雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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粉山椒(こなサンショウ)の作り方、日本原産の第一級の香辛料。
●日本原産の第一級の香辛料の山椒(さんしょう)でありますが、粉山椒の作り方を伝授しましょう。ウナギのかば焼きには粉サンショウを振りかけることになっていますが、ウナギだけでなく他の魚料理に降り掛けてもいいでしょう。煮魚にも焼魚にもよく合います。サバやハマチなど青魚を煮るときに煮汁にたっぷりと粉サンショウを投入するのもいいでしょう。味噌汁にも粉サンショウ、茶碗蒸しにも粉サンショウ、たこ焼きにも粉サンショウ、なんでもかんでも粉サンショウ、粉サンショウの馥郁たる香りは料理の隠し味で食欲をそそります。

粉サンショウは、サンショウの実の皮で作ります
サンショウの実が色づく
↑この木には実が鈴なりです。見事です。熟して赤くなっています。この写真は9月中旬だったのですが日は忘れました。赤熟してから採取してもいいのですが、緑っぽい粉をつくるのであれば8月初めぐらいがいいでしょう。写真の木のように鈴なりの大豊作にはなかなかめぐり合えません。諭鶴羽山系にはサンショウの自生は多いのですが、いざ捜してみると貧相な実の木ばかりです。山登りをする際には良いサンショウの木がないか、普段から捜しておくことが肝要であります。

なお、注意すべきは、サンショウの木は雌雄異株でメス木にしか実はできません。春にサンショウの木を見つけて、花が樹冠を埋め尽くすほど咲いていたとしても、もしそれがオス木ならば夏以降に行っても実はありません。

サンショウの実

サンショウの実の収獲
↑収獲した小さな実

2日乾燥させると黒い種子が飛び出す
↑収獲した実を広げて2日ほど干すと、実が割れて中から真っ黒い種子が飛び出してきます。まだ実の皮が半乾きの状態のときに、一面に浮き出た黒い種子を落とします。干したものを掴んで叩くと種子が落ちます。完全に乾燥してしまうと種子と皮が一緒に落ちるので、この工程は半乾きのときにします。黒い種子を落としたらカラカラになるまで干します。(カラカラのほうが粉に挽きやすいのです)
なお、黒い種子は殻が硬く、香りも無いので利用価値はありません。が、庭に適当にふりまいておけば苗木が勝手に出てくるでしょう。種子の発芽率とか、幼株の生存率は高そうな気がします…。

製造した粉山椒
↑手回し製粉機で粗挽きしてみました。あまり粉っぽくありません。粗挽きしたものをメッシュの細かいフルイでふるい分けて、残った粗いものを再び挽くという工程を3~4回繰り返すと、かなり上等な粉になります。ただし、家庭用の道具では、たとえば市販の小麦粉みたいにパウダー状にまで滑らかな粉にするのは困難であります。

手回し製粉機といっても2~3万円するので、すり鉢でスリコギでゴリゴリとすりつぶしても行けます。このほうがいいかもしれません。香辛料は香りがいのちで金気(かなけ)を嫌う可能性があります。薬剤師が乳鉢で薬剤をすりつぶすして調剤するような気持で、サンショウの実の皮をすり鉢で摺るといいでしょう…。

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サンショウと酷似して、紛らわしいイヌザンショウ・フユザンショウとの見分け方
イヌザンショウをサンショウと勘違いして利用するとひどい目にあうから、というよりもサンショウ嫌いになると思いますから、以前に書いたのですが、見分け方を再録。

サンショウ類の見分けるポイント

フユザンショウ(サンショウの代用品になるが、香りは弱い)
フユザンショウ

イヌザンショウ(代用品には全くならない。香りが悪いです)
香りの悪いイヌザンショウ

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諭鶴羽山系の山菜(番外編) とても苦い「アケビ類」
●アケビ類の新芽は食べられるということになっています。普通、木の芽として食べられているのは3出複葉の「ミツバアケビ」であります。5出複葉の「アケビ」は苦いので、普通は食べないものとされています。しかしながら、このハナシは東北地方の積雪地帯などの北日本の話です。北日本では “木の芽” と言えば “アケビの新芽” を指すようでありますが、西日本ではそれはサンショウのことです。西日本では冬でも畑には青菜がありますから、わざわざアケビの新芽など食べる必要性がありません。またその食習慣もありません。

●大沢章『山菜栽培全科』農文協 1986年、は次のように言っています。(抜粋引用)

「アケビ類の芽は、<木の芽>と呼ばれ、古くから春の山菜として珍重されてきた。歯切れとホロ苦さに野菜にない季節感を味わえる。最近は若芽茶の人気が高い。」

「芽類の市場扱いはほんの僅かで高級品扱いされており、今後の量産がのぞまれている。また芽類の加工原料が不足しており、芽類を中心とした栽培も有望である。」


●しかしながら、アケビ類の新芽はとても苦いのです。苦味がないとされる「ムベ」にしても実際には相当に苦いのであります。炭酸を投入して湯がいても、あるいは塩・灰汁を用いて湯がき、そして流水でさらしても、相当に苦いのであります。わたくしもいろいろ文献に当たり、ネット情報を渉猟して参考とし、どういう風にしたら苦味を抜くことができるのか? 試行錯誤したけれども、いかんせん苦いのです。とにもかくにも苦がすぎ!
こんな苦いもの、食えるか!ということで私は「ミツバアケビ」や「ムベ」を山菜として推奨いたしません。

ミツバアケビの新芽
↑普通、木の芽と称して食べられるのは「ミツバアケビ」です。葉は3つの小葉から成る複葉であります。

アケビの新芽
↑こちらは、普通、苦くて食べられないとされている「アケビ」であります。

アケビの花
↑アケビの花。
アケビの花のアップ
↑アケビの花のアップ。これは雌花。

ムベの新芽
↑こちらは常緑の蔓植物の「ムベ」です。これは苦味がほとんどないと言われるが…。実際は物凄く苦い。

●考察するに、北日本の人たちがなぜミツバアケビの新芽を山菜として珍重するのか? 2点その理由を仮説として考えてみました。(あくまでも未検証の想像です)

1、地方により食文化が異なり、食品加工や利用法の歴史・伝統もことなります。北の地方の人々は、雪解けころの青菜が何もない時期に、それしか見当たらないミツバアケビの新芽を何百年、何千年と無理して食べてきたところ、苦味に対する耐性を獲得したのかもしれません。地方によって味覚の感受性に相違があるのかもしれません…。これは大いにあり得るハナシであります。たとえば関西人の(実際は島嶼人の)わたくしは、ナットウという食品は腐敗して悪臭を放つおよそ食品とは言い難いものであると思います。ところが関東人に言わしめると「これほど美味いものはないのだよ」と毎朝食べるらしいのですが、これはまさに、食文化・味覚の感受性の相違の典型例でありましょう…。

2、地方によって自然分布するミツバアケビに遺伝的な差異があるのではないか? つまり苦味の強い系統と、苦味の少ない系統があるのではないか? そして苦味の強い系統が分布するのは南の地方で、それで西日本(南のほう)ではミツバアケビの新芽など食べない…。これも大いにあり得る話であります。同じ種の植物であっても産地によって形質にかなり違いがあるのが普通で、違いが大きくなれば別の種に分けられるということでありましょう。タンポポなどたいした違いじゃないけれども少しづつ違うので、ここのはカンサイタンポポ、こちらのはトウカイタンポポ、これはカントウタンポポ…、と地方毎に名前がかわります。 で、ミツバアケビの形態的特質は同じように見えても、その新芽の味が地方により違うのかも?
諭鶴羽山系の山菜(その12) 「食用タンポポ」     目の敵にするよりも、採って食べましょう!
●我が淡路島では、3種のタンポポを野外で見ることが出来ます。カンサイタンポポシロバナタンポポ食用タンポポの3つであります。このうちシロバナタンポポ(白花タンポポ)は淡路島では希産の珍品で、めったに見られませんが在ることはあります。私も2回見たことがあります。もともと淡路島にあったタンポポはカンサイタンポポ(関西蒲公英)で、昔は田んぼの畦にたくさんありました。本日、用事で隣の集落のある家を訪ねたのですが、庭一面にカンサイタンポポがあるのにビックリしました。(カメラを持っていなかったので写真は撮れなかった)さて みんなでつくる自然史博物館・香川 という素敵なHPを拝見していましたら、カンサイタンポポの分布図がありました。ので、かってながら引用させていただきます。

カンサイタンポポの分布
カンサイタンポポの分布
出典は、香川大学教育学部生物学教室 末広喜代一 「タンポポ調査2010」の中間報告 でありますが、素晴らしい分布図ですね。大勢の人々が調査に参加して集めた 「有効標本数5459点!」 もの膨大なデータを、西日本の白地図上にプロットして作成したもののようで、途方もない労作で感銘いたしました。

★何が素晴らしいかと申すと、我が淡路島が分布の中心ではないか! この分布図を見ると、東西250キロ、南北180キロぐらいの楕円形のなかに分布がありますが、淡路島はその楕円形のほぼ中心付近にあります。カンサイタンポポは瀬戸内海東部沿岸地方に分布の大部分が集中しているようなのですが、僅かに九州まで見られ、四国西部や九州では県ごとのレッドデータ種になっているところもあります。
カンサイタンポポの絶滅危惧情報
出典は、日本のレッドデータ検索システムより「カンサイタンポポ」 です。

絶滅危惧Ⅰ類(Aランク) 高知県・大分県・熊本県
絶滅危惧Ⅱ類(Bランク) 愛媛県・山口県・佐賀県
準絶滅危惧種(Cランク) 鳥取県

なお、沖縄県が「情報不足」となっていますが、もし沖縄県にカンサイタンポポが本当にあるのであれば隔離分布になりそうです。で、その隔離分布形成の地史的要因に興味のあるところです。しかし、何らかの要因で関西圏起源のものが逸出したのではないか?(勝手な想像)

●さて、日本在来種であるところのカンサイタンポポが、野菜として導入された「食用タンポポ」と激しい攻防を繰り広げています。いわゆる「タンポポ戦争」です。淡路島に食用タンポポが侵入してきたのは、比較的に新しく、小林先生の『淡路島の植物誌』168頁より引用します。

【引用開始】対岸の明石には普通にあるので岩屋辺りにはあるだろうと捜してきた結果、1992年春にやっとみつけた。淡路島ではまだ珍品であるが、本四架橋の開通にともなって生育地がどのように広がるのか、今後の推移が注目される。【引用終了】

ということでありますが、私も意識して観察しておりましたところ、1995年に立川スイセン郷で食用タンポポの生育を確認しました。そして、1998年には私の実家のある南あわじ市灘城方で確認、2003年には現住所の神代でも確認しました。いまや南あわじ市じゅうどこでも見られます。広がりましたねえ。この20年で爆発的に拡散しました…。掲げた3枚の写真は私の実母が最近住むことになった所の家庭菜園畑(南あわじ市神代)で撮りました。家庭菜園で野菜をつくっているのか、食用タンポポを栽培しているのか分からないほど、はびこっています。

●さて、日本在来タンポポと、外来の食用タンポポとの戦争ですが、食用タンポポのほうが優勢であります。環境省は食用タンポポをまだ「特定外来生物」に入れていませんが、「要注意外来生物」に選定しています。お花畑の環境保護団体は「特定外来生物」に指定しろ! と叫んでおりますが、ネライは補助金です。生物多様性利権や特定外来生物利権ができつつあります…。善意の背後に隠れた権益を見抜かないといけません。

在来種を押しのけて、食用タンポポがはびこる理由は、従来は、単為生殖であるので受粉しなくても種子ができ、しかも大量に種子散布する。しかも春だけでなく秋でも、ときには冬でも花を咲かせ種子が出来る、しかも種子は休眠期間がなくすぐに発芽する…、という資源をめぐる競争に在来種よりも優位であることから説明されてきました。が、近年は 「繁殖干渉」 の観点から説明されるようになってきました。繁殖干渉というのは何か?を学ぶのには、次の論文をよく読めばいいです。植物における繁殖干渉とその生態・生物地理に与える影響

★もし、食用タンポポが在来種タンポポを駆逐してしまう悪い物であるというのであれば、駆除するのにとてもいい方法があります。食用タンポポと言うぐらいですから、採って食べてしまえばいいのです。そもそも、食用の野菜ないしは薬用植物として明治の初めに北海道に導入されたものが起源です。お花畑の環境保護団体は補助金ネライをする暇があったら、野外に繰り出して食用タンポポを採集して食べなさい。葉をサラダにしてもいいし、ゴボウのような根を「きんぴらごぼう」にすると宜しい。戦時中は、この食用タンポポの根を乾燥し、煎じて「代用コーヒー」にした話は有名です。80歳以上の人は「代用コーヒー」をよく知っています。(今でもタンポポコーヒーは一部の業者から売り出されています)

食用タンポポは普通、セイヨウタンポポと呼ばれています。高嶋四郎『原色日本野菜図鑑』保育社に、セイヨウタンポポがちゃんと収録されております。権威のある保育社の原色図鑑に野菜として載っているのですから、セイヨウタンポポは野菜であることに間違いありません。また、同時に薬草でもあります。セイヨウタンポポの学名は、Taraxacum officinale Weber(タラクサクム オフフィキナーレ)であります。豊国秀夫編『植物学ラテン語辞典』等によれば、属名の Taraxacum は「苦い草」の意味、種小名の officinale は「薬用の、薬効の」意味のようであります。Weber は命名者の略称。
 
食用タンポポの大株
見事な大株です。
頭花は立派で大きいい
頭花は大きくて立派です。
頭花の下の顎のように見える総苞の外片が反りかえる
頭花の付け根のところの、緑色をしたガクのようなもの、そのガクのようなものの外側の部分、「総苞の外片」が強く反りかえるのが大きな特徴であります。

食用タンポポの「きんぴらたんぽぽ お花畑の自然保護NPO法人の人らがセイヨウタンポポを目の敵にしているので、「きんぴらごぼう」にして食することを推奨したいと思います。なぜならばセイヨウタンポポの根を集めることが、本種の退治に大いに貢献するからです。葉をむしってサラダにするのでは全く退治にはならないのです。1点だけ注意することは、丁寧に根を残さずに掘り取ることです。太い根を途中でちぎって地中に根が残ったならば、その根から再生してくるのです。
食用タンポポで作る「きんぴらたんぽぽ」
↑ 「きんぴらごぼう」ではなく、「きんぴらたんぽぽ」であります。 わたくし山のキノコの作品です。

【作り方のコツ】太い根ばかりはないので、細い根も使います。セイヨウタンポポの根をよく洗います。タワシでこすってもいいです。皮は剥く必要がありません。いわゆる “ささがき” で根を削いで切るのですが、細い根は「ささがき」は難しいので包丁の柄でたたいて軽く潰します。潰すのは水にさらして苦味成分が溶出しやすくするためです。そして、水でよくさらして、とにかく苦味を抜きます。水でさらさないとかなり苦いのです。 セイヨウタンポポの根はゴボウのような「アク」は少ないのですが、その代わりに苦味があるのです。あとは、きんぴらゴボウと同じ要領で調理します。

諭鶴羽山系の山菜(その11) 飽食をいましめ、糧断を生き延びる救荒食「リョウブ飯」
●今の我が国の状況はあらゆる面で、伝統的な美風というものが潰え去り、本来のあるべき姿が崩れ、そして頽廃的であります。

官僚たちはこの国を実効支配し、組織の防衛・増殖・既得権益の温存しか頭にありません。憲法が高らかに謳っている「主権在民」の理念などまったく形骸化して、完全に「主権在官」であります。期待した特別会計の縮減ないし廃止、特別会計の一般会計への組み入れは、大山鳴動したけれども、財務省が振付をしたレンボー議員のパフォーマンスに終わっただけで、今では話題にものぼらなくなりました。国会審議すらなされず官僚たちの使い勝手のいい財布の特別会計が温存され、われわれ国民が収めた公共料金や年金の掛け金等が白アリに蚕食されています。それを正そうと志しても官僚たちに歯向かう者、官僚利権を脅かす者は、巧妙に抹殺されます。べつに何でもないことを、法文の恣意的解釈によって違法だと裁量する特高検察にやられます。26日に、どのような判決が出るのか全く予断できませんが、もし無罪であったとしても、次の手が用意されています。次は税務署の出番であります。なんでもないことを恣意的な解釈と裁量で「脱税だ!」とやられるでしょう。官僚に楯つく者を退治する実戦部隊は、警察・検察・税務署であることは今や疑いようもありません…。だれも官僚たちの堅牢な利権の牙城を崩すことはできません…。

政治家は議員の椅子に座りたいだけの「政治屋」に成り下がっています。国会議員たちは、憲法で明確に謳う “国会は国権の最高機関であり、唯一の立法機関である” という規定を完全に忘れています。国会議員の仕事は「法律を作ること」なのに、ほとんど全ての法律は内閣法制局が作っています。つまり官僚たちが法律をつくっています。そもそも時たま国会議員が法律をつくったら、「議員立法」だと銘打たれるのですが、それはおかしい。本来は法律は全て議員立法であるべきです。もちろん憲法は内閣の法案提出権を認めてはいますが、あくまでも法律は「議院法制局」がもっと機能して国会議員が法律をつくらないといけません。法律を作らない国会議員、法律を作れない(作る識見のない)国会議員ばかりなので、財務省に牛耳られて消費税があげられようとしています…。消費税の増額は、法人税の減額と見合いです。また所得税の累進課税の緩和と見合いです。だいたい財政危機を回避するのに消費税を上げるというのは変じゃないか。法人税も所得税も消費税も上げるというのならば理解できますが、消費税のみ上げるというハナシは極めて欺瞞的であります…。

資本家は資本家で貪欲であります。カネ儲けのためには何でもします。政治家に贈賄して便宜を図ってもらい、ロビー活動に余念がありません。最近では竹中平蔵氏がパソナの会長に収まっていますが、明白な事後賄賂に他なりません。“会長報酬というカネ” は、労働者派遣法改正の立役者にたいする賄賂だったのです。大企業では天下り用の役員枠があるのはごく普通で、露骨に官と一体化しております。先の竹中平蔵氏も事後天下りでありましょう。規制や管理される側とする側が癒着してしまえば、一体何のための規制なのか? 東京電力と経産省との癒着をみれば、規制とか監督とか基準値とか、それらは国民や需要家の安全や生命健康を守るためのものでは全くないことが、明白になりました。資本家はカネ儲けをするためには元入れも必要ですが、それは多くが誤魔化し・洗脳・捏造・隠蔽などの工作にに振り向けられているのもハッキリしました。ライブドアの堀江貴文氏は「お金があれば愛も幸福も何でも買える」と豪語しましたが、その通りです。それは資本家の本音でしょう。資本家は何か不都合なことがあればカネで押さえ込み、政治的な影響力さえカネで買えます。世論すらカネで買えるのです…。世のあらゆる事象はカネの論理で支配され、国民大衆の意向など反映される余地は全くありません…。

マスコミはマスコミで本分を忘れ堕落して、その存在意義を完全に失っています。早くから「マスゴミ = 大量のゴミだ!」と揶揄されていましたが、いまや権力者たちのしもべ、たんなる広報機関でしかありません。マスコミは社会の公器であり、権力の暴走をチェックする木鐸、第四権力だなどということは全くの幻想でした。てゆうか、マスコミが三権をチェックする社会の木鐸だという説明自体が、権力者たちが流していたものでしょう。マスゴミは政府や省庁のプレスリリース情報をたんに右から左へと流すだけです。ただの官報同然に成り下がっております。この国の実態は、三権癒着に加えてマスコミも癒着した四位一体であります。最近では文部科学省が学校で新聞を使って授業をしろと癒着が加速しています…。NIE(Newspaper in Education)が学習指導要領に盛り込まれてしまいました。新聞と文部科学省との露骨な癒着。ネライは新聞の販促だ! 紙の新聞は衰退して部数がジリジリと減少していますが、小・中学生が授業で新聞を使って学ぶので、家庭で新聞を取っていないと具合がわるいようにしむける。それが本当のネライです。自民党の山本一太議員が新聞業界から3000万円の献金を受けて文部科学省に働きかけました。「教育にNIEを」というのは子供たちのためなどでは決してありません。あくまでも新聞の販売促進です。私企業である新聞社がカネで教育まで曲げているのです。国に便宜を図ってもらう見返りに、新聞が国を批判することなどありません。だから、マスゴミは政府の犬、広報機関だというのです…。

●と、年寄りの繰り言を並べてみたのですが、言わんとすることは、もしこの国で一旦なにか事がおこったならば、われわれ国民は自己救済・自助努力より他はないということです。お役人も政治家も国民を助けるのではありません。企業も他人の不幸を食い物にして金儲けをするだけです。福島の除染ビジネスなどまさにそうです。新聞・テレビも国民大衆の側に立って代弁してくれるわけではありません。あくまで政府の広報係です。で、自分を助けてくれるのは、自分自身しかいないということを肝に銘じておく必要があります。

●さて、食糧自給率の絶望的に低い我が国にこの先「食糧危機」が起こらないという保障はは全くありません。理由はいろいろ考えられます。冷害や旱魃など気象災害。戦争で海上封鎖され食糧輸入航路が閉ざされる。日本の生殺与奪権を握るアメリカの政治的な兵糧攻め。政治的要求を日本に呑ますための輸出制限。放射能汚染のさらなる拡散。国力の低下で外貨がかせげなくなり外国から食糧が買えなくなる。理由はいくらでも考えられます。これからTPPで国内農業を破壊される日本には、「食糧危機」はあり得ます。江戸時代に頻発した「飢饉」という言葉が、死語ではなく、復活してくることはあり得ましょう…。

そこで救荒山菜であるところのリョウブを取り上げましょう。
リョウブは乏しい米を、嵩だけは多く見せかける増量材です。 「リョウブ飯」というものがよく知られています。戦時中は米が不足したから、ダイコンを一緒に炊きこんで「ダイコン飯」を作りました。大根が増量材です。同様に米にリョウブの若葉を一緒に炊きこんだものが「リョウブ飯」です。ただし、飯が多く炊けたかのように見せかけるだけであって、飯が実際に増量する筈はありません。つまり誤魔化し…。飢饉でやむなく自分自身の空腹を誤魔化す。

リョウブの新芽
↑リョウブの新芽・若葉です。リョウブは高さがせいぜい5mぐらいまでの落葉樹です。タラノキと同様に「先駆種」的で、伐採跡に一斉に出現しますが、森林が育つとリョウブは消えていきます。山裾の道路わきなどにリョウブがとても多いです。

新芽の拡大
↑リョウブの枝先についている若葉です。若葉はやわらかそうで美味しそうにみえます。

樹皮には大きな斑紋がある
↑リョウブの幹の肌は独特で、大きな斑紋があります。樹皮は比較的すべすべしています。これに似た樹皮の樹木は諭鶴羽山系には他にはありません。杖にするととても良い木です。

リョウブの若葉を収穫
↑リョウブの若葉を採集しました。一つ一つの芽は少量で軽く、籠に一杯採ろうとしたら相当な労力が要りそうです。しかし、リョウブの資源量そのものは大量にあります。

飽食を戒める「リョウブめし」
↑飽食をいましめ飢饉を生き延びる「リョウブ飯」の試作品です。リョウブの葉がちょっと少なすぎました。もっと、もっと、リョウブの葉と飯が等量になるぐらい入れないと、「救荒食」とは言えないですな。それと、やはり雑炊ふうにしないと「飢饉食」という感じがでないです。江戸時代に飢饉などに対応して幕府や藩が「お救い小屋」を設置しましたが、そこでの炊き出しは何を出したのだろうか? まさかリョウブ飯ではないでしょう。リョウブ飯は季節限定食です。せいぜい2週間か3週間程度の限定です。
仁杉五郎左衛門研究「御救い小屋」 これは素晴らしいサイトです。江戸時代の文書を見せてくれます。炊き出しの言葉が見えていますが、肝心のメニューがありません。

リョウブ飯の作り方です。 試作してみましたが、各自工夫を凝らすと宜しいでしょう。

1、リョウブの若葉の採取。山に行って採取しますが、あまり小さな芽はまとまった量を採るのに手間がかかるから、多少大きくなった物でいい。

2、塩をすこし投入した湯で、リョウブの若葉を湯がく。あまり、くたくたと長時間煮るのは良くない。サッと軽く湯がく程度でいいです。

3、湯がいたリョウブの若葉を流水でさらす。あるいは水を張った鍋で3回ほど水を変えてさらす。水でさらすのは苦味を抜くためです。リョウブはかなり苦いのです。なお山で採取したリョウブの葉はただちに湯がきます。一晩、二晩と放置すると苦味がどんどん強くなります。

4、リョウブは水気を絞り、千切りなど適当に刻む。他の具はシイタケニンジン・竹輪などを適当に切っておきます。

5、あとは焚き込みご飯を炊く要領で、米にだし汁を流し込み、適当に刻んだ具材を投入して焚きこむ。

【注意点】これは飢饉に直面した救荒山菜の料理であります。したがって上等な食材を入れてはいけません。安価で庶民的な具材のみです。例えば、エビをいれるなどもってのほか。調味料は醤油・煮干しや昆布のだしのみです。お酒を入れるのはよくありません。(飢饉のときには酒などないからです)試作品は炊き込みご飯ふうにしましたが、雑炊ふうでもいいでしょう。雑炊ふうならば卵は入れてもよろしいです。なぜならば、食糧パニックになると皆が庭先でニワトリを飼うようになるからです。

さて、リョウブは美味いか?というと、とても不味いです。 リョウブの若葉は苦いし “もそもそとして” 舌触りがよくありません。とても不味いです。しかしながらリョウブ飯というものは、飢饉の際になんとか命をつなぐ非常食です。美味いとか不味いとかの基準で評価するものではありません。飽食を反省し、まさかの食糧危機という事態に思いをはせる料理です…。したがいまして、リョウブの葉を沢山入れて、不味ければ不味いほど意義があるのです…。
諭鶴羽山系の山菜(その10) 「ゼンマイ」
●ワラビと並んで知名度抜群の山菜が「ゼンマイ」です。商品価値が極めて高く、北日本の山村などでは貴重な収入源になっているようですが、淡路島では商業的採集が行われていませんから、良識にのっとって採集するのであれば問題にはならないでしょう…。とはいっても、近年、ゼンマイも諭鶴羽山系では少なくなりました。

諭鶴羽山の山頂直下の北東斜面で、大きな籠に何杯もゼンマイを採ったのはもう30年も前のことです。現在ではゼンマイなど影も形もありません。ゼンマイが消えていった最大の要因は “遷移の進行” であろうかと思います。ま、難しいことを言わなくても、簡単にいえば森林が茂ったためです。森林がうっそうと茂って地面に太陽の光が当たらなくなったためです。背が低い草本類はみんな消えつつあります。残っているのは、よほどの耐陰性のある陰生草本だけです…。

●ところが、ここ数年前から諭鶴羽山系の北側斜面で植林が進められています。森林が伐採されてスギの苗木が植えられているのですが、森林伐採跡はスギが大きく成長するまでは、地表に太陽の光が当たるので、陽生草本の生育地となりえます。この場合大きな矛盾が生じるのですが、それをどう考えたらいいのだろうか?

森林の伐採は、森林に着目すれば、第一義的には明らかな自然破壊だと言えましょう。ところが、森林が茂りすぎることが要因になって消えていく「陽生草本類」や「陽樹」にとっては、森林伐採は好ましいことです。森林伐採は生育適地の提供であるといえましょう。その陽生植物の中には絶滅危惧種も混じっているでしょうから、森林伐採が絶滅危惧種の存続環境を提供したことになるハズです。ところが、伐採される森林の中にも絶滅危惧種と指定される樹木もあるハズです。耐陰性の低い草本を助けようとしたら森林を伐採せねばならず、森林を助けようとしたら草本は消えてしまう…。要するに、“あちらを立てればこちらが立たぬ、こちらを立てればあちらが立たぬ” という背反が自然界には存在し、両方を立てることが極めて難しい…。

●では何故そうなるのか、この矛盾が生ずる原因を考えてみます。遷移の進行をヒトが止めて、遷移の途中相の雑木林(萌芽林、二次林、里山林など)を人為的に維持していたものが、自然放任されることに因っているのは明白です。昔は炭や薪を得るために、順番に雑木林を伐採していました。伐採跡にはワラビやゼンマイや色々な草本が生じました。その伐採跡も20~30年もすれば立派な萌芽林となります。そこでは草本類は日陰になって消えるのですが、別の場所が伐採されて草本の新しい生育地になります。山全体ではあちこちにワラビもゼンマイもある…、ということです。

さらに、ここには別の矛盾が横たわっています。遷移の進行をヒトが停止させているということ自体が、自然の摂理に反することであり、自然への反逆・冒涜・破壊なのではないか? と考えることも可能です。自然はほっとけば森林がどんどん生長してやがて「極相林」となって、安定します。極相林のなかでは、老木が倒れ若木が育つというふうな部分的な変化はあるでしょうが、全体としての姿は変化がなく「動的平衡」とでもいうべき安定さを保ちます。それが自然の本来の姿ではないのか? たとえば里山を護ろうという主張が各地でなされていますが、換言すれば、それは「遷移の進行を停止させよう!」と主張するのと全く同義です。それはおかしいのではないか? それこそ、自然に逆らう人間の傲慢さでなないのか? という疑問があるわけです…。

★ま、自然保護だとか、森林を護ろう、里山を護ろう、絶滅危惧種を護ろう…、などと叫んでもあっち立てればこっち立たずとか、貴重種を護るためには別の貴重種を伐採せねばならなかったり、護っているつもりがそうではなく自然の摂理に反抗挑戦していたり…、と難しいものです。ま、自然保護活動なんかには関わらないほうが無難ですな。ハイ。一皮むけば、たんにお題目を唱えて “補助金・助成金・寄附のかすめ盗り” が目的化してしまっているNPO法人も多いですし…。ハイ。

武内和彦『タチバナの保護を考える』
武内先生のこの随筆を読めば、自然の保護の難しさ、一筋縄でいかない厄介さが垣間見えます。タチバナが目玉だが海岸樹林全体が国の天然記念物に指定された。タチバナを救うには天然記念物の樹林の伐採が不可欠…、天然記念物を手つかずにしておこうとするとタチバナは消えてしまう…、さて、どっちを選んだらいいのか?

こういうことがあるから、動植物学とか生態学とかの専門の先生がいうのならばともかく、左翼系の活動家くずれが環境問題に転向して、俄かに○○を護れ!などと叫んで活動しても信用できないのです。ようするに左翼系活動家は、自然観察などしたことがないお花畑。(なお、ソ連の崩壊により共産主義は終わったので、左翼系活動家たちの多くは自然保護活動とか環境問題に宗旨替えをしています)

ゼンマイ

採り頃
↑上の2枚は採り頃のゼンマイ。

長けたゼンマイ
↑こちらは長(た)けている。

胞子を付けない「栄養葉」
↑こちらは「栄養葉」で、光合成を一生懸命にする葉です。胞子は出しません。

胞子を付ける「胞子葉」
↑こちらは「胞子葉」で子孫繁栄を願って胞子を一生懸命に出す葉です。魚の卵のような小さなつぶつぶが葉のうえに無数にあります。胞子を出し終えるとこの葉はお役目終了で、しばらく後に枯れてしまいます。ときには、葉の上部が「胞子葉」で葉の下部が「栄養葉」という「ハイブリッド葉」とでも言うべき葉が出現します。

●ゼンマイは、普通、「胞子葉」は採らないもの、あるいは採ってはいけないもの、とされます。採って山菜として食するのは「栄養葉」だけです。胞子用には毒があって食べられないとか、物凄くまずいとか、ではありません。「胞子葉」もちゃんと食べられます。品質とか味とかも栄養葉と全く変わりがありません。胞子葉を採るなというしきたりは資源保護です。産卵を控えた魚を獲るなというのと同じことです。

諭鶴羽山系の山菜(その9) 「ハリギリ」
●ウコギ科という分類群には、第一級の山菜がたくさん含まれています。ウドタラノキウコギコシアブラ(淡路島に分布せず)・タカノツメ(淡路島には分布せず)・それから本エントリーで取り上げるハリギリ、などがあります。もしこの世にウコギ科という分類群の植物が存在しなかったならば、春の山菜採りは味気ないものになるにちがいありません…。ウコギ科の山菜の特徴はけっこうアクが強いことがあげられます。それで天麩羅にして食べることが多いです。

天麩羅というものは油を使った揚げ物だと思われがちですが、実は全く違います。「揚げ物」ではなく、「蒸し物」です。溶き小麦粉の衣をつけてネタを封じ込めます。そして沸騰水よりも高い150度とか170度などの高温の油の熱で、一挙に衣の中で蒸すのが天麩羅という料理法なのであります。
アクの強いウコギ科の山菜も、高温で一挙に蒸し物にされるとアクとか苦味なども、かなり温和になります。強いアクが減殺されて適度なアクならば、それは旨みにかわります。ウコギ科の山菜は天麩羅にして食べるのが定番でありますが、その理由はウコギ科の山菜は、アクが強すぎるというのが大きな理由です。

食通はタラノキの芽よりも、ハリギリを好む
山菜好きの連中が、タラノキの芽を片っぱしから乱獲しています。諭鶴羽山系の北斜面の山麓にオニオンロードが東西方向に走っていますが、この道路の両側の法面にタラノキが沢山あります。しかしながら、3日前にオニオンロードをポンコツ車で走ったのですが、95%のタラノキの芽が掻き採られていました。世の中にこれほどタラノキの芽が好きな人が多いのだなと、ビックリしました…。

★ところが、食べなれると多くの人がタラノキの芽よりも、ハリギリの芽のほうを好むようになる、と言われています。つまり、タラノキの芽を採りまくっているうちは、まだまだ山菜の通とは言えないのであります。ハリギリがタラノキよりも上等品であることが理解できて、はじめて一人前の山菜採りなのであります。
ハリギリの若葉
↑4月7日に見に行った際にはまだ小さな芽で採取には早すぎたのに、12日後の本日4月19日に行くともう若葉になっているではないか! 採集適期を見事に外してしまいました。長年ハリギリを採っているのに、こんなにも不覚を取ったのは初めてです。しかたがないから今年は5月中旬に徳島県の 高城山(1628m) にハリギリを採りに行きます。高城山の山頂付近ではハリギリが沢山ありますし、ホンシャクナゲ・ツクシシャクナゲ・アケボノツツジ・アワノミツバツツジなど美しいツツジ属の花見ができます。

ハリギリは暖温帯にも冷温帯にも分布は広いのですが、多いのは冷温帯です。隣の徳島県の山では1000m以上とか1500m前後の高所に多い樹木です。諭鶴羽山系のような暖温帯の標高の低いところにもありますが、めったに見ることができません。長年、谷や尾根を歩きまわっている私でも、ハリギリの木はまだ7本しか見つけていません…。

葉はカエデの葉を巨大にしたような感じ
↑カエデ類によく似た形状の葉です。ただし大きな葉になります。てのひら大かそれ以上の大きさになります。掌状に5浅裂する葉身ですが、7裂の葉も出現します。ときには9裂もあるのですが希です。

樹皮には溝がある
↑径15㎝の太い枝の樹皮です。樹皮に深い縦の溝があります。疎らに粗いトゲもあります。細い枝にはトゲが多くなるのですが、タラノキと比べるとトゲはずっと少ないです。トゲはあっても軍手をはめるとこの木に登れました。写真は木に登って撮ったものです。

やや長けているが、ハリギリの芽
↑枝先にある何とか食べられそうなものを探して、高枝鋏でやっとのことでこれだけ採りました。ザルの下側の物で、葉が開きかけになっている状態がちょうどいいです。ザルの上部の物はやや長けています。

ハリギリの若葉の天麩羅
↑ハリギリの芽、というよりも若葉の天麩羅です。山のキノコの作品。すこし衣を付け過ぎです。衣は若葉の片面あるいは葉先のほうの半分だけ付けるほうが、芸術的になると思われます。(ちなみに中国では、図書館などで書物の分類をする場合、料理の本は “芸術” に分類するそうです)ハリギリの芽はアクが強く苦味も強いですから、天麩羅で食するのが一番いいでしょう。高温で火を通すと苦味がほとんど消えます…。
諭鶴羽山系の山菜(その8) 「ウドの芽」
●昔は、諭鶴羽山系にウドがたくさん自生していましたが、近年はめっきりと減っています。山中でウドを見かけることは少なくなりました。で、自生品をむやみに採るのではなく、種子を採取して、畑や庭で栽培する必要が出てきました。秋に種子を簡単に採取できます。種子を蒔いて1年目は小さいのですが、2年目に1芽だけ収穫できます。ウドが大株になって1株から数芽以上も収穫できるのは3年目以降になります。

●「ウドの大木」という慣用表現があります。図体だけが大きくてほとんど役に立たないもの、の意味で使われますが、これは明らかに誤った表現です。“ウドが大木であれば大木ほど” 春の新芽が充実した秀品が採れます。ウドが大木であることが、秀品を収穫するための絶対条件です。大木ではない貧相なウドの木からは、ろくなウドの新芽が採れません。仮に庭にウドを植えたならば、夏にはウドの木が2m50㎝にも、3mにも大木に育って庭を覆い、鬱陶しいなと思うぐらいでなければ春に良い新芽が採れないのです。
したがって、「ウドの大木」という言葉は、役に立たないものと解するのではなく、全く逆の意味で、大木であるがゆえに大きな葉でしっかりと光合成し、地下茎を充実させて、春に素晴らしい新芽を提供してくれる大いに役に立つものと、解するべきであります。

ウドの自生品 ちょうど採り頃
↑これはウドであります。写真の物は自生品です。株元に枯れたススキを刈り取った稲束のようなもので覆っておりましたところ、軟白とまではいかないのですが、「軟白もやし状」と「青々と育ったもの」との中間程度の物ができました。全くの野生状態ではウドはじきに長けてしまい固くなります。それで自生品を見つけたならばワラのようなものとか、落ち葉などをウドの株元に掛けておくと宜しいです。

ウドの自生品 これは長(た)けている
↑これは長(た)けたウドであります。陽光をあびて青々としています。こうなると堅くて食べられません。茎ならば皮を剥けば食べられなくもありませんが、葉や葉柄は堅くて筋ばっていて、とても食用に供することは無理であります。

ウドの株元に落葉をかける
↑これはわたくしが所有しているわけではないのですが、わたくしが管理をしている畑の一角です。恐らく鳥類が果実(種子)を運んできたのでしょう、勝手にウドが生えてきました。大株に成長したので、株元に落葉を盛っています。

落葉に埋もれて、ウドが軟白状態に…
↑これはその盛り上げている落葉を取り除いた状態です。落葉に埋もれて日光にあたらないと、ウドはモヤシのような軟白状態になります。色も緑ではなくえび茶色のような美しい色になります。このようにして半ば「栽培」すると柔らかく生でも食べられるようなウドになります。本当は「もみがら」を盛り上げるのが最良の方法なのですが、農家でなければ「もみがら」は簡単には手に入りません。「もみがら」の次に良い材料は「落葉」なのです。

●ウドも古典文学のあちこちに登場します。昔から身近で有用な山菜であります。岩波書店の、新日本古典文学大系70『芭蕉七部集』から引用します。

日の影に 猫の抓出す 独活芽哉 <一桐>
ひのかげに ねこのかきだす うどめかな

独活芽は季語。一桐(いっとう)は伊賀上野の人、のち京都に住した。

【句意】ウドは、芽を食するために、良く耕した畑に植え、さらにその上から塵芥で覆うなど、地表を柔らかくしておく。そのような地面は猫が好んで排泄に選ぶ場所である。日あたりのよい畑で用たしのあと、ていねいに砂をかけているうちに、ウドの芽が露出したというのである。

ウドの収穫
4月18日に、半栽培品の1回目の収穫をいたしました。半栽培品と表現するのは、植えたものではないからです。おそらく鳥類が自生品の果実をたべて、種子を散布したのであろうと思われます。落葉をしっかりと掛けてあった部分には白くて立派な秀品になっています。しかし、落葉の掛けかたが少なかった所には、陽光があたって緑化しています。全くの野生品ではこんなに白くて長いものはできません…。
ウドの収穫
諭鶴羽山系の山菜(その7) 「タラノキの芽」
●山菜の王者とも言うべき山菜です。山菜の中の山菜です。一般的に言って、山菜は北日本や日本海側などの地方で珍重されます。南の方では、特に太平洋側の照葉樹林帯の地方では、山菜を珍重するという食習慣はあまりありません。それはおそらく照葉樹林帯では常緑樹が多く、山菜になる植物の分布が少ないということもありましょう。また比較的に気温の高い照葉樹林帯では、畑に冬でも何か野菜があるということも大きな理由でしょう。青物が冬でもあるので、春到来で山菜が食べられるという感動が南の地方では少ないのです。

ところがワラビと並んで「タラノキの芽」だけは別格です。南の地方でも、タラノキの芽は、みなが目の色をかえて捜します。そして乱獲になって木を枯らしてしまうほど無茶苦茶な採りかたをします。

●タラノキは千年まえから「たら」で、平安中期の10世紀ごろに編纂された 『本草和名』(ほんぞうわみょう) に「多良」という表記で記載されています。時代は下がって江戸時代の1712年ごろに出版された百科事典 『和漢三才図会』(わかんさんさいずえ) では、「楤木」という漢字があてられています。
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↑『和漢三才図会』巻八十四より。「俗に太良乃木という」とあります。本種タラノキは、木の高さが1丈(= 3.03m)余りであって、真っ直ぐに立ちのぼり、枝がなく、幹の上にトゲがあります。木の頂に葉が生えていて、これを “カササギ踏まず” といいます。(幹のてっぺんには葉が茂るがトゲだらけなので、カラスの一種のカサカギでも止まることができない、という意味だと思います。)山村に住む人々はこれの幹の頭にある芽を掻き採って、茹でて食べるのです。この芽のことを「吻頭・ふんとう?」と言います。
というふうなことが書いてあるのですが、この記述から、江戸時代にはタラノキの芽を茹でて、おそらく味噌合えなどで食べていたのであろうことが想像できます。

タラの芽といえば、現代ではとにかく「天麩羅」ですが、案外に天麩羅にして食べるなどということは時代的にはごく新しいのではないか? むかし山村では、タラノキの芽を茹でてすり鉢ですり潰し、味噌や砂糖・酒・みりんと調合して “タラの芽の味噌” にしたり “あえ物” にして食べるのが普通だったハズです。

そもそも「天麩羅」というのは和食の重要な料理法であります。本式の会席膳のメインディッシュというべきものです。樋口清之『日本食物史』によれば、天麩羅の起源は安土桃山時代の南蛮貿易で伝来しました。テンプラという言葉自体が外来語です。イタリア語の「tenpora」あるいはポルトガル語の「temporras」が語源で、「キリスト教の金曜日の祭」の意味です。その日は鳥獣の肉が禁じられていて魚のフライを食べるので、それに接した日本人が魚のフライをテンプラと呼んだのが「天麩羅の起源」だと樋口清之先生は言っています。

徳川家康が鯛の天麩羅を食べ過ぎて食中毒で死んだというのは有名な話です。(癌だとか淋病で死んだとか異説も沢山ありますが)天麩羅という料理が和食に取りいれられて500年近くになりますが、庶民にはずうーっと超高級料理だったハズです。徳川家康は最高権力者であったから天麩羅が食べられたのですが、普通の庶民が日常食として天麩羅が食べられたのではありません。われわれ庶民が日常的に天麩羅など食べられるようになったのは戦後です。昔は食用油など薬みたいに貴重品です。

油(食用油)自体は古代からありますが、生産量が少なく、その用途はもっぱら「灯火用」でありました。歴史上明治時代まで「灯火用」で、江戸時代に江戸の町中で天麩羅の屋台が賑わったということは確かにありますが、それは全国的にはごく一部のハナシであって、広く全国に各家庭に天麩羅料理が普及したのでは、全くありません。ちなみに諭鶴羽山系の村では、昔ツバキ(椿)の果実(かたし)の種子を絞って食用油としていました。それは貴重品でありました。で、タラの芽を天麩羅にして食べるなどというのは、ごく最近、多分戦後になってからではないか??

タラの芽
↑ちょうど採り頃です。以前にプロの料理人と話をしたとき、タラノキの芽はごく若い芽のほうがいいと主張していました。彼の基準では写真の状態のものでは、すでに長(た)けているということになりましょう。しかし芽が若すぎると収穫量が少ないので、やはりある程度は芽が大きく膨らみ、葉が伸びかかったもののほうが良いと私は思います。

★写真のものはトゲが多く、伸び始めた葉の葉柄にも粗いトゲがあります。しかしながら、新芽のトゲは柔らかく、熱を通すと更に柔らかくなります。食べるのには全く支障がありません。食べる際ではなく、タラノキの芽を採取する際に、トゲで怪我をしないように気を付ける必要があります。

★一般的に言って、タラノキは若木ではトゲが沢山あり、老木になればトゲが少なくなります。タラノキはいわゆる 先駆種(パイオニア種) の代表的な樹木で、遷移(生態遷移) の初期の段階で出現する木であります。遷移が進んで森林が茂ってくると、タラノキは消えていく運命にあります。諭鶴羽山系でも一斉に消えつつある種なのですが、近年、山系の北斜面で植林のために伐採が行われています。おそらく伐採跡にある林道の側などに一斉にタラノキが侵入してくると思われます…。

タラの芽の収穫
↑たくさん採れました。タラノキの芽を採るときに気をつけることは、2番芽を絶対に採らないことであります。枝先の1番芽を採ると、しばらく後に1番芽のやや下から2番芽が出てきますが、これを採ると木が枯れます。

てんこ盛り
↑タラノキの芽の姿揚げ。デカ盛りとまではいかないが、諭鶴羽山の山小屋名物の「てんこ盛り」であります。もう少し上品に盛らないと興ざめであります。これはわたくし山のキノコの作品。

紛らわしい類似種にご注意
諭鶴羽山系には今のところタラノキがたくさん自生していますので、大いに採って、賞味すると宜しいのですが、紛らわしいものが2種あります。にわか山菜採りの方ならば、間違う可能性がありそうなのが次の物であります。

ニワウルシの芽
↑これはニワウルシの若い芽です。葉が伸び始めるとタラノキに似てきます。タラノキは老成するとトゲが少なくなりますが、トゲが全くないということはありません。一方、ニワウルシは幹にも葉にも全くトゲがありません。(タラノキにもトゲのほとんど無い系統<メダラ>はありますが、捜せばどこかにトゲはある)ニワウルシは全く食毒不明であります。(安易な試食は危険です

カラスザンショウの芽
↑これはカラスザンショウです。幹や枝はトゲだらけです。写真のものをルーペで子細に観察したところ、幹はトゲだらけなのに、若い葉には全くトゲが見当たりません

★カラスザンショウは天麩羅で食べられなくもないです。香り・アクともに強烈です。天麩羅以外の料理ではまず無理でしょう。わたくしも何回か試食していますが、2~3芽ならば大丈夫ですが、沢山食べると酒に軽く酔ったような “めまい症状” になります。多分、何らかの毒成分がある可能性が考えられます。よって、カラスザンショウを山菜として食べることを、わたしはお奨めしません。
諭鶴羽山系の山菜(その6) 「ミツバ」
●水耕栽培した軟弱な「もやし」のようなミツバがスーパーマーケットで売られています。香りの高い野菜でありますが、本来は自生の山菜です。数少ない日本原産の野菜の一つであります。日本中に広く自生しているのですが、栽培もされます。栽培、とくに軟化栽培が始まったのは江戸時代の享保年間(1616年~1635年)頃であろうと言われています。

芭蕉七部集 の一つで、江戸中期の1698年に刊行された俳諧(はいかい)撰集に、「続猿蓑・ぞくさるみの」という書物があります。その中に、松尾芭蕉の門下生が詠んだ句にミツバが出てきます。

【新日本古典文学大系70『芭蕉七部集』岩波書店 1990年から引用】
 みそ部屋の にほひに肥る 三葉哉  <夕可・せきか>
 みそべやの においにこゆる みつばかな 

(句意)味噌つくりの小屋に近く、三葉芹が青々と葉を伸ばしている。この勢いは、熟せんとする味噌の香を存分に吸ったからであろうか。 俳号の夕可は、美濃の人。
【引用終了】

★みそ部屋というのは、むかしは家毎に味噌を自家製で作っていましたが、大家族であるのが普通で、1年間に必要な味噌も大量でした。で、味噌を作り貯蔵する部屋とか小屋とかがあったのを「味噌部屋」と呼びます。旧家などでは今でも「味噌部屋」の建物が残り、有形文化財に登録されているものが全国にたくさんあります。     
児玉家住宅味噌部屋・乾燥室(長野県の登録有形文化財)
楠森河北家住宅 味噌部屋(福岡県の登録有形文化財)
味噌だけでなく、沢庵など「漬けもの」も家毎に大量に製造貯蔵したのですが、大きな桶を沢山並べるのに場所が必要です。味噌は夏になると “湧く・わく” という現象が起こるので涼しい場所に貯蔵する必要があったのですが、その場所は大きな家では「土蔵」です。土蔵に味噌を貯蔵するならば、「味噌部屋」ではなく「味噌蔵」と言うのであります。

★さて、味噌部屋の建物か、ひょっとしたら味噌蔵の白壁の塀の外にミツバが旺盛に生育しております。葉は大きく茎は太く肥っております。おそらく、味噌の熟成が進んで良い香りがただよっているので、それでミツバが旺盛に生育しているのかもしれません。あるいは味噌の発酵による発酵熱が出て、味噌蔵の周辺が暖かいのかもしれません。そもそも土蔵というのは、冬が暖かく夏が涼しくと、温度変化が少ないように工夫した建造物です。で、味噌蔵のそばが冬に暖かかったのかもしれません。あるいは、味噌の製造にさいして、大豆や米とか大麦等の残滓のようなものが出て、それが捨てられて肥料になったのかもしれません。とにかく青々と良く生育したミツバなので、美味そうだ、お味噌汁に入れるといい香りがしそうだ。というふうなことを詠んでおります。

★このように近世の古典文学にも登場するミツバでありますが、別名をミツバゼリ(三つ葉芹)とも称されていたようで、身近な山菜(野菜)として日本料理に欠かせられないものです。しかし最近は自生品は急激に減少しているような気がいたします。セリ(芹)もそうですがミツバも天然の自生品はなかなかお目にかかれなくなりました。

自生のミツバ
↑諭鶴羽山の南斜面の灘地区では、むかしはミツバなどミカン畑の畔など至る所にあった雑草です。土壌に水分の多い谷筋の畑とか、やや日当たりの悪い半日蔭などに多く、太陽の良く当たる乾燥地にはあまりありませんでした。雑草の如くたくさんあったので、根から引き抜き籠一杯に採取して、酢味噌和えにしてよく食べました。しかし、現在ではミツバは捜すのに苦労するほど少なくなっています。

減少した最大の要因は、ミカン園の耕作放棄であろうかと推定しています。ミツバは、或る程度は人為が加わる環境、たとえば農耕地周辺の林縁で定期的に草刈りが行われる所など、に適応した植物のように思います。人為が加わらなくなると、急速に遷移が進行してミツバは居なくなるようです。

3個の小葉からなるので「三つ葉」
↑ミツバの名前の由来は、“三つの葉” であります。三出複葉であります。が、「三つ葉」の植物は沢山あるわけで、たとえばミツバアケビ・ミツバツツジ類・カタバミの仲間・タンキリマメ・ヤマハギ・ボタンヅル・シロバナノハンショウヅル・淡路島にはないがミツガシワなど、枚挙にいとまがありません。三つ葉の植物はマメ科などに特に多く、たくさんあります。単に三つ葉といえば「三出複葉」を表現しているだけなので、ミツバゼリ(三つ葉で芹の仲間の植物の意味)を標準和名に採用したほうが良かったのではないか?
諭鶴羽山系の山菜(その5) 万葉植物の「ワラビ」
●ヤマザクラの “早い個体の開花” がワラビ採り開始の合図です。ヤマザクラの多くの個体の半数ぐらいが満開になったならば、ワラビ採りの最盛期であります。ヤマザクラが散り終わるとワラビ採りのシーズン終了であります。ヤマザクラの花がワラビ採りの「指標 = ものさし」なのです。ただし、シーズンが終わってもワラビの長けた葉の間の地面からワラビの「?」マークのような若い芽は出ることは出ます。夏まで出てきます。しかし、時季外れのワラビは細くて香りも少なく二等品か三等品であります。ワラビは春の到来を讃える山菜ですから、それを初夏とか梅雨などに採集しても興ざめというものでありましょう。

●古人もワラビを春の到来を讃える山菜と賞美しました。あまりにも有名な万葉集の歌があります。これは集中(万葉集の中でという場合には、集中と表現する。)で最も美しい歌であるとされています。ただし、何を以って美しいとみなすのか、その基準がありませんが…。

石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも

ちょうど採り頃のワラビ

こちらは長けたワラビ

ワラビのあく抜きの方法について
●ワラビ山からワラビを採ってくる。写真のようなものがよろしいです。あまり若くて短いもの、?のマークのようなもので10㎝程度の短いものは、まだ堅いので20㎝ぐらいになるのを待ちましょう。また伸びすぎて葉が展開しかけたものも堅くてダメです。
ワラビの収穫

① ワラビの穂先は “もそもそとして” 食感が悪いのでむしりとります。そして容器に並べます。長短ごとに紐でくくっているのはバラけると扱いしにくくなるためです。
ワラビを調整して容器に敷き詰める
② 清浄な草木灰を振りかけます。(当たり前ですが、ゴミを燃やした汚れた灰などはダメ)
あく抜きのために灰を振りかける
③ 次に熱湯をかけます。ワラビが全部浸かるていどまで熱湯をかけます。もしワラビが浮きあがるようでしたら、落としぶたを置いて軽い重しを載せます。
ひたひたに熱湯を注ぐ
↑熱湯をかけてから、最低でも一晩、できれば1昼夜置きます。そうしますとアクが出てきて、溶液が濃い緑色(群青色)になってきます。初めてやった人は毒々しいと感じるかもしれませんが、大丈夫です。群青色になるのはしっかりとアクがでている証拠であります。このアク抜きで注意するのは沸騰した熱湯を使うことです。ぬるい湯ではダメです。

あく抜き用の灰の作り方
あく抜きに「灰」を使うなどと言っても、灰などそう店に売っているものではありません。昔は、風呂は五右衛門風呂でありまして、たきぎや割木で風呂を沸かしていました。そのころは灰は日常的に存在していました。風呂だけでなく「火鉢」とか「掘り炬燵」でも副産物として灰がありました。けれども、今は僻地であろうと草深い山村であろうと、「灰」などわざわざ製造しないと、ありません。
七輪で灰を作っておく
↑これは 七輪(しちりん) です。昔はこれでアジやサンマを焼いていたのですが、使われなくなって40年ほどになります。中未来の石油が減耗・枯渇した時代には、これが復活してくるでしょう。石油は枯渇しても石炭の枯渇は先ですから、くず石炭が原料の「練炭」が燃料として使われるでしょう。灰を製造するにはこの七輪で木切れとか落葉落枝を燃やして作ります。真っ白な綺麗な灰を作ります。

★灰には色々な用途があります。まず第一に灰はカリウムを沢山含んでいるため、上等な肥料であります。実のなる作物には効果は絶大で、むかしから灰は「実肥・みごえ」だといわれています。とくにカキ(柿)にはいいみたいです。また、ネギに灰をやると緑色が濃く、葉が折れにくいネギになります。
第二に、昔、石鹸がない時代の洗濯には灰が使われました。いわゆる「灰汁洗い・あくあらい」です。灰を溶かした水溶液の上澄み液で洗濯したのです。灰汁(あくと読む)は強いアルカリ性ですから、洗濯物の皮脂汚れを乳化します。石油が枯渇する100年後には灰で洗濯するというのが復活するであろうと、私は予想しています。
第三に、灰は食品の加工・下ごしらえに重宝します。あくの強い山菜などは灰であく抜きします。変った使用法では、スルメを柔らかくするのに灰が使えます。堅いスルメも灰の上澄み液に1昼夜漬けこんでおくと、見違えるように柔らかくなります。

ワラビ料理の一例
諭鶴羽山系の住民は昔からワラビを煮ものにして食べています。ワラビは「油」と相性のいい山菜であります。油を含んだ油揚げとはとても相性がいいのです。ダシは煮干しを使用します。料理の手順は、鍋に食用油を垂らして、まずワラビを油で炒めます。そして、適宜季節の材料(竹の子・ふき・シイタケなどの山菜や、油揚げ・ちくわ・天ぷら等の練り物)を投入し、だし汁を流し込んで煮ます。
田舎料理 「ワラビの炊き合せ」
↑これはわたくし山のキノコの作品ではありません。この作品を作った人はなぜか調理師免許を所有しています。わが淡路島南部ではワラビを煮物にするのが普通です。わたくし個人的な好みでは、あく抜きしたワラビを糠漬けとか塩漬けなどの「漬物」にして食べるのが好きです。なかば生でシャキッという歯ごたえがいいのです。



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