雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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朝日新聞に紹介記事が載ったが…
●本日は2013年12月26日です。昨日夕方に朝日新聞洲本支局から電話取材を受けました。観察会に同行していた有名な写真家の里口さんが、 「こくもんじ」と ヒラタケの生態写真を新聞社に送っていたためでありましょう。根掘り葉ほりというほどではないが、色々と聞かれました。わたくしは寡黙な男ではありますが、一面では饒舌なところもあり、べらべらと聞かれもしないことまで不用意に語ったのですが、一番心配したのは自分の実名が出されるのではないかということであったが、単刀直入に訊くと、それは出しませんとの返事であったので一安心です。普通の庶民が新聞に名が出るのはとても恐ろしいことなのです。特に最近は紙版の記事が出たあと、ネット版の記事もアップされることが多く、ネット記事がコピーされて自分の名が知らない所に漂流していく危険性が高まっています。いったん個人情報が漂流してしまったが最後、出回った個人情報を回収したり消去したりすることは不可能です。個人情報が悪用される危険性がないとは言えません。ネット時代を生きていく心得として、個人情報の流出の危険性には神経質になるぐらいがちょうどいいのです。よく商売人から物を買えとか、金融業者から怪しげな投資話の勧誘電話がかかりますが、 「何を見て電話をしよるんや?」 と問いただすと名簿に名前が載っているらしい。自分の知らないところで、誰がどういう経緯で何の目的で編集したのか不明な名簿に、自分の名が載っているなどというのは、薄気味が悪い…。

【↓ 2013年12月26日付 朝日新聞朝刊淡路版より借用】
2013年12月26日付 朝日新聞朝刊淡路版

●文章というものは、書き手の主観が入るものであります。取材をして事実をできるだけ客観的に表現しようとしても、主観が入ります。というふうな記事に仕上がっています。電話で聞き出した内容をもとに書き手の新聞記者が頭のなかで “この話はこれこれ、こうだろう” とイメージを作っているという感じです。写真の被写体であり、取材を受けた当事者の権利として、ここに訂正をさせていただきたい。

●まず、観察会は諭鶴羽山で行ったのでは全くありません。タイトルに 「諭鶴羽山で観察会」 とありますが、そりゃあ違います。南あわじ市の灘海岸からすこし山に入った沿海地です。あるいは柏原ー諭鶴羽山系の南斜面の沿海地といってもいいでしょう。兵庫県レッドデータリスト掲載種の観察であったため、自生地情報は適当にボカしていました。特定の地名を挙げたのは集合場所だけで、諭鶴羽山で観察会をするなどと言ってはいないし書いてもいません。 「諭鶴羽山で観察会」 というタイトルは新聞記者の創作です。

●つぎに、 「諭鶴羽山の豊かな自然に触れようと」 とか 「シマサルナシの実を捜し当て、歓声を挙げていた。」 などという表現からうかがえるのは、ヒトの側に焦点を当てて自然は脇役になっていることです。新聞記事特有のストーリーを作ってしまっています。そうじゃないんです。自然観察は、自然が主役なんです。ヒトは脇役なんです。ヒトは一歩後ろに引きさがって自然の植物やキノコに焦点を合わせるのが自然観察なんです。写真もどちらかというと、ヒトに重きを置いていてイベントの写真になっています。けっして自然の紹介写真ではありません。だから、記事の文章が「 実を捜しあてて、歓声を上げた」 となるのでしょう。そもそも、実を探し当てたのではなく、自生地情報は40年前から分かっていたことです。 「山の幸 み~つけた」 というタイトルは、この観察会の実際とはかなり乖離したタイトルになっています。

ということで、別に文句をいっているのではありませんが、自然観察をしているという観点からは、イベント紹介の記事になっていますので、かなり違和感のある記事ではありますね…。

追記
ま、新聞記事の文章は、いわゆる5W1Hを含むのが良い (欠けてはいけない) と言われています。 Who(誰が) What(何を) When(いつ) Where(どこで) Why(なぜ) How(どのように) したのか? を文章作法の基本としているから、このようになるのでしょう。あるいは、ならざるを得ないのでしょうね。この5W1Hの文章作法パターンからは、主体はあくまでのヒトであり、 「こくもんじ」 やヒラタケはヒトの行為の対象物=脇役でしかありません。この新聞文章の特質を考えたら、これはこれで良いのでありましょう…。


ランクルさんのコメント
新聞に載りましたか。
こくもんじの話に、秦の始皇帝は不老不死を求め、仙人を連れてくるように、あるいは仙薬を持ってくるように徐福という男に命じたが探し出せなかったので、始皇帝の怒りを恐れて日本に「亡命」したという伝説があるそうですね。徐福が探していた仙薬の一つが、「シマサルナシ(こくもんじ)」だとする説を、日本の研究者が小論文を中国で発表したとネットで読みました。

私はあまり植物学とか学説などより、うわべだけ聞いて「ふーん、そうなのか」というぐらいで、花より団子のような男でして、こくもんじが時間とともに熟れてきて、少し柔らかくなりかけたら解して口の中に入れています。不老長寿の願望はあまりありませんが、昨年よりも美味しくお酒ができたらいいのにと思っています。また、ひらたけ(かんだけ)の食べ方を調べていたら、エリンギの食べ方に塩漬けというのがあって、それをヒントにしてヒラタケをサッと湯にくぐらせて、塩味を付けて(食塩)、昆布とトンガラシ(種は取って)を一緒に漬ける、そして2,3日おいて食べる。
結構美味しいのですわ。

もちろんナベなどでいただくのが美味しい食べ方ですが……。


山のキノコの返信
ランクルさん、こんばんは。
夕方から急激に寒くなりましたね。夕方、洲本に行ってきましたところ、先山 (海抜448m) の中腹から上は薄っすらと冠雪です。柏原~諭鶴羽山系も冠雪です。20日に続いて今冬2回目の冠雪です。上空の寒気の動きを見ると、今冬は寒気が西回りで大きく南下しているようで、西日本が冬将軍ににらまれています。ヒートアイランド現象で昇温化の著しい北海道・札幌よりも、九州内陸部 (熊本県・阿蘇とか) の気温の方がかなり低いというふうな逆転現象が頻発しているのが面白いところです。今冬は久しぶりで淡路島の平地でも本格的な積雪( 20センチとか30センチ?) があるかも? 大いに期待できそうです。大混乱にそなえて、冬タイヤ (スタッドレスタイヤ) やチェーンの用意が要るかも? でも、自分が雪対策したところで、国道28号線などで、夏タイヤ車のスリップ事故が必ず発生して道路が塞がれるから、みんなが雪対策しないかぎりダメなんですよね。ホント、今冬は西日本太平洋側や瀬戸内地方も積雪に要注意です。

そういえば、大昔 (30年近く前) のことですが、剣山の中腹に剣山スキー場というのがあって、(今もあるけど営業停止しています) そこは海抜1400mなんです。平地より気温が10度近く下がり、四国沖を南岸低気圧が通れば10中9は雪になります。チェーンを装着して雪景色を見に行ったのですが、急激なドカ雪に埋まってしまい立ち往生しました。スキー場関係者がブルドーザーで除雪してくれるまで山の上で足止めを食らいました。今冬は久しぶりに雪景色を見に行こうかなと思います。しばしば徳島地方気象台が徳島県山間部に 「雪崩注意報」 を出しています。南国四国で雪崩てか?? と信じがたい話ですが、あるんです。私も剣山スキー場から剣山登山口見の越に行く途中で雪崩を目撃したことがあります。

関係のない返信になってしまいましたが、「諭鶴羽山で観察会」 という記事には参りました。新聞記事など記者が適当に想像で創って書いているみたいです。あのヒラタケの場所はどうみたって海岸近くです。諭鶴羽山じゃあないです。おばちゃん連中がヒラタケをどう料理したのか、ランクルさんに便乗したおばちゃんに聞きました。スキヤキにしたのと、焼いてポン酢で食べたと言っていました。息子夫婦にも分けて、息子らはお吸い物にしたら、マッタケのお吸い物みたいで美味かったらしいです。ヒラタケはマッタケの香りはしないのに、マッタケのお吸い物?? とは変です。で、考えたんですが、即席のマッタケのお吸い物にヒラタケを入れたのではないでしょうか? 今日ではマッタケの香り成分は化学的に合成出来て安価に売られているので、ヒラタケ汁にマッタケの香りを振りかけたのでは?? だとしたら、マッタケのお吸い物もどきですね。インチキです。もし料理屋がやったならば食品偽装ですよね。
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ヒラタケの食べ方
●ヒラタケが大量に手に入ったので、どのようにして食べたらいいのか? 悩むところでありますが難しく考える必要はありません。まず言えることは、世の中に沢山の食品がありますが、民俗学的に考察するならば、食べ物には二種類しかありません。大きく二大別できるわけです。

柳田 國男 (やなぎた くにお) といえば、わが兵庫県が輩出した偉大な民俗学者でありますが、わが日本人とは何者なのか? 日本の文化や習俗の本質は何なのか? を生涯問い続けて膨大な著作群を著わしています。その彼が見出した日本人論の一つに ハレ(霽れ)と、ケ(褻) という概念があります。すなわち、ハレ=非日常であり特別なことを言うのであります。ケ=日常のことであり普通のことをいうのであります。このハレとケが日本人の伝統的な暮らしの中では画然と峻別されていて、けっして混じり合うことはありませんでした。晴れ着とか、晴々しい、とかの言葉からも分かりますが、ハレとはお正月であるとかお祭りだとか、おめでたい祝賀すべきようなことであり、そのようなときには特別な食べ物が供されます。赤飯とか餅とかタイ(鯛)など。これらは本来はハレの日の食べ物であります。要するに、ケである日常の日々には質素な食事が賄われ、ハレの特別な日には御馳走が振る舞われます。

●この柳田國男先生の民俗学に準拠して、ヒラタケはハレの食材なのか? ケの食材なのか? を考えるならばヒラタケは明らかにケ=日常の食材であります。日本海側や北日本では、人家の近くでも発生し秋から冬に大量に採れ、塩漬けなどにして貯蔵され普通に食べられています。西日本とりわけ瀬戸内地方では乾燥気候のためにヒラタケの発生は少ないんですが、発生しないわけではなくカンタケ(寒茸)と称して食べる人は食べています。(たとえば、わたくし山のキノコなど) という民俗学的観点から、ヒラタケの食べ方は、特別に気取った洒落た料理ではなく、ごく日常的な普通の料理法で食べるとよろしい。という理屈で採ってきたヒラタケを味噌汁にして食べました。


ヒラタケの鍋焼き味噌汁
ヒラタケの味噌汁
↑ 日常性を味噌汁という日々普通の料理で表現しました。が、瀬戸内地方ではヒラタケはやや珍品の部類に入るキノコであります。天然ヒラタケなど見たことが無い人がほとんどでしょう。そういう意味ではヒラタケは瀬戸内では若干非日常の範疇に入る面があるので、日々定番の味噌汁をナベで調理して非日常を演出しました。

材料と作り方
●材料………ヒラタケ、カワハギ、チンゲン菜、ニンジン、ダシ(昆布と煮干し)調味
  料は味噌(合わせ味噌のほうが美味い)
●作り方……鍋に水を張りダシを放り込む。半日放置してダシを良く出す。次に、鍋
  を火にかけ沸騰させる。すぐさまダシを掬いあげる。次に適宜下ごしらえカットし
  た材料を放り込んで煮込む。煮込み終わったら味噌を溶かし入れる。味噌は香り
  が命だからぐつぐつと煮てはいけない。火を止めてから味噌を入れるぐらいの方
  がよろしい。



「こくもんじ」 および 「ヒラタケ」 の観察会。 大収穫だあぁぁ!!
●本日は2013年12月22日であります。今日の12時~16時の間、淡路島南部で自然観察会が行われました。年末の押し迫った時期であり、このところ西日本では非常に寒い日が続いておりまして、なんと、日本本土の最南端の鹿児島県のアメダス田代 (たしろ) で-3.0度を観測しました。アメダス田代は大隅半島 (おおすみはんとう) の先端近くにあり、気温を観測するアメダス観測所としては本土最南端の観測所です。このように、ここしばらくは西日本は平年値よりも低温状態が続き、厳しい寒さであります。わが淡路島では今朝の最低気温は、アメダス南淡で4.7度、洲本特別気象観測所で4.2度でありました。日中も寒く最高気温はアメダス南淡で8.9度、洲本で7.4度で、終日10度以下の厳しい寒さでありました。この厳寒では、観察会に来ると言っていても、来ない人が多いだろうなと思ったのですが、なんと9人もの参加者で賑わいました。大賑わいです。ありがとうございました。

自然調査の団体が行う観察会ならば、会の中心に専門家がおり質問すれば色々と教えてくれるので、参加者も数十人が来るのが普通ですが、全く個人の私的企画にすぎず、教えてくれる専門家の随伴があるわけでもなく、観察と称しても参加者自ら本を読み論文を漁り読んで調べ出すしかないのですけれども、(もっとも専門家に安易に答えを教えてもらうのではなく、自力で文献に当たって調べ出すほうがよっぽど勉強になるのは間違いないのですが) 9人ものご参加をいただきましたので上出来です。寒い中、ご参加ありがとうございました。


集合場所の沼島汽船乗り場
沼島汽船の乗船場 (南あわじ市灘土生)
↑ 淡路島の付属島の沼島 (ぬしま、ぬましまではない) への渡船乗り場に集合したのですけれども、何と言っても非常に分かりやすい集合ポイントであります。場所はいちおう兵庫県南あわじ市灘土生 (なだはぶ) です。しかしながら山の中腹に写っている数軒の所は土生ではなく、灘円実 (なだえんじつ) です。沼島汽船乗り場の地所は円実の海岸を埋め立てたところに位置しています。

淡路島南部の海域では、アオリイカの資源保護が図られている
付近の海域はアオリイカの生息地
↑ 船着き場の周辺の防潮堤には、アオリイカのリリースを釣り人に呼びかける看板があります。アオリイカの釣りを禁止しているのではなく、事実上の禁漁期間と体長制限を設けているようであります。漁業組合は竹の枝の束であるとか、木の枝の束を海中に設置してアオリイカの産卵場としているようであります。

参加者は9人
こくもんじ観察ポイントから引き上げる参加者
↑ 第一の観察ポイントでの 「こくもんじ」 観察を終え、こくもんじ自生地を後にして、次の観察ポイントに向かいます。まことに残念ながら、兵庫県の貴重な自然 兵庫県版レッドリスト2010 (植物・植物群落) で シマサルナシ (こくもんじ) は “詳細は非公開” とされています。何の間違いなのか 委員以外で意見や分布情報をいただいた方々 に自分の名が載せられてしまったので、自生地情報を明かせない立場になっております。参加者は全部で9人ですが、2人写っていません。写真を撮っている私と、有名な写真家の里口さんが写っていないです。写真家の里口さんの撮った写真が、数日中に朝日新聞淡路版に掲載される可能性が濃厚です。

瓦が重なるような発生の仕方
瓦が重なるようなヒラタケ
↑ さて、本日のメインイベントはヒラタケの観察です。瓦が重なるようにして発生した見事なヒラタケです。エノキ (榎木) の大木の立ち枯れに発生しました。青い葉っぱはコショウ科の フウトウカズラ です。写真の右側に輪のある太いかずらが写っていますがフウトウカズラの茎です。写真の左下部分に黒っぽい突起物みたいな物がありますが、アラゲキクラゲというキノコの腐りかけたものです。写真はヒラタケの傘の下側を観察するために仰角45度ぐらいで見上げたものです。ヒラタケにも柄はありますが、柄 (え) はごく短く、傘の中心から柄が出るのではなく傘の端から柄が出ているのが分かります。傘の中心から柄がでているシイタケ (椎茸) とは異なっています。ただし、風倒木の上側から発生するような状況では、傘の中心から柄がでることもあります。

スズメバチ (コガタスズメバチ) の巣を連想する
ハチの巣みたいに見える
↑ ヒラタケを上から見たピンボケ写真ですが、久しぶりに見る巨大なヒラタケであります。見ようによっては、木から巨大な癌細胞が出ているようにも見えますし、なんとなくスズメバチ (コガタスズメバチやキイロスズメバチ) の貝殻紋様の巣のようにも見えます。気味悪いほどの大きさですが、観察会参加者は異口同音に 「こりゃあ、大きいなあ」 と大感激です。東京都品川区のサイトに キイロスズメバチの巣 の写真がありますが、なんとなく似ていませんか? わたくし山のキノコには、ヒラタケの沢山の傘が織りなす紋様パターンが、キイロスズメバチの巣のおびただしい貝殻が重なるような紋様パターンとが、非常に似ていると見えてしまいます。

大収穫だあぁぁぁ!!
大収穫!!
↑ 観察が終わると、収穫であります。なんせ全く人気のない山中なので、収穫しないことには、このヒラタケはやがて腐敗して跡かたもなく消滅するだけです。観察だけで終わるのは勿体ないです。そこで有難く収穫させていただきましたが、発泡スチロールのトロ箱4つに入りきらないほどです。トロ箱の内径は横幅が39センチです。ずしりと重く、1箱4キロぐらいあったと思います。全部で20キロぐらいあったのではないか? 参加者9人で公平に分配 (家族の多い人は多めに) しましたが、それぞれの人は持って帰った後に、さらに親戚や知人に分けたそうです。(つまり、食べきれないほどの収獲であった) 今回の観察会では、わたくしの同級生のO君が、お正月の飾りのダイダイの実と、栽培しているシキミやサカキを沢山くださって、参加者は大量の土産を手にして帰途につきました…。O君、沢山ありがとう。

傘の裏側の観察
傘の裏側のひだの観察

ランクルさんのコメント
山のキノコさん 22日は本当にありがとうございました。

皆さんに心配されながら、一本ハシゴも何とか使うことが出来ました。もう少し軽いもので、持ち運びが簡単なものなら新商品として販売もできるのではないかと思いますね。

さて、たくさんの収穫があってこれからどうやってお酒を造ろうかと考え中です。少し熟しかけては指で押さえてホグして食べてしまいそうで、お酒にするまでには無くなってしまうのではないかと心配です。

ところで、ヒラタケの食べ方をどうしようかと考えています。炙ってポン酢で食べたり、油で炒めたりするのは誰でも思いつきますが、ヒラタケを一般的なキノコとどういうように見て取るかも調理のヒントになるのではないかと思っています。

見かけはシイタケのような気もしますが、エリンギのようだと考えると調理法が変わってくるのかも知れません。なにせ水々しくてずつ柔らかくて、新鮮なのがいい。普段は料理なんかしないのですが、これは面白いと思って新しいことを考えています。まあ、いつも自分で考えるのではなくてネットのパクリ専門ちゅうところですが、エリンギの調理方を真似てみたらどうかと思っています。

いっしょに行ったオバちゃま達はどうやったのでしょうかねえ。



山のキノコの返信
ランクルさん、お早うございます。観察および採集会にご参加ありがとうございました。おかげで盛大な行事とすることができました。また、事故もなく怪我もなくよかったです。一本柱のハシゴも現地で実際に試用したらなかなかのスグレモノですね。ほんと、アウトレジャー用品として、木のぼりとか、岩登りの携行ハシゴとして売る出せるかも? ひょっとしたら、ステンレスパイプ製で組み立て式にすればいいかも?

ヒラタケですが、おばちゃん連中はどう料理したのかまだ聞いていないですが、写真家の方は鍋物にしたそうです。沢山なので親戚にもおすそ分けしたそうです。私も実母と鍋にしました。また、隣家にもおすそ分けです。ヒラタケは風味・味ともに温和なキノコで、どんな料理であっても、やや濃厚な味付けにして、調味料の味をよく含ませるほうがいいようです。一番いいのはスキヤキでは? スキヤキの濃厚なタレをヒラタケによく含ませると美味いと思います。水分が多いキノコなので、てんぷらには合わないと思います。

ネット情報では、東北地方の山菜・山採りキノコ販売業者のサイトが検索すれば沢山ヒットしますが、料理法も大変参考になりますよ。乾燥気候の瀬戸内のみならず、西日本じゃマッタケ以外は天然キノコを採る習慣は少ないですが、東北地方日本海側は秋~冬にかけて湿度が高いため、キノコの発生が非常に多く、人々の食文化にしっかりと天然キノコが根付いています。東北地方はキノコの聖地でありキノコ王国であるから、食べ方にも伝統や工夫があり、大いに参考にできます。



『篠山登山と珍しいムベの観察会』 は雨天のためにお流れ。
本日は2013年10月20日です。予定していた 『篠山登山と珍しいムベの観察会』は悪天のためにお流れとなりました。男性参加予定者はいちおう現地に集合しましたが、よもやま世間話をしばらくしたのち、散会です。次の観察会は12月22日(日曜日)です。恒例の(?)コクモンジの採集と、キノコ狩り?です。 これは参加者が多いと分け前が減るので、人数制限があるかもしれません…。

●今日は西日本~東日本の広い範囲で雨で、特に紀伊山地の南東斜面でしっかりと降ったようであります。本日の日降水量の全国ランキングでは、1位は三重県のアメダス鳥羽で、132ミリの降水量でした。(ただし17時現在のランキングで、まだ7時間残しているので変わる可能性があります) わが淡路島では、アメダス南淡で19ミリ、アメダス郡家で16ミリ、洲本特別地域気象観測所(旧洲本測候所)で17ミリでした。雨は昨日から降っているので昨日から今日にかけての降水量は34~39ミリでありました。これは少なからず多からずちょうどいい雨量です。9月15日~16日に牛内ダムで394ミリの大雨がありましたが、いっぺんに300ミリ降るのは大変困るわけで、30ミリずつ10回に分けて降ってほしいものです。降るときはバケツの水をひっくり返したような大雨、降らん時は日照りが続く…、という傾向は年々強まっている傾向は認められます。

●温暖化が進んで、日本列島が「熱帯化」しているのだ、熱帯地方のように「対流性の驟雨」ひらたく申せば土砂降りの夕立のような降り方になっているのだと、マスコミが言っておりますが果たしてそうだろうか? この間の伊豆大島の記録破りの大雨にしても、上空にこの時期としては強烈な寒気が南下していました。地上では台風26号の暖湿気流があり(南東の風)、一方で大陸から張り出した寒冷高気圧から吹きだす冷たい北東気流があって、伊豆大島付近で収束帯(シアーライン)が形成されていました。南東の暖湿気流と北東の冷たい気流がぶつかって収束帯を作り、暖湿気流が冷たい気流の上に滑り上がるような上昇気流ができ、積乱雲の列ができているのが衛星画像等で鮮明に見えていました。100ミリの時間降水量が数時間つづいたのは、(シアーラインの走向と台風の進行方向が一致することによって) 伊豆大島にシアーラインがかかり続けていたのが根本的な原因であって、「熱帯化」などという説明では全く説明になっていないように思います。伊豆大島の激甚災害をもたらした記録破りの豪雨の事例では、温暖化というよりも、台風の後面に侵入した季節外れの寒気がおおきな悪さをしています。むしろ、寒冷化が台風や温帯低気圧を猛烈に発達させることもあり得るという印象です。なんでもかんでも「温暖化」とか「熱帯化」などと説明するのは誤魔化しであって、説明が “恣意的・単純的・教条的・誘導的” であると言わざるをえません。もちろん気象庁もそういう「熱帯化などの」説明はするけど、地球温暖化に関する頁で言うのであって、日々の天気変化の説明ではそんなことは言っていないです。どうやら阿呆なマスコミが煽っているようで、タチが非常に悪いです。マスコミは何でもかんでも煽りたてる報道をして、世間を踊らせるのが好きなようであります。踊ってお祭り騒ぎをすることで商売できる人たちがおるわけで、その商売人の手下をしているのがマスコミであろうかと、認識しています。

牛内ダムへ行く道路の道標
マダケの竹やぶに半分埋まるようにあります。当該の土木事務所は職員がぞろぞろと大勢いるのに、この道路標識の管理が手薄になっています。まず、よく汚れています。拭き清めて清掃する必要がある。竹やぶも刈ったほうがよろしい。来年たけのこが出たあと竹やぶに埋まるのは必定。それから、ダムの周遊道路の草刈りをする必要がある。管理の仕事をするのがイヤなのであれば、人員削減と給与水準の下方修正だ。国の借金は1000兆円を超え、県の借金、市の借金もある。南あわじ市の借金も850億円だ。有権者一人当たり200万円だ。消費税があげられ国民大衆はやせ細る一方で、疲弊の極みにたっしておる。国家公務員・地方公務員・みなし公務員の700万人を支える担税余力は、国民納税者には既になくなっている。ソ連の例をみても国家が破産して一番つらい目に遭うのは、意外にも実は公務員だ。予算が組めなくなって月給が出なくなるからだ。

牛内ダムへ行く道標

本日の収獲物
雨であったが、同級生のT君とアケビを採集しました。紫色の物は(5小葉の)アケビ、赤い物は(3小葉の)ミツバアケビです。ミツバアケビはまだ緑色の堅い物があり、非常に果期が長いようです。アケビ両種の果期は9月下旬から11月上旬ぐらいの長きに及んでいるようであります。アケビの皮は苦いのですが食べられます。苦味は水でさらすとか、時間を掛けてよく煮ると軽減します。庶民大衆は野生の物を採集して、食材の足しにして、始末倹約に精励しています。消費税を8%にすると庶民は生活防衛のために更に始末倹約に知恵を巡らせるでしょう…。よって、税収を増やそうとして消費税率をあげたならば、国民が財布のひもを固く縛って節約して、かえって税収が減るでしょう。いわゆる 合成の誤謬(ごうせいのごびゅう) となる公算が大なりと予想しています。
アケビの盛り合わせ

秋の自然観察会のお知らせ
●佳い気候となりました。世間では日曜日ごとに運動会や行楽にたけなわですが、軽登山も盛んです。で、10月20日(日曜日)に 『篠山登山と珍しいムベの観察会』 という企画をしました。淡路島南部にある篠山という山を登るみちすがら、アケビ科の 『ムベ』 という蔓植物の果実を観察しようという企画です。ムベの果実は食べることもできます。とても上品な甘さがあります。どなたでも参加できます。淡路島島外の方のご参加も大歓迎。ただし、標高差400mを2時間かけて登りますので、75歳以上の方はご家族同伴でお願いします。登山道は勾配は緩いのですが、すこし距離があり、やや健脚向きのコースかなと思います。
稔りの秋の食べられる野生果実(その6) ムベは古代の人々の甘味源のひとつ 


●篠山というのは丹波篠山が大変有名ですが、日本全国に篠山という地名や山名があります。この地名の起源は読んで字のごとく 「ササが生い茂っている所」 という意味ですが、淡路島南部の山岳地帯はむかしネザサという2~2.5mぐらいの笹がありました。山の尾根近くの海抜400mから上はネザサの大群落だったのです。笹だらけで、笹の生えているところは樹木がありませんでした。ササ (笹) やタケ (竹) 類は数十年に1回開花結実することが知られていますが、淡路島南部の山岳地帯のネザサは昭和43年頃に一斉に開花結実して、枯れてしまいました。ネザサが枯れた後には樹木が侵入し、現在は樹齢40年余りに生長しています。樹木は背が高いから、年と共に登山道からの眺望を遮っています。ですが、山頂は樹木を刈ってあるので眺望はいいです。淡路島南部の山岳地帯の最高所 (608m) は篠山と昔から言われているのですが、地名は歴史そのものです。むかしネザサの大群落があった山であることを地名が記録しています。

●余談ですが、ササ (笹) とタケ (竹) はどう違うのか? 疑問ですが、一般的には 「たけのこの皮」 がすぐに脱落するのが竹であって、いつまでも残るのが笹であるとされています。いやそうじゃないんだ、人間の背丈を基準にして背丈程度の2.5mぐらいまでの小さなものを笹、それよりも大きなものを竹というのだ、という説を唱えているのは淡路島の植物を徹底調査している神戸のK先生 (植物分類学・植物地理学専攻) です。さて、どちらが当たっているのか? これは笹と竹という言葉を古代にどう使い分けたかの問題であって、必ずしも植物分類学の問題ではなく、国語学とか語源学の方面のハナシで、難しそうであります。


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その1

その2

その3

真夏の観察会を終えて
真夏の散策会は、これという見処はなし】 本日は2013年8月5日であります。昨日に “淡路島南部の洲本市鮎屋川の源流地帯を散策する” という自然観察会を開催したのですが、とにかく暑く、そうやたらに歩き回れるものではありませんでした。鮎屋川の上流域まで車で行き、歩いたのはせいぜい片道1キロぐらいでありましょうか。ひんやりと涼しい谷筋で、苔むした岩に腰掛けて弁当、ノンアルコール偽ビールで酒盛り(?)に終わりました。小さな渓谷を流れる水は清冽で冷たく、谷を吹き降ろしてくる風には冷気が含まれ予想外に涼しいのには驚かされた…。

鮎屋ダムから淡路島南部の山地の方を見る
↑ 鮎屋川ダムの堰堤(えんてい)から南の方角を眺めた。ダム池の満水時の最大長は直線距離で1028m、最大幅は230m、満水時のダム池面積は11.36haであります。流域面積は約8.3平方kmです。しかしこの数字は国土地理院の地形図上で私が勝手に計測したものであって、ダム管理者側の公表数字と異なる可能性があります。ものの大きさというものは、気温の測定と同じで、計測に使う道具や道具の器差や測る方法や有効桁数の取り方など、さまざまな要因で数字は変わるのです。 写真の中央やや右に見えているピークは海抜434mですが、写真には写っていない源流地帯の最高所は海抜544mあり、400~500mの山々が重畳(ちょうじょう)しています。

鮎屋ダムから先山を見る
↑ こちらはダム堰堤から北の方向を眺めたものです。7キロ離れている先山(せんざん)が指呼の間に見えています。先山は山頂に寺院があり非常に抹香臭い山であります。実際と写真とでは見え方が異なるもので、こうして写真で見ると淡路島は山ばかりです。飛鳥~奈良時代の律令制の下での、地方行政区分として、淡路島は、面積的には全国の約600分の一という小さな島ですが 「淡路国」 という 令制国(りょうせいこく) の地位が与えられました。(もっとも佐渡・壱岐・対馬・隠岐も1島1国ですが)言わんとすることは、淡路国の特徴は何かと申すと、山国だということであります。島なのに少し内陸部に入ると海など全く見えず、視野に入るのは山ばかりなのです…。

コモチシダの観察
べつに兵庫県版レッドデータ種でもなんでもなく、普通種のシダ植物でありますが、特異な生活史をもつコモチシダが “葉の上に子が生じている” 状態だったので観察しました。写真を見ての通り、葉の上に “無性芽・むせいが” と呼ばれる沢山の “子” が出来ています。標準和名は “子持ちシダ” の意味でありましょう。胞子で殖える筈のシダ植物が、胞子だけでなく、胞子に加えて、このような一種の “クローン戦術=分身の術か?” で殖えるのは、とても面白いものであります。淡路島南部の山岳地帯ではありふれたシダ植物で、林道の法面など急傾斜のところに大きな葉を垂れ下がらせています。けれども、なかなか子を見ることが少ないです。(最大の要因は盛夏のクソ暑いときには山歩きをしないのが、この子持ち状態の姿をあまり見ない理由でありましょうが…)

なぜ、胞子で殖えることができるのに、栄養器官の上に無性芽などというクローンを沢山つくるのか? は確かに大きな疑問ですが、次の問答がとても良い参考になります。日本植物生理学会 みんなの広場 質問コーナー 「苔のふえかた」


コモチシダ

コモチシダ
↑ 淡路島鮎屋川のコモチシダです。植物生態研究室(波田研)のホームページ に解説と、拡大写真があるので参考にしましょう。

淡路島に、サケ科の渓流魚はいるのか?
ところで、本日は真夏の散策会でありましたが、弁当を食べるころから、ランクルさんは釣糸を淵に垂らして渓流釣りを始めました。散会後は渓流釣りを本格的にやるために、その谷筋をさらに上流の方へと遡行していきました。その谷の源頭岩場にもシャクナゲが自生していて、調査のために数限りなく私もその谷を遡行しています。谷の源流近くには小さな島とは思えないほどの水量豊かな淵があったり、落差は小さくても良い滝もあったりで、何かが居そうな感じはします。釣果はいかほどであったでしょうかねえ?

●ちなみに、渓流釣りの対象魚種といえば、アユ(鮎)、ヤマメ(山女魚)、アマゴ(雨子)、イワナ(岩魚)あたりが定番でしょうか。アユ(アユ科)ならば淡路島の小さな河川にも昔は沢山おりました。地名にも鮎屋とか鮎原とかアユにちなんだ地名が残っております。河川の中流域や下流域に棲息するアユは水質の悪化でほとんど居なくなっておりましたが、最近はアユが帰ってきたという話をよく聞きます。魚ではありませんが、シジミも淡路島に戻ってきています。わたしもあちこちの用水路などでシジミ(マシジミ)を確認しています。

●さて、渓流釣りの定番のヤマメ、アマゴ、イワナは申すまでもなくサケ科の魚ですが、淡路島には残念ながらおりません。いろいろな資料に当たって調べても、これらの魚が淡路島内で標本さえも採取されていません。自然分布としては、ほぼ確実にそれらの分布域から外れているのでしょう…。イワナは川の上流域の低水温に棲息していて、兵庫県では氷ノ山付近には僅かにいるみたいですが標本程度。紀伊半島の山の渓谷では絶滅寸前だとか…、ということから考えるとイワナは淡路島におる可能性はゼロです。

もし可能性があるとしたらアマゴでしょうね。サツキマス (陸封型をアマゴと称す) アマゴの自然分布域は、神奈川県以西の本州太平洋側・四国・九州です。(なお本州内陸や日本海側はヤマメの分布域) 徳島県と香川県との境の阿讃山地の谷にはアマゴが僅かに居るみたいです。アマゴは養殖稚魚が放流されますが、徳島県の剣山系の河川中流・上流域には居ります。むかし私も入漁券を購入して毎週のように剣山地の渓谷にアマゴを釣りにいきました。でも、釣れるのは野生化したニジマスが多かったです。ところで、淡路島南部の海域で、サツキマス(サツキマスの陸封型がアマゴであり両者は同じもの)が網にかかって獲れたという話があるみたいです…。しかしながら、アユみたいに海と渓谷を往来する降海型のアマゴが、たとえば灘とか福良の漁港で水揚げされたとしても、アマゴが淡路島にいるとは言えないでしょう…。

兵庫県立人と自然の博物館 自然環境モノグラフ 4号2008年3月 『兵庫の淡水魚』兵庫県水生物研究会 編 の 61ー75頁 を閲覧すると、70頁にイワナ、72頁にヤマメ、73頁にアマゴの兵庫県内の詳細な棲息分布図が公開されています。大変勉強になる報告書なので、釣り好きなかたもご覧になるといいでしょう。しかしながら、これはあくまでも自然環境を護る目的のために使われるべき資料であります。絶滅危惧種や珍品を捕るためのガイドブックではありません。目的外使用は厳禁であります。

●世の中、ブラックバス釣りの連中がわがもの顔であちこちの池やダムでのさばっています。いつも思うのですが、ブラックバスを放流するのではなく、ニジマス(虹鱒・レインボートラウト)を山間のダム池に放流してくれないものだろうか? ニジマスは暖水域でも棲息できるサケ科の魚で、食用魚としても上等品です。塩焼きにしたら非常に美味いです。香川県の満濃池の近くにニジマスを放流して釣れる池があり、昔わたくしもよく釣りに行きました。


鮎屋川の源流地帯を散策します。
淡路島南部の山岳地帯で、自然に親しむ真夏のトレッキングを少人数でいたします。べつに、参加者募集をするわけではございませんが、もし宜しかったらどうぞ。

日   時  8月4日 (日曜日) 朝 9 時に集合
集合場所  おのころ島神社の駐車場(赤い鳥居の前の駐車場)

散策場所  鮎屋川源流地帯を軽く散策します
行   程  9 時 集合 → 9 時半 現地到着 → 2 時間ほど散策 → 12 時 弁当食
        べる → 昼過ぎ 1 時に帰還
みどころ  夏の樹木の青葉を観賞します。季節的に綺麗な花はありません。
弁   当  おにぎりが宜しい。各自持参。

●8月4日(日曜日)9時集合で、現地9時半に到着、2時間ほど、ゆっくりと林道を散策します。谷間を吹く風にあたり、渓流のせせらぎを聞きます。林間を歩きながらツバキ・アラカシなどの厚ぼったい照葉の光沢を観賞し、コナラなどの夏緑樹林の樹冠を透過した木漏れ日をめでます。この時期には綺麗な花はあまりありませんが、もっぱら樹木の観察であります。2時間ほど散策したのち、谷筋の涼しそうなところを捜して、各自、持参のおにぎりを食べます。昼過ぎ1時ぐらいにお開きです。

●もしかすると、山椒の実が採れるかもわかりません。山椒の実は2~3日陰干しすると、実が割れて黒い種子がでてきます。種子を取り除いて実の皮だけにして乾燥させ、摺り鉢で粉にすると、香辛料の粉山椒が出来ます。山椒の実の佃煮は5月下旬~6月上旬ぐらいの若い実がいいです。8月上旬では時季外れです。山椒の葉の佃煮ならば、葉(複葉)の葉軸を取り除いて小葉だけにすれば、まだまだいけます。

●今年は西日本は猛暑ですが、山間部の谷は風があったり、尾根に雲がかかることが多く、意外に涼しいことがあります。しかし、必ず涼しいというわけではありません…。なお、ご参加の場合には、熱中症対策には各自ご留意くださいませ。


山岳重畳する淡路島のチベット??
↑ 尾根に登って眺めると、遥かに山波が続いています。山岳重畳するさまは小さな島の中とは思えないほどです。鮎屋川源流地帯は淡路島のチベットとも言うべき “ちょっとした秘境”であります。

シャクナゲが自生する山
↑ このピラミダルな四角錐的に見える無名峰にも、シャクナゲが自生しております。しかし、この山には柏原ー諭鶴羽山系の主が棲息していて、近づくのは危険です。

山椒の実
↑ 赤い小さな宝石みたいなものがサンショウ(山椒)の実です。これは昨年9月11日の写真です。これを粉にすれば粉山椒です。赤っぽい色のものができます。8月上旬ころはまだ実は緑色で、淡いグリーンの粉山椒ができます。
山椒の葉
↑ こちらはサンショウの葉です。もう長(た)けていますが、葉の真ん中の軸から小葉(しょうよう)を外すと、まだまだ サンショウの葉の佃煮 (神奈川県HPから) ができます。

フユザンショウの実
↑ こちらはサンショウとごく近縁種のフユザンショウ(冬山椒)です。常緑性(というよりも半落葉性)の低木ですが、冬でも緑の葉がかなり残るので、冬山椒という名が付いたのでしょう。香りはサンショウと全く同じで、サンショウの代用品として利用出来なくもないのですが、香りがやや弱いです…。
「おたけさん」 の 特選写真ギャラリー
本エントリーの、写真はすべて 「おたけさん」 が撮影。文章は山のキノコです。

●本日は2012年12月24日です。天皇誕生日の振替休日であります。
昨日は、盛大に「こくもんじ」 と 「しおばば」の観察会をしたのですが、そういえば、「しおばば」 を昨日は観察しませんでした。「こくもんじ」 や 「ヒラタケ」 の採集に夢中になったので忘れていました。で、「しおばば」 は次の機会に譲るということにいたします。

●昨日は、服飾デザイナーをされている高名な写真家の方が、多忙で来られませんでした。ですが、参加者のなかの 「おたけさん」 も写真の機材といい腕前といいプロ級のレベルです。で、おたけさんから戴いた写真を拙ブログの画廊に展示したいと思います。惜しむらくは、拙ブログは無料のブログでありますから、原版のまま展示ができないことです。原版をかなり縮小しているので、若干画質が落ちてしまっています。

鈴なりの 「こくもんじ」 を手にして、思わず顔がほころぶ
★参加したオバチャンが収穫した 「こくもんじ」を手にして満面の笑みを浮かべています。さて、これをどうしようかな? 追熟して生食しても良し、庭先に吊るして風に当てて干しブドウならぬ “干しこくもんじ” にしても良し、潰してジャムに加工しても良し、はたまた発酵させて “シマサルナシ酒” にしても良し。あれこれ思うと、自然と顔がほころんできます。台所を与かる家庭の主婦というのは、何でも食べ物が手に入ると嬉しいのです…。

「こくもんじ」 を手にして満面の笑み


見事なヒラタケを採った
★径1m近いエノキの立ち枯れ木にヒラタケが大発生しました。良い条件が重なって素晴らしく生長した立派なヒラタケです。手に持つボールペンは大きさのスケールにするためのものですが、長さ14センチです。ヒラタケの大きな物はキノコの傘が径15センチから20センチもあり、とても見事なものです。

ヒラタケは西日本の各地でカンタケという方言が分布しています。カンタケは “寒茸” の意味なのですが、比較的に気温の低い時に出てきます。淡路島南部の山岳地帯では、私の観察では秋10月下旬から出始めます。年内いっぱいは出てきます。冬でも暖冬気味で降雨があると出ることもあります。ただし、ヒラタケには近縁種がたくさんあるようで、傘の薄い小型のウスヒラタケは、梅雨ごろに出ることが多いです。


エノキの枯損木に発生したヒラタケ

★両手でガバッとわしづかみです。1つの塊がかなり大きいので、両手で採らないといけません。両手でキノコの根元をしっかりとつかみ、樹幹に大して平行方向に滑らすというふうに力を加えると、ポロッと採れます。力まかせに採ろうとしたら、キノコがちぎれてしまいます。
両手で、わしづかみだ!

★これは王者の風格があります。見事なものです。大きいですねえ。わたくし山のキノコは永年キノコ観察をしていますが、こんな大きなヒラタケを見るのは久しぶりです。10年ぶりです。こんな立派なものは、キノコの傘を1枚づつ外して、炭火でジワーと焼いて、シンプルに醤油をつけて食べるのが一番うまいのです。晩酌の肴には最高です。下手にあれこれと料理しないほうがいいんですよ。とても料理とは呼べないような粗野で簡素な食べ方が旨いんです。Simple is the best way. なのです。へたな小細工料理は却って逆の結果になるのです。
キノコの王者という風格だ

★小さめの物を手に持っているのは、吾輩、山のキノコでございます。わたくしは、この小さなものを持って帰りました。小さめといっても結構かさがあり、今日鍋にしていただきましたが十分にヒラタケを堪能しました。
これは吾輩、山のキノコであります

★同じ釜の給食を喰った同級生のO君の軽トラックの荷台に収穫物を並べました。並べるのが目的ではありません。写真を撮るためです。軽トラックの荷台は畳1枚半ぐらいの広さです。その荷台の半分近くを占領するほどあり、重量ではおそらく全部で10キロぐらいあったと思います。大収穫です。
軽トラックの荷台に並べた収穫物

★これはテイカカズラという蔓植物の “種子散布の様子” を捉えた生態写真です。栽培植物の豆類のササゲの豆果そっくりの細長い果実が成ります。冬になるとそのササゲ似の長細い果実がパカッと割れます。中なら種子が出てくるのですが、種子の頭に髪の毛のようなものが付いています。極細で白くてふさふさとしています。この種髪(しゅはつ)がついているから種子が風でどこまでも飛んでゆきます。一幅の絵画を見ているような芸術性のある1枚です。
テイカカズラの種子は、風で散布する

★観察会が終了したのは午後3時半くらいでしたが、今の時期は日没が早く、晴れていて、まだ太陽がでているのですが、何となく薄暗くなってきて寂寥感が漂ってきます。宴会が終わったあとの寂しさみたいな感じです。そんな冬の夕暮れの寂寥感というふうなものを、逆光で撮るという手法で上手く表現しています。なかなか味わいのある芸術的な写真です。
寂寥感の漂う幻想的な冬の落日


なんと虹が出て、大収穫を祝福してくれた
★生物の組織や器官、行動や代謝、生物の体の仕組みのあらゆることには目的があります。たとえば、なぜテイカカズラの種子に種髪がついているのか? もちろん風で種子を広く撒き散らすためです。こくもんじの実は何故美味いのか? これも動物達に食べてもらって種子をまき散らしてもらうためです。このように生物には、~のためという目的がハッキリとあるのです。

一方、自然界の非生物には特に目的はありません。太陽は何故に何のために輝いているのか? 別に、目的などありません。膨大な質量の存在で中心部で、超高圧・超高温になり、熱核融合反応が起こっているだけです。そこには、誰かのためにとか、何かを達成するためにという目的などあろうハズがありません。さて、虹が何の目的があって出ているのか? これも、別に目的などありません。虹が発生する気象学的なメカニズムは説明できても、誰かのために、何かの目的があって、出ているなどとは決して言えないのです。

……にもかかわらず、このたびの観察会の成功と、ヒラタケの大収穫をお祝いするために、虹が出てきたとつい思ってしまいます。これこそが、合理的考えに徹することができないヒトという種の特徴でしょう。理科系の博士号を持つ人たちまで、オウム心理教の “空中浮揚” を信じたのも、無理はないのかもしれません。

虹が出た


「こくもんじ」語源考 この地方名は、古代中国の徐福伝説が関係しているのだろうか?
「こくもんじ」というシマサルナシの曰くありげな淡路島での地方名は、永らく全く意味不明でありました。しかし、もしかすると、古代中国の「徐福伝説」が関係しているのかもわかりません…。

徐福伝説はこちら 裏付ける証拠がないから、日本史の教科書には絶対出てこないハナシですが、日本各地に伝説として伝わるハナシです。2200年ほど前、秦の始皇帝の命を受けて中国の徐福という人が、不老不死の仙薬を探しに日本に来たというのです。徐福は中国に帰ることはなく、神武天皇は徐福であるという説もあるらしいです。徐福につれられて3000人が日本に来て、中国の技術を伝えたとも言われています。 

●淡路島南部で、克明な調査の結果、8か所の自生地が発見されているマタタビ科のシマサルナシという蔓性の植物ですが、秋にキウイ似の果実が鈴なりに付きます。初冬になって霜げてくると樹の上でも熟し、食べられます。ほんのりとした上品な甘みと、爽やかな酸味があり、緑色のゼリーみたいな食感です。樹によって果実の味に個体差が明らかにあり、ときには甘酸濃厚な美味い実に当たることがあります。

●南あわじ市灘地区でも、洲本市上灘地区でも、住民はシマサルナシの果実を昔から食べていました。昔は、日本全体が貧しく、食生活が貧弱でした。田舎とりわけ僻地では野生の木の実が子供たちのおやつでありました。わたくし山のキノコも、もう40年も50年も昔のことになりますが、小学生のころ同級生のO君やK君とシマサルナシの実を採って食べました。このシマサルナシの実を住民は「こくもんじ」と呼んでいました。

昔は、住民の間では食糧の足しにすることができる貴重な山の幸でありました。村のボス的存在の有力者が、自生地の管理までしていた時代もあります。勝手に採ることが許されなくて、ボスが公平な分配と乱獲防止に目を光らせていたのです。もちろん、それは食糧の不足していた時代のハナシなのですが、日本が経済成長し、食生活が豊かになるにつれて、「こくもんじ」の存在が忘れ去られていきました。ところが、近年、「こくもんじ」の高い栄養価と健康増進のための機能性成分があるらしいことから、話題性が高まっています。またキウイの品種改良に貢献する優れた性質を持っています。何かのきっかけがあれば、「こくもんじ」が脚光を浴びる可能性があります。

【さて、山口県上関町祝島に、シマサルナシにまつわる興味深い伝説があります】
祝島ホームページ 「徐福伝説のロマンを訪ねて 蓬莱の島・祝島」
コッコーの部屋

●山口県の祝島というのは周防灘に浮かぶ小さな島です。わが淡路島の付属島の沼島ぐらいの大きさです。漁業の島で人口も500人ほど、全く沼島に似ているようです。また、この島は 上関原子力発電所 に住民が徹底的に反対する島として勇名を馳せています。原発に反対の気持ちのある人で祝島の名を知らない人はいないでしょう。逆に、風力発電や太陽光発電の幻想に振り回される島として、環境保護団体に食い物にされていることでも知られます。この島の新エネルギー推進に、日本未来の党の飯田哲也氏が深く関与していることも、知っている人は知っています。

余談ながら、飯田哲也氏は、もともとは原発関係者であり、最近は新エネルギーを布教することで飯を食っている利権屋です。今では国賊か売国奴とされている竹中平蔵氏との繋がりもあるようですし、極右団体の 国家基本問題研究所 の客員研究員です。(ただし、最近、降りたようです)理事長が極右の目付きの悪いオバチャン桜井よし子氏、理事に石原慎太郎氏などが名を連ねています。徹底的な中国敵対視と、その正体はアメリカ隷属主義者たち、なによりも原発推進をしています。かなり明確な軍拡主張をしています。そういう団体に飯田哲也氏がかかわっていたのです。そんな男が嘉田知事と一緒になって「卒原発」など主張しても、信用ができるでしょうか?? 有権者をバカにするのは止めてほしいものです。

拙ブログで、わたくし山のキノコは、国民の生活が一番(日本未来の党)を持ち上げるようなことを書いていますが、わたくしは比例区で日本未来の党に1票を入れませんでした。飯田哲也氏が大きな顔をしているのを見たとたん、入れる気が失せてしまいました。とにかく、どの政党も胡散臭すぎます。

●本題に戻ります。祝島に関するサイトを拝見しますと、祝島にはシマサルナシが自生しており、「コッコー」と呼んでいるとのことです。そして、祝島にも古代中国の「徐福伝説」が存在しています。2200年ほど前に、秦の始皇帝の命を受けて不老不死の仙薬を探しに、日本にやってきた徐福(じょふく)が祝島にもきました。徐福が求めた不老不死の仙薬が祝島に自生するシマサルナシ(コッコー)であったというのです。島に伝わる古文書には、シマサルナシのことを「獼猴藤」と書かれていているとのことであります。

コッコーを祝島の古文書では「獼猴藤」と書いているそうですが、キウイの原種(改良種も)を中国では「獼猴桃・びこっとう」と書くのに酷似しています。
北村・村田著『原色日本植物図鑑』では、オニマタタビ(キウイのこと)の中国語名を3つ記載しています。
「獼猴桃・びこっとう」「獮猴桃・せんこっとう」「陽桃・ようとう?」 ですが、読み方からすると、シマサルナシの祝島での地方名「コッコー」と良く似ています。というよりも、コッコーは中国語から来た呼び名でありそうなことが強く推認できます。古文書の表記は、藤と桃の違いはありますが、ズバリ中国名そのものです。コッコーの名は、徐福がもたらした中国名が起源なのかもしれません…。

各地に存在するところのシマサルナシの地方名は、「獼猴桃・びこっとう」が起源のコッコーの変化形である可能性が高そうです。「こくもんじ」もその関連でありそうな感じがします。「こくもんじ」=「黒門寺」かな?などという仮説を立てて調べましたが、これは何の関連性もなさそうです…。また、「こくもんじ」は原語からの変異が著しいのですが、語頭の「こ」あるいは「こく」に原語の痕跡を残しています。

山口県上関町祝島   コッコー     『紀州里域植物方言集』  コクワウ・スココカズラ  
兵庫県淡路島     コクモンジ    三重県熊野市       コクボ
鹿児島県種子島    コッコー
和歌山県南部か?   コッコナシ・コンコンナシ

シマサルナシの分布と、その地方名の分布
シマサルナシの分布と、地方名の分布
↑頌栄短期大学研究紀要,第29巻,1993,福岡誠行・黒崎史平『本州西部植物地理雑記12』、からシマサルナシ分布を転写しました。さらに、文献やネット情報で調べたシマサルナシの地方名を記入しました。
【訂正】分布図の中で、うっかり「西表島 ナシカズラ」としましたが、「西表島 カシナヅ」に訂正します。次のサイトを参考にしました。  @西表島 『西表島植物図鑑』

シマサルナシの自生北限地は、島根県益田市高島(日本海に浮かぶ小島)で、北緯34度50分です。淡路島の自生地は一番北になる鮎屋水系の自生地で北緯34度17分ぐらいです。本州での自生東限地は、三重県紀伊長島町ですが、近年、伊豆諸島のある島で自生がみつかっている(隔離分布になる)ようです。

秦の始皇帝の命を受けて、徐福(じょふく)が日本に探し求めた “不老不死の仙薬” は本当にシマサルナシなのだろうか?

中国語版Wikipedia 「獼猴桃屬」 を閲覧すると、獼猴桃屬(びこっとうぞく)日本名ではマタタビ属の植物は中国では、あるわ、あるわ、40~60種もあると書いてあります。日本よりも遥かに多種であります。日本では、佐竹他『日本の野生植物』によると、マタタビ・サルナシ・ミヤマサルナシ・ウラジロマタタビ・シマサルナシの、たった5種しか自生していないです。

●しからば、40~60種もあるマタタビ属の分布の本拠地の中国から、徐福の一行が日本にやってきて、不老不死の果実を見つけたぞというのは無理があるのではないか? むしろ、全く逆で、マタタビ属植物がたくさん中国に分布していて、古代中国人が食べていた。徐福も食べたハズです。中国でそのマタタビ属植物の果実が不老不死の仙薬として珍重されていたかどうかは分かりませんが、徐福たちが祝島に上陸し、 「日本にも獼猴桃があるじゃねえか。これは “びこっとう” だよ、食べられるんだよ、健康増進になるんだ、不老長寿の薬みたいなものだ」と身ぶり手ぶりで言ったのでありましょう。それを聞いた2200年前の祝島の住民は、先進国の中国から来た探検隊みたいな人々が、シマサルナシをもてはやすので、とても価値ある果実だと思った、ということでありましょう。そう考えるのが自然です。それが、徐福が探し求めた不老不死の仙薬は、日本自生のシマサルナシだとする説の起源でありましょうが、実際はたぶん逆なんです。徐福が日本に来てシマサルナシという不老長寿の仙薬を見出したのではなく、中国で珍重されていたマタタビ属の果実の健康増進性を日本人に教えた、のでありましょう…。

獼猴桃が2200年前の古代中国でも、発音や表記が同じであったかどうかは全く分かりませんが、中国語の発音は聞き取りにくいので、日本人には「コッコー」と聞こえたのでありましょう。徐福伝説は日本各地にあります。徐福は数十隻の大船団を仕立てて3000人もの人々が日本に渡ってきたとされます。船団がちりじりになって各地に漂着したとも考えられます。祝島から遠く離れた種子島でも「コッコー」という呼び名が存在するのですが、これは船団の分裂漂着で説明がつきそうです。

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台湾の方のサイト 「知性山水走秀秀」 様の記事を見ていると、(中国語は十分には読めませんが)シマサルナシの近縁種の写真を見せてくれます。シマサルナシとは似ていますが、写真を観察するとかなり異なります。

●阿里山獼猴桃(ありさんびこっとう)というものらしいです。中国本土ではなく、台湾に自生するものでしょうか。学名はActinidia arisanensis(アクティニディア アリサネンシス)のようです。学名から推定するならば、台湾の 阿里山(最高標高は2663メートル)で基準標本が採られて命名されたか? あるいは阿里山あたりが分布の中心域でありましょうか?

「知性山水走秀秀」様から借用


自然観察会のお知らせ
淡路島の最南端部で、自然観察会をいたします
●12月23日(天皇誕生日・日曜日)の午後に、盛大に自然観察会をいたします。ふるって、ご参加ください。ただし、自然観察会とは名ばかりで、50代や60代のオッサンやオバチャンが集まって、野山を散策するにすぎません。動植物の解説をしてくださる専門家の随伴はありませんので、参加者自身による自己観察であります。ですので、当日観察するフィールドで質問をいただいても、連絡人は十分なる返答はできないと思いますが、その点は御了解ください。
サネカズラの赤い実
↑今の時期によく見られる常緑性の蔓植物のサネカズラです。果実が赤い宝石のように美しく、冬枯れてきた初冬の野山でよく目立ちます。葉は厚く光沢があり、葉の表面は濃い緑色であることが多く、裏面は紫色がかっています。

自然観察会のチラシ
こくもんじの観察
しおばばの観察

23日の天気はどうか?
12月19日10時50分 気象庁予報部発表(抜粋)

気象庁ホームページ 全般週間天気予報 を見るとヤバそうです。前日の金曜日~土曜日に気圧の谷が通過して雨の予想です。もし、天気の変化が先へずれたならば日曜日まで雨が残るということもあり得そうです。予想どおりに進んでも、日曜日には冬型の気圧配置になり、寒気移入により日中の気温が全くあがりません。場合によっては、雪雲が太平洋側まで流れてきて、しぐれか俄か雪があるかもしれません。朝は0度近く、日中でも10度以下と大変寒い日となりそうです。自然観察どころではないかもしれません。

●しかしながら、氷点下10度とか、氷点下20度とかいうような、ダイヤモンドダストが見られるような酷寒の釧路平原で、天然記念物の鶴のタンチョウの観察などと比べると、ましであります。で、寒かろうが、小雨(小雪)ぐらいでは中止とはなりません。

集合場所
下の2枚の地図は 国土地理院 「電子国土ポータル」 から借用しました。地図中に赤丸で示した所が集合場所であります。淡路島のほぼ最南端の近くです。
南あわじ市灘土生の場所
↓拡大した図です。灘土生(なだはぶ)の漁港埋立地の東の所です。灘ターミナルセンターという標柱があります。
沼島汽船の乗船場

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