雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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けったいなベニヤマボウシ (紅山法師)
ミズキ科のヤマボウシといえば、街路樹などによく植えられるハナミズキにごく近縁の花木であります。果実はちょっと違うけれども、花や葉は良く似ていて見分けがつかないほどであります。ハナミズキは北アメリカ原産の外来種で、白い花もあればピンク色の花もあります。

ヤマボウシは日本自生種であります。淡路島では5月下旬から6月一杯に咲くのですけれども、山裾にも尾根にもいたるところで咲いております。とくに洲本市柏原山には多いです。淡路島南部の山岳地帯には、普通に見られるもので、別に珍しい物ではありません。ヤマボウシの花は普通は白ですが、ヤマボウシが咲くころに山で咲く他の花は圧倒的に白い花が多く、ネズミモチ、タンナサワフタギ、イボタノキ、ウツギ、マルバウツギ、ヒメシャラ、シタキソウ、など皆白です。それで、他の白い花に埋没してしまい、あまり観賞価値がありません。


ところが、淡路島の南部の山岳地帯のある谷筋や尾根では、白花のヤマボウシではなく、紅花のヤマボウシが沢山自生する場所があります。このたびその写真が撮れましたので、このブログに発表したいと思います。ヤマボウシは樹高10mほどの亜高木なのですが、樹冠の部分で花が咲くので、しかも森林の中で咲くので、非常に写真が撮りづらいものです。ベニヤマボウシがあるのは20年前から気付いておりましたが、長い間写真が撮れませんでした。ベニヤマボウシはヤマボウシの赤花のものですが、普通は花全体が淡いピンク色であります。淡路島の自生地のものは個体によって色合いが変化に富んでいます。今回ようやく写真が撮れたものは、非常に珍しい色合いのベニヤマボウシです。

↓ こちらは普通の白花ヤマボウシです。諭鶴羽山にあるものは白花ばかりです。
ヤマボウシ(白花)

↓ 今回写真が撮れたベニヤマボウシですが、赤色が斑点状に入るという非常に奇妙なものです。赤いインクのしずくを撒きちらしたような感じです。かなりケッタイなベニヤマボウシ(紅山法師)であります。
ベニヤマボウシの花

ベニヤマボウシの花
↑ 2013年6月25日に山のキノコが写真を撮った。淡路島南部の山岳地帯にて。海抜450メートルぐらい、鬱蒼と茂る暖帯照葉樹の二次林の中。

●4枚の花弁のように見えるのは総苞(そうほう)と呼ばれるものでありますが、その自生地にあるベニヤマボウシが、みんなこんな花というわけではないようです。花びらのように見える4枚の総苞全体が桃色という樹もあります。人相いろいろ花相いろいろです。ただ茂った樹林の中で観察したり写真を撮るので、これしか撮れませんでした。

その自生地では、遠目にみると、ピンクのサクラが咲いているような感じで、とても綺麗なものです。ただ残念なのは自生地情報を公開できないことであります。昨年10月に出版された小林先生の『淡路島の植物誌 改定増補版』(CDロム版)に載っていないので、淡路島新産植物の可能性が高そうです。それで、自生地保護のために詳細な場所は非公開です。公開しても植物愛好家や山野草マニアが荒さない時代が早く来ればなあと希望しています…。


Google画像検索 「ベニヤマボウシ」 で検索し閲覧すると、各地で撮られたベニヤマボウシの写真がアップされています。中には外来種の赤花ハナミズキが混じっているかもしれませんが、他の地方のものと比べると、淡路島南部の山岳地帯のベニヤマボウシはかなり風変りなものであると言えそうです…。

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キジョランの観察
●7月22日の午後に、洲本市千草の奥の猪鼻谷(猪鼻ダム奥の西側の谷)に行ってまいりました。昨年発見した濃色赤花のホンシャクナゲの接ぎ木用の「接ぎ穂」を採るのが目的でありました。その発見した赤花シャクナゲの樹は老成していて、枯れ上がった枝が多く、生育がかんばしくありません。そう遠くない日に枯死するであろうと思われます。それで、その枝を採集してその個体の遺伝子を保存しようということであります。6本の今年伸長した枝を採取して持ち帰り、台湾原産のアカボシシャクナゲ実生3年生に接ぎ木を行いました。アカボシシャクナゲは耐暑性が強く、シャクナゲの大敵の根腐れ病に強いので、シャクナゲの接ぎ木用の台木には普通これが使われます。

●ところが、採取した接ぎ穂自体が貧相で、通常ならばとても接ぎ穂にするのは無理な状態のものでした。また、その樹自体が樹齢数十年の老木であろうと思われますから、接ぎ穂もそれだけの年数を経た老化枝であります。われわれヒトを始め動植物の多細胞真核生物では、体細胞が分裂できる “分裂回数の絶対的な回数” があらかじめDNAにプログラムされているらしいことはよく知られています。たとえば、全てクローンからなる桜の品種のソメイヨシノは、細胞分裂寿命が迫っていて、その系統保存に危険信号が点灯していると言われています。要するに細胞分裂寿命が迫りつつあるかもしれない接ぎ穂を用いて、接ぎ木が上手くいくのだろうか? もっと若木であればいいのですが、濃色赤花のホンシャクナゲを見つけたといっても、老木すぎてその遺伝子を保存するのは難しそうな気がします。接ぎ木はおそらく失敗するであろうかと予想しています…。 

●さて、猪鼻西谷は植物の宝庫で、ウドカズラ(Aランク)、ナベワリ・カギカズラ(Bランク)など兵庫県レッドデータ種もたくさんあるわけですが、シャクナゲの接ぎ穂を採取した帰りに、ガガイモ科のキジョランを観察しました。兵庫県ではキジョランはレッドデータ種ではありませんが、淡路島では珍品に属すると思います。わたくしもキジョランは猪鼻谷・灘山本・灘惣川の3地点でしか見たことがありません。 キジョランをレッドデータ種扱いとする県もいくつかあります。 キジョランのとても面白いところは、その青黒い革質の葉や、独特な形状の果実などであり、異国情緒を漂わせていて観葉植物にできるのでは?と思えることであります。実際に、ときには園芸店の店頭で鉢植えのキジョランが陳列販売されることもあります。

キジョランの蔓が覆う
↑キジョランは、羽の水色が美しい大型のチョウの アサギマダラ の幼虫の食草としてあまりにも有名です。
【Wikipediaから引用】幼虫の食草となるガガイモ科植物はどれも毒性の強いピロリジジンアルカロイド(PA)を含む。また、成虫がよく吸蜜するヒヨドリバナやフジバカマも、蜜にアルカロイドを含む。アサギマダラはこれらのアルカロイドを取りこむことで毒化し、敵から身を守っている。アサギマダラは幼虫・蛹・成虫とどれも鮮やかな体色をしているが、これは毒を持っていることを敵に知らせる警戒色と考えられている。【引用終了】

葉と花
↑キジョランは蔓草です。大きさは3~4mの樹高の木を覆う程度の大きさであります。あまり大きく10mとかそれ以上とかまで伸長するわけではありません。葉は青黒いぐらいの感じで深い緑色で、革質の厚い葉です。極端に大きくならないので観葉植物に利用できそうです。写真の花はまだ蕾のものが多く、まことに小さくて地味な散形花序で、観葉植物とするならば葉と果実を鑑賞するものであろうかと思います。

花(散形花序)のアップ
↑花には観賞価値はなさそう…。

キジョランの果実
↑このキジョランの果実の形は、熱帯果物のマンゴーに酷似しています。が食べられません。シカの不嗜好植物です。ガガイモ科の植物は、諭鶴羽山系にはガガイモ・シタキソウ・イヨカズラ・コイケマ等がよく見られるのですが、シカ(鹿)はこれらを絶対に食べません。これらは、いずれも茎を切ると白い乳液みたいなものを出して気持ち悪いし、有毒なアルカロイドを含んでいることが知られています。キジョランは自らの体に毒を盛ってシカの食害から身を守っているのです…。

鈴なりの果実
↑蔓や葉の表側(陽光の当たる側)からは果実があまり見えないのですが、ツルをめくって裏側をのぞくと果実が鈴なりに沢山あります。

ザルに盛ったキジョランの果実
↑何十個もなっていたので、5個採集して観察しました。ザルに盛った5個の果実を、長さ・幅・重さを計測してみました。

① 長さ11.8㎝ 幅6.0㎝ 重さ52g
② 長さ11.5㎝ 幅5.7㎝ 重さ49g
③ 長さ10.9㎝ 幅5.9㎝ 重さ50g
④ 長さ11.3㎝ 幅5.7㎝ 重さ55g
⑤ 長さ11.4㎝ 幅5.3㎝ 重さ52g

果実を解剖した
↑果実はとても軽く、押えるとやわらかくて弾力があります。ゴム毬を押さえるような感じであります。キジョランの果実は、子房が1枚の心皮からできている 袋果(たいか) で晩秋に熟すると縫合線からパカッと裂開します。その縫合線にそって無理やりに割って中身を覗いてみました。ヘチマの果実の繊維みたいなものがあります。果実の中は、中心にやがて種子ができるところの固い部分がありますが、その周囲は柔らかい繊維状の物が取り巻いていてスカスカの構造になっています。

水に浮かべるとよく浮かびます。果実の3分の1程度が水中に没するだけで、3分の2程度は空中にでています。この果実の比重はおそらく0.3~0.4ぐらいではないか?と思います。海流によって種子を散布する植物の種子や果実は、水によく浮かぶような構造や軽さになっていますが、キジョランは海流(川の水流も)で種子散布するわけでは全くちがいます。秋遅くから初冬にかけて風で種子を飛ばしています。種子が風散布の植物なのです。種子に種髪(しゅはつ)というものが付いていて風でよく飛びます。種子(果実)が水の流れで散布するのではないのに、果実がこんなにも軽い理由はなんのためでありましょうか??
果実は水によく浮かぶ
↑若い果実はプカプカと水によく浮かびます。夏の水遊びの際の子供のおもちゃに宜しそうです。秋遅くに果実が熟しても水によく浮かぶのかどうか不明です。

お正月のおめでたい植物「マンリョウ」
●「マンリョウ」と「センリョウ」のどちらがお目出度い植物なのか? は「マンリョウ」に軍配が上がることに論を待ちません。「マンリョウ」は万両であり、センリョウ(千両)よりも位が1段階上位であります。お前は千両持ちになりたいか? それとも万両持ちになりたいか? と問われたならば、ほとんどの人は「そりゃあ万両持ちになるほうが良いわな」と答えるでしょう…。欲深いカネの亡者の人間があえて千両を選択するとは考えにくいものです…。

●「マンリョウ」は、また、「満了」に通じるものであります。ものごとが満了した、一杯になった、ということであります。「満了」のかもしだすイメージは満員御礼とか、満願成就とか、満水、満車などであります。ものごとが、あふれんばかりに一杯になり、飽和したということであります。これ以上増やしようがないほど増えたということなのです。商売をしても願い事をかけても、こんな目出たく喜ばしいことは他にはございません…。

マンリョウ
↑南あわじ市北阿万の大日ダムにて。付近にはマンリョウの自生が沢山見られます。実生の幼株もたくさんあります。庭に植えたい方は少しであるならば採ってもよろしい。

マンリョウの果実
↑赤い実がとても美しいです。おいしそうに見えますが鳥類があまり食べないので、味がわるいのかもしれません。ヒトが食べても大丈夫かどうか不明ですから、採って食べてはいけません。

マンリョウの葉
↑葉の縁には波打つような鋸歯があって、独特な葉であります。樹高もせいぜい1mぐらいですから、庭木にするとよろしい。

●さて、このお目出度い植物が意味するところの「万両」は、いったいどのくらいの価値があるのか、資料を渉猟してみました。
日本銀行金融研究所貨幣博物館のHPより「お金に関するFAQ」が簡単に説明しています。

【引用開始】
1.江戸時代の金一両は今のお金のいくらくらいに相当するのですか?

 江戸時代における貨幣の価値がいくらに当たるかという問題は、大変難しい問題です。なぜならば、当時と現在では世の中の仕組みや人々のくらし向きが全く異なっていて、現在と同じ名称の商品やサービスが江戸時代に存在していたとしても、その内容や人々がそれを必要とする度合いなどに違いがみられるからです。
 ただ、一応の試算として江戸時代中期の1両(元文小判)を、米価、賃金(大工の手間賃)、そば代金をもとに当時と現在の価格を比較してみると、米価では1両=約4万円、賃金で1両=30~40万円、そば代金では1両=12~13万円ということになります。
 また、米価から計算した金一両の価値は、江戸時代の各時期において差がみられ、おおよそ初期で10万円、中~後期で3~5万円、幕末頃には3~4千円になります。
【引用終了】

★なるほど。何を指標にして測定するかで価値は変わり、また時間の経過とともに価値は逓減していく傾向があり、オーダーで2ケタぐらいも変わってくる…、ということのようであります。「万両」すなわち1万両の現代貨幣価値は幅が大きく、3~4000万円から、30~40億円ということであります。早く万両持ちになりたい方は、お庭にマンリョウを植えるといいでしょう…。お庭がない方は窓際などにマンリョウの鉢植えを並べるといいでしょう…。
晩秋の淡路灘海岸を彩る黄花3種 「シマカンギク」
シマカンギクです。晩秋の諭鶴羽山の裾野や、海岸を飾る黄色の野生キクがこれであります。別に珍しいものではありませんが、近年かなり少なくなってきたように思います。おそらく森林が鬱蒼と茂ったためと、田畑が耕作放棄されてススキなど豪壮な多年草が増えたためではないか?と観察しています。

兵庫県の野生キク(菊)といえば県の花に指定されているノジギクでありますが、ノジギクは淡路島では播磨灘側の海岸には普通にあるのですが、淡路島南部の太平洋岸には全くみられません。したがいまして、諭鶴羽山で野生キクの観察をする場合は、シマカンギクの観察ということになります。

シマカンギク

綺麗な花にはトゲがあったり、毒があるなどとよく言われます。そして毒と薬は紙一重…。ということで、シマカンギクは漢方薬の材料のようです。漢方・漢方薬を学ぶ総合サイト 漢方ビュー 生薬辞典「菊花・きくか」シマカンギクの黄色い頭花を乾燥させたものが「菊花・きくか」という生薬で、釣藤散(ちょうとうさん)という漢方薬に配剤し、めまい・高血圧・慢性頭痛・肩こり・眼精疲労に処方されるらしい…。
ほんまに効くんやろか? という気もしますが…。

シマカンギクの花

シマカンギクの葉

シマカンギクの兵庫県内の分布
↑兵庫県立人と自然の博物館 2007.1『兵庫県産維管束植物8』162貢に記載されているシマカンギクの産地11か所に赤丸でプロットを打ちました。兵庫県下では神戸市六甲山から、淡路島にかけて分布していることが分かります。兵庫県下99ブロック中、11ブロックでシマカンギクの標本が採取されているようです。

産地名を転記しますと下記の11か所です。
浜坂町久斗山、家島町加島、神戸市兵庫区鳥原、神戸市中央区再度谷、神戸市灘区摩耶山、北淡町常隆寺山、東浦町釜口、一宮町後、津名町佐野、洲本市天川、南淡町沼島

●シマカンギクは「島寒菊」の意味ですが、牧野富太郎先生はシマカンギクなどと言っても島にはなく内陸とか山間地に多いからこの名称は不適切だとして、別名のアブラギクを推奨しました。
徳島県立博物館「シマカンギクの徳島県内の分布」を閲覧すると、島にはなく山間地に多いようです。ですが、兵庫県に限って言えば家島と淡路島にあり、とくに淡路島には沢山の産地があります。兵庫県ではまさに「島寒菊」であります。晩秋の寒くなった頃に咲き、島に自生する菊なのです…。
リンボク(バラ科サクラ属)の観察
諭鶴羽山系のあちこちで今リンボクの花が満開ですので、観察したいと思います。リンボクといえば古生代石炭紀の巨大シダ植物が有名です。リンボク・ロボク・フウインボクの3大化石シダ植物は高等学校の地学の教科書にも載るほど有名なものですが、今回のリンボクはそんな化石植物ではなくて、バラ科サクラ属の暖帯の常緑高木であります。単に和名が同じというだけです。

リンボク(化石植物)……鱗木と書く。幹に「魚のうろこ」状の模様が
            ある。地質年代の後に石炭になりました。
リンボク(バラ科)………桜の親戚ではあるが、花は房状になってい
            て、常緑樹。漢字では「橉木」と書くらしい
            です。こちらは「木へん」です。つくりは上
            のものと同じです。

大阪自然史博物館の展示物 鱗状の幹のリンボクの化石
川崎悟司氏のHP『古世界の住民』でリンボクの復元イラストが見られます。

リンボク
↑これが現生バラ科サクラ属のリンボクです。諭鶴羽山系では私の観察では、由良天川、鮎屋川上流、成相渓谷、灘山本などで見ていますが、個体数はごくわずかです。なかなか見ることのできない樹木です。兵庫県下でもそんなに沢山は無いようです。10mかそれ以上になる樹木で、樹冠の上の方で花がさくので花の観察がきわめて困難です。

リンボクの花
↑ご覧のように総状花序に直径6~7㎜ぐらいの個花がふさふさと20~40花もつきます。花は小さなウメの花という感じですが、めしべが花弁よりもはるかに長いので、毛がたくさん出ているように見えます。諭鶴羽山系での花期は9月中旬~9月下旬ぐらいです。10月初旬まで咲いています。

バラ科サクラ属の樹木で花が房状になるものには他に、ウワミズザクラ(淡路島には自生していない)、イヌザクラ(淡路島にある)、バクチノキ(淡路島にある)などがありますが、本種リンボクとバクチノキは秋に花が咲きます。

葉の縁は波打つ
↑葉は照葉樹らしく光沢があり、テカテカとしています。写真のものは葉の周辺にギザギザがなく全縁で、葉の周囲が波打っています。リンボクは成木や老木では葉はこの写真のようになりますが、若木では葉の縁に鋭いギザギザがあって別物のように見えます。リンボクの別名はヒイラギガシですが、この別名は若木の葉を見てつけられた名称であろうかと思います。

幹の樹皮はサクラに似る
↑径20㎝ほどの太い枝の樹皮です。横縞になった皮目(ひもく)があります。サクラの樹皮に良く似ています。サクラの親戚だなどと言っても、サクラに似ても似つかぬようでありながら、よく観察するとどこかにサクラと共通項を見出すことができます。
カゴノキのまだら模様の不思議
カゴノキというクスノキ科の樹木はありふれた普通種で、身近なところに沢山あります。暖帯照葉樹林を構成する重要な樹木で、諭鶴羽山系の中腹以下の標高の低いところでは優占種となっていることも多いです。山系の山頂付近には全く見られません。おそらく耐寒性があまりないのではないかと思われます。カゴノキは “鹿仔の木” の意味だとされています。その樹皮にシカの仔のような斑点模様があるのです。で、その斑点模様を少し観察してみました。

カゴノキ
↑枝や葉は、クスノキ科の他の樹木、クスノキ、ヤブニッケイ、シロダモ、イヌガシ、タブノキなどに全然似ていません。それで樹皮をみれば見間違えることはないでしょう。

カゴノキの幹 径8㎝
↑幹の胸高(地上1.2~1.3m)直径が8㎝では、斑点は生じていません。

カゴノキの幹 径13㎝
↑幹の径が13㎝になるとポツポツと斑点が生じ始めます。

カゴノキの幹 径18㎝
↑幹の径18㎝になると斑点の数がかなり増してきます。

カゴノキの幹 径30㎝
↑これは幹の径が30㎝のかなり大きい木です。ほとんど斑点だらけです。小判状の形の斑紋が多いのですが、それぞれの形状は不規則です。複数の斑紋が連鎖したようなものもあります。斑紋の色も白っぽいものもあれば、灰色・茶色っぽいものもあります。それと、剥離直後は白っぽく、時間の経過とともに帯灰色とか帯緑色のように色が濃くなるようであります。

カゴノキの樹皮の剥離の様子
↑樹皮が今まさに剥がれようとしているものもあります。よって、カゴノキのシカの仔のようなまだら模様は樹皮が剥離することにより生じているようです。

剥離した樹皮
↑剥離しかけている樹皮を強引に剥いでみました。樹皮が剥がれても木質部が見えるわけではありません。どうやら樹皮が表層と深層の2重に分離しているような感じです。が詳しいことはよく分かりません。(まだ観察していない。近いうちにどうなっているのか調べてみます)

●沢山のカゴノキを調べてみましたところ、幹の径10㎝までならば斑紋がなく、10㎝を越えると斑紋が生じ始め、径20㎝以上になると樹皮一面に斑紋だらけ…、となる傾向が認められます。ただし、カゴノキの老大木が伐採されてその跡に発生した “ひこばえ” ならば、径5㎝とかのごく細い幹にも斑紋が沢山できています。

ということは、シカの仔模様の斑紋ができるのは、幹の太さではなく、その個体の樹齢が関係しているような気がします。たとえば、樹齢10年を越えると斑紋が生じ始めるとか…、だろうと思われます。幹の太さと樹齢は相関しているから、幹が太ると斑紋が出来るように見えるだけなのではないか?

たとえて言うならば、仮に、人は50歳を超えると白髪が生じ始める、としよう。小柄で子供のような体格しかない50歳のAさんは、最近白髪が出てきた…。つまり大人の体格はないのだけれども、年齢が50歳と老けたので白髪が出てきたのである。白髪が生じた原因は50歳という年齢であって、大柄とか小柄とかの体格は関係ない…。てな感じですね。ま、本当のところは樹皮の組織とか細胞とかどうなっているのか調べる必要がありそうです……。

●追記
岡山理科大学 植物生態研究室(波田研)波田先生の解説
↑波田先生と学生らがカゴノキを見ていたとき、学生が気がついたそうです。「こんなに皮を剥ぎ落とされたら、ツル植物はたまったものではないだろうな」と話し始めた。なるほど!

ふむふむ。そうかもしれません。よじ登ってくる蔓植物(気根で這いあがるキズタやイタビカズラはやっかいです)を樹皮をはがし落すことにより、彼らをふるい落とす…。なるほど。一応もっともらしい説明です。でも本当にそうか? カゴノキに蔓植物がよじ登っている例がないか観察する必要がありそうです。あるいはカゴノキからふるい落とされた蔓植物がカゴノキの足元にないか、探してみる必要がありそうです…。ある仮説は実際の現象をもって検証しなければなりません…。

そう言えば、カゴノキ以上に樹皮がはがれおちるバクチノキには蔓植物がよじ登っていないですね。
シイ(椎)の観察 (その3)             ――椎の実はイノシシを太らせ、政府公認の食品――
シイの葉と堅果
↑シイの葉の表面は深緑色で、裏面は茶色がかっています。果実は4~5㎝の短い枝に数個ついていて房状に成ります。果実は、総苞と呼ばれる袋状の皮の中に黒っぽい堅果が入っています。1本の短枝に何個の果実が成るか? 調べてみました。大木全体を調べるのは不可能ですので、任意の周囲15センチの枝に成ったものについてのみ、個数別の度数分布を全て調べてみました。

(1短枝の果実数)(出現度数)
 1個つくもの……………11
 2個つくもの……………27  総短枝数は156個あります。
 3個つくもの……………32  
 4個つくもの……………39  1本の短枝に付く果実数は、
 5個つくもの……………24  1~11個の範囲に分布しています。
 6個つくもの……………12
 7個つくもの……………7
 8個つくもの……………2
 9個つくもの……………0
 10個つくもの …………0
 11個つくもの …………2

●さて、シイの堅果(種子)は食べられます。利用の仕方では上等なナッツになるのです。ブナ科の堅果は樹種によって渋いものが多く食べることができません。食用可能な物は、クリは別格としても、他にはブナとシイぐらいののもです。他にはウバメガシのドングリは渋抜きして豆腐のようにすれば食べられます。

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↑写真の堅果(種子)は173個あります。総重量は181グラムです。(採取したての乾燥していない状態の重量です) 1個の平均の重さは1.046グラムとなります。

シイの実は1個約1グラムで小さいのですが、大量に成ります。諭鶴羽山系には大量のシイの木が自生していますが、そのシイの実の総生産量はどのくらいでしょうか? 調査して推定してみるのも面白そうです。諭鶴羽山系で生活するイノシシは、秋にこのシイの実を沢山たべて丸々と太ります。よく太ったイノシシは体重が200キロに達します。(南あわじ市神代のハンターが以前206キロのイノシシを、南あわじ市灘倉川でしとめました)

シイの実はイノシシを太らせる顕著な効能があり、栄養満点、風味が穏やかで食用になります。結構なお値段もつきます。購入すると高いので、カゴを持って山に採りにいきましょう。
シイの実販売店「はなまるフルーツ」山の幸 椎の実
↑シイの実が商品になるとは全く驚きです。しかも結構なお値段です。100グラムが380円、徳用500グラムが1750円です。皮をむいたシイの実は大きな米粒みたいで、とてもおいしそうですね。

四訂食品成分表 96ページの一部
↑古い版ですが、『四訂食品成分表 1997』(女子栄養大学出版部)の96ページをコピーしました。(紙の書物です)
この書物のもとのデータは科学技術庁が発表したものです。これにシイの実がちゃんと記載されています。ということは “椎の実” が食品であるということを政府が公認しているのです。
シイの実の可食部100グラムあたり、256キロカロリー、カルシウムは65㎎、ビタミンCは110㎎など食品としての価値があります。
シイ(椎)の観察 (その2)             ――シイの大木には板根(ばんこん)が生じる――
●あまりにも身近にあるシイの木ですがが、実体がまだよく分からない面があるようです。本州・四国・九州にあるシイは細かく分けるならば、スダジイとコジイ(ツブラジイ)となるのですが、これらが別々の種であるという説もあれば、同種内での変異であるという説もあり、諸説ふんぷん、決着がついていないようです…。

山田浩雄『スダジイとコジイ』 日本林学会会報(46),43-47,2006-02-01 (オープンアクセスボタンをクリックすると読めます)

山田浩雄『岡山県周辺におけるスダジイとコジイの地理的分布』林木遺伝資源情報 No.7, 2002.2

素人的には、スダジイとコジイが別種であろうと種内変異であろうと、どっちでもいいじゃないかとも思うのですが、研究者にとっては深刻に悩む問題のようです。

スダジイの樹皮
↑こちらは明白にスダジイです。樹皮に縦の深い溝があってごつごつしています。わが淡路島ではどちらかと言うとスダジイのほうが多いようです。海岸地帯にはスダジイが多く内陸地帯にはコジイが見られる、という傾向があるようです。両者を比べると相違点は次のようです。(観察をすればするほど、どちらとも言えないものが必ず出てきます)

スダジイ……樹皮の溝は深く、ごつごつしている。
      葉はやや大きくて厚い。種子(堅果)が長細くて大きい。

コ ジ イ……樹皮の溝は浅く、なめらかである。
      葉はやや小さくて薄い。種子(堅果)が丸くて小さい。

シイの大木では板根ができる
↑シイの大木になると、根際に板根(ばんこん)がよく見られます。熱帯や亜熱帯の樹木のように著しく発達した板根ではないので、“板根のなりかけ” という感じでしょうか。幹から根に移行する部分が板状になっています。

諭鶴羽山系に自生する樹木で「板根のなりかけ」が見られる樹種は私の観察では、スダジイ・ホルトノキ・ムクノキ等です。いずれの樹種でも幹の直径が1mを越えるような大径木で見られ、小さな木では見られません。しかし大木に必ず板根が生じるというものでもなさそうです。傾向としては、急斜面でしかも基盤の岩石が露出していて土壌が少ないようなところで、板根が発達しているように思います。

急斜面で土壌が少ないので直根の生育が阻害され、面的に広がる側根が発達、大木になると幹の重量が数十トンとか非常に重くなり、その樹木自体の重さや、風を受けた場合の強い風圧などの圧迫に耐える為に、根際を板根にして補強したのでは? 一種の適応現象かな? と思うのですが違うかもわかりません。

巨大な板根
熱帯の板根(ばんこん)はスケールが違います。迫力満点です。諭鶴羽山系のものはさしずめ “板根の卵” 程度か?
シイ(椎)の観察 (その1) シイは万葉植物
シイの木の観察です。シイはごく身近にあってありふれた樹木です。北海道の人ならばシイを見たことがないという人はいるでしょうが、西南日本でシイを見たことがないという人はほとんどいないでしょう。

シイの木

果実が成っている


●さて、シイの木は有名な万葉植物です。

万葉集 巻2の142 (有間皇子・ありまの みこ)

【原文】
 家有者 笥尓盛飯乎 草枕 旅尓之有者 椎之葉尓盛

【訓読】
 家にあれば 笥に盛る飯を 草枕 旅にしあれば 椎の葉に盛る

【読み方】
 いへにあれば けにもるいひを くさまくら
               たびにしあれば しひのはにもる
【語釈】
 家にあれば…“あれ(已然形)+ば” は確定条件順接ではなく、習慣
       的事実として述べる表現。家に居る時はいつもの意。
 笥(け)……飯を盛る方器なり、と古い辞書にあります。金属製なの
       か? どのようなものか諸説あるようです。
 草枕…………旅にかかる枕詞です。「旅にしあれば」の「し」は強意
       の助詞です。
 椎(しい)…ブナ科のシイの木。照葉樹林の代表樹種。
       『新撰字鏡』に「椎、奈良乃木也・しい、ならのきな
       り」「楢、波々曽乃木又奈良乃木」とあるそうです。
       椎 = 楢(なら)= 波々曽(ははそ)か?

●あまりにも有名な歌です。謀反の罪を着せられた有間皇子が、大和から紀伊へ護送される道中で詠んだ失意の歌とされています。この歌に詠まれている飯(いひ)を自分が食べるのか? 食べないのか? で解釈ががらりと変わりそうな歌であります。また、有間皇子は同時に次の歌も詠んでいます。わが身の安全を心配する心情が吐露されています。

 磐代の 浜松が枝を 引き結び ま幸くあらば またかへりみむ

紀伊の国の磐代の、浜辺の松の枝を引き結んで、もし自分が無事であったならば、再びここに立ち帰ってきて、この松の木を見たいです。生きて帰れないかもしれないという不安のなかで詠んでいるのです。

●新日本古典文学大系より引用
「有間皇子は、斉明天皇に対する謀反の咎によって、斉明天皇4年(658年)11月5日、蘇我赤兄に捕えられた。9日、天皇の湯治先、紀の湯に護送されて皇太子中大兄の尋問を受け、翌10日藤白坂(ふじしろのさか)で絞首された。(日本書紀)この歌は紀の湯へ護送の途次岩代で作られたもの」

【主に2種の解釈説があります】

(1)家におるときはいつでも茶碗(笥・け)にメシを盛って食事をしていたのに、今は護送される途上だ。枯れ草を集めて束にし、それを枕にして夜を明かす旅路の身なので、しかたがなくメシを椎の葉に盛って食べよう。(ああ、なさけないという気持ちが溢れている)

(2)家に居るときはいつでも、神祀りの際に丁重に器に盛ってお供えする飯を、旅路の途上であるから止むを得ず、シイの葉を採取してそれを器としそれに盛ってお供えします。(ああ、神様、私の無実を晴らしてください。どうかお助けください。という気持ちがにじみ出ている)

(3)メシ(蒸した強飯・こわいいだと思います)を盛ったのは、シイの葉ではなく、ナラの葉だ。コナラ・ナラガシワあたりか? ミズナラではないと思います。(ミズナラは近畿では1000mぐらいの山に行かないとないのです)あるいは「ははそ」の木? 「ははそ」はブナ科コナラ属の総称? 古名?

●さて、怪しげな検証です。“実験考古学”という学問領域があります。実際に石器や縄文土器などを作って、それらを使用し、考察検証するものです。で、次の写真のものはさしずめ “実験国文学解釈(上代)” と言うべきでしょうか?
万葉シイの葉めし?(味噌汁つき)
↑多分これはあり得ないでしょうね。自分が食べる食事であるのならば、シイの葉に盛るはずがない…。シイの葉では小さすぎます。こんな「ままごと」みたいなことをする筈がありません。ご飯(たぶん当時は甑(こしき)で蒸した強飯・こわいい)を盛るにはもっと大きな葉が必要です。古代から食器の代わりによく使われたのは「カシワ」とか「ホオ・もくれん科」の葉です。カシワは柏餅として現代にまで残っています。

シイの葉に餅を盛ってみた
↑シイの葉に餅を載せてみました。餅は飯(いひ)の替わりです。古代ではコメは貴重品で、たとえ神様にお供えするにしてもそう沢山は祀れません。それで旅の道中であるということもあり、シイの葉に飯を少しだけ祀ったのであろうと考えられます。写真は現代風であって古代では祭具はまた違うとは思いますが、旅にあるので道具もなくシイの葉に盛りました。ホオの葉は大きいのでこれを使用すると飯が沢山要ります。で、飯を節約するためにも小さなシイの葉なのです。

よって、(2)の解釈を私は支持したいと思います。
コマツナギは「駒繋ぎ」ではなく、「小馬繋ぎ」あるいは「子馬繋ぎ」かも?
マメ科のコマツナギです。草のように見えても草ではなく、小さくても木(木本植物)です。図鑑類など書物では、草本と木本を分けて扱っている場合は、たいていは木本に入れていることが多いのですが、草本に入れている場合もあります。書物によってまちまちであります。植物の分類はそもそも花の形態や構造で分けていくので、分類学的には草と木の本質的な差はない筈で、たんに、木部と篩部の間にある「形成層」という分裂組織の働きで、二次生長が続いて茎や根がどんどん太るかどうかの違いだけにすぎず、草なのか? 木なのか? などとこだわるのは次元の低いハナシということになりそうです。草と木の違いを知りたい方は、↓の福岡先生の講義をよくお読みください。この講義をよく読めばタケやヤシの木が木ではない理由が分かります。
学外に公開してくださっている福岡先生の講義です。植物の「茎」や「二次生長」についてです。

草のように見える木のコマツナギは別に珍しいものではなく、ため池の土手とか山裾とかに点々とある普通種です。諭鶴羽山系でもよく見られます。花期は長く夏じゅう咲いています。拡大して観察すると意外に美しい花です。鉢植えにして庭の飾りにいいかもしれません。

マメ科の小低木 コマツナギ
↑南あわじ市灘来川です。海岸県道の山側擁壁に垂れ下がっています。全体の長さは140㎝ぐらい、幅は90㎝ぐらいです。写真のものは壁に垂れ下がっていますが、その個体の生育地の状況により、地面を匍匐していたり或いは立ち上がっていたりと色々です。

コマツナギ

コマツナギの花穂
↑花はすこし紫味の入った桃色で美しいものです。5月に咲くフジは紫色で陰気で憂鬱な感じの花ですが、コマツナギは明るく華やかな色合いです。1個の花穂の長さは5~10㎝ぐらいあり、沢山の(30~40個ぐらいか?)個花がついています。下から上に向かって順番に咲くので花期が長いです。

コマツナギの葉
↑コナツナギの葉は奇数羽状複葉です。この写真のものは小葉の数は11個です。写真の個体の葉の小葉数をしらべてみましたところ、5個、7個、9個、11個と分布していました。5個はごくわずか、7個が30%ほど、9個も30%ほど、11個が40%ほどの出現率でした。13個というのはいくら探しても見つかりませんでした。葉の表面にも裏面にも疎らな毛が散在しています。(この写真にもかすかに映っています)

根元の茎は木質化している
↑確かに茎を見ると小低木です。根元から多数の枝を分けていて、どれが主幹なのか側枝なのか区別できません。茎の太さですが地上10㎝の高さで径10㎜の太さです。

●さて、コマツナギの語源ですが、「駒繋ぎ」の意味ということですが、古来3つの語源説があるようです。

1、ウマが好んで食べる草であるところから、コマツナギの自生地に馬が常に居る、つまりその自生地に繋がれているかのごとくであるので、駒(ウマ)繋ぎだ。(『和訓栞』・わくんのしおりの後篇説)
『和訓栞』というのは江戸時代後期のわが国最初の国語辞書です。1777年~1887年の百年あまりかけて編纂されました。前篇・中編・後編と3部作。

2、コマツナギの根や茎は細いわりにはすごく丈夫で、簡単には引き抜くことができない。それで駒(ウマ)の手綱をコマツナギにくくりつけてウマを繋いでおくことができる。(これも『和訓栞』後篇説)

3、コマツナギは「小馬繋ぎ」なのである。さすがに大人のウマではコマツナギを引き抜いてしまう。で、子供のウマならば繋ぐことは可能なのだ。(『名語記』・みょうごき説)
『名語記』とは、鎌倉時代の1275年成立の語源辞書です。

●語源についての考察です。(1、)の『和訓栞』説は、ちょっと難点があります。ウマがコマツナギを好むとしても、その自生地のコマツナギを食べつくしたらどうなるのか? コマツナギ群落が回復するのに2~3か月もその場所に繋がれたようにじいっとしていないはずです。大好きなコマツナギを探し求めて他所に行く筈です。それに昔の植生は分かりませんが、コマツナギの大群落も考えにくいです。
(2、)の説は一般のウマを繋ぐということであり、子供のウマと限定しているわけではありません。いくらコマツナギが丈夫な植物でも高さ1mの小低木です。500㎏もある大人のウマならば簡単にコマツナギを抜いてしまう筈です。これでは “コマヒキヌキ”(駒引き抜き)になるのでは??
で、(3、)の『名語記』説が説得力がありそうです。ウマはウマでも子供のウマなのです。“小馬繋ぎ” あるいは “子馬繋ぎ” かも?

●ところで、駒(こま)というのは色々な意味があるようですが、ウマ(馬)のことです。中部地方・東北地方・北海道に駒ヶ岳という山が6つか7つかある筈です。有名なのは甲斐駒ケ岳(2966m)、木曽駒ケ岳(2956m)です。山登りはカイコマ、キソコマと言っています。春の残雪の模様がウマの形にみえるのが駒ケ岳の語源とされます。
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