雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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果たして、オオアブラギリ は有望なのだろうか?
●諭鶴羽山系のあちこちでオオアブラギリが逸出して、どんどん野生化が進んでいます。晩春にけっこう綺麗な花が咲くのですが、秋に大きな果実が成り、その種子から油を採取することで有名な木です。本種は中国南部~台湾~ベトナム~カンボジアあたりに分布する暖帯南部から亜熱帯の植物らしいです。西南日本では栽培可能で、1902年に中国から和歌山県旧岩倉村に導入されたのが始めで、種子から油を採るために栽培されました。このオオアブラギリから採る油は、空気に触れるとじきに酸化して固まる乾性油で、和紙にしみこませて油紙を作り、和傘や提灯に需要があったらしいです。

●和傘が洋傘に変わり、提灯が懐中電灯に変わって需要が減少、忘れ去られていった樹木でありますが、しかしながら、バイオ・ディーゼル燃料になるのではないか? と最近、脚光を浴びつつありますが果たしてどうか?? 何べんも馬鹿の一つ覚えみたいに言うんですけれども、エネルギーは質が大事!です。そのエネルギーの評価は、EPR(Energy Profit Ratio)で! ということに尽きると思います。エネルギーを得るためにはエネルギーが必要です。たとえばナタネを栽培してバイオ燃料を作るにしても、トラクターや収穫機や工場を稼働させるのに油(石油)が必要です。出力エネルギーを入力エネルギーで割った収支比率がEPRなんですけれども、EPRが1以下じゃあ全くダメ。2や3でもあまり有望なハナシじゃありません。せめて5以上、あるいは10以上だったら意味のある事業として拡大再生産できるでしょうが…。

●早くも、有望だなどと信じこんで大量に苗木を育成して、栽培に取り組んでいる向きもあるようですが、早とちりは非常に危険であります。本当に有望なのか否か、まだまだ試験栽培し研究途上の段階でありますす。研究者たちは研究費を獲得するために、海のものとも山のものとも分からなくても、とりあえず、有望だと吹聴します。考えたら当たり前のことですが、有望と思われるからしっかりと研究する必要があると訴えないと、研究費が得られないハズです。地震予知が典型例です。地震研究者たちが地震予知の必要性とその実現可能性を訴えて、何千億円もの税金が流し込まれましたが、とっくに白旗を挙げていますよ。地震予知が不可能となったから、次に、緊急地震速報などというアホウなものが持ち出されました。しかしそれも失敗。東北地方太平洋沖地震で緊急地震速報というアホウなものが、役に立ったでしょうか???

タチの悪いマスゴミどもの煽り報道を真に受けて、物事をたんなる直感やイメージでとらえていたら、ひどい目に遭いますよ…。(手を出した事業が失敗して損をするという意味です)とらぬタヌキの皮算用は禁物。ここは冷静に自分でも収支計算です。皆さま、損をしないよう、させられないように、気を付けましょう!

オオアブラギリの果実
オオアブラギリの果実
↑枝の先に2~3個から多い場合は10個ぐらい成ります。樹高2mの若木でも沢山成っていますし、大木になると樹高10数mに達するのですが、果実がたくさん鈴なりです。

オオアブラギリの果実
↑17個の果実を採取して、ザルに盛ってみました。果実の大きさを測定すると、果実の径は4.4-5.8cmの範囲にあります。平均値は5.06cmです。果実の重さは40-86gの範囲にあります。平均値は61.8gであります。果実の形状はほぼ球形でありますが、果実の先端が尖っています。また果実の果柄側も尖っています。色は10月28日の段階で、緑色をベースにしていて、たぶん陽光の当たる側が赤っぽい色であります。ちょうど色づき始めたリンゴみたいな感じであります。

●まだ果実が熟していませんが、熟すと裂開して大きな種子があり、この種子から油を採ります。しかしながら、未熟な若い果実でも、横に切ると油がにじみ出てきます。手で触ると相当ねばねばした粘度の高そうな油でありますし、切り口から染み出した油も1日たったら固くなっています。じきに固くなる乾性油でありましょう。燃えやすいかどうか調べる為に、マッチで火をつけてみましたが着火しませんでした。おそらく引火点・発火点ともに高く、ガソリンや灯油みたいにそう簡単には燃えません。

バイオディーゼル燃料(BDF)製造に関する技術評価

●この電力中央研究所の研究報告概要をみると、オオアブラギリ(シナアブラギリ)由来の桐油の性状についての技術評価をしていますが、あまり有望そうにはみえませんね。なんせ桐油はネバ過ぎるし、じきに固まるし、輸送用機器の流体燃料に利用するには道遠し…、という気がいたします。成長が早くけっこう大木になる樹木みたいですから、いっそ薪(たきぎ、まき)にして薪ストーブで、くべるのが良いかも?? あるいは、乾燥させた果実を焚くのがいいかもしれません。種子の44%という油の高い含有率から、良く燃えるハズです。
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短時間大雨観測データから考える
本日は、2012年9月2日(日曜日)であります。

【夏の乾燥】わが淡路島南部は瀬戸内海式気候の支配下にあるため、夏は基本的には少雨であり乾燥が著しいです。で、全国有数の溜め池分布地帯でありますし、植生を見ても『淡路島の植物誌』によれば、大陸乾燥地 → 九州北部 → 瀬戸内海 → 淡路島というふうに、瀬戸内海を回廊として分布を東進させてきた乾燥に適応した植物が、たとえばキビヒトリシズカとかクルマバアカネとか色々と知られています。ありふれたカシ類を見ても、乾燥にめっぽう強い硬葉樹のウバメガシが優占種として君臨していることが多いです。今年の夏は淡路島南部では雨らしい雨がなく、畑のサトイモが息も絶え絶えで枯れかかっております。山裾のダムの池も水位がだいぶん下がってしまいました。
少雨で水位が下がったダム
↑南あわじ市北阿万と賀集の境にある大日ダムです。まだ危機的な状況ではありませんが、農業用水を供給するダムの池の水位が低下しました。水底の茶色い土がじりじりと拡大しています。


【干天に慈雨あり】諭鶴羽山系あたりで昨日未明に1時間ほど土砂降りがありました。降水強度は40~50㎜/hぐらいであったかと思われます。もし数時間続けば水害が発生するレベルの降雨強度でしたが、1時間で終わったので良いお湿りでありました。
気象レーダーによる降水強度分布観測

【寒気が南から来るのが面白い…】 淡路島南部でも激しい雨があったのは、上空に寒気が侵入したことが大きな要因の1つであると解説されています。常識的には寒気は北とか北西方向から南下してくるものですが、夏は必ずしもそうではないのが面白いところです。対流性の激しい雨の大きな要因の1つに上空の寒気が指摘されていますが、高層天気図を見ると、なんと寒気が南東方向から近畿地方にやってきました。伊豆七島から小笠原諸島付近にある上空の寒気を伴う低気圧は、500ヘクトパスカル高度で-9℃であります。これが南東から北西方向にと北上しています。
2012年9月1日 9時 500hPa高層天気図(抜粋)
↑気象庁のホームページの船舶向け天気図提供ページから500hPa高度・気温分布図(9月1日09時の図)の一部を抜粋しました。伊豆諸島南部あたりに上空の低気圧があり、-9度です。遥か北の輪島で-4.7度、秋田で-4.5度と、日本列島付近の上空500hPa高度では、なんと南の方が低温になっています。
しかし、遥か北のシベリアの奥地上空は-27度と盆明けから急激に気温が下がってきました。日本列島は残暑たけなわですが、高層天気図では着実に冬に向かっています…。


【諭鶴羽山系で50ミリ前後の降雨】昨日9月1日未明の激しい雨は、諭鶴羽山系を中心とする降雨でありました。淡路島には気象庁観測所が3か所、国土交通省 テレメータ雨量観測所が現在20か所あります。1日未明の雨量が50ミリを超えたところは4か所です。
洲本特別地域気象観測所が71ミリ、沼島が58ミリ、相川が54ミリ、灘土生が51ミリ、です。同じ淡路島南部でもアメダス南淡でわずか4ミリ、福良で降水ゼロでした。温暖前線の前面で降るような広い範囲で一様に降る層状性降雨と異なり、昨日未明のような対流性降雨(降水型を参照)は時間的・空間的にバラつきが極端であります。
国土交通省 テレメータ雨量観測
↑わが出身地の隣の集落の灘土生で51ミリの降雨でしたが、わずか1時間ちょっとの間に降っています。この国土交通省の観測記録から、重大なことが指摘できます。それを指摘するには、気象研究者でもないわたくし山のキノコは全く適任ではないし、言わない方が無難なわけですが、これを指摘する人がほとんどいないので敢えて言いましょう。

“1時間降水量”は統計の取り方次第で大きく変わる!”
灘土生の観測データで考えればよくわかります。これは10分ごとにいくら雨量があったかを示している統計であります。

もし、毎正時に、その時刻までの1時間に降った降水を集計するならば、2個の数字ができます。
9月1日04時の1時間降水量………18ミリ(4+6+8)
9月1日05時の1時間降水量………33ミリ(13+9+7+3+1)

毎正時で集計するのではなく、10分ごとに集計される降水の1時間分(連続する6個の数字の合計)が最大になるように統計を取るならば、数字が大きくなります。
9月1日の最大1時間降水量………47ミリ(4+6+8+13+9+7)

【観測史上最大という枕詞はクセモノ】 ところで、マスゴミは “観測史上最大の” という表現を好んで使います。もちろん気象庁等がそう言うからそう書く面はありましょうが、実際は気象庁がいうことを “10倍ぐらいに増幅して” マスゴミは煽っているように見えます。この観測史上最大のという枕詞は本当にクセモノであります。函館海洋気象台の前身の「函館気候測量所」が1872年に日本で初めて気象観測を始めて140年です。その間に、観測器具・観測方法・観測統計の取り方、が大きく変遷しています。あまりにも変わっています。昔の気象観測統計の数字と近年のそれとを同列に扱うのはヘンです。

雨量計にしても、人がいちいち貯水瓶に溜まった雨水を雨量マスで測っていた貯水型指示雨量計から、バネ式時計仕掛けのロール記録用紙を付加して自動記録する貯水型自記雨量計と変遷し、さらには、転倒マスの転倒回数を電子技術でカウントする転倒ます型雨量計に変わっています。それぞれに長所も弱点も兼ね備え、原始的であっても正確な初期の雨量計では、いちいち1時間降水量なんて測れないし、無理に測ろうとすれば大変な手間がかります。記録用紙式では横軸の時間が正確じゃないと専門家が指摘していますし、記録されたグラフから1時間雨量を読みとるのでは人によって数値が変わりそう…。最新の電子式ではそもそも0.5ミリ未満の降雨はキャッチできないし、これ本当に精確なのかよ? という疑問が湧いてきます。0.5ミリの降水があると1転倒するといっても、口径20㎝で受ける0.5ミリぶんの雨水の量は円周率を3.14159で計算すると、15.70795立方センチの筈です。たとえば15.9で転倒するとかの僅かの誤差があったならば大雨では何百回も転倒するのだから意外に大きな誤差になりはしないか? 1転倒してマスの水が排出されたとしてもマスに水滴が付着して残りはしないか? ま、つい、いろいろと想像してしまいます。

バケツになみなみと張った水が何リットルあるのか? いっぺんに測ればいいのに、小さな勺で何百回も汲み出して “勺の容量 × 汲み出す回数” で測るのとではどちらが精確なのか? は言うまでもないでしょう。小刻みにちょこまかと測れば誤差が大きいというのはあり得ます。たとえば、観測史上150年で最大の数字だ、といっても150年間にわたって同じ観測機器で同じ観測方法で、150年間全く同じ場所で、周辺環境も全く変化が無く、全くおなじ統計方法でデータ解析しなきゃあ、そう簡単に観測史上最高値だなどと気易くいえない筈です。早い話が雨量計の近くに木があってそれが生長したら雨量がへります。(横殴りの雨をその木が遮るためです)逆に木が伐採されたら雨量は増えるのです。

【観測網の高密度化が観測史上更新値の頻出する大きな背景では?】…と以上の叙述ということもあるのですが、最大の問題点は昔の統計数字と現在のそれとでは母集団が全くことなります。昔は1時間雨量なんて測れないか、測れたとしても数えるほどの気象官署だけだったハズです。かつての区内観測所の多くでは1日1回の日降水量しか測っていません。それが現在では850箇所のアメダスに加えて、その数倍の建設省の観測所があります。しかも今では1分ごとに観測データが集積され、ランキングなどがほとんど瞬時に自動計算されています。観測網の密度が昔と全くちがうから、昔では網から漏れていたところの降雨強度の高いものが網に引っ掛かっている面が大きいと思います。これも地球温暖化のプロパガンダがただちには信用できない大きな理由の1つなのであります。
たとえるならば、1学年70人の生徒しかいない小規模校で190センチ超の長身の生徒がいる可能性と、1学年700人の10倍の生徒がいるマンモス校で190センチ超の長身の生徒がいる可能性とでは、どちらが可能性が高いのか? 母集団が大きいほど、平均値から大きく偏差した極端な数値が出現するのは申すまでもありません。統計学の難しい数式など持ちだすまでもなく自明のことでありましょう…。


【朝の諭鶴羽山】 未明の激しい雨ののち、夜が明けると青空が見えていました。いくら50~70ミリ降ったといっても、対流性の降雨であり、驟雨(しゅうう)であります。平たく言えば夕立です。発達した積乱雲の下では土砂降りでも、数キロ離れれば晴れていますし、普通は1時間も待てば雨は上がります。写真は諭鶴羽山の北側から眺めたものですが、山頂は雲霞に隠れています。
雲霞に隠れる諭鶴羽山(2012.9.1午前6時)
「猛暑考」 猛暑というのは本当に「コメ作り」に大敵なのだろうか?? (その3)
【参考資料2点】
【農林水産省統計部作成】水稲作況指数の推移・水稲10アール当たり収量の推移・水稲10アール当たり平年収量の推移 からデータを取得抜粋し、次の表を作成しました。
コメの作況指数の推移

【気象庁資料】日本の夏(6~8月)の平均気温の偏差の経年変化( 1898~2011年)
日本の夏(6月~8月)の平均気温の平年値からの偏差
↑この図版は前回記事の再掲でありますが、日本の夏すなわち6月から8月までの夏の気温が高いか低いかの推移をグラフ化したものです。ジグザグの青線は5年移動平均であると思われます。右肩上がりの赤色の一直線は、温暖化を印象付ける為に作為的に引いた心理誘導線でありましょう…。

【余談のぼやき】
●このグラフの元になった気温統計データを提供した17気象観測所の所在位置を前回に調べましたが、まったく驚愕することには、全て中・小都市の市街地の中に立地しています。想像するに、気象庁は、いくらなんでも東京や大阪や名古屋の観測所を採用したのならば、それは地球温暖化ではなくて「都市温暖化じゃねえのか」と批判されるのは必定、それがために人口50万人以上の都市の観測所は除外して、ギリギリ誤魔化せる範囲内の観測所を選定したのであろうかと考えられます。できるだけヒートアイランド現象が進んでいる都市部の観測所を選びたいのだが、あまり大都市の観測所を選ぶと「意図」がバレてしまう、けれども、小都市の観測所ならば「都市化の影響が少ない」と言えば誤魔化せると考えたのでしょう

しかしながら、頭隠して尻隠さずで、気象庁の中に事務局がある日本気象学会の機関誌『天気』には、片田舎の小都市や、市制が敷けない町や村にまですさまじいヒートアイランド現象が発生していることを調べた論文や報文が沢山掲載されているのは、先に申した通りです。『天気』に投稿される論文を査読する政府系研究機関の御用気象学者は、小都市のヒートアイランドを調べた論文を掲載拒否にすべきでありました。頭隠して尻隠さずとは、そういう意味であります。で、まずこの図版はそもそも “政治的圧力のくびきから全く自由ではない” ものだと認識する必要があります。繰り返して申すと、人口数万人あるいは1万人以下の市街地でも都市温暖化が発生していることを示すレポートは山ほどあるのです。そして17観測所について都市化の影響が少ないなどと言って都市温暖化の影響を補正していない以上、実態以上に右肩上がりのグラフになっていることは容易に想像できます。ようするに、都市温暖化の影響を取り除いたバックグラウンドの温暖化を表しているグラフではないということであります。

●ところで、わたくしは地球温暖化は実際に起こっていると考えています。なにも否定しているのでは全くありません。それは日本だけでなく海外もふくめて各観測所の気温観測データを丹念にみれば明らかです。ただし、その気温上昇は寒い季節・寒い地方の気温上昇が主で、暑い季節や暑い地方では気温上昇はごく僅かです。宇和島測候所で1927年に40.2度や、山形地方気象台で1933年に40.8度の古い高温記録に対し、最近の熊谷測候所で2007年に40.9度や、甲府地方気象台で2004年に40.4度など、“暑さの極値” はほとんど上がっていません。それどころか区内観測所の撫養(徳島県鳴門市)で1923年の国内最高気温記録の42.5度が、アメダスの850地点の30年余りの観測をもってしても、まだ破られていません。各地の都市部でヒートアイランド現象が顕著であるにもかかわらず、ヒートアイランド現象が少なかった時代の高温記録がまだ破られないのは、ある意味では驚くべきことです。

各地の観測データを子細にみれば、夏の暑さの極値は言うほど上昇していないのですが、逆に寒い季節の低温極値の上昇が目立ちます。とくに北に行くほど、東北地方とか北海道での上昇がすさまじいです。それと大都会の冬の気温上昇、夏でも朝の日最低気温の上昇がめだっていますがこれは都市気候の影響でありましょう。観測データを細かく見れば、地球温暖化というのは低緯度と高緯度との温度差の縮小、かつ、冬と夏の気温年較差の縮小が起こっているのであって、御用学者やマスゴミが騒ぎ立てるような内容とは実態はずいぶんと異なるようです。年較差の縮小は淡路島洲本測候所の観測データを見ても起こっています。

で、地球温暖化が発生していることは全く否定しないのですが、それもそろそろ終息したかなあという感じであります。問題は、気象庁(背後の政府)が政治的に過大に問題化し、マスゴミが誇張して煽っていて、さらに温暖化利権と言ってさしつかえないような温暖化関連ビジネス権益構造が出来上がってしまっている、ということが問題であろうかと思います。われわれ国民は余計な物を買わされ、余計な税金をかすめ盗られているのです。温暖化の脅迫で人々を不安に陥れ、金品を奪い取るサギなのです。政治的なプロパガンダとは裏腹に、本当は地球温暖化にはメリットが沢山あります。デメリットよりもメリットの方がむしろ多く危機でも何でもないのに、危機であるとしなければ温暖化対策ビジネスでお金儲けができないから、実態以上に温暖化を強調し危機であると煽って、大変だあぁぁ!と温暖化関係者が叫んでいるのです。

余談が縷々長くなりましたが、上掲の図版を利用するにあたり、これは政治的プロパガンダ図版であるという認識を持っていたほうがよろしそうかと……


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【さて、肝心の本論】
夏期平均気温の平年値からの偏差と、コメの作況指数との関係
↑この拙いグラフは自作自演ですが、1979年から2010年の32年間の経年変化です。米の作況指数の推移と、夏の気温推移とを重ねたものであります。

【グラフの説明】
★青線は、水稲の全国作況指数の推移ですが、32年間の最高値は1994年の109であります。1994年は西日本を中心にして記録的な猛暑であったことは(その1)で叙述した通りです。期間で最低値は1993年の74ですが、この1993年は梅雨明けがハッキリせず盛夏になっても雨天や曇天が多くて、北日本を中心にして冷夏となりました。左軸の70から120の数字が作況指数です。

★赤線は、日本の夏期(6月~8月)の気温推移を表していますが、平均値からの偏差(乖離)で表されています。縦軸に気温の目盛りがありませんが、100の所が平均値(プラスマイナスゼロ)です。105の所が+0.5度、95の所が-0.5度であります。期間の最高値は2010年の+1.46度、最低値は1993年の-1.57度であります。気温の上下に追随して作況指数が影響を受けるのか、その相関関係を見るために、気温変化と作況指数変化のそれぞれの振幅がほぼ同じ程度になるようにしてグラフを作成してあります。

★気温の上下と作況指数の上下が良く一致しております。特に注目するところは、1993年と1994年とです。完璧に一致しております。1993年は夏が無かったといわれるほど記録的な涼しい夏でしたが、作況指数は74と記録的な低さで米騒動がおこりタイなど東南アジアからコメの緊急輸入が行われたのは、まだまだ記憶に残るところです。

翌年の1994年は一転して記録的な猛暑の年で、アメダス天竜(静岡県)で40.6度、アメダスかつらぎ(和歌山県)でも同40.6度が観測されました。猛烈な暑さに見舞われた中部地方~九州北部で、県ごとの作況指数は軒並み110~115を記録、全国の作況指数も109と記録的な大豊作でした。“温暖化の高温障害で稲作が打撃を受ける” などとする温暖化脅威論とは、全く逆の現象があったことを決して忘れてはならないと思います。

★なお、子細にみると気温と作況指数が必ずしも一致していない部分が、もちろんありますが、それはコメの出来栄えが気温というただ一点だけに依存しているのではなく、日照の多寡、旱魃や水害の有無、出穂期の台風を免れるかどうか、病虫害の発生、その土地の気候と栽培品種とがベストマッチしているかどうか、など色々な要素が複雑に絡んでいるためだと思います。例えば2010年は夏の気温は+1.49度と高かったのですが、田植え後の4月・5月・6月が低温で日照も悪くイネの苗の生長が非常に遅れ、7月・8月の高温でも生育の遅れを取り戻せなかったことが、作況指数が98と低迷した最大要因であったかと思います。でありますが、気温高は作況指数上昇に、低温は作況指数低下につながる最大の要素であることは疑いようがありません。

「猛暑考」 猛暑というのは本当に「コメ作り」に大敵なのだろうか?? (その2)
本日は2012年8月4日であります。
本エントリーはややマニアックな記事ですので、読まないほうが宜しい。(うんざりすると思うので)

●3回にわたって書く、<「猛暑考」猛暑というのは本当に「コメ作り」に大敵なのだろうか??> というエントリーではどうしても次に掲げる気象庁の図版が必要なのですが、しかしこれは国民を洗脳するタチの悪い図版でもあります。で、すこし寄り道をしてこの図版を批評してみます。

日本の夏(6月~8月)の平均気温の平年値からの偏差

●上に掲げた図版は、気象庁ホームページ で、ホーム > 気象統計情報 > 地球環境・気候 > 地球温暖化 > 気温・降水量の長期変化傾向 > 日本の季節平均気温、の順に閲覧したものです。その平均気温の偏差の計算方法ですが、“都市化による影響が少ない” 観測所17地点を選んで計算していると、気象庁は強弁していますが大いに疑問のあるところです。

【日本の平均気温算出に使われる17観測所】
観測所名、その観測所の所在市町の人口、市町役場からの距離を調べました。人口について、10万人超を赤で彩色しました。

① 網走地方気象台  38984人  市役所から576m
② 根室旧測候所   29141人  市役所から242m
③ 寿都旧測候所   3358人   町役場から691m
④ 山形地方気象台  254268人  市役所から553m
⑤ 石巻旧測候所   149247人  市役所から793m
⑥ 伏木旧測候所   15722人  高岡市市役所から5140m
   (ただし、伏木旧測候所は、射水市市役所から2430m)
⑦ 長野地方気象台  380581人  市役所から1570m
⑧ 水戸地方気象台  269244人  市役所から1780m
⑨ 飯田旧測候所   104575人  市役所から982m
⑩ 銚子地方気象台  67963人  市役所から2920m
⑪ 境旧旧測候所   35027人  市役所から648m
⑫ 浜田旧測候所   60849人  市役所から881m
⑬ 彦根地方気象台  112668人  市役所から1510m
⑭ 宮崎地方気象台  402143人  市役所から3620m
⑮ 多度津旧測候所  23263人  町役場から421m
⑯ 名瀬旧測候所   41063人  市役所から348m
⑰ 石垣島地方気象台 46395人  市役所から1000m

★観測所所在地の市や町の人口は、Wikipediaの記載に依ります。
★市役所は大抵の場合、市の中心部あるいは繁華街にありますから、市役所からの距離でその観測所の立地条件を推定できます。各観測所の住所からGoogle地図上の位置を特定し、地図上で市役所との概算距離を求めました。
★旧測候所は特別地域気象観測所という名称に変わっています。

これら17気象観測所が、気候変動監視所としての立地条件がふさわしいものだろうか?? と驚きであります。
良好な観測所じゃないだろうかと勝手に想像していた名瀬旧測候所でさえ、市街地のど真ん中にあります

Google地図より、奄美大島奄美市 市街地にある名瀬旧測候所
↑ちょっと分かりにくいのですが、赤い吹き出しのマークの所に、名瀬旧測候所(現名瀬特別地域気象観測所)があります。なんと市街地の真っただ中にあるではないか!! 驚きです。17観測所の全ての所在地をGoogle地図や国土地理院地形図で確認したところ、全て市街地にあります。たとえ人口が3万人の田舎町であったとしても、田舎町なりの市街地・中心部に観測所があります。これを以って100年間という長期間の気候変動のデータに使うというのは正気の沙汰ではありません…。

気象庁は「都市化による影響が少なく、特定の地域に偏らないように選定された以下の17地点」などと言っています。“都市化による影響が少ない” といってもそれは東京や大阪や福岡など巨大都市の都市膨張の影響よりも少ないというだけのハナシであります。都市化による気温上昇は大都市・中都市だけでなく人口1万人にも満たない田舎の村でも起こっているのです。気象庁内に事務局がある日本気象学会の機関誌『天気』には、田舎の町にまで起こっているヒートアイランドに関する論文やレポートが沢山載っているではありませんか。たとえば次の論文など…。オープンアクセスをクリックすると閲覧できます。
長野県白馬村におけるヒートアイランドの日変化・季節変化

では、その17観測所の観測データがが都市化の影響を含んでいて、長期の気候変動を監視するデータとしてふさわしくないと主張するのであれば、対案の17観測所を示せという批判の声が聞こえてきますが、これが悩ましいところです。室戸測候所なんかは都市化と無縁の良い観測所ですが、1920年からの観測データしかありません。100年に満たないので採用できません。岬の先端だとか、山の中、島嶼とか都市化と余り関係ない観測所は開設して100年に満たない物が多いのでどうしようもありません…。明治時代から観測しているような古い観測所は都市ばかり…、じゃあその都市化による昇温分を補正すればいいんじゃないかといっても、その補正が適切なものかどうか?? おおいに疑問のあるところです。

●さて、気象庁は所詮政府の下位組織であり政治的に自由ではなく、国土交通省・経済産業省・環境省と連携して政府の方針に沿って、地球温暖化の進行を印象づける図版の広報・流布に手を染めざるを得ないというのは、彼ら専門家集団としての矜持が傷つき内心忸怩たるものがあろうかと想像しております。クライメートゲート事件もあったことだし、地球温暖化を仕掛けた原発業界も風あたりが強くなっているので、そろそろ気象研究者たちも、政治の下に隷属するのではなく、あくまでも真実の求道者としての矜持を示したらいかがであろうか??

(拙稿は続く)

「猛暑考」 猛暑というのは本当に「コメ作り」に大敵なのだろうか?? (その1)
本日は2012年8月3日であります。
本エントリーはややマニアックな記事ですので、読まないほうが宜しいです。(たぶん、うんざりすると思うので)

特別地域気象観測所 洲本の、2012年6月1日~8月2日の63日間の気温変化 観測は気象庁、作図は山のキノコ。
特別地域気象観測所「洲本」の気温変化 2012年6月1日~8月2日

●横軸に月日が入っていないので分かりにくいです。7月15日以降は最高気温・最低気温ともに平年値よりも上にジャンプしてしまいました。冬からずうーっと気温が平年値よりも低めに推移してきましたが、ここにきて一変、猛暑となってまいりました。以前に、冷夏だあぁぁ! などと申したわけですが、懺悔反省をしまして、ではマスゴミが騒ぐほどの大変な猛暑であるかどうか考察をしたいと存じます。

●マスゴミたちの大きな特徴の一つに、とにかく騒ぎ立てるということがあります。世の中が平穏無事で、一日なんの事件も争いも波乱もなく、べた凪のように穏やかな日であれば、マスゴミは困るわけです。テレビのニュースで「今日は何の事件もなくこれと言って取り上げるニュースはありません」などと言うわけにはいきません。新聞も翌日の朝刊で、前日にこれといって書くべきことがなかったからと、白紙の新聞を出すわけにはいかないでしょう。というふうな前提で考えれば、世の中に大きな事件や事故や波乱が沢山あればあるほど、マスゴミ達は仕事のネタがあるのです。彼らは、世の中が平穏無事でありますようにと、願っているのではないのです。

で、必然的に、マスゴミ達の報道姿勢には、出来るだけ針小棒大に報道しよう、何でもない事象を問題のある事象に仕立て上げ、小さなことは大きく拡大し、大きなことは特大に煽りまくるという性癖があります。その事象をできるだけ客観的に原寸大に報道するのではないのです。この針小棒大主義がマスゴミ達の本質です。したがってマスゴミの報道することは何割かは割り引いて受け止める必要があります。

●さて、猛暑で熱中症で人が死んだとマスゴミが煽るわけですが、気象データファンのわたくしの眼には、この程度の猛暑はごく普通で大したことがありません。そうガタガタ騒ぐほどではないのです。記憶に鮮明に残る猛烈な暑い夏は、1994年の夏でした。いまから18年まえです。それを裏付ける表を作成しました。


    **************************

1994年の夏の記録的な猛暑

★1994年の夏は、中部地方 ~ 近畿 ~ 四国地方 ~ 中国地方 ~ 九州北部 ですさまじい猛暑に見舞われました。

★下記の表は、各都道府県ごとに基本的には1つづづある地方気象台等の最高気温のレコードであります。

★ただし、京都府には「京都地方気象台」「舞鶴海洋気象台」の2つの気象台があります。北海道には、「札幌管区気象台」「函館海洋気象台」「室蘭地方気象台」「旭川地方気象台」「釧路地方気象台」「網走地方気象台」「稚内地方気象台」の7つもの気象台があります。沖縄県には「沖縄気象台」「宮古島地方気象台」「石垣島地方気象台」「南大東島地方気象台」の4つの気象台があります。下の表では青色で示した気象台を選びました。

【凡例】
(A)気象台名ですが、管区気象台、海洋気象台、地方気象台の接尾文
   字は省略した。
(B)その気象台での、観測史上の最高気温極値です。
(C)その気象台で観測史上、観測された日最高気温の上位10傑に、
   1994年のものが何個入っているかの数字です。
(D)その気象台のある都道府県での、1994年産米の作況指数です。
各地の気象台で観測された最高気温の極値
↑気象庁および農水省の資料から、山のキノコが作表した。

●自作自演のこの表は、各地の気象台で観測された最高気温のレコードが、いつの年に出たものであるのか? そして、その全国的な分布を調べる為に作ったものであります。出現頻度の多い年から列挙すると次のようになります。1994年が21回の出現であり、突出しています。

1994年 ……… 21回
1942年 ……… 4回
2007年 ……… 3回
2004年・2001年・1997年 ……… 各2回づつ

2008年・1995年・1978年・1966年・1965年・1964年・1962年・1960年・1933年・1924年・1922年・1909年・1902年 ……… 各1回づつ

★この表からいろいろなことが読みとれますが、まず1994年の夏の猛暑の凄まじさです。日本列島の南の半分では多くの気象官署で1994年に最高気温のレコードを出しています。しかも各気象台毎の日最高気温10傑に、1994年のものが何個も食い込んでいる所が多いです。

★東日本・北日本でも最高気温の上位10傑に、1994年の観測値がけっこう散見されます。また東日本・北日本では最高気温レコードが特定の年に集中していないです。

★気象台は大都市および県庁所在の中都市にあるのがほとんどです。都市の経年的な膨張によるヒートアイランド現象進行の影響が顕著と考えられるにもかかわらず、数十年前の古い記録が意外にしぶとく残っています。特に、金沢の38.5度は1902年、新潟の39.1度は1909年など、100年以上前のレコードがいまだに君臨しているのには驚かされます。

★最高気温レコードが低く抑えられている特異な気象台が2つあります。千葉県の銚子地方気象台では35.3度、沖縄気象台では35.6度ですが、海風が吹き込む沿海地と、海洋の中の島嶼にあるので、比熱が大きく夏でも極端な高海水温にならない海洋の影響であろうかと思われます。逆に申せば内陸部の盆地などでは高温に見舞われる。

★そして、何よりも注目すべき点は、空前絶後のきびしい猛暑に見舞われた1994年の西日本で、コメの素晴らしい作況指数です。軒並み110を超える見事な作況指数でした。最高気温の記録ラッシュだった猛暑の1994年は希に見るコメの大豊作だったのです。

気象観測データと農林統計とを重ね合わせて普通に考えると、“温暖化すると高温障害でコメが作りにくくなる” などという御用研究者どもの主張は、地球温暖化利権推進の政治力学に歪められたところの、タメにする虚妄説であることがハッキリ分かります…。
   (拙稿は続く)

消費税の問題点とされる “輸出戻し税” について考える(5)消費税の増税は、逆に税収を減らす…。
【前稿からの続き】

 日本経団連 が消費税の増税を強硬に執拗に主張する理由は、輸出戻し税の還付を受ける大企業が、消費税の税率を上げると還付金が沢山戻ってくるから得をするからだ、とまことしやかに言われます。果たしてそうなのだろうか?

日本経団連HPトップ>政策提言/調査報告>税、会計、経済法制、金融(制度)>『平成24年度税制改正に関する提言』
日本経団連は明確に消費税の増税を提言しています。日本経団連は政治的に強い影響力があるので、国家の政策にこの提言が反映していることは想像に難くありません。
【引用開始】改革の第一段階として、税率を2015年度までに10%まで、段階的に引き上げるべきである。必要額や税率変更に伴う事業者のコスト等を勘案すれば、1回の引き上げ幅は1%ずつでなく、少なくとも2〜3%とすべきである。その際、社会保障制度を国とともに担う地方に対し、安定的な財源を手当てする必要がある。その後も、社会保障の持続可能性を高めるためには、改革の第2段階として、2020年代半ばまでに10%台後半に引き上げることは避けられない。【引用終了】

日本経団連の主な提言
★膨張する社会保障給付金を賄うのは消費税しかない。個人消費がGDPの6割を占めるから、消費こそが担税力をもっている。消費税を社会保障給付費に充てる方針を明確にして、消費税率を早く上げよ! → 政府・財務省と同じことを言っている。財務省が日本経団連に言わせているのか? 日本経団連が財務省に言わせているのか? 多分、双方の思惑が一致している。官界と財界との癒着。

★法人税については、日本企業は、様々な要因により海外に移転せざるを得ない状況である。このままでは日本経済は衰退するのは必至だ。企業の税引後利益の増大をはかれば、海外移転は避けられ日本経済はデフレから脱却もできる。速やかに法人税を5%下げよ!国税の法人税率だけでなく地方法人所得課税も下げよ! → 海外へ出るぞ出るぞと露骨な脅迫。

★個人所得課税については、個人所得課税の最高税率を引き上げるのは止めよ! 経済活力に悪影響を及ぼす可能性がある。金融所得課税についても、金持ちが金融資産運用したり、企業が金融市場から資金調達がしやすいように、いろいろと工夫をせよ。 → 高所得者・資産家の露骨な擁護。

★相続税についても、過重な負担は経済の活力を失ってしまう。 → 上場企業のオーナー擁護。

★自動車やガソリンの税金は二重取りがあるが、それは止めた方がいい。 → 一見すると消費者擁護に見えるが違う。自動車市場が冷え込まないようにとの自動車業界擁護だ。

★社会保障・税共通の番号制度を早期に導入すべきである。 → 国民の所得や資産をシッカリと把握して徴税システムを盤石なものとする。経済界が財務省の手先をするのは、経済界を優遇してもらうため。

日本経団連が消費税の増税を強硬に提言するのは輸出戻し税を増やしてもらいたいなどという、チマチマとした理由ではありません。そもそも輸出戻し税で還付してもらってもプラスマイナス中立であるし、かりに得をするのだと仮定しても、その額が少なすぎます。高々数千億円か、1、2兆円だ。それよりももっと大きな10兆円、20兆円を狙おう、と財界のトップたちは考えるハズです。

日本の輸出依存度は低い…
それに、日本経団連に所属する大企業は輸出業界ばかりではありません。そもそも日本経済は輸出依存国ではありません。対GDPに占める輸出の比率は小さいのです。 日本貿易会月報 2007年 7・8月合併号 の72ページに掲載されている 『日本の輸出依存度は低すぎる』 という論文のなかの図表を引用させていただきます。
輸出依存度の国際比較
これを見ても分かるように、日本は国民が思っているほど輸出依存ではありません。いざとなれば鎖国をして自給自足でやっていける米国ほどではありませんが、世界の中では輸出依存度は低いほうです。日本は基本的には内需国であるので、日本経団連所属の大企業といっても内需会社や輸入会社が多く、そうそう輸出会社が牛耳きれるものではない、と考えるべきであります。

輸出会社ばかりではない
●日本経団連には会長1名、17人の副会長がいますが、それぞれの所属会社を列挙します。
住友化学・全日本空輸・三井不動産・トヨタ自動車・東芝・新日本製鐵・日立製作所・小松製作所・日本電信電話・三菱商事・三菱東京UFJ銀行・丸紅・東日本旅客鉄道・第一生命保険・三井住友フィナンシャルグループ・日本郵船・三菱重工業・(日本経団連事務総長)
これをみると、輸出など全く関係ない会社がたくさんあります。それぞれの会社に横断的に共通する利益は何なのか? を考えてみると、それは輸出戻し税還付などではありません。ズバリ言って法人税の減税です。それから所得税の減税です。大企業の経営陣や社員は給与水準が高く、所得税を減らして欲しいという立場です。

種類別の税収の推移
↑ 財務省のHP から引用しました。このグラフが雄弁に物語っております。消費税は法人税と所得税の減税の穴埋めであります。
赤線は所得税です。税収は平成3年に26.7兆円のピークを記録しました。その後、昭和61年に所得税最高税率70%から現行の40%に引き下げていった(金持ち減税)のと長引く不況で、平成22年には13兆円と半減しました。
黄色線は法人税です。平成元年には19兆円の税収を記録しましたが、平成21年には一時6.4兆円に落ち込み3分の1になりました。法人税率を40%から30%に引き下げられたのと、不況による赤字企業の増大で税収は低迷しています。よく見ると法人税・所得税ともに、景気変動の波にもろに依存しています。
青線の消費税は景気変動の波にあまり影響を受けずに、安定的に推移していますが、法人税・所得税の落ち込みを補填している関係でありますが、補填しきれていません。

日本経団連はその主張をよく読めば、法人税と所得税をさらに減税してほしい意向であって、そのために税収が減少するので、その分をカバーするために消費税を上げよ!と叫んでいるのです。輸出戻し税還付金のために消費税増税を叫んでいるのではありません。財務省は大企業の税負担率が、欧米各国よりも特別に高いものではないことを認めています。また、消費税は税率こそ5%と低いのですが、生活必需品にまで容赦なくかかるので税収全体に占める比率は20%を越え、欧米主要国と同等であることも知られています。さらに申せば、大企業は海外に移転せざるをえないなど見苦しい言いわけをする反面、しっかりと 内部留保 をため込んでいます。
内部留保をため込む
内部留保は必ずしも現金でため込んでいるのとはちがいますが、日本経団連に所属する大企業は稼いだお金が企業の外に流れ出さないようにするために、法人税のさらなる減税、裏を返せば消費税の増税を叫んでいるものと思われます。

●恐らく、財務省と日本経団連と野田政権、それからそれらの広報係のマスゴミがキャンペーンを張って、消費税増税を押し切る可能性が濃厚です。国民大衆は正社員をおろされ非正規雇用者に転落、自営業者も不況で苦しんでいるときに、逆進性の高い消費税増税を押し切ると、庶民はますます疲弊し、財布の紐が固くなります。税収を増やそうとして消費税を上げれば、それは逆に消費を冷却させる方向に作用し、結局は税収を更に減らしてしまうでしょう…。わたくし山のキノコは、消費税増税は 合成の誤謬(ごうせいのごびゅう) になる公算が大なり、と予想します…。

【拙稿終了】
太陽に異変が起こっているぞ! マウンダー極小期の再来か?
●太陽の異変がかなりハッキリしてきました。ま、数年前から太陽の研究者たちがひそひそ言っていたから、別にとりたてて新しい話題ではありませんが、きわめて権威があるとされる「国立天文台」や「理化学研究所」や「宇宙航空研究開発機構」など政府系研究機関が言い出したのがとても「重い」です。盤石の重みがあります。深刻というか、隠しきれなくなってきたと見ることも可能です。近い将来に「マウンダー極小期」ほどではなくても、すくなくとも「ダルトン極小期」ぐらいのことは起こり得る可能性が濃厚になってまいりました…。

●率直に申して、人類が心配しなければならないのは、「地球温暖化」などではなく「地球寒冷化」であることが鮮明になってきました。それにしても、利権にからんだ欲望がさせたとはいえ、10年も20年も愚かな馬鹿騒ぎを人類はしたものです…。利権に群がり馬鹿騒ぎを主導した連中も、最近は地球温暖化をほとんど言わなくなってきました。つまり、奴らは地球温暖化を利権獲得のための方便としていただけの「確信犯」だったということであります。タチが悪るすぎ。

ちなみに、世界の小麦の生産量を調べてみると、インドなどの熱帯・亜熱帯の国でも生産されていますが、小麦生産の過半数が、ユーラシア大陸の温帯から亜寒帯の気候帯で栽培されています。ということは、ちょっとグローバルな気温低下の一撃をくらったら食糧危機が起こることを意味します。日本も北海道や東北のコメは壊滅でしょう。それと冬の暖房に莫大なエネルギーが必要になる筈です。温暖化よりも寒冷化のほうが遥かに恐ろしいことを認識すべきです。

●地球温暖化を煽りに煽ってきた朝日新聞(デジタル版)でさえ、こんな報道をするようになってきました…。
太陽が冬眠? 周期的活動に異変、地球に低温期到来か
【引用開始】
太陽の周期的な活動に異変が起き、「冬眠」に入って地球に低温期が到来する可能性があることがわかった。国立天文台や理化学研究所などが19日発表した。太陽の黒点の様子にも、過去に地球の気温が下がった時期と同様の変化が見られるという。太陽には南北両極に正と負の極があり、約11年周期で同時に反転する。2013年5月に次の反転が始まると予測されていたが、太陽観測衛星「ひので」で観測したところ、北極では約1年早く反転に近づいていることがわかった。南極はそれほど変化がなかった。このペースだと、12年5月に北極のみが反転し、太陽の赤道付近に別の極ができる「4重極構造」になるという。(朝日新聞デジタル 2012年4月20日6時59分)
【引用終了】

●朝日新聞は以前ならば無視して隠したニュースでありましょう。政府や環境省の犬に成り下がって、さんざんCO2地球温暖化の宣伝・広報活動をしてきた立場上、不都合なニュースだからです。しかし、このニュースをきちんと報道したのは、アリバイ作りか? つまり、やがて数年後に気温低下が顕著に起こって誰の目にも「温暖化じゃないな」とみなが気付いた時に、“うちは寒冷化の可能性もちゃんと報道してきましたよ” とそう言いわけするためのアリバイです。

あるいは、(デジタル版でなく紙媒体の朝日新聞でも報道したかどうか、まだ確認していませんが)紙版新聞とネット版新聞で報道方針を使い分けているのかもしれません。紙版の読者は高齢者が多く、誤魔化しが利くので報道しない…。高齢者はネットなどしない人が多く、新聞・テレビ以外の情報源がないから、こんなニュースは知る由もない…。けれども若い世代はネット検索で自ら調べ、国立天文台のHPを見る可能性がある。隠しきれない。だから、朝日デジタルでは報道しておこう…。と、使い分けているのかもわかりません。

国立天文台のホームページ。(2012年4月19日のニュース)
【詳しい内容】太陽観測衛星「ひので」、太陽極域磁場の反転を捉えた

「ひので」による今回の観測の意義と最近の太陽活動について
このプレスリリースのpdf資料は素晴らしいものです。一読の価値があります。マウンダー極小期(1650年~1700年)にイギリステムズ川が凍りついた絵画の写真が見られます。政府系研究機関がこのような資料を堂々と出すようになったというのは、国の環境政策に微妙な変化が生じているのかもしれません…。

サイクル24が進行中ですが、あまり活発ではなさそう…
太陽黒点の増減の過去5つのサイクルをみると、太陽黒点は、増加 → ピーク圏 → 減少 → ボトム圏、の4つの行程を一つのセットにして、消長を繰り返しています。各サイクル間の波長の長さは、平均11年だと言われますが、一定ではなく9.7年とか11.7年とか伸縮があるのはよく知られています。直近の「サイクル23」は12.6年と異様に伸びました。波長が短いと太陽活動が活発、波長が長いと太陽活動が低調というのもよく知られています。2001年ごろをピークとするサイクル23の減少期が異様に長かったので、2008年ごろから研究者たちが「マウンダー極小期がくるかも?」とささやいていました。
太陽黒点の消長
↑2009年の冬ごろをボトムにして、サイクル24がいま進行中ではありますが、私のような素人がみてもその立ち上がりが今一つ勢いがありません。過去のサイクルを観察すれば、増加期は3年ぐらいで一挙にピーク圏に達するのですが、減少期はその減少の勾配は増加期よりも緩やかです。で、すでにボトムから3年が経っていますが黒点数が少ないです。来年2015年5月がサイクル24の太陽活動極大期と予想されていますが、せいぜい1970年のサイクル20ぐらいではないか? 忘れてはいけないのは、1970年ごろ世界的な気温低下が観測されて、「氷河期が来るぞ!」と気候学者たちが叫んでいたことです…。研究者たちの書いたものを読んでみると、問題はサイクル24ではなくそれ以降だ、と恐ろしいことを言っています。サイクル25がなく、黒点ゼロが続いてマウンダー極小期の再来はありうる…、というのです。

サイクル23~サイクル24の推移
↑サイクル23からサイクル24にかけての詳しい図です。2009年の冬ぐらいがボトム(極小期)になっているのが分かるのですが、その後の上昇に勢いがありません。12年3月までのデータがグラフになっていますが、図中には今後の予想が破線でしめされています。さて、今後の推移はどうなるか研究者でも分からないそうですが、低位予想が当たるか? 高位予想が当たるか? 注目であります。

2枚の図の引用元は次です。
Solar Influences Data Analysis Center(SIDC)
原発を作る会社は、風車や太陽光パネルも作る。
●環境問題とか、自然保護であるとか、脱原発などに取り組んでいるNPO法人の活動家などは、気の毒なほどのめでたい「お花畑」であります。「近視眼的」とか「視野狭窄的」などという程度ならばまだ治癒のしようがあるわけです。でも、どうにもこうに彼らの目には「幻視」が見えているようです。見渡す限りの一面のお花畑という「まぼろし」がみえているのですから、かなり重篤な症状です。近視眼的とか視野狭窄などは、見えている範囲が狭いだけであって、「まぼろし」が見えているわけではありません。しかし「まぼろし」が見える段階にまで症状が進んでいるから、もはや救いようがありません…。

●お花畑たちは「原発を止めて、新エネルギーを推進しろ!」と叫んでおります。どうやらお花畑たちは原発でメシを喰っている会社のホームページを詳しく見たことがないのだろうか? おそらくその会社の『有価証券報告書』など全く見たことがないのだろうと想像しています。『有価証券報告書』はその会社についての情報の宝庫です。もしその会社が『有価証券報告書』にウソの記載をしたならば、懲役刑まである重い犯罪となり、証券取引所の上場廃止基準にも引っかかります。どの会社の『有価証券報告書』もたいてい100ページ~150ページぐらいの分厚さで、その会社の役員名簿から大株主名簿、事業所のリスト、貸借対照表など財務諸表にいたるまで、その会社の情報がギッシリと載っています。

昔は、証券取引所の中にある図書室に行かなければ見られなかったのですが、今ではインターネット上で簡単に閲覧ができます。その会社のホームページや『有価証券報告書』を丹念に見れば、「原子力村」と「新エネルギー村」とが全く別々に存在するのでも、それらが対立するのでもなくて、表裏一体のものであることがすぐに分かります…。比喩的に申せば、あらゆるものを破壊する「核爆弾」を製造しながら、なおかつ同時に、その核攻撃から生き延びる「核シェルター」を売りまっせ、というような会社ばかりなのです…。

お花畑たちの主張する「原発依存から脱却するために、風力発電と太陽光発電を進めろ!」という謳い文句は、なんともむなしく滑稽であります。お釈迦様の大きな掌にのるように、「原子力および新エネルギー村」の巨大な掌の上で愚弄されているだけなのです…。

●ここで私の立場と主張を申し述べておきます。
私の立場 しがない一庶民です。利権などとは無縁の一有権者であり、僅かの納税者であります。原発とか自然エネルギーなどのビジネスになんの関係もありません。仕事もそれらと何の関連性もありません。政治団体の会員になっていますが「日本の歴史や伝統を護ろう」という主張の団体で、これも原発等とは全く関係がありません。
私の主張 核は反対です。原子力も反対です。(核は軍事的なもの、原子力は民生的な原発で、意味がちがう)風力発電は大反対です。太陽光発電も大反対です。理由はライフサイクル評価でのEPR(エネルギー利益率)で大いに疑問があるから。同様の理由でバイオ燃料やメタンハイドレートにも大いに否定的です。LCA(ライフサイクル・アセスメント)とEPR(エネルギー産出比)は、最重要の概念・手法であるのにマスコミの記者もお花畑も全く語らないのは何故なのか? もしかしたら知らないのか? まさか、とは思うが…。地熱発電は可もなし不可もなし。アイスランドが地熱でかなりいけるのは、北大西洋中央海嶺の上の火山島国で、人口がたったの32万人。日本の400分の1。条件がまったく異なるのを無視して幻想を振りまくな! 脱原発は経済縮小でいくべき。手本になるのはオイルショックのときの対応がとても参考になる。テレビが一晩中放送するのはおかしい。ムダだ。9時にはテレビ放送終了! 都会のネオンサインも10時消灯、閉店! 自動車は軽自動車を強力に推進。トヨタ自動車は英断を示して「自転車メーカー」になったら尊敬する! 経済縮小もまた良しです。不況など皆で分かち合えば恐れることはない。ブータンとか米国のアーミッシュとか、世界にはお手本が沢山あります。という考えでございます。

●さて、本論の「原子力村」と「新エネルギー村」が対立するものではなく、表裏一体のものである証拠の一つを示したいと思います。次のリンクをちらっとでよろしいから、覗いてみてください。原発御三家の会社と言えば、日立・東芝・三菱でありますが、それぞれ原発だけでなく風力発電や太陽光発電ビジネスもしっかりとやっています。

東芝の原子力事業部 
東芝の太陽光発電システム

三菱重工の原子力発電
三菱重工の風力発電
三菱重工は太陽光発電もやっているよ

日立原子力情報
日立グループ会社が太陽光発電をやっている
別の日立グループ会社もやっている
太陽光発電で商売する日立グループ会社はたくさんある

●それぞれの会社は、原子力発電の部門では、原子力は枯渇の心配がなく、二酸化炭素も出さないので地球温暖化防止に役立つ、環境にとてもいい発電方式です。安全性も十分に高めています。と美辞麗句を並べて、宣伝に余念がありません。

一方、それぞれの会社の風力・太陽光発電部門では、同じことをいっています。二酸化炭素を出さないクリーンな発電方式で、地球温暖化防止になります。枯渇の心配もありません…、とこれまた宣伝に余念がありません。

●なんだか、昔の中国の「矛盾」という故事成語みたいです。お花畑たちはこのような実態に、違和感を持たないのだろうか? 疑問を持たないのだろうか? これらの会社に共通するのは、カネになりさえすればいい、商売になるのであれば原発であろうと自然エネルギーであろうと何でもする、という無節操な姿勢であります。これらの会社には、その商品を製造することについての使命感や矜持や理念というものが全く感じられません。原発関連の仕事で権益にしている会社が、太陽光発電パネルも作っていて、原発反対運動をしているお花畑の「運動家」に脱原発の決め手は太陽光発電の推進なのですよ、などと宣伝しているわけです。

●喩えるならばこんな感じじゃなかろうか? お客様が二人、甲と乙がいて派手な喧嘩をしている、その甲と乙の双方に「こん棒」を売り込み「これで殴り合いなさい。負けるなよ」と言っているみたいです。あるいは、こんな感じか? 甲と乙がトラブルになって訴訟を起こしている。悪徳弁護士事務所のA弁護士が甲に「私が弁護しましょう、勝つ自信がありますよ」といいながら、悪徳弁護士事務所の別の弁護士Bが、乙にむかって「私に弁護をさせなさい。勝つ自信がありますよ」と言っている。そして悪徳弁護士事務所の中でAとBが打合わせをしている…。

一例として、御三家の三菱・日立・東芝をあげたまでで、ほかにもそんな会社はいっぱいあります。大手ゼネコンは原発の建築工事をやる一方で、風力発電の造成工事や基礎工事などやっています。カネのためには何でもするのです。これらの大企業の姿を調べれば調べるほど、「地球温暖化」も「環境にいい」とか「エコ」など彼らが言っていることは口先だけです。それらの言葉をうまく使って宣伝して、国民大衆を洗脳し、商売にしているだけ…、ということが鮮明に浮かびあがってきます。大変失礼ではありますが、お釈迦様の掌の上で踊らされている「お花畑たち」は哀れだなと思います…。

【追記】 “原子炉を作る会社が、風車や太陽光発電パネルも作る” ということに私は非常に違和感を感じるのでありますが、この違和感はどこから来るのだろうか?

例えば、「モノ作りの職人」さんを考えてみます。人にもよりますが、モノ作りの職人さんは、おおまかな傾向としては寡黙であまり語らず、黙ってこつこつとモノを作ります。そして良い意味での頑固さを持っています。腕のいい職人さんは「こだわり」を持っています。たとえお金をくれる依頼主の要求であっても、納得がいかない仕事ははねのけ、作らない。何でもかんでも依頼主にヘイヘイいって作るのではありません。その意味では一徹で頑固で融通がきかず難しい…、という傾向が彼らにはハッキリとあります。

それは芸術家でもそうでしょう。芸術家は「作品」をつくります。芸術家には自分が作る「作品」で、こういうことを表現しようという内面からほとばしり出る情熱があり、その「作品」は芸術家の分身でありましょう。とことん作品にこだわり、いったん作ったけれども納得できない作品ならば、投げ捨てて、また作り直します。自分自身で作った作品であっても、自分が気に入らなければ投げ捨てるのが芸術家というものです。まして、依頼主から頼まれた仕事であれば、納得のいかない仕事ならば受けないでしょう…。

原発も作り、風車や太陽光パネルも作る人々には、そういう「モノづくり」や「作品」を作るこだわりが感じられないのです。寡黙な職人さん等とは正反対で、饒舌すぎます。原発の利点を饒舌に語り、風車や太陽光パネルの素晴らしさを饒舌に語りすぎるのです。昔から「巧言令色少なし仁」で一生懸命にそれらの利点を饒舌に宣伝する一点をもっても胡散臭いのです。
そもそも、ほんとうに原発が環境に良くて安全でコストも安いと信じて原子炉を製造しているのであれば、浮気をしないハズです。また太陽光パネルが環境に良くて好ましいものと信じているのであれば、「わが社は素晴らしい太陽光パネル製造に社運を賭けて、原子炉製造から手を引くぞ!」という「こだわり」があってもいいハズです。そういう風に考えると、金儲けになりさえすればいいんだ、というハラが透けて見えているというのが、違和感の背景であろうかと思います。

ようするに、胡散臭いのであります。
嗚呼残念、全く期待できない…。「日本版・緑の党」   グリーンなどという言葉にだまされるな!  
●日本版「緑の党」を作るらしい…。次の国政選挙で候補者を大勢立てるらしい…。6つの理念を高くかかげています。しかし政策を見ると、自然保護団体特有の「おめでたさ」が見受けられます。政策の中身がお花畑になっています。あまり期待できないどころか、こんな政党は絶対に出てこないでほしい、と思います。国会議員に一人も通らないようにと、心から神仏にお祈りいたします…。
緑の党・日本『みどりの未来』公式サイト

【引用開始】
「エコロジカルな知恵」(Ecological Wisdom)
世界のすべてはつながり影響しあっている…
知恵のあるライフスタイルとスローな日本へ!
「社会正義」(Social Justice)
「一人勝ち」では結局幸せになれない…
弱肉強食から脱却する思いやりの「政策」を!
「参加型民主主義」(Participatory Democracy)
納得できる政治参加…
利権・腐敗をなくし、一人ひとりの元気と幸せのためのプロセスを!
「非暴力」(Non-Violonce)
誰にも殺されたくない、殺したくない…
戦争に至らない具体的な仕組みを提案& 実現する!
「持続可能性」(Sustainability)
脱石油、脱原発、脱ダム…
子どもたちの未来と自然環境を食いつぶすシステムから脱却を!
「多様性の尊重」(respect for Diversity)
私の知らない苦しみがある…
「誰もが幸せになる権利」を尊重する生きやすく楽しい社会を!
【引用終了】

● “メンバー” というところを拝見すると、「緑の党」は地方議員たちの集団のようです。各地の、市会議員が47人、町会議員が4人、県会議員が4人、区会議員が6人、のようであります。国会議員は1人もなく、ホームページを拝見する限りにおいては、政策立案に加わるブレーンはいないようであります。ということは、ヨーロッパの緑の党の単なる翻訳版なのか? という印象であります。

●掲げている6つの理念でありますが、賛同できる部分と、全く賛同できない部分と、おかしな部分とがあります。

まず、おかしいなと思う部分ですが、3番目の「参加型民主主義」です。これを理念に掲げるのは変です。メンバーの地方議員たちは、国政への参加はまだかもしれませんが、少なくとも地方の政治には議員として既に参加しているわけです。したがいまして、納得できる政治参加などというのは、まだ政治活動を行っていない有権者の問題であります。政治参加は別に議員にならなくてもできます。市民運動に参加して政治的な主張をするとか、いろいろと手段がありましょう。政治家の後援会に参加してもいいわけです。「納得できる政治参加…」というのはその政策とか理念に賛同できるか、できないかの問題であります。『みどりの未来』の政策や理念に賛同したならば、よしワシも参加しようとサポーターになったり、資金カンパを差し出したらいいのです…。そして、この参加するかしないかは、『みどりの未来』の外側にいる有権者が決めることであります…。

もしかすると…、これは、ここの地方議員たちが国政に立候補して国会議員になりたいという「願望」を言っているのかもしれません…。国会議員になって納得のいく政策をするぞ…、という掛け声なのかも…?

●次に、ほぼ賛同できる部分です。2番目の「社会正義」、4番目の「非暴力」、6番目の「多様性の尊重」はおおむね良しと賛同いたします。世の中、多様な人々の、多様な立場・価値観があるけれども、それぞれの立場や権利を尊重して、公正に、公平に、平和的に、利益配分を図り、富の再分配を図るのであれば、まあ賛同いたします。

●さて、積極的に反対ではないけれども、イチャモンをつけたくなるのが1番目の「エコロジカルな知恵」です。そもそも「ecological」という単語は「ecology」(生態学)の形容詞形であります。したがいまして、基本的な意味は(生態学の)ということであります。「生態学」というのは、ごく簡単に申せば「生物」と「環境」との「関係」を記述する学問であります。「環境」といっても、他の種だとか他の個体というふうな「生物的環境」もありましょう。また、水や土や気候というふうな「非生物的環境」もありましょう。
で、「エコロジカルな知恵」=「生態学的な知恵」とは何を指しているのだろうか? かなりあいまいです。「すべてはつながり影響しあっている…」などと書いてあります。ので、生物同士の関係性、すなわち食物連鎖・食物網・共生・競争・棲み分け…、などをイメージしているのかもしれません。恐らくそんな感じであります。

ところが、市会議員など政治にかかわっている人たちは、自然観察など縁遠い人たちでしょう。自然のありのままの姿を知らないのでしょう。自然、とくに生物の世界というのは、自分が生き延びるためのすさまじい利己主義の世界です。動物ならば捕食者と被捕食者との戦いです。餌を奪い合う競争なのです。弱肉強食の世界であります。1次捕食者の上位に2次捕食者がいて、さらに2次捕食者の上位に3次捕食者がいて、最終的には「頂点捕食者」がピラミッドの頂に君臨しています。自然は厳しい序列の世界であります。人間に近縁な高崎山のニホンザルもボスザルを頂点にしてピラミッドの序列を作っています。残念ながら、生物の世界は平等じゃありません…。生物の世界というのは、取るか取られるか、奪うか奪われるかの殺伐としたもので、力のない者・要領の悪い者・運の悪い者は淘汰されていくのです…。ときには、喧嘩を避けるために、「共生」だとか「棲み分け」もありますが、それはごく1面でしかありません。ともに助け合う「相利共生」などごく僅かで、他人の利益を一方的にかすめ盗る「寄生」のほうが遥かに多いです。生物の世界は人間社会となんら変わりません…。

動物だけでなく、植物だって全く同じです。沢山の種子が地面に落ちて芽生えても、その種の本来の大きさまで無事に成長し、生き残れるのは僅か1%とか0.1%のオーダーなのです。他人の上に葉を広げたものが勝ちなのです。日蔭になった弱者は枯れるしかありません。つまり、他人を押しのけないと生き残れないのですよ。植物には自分が生き残るために、他人が枯れるように特定の化学物質(ある意味では汚染物質)を出すものがかなりあります。(アレロパシー)他人の上に巻き付き這い上がって相手を枯らしてしまうものも沢山あります。(絞め殺し植物)植物の世界も生き残りを賭けた厳しい戦いなのです…。
生物とは、自己保存・種の保存を唯一のの目的とする「利己的な存在」であるというのが生態系の中の動植物の姿であります。エコがどうたらとか、緑のなんとか、など標榜する人たちは生態系をなにかユートピアのような錯覚で捉えているようです。要するに、頭の中が満開のお花畑なのです…。

「エコロジカルな知恵」という意味は、生態系をつぶさに観察するならば、他人を押しのけ踏みつけ奪って、自分が得をして、自分だけが生き残るための知恵、あるいは戦略といえましょう…。

●さて、全く期待できないどころか、そんな政策はしないでくれよ、というのが5番目の「持続可能性」です。「脱石油、脱原発、脱ダム…」を目指して、経済成長主義を止めて工業生産を縮小し、皆で乏しきを分かち合って、質素に暮しましょうよ主張するならば賛同いたします。脱石油は絶対に不可能だから、実際的には「減石油、脱原発、脱ダム」と言うべきでしょう。ところが、恐らくそうだろうと思い、ホームページを詳しく拝見するとやはり主張しています。自然エネルギーを進める、です。ここの地方政治家たちも石油が減退・枯渇したら風車も太陽光発電パネルも製造出来なくなるということが理解できないようであります。太陽光発電パネルを製造するためには、シリコンの原材料の珪石等の採掘にも運搬にも、ソーラーグレードシリコンの製造にも、工場を稼働するにも、そもそも、あらゆる工程で石油が必要です。これは風力発電用の風車の製造でも全く同じです。これらが石油なしにやっていけると思っているのだろうか? 脱石油を目指そうとして新エネルギーを進めようとしたら、逆に工業生産が膨張してしまうパラドックスが起こります。しかも、不安定電源であてにできない新エネルギー発電では、既存の火力発電施設を絶対に縮小できないのです。これは、既にスペインの失敗やドイツの行き詰まりで明らかです。ヨーロッパの失敗になぜ学ぼうとしないのだろうか?

ドイツは間違った 全量固定買取価格(フィード・イン・タリフ)は正反対の結果

太陽光発電 スペインの教訓―固定価格買い取り制度の光と陰

★市場合理性からかけ離れた推進策、つまり「グリーン電力の高値買い取り」とか「補助金の流し込み」をやっても、結局は失敗しました。スペインやドイツの例が雄弁に証明しています。では、市場合理性に基づいて、グリーン電力の価格を市場での価格形成メカニズムにゆだねてやったならばどうか? あっという間に太陽光発電は淘汰されます。市場経済では収支がマイナスになるものは、絶対に存在できないのですよ。これが経済の基本原理です。結局のところ、太陽光発電(風力発電も)この世に存在するのは無理であることを示唆しています。この世に無理に存在させようとしたら、永久に膨大な税金を太陽光発電に流し込み続けなければなりません。そうすると、こんどは国家の財政を毀損します。行きつくところは「国家破産」なのか? つまり、残念ながら、どのように転んでもダメだということなのです…。

この本質的な理由はハッキリしています。簡単ですよ。太陽光発電パネルで発電できる発電電力量が少なすぎるのです。逆に言えば、単位電力量を得るために必要な太陽光発電パネルが沢山要り過ぎるのです。その製造コストが高すぎるのです。その製造にエネルギーが要り過ぎるのです。もうとっくに技術開発の揺籃期は過ぎ去っています。技術改良などではどうしようもありません。こんな簡単なことが、特に環境問題に取り組んでいる活動家などは、なぜ理解できないのだろうか?

(なお、蛇足ながら、太陽光発電パネルのメーカーの人たちは、百も承知で、知り切ってやっています。それはカネのため利権のためにです。つまり確信犯だということであります。)

「風力発電」も「太陽光発電」も、欠陥発電だ!

雑草で荒れ果てる電田ソーラー
Weed-Covered,Neglected Solar Park:20 Acres,$11 Million,Only One And Harf Years Old! から写真を引用。
旧東ドイツ(今はグリーン・ドイツ?)での話みたいですが、経営に行き詰まり放置されたらあっという間に1年半で、20エーカーの電田ソーラーも、草ぼうぼう、荒れ果ててしまうという見本であります。日本も無理して経済合理性を無視して、グリーン・ジャパン! なんて馬鹿なことを言っていると、じきにこうなるでしょう…。
(それにしても、凄い写真ですね。)
「グリーン」などという言葉に騙されるな!


動物の絶滅から見えてくるもの…。(その1)
●2007年8月20日に、瀬戸内海西部の山口県宇部市の真締川(まじめがわ)の河口付近でアザラシと思われる動物が目撃されました。中国新聞に載って話題になり、「まじちゃん」という愛称がつけられました。その後いなくなり話題も消え去りました。中国新聞ネット版はリンク切れでもう見ることができませんが、塚本まさひこ様のブログでその貴重な「まじちゃん」の姿を見ることができます。

他にも、2005年11月2日に、徳島県の那賀川にアザラシが出現しました。「なかちゃん」という愛称がつけられて、那賀川町役場に特別住民として住民票があてがわれ、住民登録されました。お祭り騒ぎのような話題になり、わたくし山のキノコも野次馬根性を逞しくして見に行きました。ウキィペディアに「ナカちゃん」の項目があります。

このように、アザラシの一種が、本来の分布域から大きく外れた瀬戸内海までときどき迷い込んでくることはあるようです。人前に姿を現さないものは、他にもかなりいる(いた)かもわかりません。しかし、この事例はあくまでも本来の分布域に生息していた個体が、なんらかの事情で本来の分布域から遠く離れた所に迷い込んだのにすぎません…。

江戸時代・明治初期には、ニホンアシカが瀬戸内海にも棲息していた!
●さて、アザラシ類とは分類上は異なるのですが、同じ海棲哺乳類のアシカがかつて瀬戸内海に沢山いたことが忘れ去られようとしています。瀬戸内海にいたのはニホンアシカという種でありますが、ウィキペディアに詳しく解説されています。
ニホンアシカの剥製
↑ウィキペディアから写真を引用。ニホンアシカの剥製。大阪市立天王寺動物園の所蔵らしい。
「哺乳類科学」Vol.35(1995),No.2 pp.176-179「1995年度ニホンアシカ談話会」
日本哺乳類学会の専門家たちが談話しているのを読むと、瀬戸内海に、ニホンアシカがいたのは疑いようがありません。淡路島に隣接する徳島県鳴門でのニホンアシカの分布記録が古い文献にもあるようです。

●なにをもって「絶滅」と評価するのか、環境省の示すその基準はあいまいなところがあります。定量的要件は何も言っていません。レッドデータブックカテゴリー定義(環境省1997) しかし 野生絶滅の定性要件の一つに挙げられている “過去50年間前後の間に、信頼できる生息の情報が得られていない” ということをもって「絶滅」と看做すのが妥当なところではなかろうか? その意味では、日本列島の沿海に生息していたニホンアシカは絶滅したとは言い切れず「絶滅危惧」状態ということであります。しかしながら、それは出来るだけ学術的な正確さを重視してそうしているだけのハナシであって、普通の庶民的・素人的な受け止め方からはニホンアシカは「事実上の絶滅」です。

日本のレッドデータ検索システム「ニホンアシカ」 では、岡山県が絶滅危惧Ⅰ類としていて、絶滅したとは評価していません。しかし瀬戸内海に今でもニホンアシカが生息しているなどと誰も思わない…。というか、そもそも、瀬戸内海にアシカが棲息していたなどというハナシは、ほとんどの方にとって初耳でありましょう…。見たことも聞いたこともない物は、まあ、とっくの昔に絶滅であります。

では、ニホンアシカは何故絶滅したのか? ですが、いろいろ資料にあったって調べてみたら、10中9つの可能性で、「乱獲」と思われます。狩猟の対象だったようです。毛皮を採るため、あるいは油をとるため、その肉を肥料にしたりと、ヒトがニホンアシカの猟をしていたのはほぼ間違いなさそうです。ときにはその肉を○○クジラだと称して食べていたようです。さらには漁師が漁業の邪魔をする害獣だとして駆除もしていたらしいです。で、江戸時代・明治初期にまでは沢山いたようですが、すでに100年まえには急速にいなくなったらしい。

つまり、環境問題が声高に叫ばれるよりも遥か以前に、ニホンアシカは絶滅にむかって追いつめられていたのです。農薬であるとか、地球温暖化であるとか、そのような要因で動植物が次々に絶滅すると主張している環境省だとか自然保護団体とかが言っている主張には、ずいぶんとおかしな誤魔化しがあります。「動植物の絶滅」を理由にして寄附をかすめ盗ったり、補助金・助成金・税金にむらがる人たちがいるということを、われわれ納税者は知っておく必要があります…。“動植物の絶滅利権” とでも言う利権構造が出来上がっています。

★たとえば、いろいろと問題の多い環境保全団体の WWF は、異常なほど「地球温暖化」を持ちだして、地球温暖化でシロクマが絶滅する! と叫んでいます。温暖化を防ぎ、シロクマを救うために活動資金が要るから、寄附をお願いしますなどと言っています…。ちょっと調べればすぐわかるのですが、シロクマも狩猟の対象です。シロクマの個体数の増減は地球温暖化など全く関係がないのは歴然としています。にもかかわらず、絶滅するぞ!するぞ!と叫んで寄附集めです。地球温暖化は寄附集めの便利なセールストークになっています。べつに絶滅もしていないものを、絶滅するぞ!するぞ!と脅迫にもならないセールストークで、金集めするのを次のように称します。
「するぞするぞ詐欺だ」略して「スルスル詐欺」

世の中、エコを語ってカネ盗りをする詐欺みたいなヤカラが多すぎます。本当のエコは経済の縮小です。工業生産の縮小です! 「エコで経済成長出来るのだ」などと、タワケたことを言う輩は偽物と判断して間違いありません。ライフ・サイクル・アセスメントも語らず、エネルギー・プロフィット・レシオも語らない奴もたいてい偽物です。新エネルギーの言葉を口にする奴も偽物です。なぜならば、新エネルギーを進めると、逆に工業生産が膨らむからです。それから本当のエコは人口の縮小です! しかしこれを言うと、そんならまずお前が舌かんで死ねと批判がくるから、これは引っ込めさせていただきます。本ブログは過疎地のブログで、誰もみていませんが、善意の裏にかくれている欺瞞を指摘するのがテーマであります…。
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