雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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自給自足の奨め、淡路島福良産のアサリ。
●昔は、月2回めぐってくる大潮のたびごとに、旧南淡町唯一といってもいい某干潟に行ってアサリ掘りをしました。30年ぐらい前までは沢山アサリがおって、熊手でちょいちょいと干潟の表面を掻くと、誇張でもなんでもなく、それこそ石ころを拾うようにアサリが獲れました。干潮のピークの前後1時間ずつ(結局2時間)一心不乱になって貝掘りをすると、すくなくともバケツ半分ぐらいは獲れていました。上手くいけばバケツ一杯とれていました。それだけ持ち帰っても、いっぺんに食べられないから、近所の人にもおすそわけの分配をしたり、アサリを軽く茹でて身を取り出し、醤油とミリンで煮締めて佃煮を作ったものでした。アサリの佃煮を作るさいには隠し味として、畑で栽培したショウガをいれたり、山で採取したサンショウの葉を入れたりしましたが、これらの香辛料の香りの高い佃煮になりました。

●ところがです。いつのまにかアサリが減っていったように思います。ある年を限って突然に減ったのではなく、経年的にジリジリとアサリの資源量が減ったというふうな印象で、いまでは天然採集のアサリの佃煮など望むべくもありません。夕餉のお味噌汁のダシに少し獲れれば上出来という程度まで減っています。その某干潟は漁業組合が管理しているのでないから基本的には無料であります。本来ならばアサリも漁業権が設定されている海産物であろうかと思いますが、勝手に獲っていいものではないハズです。しかし漁業組合はアサリ漁業をしていないので、黙認です。黙認であるから、管理されていないから稚貝の放流などの資源持続性の方策が全く図られていません。大潮ごとに南あわじ市の全域からわんさかとヒトが来てアサリを掘るのですから、いなくなるのも無理はないでしょう…。わたくし山のキノコの観察によると、この干潟でアサリが激減した最大の要因は、ヒトによるアサリの採取圧の強さであろうかと思うんですが、果たして当たっているかどうか?? (おそらく、そういうふうに見えるのだけれども、別の要因もあり得ましょう…。思いこみに囚われないほうが良いかも?)


12行追記】 たったいま考えたのですが、昔は、三原郡(現在は南あわじ市と改名)じゅうからわんさかと立錐の余地もないぐらい潮干狩り客が来ていました。しかし、それでも粘ればバケツ一杯アサリが獲れていました。ヒトの採取圧は強力であったと思いますが、それでも獲れていたということは、強い採取圧に負けないだけのアサリの繁殖力や生育力があって、目立つようなアサリ資源の減少が観測されなかったとも言えそうです。採取圧と繁殖力がつりあう平衡状態で、資源が持続的に維持されていたのではないか?? ところが、現在ではアサリがあまりいないから、どうせ行っても獲れれへんわということで、かつての賑わいはありません。アサリも激減したけど、潮干狩り客も激減しています。そうすれば採取圧が弱まってアサリが繁殖し増えてくるハズではないか?? ところが現実にはアサリが昔のように資源回復する兆しが観測できません。というふうに考えてみたら、乱獲以外にアサリ激減の大きな要因があるのではないでしょうか??

日本水産学会誌 の Vol. 74(2008) No. 2 の137頁ー143頁に、松川康夫ほか3名 『我が国のアサリ漁獲高激減の要因について』 というアサリの生態と資源に関する既往の報告を総覧する論文があります。この論文を閲覧すると、単純に乱獲なのだ、とは言えないかもわかりません。アサリの漁獲高激減に関して、アサリの産地ごとに種々の要因があり、各地の産地を横断して共通の要因もあれば、その産地特有の要因もあったりで、産地ごとにケースバイケースであるようです。次に列挙する様々な要因が、アサリの漁獲高を激減させたようであります。

【有明海では】 乱獲。底質悪化。浮遊幼生の大量減耗。ナルトビエイの食害。ニホン
         スナモグリの競争圧などの可能性。
【三河湾では】 温暖化と青潮。乱獲の可能性。
【東京湾では】 冬期の衰弱と波浪の撹乱による死亡の可能性。
【全国的には】 パーキンサス原虫の感染による産卵能力の低下の可能性。


本日の収獲
↑ 本日(2013年7月24日)の収獲物であります。1時間半かけて、粘って、たったのこれだけです。1回分のアサリの味噌汁を作る分しかありません。本当にアサリが減りましたですわねえ。バケツ1杯獲れていたころがなつかしいですわ。昔は良かった…、などと老人の繰り言がでてきそうです。(そんな年齢に近づいてきたのか…) 

ハマゴウの観察】 アサリを掘ったあとは、海浜植物のハマゴウの観察です。珍しいものではありませんが、そこそこ良好な砂浜海岸であることを物語る指標植物と考えることもできましょう。ありふれた植物でも、一面にお花畑になっているのは見ごたえがあります。紫色の可憐な花です。説明は波田先生の クマツヅラ科 ハマゴウ属 ハマゴウ をご参照。日本のレッドデータ検索システム によると11の府県で絶滅危惧種扱いになっています。ありふれた植物ですがレッドデータ種扱いになる県が多いことから、良好な自然海岸は護岸工事や埋め立てなどによって、生育環境の破壊にさらされていることが窺えそうです。
ハマゴウのお花畑

ハマゴウの花

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ランクルさんから頂戴したコメント】 
アサリの話になると口をはさみたくなります(^o^)

淡路島の西浦海岸は昔は(古東領左衛門の時代)、海運のために船を着けようとしても砂浜で、領左衛門は津井や仮屋に石積みの港を作ったそうです。(古東領左衛門は天誅組の重鎮:津井の庄屋) 西浦の漁港の多くは石を積んだのが今でも残っていますが、石積みのままなら良いのだけれど、最近の土建行政は大規模なコンクリート工法でするものだから、海流の関係から砂が移動してしまって環境までも変えてしまいました。

海岸にある砂は、冬場は西風で移動しながらいろんなものを浄化していきます。砂の中にはゴカイなどの下等生物が浄化の役目をします。陸上のミミズなどや微生物と同じようなことなんでしょう。 私は学者でないから説明はできませんが……。鉄腕ダッシュという日曜日に10chで放送している番組で、ダッシュ海岸にアサリが採れるようにしようというのがありましたが、アサリのタネは砂浜に流れ着くのだそうです。砂浜がなくなるような兵庫県の港湾行政はペケです。

私の家の近くに登立海岸があります。そこは私が子供の頃からずっとアサリが採れていました。ところが5年ほど前に護岸工事でユンボを入れて、堤防が壊れないように工事をしました。そのとき砂浜や石ころをユンボでかき集めて、せっかくのアサリが棲んでいるところを無くしてしまいました。そのアトに新しい砂でも入れておけば数年後は復旧できたものを、そういうことに気がつかないコンサル指導の土木行政には参ります。そういうことを言っても聞いてもらえないのが残念でなりません。

典型的な失敗は「五色浜の離岸堤」でしょう。何年も石を入れたりして困り果てて、今年の冬に砂を入れて、何とかこの夏は海水浴ができそうですが、あの離岸堤を取っ払わなくてはまだまだ砂浜がなくなる危険はあるでしょう。


ランクルさんの追加コメント
もうちょっと言うたろ(^o^)  兵庫県は土木行政には知ってか知らずにか・・・・・

福井県HPより  離岸堤や人工リーフなどの海岸保全施設の役割と効果について  「海岸保全施設の役割と効果について 」
【引用開始】 海岸保全施設とは、堤防・護岸、突堤、離岸堤、人工リーフ(潜堤)、消波工、砂浜等、海水の侵入又は海水による侵食を防ぐための施設。従来の堤防、護岸や消波工による海岸線を防護する線的防護方式から、近年は、利用面や環境面も重視して、人工リーフや養浜、緩傾斜護岸等の複数の施設によって、波の力を分散させて受け止める面的防護方式に変わってきています。 【引用終了】

この説明で海岸保全施設のイメージ図があります。津井の中津浦海岸に離岸堤を設置しようとしたときに、前自治会長らの申し送り事項で離岸提に反対したために、私の次の区長がテトラポットを入れさせてしまいました。そのために綺麗な砂浜が台無しになってしまいました。そして最近では島外から持ってきた建設残土を海岸の上の魚付き山林にあたるところに不法投棄を見逃してしまいました。兵庫県政は環境にはまったくといっていいほど無策です。

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山のキノコの返信】  だらだらと長くて失礼します。

ランクルさんの挙げられたアサリ掘り場がダメになってしまった事例は、典型的な “棲息環境の破壊” でありますね。本当にその工事、必要なのかしら??? と疑問符が何個もつきますね。何か必要性とか、住民からの強い要望とかがあってその工事をするんじゃないみたいです。工事をすること自体が目的化しているムダなコンクリート工事です。おそらく、コンクリート工事業者と政治家や行政がケッタクしているのでしょう…。

淡路島の周囲は160キロとか言われていますが、そういう悪徳トライアングルの連中のエジキになって、砂浜や岩礁がある自然海岸は残り少なくなりました。島の周囲の大部分が護岸工事で癌細胞が増殖するみたいに浸潤され、醜悪な消波ブロック(テトラ)で興ざめです。面的な広がりがある山岳や原野と異なり、海岸は線的な広がりで、人工的な破壊にはとても弱いです。環境省のレッドデータを見ても、県レベルのそれを見ても、海岸の動植物には絶滅の危機に追い詰められている種が沢山あります。海岸動植物の絶滅の最大要因が、埋め立てや護岸工事などによる棲息環境の破壊です。大きな工事になると環境アセスの足かせがありますが、小さな工事ならばやりたい放題で、その工事による公益よりも環境の破壊のほうが甚大です。土建業者とコンクリート行政の癒着構造は、全ての海岸とすべての河川をコンクリートで固めなけれ気が済まないようですね……。南あわじ市市長がコンクリートに執着心を燃やすのは、市長のごく近い筋から私が聞いた話では、コンクリート箱物を進めると、市長が経営する商店がその案件の工事に資材を納入出来るからだとか……。(ま、市民はみんな知っているでしょうが)

4年前の小沢一郎 ー 鳩山由紀夫ラインの “コンクリートから人へ” という政治理念は正しかったと私は思います。ところが植草和秀先生の言う “政官業電米の悪徳ペンタゴン” の巻き返しによって、20年前、いや70年前に逆行してしまいました。マッカーサー元帥の戦勝国植民地支配のおぞましい亡霊(TPPなど)が復活したうえに、“税金はコンクリートへと” と元の黙阿弥です。自民党による税金のコンクリートへの傾斜配分が復活してしまいました。これから昔のような海岸を埋め立て山を削りまくる自然破壊工事がどんどん復活するとおもわれるので憂鬱であります。

それにしても、南あわじ市の為政者たちのアホウさかげんには絶望しています。鳴門海峡を世界遺産だなどというのは、自己の身のほどをわきまえない夜郎自大(やろうじだい)の骨頂で、アホウの極みです。あるいは外交官崩れの世界遺産登録指南屋に踊らされているのかも分かりません。そもそも、世界自然遺産はかけがえのない顕著な価値のある自然環境を破壊や消失から護るというのが趣旨です。世界遺産条約の目指すものは、観光開発などでは全くなく、あくまでの遺産の保護・保存であって、自然破壊のコンクリート行政と全く対立しています。そこを市長は理解していないようで、条約の条文など読んだことがないのではないか? (ちゃんと読んでやっているのであれば、悪質です)

このあいだ、富士山が数十キロ離れた三保の松原とセットで世界文化遺産に登録された事例からわかるように、鳴門海峡を世界遺産にと運動するのであれば、周辺数十キロ以内の環境保全も重要でありましょう。で、淡路島全域を開発禁止にするぐらいの英断は必要ですし、ランクルさんが仰る「五色浜の離岸堤」を撤去して元に戻すぐらいの思い切った施策が必要で、また海岸線や海域の保全が求められるでしょう。海域保護のための漁業規制も当然に視野に入いりますが、そういう対応を迫られたら、逆に反対運動が起こるのではないか? それ以前に、鳴門海峡に本当に護るべきものがあるのでしょうかねえ? 顕著な学術的価値のある地学・地形学上の地形だとか、絶滅危惧生物の一大コロニーだとか、傑出する自然美だとか、なんにもありません。護るべき対象が存在しないから、そもそも世界自然遺産の対象外なんです。南あわじ市の役場の連中は、2005年に世界自然遺産に登録された知床半島に早く見学に行く必要があります。知床半島の日本屈指の自然美を見たら、鳴門海峡の貧弱さが良く理解できるでしょう。夜郎自大の離島民根性だったと恥ずかしくなって、アホウな運動は自主的に取り下げるでしょう……。

そもそも、淡路島は離島なんです。国土交通省の定義から言っても離島です。本州(本土)から僅か3キロであるというだけですが、住民や役場の連中の意識は、絶海の離島とあまりかわりません。“本土導水” などと行政も言っているぐらいだから、離島と言う意識はあるのだと思いますが、離島民の弱点は繰り返しますがある意味では “夜郎自大 = 自信過剰” になりがちな傾向があることです。優秀な人材はどんどん島の外に出て行きます。2番手、3番手の人物が島に残り、否、3番手4番手の人物が島に残り、地縁血縁でがんじがらめな閉鎖的な島の中で虚勢を張って威張り散らしているのです。例示しますと、島の中で学術経験者と言う場合しばしば小学校の先生が出てきて威張っています。本土で学術経験者といったら普通は大学教授レベルが出てきます。ようするに「井の中の蛙大海を知らず」ということなんですが、漢籍由来のこの言葉には、下の句が日本であれこれ作られています。「されど夜の深さを知る」とか色々…。離島民は大海を知りませんが、しかし大海の存在はうすうす気づいています。いたづらに離島民は卑下しなさいと主張しているように聞こえるかもしれませんが、そうではなくて、全国的な観点から、離島の事物の位置・水準をわきまえたほうがいいよとわたくし山のキノコは主張しているのです。鳴門海峡は全国的には、「日本の地質100選」 にも 「日本ジオパーク」 にも入らないのです。そんな水準のものが世界遺産など絶対に無理ですよ。賭けをしてもいいです。

ちなみに1993年に世界自然遺産に登録された屋久島も離島ですが、あそこの自然は日本屈指です。日本離れしています。離島であっても別格なんです。九州地方の最高峰がありますし、宮之浦岳(1936m)の南東斜面中腹は日本最多雨の場所です。残念ながら、気象庁のアメダスが設置されていないから正確には分かりませんが、年平均降水量は7000ミリと推定されています。屋久島には固有種とされる動植物が何十と棲息しますし、海上アルプスという異名を戴き、みごとな垂直分布が観察できます。鳴門海峡とはレベルが違うんですよ。

(ところで、私が挙げた福良の「蛇のひれ」や参照した論文で取り上げられている事例は、アサリ漁場として一応は護られているところです。そういうことからすると、これらの事例におけるアサリ漁獲高の減少の要因は、棲息環境の破壊とは別の要因がありそうですね…)


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世に盗人の種は尽くまじ、ブログのネタも尽くまじ。
●「石川や 浜の真砂は 尽くるとも 世に盗人の 種は尽くまじ」 とは希代の大盗賊として天下に名を馳せた石川五右衛門の辞世の句であります。石川五右衛門が一族郎党とともに厳罰に処せられたときの句でありますが、この世から石川家が消滅しようとも、浜辺の幾万とも億とも無数にある砂粒が消滅しようとも、つまり取り尽くせないほど無数に存在するものが取り尽くせたとしても、世の中から、泥棒をはたらく材料はそれ以上に存在する。沢山ある。いたるところに泥棒をはたらくチャンスは存在し、盗む “ブツ” はそこらへんどこにでも転がっている。それは浜の真砂(まさご)よりも沢山あるぐらいだ。したがって世の中から泥棒の種は消え去ることは、けっしてないのだ。泥棒一族の石川家が絶滅しても、新たな泥棒集団はウンカのごとく湧いてくる、世の中から泥棒がいなくなることはないのだよ。あはははは。という意味でありましょう。

●「青年よ、独立せよ。大会社にあこがれるな。商売はいくらでもある。仕事はどこにでもある」という名言を吐いたのは、阪急グループ創業者である小林一三であります。山梨県出身の大実業家であり、政治家でもありました。Wikipedia 小林 一三(こばやし いちぞう)参照。世の中、どんなに景気が悪かろうが、消費が落ち込もうが、不況のどん底であろうが、アイデアを出し創意工夫をし努力し挑戦さえしたならば、商売の種はどこにでもあるし、いくらでも転がっている。実は仕事が無いなどということは無いのである。実は不況こそが起業の絶好のチャンスなんだよ。ビジネスチャンスはいたるところに転がっているんだよ。と言っているのでしょうけれども、ま、これは小林一三ほどの大実業家であるからこそ吐けた言葉かもしれません…。

●これらの、希代の大盗賊の石川五右衛門も、不世出の大事業家も、言っていることは全く同じです。泥棒のタネはいくらでもあるというのも、商売のタネはいくらでもあるというのも、ほとんど同じ意味でありましょう。違いは、反社会的な泥棒と言う裏稼業(虚業)か、表稼業(実業)かの違いだけで、世間の評価の方向が逆のベクトルを向いているだけであります。それは、それほど本質的な違いではなく、貸借対照表に資産の部と負債の部とがあるのと同じようなものなのです。我々のようなしがない庶民では、なかなか、そういうふうには思えないのですけれども、実は何事においても物事のネタというものはいくらでも、どこにでも、沢山あるということでありましょう…。

●さて、あまり親しいわけでも、付き合いが深いわけでもないが、ある人から 「おまはん、ブログをやっているけど、そろそろネタ切れ、書くことが無いよなるやろう」 などと言われました。で、すこしおこがましく尊大になってしまうけれども、上述の石川五右衛門や小林一三の名言を借りて、そいつに返す言葉としたい。

「ネタが無くなる」 などとアホなこと言うな。日々毎日、次々に自然現象は起こりますし、社会でも毎日何らかの事件や事象がわんさかと無数に起こります。世の中にネタは浜の真砂のようにあるのですよ。書く材料がなくなるなどということは絶対に有り得ません。たとえば新聞はそれらを追いかけています。記事の材料は無数にありボツになる原稿のほうが多いです。“昨日は何も起こらなかったので報道することが何もございません” と白紙の新聞が発行されることは絶対にありえません。仮にもし、本当に何もなかったならば、“何も無かったこと自体が特筆すべき事件” であります。世の中なにも起こらず穏やかで凪のような良い1日でした、という紙面にすればいいのです。ブログでも同じです。ブログで書く材料・ネタ・テーマはそこらへんいたる所に、沢山転がっています。ネタはどこにでも、いくらでもあるのです。ブログをすることがアホらしくなって止めるとか、多忙になって継続が困難になるということはあり得ましょうが、書く材料・ネタが尽きるなどという理由によって、ブログを止める、あるいは停止に追い込まれるということは、絶対にありえません…。

……と、ここまで書いて一服のコーヒーを呑んでいると、「こんにちわ」と声がするので玄関に出たらランクルさんです。また、ランクルさんからモズクをいただきました。瀬戸内海産の高品質の天然モズクであります。いつも、ありがとうございます。で、ブログの記事を書くネタが転がり込んだ格好です。グッドタイミング! 何でも記事の材料になります。何を書いてもいいんです。公序良俗に反したり、極端な誹謗中傷、極端な事実無根の虚妄説でない限り、明白に著作権法抵触でない限り、何を書いても自由なんです。やっぱりネタはどこにでも転がっています。


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自給自足のすすめ、採集自足のすすめ、モズクを採りに行きましょう
瀬戸内海は、放射能汚染されていませんから、ランクルさんから戴いたモズクは安心して食せます。まずモズクをよく観察してから、三杯酢で戴きたいと思います。コクモンジのお酒のサカナにはとてもいいです。ところでコクモンジのお酒は見事失敗です。酢みたいなものになりました…。アルコールが出来なかったから酒税法違反をまぬがれました。(未遂罪に当たるかもしれないけど。)

国民を護らないこの国の政府
ちょっと話題はそれるのですが、ハッキリ言って、この国の権力者たちは国民の生命・健康・人権・財産など護るハラが全くありません。主権者が誰であるか全くわきまえていません。申すまでもなく主権者は国民です。国会議員でもなければ官僚でもありません。「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」 と現行憲法前文に国民主権を高らかに謳っております。政治家は正当な選挙で選ばれたとしても、国民から信託をうけた代表者なのであって、第一義的には主権者はあくまでも国民なのです。まして、官僚が主権者などとは憲法のどこにも書いてありません。官僚はどんなに優秀であっても正当な選挙で主権者から信託を受けた存在では全くありません。官僚は事務員でしかありません。せいぜい高級事務員というところか? 

ところが、国会で承認される法律の8割前後は内閣法制局が法案の草稿を書いています。各省庁から内閣法制局に出向している高級事務員が法律を作っています。国会法制局が作る議員立法はわずか2割程度しかありません。よく見れば、その2割の議員立法だって実質は議員立法ではないケースがかなりあります。議員立法という形で法案を上提するほうが法律を作りやすい事情があるみたいです。憲法第41条に、「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である」とハッキリ明記されているにもかかわらず、行政府に属する事務員がほとんどの法律を作って、主権者である我々国民を規制・監督・監視・支配・束縛・抑圧しておるんです。国民有権者1億人が国会に行って議論する直接民主主義は現実には無理だから、選挙で代表を選ばざるをえないにしても、その代表は法律を作るのでは全くなく、行政府の事務員が作った法律をただ認証しているだけです。これでは主権者たる国民は浮かばれません。ええように、やられるだけです。小沢一郎さんが「立法権を国民に取り戻す」と言っているのはこの事なんですが、これが理解できずに、総務省や文部科学省に首根っこを押さえつけられている新聞・テレビのプロパガンダやネガティブキャンペーンに簡単に乗せられてしまう有権者が7~8割もおるのでは、どうにもなりませんですな…。

主権者ではない者どもが、主権者である国民に牙をむいて歯向かっています。主権者の権利を蹂躙し、主権者の健康を脅かし、主権者の財産を簒奪しています。厚労省や文部科学省が、以前の基準では低レベル放射性廃棄物に当たる汚染レベルの食品の流通を、容認あるいは推進しています。主権者に晩発性放射線障害の発生実験を強いているようにさえ見えます。ようするに、この国の支配者どもは戦時中に人体実験をやった関東軍防疫給水部、別名、あの悪名高き731部隊となんら変わらないということでしょ。加担する御用学者らはさしづめ現代の石井四郎なのでしょうかねえ?

自分の身は自分で護るしかない
もはや、この国では、個人個人の自助努力・自己救済でしか自分の身を護れないことがハッキリしました。そういう認識・前提において、自分の食べる物は自分で作るか、あるいは採取するということが、生き残るための1つの戦略となってきましょう。さいわい、瀬戸内海には放射能汚染はほとんど及んでいないようですから、皆さま、磯が引いたらモズクを採りにいきましょう! モズクの採取のやり方はランクルさんに教えてもらいましょう。
 ランクルさんが運営しているサイト 「みはり番・淡路島」

去年の6月にも、モズクを頂いています。2012-06-06の記事
  
まず、モズクをよく観察します。違うものを採らないように…
●ランクルさんから頂戴したモズクでありますが、食べる前にまず観察をしました。直径19.5センチのお皿に水をはって、モズクを浸してみた。磯でモズクが自生している状態の再現実験であります。

実を言うと、モズクの標本を作ろうとしました。標本には腊葉標本(さくようひょうほん)と、液浸(えきしん)標本があるけれども、腊葉標本(押し花と考えてよろしい)を作ろうとしましたが、モズクを脱水乾燥するために、モズクを吸い取り紙で挟んで上に置く重しが重すぎて、モズクの組織を潰してしまったのであります。モズクの乾燥押し葉標本ならぬ、“モズクのせんべい” みたいなものが出来てしまったのであります。

ま、失敗は成功の元、ふつう100の失敗の中から1の成功がでる、成功の歩留まりは1パーセント以下。失敗は成功の元というのはウソで、世の中失敗の連続で終わることが多いのです。こんどモズクを戴くことがあったら、再度標本作りに挑戦、もし100が1成功した暁には、その標本を額に入れてランクルさんに進呈いたします。もちろん、このブログにその写真を発表します。

南あわじ市津井産 モズク

モズク 拡大写真
● ↑とりあえず、モズクの生品の観察です。肉眼で見える範囲の観察です。押し入れ(?)から顕微鏡を出してきて胞子などのミクロ観察もすれば更に宜しいのでしょうが、じゃまくさいので、とりあえずマクロ観察です。上側写真に写っているモズクは左右の長さが15センチです。下側写真は、上写真右下部分をクローズアップしたものです。

観察結果】 大潮で磯がよく引き、潮間帯下部あるいは最下部まで海面が下がって、タイドプール(磯にできた潮だまり、小さな池)の海水のなかで、モズクがゆらゆらと岩にくっついています。上の写真はその状態の再現実験です。

1、根もとの石づき、すなわち茎の基部は1つというか1箇所である。

2、その基部から、3~4本の茎(主幹)が出ている。叢生しているという感じである。
  ただし、写真以外のものを観察すると、1本だけの茎の個体も多い。

3、その主幹から側枝が沢山でているし、側枝が更に分岐して枝をだしている。
  しかし、どれが主幹なのか側枝なのか判然としないことが多い。

4、そのように分岐に分岐を重ねて、モズクの体全体はぎやかに繁茂している。
  海中でゆらゆらと水流にたゆたう様子は、仙人のひげのように見える。

5、モズクの体は非常に細く、茎の基部では太さ2~3ミリあるかもしれないが、
  枝の方では1ミリあるかなしかである。全体の長さは基部から先端までは写真の
  個体では10センチほど。大きなものでは20センチあるかもしれない。

6、モズクは体全体に強いぬめりがある。ぬめりがあるので掴みにくい。ウナギの
  ように掴みにくい。

7、モズクの基部ならば、ぬめりが少なく掴むことができる。

8、モズクの体は非常に柔らかい。潰れやすく、溶けやすい。

9、モズクの色は、黒っぽい茶色、茶褐色あるいは黒褐色である。



瀬戸内海沿岸地方の郷土料理 「いぎす」
瀬戸内海沿岸地方での郷土料理「イギス」
●「イギス」という赤褐色の海藻があります。瀬川宗吉著『原色日本海藻図鑑』保育社刊 昭和31 によるとその分布は、千島~樺太~北海道~本州であります。沖縄(琉球)にあるようには書いていないので、どちらかと言えば北方系の海藻なのかなあ? と勝手に思うんですけれども、淡路島南部の磯にはごく普通に見られます。私の観察では大潮の磯がよく引いたときに見られるから、磯での垂直分布は “潮間帯下部~潮間帯最下部~漸深帯” にあるように思います。どのようなものかは次の 京都府農林水産技術センター海洋センターHP で顕微鏡写真まで見せてくれます。

●このイギスという海藻は瀬戸内海沿岸地方では、郷土料理の材料としてなくてはならないものです。乾燥イギスを米糠(ぬか)を溶いた水でペースト状になるように煮て、それを器に移してから冷やし、堅めの豆腐のような状態にして、短冊に切り辛子酢味噌などを付けて食べるのが一般的です。冠婚葬祭にはつきものの料理ですが、特にお盆の法事には必ず出される特別な料理でした。しかし、最近は仕出し屋で弁当を取ったり、料理屋さんでの会席膳が多くなったので、イギス料理を食べる機会が減ってしまいました。

日本の食生活全集 28 『聞き書 兵庫の食事』318ー319頁 農山漁村文化協会 1992年 から説明文および写真2枚を引用します。
引用開始【いぎす】水1升に米ぬか3勺ほどを溶いて、乾燥したいぎす10匁を煮る。10分くらいで溶けるから、汁を容器に流し、冷やし固める。からし酢味噌をつくり、薄く拍子木状に切ったいぎすをつけて食べる。疲れやすい盛夏にぬかを食べるのはからだによい。また海草はおなかの掃除といわれて、よく利用する。

いぎすを干したもの
【↑いぎすを干したもの】 手前は乾燥して1年目のもの、奥が3年くらいたったもので、こちらがおいしい。

煮固めたいぎす
【↑煮固めたいぎす】                  引用終了

イギスの乾燥品
↑イギスの乾燥品です。いただき物でありますが、わたくしは諭鶴羽山系のシカ(鹿)と同じで、嫌いな草が色々とあります。嫌いな草や木の葉は、たとえ空腹であっても絶対に食べません。ニガウリ、セロリ、フライドチキン、飲み物のファンタ、ヨーグルト、宗教的信条から四足の肉類は一切食べないし、それから次に考察する「こやのり」などなど…、これには本当に困惑させられたのですが、仕方がないので近所のおばちゃんに回しました…。

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謎の言葉「こやのり」についての語源考
イギス料理は、淡路島最南端の灘地区では「こやのり」と呼ばれていました。昔、まだ家庭で法事の料理を作られていた頃には、盆の法事には欠かせない料理でした。大皿に刺身の切れを並べるかのように、薄く短冊に切った「こやのり」が螺旋状に並べられて、まるで料理の花が咲いているかのようで、法事の膳の主役料理であったかと思います。

この「こやのり」といういわくありげな不思議な言葉ですが、古今の辞書や事典に全く掲載がありません。ネット検索しても何もヒットしません。私の知るかぎりでは灘地区とか沼島あるいは阿万の一部も?、という辺りのごく狭い範囲での方言・地域名であろうかと思いますが、淡路方言に関する代表的な研究書の、興津憲作著『淡路方言』兵庫県立淡路文化会館発行 1990年、にも語彙収録されていません。この謎の言葉「こやのり」の語源について大胆な仮説を立ててみます。

仮説1 「こやのり」は「紺屋糊・こんやのり」の意味である。「紺屋糊」は普通は「こんやのり」と読むのですが、「紺屋」は「こんや」だけでなく「こうや」とも読む例が古典文学にかなりあります。わたくし山のキノコが仕事柄片時も手放せない『岩波古語辞典』にも「こんや」だけでなく「こうや」の項目が立てられています。「こうや」の項では “紺屋の転” と説明しています。現代でも 紺屋の明後日 という故事成語は「こうやのあさって」と読むことが多いようです。で、「紺屋糊」を「こうやのり」と読んで何ら差し支えがありません。つまり、「こんやのり」→「こうやのり」→「こやのり」と発音が変化したのであります。

では、紺屋糊がなぜイギス料理と関係あるのか? についてですが次の、型染めの「糊置き」の実演 のYou Tube動画を見たら良く分かります。もち米と糠で作った「紺屋糊」で糊置きの工程をされていますが、色といいペースト状といい、イギスを鍋で溶かしたものにそっくりであります。で、イギス料理を作る際に、“紺屋糊みたいだね” と誰かが言ったことが「こやのり」の語源なのです…。

仮説2 「こやのり」は「高野海苔・こうやのり」の意味であります。「高野」は明らかに高野山です。高野山の僧侶たちが食べる精進料理みたいなものだという意味です。イギスは巻寿司をつくる材料の海苔(のり)ではありませんが、海苔とおなじ海藻だという意味であります。海苔というのはそもそも食用になる海藻を総称する言葉で、特定の種を指すものではありませんでした。恐らく、むかし村の人が総本山の高野山にお参りして宿坊に泊まったところ、精進料理がでてきて、なんとお刺身があるではないか! しかし食べてみるとビックリこれは魚じゃねえな、こんにゃくの刺身だ! タケノコの刺身だ! これはイギスの刺身じゃねえかあぁぁ!! という風なことがあったのでしょう。

で、その精進料理のお刺身が鮮烈な印象として脳裏にのこり、イギス料理が出てくると、これは以前に高野山で食べた海草(海苔)料理みたいだね、と誰かが言い広まった可能性があります。そして高野海苔「こうやのり」→「こやのり」と発音変化したのであります。

【注】わたくし山のキノコの思い付きの牽強付会説です。きちんと考証したものではありません。間違っている可能性があります。信用しないように……。

ランクルさんからいただいた、珍しい海藻の 「モズク」
「もくず」ではありません。「もずく」であります。発音がよく似ているので、何回も唱えていると、こんがらがってきて、どちらが本当か分からなくなってしまいます。週刊朝日の連載コラムの弘兼憲史の「パパは牛乳屋」みたいです。「パパは牛乳屋」と「パプアニューギニア」が発音が近似しているけれども、意味が全く異なるという「言葉のお遊戯」のコラムです。

モズクの語源
モズクの意味は何か? ですが、語源説がいろいろあるようです。一番あり得そうなのが、「藻付」あるいは「藻着」の意味で、海中の石に付着する藻だと解する説です。名語記(みょうごき)説。 モは藻の意味であり、ツは休字(やすめじ)で特に意味がなく、クは雲を意味しているのであると解する説。つまり、水中でヒゲの塊のようになって水流で揺らめいているモズクが、もこもことした雲に見えるというのです。なるほど、確かにそう見えます。つまり “藻津雲”=藻の雲の意味。和句解(わくげ)説。他にも語源説は色々とあるのですが、他の説はどうも牽強付会のこじつけっぽいです。

淡路島のモズクについて
モズクは淡路島では春から初夏にかけて、磯で獲れるとても珍しい海藻です。長さは5㎝~10㎝ぐらいで、最大限20㎝程度でしょうか。色は茶褐色~黒褐色という感じであります。葉状体の形は根元付近から多数の枝が出ていて、ふさふさとしています。仙人のひげみたいですが、色は白くありません。磯でモズクの垂直分布を観察すると、潮間帯最下部~漸深帯あたりに分布しているように思います。それで、大潮の干潮のときにしか獲ることができません。よく磯が引く大潮は月に1回しかありませんし、その大潮のときに海が荒れるかもしれません。しかも年中あるわけではなく季節限定です。したがって、地元の磯好きの人間でも、なかなか食することのできない貴重品なのであります。

(モズクは塩漬けで保存できますが、店に売っている沖縄産の塩蔵品は美味くありません。なんといっても、瀬戸内海の天然生品が一番であります。)

淡路島の南あわじ市では、外洋に面した波の荒い磯よりも、湾とか内海の波の静かなところの方が多いようです。生育する基質は岩石で、石に付着して生えています。したがって砂地の磯にはありません。モズクはぬめりのある海藻でしかも小さいので、指でつかみにくいです。モズクを採集しようと思ったら、しばらく指の爪を伸ばします。磯が引いたら膝ぐらいまで海水に入って、水中の石に付着しているモズクをつまんで採集しますが、このときに、親指と人差し指の伸ばした爪を立ててモズクの根元をつまんで切ります。これがコツです。小さな海藻なので沢山獲るには根気が要ります。そのため男性よりも女性の方が獲るのが上手です。昔10年まえ、わたくし山のキノコも福良湾の入り口付近の磯とか、灘大川の磯でモズクを獲ったことがあります。が、もっぱらタコを獲るほうが面白いです。やはり、モズク獲りは女性向きです。

さて、この貴重なモズクをランクルさんから頂戴しました。夫婦で磯に行って奥様が獲ったらしいです。ご主人のランクルさんは磯でアブラメ(アイナメとも言う)釣りです。釣果は?聞いておりません。

みはり番・淡路島 こちらがランクルさんの運営されているサイトです。正義感の人一倍強いランクルさんは、孤軍奮闘して、地域社会にはびこる不条理や欺瞞、それから行政の誤りと闘っておられます。

モズク
↑ランクルさんから頂いたモズクです。沢山いただきました。10人前ぐらいもあります。

モズク
↑いただいたモズクを、お皿に水を張り泳がしてみました。ご覧のような形状です。根元というか基部があって短い茎があります。しかし、主幹のようなものがあるようでハッキリせずに、沢山の枝が密生して出ています。で、ひげの塊のような形状になっています。モズクはヌメリが強い海藻で、ヌルヌルしています。もし大量に獲れたら塩漬けにして保存します。

モズクは古代の歴史史料にも記載されている
★「もずく」は漢字では「水雲」とか「海蘊」と書き、異名や地方名もいろいろあります。「もぞこ」「もうぞこ」「もぞく」「もくず」「もじゅぐ」など…。正倉院文書(しょうそういんもんじょ) の 造仏所作物帳(ぞうぶつしょさくもつちょう) という文書に「母豆久・もづく」という記載があります。この史料により、奈良時代のむかしからモズクが食されていたことがわかります。東京大学史料編纂所 の奈良時代古文書フルテキストデーターベースで検索して出てきたそのくだりが、次の画像です。

『造仏所作物帳』天平6年5月1日のくだりから
↑『造仏所作物帳』というのは、奈良時代の天平5年(733)から6年にかけて、建立された 興福寺(こうふくじ)西金堂の造営と造仏に関する報告書であります。工事・造仏で作った物と、その材料、その費用、大工や仏師に給した賃金などを、こと細かくずらずらと羅列しています。写真のページとその前のページに海藻を数種書きならべていますが、たしかに「母豆久六斗・もずくろくと」とあります

★おそらく、古文書(歴史史料)をあさり調べれば、モズクの記載があちこちにあると思います。要するに、昔から日本人は海藻のモズクを食べていたし、奈良時代も現在もそのモズクという名称が変わっていないのであります。

こちらはヒジキ
ヒジキ
↑こちらは乾燥ヒジキです。これもランクルさんからの頂き物です。ヒジキは南あわじ市の海岸にはどこにでも自生して資源量も豊富な海藻ですが、いかんせん、その加工が大変です。磯で採取したヒジキを、大釜で7時間から8時間も煮る必要があります。そして、天日で干し上げるのですが、この加工がものすごく大変なので、磯に沢山あっても一般の者はだれも獲りません。

モズクは酢と相性のいい食材
モズク料理
↑モズクの料理です。これはわたくし山のキノコの作品です。モズクをサッと水洗いして、熱湯をくぐらせると色がやや緑色に変わります。これをざるでよく水を切ります。次に好みの合わせ酢で味をつけます。私は酢2砂糖1の比率でダシやしょうゆは無しでありますが、これは好みが十人十色でしょう。以上で出来上がりです。あしらいに添えてある葉はサンショウです。もしあれば、ミョウガとか生姜を添えるほうが合うでしょう。モズクは酒の肴に大変よろしいです。家の神棚にお祀りしてあったお神酒を下げてきて、モズクを肴にしていただきました。
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