワとは関連がなく、別の起源では?という気もするのですが、詳しいことは全くわかりません。ビワには日本自生のものがあったのかどうか、諸説あるようです。
ヒイラギは葉のトゲで草食獣を防御
庭にもよく植えられるヒイラギですが、山中にも自生しているのを時々見ます。ヒイラギは葉に鋭いトゲを生じて草食動物たちの食害から身を護っています。『岩波古語辞典』によると、「ひひらき・疼き(これは連用形です)」という古語はひりひり痛むという意味であり、「ひひらく(これは終止形です)」の連用形の「ひひらき」が名詞に転用されて植物名になったようです。それで「柊」という漢字があてがわれました。葉にトゲがあって、手に触れるとひりひり痛むことからの命名ということです。節分の夜、イワシとこの木の枝を門戸に刺すと悪鬼を払うという風習がある、そうです。

ヒイラギの大木
↑旧南淡町阿万にて、ヒイラギの大木です。地上より胸高(1.3m)での幹の周囲を計測してみましたところ96㎝もあります。幹の横断面が円であるとは限りませんが、円で近似できると考えると、幹の直径はなんと30.5㎝もあります。根元に2メートルの竹竿を置いてこれを指標として、すこし離れて眺め、樹高がその竹竿の何倍あるか目測しました。目測によると9mもあります。『原色日本植物図鑑』によるとヒイラギは高さ4ー8mの常緑小高木ということです。ここのヒイラギは種としてほぼ最大限に生育した大木といえそうです。写真をご覧いただいても威風堂々とした樹勢であるのが分かると思います。樹皮の感じとか枝の分岐のしかたなどは、まるでクスノキの大木みたいです。

葉にトゲがある
↑このヒイラギの根元から枝がたくさん出ていました。ちょうど木の切り株から「ひこばえ」が竹ボーキのように沢山出ているような感じです。その枝は長く徒長しているという状態です。この根際から出る枝の葉にはトゲがあります。地上からヒトの身長ぐらいの高さまでの枝の葉には鋭いトゲがあるのです。まばらにある鋸歯の先端が鋭いトゲになっています。

葉にトゲがない
↑ところが、高い所で展開している枝の葉には、まったくトゲがありません。トゲがないどころか鋸歯(葉身の周辺にあるギザギザ)すらありません。葉身の周囲は穏やかな曲線で、尖っているのは葉の先端だけです。いわゆる全縁です。葉の大きさもトゲのある葉よりも明らかに小さいようです。

両者を比べてみた
↑標本を台紙に貼る要領で、トゲのある葉の枝とトゲのないそれを貼り付けてみました。葉の着きかたは明らかに対生ですが、トゲのない枝ではパッと一瞥すると枝先に集まって輪生しているかのように見えますが、節間が詰まっているだけで対生であるのは変わりません。トゲのある葉を観察しますと、1枚の葉にトゲが何個あるのか? ですがおおむね奇数のようです。3個、5個、7個、9個というところです。11個というのはこの個体を観察した限りでは見つかりませんでした。奇数個のトゲが左右対称にあるという感じです。ところが良く見ると4個とか6個などのものが少し混じっています。例えば6個のものは葉の先端に1個のトゲがあり、葉身の右側に3個、左側に2個という具合で左右対称が崩れています。

思うに、草食動物たちに食べられる危険性のある低いところ(2メートル以下)のところの葉はトゲで身を護るのですが、草食動物たちの背が届かない高い所(2m以上)の葉は身を護る必要がないので、トゲができないのでしょうか? もしそうであるならば、トゲを作るのは大変エネルギー(物質)が要るということと、葉の形態においても極めて「合目的」なものがあるといえましょう。生物というのは動物でも植物でも、その体の構造から器官・組織にいたるまで、また行動や習性など、みな目的や狙いがあり「合目的的な存在」であると言えます…。
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