雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
201708<<123456789101112131415161718192021222324252627282930>>201710
鳴門海峡の渦潮を、世界自然遺産にだって? アホな。(その13)
叶わない恋もある。あきらめるのが肝心だ。
いっぽう、叶わない夢はないとも言う。あきらめてはいけない。
一縷の可能性があるのか? はたまた、ないのか?
希望は捨てるべきなのか? 追い続けるべきなのか?


むずかしい判断ですが、世界遺産登録を目指したが、いさぎよく、あきらめた例
●労力をいたずらに消耗しないためにも、余計な費用をムダにしないためにも、“あきらめる” ということは非常に大事であります。いろいろと調べてみたところ、我も我もと世界遺産を目指して運動してみたけれども、そのハードルの高さを思い知らされて、きっぱりと “あきらめた” 自治体がけっこうあるではないか!

47NEWS 「松島の世界遺産登録を断念 宮城県知事が表明」 2010/02/17 15:58 【共同通信】
【引用開始】
 宮城県の村井嘉浩知事は17日、世界文化遺産への登録を目指していた国の特別名勝「松島」について、登録を断念すると表明した。村井知事は「引き続き登録を目指せば(テーマ設定など)内容の大幅な見直しを迫られ、現状では相当な困難が伴う」と理由を説明した。県は2007年9月、文化庁が公募した世界文化遺産候補に「松島―貝塚群に見る縄文の原風景」とのテーマで応募。国連教育科学文化機関(ユネスコ)の暫定リスト入りを目指したが、08年9月にリストへの記載が見送られた。松島町の大橋健男町長は「残念だが、これからも国際的な観光に取り組みたい」とコメントした。
【引用終了】


『宮城県議会議事録』 平成22年2月定例会(第326回)-02月17日-01号 P.6「村井嘉浩知事の発言」
【抜粋引用開始】
 次に、松島の世界遺産登録についてであります。
 本県が提案しました「松島-貝塚群に見る縄文の原風景」については、一昨年九月に世界文化遺産暫定一覧表への追加記載が見送られ、引き続き登録を目指すとすれば大幅な内容の見直しを迫られる状況となったことから、関係二市三町と対応を協議してまいりました。その結果、現状では相当な困難が伴い、登録は断念せざるを得ないとの結論に達しました。なお、貝塚の一部について、北海道・北東北の縄文遺跡群との選択的統合により登録の可能性が高いと評価されたことに関しましては、引き続き関係道県の動きを注視してまいりますが、厳しい状況を踏まえた判断に御理解賜りますようお願い申し上げます。
【抜粋引用終了】


宮城県は、世界遺産を目指すのをあきらめた。名勝地「松島」
Wikipediaより 「松島」
Wikipedia 「松島」 より借用しました。この多島海は鳴門海峡よりも美しいかも…。

●日本人は付和雷同的であり、主体性が全くありません。お隣さんがそうするからうちも、とか、皆がそうしているから自分もという傾向が極めて強いです。渡り鳥や、イワシなど海の小魚の大群みたいなものです。そっくりな面があります。とにかく、その群れに加わりたがります。一緒の行動を取りたがります。皆が同じ方向を向き、同じスピードで一斉に飛んだり、泳いだりです。つかず離れず斉一的な行動を共にします。

●自然界では鳥や小魚が大群をなして行動を共にするのは、捕食者たちから身を守る為とされていますが、ヒトが群れをなして同じ行動をとるのは何故なのだろうか? 県や市町村という立場からみた場合の捕食者は国でしょうかねえ? 全国の自治体が一斉に同じ行動をとると、無難というか、目立たないのですが、目立つとどうしても批判され、やられてしまいます。たとえば、反対論の多かった「住基ネット」に不参加を貫いている矢祭町は、総務省から目の敵にされる存在になっていて、なにかと話題をふりまいていますが、巨大な権力に抗して異論を唱えるのは莫大なエネルギーが要り、心身ともにすり減らす消耗戦になっていくようであります。

●文化庁は、全国の自治体に世界遺産を目指しなさいなどと、何も言っていないけれども、全国各地が次々に名乗りをあげています。で、一応皆に歩調を合わせて、自分とこも世界遺産を目指しておいたほうがいいかな、という横並び意識なのかもしれません。あるいは他所が世界遺産に登録されて華やかにスポットライトを浴びているから、うちとこもバスに便乗しようというだけかもしれません。残念なのは、うちとこは “世界遺産なんてくだらねえもんは、目指さないよ” と堂々と言ってのける市長や県知事がいないことです。矢祭町の町長のように反骨精神のある首長が、少しは居ても良さそうな気がしますが、ほとんどいません。


世界遺産登録を目指したものの、宮城県はいさぎよくあきらめ、見事な英断を示しました。わが南あわじ市も宮城県を見習う必要があります。
●世界遺産は、日本遺産ではありません。日本を代表するような圧倒的なものであって、世界に誇り得るような水準のものでなければなりません。その高い価値が学術的に証明されなければならないとされ、ハードルが相当高いのは当然でありましょう。そもそも、「その高い価値が学術的に証明される必要がある」などと言われるような物件では、可能性はないとみるべきでしょう。鳴門海峡の渦潮は、ユネスコ元事務局長の松浦 晃一郎氏から、「渦潮を眺めて “素晴らしい” と言うだけでは世界遺産にたどり着けない。」と、顕著で普遍的な価値を学術的に裏付ける必要性を指摘されています。逆読みすれば、顕著で普遍的な価値がないんだよと烙印を押されたような格好です。ま、この段階でダメということであります。余計なカネ(税金)を無駄遣いしないうちに、いさぎよく、あきらめましょう…。


スポンサーサイト
鳴門海峡の渦潮を、世界自然遺産にだって? アホな。(その12)
観光業界の市場占有率は、日本人観光客が93~94%、外国人観光客は6~7%でしかない。しかるに、世界遺産登録は日本人観光客の増加を狙ったもの。
● そもそも、世界遺産登録を観光振興のための起爆剤にしようとする企ては、外国人観光客を呼び寄せようとたくらむのでは全くありません。増やそうとする対象はあくまでも日本人観光客です。なぜならば観光入込数における外国人観光客の比率は1割もないからです。数%の比重しかないのです。したがって、世界遺産登録を観光振興の起爆剤に出来るかどうかは、日本人観光客に対して、世界遺産登録がその観光地を選択するための訴求力になるのか? がポイントなのであります。 その場合には、人々にほとんど名前も知られていない無名の弱小観光地であるならば、世界遺産登録によりマスコミが騒ぎ立てることが、一時的には、大きな宣伝効果をもたらすでしょう。しかしながら、マスコミの馬鹿騒ぎ報道が沈静化したあとが非常にヤバイです。一時的なブームは剥げ落ち、次第に忘れ去られていきます。一方、昔から人々によく知られている観光地であるならば、世界遺産に登録されたからと言っても、さほどの宣伝効果は見受けられません。残念ながら人々の反応は、“あ、そう” で終わるのです。全く知らなかったものを新たに知ったという驚きとか感動がないからです。ようするに、その観光地の知名度が低くても高くても、どちらであってもダメだということなんです。

●日本の観光産業ののマーケットシェアは、日本人観光客が93~94%、外国人観光客が6~7%であります。当然ながら、観光売上を増やそうとしたらシェアの大きい日本人観光客を増やさなければいけないのです。外国人観光客など無視しろというのではありませんが、外国人観光客を2倍にするよりも、日本人観光客を7~8%増やす方が実現可能性は高いです。(全体の売上増分は同じです)

観光市場での外国人観光客が占めるマーケットシェアは、僅か6~7%
観光客の延べ宿泊者数の推移
↑上図は国土交通省の 『観光白書』 の各年版から数字を拾い集めて、わたくし山のキノコが勝手にグラフ化したものです。国土交通省は、平成19年1月より、全国統一基準により、すべての都道府県を対象に、従業員数10人以上のホテル、旅館及び簡易宿所のすべての宿泊者数等を調査する 「宿泊旅行統計調査(一般調査)」 を開始しました。調査開始年が新しいので古い年の数字はありません。

●この数字は宿泊旅行者が対象なので、日帰り旅行は漏れていると考えられます。しかし、考えたら日帰り旅行は観光地にカネを落とさんのですよ。なんといっても宿泊者は沢山のお金を落としてくれます。また、外国人観光客が日本に日帰りで旅行にくるというのは、有り得ないハナシではないですが、まず宿泊するでしょう。何泊かして観光地をあちこち回れば、宿泊地観光地では宿泊客としてカウントされるでしょうが、通過中に訪問した寄り道観光地では、観光施設に入場したら日帰り観光客としてカウントされましょう。したがって、観光市場における外国人の比率が6~7%と見るのは妥当でありましょう。

●というよりも、宿泊客だけをみても圧倒的に日本人観光客が多いのです。しかも、日本人観光客は日帰り旅行を盛んにするのです。日本人は “宿泊旅行+日帰り旅行” であるのに対して、外国人は “宿泊旅行” だけです。したがって観光市場全体では外国人旅行者のマーケットシェアは更に下がると考えるべきでしょう。実際につぎの表を見ると少し下がっています。

観光客が、旅行でどれだけのカネを落とすのかを見ても、外国人旅行者の比率は6%前後
国内の観光消費額の市場別内訳
↑この表も各年版の 『観光白書』 から数字を拾い集めて、わたくし山のキノコが勝手に作表しました。国土交通省は平成15年から、「旅行・観光消費行動調査」を実施していますが、その調査数字を拾いました。数字を移す際に誤植をやらないようにと、3回校正したので間違いは無いと思います。我が国の観光市場の規模は、おおよそ23~24兆円であります。このお金を観光地に落としてくれるお客様は、ほかならぬ我々日本人自身です。外国人が日本に来て落としてくれるお金は、わずか1.3~1.6兆円で、比率ではたった6%程度しかありません。

●ところで余談ですが、政府は、平成20年に観光庁を発足させ、「観光立国推進基本計画」を閣議決定して「観光立国」などという阿呆なものをめざしています。原発事故で放射能汚染が広がる日本を、外国人は敬遠していますし、日本人も大不況で財布のヒモが更に固く、観光どころではありません。観光立国どころか、観光はジリ貧です。末細りの先細りです。霞が関の中央官庁はリストラすべきなのに、組織の拡大・増殖に大わらわです。観光庁など役に立たないお役所で、税金の穀潰し以外のなにものでもありません。

要するに、外国人観光客の比重は極めて軽いのであり、しかも、外国人観光客が来訪する都道府県は特定の所に極端に偏っている!
次に、東日本大震災および福一原発事故で外国人観光客が落ち込んだので、震災前の平成22年のデータを 『平成23年版 観光白書』 から採取してグラフを作成しました。これを見ると、外国人観光客は特定の都道府県に集中して来訪しています。世界遺産など関係ありません。平成22年の外国人延べ宿泊者数は2614万人泊です。うち、東京都が890万人泊、大阪府が322万人泊で、実に46.3%を占めています。世界遺産など関係ない東京と大坂で半分近くを占めています。なお、東京都の小笠原諸島が世界自然遺産に登録されたのは2011年(平成23年)です。

都道府県別 外国人延べ宿泊者数 (平成22年)

世界遺産観光地の観光客はほとんどが日本人
●世界遺産に登録されている屋久島の所在県の鹿児島県は12万人泊、白神山地の秋田県は7万人泊、石見銀山の島根県はたった1万人泊でしかありません。もし、仮に、この外国人観光客が全員それぞれの世界遺産に来たと仮定しても、本当に僅かな数字であります。実際には世界遺産に来る外国人はその数字の一部でありましょう。これを見ただけでも、国内の世界遺産を訪れる観光客は日本人が大部分であることが分かります。

鳴門海峡にも外国人観光客など来ない
●鳴門海峡に関係している兵庫県は38万人泊、徳島県はたった2万人泊です。兵庫県の場合は外国人観光客が訪れるのはほとんどが神戸市でありましょう。鳴門海峡の淡路島側でも鳴門市側でも、観察してみると外国人観光客などほとんど見られません。徳島県の資料によると、鳴門ブロック観光入込数の統計資料では、鳴門ブロックでの年間の観光客の延べ宿泊数は平成22年は52万人泊です。徳島県での外国人観光客が2万人泊が、仮に全員が鳴門海峡近辺で宿泊したとしても、たった4%です。(実際はもっと少ないハズです。1%ぐらいではないか?)鳴門海峡は世界遺産ではありませんが、国内では有名な観光地であります。その観光客の圧倒的大部分は日本人観光客なのであります。

以上の現状認識を踏まえて考えてみると、鳴門海峡の渦潮を世界遺産に! などと目指しても、見に来て下さる方は外国人では全くありません。世界遺産などというと世界中から観光客を誘致するのかと錯覚しそうですが、そうではありません。対象はあくまでも日本人観光客なのであります。

さて、その日本人観光客を相手にして、世界遺産ブランドが仮に実現したと仮定しても、数ある観光地の中から鳴門海峡を特別に選んでくれる訴求力を持つのかどうかは、極めて疑問です。架橋を見るのであれば明石大橋や、瀬戸大橋、瀬戸内しまなみ海道のほうが見ごたえがあります。鳴門海峡近辺では、遠く愛媛県松山市の道後温泉まで行かないと温泉らしい温泉はありません。風呂好きの日本人にとって温泉のない観光地は、残念ながら第2級か第3級になります。雄大な高い山もなく、複雑で勇壮な海岸でもなく、観光地としての魅力がやや薄いのは否めません。したがって、世界遺産の可能性は縷々考察した通りゼロですけれども、仮に世界遺産に登録されても一時的な賑わいに終わるのがオチでありましょう。ブランドよりも実質的な魅力が必要なのです。逆に申せば、ブランドを貼りつけても実質は何も変わらないのです…。


旅行好きグループの会話
「この間のニュースで、鳴門海峡が世界遺産になったらしいね。」
「どう? 今度の休みに、みんなで行ってみないかい?」
「前に、四国旅行の時、通ったけど、大した所じゃなかったわ。なんにも、ないわ。」
「そうなの。最近、世界遺産がやたらに増えすぎて、値打ちがないもんね」



鳴門海峡の渦潮を、世界自然遺産にだって? アホな。(その11)
●行政が主導し民間も加担して税金も使って一生懸命に運動して、目出度く世界遺産に漕ぎつけた暁には、いったい何がおこるのか? 運動中は取らぬ狸の皮算用の金儲けの欲に目が曇っているので、バラ色の想像しかできないのですけれども、いざ世界遺産登録が満願成就したのち、なんか違うなということがかなりあるみたいです。登録後に世界遺産のマイナス面が見えてくるのであります。登録後に見込まれる直接的観光収入と経済波及効果がどれぐらいかと試算・予想して運動するのですけれども、それはまさに “取らぬタヌキの皮算用” そのものなのです。

お断り】 拙稿の世界遺産に関する連載記事は、その主旨は、私の住む南あわじ市のムダづかい体質の行政批判です。私は国際条約に基ずく世界遺産の目的の「遺産の保護や保存」には全く賛成です。世界遺産そのものを批判しているのではありません。世界遺産条約の崇高な趣旨を全く理解せずに、観光資源の箔付けのための “ミシュランの三つ星評価” かと曲解・勘違いして、アホな運動をしている自分の住む市の行政批判なのです。先に世界遺産に登録されている先進観光地(?)を事例としてとりあげていますが、あくまでも他山の石として教訓を学ぶための引用であります。私としては、他山の石が、観光が賑わおうが沈滞しようが、あまり関心がありません、

石見銀山の観光施設利用状況
石見銀山 観光施設利用者数
(注)熊谷家は平成18年4月一般公開。
島根県大田市のHPの 『大田市の統計』  平成19年版40頁 および 平成23年版(最新)42頁から抜粋した。

お客様が急増したのち、急減するのは最悪のパターン!
石見銀山観光施設 入込数

●世界遺産に登録されて観光客が増えた事例として、島根県大田市の 石見銀山 を取り出してみましたが、正式な世界遺産名は「石見銀山遺跡とその文化的景観」であります。観光客が増えることは増えたけれども、線香花火がパッと輝いて消えるみたいだなんて言ったら、関係者に叱られるでしょうが、多分に一過性の増加の傾向が見られます。観光業というよりも産業として見た場合、お客さんが急増して後に急減というのはまことに具合が悪いです。最悪です。当たり前のことですが、お客さんが急増したら、つい、その増加は続くものだと思いがちです。そうすると、設備投資とか従業員を増やしたりとなりましょうが、それが裏目に出てしまいます。せっかく雇ってもらった従業員はすぐにクビです。会社は過剰設備を抱えて経営悪化しましょう。わたくしは会社の経営などしたことはありませんが、数銘柄の株式を所有しているので、会社の栄枯盛衰は常に観察しています。で、このパターンは非常に厄介です。

●お客さんが急増するというのは、本来ならばまことに好ましい喜ぶべきことなんですが、一過性に終わり、続かなかった場合は最悪です。目もあてられません。一時は売上が急増し、営業利益・経常利益も急増するでしょうけれども、下手に設備投資などしてしまいますから、コストも上昇、損益分岐点も上昇、そこにお客さんの急減が来ると、運が悪いと大赤字転落です。経営という面では、お客さんの一過性の急増は要警戒です。経営者泣かせ、従業員泣かせ、株主泣かせ、なのです。大抵の場合、お客様の数が元の黙阿弥まで減らなくても、経営的には元の状況よりも悪くなるのが普通です。こんなことになるのだったら、お客様が横ばいだったほうが良かった、と恨み節を言うでしょう。


『大田市 新観光計画 ~滞在型観光をめざして~ 平成21年6月』
上の当事者の資料を読むと、『石見銀山資料館から龍源寺間歩までの往復6㎞余りを「歩く」ことを基本に置くことになった』(12ページ)とあります。押し寄せる観光客で増便した路線バスが、騒音や排気ガスの問題を引き起こし、廃止せざるを得なくなった、そのために、観光客が6キロも歩かされた! など観光客が減る要因はあったみたいです。けれども、なんとか 「90万人程度を目標値とし、最低ラインとして昨年並みの約70万人から本年の見込みである80万人の間を維持していきたい」(17ページ) といろいろ手を打っているみたいですけれども、結局50万人まで低迷しています。この資料には、世界遺産の登録が叶った自治体の 「苦悩」 や 「あせり」 が色濃くでています。結局のところ、世界遺産効果は一時的な効果しかないということでありましょう。

あまり語られない観光公害!
『世界遺産は楽じゃない 騒音やゴミで「観光公害」 朝日新聞(2011年6月21日)』
●この記事が何時まで閲覧できるかわかりませんが、観光の持つマイナス面にも目を向けた良い記事です。

世界遺産観光のマイナス面
★観光客のマナーが非常に悪い。旅の恥はかき捨ての不心得者が多い。ゴミを捨てるわ、民家をのぞきこむわ、庭
 の鉢が盗まれるわ。泥棒同然の観光客がおる。

★旅行会社の人や観光バスの運転手が、威張って偉そうな口を叩く。わしらがお客さんを連れてきてやっているん
 だ、という態度を露骨に出す。で、当然のことのように法外なリベートを要求する。

★また観光客がやたらと道を聞いてうるさい。観光ルート上にある民家では1日に何十回も道をきかれて、生活のペ
 ースが乱される。うるさい。ちゃんと地図を見なさい。

★今まで鍵も不必要だったような静かで平和な地域の生活が、一転して喧騒と治安悪化とで根本的に脅かされる。
 危なくて、うかうかと道も歩けなくなる。

★観光客の乗り入れるクルマで狭い道路は大渋滞する。迷惑な路上駐車がはびこる。また、地域住民の足の路線
 バスが観光客で占領される。住民の暮らしに支障が出る。大迷惑だ。

★世界遺産の目的はあくまでも保護と保存である。よって、住居の改築・改装に規制がかかることがある。自分の土
 地であっても自由にさわれなくなる。不便な暮らしを余儀なくされることがあり得る。

★地域の開発が規制されることが多い。保護と開発は水と油みたいなもので、まっこうから対立することが多い。そ
 の地域は開発発展が法的に制限され、そこだけ時間を止められてしまう。

★観光収入が特定の業界・特定の業者に傾斜配分されるだけで、地域全住民が恩恵に与るのではけっしてない。カ
 ヤの外に置いてけぼりの住民は多い。不公平だ! 言うほどの経済連関・経済波及効果はない。

★何ひとつ恩恵もなく、逆に被害だけという損な住民も出てくる。得する人と損する人との対立から、地域住民の古き
 良き連帯が破壊される。地域のコミュニティーが崩されてしまう。

★外部からの資本や大手業者(たとえば、有名大手観光ホテルなど)がすべからく観光収入を総取りする。地元の業
 者はごく一部の下請業者がおこぼれにありつくだけ…。

★地元住民に観光利益が還元されないから、地元経済は回らない。地元の零細業者がつぶされる。地元業者は大
 手との競争に敗れて廃業していく。予想と逆の現象が起こる。いわゆる 「合成の誤謬」 というやつだ。

★一部の地元政治家と地元役人が、大手業者と結託して利権にする。彼らが太る一方で、世界遺産推進で税金が
 流し込まれて、その税金を担税させられる地元住民はやせ細る。

★世界遺産登録で観光客増加効果は、一時的な効果である場合が多い。マスコミが取り上げて一時的には話題沸 騰するけれども、数年もしないうちに忘れ去られる。マスコミがいつまでもタダで宣伝してくれるわけではない。

★忘れ去られないようにするには、積極的な宣伝を続ける必要があるが、膨大なコストがかかる。そのコストに見合うだけの費用対効果があるかどうか、極めて疑問だ。


思いつくまま並べても、これだけのデメリットがあります。じっくりと考えたり、調べたりすると、もっと沢山のマイナス面があるハズです。鳴門の渦潮を世界遺産にと、阿呆な運動をしている人々は、世界遺産登録がけっしてバラ色ではないことを直視するべきであります。


鳴門海峡の渦潮を、世界自然遺産にだって? アホな。(その10)
世界遺産に登録されたからと言って、必ずしも、観光客数が増えるわけではない!

●この厳しい現実に目をそむけてはいけないのではないか? 世界遺産に登録することが観光振興の起爆剤になるというふうに信じている人が多いようですが、資料を閲覧してちょっと調べてみたら、違う面が浮かび上がってきます。逆のようなのです。世界遺産に登録しても観光客が全然増えなかった事例はいくつも存在しています。また、たとえ観光客が増えたとしても、一時的な世界遺産バブルが生じただけに終わり、すぐさま世界遺産バブルは崩壊、「世界遺産なんかになるんじゃなかった」と恨み節の声が上がっている事例も存在しています。世界遺産登録運動のアホな騒ぎに興じる連中は、なぜ、このような事例を直視しないのだろうか?

ヒトという動物は、都合の悪い材料は見て見ぬふりをする習性があります。ヒトの眼は、その構造は光学機器のカメラに良く似ています。というよりもカメラそのものと言ってもいいでしょう。しかしながら、その高分子有機物質の部品からできている生体カメラ眼で捉えた映像情報は、大脳で情報処理する際に、変な心理的フィルターをかけて自分の都合にあわせて補正することが多いのです。で、ありもしない物が見えたり、逆に見えるべき物が見えなかったり、ひどく歪んで見えたりなどと、外界をありのままに見ているわけでは決してありません…。見たくない物や、見えると都合の悪い物は、見えないのです。たとえば、“ルビンの壺” が向き合う人の顔にも見えれば、壺にも見えたりとかは有名な例です。犯した罪の重さにおびえる殺人犯には、ただの壁のシミが、自分があやめた被害者の姿に見えてきます。敬虔な信仰家には、壁のシミが信じる神の降臨にも見えてきます。どのように見えるのか、あるいは見えないのか、心の在り方ひとつで見え方は違います。光学機械カメラと違い、ヒトの情報処理機能付きの生体カメラ眼はある意味では都合よく、別のある意味ではは都合悪く、出来ていると言えましょう…。

要するに、自分の見ている外界の像というのは、たんに自分の心の底に潜んでいる願望だとか期待といったものの “投影” でしかないのかもしれないのです…。

●わが南あわじ市の政治家やお役人たちは、鳴門海峡の渦潮を世界遺産に! などという可能性のない主張をして、世界遺産登録のための運動をしています。そのことによる税金の無駄遣いをしています。観光業者たちも加担しているようです。また、南あわじ市だけでなく、鳴門海峡をはさんだ対岸の鳴門市でも同じ運動をしています。時々、鳴門大橋を渡って鳴門市に買い物にいったり図書館に行ったりするのですが、鳴門海峡の渦潮を世界遺産に登録しよう! というノボリがあちこちに立てられています。世界遺産登録運動をしている地方政治家やお役人たちの持つ生体カメラ眼には、とくに強いフィルターがかけられているようです。彼らには見えない物、というよりも “見たくない物” をしっかりとお見せ致しましょう…。


世界遺産登録運動の推進者たちの眼に、「見えないもの」 又は 「見たくないもの」

●鳴門海峡の渦潮を世界遺産に! という運動に賛成の方も、反対の方も、下に示したグラフをよくご覧下さい。このグラフの意味するところは、もはや語るまでもないでしょう…。

●姫路城は姫路市が管理しているようですが、詳細は 姫路城管理事務所 のサイトで知ることができます。姫路城に登閣する観光客数の推移は、姫路市のHPに掲載されている各年次版の 『姫路市統計要覧』 のなかに「姫路城登閣者数」というExcel資料があります。姫路城の登閣者が年間どれぐらいあるのか? 簡便には、Wikipedia「姫路城」 で知ることができます。 これらの資料を閲覧して、落ち穂拾いのように、姫路城の毎年の登閣者の数字を拾い集めて、勝手にわたくしがグラフ化しました。


姫路城登閣者数の推移

姫路城登閣者数
↑なお、歴代1位は、昭和39年(1964年)度の173万8000人です。昭和の大修理の竣工年ということであります。とすると、この173万人をその後50年近く超えられないということであります。低迷する観光客を増やそうとして世界遺産になったけれどもダメだった…。 なお、平成20年以外は年度という但し書きが資料にあるので、平成20年は暦年のデータの可能性がありそうです。

●平成5年(1993年)に姫路城は世界文化遺産に登録されました。観光客数(登閣者数)は前年の88万5000人から、101万9000人に僅か15%増えただけです。しかし登録年の2年後には69万5000人に急落です。32%もの大幅減少です。登録年から後、13年間ものあいだ低迷を続けています。これでは世界遺産登録には観光客増加効果など全くなかったと、言わざるをえません。

●平成19年、20年、21年は顕著に増加しています。しかし、これは世界遺産など全く関係ありません。姫路市のHPによると、「3年続けて100万人を越えた。これは、姫路城大天守保存修理工事が始まることによる “駆け込み観光客” が増えたことなどが要因となっている。」 そして駆け込み観光の反動は強烈であります。また、次のようにも書かれています。「他にも、一昨年あたりからの歴史ブームで城郭に興味を持った若者が増えたことが考えられます。また、土日は高速割引を利用し、遠方から来城されるケースが目立ちました。」 
 要するに、姫路城は世界遺産に登録されても、観光振興には全く繋がらなかったのです。

「世界遺産のハードルは高く、世界遺産にたどり着くのは容易ではない。けれども、世界遺産登録に向けた運動をしなければ、その可能性もない」とはよく聞く推進者たちの口実です。しかしながら、このセリフは可能性が2割でも3割でもある場合の話です。縷々叙述してきたように可能性はゼロと断言してもいいでしょう。なぜ税金をドブに捨てるような無駄をするのだろうか? 例えるならば、いくら駆けっこが早いといっても、淡路島の陸上競技大会で優勝出来る程度のレベルで、オリンピック100メートル走決勝に挑むみたいなものです。勝てる見込みが全くない負け戦はしてはならないのです。100歩譲って、万一、億一、勝てたとしても世界遺産など観光振興効果などほとんどないのです。

大まかに言って、歴史のある観光地、古くから人々によく知られて知名度の高い観光地、観光開発が十分になされている観光地、宿泊施設とか交通機関とか観光地としてのインフラが整っているところ、などでは世界遺産になったからといっても観光客は全く増えていません。たとえば、「広島の平和記念碑(原爆ドーム)」「厳島神社」「日光の社寺」「法隆寺地域の仏教建造物」など。鳴門海峡は範疇としては明らかにこれらと類似性があります。

逆に、世界遺産で観光客が増えたところは、交通の便の悪い僻遠の観光地、宿泊所やアクセス交通路など観光インフラが不十分なところ知名度のない観光地、まだまだ観光開発がされていないところ、などです。例えば、「屋久島」「知床」「白神山地」「石見銀山遺跡とその文化的景観」などです。しかしながら、手放しで喜べる状況じゃないことを次回のエントリーで例証します。


(拙稿は続く)


鳴門海峡の渦潮を、世界自然遺産にだって? アホな。(その9)
●おそらく、たぶん、鳴門海峡の渦潮を世界遺産に! などという阿呆な主張が出てくる背景には、観光客の入込数がこの15年横ばいで伸び悩んでいることが考えられます。ヒトというのはとても欲張りな動物であります。つねに、物事の上昇や発展を望みます。経済的には成長や拡大再生産を望み、年々収入が増えることを望んでいます。このように欲張りなヒトという動物は、横ばいでは我慢できないのです。なので、いかんともしがたい成長志向の妄想にとらわれています。“横ばい” というのは恐ろしい「後退」や「縮小」とほとんど同義なのであって、それは、とうてい受け入れることが出来ない恐怖でさえあるのです。

ヒトの欲深さは、指数関数的変化を、無意識のうちに、対数関数に変換して捉えていることも一因。「ヴェーバー・フェヒナーの法則」

●ここに16個の数列があります。
(100、110、121、133、146、161、177、194、214、235、259、285、313、345、379、417)
数学の問題を考えようというのでは全くありません。人間の欲深さはどこからくるのか? その心理的なものを考えようというのであります。最初の年に100万円の収入があったとします。翌年に収入が1割増えたならば110万円です。翌翌年に収入が前年よりも1割増えたならば121万円です。毎年、毎年、前年よりも収入が1割増えていったばあいの経年的な収入は上記の数列になるのです。最初の年から見ると、15年後には収入は417万円になっています。なんと4倍であります。20年後には672万円に、25年後には1083万円、30年後には1744万円になります。毎年1割づつ収入を増やすことができたならば、最初に100万円の低所得だった人も、25年後、30年後には高額所得者の仲間入りをすることができます。

しかし現実には、なかなか難しいです。たとえば、商売人が1割の収入を増やそうと計画を立てて努力したら、1割ならばそう突飛な目標ではないし、目標としては低水準の目標です。おそらく可能でしょう。けれども、低い水準の目標であっても、10年、20年、30年と積み重ねる事はいかに困難なものか、自分の才覚と努力とで食いぶちを稼ぐしかない民間人ならば皆知っています。(公務員は話をしてみると案外知らない人が多いみたい…)

●さて、もし上記の16個の数列のように収入が毎年1割づづ増えたならば、ヒトはどのように感じるでしょうか? 上の数列は次第に数字が雪だるまのように膨張しています。後ろの数字を前の数字で割ると、すなわち公比は1.1です。常にその比率は1.1です。これは等比数列なのです。毎年の変化率は常に同じです。100 → 110になるのも、379 → 417になるのも比率は1.1倍です。前者は10万円増え、後者は38万円も増えています。けれども、どちらも1割増えただけです。

あまり知られてはいないかもしれませんが、ヴェーバー・フェヒナーの法則 というものがあります。 この理論によると、100万円が110万円に増えると “ちょっと増えたかなあ” と思うのですが、それは379万円が1割増えて417万に増えて “ちょっと増えたかなあ” と思うのとは心理的に全く同じだと言うのです。また、庶民が自動車を買うのに100万円の方にしようか150万円の物にしようかと悩むことは、大資産家が自家用飛行機を買うのに40億円の方にしようか60億円の物にしようかと悩むのと、心理的には全く同じです。(比率が同じなので)ヒトは物事が変化するときには、その変化というものを、その時々の変化の数量ではなく変化の比率でとらえている、というのが「ヴェーバー・フェヒナーの法則」の骨子であります。

とくに、自然界では指数関数的な大きな変化を示す事象や現象が普通に見られます。明暗とか、音の強弱、風速と風圧の関係、夜空の星の明るさ、酸性アルカリ性を表わすPH、などなど大きな変化を示します。長くなるので図示するのは割愛ですが、そうした場合、ヒトはどうやら無意識のうちで、指数関数的な大きな変化を対数関数に変換して捉えているようなんです。つまり、心理的に、感覚的に、大きな変化を小さな変化に変換して捉えているようなんです。また、数列で示すと次のような感じです。

1、2、4、8、16、32、64、128、256、512、1024、2048、4096、(自然界の指数関数的な変化)
1、2、3、4、 5、 6、  7、 8、  9、 10、 11、 12、 13、 (ヒトの心理・感覚的な捉え方)

実際の一例
6等星の明るさを1とした場合、1等星の明るさは100とされています。等級が1等級変わると、明るさは100の5乗根、すなわち約2.512倍変化します。
 1   2.51、  6.31、  15.85、 39.81、 100.00 (実際の定量的な光量変化)
6等星、5等星、 4等星、 3等星、 2等星、 1等星  (ヒトの目の感覚的な捉え方)

●ということを踏まえて先に示した数列を再掲します。
(100、110、121、133、146、161、177、194、214、235、259、285、313、345、379、417) 
当初100万円だった収入が、15年年後には4倍以上の417万円になっているのだから上等です。相当収入がふえています。けれども、心理的・感覚的な収入の増え方は次のように緩やかな増え方に感じるハズです。
100、110、120、130、140、150、160、170、180、190、200、210、220、230、240、250、
収入が結構増えていっても、実際ほどには増加が感じられないのです。で、増えていても、不満が生じるのです。それで、増えていても感謝することが出来ないのです…。増えていてもそうなのだから、横ばいでは減少しているのも同然です。心理的には、「収入の横ばい」は収入の減少を意味するのであり、「価格の横ばい」は高く売りたい売主にとっては値下がりと同等なのです。ヒトの強欲の深さは、ヴェーバー・フェヒナーの法則から心理的に説明がつきます。

鳴門海峡の観光客の入り込み数は、15年前から横ばい! これが、欲張りな観光業界や行政が焦って、鳴門の渦潮を世界遺産になどと主張する背景。

徳島県の資料、『平成19年版 徳島県観光調査報告書』および『平成23年版 徳島県観光調査報告書』から、数字を採って図表を作成してみました。(図表作成者は、わたくし山のキノコ)
淡路島の資料ではなく、徳島県の資料を採ったのは、淡路側の適当な資料がなかなかないのと、鳴門市も鳴門の渦潮が観光資源であり、世界遺産にという阿呆な運動をしているからです。

徳島県・鳴門ブロック 観光入込数の推移

●平成10年(1998年)4月5日に、明石海峡大橋が開通しました。それでその年に、観光客の入り込み数が約400万人から600万人弱にジャンプしました。それと、その年に、あすたむランド徳島 というテーマパークが鳴門ブロックのエリア内の徳島県板野郡板野町にできました。このテーマパークの入場者が年間40万人程度です。鳴門ブロックの観光入り込み数の大部分は鳴門海峡関連あるいは近辺を訪れる観光客ですが、平成10年以降は「あすたむランド徳島」の入り込み数を割り引いて考える必要があるそうです。

●平成10年以降の県外客は緩やかに増加はしていますが、県内客が減少して帳消しにしています。また、県外客が緩やかに増加しても宿泊客が全く増えていません。平成10年の64.3万人がピークで、平成21年には50.8万人と低迷しています。つまり、県外客の客単価が減少しているのではないかと見られます。観光客が鳴門ブロックに落とすカネはこの15年横ばいであろうかと思われます。「横ばい」は「減少」と等価。で、欲深いヒトは可能性はないのに世界遺産と叫ぶのです。

作表のためのデータシートに入力した数字は次の通りです。】
作表のデータシートに入力した数字
鳴門海峡の渦潮を、世界自然遺産にだって? アホな。(番外編その1)
世界最大の渦潮はどこにあるのか?
●一昨日の1月29日に、大気の希薄な過疎地に位置する拙ブログではめったにないコメントを戴きました。その何回か会ったことがあるコメンテーターは「大きな渦は他所にも有るみたいですね。」と言うのですが、世界最大の渦潮はどこにあるのか? 一応、隠れSFファンで、むかし日本2大SF同人誌(関東の宇宙塵と関西の星群)の星群に所属したこともあります。推理小説も含めてSFファンならば、世界最大の渦潮はどこにあるのか? という問いには、涼しい顔をして「それはポーの作品の中だよ」と答えるでしょう。SFファンならば10人中7人か8人までそう答えるでしょう。中には、ジュール・ヴェルヌの作品(海底二万里)の中だと答える人もあるかもしれませんが…。

それは、ポーの小説の中?!
●エドガー・アラン・ポーの短編小説 『メエルシュトレエムに呑まれて』 の中に出てくる渦潮はとてつもなく巨大なものです。何十年も昔に創元推理文庫で読んだのですが、たしか直径2マイルの渦だったと記憶しています。しかし、記憶違いがあるかもしれません。10年ほど前に、手元にあったSFや推理文庫本は大部分を古書店に持って行って処分したので、その渦が直径何マイルだったか確認作業は割愛します。話のあらすじはWikipediaを引用させていただきます。

引用開始
 語り手は年老いた漁師に先導されて、ノルウェー海岸の近くにあるロフォーデン州の山ヘルゲッセンの頂上に着く。そこは断崖絶壁になっており、眺望が開けて海と島々の様子が見渡せる。海は荒れ狂っており、一旦静まったかと思うと海流が変化し、突然巨大な渦巻きが現れた。どんな巨船も逃れられないであろう猛烈な大渦。これが「メエルシュトレエム」であった。漁師は語り手に大渦を目の当たりにさせながら、3年前に自身に起こった出来事を語り始める。

 彼は二人の兄弟とともに漁船を出し、渦の起こる近くで漁をしていた。他の漁師たちは大渦巻きを恐れて近寄らないが、そこはいつでもたくさんの水揚げがあった。普段はちゃんと時間を見ながら、潮が緩んで大渦が発生していない時に引き上げるのだが、しかしその日は運悪く、長い海上生活の経験でも予測できなかった嵐に遭遇してしまう。弟はマストごと海の中に吹き飛ばされて消え、彼と兄が乗った船は暴風によって急速に渦の方へ押しやられてしまう。時間を計っておいた漁師は、じきにメエルシュトレエムの活動が終わる頃になるに違いない、と希望を抱いていたのだが、それも空しかった。彼の時計は止まっており、もうすぐ終わるどころか、メエルシュトレエムが荒れ狂っている真っ最中であったのだ。

 船は大渦に捉えられ、回転運動をしながら次第に渦の中心に近づいていき、漁師は観念して渦の様子を見守る。渦の漏斗には船の破片など様々なものが飲み込まれて行っている。その様子を観察しているうちに、彼はやがて、体積の大きいもの、球状のものは早く渦の中心に落下して行くのに対して、円柱状のものは飲み込まれるのに時間がかかっていることに気付く。兄にそれを伝えて共に脱出しようとするが、恐怖で錯乱した兄は言う事を聞かなかった。彼は覚悟を決め、一か八かで円筒状の樽に自分の体を縛り付けて海に飛び込んでいく。船がそのあとすぐに渦の中心に飲み込まれてしまったのに対し、円筒状の樽は飲み込まれずに留まり、渦が消滅するまで持ちこたえることができた。「恐ろしさに髪は真っ白になり、まるで老人のように変わってしまって、助けてくれた漁師たちは誰も私だとわからなかった。あなた(語り手)もロフォーデンの漁師仲間と同じで、こんな事はとても信じられないでしょう」と最後に漁師は締めくくる。
引用終了

●すり鉢というか、蟻地獄のような大渦巻きの縁をぐるぐると回転しながら、渦の中心にジリジリと吸いこまれていくのですが、渦に吸い込まれていく浮遊物体を観察をすると、物体が吸い込まれていくスピードに違いがあることに気づきます。知恵を出して助かる方法を思い付き、潮の流れが変わって渦が消滅するまでの1時間を持ちこたえるというハナシです。

●ハナシとしては大変に面白いし、よく出来ています。絶体絶命の窮地からどうやって脱出するのか? スリル満点の興味深い名編であります。ポーの作品はたくさん翻訳され、多くの読者やファンがいて、日本文学とくに推理小説の分野には大きな影響をおよぼしています。なんせポーの名前を名乗る作家が居るぐらいなのです。有名な 江戸川乱歩 は敬愛するポーの名前をもじったものです。「エドガー・アラン・ポー」=「江戸川乱歩」で、たしかにポーの名前を漢字で上手く写し取っています。

しかし、なんとなく胡散臭い部分もあるが…
●クソまじめで石頭の純文学愛好家たちは、推理やSFを馬鹿にして、あまり評価しないのですけれども、推理は別として、とくにSFの評価基準の大きな要素は 「想像のリアリズム」 があるかどうか? であります。荒唐無稽な、現実にはあり得ないハナシであっても、もし本当にそういうことが起こったならば、そうなるかもしれないというふうな真実味があるのかどうか? です。真実味がありそうな作品は高く評価できると思います。ポーの大渦に飲み込まれていく短編小説は、想像のリアリズムという観点からは、何となく胡散臭いような気がします。

胡散臭く感じるのは、大渦に巻き込まれていくとき、螺旋回転運動している水流に浮かぶ浮遊物が、その浮遊物の形状や体積によって、漂流速度が変わるのかどうか? という問題です。どうなんでしょうかねえ? 正確なところは、そういうことを研究している専門家に聞かないと分かりません。風呂に満水に水を張り、水抜きの栓を抜いて渦巻を作り、色々な物体を浮かべて吸い込まれる様子を観察してみたいのですが、しかし実験するには風呂桶では小さすぎそうです。

●たとえば、ガリレオ・ガリレイがピサの斜塔で物体の落下実験をやったように、空気中で鉄球と紙切れを落下させれば鉄球の方が早く落ちるハズです。むかし月面に到着したアポ計画の宇宙飛行士が、真空中の月面で石と紙切れを落下する実験をやって、同時に着地することを示しました。真空中では鉄球も紙切れも同じ速度で自由落下していくのに、空気中では鉄球よりも紙切れの落下は遅れます。これは、鉄球と紙切れでは空気抵抗の作用のしかたが全然違うからのように思うんですが、つまるところ、静止している空気中を物体が切り分けて落ちていく為に、物体の形状により落下の速度が変わるように思えます。

一方、漂流物が海流で流されていくとか、渦潮に吸い込まれていく場合には、海水が静止しているのでは全くなくて、ちょうどベルトコンベアーみたいに海水自体が動いているハズです。浮遊物はそのベルトコンベアーに乗っかっている状態だと思います。空気中を物体が自由落下するような、静止している物の中を切り分けて進んでいくのではなく、移動している水流のベルトコンベアーに乗っかっているだけなのだから、浮遊物の大小とか形状にあまり関係なく、ほぼ一緒の速度で吸い込まれていくのではないか?? 

●台風の風が中心に近くなるほど風速を増すのと同様に、巨大渦潮に吸い込まれていく浮遊物は、角運動量保存則に従って中心に近づくほど速度を上げることはあっても、その物体が球形であるとか円筒形であるとかでは速度は変わらないのではないのか? その漂流物が、水面上に露出している部分が大きければ、風とか空気の抵抗とか受けるでしょうから速度が変わることがあるかもしれません。また、渦巻に対して物体の大きさが極端に大きければ、物体の渦の中心側と外側とでは水流の速度が違うハズだから、なんらかの影響があって、多分その場合はその浮遊物はクルクルと回転しながら渦巻に吸い込まれていくのではないか??

渦巻状になっている潮の流れとしては、浮遊ブイを使った潮流の観測調査などで巨大なものが知られています。しかし、渦潮らしい渦潮としては、直径2マイルもの巨大渦潮は現実には存在しないでしょうから、ポーは実際の観察に基づいて書いたのではないハズです。想像を逞しくして書いたのであろうと思いますから、それらしく、適当に書いただけではないのか? と思うのですけれども、わたくしは全くの門外漢ですので、専門家に聞かないと本当はどうなのかわかりません…。

Google画像群やYouTube動画などを見ると、ポーの『大渦巻に呑まれて』という名短編の舞台となったノルウェー北西部のロフォーテン諸島をはじめ、世界最強の潮流「ソルトストロウメン」は、鳴門海峡よりも景観・自然美で遥かに上のようです

ポーの小説の舞台になったノルウエーの渦潮「メイルストロム」

Googleでモスケンの大渦巻を画像検索してみた。

【YouTube動画】 ソルトストロウメン メイルストロム ― それは世界最強の潮流 ー
これはポーの小説の舞台となったロフォーテン諸島からは少し離れた別の場所で、ボードーという町の近くらしいですが、世界最強の潮流ということであります。恐ろしいような激流です。
世界最強の潮流が見られるノルウエーのSaltstraumen
↑英語版ウキペディアSaltstraumen(ソルトストロウメンと読むのか?)から写真を借用しました。ソルトストロウメンは狭い海峡であって、世界最強の潮流が見られます。ノルウェー国のノードラン県、ボード市にあり、ボードの町から南東に10キロのところです。フィヨルド湾と外洋大西洋の間をつないでいる水路になっているんですが、そのフィヨルド湾は閉鎖性の湖のようになっていて、外海への出入り口を数個の島で塞いでいます。その島の間の狭い水路(海峡)がソルトストロウメンであります。

多分、そのフィヨルド湾は外海との出入り口が極めて狭いので外海と遮断されていて、水位が常にほぼ一定状態で、外海の方が干満によって水位が2mぐらいの振幅で上下し、するとフィヨルド湾との相対的な水位が1m上がったり下がったりして、その1mの落差が潮流の要因でありましょう。要するに、鳴門海峡や、洲本市の由良港で見られる潮流と同じ原理なのでありましょう。それはさておき、写真をみると風光の素晴らしいロケーションです。とても鳴門海峡では太刀打ちできません。

ノルウェー自転車旅行 「ロフォーテン諸島(Lofoten Islands)」
2004年7月30日より1年間、ノルウェー工科自然科学大学に留学した25歳の青年が、ロフォーテン諸島を自転車旅行された旅行記のようです。第一日目から第7日目まで順に閲覧させていただきましたが、アルプスの中腹から上が海上に浮かんでいるという景観で、万年雪をいただく山あり、氷河あり、氷食尖峰あり、フィヨルドあり、オーロラも出てきています。岩と氷の極北の世界かと思いきやそうでもなく、樹木や森林もあるようです。また付近の海域は世界屈指の漁場でもあるから海洋生態系は豊かであろう思われます。ポーの小説の舞台はモスケネス島の周辺海域の渦潮ですが、そのモスケネス島を含むローフォーテン諸島こそ、鳴門海峡などよりも、遥かに世界自然遺産に近そうです。景観基準だけでなく、地質・地形基準や、生態学基準にも及第しそうな感じがします。バイキングが活躍した地域でもあるみたいで、そうならば文化遺産の要素も含みそうです…。

鳴門海峡の渦潮など、仮に、世界自然遺産候補のリストに載せても、審査の段階で恥を掻くのがオチでありましょう。

鳴門海峡の渦潮を、世界自然遺産にだって? アホな。(その8)
1月8日付の拙稿(その1)で取り上げた新聞記事 『鳴門海峡の渦潮 世界遺産への挑戦 ③普遍的価値』 (1月6日神戸新聞朝刊)の記事の中で、ユネスコ前事務局長の松浦晃一郎氏は明言しています。

「もっともっと学術研究を積み重ねてほしい。渦潮を眺めて『素晴らしい』と言うだけでは、世界遺産にたどり着けない」

国連の専門機関であるところの国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会が、候補として上がってきた案件を世界遺産として登録するかしないかの最終審議をしています。上記の言葉はそのユネスコの事務局長を務めた方の発言です。この前事務局長の松浦氏の言葉が暗黙に示唆しています。
鳴門の渦潮は、世界遺産登録の基準の⑦では、とても登録は無理じゃあ。

ここで、自然遺産登録の基準を復習しますと、次の通りであります。なお、①~⑥ が世界文化遺産の基準、⑦~⑩ が世界自然遺産の基準です。

⑦ 類例を見ない自然美および美的要素をもつ優れた自然現象、あるいは地域を含むこと。
⑧ 生命進化の記録、地形形成において進行しつつある重要な地学的過程、あるいは重要な地質学的、自然地理
  学的特徴を含む、地球の歴史の主要な段階を代表とする顕著な例であること。
⑨ 陸上、淡水域、沿岸および海洋の生態系、動植物群集の進化や発展において、進行しつつある重要な生態
  学的・生物学的過程を代表する顕著な例であること。
⑩ 学術上、あるいは保全上の観点から見て、顕著で普遍的な価値をもつ、絶滅のおそれがある種を含む、生物
  の多様性の野生状態における保全にとって、もっとも重要な自然の生育地を含むこと。

もって回った分かりにくい表現なので、端的に要約します。
⑦は、極めて美しい自然であること。
⑧は、地質学・地形学の学術的価値が高いこと。
⑨は、生態学・生物学の学術的価値が高いこと。
⑩は、生物多様性があり、絶滅危惧種が見られること。


さて、鳴門海峡の世界遺産への可能性について、⑦ の景観美の基準ではとても無理なことは、ユネスコ前事務局長の松浦氏が述べています。それゆえ松浦氏は⑧の地質・地形の基準を狙えと指南しています。しかし拙稿(その7)で考察した通り、鳴門海峡は日本地質百選にも選ばれず、国内20箇所ある世界ジオパークや日本ジオパークにも選ばれていません。この20か所のジオパークは地質学・火山学・第四紀学・地形学等の関連科学の専門家たちが評価して選んだものです。新聞記事では「科学者を確保することが優先課題」などと阿呆なことを書いていますが、全く意味ないです。まるで札束を積んで「御用学者を雇いなさい」と言っているみたいです。すでに、国内の地質や関連科学の専門家による貴重性評価は沢山行われているのです。それらの貴重性評価資料に鳴門海峡の名が無いのです。今さら何を研究せよと言うのでしょうかねえ?? 更に付け加えれば、地質関連の評価資料だけでなく、『日本の地形レッドデータブック』という報告書にも鳴門海峡など載っていないのです。専門家たちは鳴門海峡を地質学的・地形学的に保護すべき貴重なものとは評価していないのです。したがって、⑧の地質学基準で鳴門海峡が世界遺産になることは絶望的です。それどころか、日本から⑧の地質・地形の基準で世界遺産を出すのはかなり難しいのではないか?と私は思います。その根拠として、⑧の基準にもとづく世界遺産の候補がないことが指摘できます。それどころか、日本には自然遺産候補自体が1つもありません。

●日本列島は箱庭的で、色々な地質や地形のデパートみたいなものです。地質の多様性はあるんですけれども、個々の物は規模が小さすぎるのです。たとえば富士山をみても、日本一の標高を持つ秀麗な霊峰ではあります。しかし世界的なレベルでは、富士山程度の物件は世界に数十存在していて、ありふれた成層火山なのです。ジャワ島やスマトラ島には富士山のような成層火山は沢山あります。富士山はけっして世界で傑出する特別なものではありません。残念ながら、富士山より遥かに高く立派な成層火山は世界に沢山あります。一例としてメキシコ最高峰の オリサバ山 5636m 

地質学や関連科学の専門家が選んだ日本列島に20ある世界ジオパークや日本ジオパークを見ても、世界の前には見劣りします。世界ジオパークの 北海道 洞爺湖有珠山ジオパーク は世界最大のカルデラ湖のインドネシア スマトラ島のトバ湖 には規模が2まわりぐらい小さいです。同じく世界ジオパークの 糸魚川ジオパーク はフォッサマグナ(中央地溝帯)の西側の断層であるわけですが、アフリカ大陸東部の 大地溝帯 と比べるべくもありません。どちらも2つのプレートの境界であるわけですがやはり規模が2回りは異なります。地質・地形の基準で世界自然遺産に一番近そうな物件でも、世界と比べるとずいぶんと見劣りするのは否めません…。

では、⑨や⑩の基準で、鳴門海峡を世界遺産に登録の可能性は?

●ハッキリ言って論じるだけムダです。全く可能性ゼロであります。
鳴門海峡の岬や島・海岸・海域に、何か特別に多様性を現わす植物相(フロラ)や動物相(ファウナ)が見られると良いのですが、動植物の調査をする大勢の専門家や熱心なアマチュアも参加して、長年調べ上げられています。で、この地域・海域に特別に貴重な生物群集が見られるということは残念ながらありません。

●陸上の高等植物では、淡路側の鳴門岬(門岬)には兵庫県レッドデータブックでBランクのイワタイゲキとか、Cランクのユウスゲとかタイトゴメとか色々と見られますが、全国的には珍しい物でも絶滅危惧種でもありません。この岬は風が強い風衝地であるので、斜面に生えているハマヒサカキ(Cランク)などが見事な扁形樹となっているのが、生物学的に面白いかもしれませんが、扁形樹など全国各地でみられるもので特筆するほどのものではありません。

発見後すぐに野生絶滅した「ナルトオウギ」!

対岸の鳴門市側には、大毛島の海岸砂浜で1950年に ナルトオウギ というマメ科の植物が発見されましたが、まもなく自生地では消滅してしまいました。鳴門市にしか見つかっていない植物だったので、日本の固有種と考えられてきましたが、10年ほど前韓国で見つかったそうです。この絶滅植物(正確には野生絶滅種)が鳴門海峡の両岸の砂浜に見事な大群落を作っていて、厳重に保護されていたならば、世界遺産登録の⑩の基準の材料になりうるのですが、残念ながら既に絶滅しています。

海峡の中に飛島という小島があります。ここにイブキの群落があり大木も混じっているそうなんですが、徳島県の天然記念物になっています。しかし国の天然記念物じゃないし、仮に国の天然記念物であったとしても、天然記念物など全国に沢山あるのです。天然記念物ぐらいで世界遺産とはならないでしょう。

と言うふうに、陸上の高等植物をみても、とても世界遺産に繋がるような材料はなにもないのです。鳥類とか、哺乳類とか、海産動物にまで拡張すると、わたくしは十分な情報を持っていませんが、鳴門海峡周辺に保護すべき貴重な生物群集が存在するというハナシは寡聞にして聞いたことがありません。世界遺産の⑨や⑩の基準に当てはまるようなものは存在していないであろうと思います。

幕末~明治初期までは沢山いた「ニホンアシカ」と「ニホンカワウソ」!

● 環境庁自然保護局 『海棲動物調査報告書』1998年3月 という報告書の120~122ページにニホンアシカについての記述があります。1974年に北海道の礼文島で最後の棲息確認がされて40年近くになります。環境庁のレッドデータブックでは、50年以上生存確認がなされないと「絶滅」としないことから、現在まだ「絶滅危惧種」扱いですが、事実上もはや絶滅したとみなしていいでしょう。動物園で曲芸などをするアシカはカリフォルニアアシカで、絶滅したニホンアシカは体が一回り大きかったとされます。

●ニホンアシカは、明治の初期までは日本全国の海岸に棲息していた記録があるようです。江戸時代にまでさかのぼると、瀬戸内海にも沢山アシカがいたみたいで、昔、鳴門市図書館に行って、鳴門市側の古い資料をあさったことがあるのですが、鳴門海峡にもニホンアシカがいた記録があります。ニホンアシカは古くは「うみうそ」などと呼ばれ、「海に居るカワウソみたいなものだ」という意味ですが、「海獺」の字を当てています。鳴門海峡の海域で昔アシカが波間を戯れていたなどとは、ちょっと信じられないようなハナシでありますが、絶滅の最大要因が油と毛皮が目的の捕獲だったとされています。また、漁師からみたら自分たちの獲物を奪う敵でもあるので、捕殺がかなり行われたと言われています。

ニホンカワウソも、ニホンアシカの後を追って事実上絶滅しています。(環境省のリストでは絶滅危惧状態)戦時中ぐらいまでは淡路島沿岸にもニホンカワウソが結構いたという記録があるみたいです。1954年に淡路島と紀伊半島の間にある友ヶ島で生存確認がされていますが、これが本州では最後の確認です。ニホンカワウソも毛皮目的で捕獲したのが絶滅の最大要因です。カワウソは川だけでなく海にも入って魚を捕るので、漁師さんの敵であり捕殺も行われたようです。

●もし、これらのニホンアシカやニホンカワウソが生き残っていて、日本で最後の生息地として鳴門海峡に数百頭レベルのコロニーを作っていて、絶滅が危惧され、手厚い保護活動がなされていたならば、世界自然遺産の基準⑩に該当する可能性が出てきます。インドネシアの スマトラの熱帯雨林遺産 が2004年に⑦⑨⑩の理由で世界自然遺産に登録されています。生物多様性が見られ絶滅危惧種が居るというのが大きな登録理由ですが、ユネスコのサイトを見ると、スマトラトラ・スマトラサイ・スマトラゾウの写真が麗々しく載っています。絶滅危惧種といっても、その分野の専門家しか知らないような珍奇な昆虫だとかはダメみたいで、誰でもが知っているような分かりやすい大型の哺乳類がいるほうが、高く評価されやすいという印象がします。

しかし、残念ですが、鳴門海峡にアシカやカワウソが沢山いたのは、100年も200年も昔の話なのです。⑨や⑩の基準によって、鳴門海峡が世界遺産になる可能性は絶対に有り得ません…。

鳴門海峡
↑大鳴門橋の右側アンカーブロックから南東方向4.5キロの地点、海抜約100mのホテルニューアワジプラザから遠望しました。渦潮は春から初夏ぐらいの大潮の干潮あるいは満潮のときに見られるだけです。大潮の日であっても潮どまりとか、播磨灘と紀伊水道との落差が少なければ見られません。3月から7月ぐらいの大潮は落差が大きいですが、大潮のピーク前後5日ぐらいが見頃か? だとしたら、渦潮らしい渦潮はは年間365日のうち、5×5の25日ぐらいか? 秋の潮は小さいですし、冬の潮は夜間が大きく昼間は小さいです。25日といっても時間帯はせいぜい2時間ぐらいか? 一日中見られるわけじゃありません。

そもそも渦潮はたんなる「現象」なのであって、その現象が発生する条件が生じたときだけに見られるのです。自然美とか景観美という場合は普通、山とか森林とか湖とか滝などの景観を言うのですが、新緑とか開花とか紅葉とか積雪など、その姿が季節や天気によって変わることはあっても、一年中、何時でも(夜間はダメですが)見られるわけです。そこが「現象」と「景観」の全く違うところです。

大鳴門橋
↑大鳴門橋です。橋梁技術の粋を集めた英知の産物とみるか? 自然美と相容れざる醜悪な夾雑物とみるか? どちらとも言えるのですが、前者の見方は経済至上・技術万能の利権者の見方、後者の見方は自然をこよなく愛するナチュラリストの見方でありましょう。わが南あわじ市にはナチュラリストは少ないようです。

(拙稿は続く)
鳴門海峡の渦潮を、世界自然遺産にだって? アホな。(その7)
鳴門海峡の渦潮を世界遺産に登録させるために、地質学的な普遍的価値を示すことが出来るか?

●この問いに関して、応えるのはしごく簡単です。鳴門海峡の渦潮を世界遺産にと変な幻想を追いかけている人々には悪いんですけども、残念ながら、出来ませんとしか答えようがありません。なんせ、世界遺産にというハナシです。世界遺産にたどり着くには、当たり前のことですが前提として、その物件が日本一であるか、日本有数のものでなければならないハズです。たとえるならば国体で優勝出来るぐらいでないとオリンピックに出場できないのと全く同じです。国内で何の実績も記録もない選手が、オリンピックに出場できるでしょうか?

言わんとすることは、鳴門海峡に日本一かもしくは日本有数の地質学的な何かがあるのか? を考えればいいのです。地学ファンならだれでも知っていることですが、日本の地質百選 というものがあります。地質情報ポータルサイト を見てもいいです。

① 鳴門海峡は、“日本の地質百選” にすら選ばれていない!
【地質情報ポータルサイトから引用します。】
美しい日本の国土、火山の恵み・温泉、美しい景観の観光地もみんな、それを形作っている日本列島の地質があってこそのものです。 あるいは地震や地すべりなどの被害も、また地質現象の結果です。日本の地質現象は多岐にわたっており、世界の地質学者が、その素晴らしさに注目しています。そこで日本全体から、地質現象のよくわかるところを百箇所選び出し、そのユニークさを顕彰し、広く知っていただくことにしました。2007年5月10日に第一次選定として83箇所を選び、2009年5月10日[地質の日]に第二次選定として37箇所を選び、合計120箇所の地質百選を選定しました。【引用終了】

というような趣旨のものが “日本の地質百選” なのですが、その120個選定されている地質現象の良く分かる特筆すべき場所のリストに、鳴門海峡が残念ながら入っておりません。“日本の地質百選” にも選ばれないような場所が、⑧の基準で、世界遺産に選ばれるハズがございません…。これが実情であります。関係者にはまことに厳しい現実です。あきらめるしかないのですよ。鳴門海峡を世界遺産にという気持ちは分からないでもありませんが、徒労に終わるし、税金の無駄づかいになるし、幻想を追いかけるのはおよしなさいと御進言申し上げたいと存じます。

拙稿その1で、引用した新聞記事のなかで、『(ユネスコ前事務局長の)松浦さんが薦めるのは「地形学や地質学的に重要な特徴」を評価する基準。国内4か所の自然遺産はいずれも、地形・地質の基準を満たしていない。』などと書かれています。記事は新聞記者が書いたのでありましょうが、松浦氏も新聞記者も高校地学レベルの知識もなさそうです。

松浦氏がなぜ “地形学や地質学的に重要な特徴” すなわち世界自然遺産に登録する基準の⑧を口にするのか、ですが氏はユネスコ事務局長をされたお方なので、鳴門の渦潮という景観だけでは、すなわち登録基準の⑦だけでは、とても世界遺産にたどりつけないことが分かっているからだと思います。しかし松浦氏は輝かしい学歴や経歴の持ち主のようですけれども、法学部出身の方でもとは外交官であり、地学にかんする知識が不足しているようです。もし、高校地学の教科書の知識があれば、後援会で鳴門の渦潮を世界遺産にするために、⑧の基準を狙いなさいなんて指南を絶対に言わないハズです。

② 鳴門海峡は、“日本ジオパーク” にさえ選ばれていない!
独立行政法人 産業技術総合研究所>地質調査総合センター>日本ジオパーク委員会 『ジオパークとは』から。
日本(世界)ジオパークの分布図
↑これが、地質学や第四紀学や地理学などの専門家たちが選定した “地質・地形版の世界遺産および日本遺産” であります。世界ジオパークが5つ、日本ジオパークが15あります。残念ながら鳴門海峡はありません。日本地質図の上に記入されているジオパークを一目見れば、鳴門海峡が世界遺産⑧の基準で登録されることなど絶対にあり得ないことが分かります。

●世界遺産は国際条約に基づくもので、目的は遺産の保護・保存です。条約の条文で明確に謳っています。観光振興が目的ではありません。
ジオパークは、ジオ(地球)に関するパーク(公園)だというのですが、目的は遺産の保護だけではなく教育などの利用も目的です。目的は世界遺産とジオパークとではやや異なるようですが、ジオパークもユネスコが深く関係しています。ユネスコ環境・地球科学部門の支援により2004年に世界ジオパークネットワーク (GGN) が設立されて、ここが運営しているのですが、世界遺産の⑧の基準で登録される自然遺産とは兄弟みたいなものだと解釈することが可能だと、私は思います。詳しくは ジオパークQ&A をご覧ください。

●日本ジオパークにも選ばれないような地質・地形学上の物件が、世界自然遺産に選ばれるハズがありません。実際に、日本一の成層火山として自然遺産に登録運動が繰り広げられた富士山は、2003年に環境省の「自然遺産の候補地の検討会」で候補地選定を見送りました。自然遺産としては富士山は候補にもなれなかったのです。(ただし2006年に手を変え文化遺産候補にはなれました)

ジオパークは後からできたものではありますが、案の定、富士山はジオパークにはなっていません。地質学者や火山学者たちは単なる成層火山というだけでは、それほどの地質学的価値を認めていないことが窺えます。世界遺産の評価と通じるものがありそうです。ちなみに、洞爺湖有珠山が世界ジオパークに選定され、磐梯山と阿蘇山が日本ジオパークに選定されていることから、カルデラを持つ火山の地質学的評価が高いようです。ま、鳴門海峡が日本ジオパークにもなっていないから、世界自然遺産の⑧の基準で登録されることなど絶対に有り得ません。

③“兵庫県版レッドデータブック地質の部” でさえ、鳴門海峡は選ばれていない!
●兵庫県版レッドデータブック2003『改定・兵庫の貴重な自然』では、「地形・地質・自然景観」の評価をしています。南あわじ市のエリアでは、護るべき地形は4地点、護るべき地質は10地点選定をしています。残念ながら鳴門海峡の淡路側であるところの鳴門岬(門岬・とさき)周辺は選定から漏れております。

鳴門海峡・鳴門岬が地質の選に漏れる!
南あわじ市のAランクの地質は2地点あります。Aランクの地形は南あわじ市にはありません。
南淡町沼島江の尾および黒崎東方海岸 …… 三波川結晶片岩類、泥質片岩中のさや形褶曲、海食
西淡町湊西方および阿那賀 ………………… 和泉層群西淡累層中のアンモナイト化石、海食

なお、沼島のさや形褶曲は “日本の地質百選” に堂々とランクインしています。

ただし、自然景観の評価では、鳴門岬周辺をAランクと選定しています。鳴門海峡に面した半島と島からなり、干潮時の潮流と渦潮を間近に見る雄大な景観、と記述があります。しかし、これは鳴門海峡の渦潮を世界遺産に、と言っている人たちの主張そのものでありますし、この景観美だけでは世界遺産の基準には弱すぎるということを、松浦氏は暗黙に言っているのです。

兵庫県版レッドデータブックにすら、鳴門海峡が地質の評価でリストに選定されていないのです。これでは、世界遺産にと運動をしても登録できるハズがありませんよ。

(拙稿は続く)
鳴門海峡の渦潮を、世界自然遺産にだって? アホな。(その6)
●1978年に登録が始まった世界遺産でありますが、2012年までの足掛け35年間に、登録された世界自然遺産は188物件、自然遺産かつ文化遺産である複合遺産は29物件の計217物件です。拙稿その4で掲上した5枚の表を少し観察してみます。世界自然遺産であると評価する基準は次の4つであります。なお、①から⑥までは文化遺産の基準なので割愛します。

⑦ 類例を見ない自然美および美的要素をもつ優れた自然現象、あるいは地域を含むこと。
⑧ 生命進化の記録、地形形成において進行しつつある重要な地学的過程、あるいは重要な地質学的、自然地理学的特徴を含む、地球の歴史の主要な段階を代表とする顕著な例であること。
⑨ 陸上、淡水域、沿岸および海洋の生態系、動植物群集の進化や発展において、進行しつつある重要な生態学的・生物学的過程を代表する顕著な例であること。
⑩ 学術上、あるいは保全上の観点から見て、顕著で普遍的な価値をもつ、絶滅のおそれがある種を含む、生物の多様性の野生状態における保全にとって、もっとも重要な自然の生育地を含むこと。

これらは多分に翻訳文体調の文で、ちょっと分かりにくいところがあります。しかし、ごく簡単に申せば、次のように要約できましょう。
⑦きわめて美しい自然である。 ⑧地質学的な価値が高い。 ⑨生態学的な価値が高い。 ⑩生物種が豊富で絶滅危惧種が見られる。

何個の基準を満たして登録されているのか?

●自然遺産の登録基準は4つあるわけですが、複合遺産を含めて217件の自然遺産がそれぞれ何個の基準を満足させて登録となっているのか? ざあっと見ますと、やはりと言うか、案の定、1978年に登録がはじまってからしばらくは基準を3つも4つも満足させた物件が多かったです。しかしながら最近の10年間を見ると3つも4つも基準を満足させるような大物の物件は少なくなっていると言えましょう。3拍子も4拍子も揃った第一級の自然遺産は早期に登録されてしまい、しだいに第二級・第三級の小粒の物件が増えてきていることを窺えます。近年は1個の基準のみで登録されている自然遺産が増えているので、かろうじて世界自然遺産になったものが多いのではないか? やはり、これ以上自然遺産の数を増やしたら質の確保が難しくなりそうです。

●日本の4個の自然遺産を見てみますと、日本には第一級の4拍子そろったような物件は残念ながらありません。東洋のガラパゴスなどとも言われる小笠原諸島でも、たった1個の基準でかろうじて世界自然遺産となったにすぎません。生物学史上の偉大な不朽の典籍、チャールズ・ダーウィンの『種の起源』を産み出す素地となったガラパゴス諸島が1978年に堂々の4個の基準で世界遺産となったのとは、比べるべくもありません。ダーウィンの乗船したビーグル号がガラパゴス諸島に寄らずに、代わりに小笠原諸島に寄ったとしたならば、はたして『種の起源』が書かれたかどうか? わたくしはダーウィンが小笠原諸島に上陸したのであったならば、ダーウィンの慧眼を以って動植物の観察をしても、『種の起源』が書かれることはなかったと思います。

(1993年登録) 屋 久 島 ⑦⑨の2個の基準で登録された。
(1993年登録) 白 上 山 地 ⑨の1個の基準で登録された。
(2005年登録) 知    床 ⑨⑩の2個の基準で登録された。
(2011年登録) 小笠原諸島 ⑨の1個の基準で登録された。

●ところで1992年に日本が「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」の締約国の仲間入りして、すぐに官民挙げて「富士山」を世界自然遺産にと運動がなされましたが、2003年に環境省の「自然遺産の候補地の検討会」で候補地選定が見送られました。(手を変えて2007年に文化遺産候補とはなっていますが)富士山でさえ自然遺産が無理だったのです。成層火山としては氷河を戴く キリマンジャロ国立公園 のキリマンジャロ山(5895m)に太刀打ちできないのです。カムチャツカ火山群 (最高峰は4750m)にもスケールで全く負けています。べつに自国の物をけなすわけではありませんが、日本人は夜郎自大(やろうじだい)になる傾向があるのです。
富士山でさえ自然遺産登録を断念せざるをえないほどですから、鳴門海峡の渦潮を世界遺産にと運動しても、骨折り損のくたびれ儲けとなるのは必定です。

さて、世界遺産は1つだけでも基準を満足させれば登録可能だとされています。188の世界自然遺産のうちで、ただ1個の基準で世界自然遺産となった物件は、43個あります。43個のうち、⑦の基準の物が9物件、⑧の基準の物が15物件、⑨の基準の物が5物件、⑩の基準のものが14物件あります。もし、鳴門海峡の渦潮が世界自然遺産の候補に選定するとしたならば、⑦の基準しか考えられません。そこで⑦の基準で世界自然遺産に登録された9個の物件を見てみましょう。

登録基準の⑦のみで自然遺産として登録された9物件。 クリックすればユネスコの公式写真が閲覧できます。(文章は英文なので読まなくてもいい。語学が達者ならば読んでもいいし、読めるところだけ読むのも一法)

ベラヴェシュスカヤ・プーシャ/ビャウォヴィエジャの森

サガルマータ国立公園

キリマンジャロ国立公園

九寨溝の渓谷の景観と歴史地域

黄龍の景観と歴史地域 これは写真ギャラリーがないので公式動画を見ます。何を言っているのかわかりません。

武陵源の自然景観と歴史地域 こちらも写真ギャラリーがないので公式動画を見ます。

三清山国立公園 公式写真が1枚しかないのでこちらを見ますGoogle画像検索「三清山国立公園」

オオカバマダラ生物圏保護区

オウニアンガ湖群

●これら9つの物件の写真や動画を見ると、どれもこれも見事な自然美を見せています。たぐい希な絶景ばかりです。特に中国のものが素晴らしいですね。世界遺産と折り紙を付けられるにふさわしい価値があります。南あわじ市当局は鳴門海峡の渦潮を世界遺産に登録するために、その担当の臨時職員(給与15万円)を今募集しています。あちこちに立てる幟も作るそうです。しかしながら世界のこんなにも素晴らしい風向明媚なものと比較されて、値踏みされるのです。鳴門海峡の渦潮など申請したら、恥を掻くのがオチでしょう。やめといたほうが無難じゃないかしら?

(拙稿は続く)
鳴門海峡の渦潮を、世界自然遺産にだって? アホな。(その5)
●世界自然遺産の188物件と、自然遺産でありかつ文化遺産でもある複合遺産の29物件を概観すると、素人なりに気が付くことが多々あります。

まず、世界文化遺産の件数は745物件もあるのに対して、世界自然遺産はたった188件です。複合遺産は29物件です。全世界遺産は962件であります。全体に占めるパーセンテージは、文化遺産が77.4%、自然遺産が19.5%、複合遺産が3.8%です。比較して自然遺産が少ないといえましょう。

なぜ文化遺産がやたらと多いのか?
文化遺産は1棟の建物から登録可能で、実際に、原爆ドームが典型的な例です。複数棟であっても1つの建造物とみなせる姫路城とか厳島神社とかの例は多いです。ヨーロッパでは△△城とか、△△大聖堂とか、△△の広場、△△遺跡、などというものが異常に多いです。歴史の長い地域では古い建造物はたくさんあり、これが世界文化遺産が次々に増殖していく理由ではないか? ヨーロッパや中東では自然が古くから改変され破壊され、守るべき自然が残り少ないので自然遺産が少ない半面、文化遺産がやたらと沢山登録されています。

●主だった国々について、文化遺産と自然遺産との比率を観察してみました。すると、文化遺産がやたらと多いのはヨーロッパの国々です。それから、古代文明が栄えたような歴史が長い国々です。下の表にはありませんが、メキシコも文化遺産が多いのですが、アステカやマヤなどのメソアメリカ文明が栄えた国です。要するに、文明が栄え歴史が長い国は必然的に文化遺産が多くなるということでありましょう。日本も自然遺産が4(25%)に対し文化遺産が12(75%)が比較的多いのは同様の理由でしょう。そういえば、サミュエル・ハンティトン教授のベストセラー『文明の衝突』で世界を7大文明に分けて、その1つに「日本文明」を挙げていました。そういう意味では、日本は「日本文明」が栄えた国ですから、今後、世界遺産が次々に登録されるとしたら文化遺産ばかり…、と予想できます。

●日本は7大文明の1つの国であり、歴史も文字による記録が1400年ほどもあり、古い建造物が沢山あります。文化遺産候補に成りそうなものは、比叡山延暦寺、高野山金剛峯寺、京都の寺院群、伊勢神宮、熊野古道が世界遺産であるならば四国88か所廻り…、と候補はいくらでも考えられます。文明国の世界遺産は文化遺産が中心になるから、それらのものがやがて登録されていくでしょう。残念ながら、鳴門海峡の渦潮などお呼びではないのですよ。

●以上のことを逆から見れば、世界の超大国であるアメリカに文化遺産がたった8件しか登録されていないのも首肯できます。建国が新しく、歴史が浅いからでしょう。文化遺産と呼べるような護るべき古い物件がないからでしょう。1972年にユネスコで世界遺産の話が始まったときは文化遺産のみ議論されていて、後にアメリカが自然の物件も含めるべきだと主張したそうです。歴史の浅い国の弱点があったからこそ、アメリカは自然物件もという主張をしたのではないか?

●文化遺産は1棟の建造物から登録可能です。では、自然遺産はどうかと観察してみると、ある程度の面積の土地が登録範囲になるようです。国立公園とか、自然公園など、あるいは絶滅危惧動物の生息地とか、ときには数万平方キロに及ぶ広大な土地が登録対象です。1本の巨木とか1つの岩壁とかでは無理みたいです。たとえば、屋久島を考えてみると、1本の巨木の縄文杉が世界遺産になったわけではなく、屋久島の核心地域の107平方キロの広い山域が登録の対象になっています。知床は711平方キロという広い範囲が登録対象になっています。文化遺産は傾向としては点的、自然遺産は面的なものが指定の対象なので、おのずから文化遺産は登録数が多くなるのではないか?

主な国の文化遺産と自然遺産の比率

世界遺産の分布図 ユネスコ公式サイトから借用
黄色は文化遺産、緑色は自然遺産、赤色は危機遺産です。
世界遺産分布図その1
↑ヨーロッパから中東あたりに黄色の文化遺産が極端に集中分布していて、地域的な片寄が観察できます。ヨーロッパは文化遺産を増やし過ぎであります。アジア・アフリカ・オーストラリアでは文化遺産と自然遺産の比率は適度な割合になっています。緑色の自然遺産は世界にほぼ均一な分布密度で登録されているように見えます。

世界遺産分布図その2
↑建国以来の歴史が短く、護るべき古い物件のないアメリカ合衆国は文化遺産がほとんどありません。南北アメリカ大陸で文化遺産が多いのは、アステカ・マヤ・インカ等の古代文明が栄えた地域とほぼ一致しています。このことは、世界文化遺産の登録基準に、その物件の歴史的な古さを重視していることがハッキリと窺えます。すなわち、100年~200年程度の古さの物件の評価は極めて低く、数百年~数千年の古い物件が高く評価されています。

●さて、拙稿のその1で引用した新聞記事に、<「世界遺産は数多く登録しすぎて質が確保できていない」という批判もあるが、それは文化遺産の話。自然遺産はまだ、“飽和状態”にあるとは言えない。>などと書かれています。

しかし、そうじゃないだろう。文化遺産が飽和状態で質の確保出来ていないのはヨーロッパの話でありましょう。ヨーロッパは文化遺産を増やしすぎなんです。他の地域では文化遺産・自然遺産ともにこんな程度が妥当なところでありましょう。自然遺産も、保護の対象として後世に残すべき第一級のものは、既にほぼ網羅していると思います。これ以上自然遺産を増やしたら、自然遺産もヨーロッパの文化遺産同様に質的低下は免れないでしょう…。自然遺産がまだ飽和状態ではないことは、確かにそうでありましょうが、このあたりで打ち止めにしておかないと、急激な価値逓減が起こるのは必定です。

●私見では日本で世界自然遺産に登録していいのは、あと釧路湿原ぐらいのものです。日本は人口稠密で自然が改変されすぎています。たとえば、平成23年版林業白書によると、日本は森林率66%の世界屈指の森林大国です。ところが森林の40%の面積がスギやヒノキ等の人工林です。残りの60パーセントの面積の森林が天然林です。しかしながら天然林といっても大部分は森林が伐採された後に形成された「二次林」であります。千古斧鉞(せんこふえつ)の入らぬ原生林と言えるようなものはせいぜい2%程度しかありません。つまり日本の自然は徹底的に人の手が入り改変されています。なんとしてでも護りぬかねばならない手つかずの自然林(原生林)は残念ながらほとんど残っていません。また、僅かに残っていても世界的な尺度で見るとあまりにも小規模です。ま、地形でも地質でも植生でも希少生物の生息地でも、日本のものは規模があまりにも小さく箱庭的であります。世界的なレベルでの世界自然遺産というには弱すぎるものばかりです。

鳴門海峡の海域に、絶滅したニホンアシカやニホンカワウソが生き残っていて、それら絶滅動物の一大生息地になっていて保護の手立てが講じられているようなことがもしあったならば、瀬戸内海国立公園を世界遺産に登録し、そのエリアに渦潮という類まれな景観を含んでいるということで、可能性はあるかもわかりません。しかし、鳴門海峡だけでは和泉層群のくぼんだ所が海峡になっているだけにすぎず、なんら特筆すべき地質学的事象もなく、世界遺産としては弱すぎます。まあ、無理でありましょう。

(拙稿は続く)
copyright © 2017 Powered By FC2ブログ allrights reserved.