雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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氷河の後退・縮小は、気温上昇のみに依存するのではない。(その5)
『氷河の後退・縮小は、気温上昇のみに依存するのではない』 という議論のまとめであります。

北陸の立山連峰にある3つの永年性雪渓の氷体が流動していることが確認されました。その調査に基づいて日本に氷河が現存しているという趣旨の論文が日本雪氷学会の『雪氷』 74巻3号 (2012年5月) に発表されました。学会でその氷体は氷河であると認められたそうで、それは新聞記事にもなりました。その内容を土台にして種々の資料にあたり、素人なりに考察しましたところ、次のことが言えるのではないかと思います。

なんと、平均気温が高い所の方に、氷河が現存している
氷河の現存する富山県の立山と剣岳は、北海道大雪山よりも緯度にして7度も南に位置しています。日本列島付近では緯度1度北上すると、おおむね平均気温は0.8~1.0度下がります。したがって立山剣岳連峰の北緯36度台では、大雪山のある北緯43度台よりも平均気温は6~7度上がります。山の高さは剣岳の2999mは大雪山の2291mよりも708m高いです。この海抜高度の差による立山剣岳連峰の平均気温低下は4~5度程度と見積もれます。この2点を勘案すると、立山剣岳連峰の山頂の平均気温は、大雪山の山頂の平均気温よりも若干高いと推定できます。

にもかかわらず、気温が低い大雪山には氷河がありません。気温が若干高い立山剣岳連峰の方に氷河が存在しています。しかもその氷河の存在場所は剣岳の小窓氷河は海抜2300-2000m、剣岳の三の窓氷河は海抜2400-1700mとなんと、山頂から海抜で1000m前後も低いところです。その両氷河の平衡線高度は2000mと推定されます。つまり、大雪山の山頂の平均気温よりも推定で7~8度高い所に氷河があるのです。この事実は、氷河の形成は気温の低さのみに依存するのではないことを雄弁に示唆しています。


氷河は、大量の積雪のあるところに形成される
実際の気象観測データから推定すると、立山・剣岳連峰の降雪量は、大雪山の降雪量よりも遥かに多く、最低でも3倍、多ければ5倍ぐらいあると思われます。しかも氷河の現存する氷食谷では、降雪の多さに加えて「吹き溜まり効果」と「雪崩」により、冬の積雪量は20~30mに達していて、さらに深い谷なので太陽が当たりにくく、融雪期の最終の10月になっても全部が溶けきれず、これが氷河を涵養していると思います。この事実は、氷河の形成には気温の低さに加えて、大量の降雪が不可欠の条件であることを強く示唆しています。

大量の降雪・積雪がなければ氷河ができないことを示す事例として、氷河の存在していない富士山の例や、酷寒の南極でもマクマードドライバレーのような極地砂漠などの例があげられましょう。ほかにも、キリマンジャロの氷河が縮小したといっても、気温上昇などではなく、山麓でコーヒーのプランテーションのために森林を破壊されて、乾燥化が進んだためだという調査レポートが知られています。立山・剣岳よりも一段と気温が低い富士山山頂に氷河が存在していないことから、気温が低ければ氷河が出来るということでもなさそうです…。カムチャツカ半島では、オホーツク海側では降雪量が少なく平衡線高度は2800m、太平洋側では降雪量が非常に多く平衡線高度は700mまで下がるらしいです。このカムチャツカの事例も、時系列的に降雪量が増減すれば、氷河が前進も後退もあり得ることを示唆しています。


降雪量の減少も、氷河の後退につながる
以上のことから、演繹的に導出できることは、氷河の消長は必ずしも気温変化のバロメーターにはなっていない、ということでありましょう。もちろん、温暖化により気温が上昇すれば、氷河の平衡線高度が上がって、その氷河の末端でははげしく消耗して、氷河は後退するでしょう。それは間違いないところと思われます。しかしながら、氷河の涵養域での降雪量が減少したならば、これも平衡線高度を上げる要因になります。その氷河は涵養されなくなり激しく後退するでしょう。氷河が後退する要因として、「気温の上昇」と「降雪量の減少」という大きな2つの要因が考えられましょう…。したがって氷河の後退・縮小をもって温暖化の証拠だとは言いきれず、温暖化の証拠とするには不適切なのであります。

地球温暖化の恐怖を煽って寄附集めに余念が無い環境保護団体などが、降雪量の減少も温暖化の結果なのである。気温が上がって氷河が後退するのも、あるいは降雪量が減少して氷河が後退しようとも、そのどちらであろうとも、やっぱり温暖化の結果なのである。などと、もし強弁するのであれば、まず降雪量減少が温暖化の結果であることを立証する必要がありましょう…。


地球温暖化の指標として、特にふさわしくない氷河の実例
●地球温暖化懐疑論者たちがよく引き合いに出すのは、北欧のスカンジナビア半島と、さらにその北の北極海に浮かぶスヴァルバール諸島の事例が知られています。この地域では氷河が厚みを増し、派手に前進しているものがあるそうです。氷河の質量が増加していることを示すデータが上がっているらしいですが、しかしこれは冬の降雪量が著しく増加することで起こった現象とされています。氷河が前進している事例を以って、温暖化していないとか、寒冷化していると主張するのも不適切であろうかと私は思います。 また、氷河が前進と衰退を間欠的に繰り返す「サージ氷河」というものが知られています。世界には意外に沢山あり、前進(サージ)と後退を繰り返す詳しいメカニズムはまだよく分かっていないようで、氷河研究者による研究途上のようです。沢柿教伸氏サイト 『パノラマ写真で見るビルチェノク氷河』参照。 サージ氷河の前進局面をみて温暖化懐疑論者が 「ほれ見ろ! 氷河が前進しているではないか。温暖化は嘘じゃあぁぁ」 と喜び、逆にサージ氷河の後退局面を見て地球温暖化利権者が 「ほれ見なさい! 氷河が消えてなくなるぞ、大変だあぁぁ」 と喜ぶのはどう考えても奇妙であります…。

例えば、ニュージーランド南島の 英語版Wikipedia Franz Josef Glacier (フランツ・ジョセフ氷河) などは典型的な前進と後退を繰り返すサージ氷河のようであります。   【写真と図表はWikipediaから借用しました
フランツ・ジョセフ氷河
↑ この氷河は、海抜の高い所にある20平方キロメートルの大きな雪原によって涵養されていて、今のところは12キロの長さです。タスマン海から12キロのところが氷河の末端であります。この氷河は、万年雪を涵養している降雪量と、氷河基底部における融解水量との間の差によって動かされているところの “前進と後退” の周期的なパターンを示しているのです。前進と後退を繰り返すメカニズムはよく分かっていないということですが、勝手に想像してみると、氷河基底部に融雪水が次第に溜まっていって、ある限界点みたいなものがあって、その限界点に達したら融雪水が潤滑油の作用をして一挙に氷体が滑り落ちるのではないか? そして、滑り落ちる運動が終わったならば氷河の先端から消耗していって後退。ある程度後退したら動きが止まりまた氷河基底部に水が溜まる。そして溜まるとともに、氷河涵養域では積雪が溜まり氷河の質量が増えて、再び滑らせる力として作用するのか???

フランツ・ジョセフ氷河の末端位置の歴史的な変化
↑ 図の縦軸に年代(1860-1988年)を目盛ってあります。横軸が氷河の消長(advance前進 と retreat後退)の度合いです。この図を見ると、1940~1980年ぐらいにかけて氷河が1.5キロぐらい後退しています。その後退局面の中で2回前進が起こっています。前進幅は0.2キロぐらいか? 1983年から大きな前進局面が来ているようです。1988年以降のグラフがないのですが、Wikipediaには氷河は2008年まで前進していたという記述があります。その後はこの氷河はやせ細って後退しています。過去の変動を外挿して、科学者どもは、地球温暖化予測の中位シナリオで2100年までに、フランツ・ジョセフ氷河は5キロ後退し、氷河の質量の38%を失うであろう、などと事実上の政治団体に等しいIPCCの言説を盲信した阿呆な記述をしています…。

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すでに3年6カ月が経ったけれども、IPCC(国連の気候変動に関する政府間パネル)が陳謝をしたのはまだ記憶に新しいところです。次は、当時のネット版のゴミ売り(読売)新聞の記事です。

【ヒマラヤの氷河消失、報告書は誤りと陳謝】(読売新聞、2010年1月21日10時22分配信)(既にリンク切れ)
【引用開始】 国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は20日、声明を発表し、2007年の第4次報告書で「ヒマラヤの氷河が2035年までに解けてなくなる可能性が非常に高い」とした記述は科学的根拠がなく誤りだったと陳謝した。世界中の科学者が協力して作成した報告書は信頼性が高く、IPCCはアル・ゴア元米副大統領と2007年にノーベル平和賞を受賞したが、地球温暖化の懐疑派は「報告書の信頼は揺らいだ」と攻勢を強めている。欧米の気象学者らが20日、独自に発表した分析によると、報告書は問題の部分を世界自然保護基金(WWF)のリポートから引用した。WWFは英国の一般向け科学雑誌ニュー・サイエンティストが1999年に掲載したインド人研究者についての記事を引用した。しかし、この研究者の論文は未公表で、氷河消失の時期も予想していなかった。「2035年」という時期は、別の文献の「2350年」を写し間違えた可能性があるという。分析は「査読を経た論文を基礎に置くという科学の基本を守れば回避できた間違い」と指摘している。 【引用終了】

そもそもWWFのリポートを引用するのが間違っています。WWFは地球温暖化の恐怖をダシにして寄附集めをしている団体です。環境だとかエコなどという言葉ほどイヤらしいものはなく、ハッキリ言って偽善であります。善意の陰にかくれた赤い舌、すなわち偽善・欺瞞の背後にある利己的な拝金主義を見抜く必要があります。そもそもWWFは学術研究をしている団体では全くありません。WWFにとっては「氷河の後退」と「シロクマの個体数減少」は特別な聖域で、地球温暖化の恐怖の布教に利用する「よすが」です。そんな団体リポートを引用しているようでは、IPCCの報告書が、ゴミ売りのいうように「世界中の科学者が協力して作成した報告書」などとはとてもいえません。そもそもIPCCだって科学者による国際学会などでは全くなく、政治家やお役人が沢山そこへ出向している政治団体と見るほうが当たっているでしょう。パチャウリIPCC議長からして気候や気象や関連分野の自然科学の科学者では全くなく、出身国インドでエネルギー関連の国営企業の役員をしている “経済屋” にすぎません。ちなみにWWFが問題にしているシロクマの個体数減少にしても、地球温暖化など全く相関も因果もなく、ヒトによる狩猟圧によるものでしかないことが判明しています。「査読を経た論文を基礎に置くという科学の基本を守れば回避できた間違い」というのも噴飯ものです。政治の強い干渉にさらされる研究は、研究費の配分という紐付きであって、査読者自体が政治の意向を汲み取りながら査読をしていると見るべきでありましょう…。


それにしても、2009年11月のクライメートゲート事件で、IPCCのみならず御用気象学者どもがいかにインチキをしていたかが、白日の元にバレてしまって3年8カ月経ちました。最近では悪徳マスゴミどもも、“不都合な虚妄説” と変わり果てた地球温暖化をほとんど言わなくなりました。彼らは出来るだけ地球温暖化の話題は触れないようにして、人々の記憶から忘れ去られることを狙って沈静化を図るつもりでしょう。しかしながら、温暖化対策のタチの悪い諸法はまだ生きています。悪法も法なりで、守らざるを得なく、あれやこれやらで1兆円とも2兆円とも言われる税金が温暖化利権者どもにむさぼり食われています。いまこそ、地球温暖化利権者や御用学者が沈静化で逃げ切るまえに、もう一度問題化させて、“科学史上の最大のスキャンダル” を総括し、かかわった者どもの責任追及するべきでありましょう。地球温暖化の利権構造も、原発ムラの利権構造も同根です。きわめて酷似しています。これらを許し野放しにしておったら、善良で何の落ち度もない国民は次々に税金という形で体よくカネを盗られて、身ぐるみ剥がされるでしょう…。

【一旦ここで拙稿は終了】

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氷河の後退・縮小は、気温上昇のみに依存するのではない。(その4)
その1で閲覧した論文を、もう一度読んでみましょう
公益社団法人 日本雪氷学会 の機関誌 『雪氷』 74巻3号 (2012年5月) に掲載された論文 福井幸太郎・飯田 肇 「飛騨山脈、立山・剱山域の3つの多年性雪渓の氷圧と流動 ―日本に現存する氷河の可能性について― 」 によって日本に氷河が現存していることが分かりました。この論文は専門の論文でしょうが、そう難しいことは書いてないから、われわれ門外漢でも十分に読めます。よく分からん用語が出てきたら、氷河・雪氷圏環境研究舎 『氷河・雪氷圏辞典 5訂版』 を見るとよろしい。

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閲覧した論文の骨子を要約  細かな調査方法とか、解析図解とかは一般には意味がないから割愛した。
●この論文で日本にも小規模ながら3個の氷河が現存することが判明しました。氷河と認めるには3つの条件、①降雪からできた雪と氷の大きな塊、②陸上に存在、③流動している、を満たす必要があるそうです。①と②は日本の中部山岳や東北・北海道の高い山に雪渓とよばれる雪氷体が存在し、研究者でなくても一般の山登りは見たことがあります。それらの雪渓には、夏が終わって次の降雪までに溶けきらずに永年性となる雪渓も多数あり、分厚い雪渓の下部は圧縮されて氷となるものも多いのですが、③の条件、重力によってその氷体が継続して動き下の方に滑り落ちているということがあってはじめて氷河であります。この③の条件が論文の元になった調査で確認されたのであります。まことに慶賀すべき目出たいことでありましょう。

小窓雪渓 (小窓氷河と呼んでいいかも?)
剣岳(2999m)の東側の標高2300-2000mの地点に存在する。長さは1200m、幅は最大で200m、平均傾斜は20度。降雪と雪崩で雪が集積し、最大積雪深は20mに達する。融雪末期の10月には氷体がところどころ露出する。氷体の厚さと内部構造の調査で、厚さ30m以上、長さ900mの氷体の存在が窺える。

三の窓雪渓 (三の窓氷河か?)
剣岳(2999m)の東側の標高2400-1700mの地点に存在。長さは1600m、幅は最大で100m、平均傾斜は25度。冬には降雪と雪崩で20~30mの雪が集積する。融雪末期の10月には氷体が一部露出。厚さ40m以上、長さ1200mの氷体が観測された。

御前沢雪渓 (御前沢氷河か?)
立山の雄山(3003m)の東面の標高2800-2500mの地点に存在。長さは700m、幅は300m、平均傾斜は20度。冬には吹きだまり効果と雪崩により積雪が15~20mたまる。融雪末期の10月には氷体の一部が露出。こちらの氷体は2つに分かれていて、上流部の氷体は厚さ23m長さ200m、下流部の氷体は厚さ27m長さ400mであるという。

●平衡線高度の考察も議論しています。積雪量の大幅な増加により、平衡線高度が大きく下がるのです。平衡線とは、氷河の上において 「降雪による涵養」 と 「氷の融解による消耗」 との収支バランスが均衡することを表わします。従来、中部山岳では平衡線高度は4000mと言われ地学や地形学の教科書にもそう書かれていました。しかし、それは気温のみからの見方であって降雪量が全く考慮されませんでした。立山連峰の世界屈指の豪雪は平衡線高度を大きく引き下げ、平衡線高度は小窓氷河・三の窓氷河では2000mであると考えることができます。3776mの富士山には氷河がなく、中部日本では太平洋側から日本海側にむかって降雪量が急増するのですが、この間に平衡線高度が1800mも下がっていることになりましょう。 【要約終了


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何故、北陸の剣岳で降雪量が多く、北海道の大雪山で降雪量が少ないのか? 
簡単です。下の図から考察しますと、日本海が胃袋の形をしていることが大いに関係していましょう。
国土交通省 『電子国土ポータル』 から
↑ 優れ物の 国土交通省 『電子国土ポータル』 の作図機能を使って作成したが、図はあまり上手くはない。

そもそも、日本海側の多量の降雪は低気圧によるものではなく、シベリア高気圧からの寒気移流と暖かい日本海からの水蒸気補給の協働によるものでありましょう。それが証拠に東北地方太平洋側や、北海道太平洋側では降雪量は僅かであります。

●まず、冬期に、シベリア高気圧から吹き出す寒気の流れが日本海を渡ってくるとき、その吹走距離が北陸地方で非常に長くなります。対馬海流で暖かい日本海から湯気のように立ち昇る水蒸気を多量に補給して降雪雲が発達します。この寒冷気団から吹く風の日本海上の吹走距離の長いことが、北陸地方で降雪量が多くなる原因です。北海道ではこの吹走距離が短いです。しかも日本海北部では海水温も低くなりましょう。

●次に、北朝鮮と中国の国境に白頭山(長白山ともいう、2744m)を盟主とする大きな山塊があります。シベリア高気圧は寒冷で背が低い高気圧です。そこから吹く寒冷な季節風は白頭山の山塊を越えられません。で、図中の青線のように、季節風の流れが2つに分かれて白頭山塊を迂回するような気流ができます。そして、分かれた2つの気流が日本海上で再び合流(収束)します。方向の異なる気流がぶつかると、激しい上昇気流ができたり、小さな低気圧が発生します。2つの気流がぶつかって出来る積乱雲の列ができるのですが日本海寒帯気団収束帯(JPCZ = Japan-sea Polar-airmass Convergence Zone)と呼ばれています。このJPCZがぶつかってくる場所が立山周辺であることが多いです。このJPCZが北陸地方の豪雪の立役者です。以上の2点が北陸地方の方が北海道よりも何倍も降雪量が多くなる要因でありましょう。


立山・室堂平の雪の大谷ウォーク】 を見ると想像を絶するような積雪です。20m前後であります。物凄いです。しかし計算が合いません。降りたてのサラサラ雪は比重が0.05ですが、次第に締まってきて比重が0.2とか0.3などになり、20m積もる下の方は比重が0.5とかの圧雪になる筈です。仮に平均比重が0.3とすると、降雪水量は冬期に6000ミリとなり多すぎです。おそらく、吹き溜まりになっていることと、斜面上部から雪崩のように雪が滑り落ちて溜まるからではないだろうか。 

拙稿は続く

氷河の後退・縮小は、気温上昇のみに依存するのではない。(その3)
北陸の剣岳に氷河が現存するのに、なぜ北海道の大雪山に氷河がないのか?
●表題のテーマを考えるには、なによりも両山の気象観測データが必要であります。しかし残念ながら、剣岳および大雪山には気象庁の気象観測所はありません。正確にいうと、剣岳(海抜2999m)の近くの立山(3015m)の室堂平の2291m地点にアメダス立山がありました。1976年から2010年まで夏期の雨量が観測されています。けれども、既に廃止されましたし、冬期の積雪などの気象要素が観測されていませんでした。とても、まともな観測所とは言えませんでした。一方、大雪山でも主峰の旭岳(海抜2291m)の中腹の1620m地点にアメダス旭岳が設置されていました。しかし、これも1976年から2003年まで夏期限定で雨量のみの観測でした。通年にわたる気温や降雪量の観測はなく、現在は廃止されています。気象庁は地球温暖化などの気候変動を問題視するのであれば、観測網を充実させるべきであるのに、やっていることは逆で、観測所のリストラに余念がありません。(ま、これは予算が削減されていることが大きいでしょうが…)民間の研究機関とか大学等の観測はあるみたいですが、しかし長期にわたる観測ではなく、その観測データも部外者には入手が困難であります。したがって、山麓の気象観測データから両山の気温や積雪降水量を推定するしかありません…。

剣岳の山麓の気象観測所
富山県 アメダス上市  (北緯36度40.2分、東経137度25.4分、海抜296mに所在する)
アメダス上市(かみいち)は、剣岳(海抜2999m)の西北西18.1kmの山麓にあります。

富山県 アメダス上市の観測データ
なお、統計期間は1981年~2010年、資料年数は30年。雨量の欄で赤字にしてあるのは剣岳山頂付近では雪になっているものと思われます。 気象庁の気象統計情報からデータを借用

大雪山の山麓の気象観測所
北海道川上地方 アメダス志比内  (北緯43度38.6分、東経142度34.9分、海抜310mに所在する)
アメダス志比内(しびない)は、大雪山の主峰旭岳(2291m)の西方22.1kmの山麓にあります。

北海道川上地方 アメダス志比内の観測データ
なお、統計期間は1993年~2010年、資料年数は18年。雨量の欄で赤字にしてあるのは、大雪山山頂付近では雪になっているものと思われます。 気象庁の気象統計情報からデータを借用

山頂あるいは中腹の雨量は、山麓の5割増し
●なお、山の山麓と、山の中腹~山頂を比べると、山の中腹~山頂の方が雨量は多くなります。低い山では山頂の雨量が多く、3000mを越えるような高い山では山頂よりもむしろ中腹のほうが雨量が多くなることが多いです。下に例示するように至近距離であっても、平野部や山麓とくらべると山の方では、雨量が少なくとも2~3割、ときには7~8割りも増えるのが普通であります。

静岡県天城山 (海抜1070m)4392.2ミリ 山麓の稲取(海抜130m)2322.6ミリ 89.1%増し
鳥取県大山  (海抜 875m) 2838.9ミリ 山麓の米子(海抜 6m) 1772.0ミリ  60.2%増し
和歌山県高野山(海抜795m)1851.6ミリ 山麓の葛城(海抜142m)1358.4ミリ 36.3%増し


剣岳・大雪山の気温は気温減率から推定する
富士山を例にして計算した気温減率
↑気象庁観測データからわたくし山のキノコが作成した。

●普通は、気温減率は、0.65℃/100mが使われます。しかしながら、場所により、気象状況により変化します。おおむね冬期の方が大きくなる傾向はあります。特に冬に上空に強い寒気が侵入してきたときには気温減率は1℃/100mに達することもあります。(富士山頂と麓の気温差は30度を超える)

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●以上を踏まえて、剣岳と大雪山の山頂の気象を推定すると、(あくまでも推定でしかありませんが)

冬の1月の平均気温は、富山県剣岳では-17℃ぐらい、北海道大雪山で-21℃程度か? ひょっとすると大雪山はもう少し高めかもしれません。大雪山の山麓の志比内は旭川の近くで冬の放射冷却で極低温が発生するところで、冬の気温が低めです。山腹温暖帯という用語もあるように山の上の方は予想ほど気温が下がっていないかもしれません…。 剣岳の近くの、高層気象観測所の輪島のデータを見ると、冬1月の700hPa(高度2850~3000m程度)での平均気温は、1日2回9時と21時の観測のデータともに、-15.4度です。剣岳の推定値とほぼ一致しています。また、大雪山の最寄りの高層気象観測所の札幌の冬1月の700hPaの平均気温は-21.0度です。大雪山の海抜2291mは、700hPa高度よりも600~700m低いから、それを勘案すると大雪山山頂気温は1月には-18度程度かもしれません。剣岳と大雪山の冬の山頂の気温はほぼ同じか、若干2~3度大雪山の方が低めと推定します。


●次に、剣岳と大雪山の降水量でありますが、議論するまでもなく、圧倒的に剣岳の方が多いです。麓の観測所データでは剣岳のほうが3倍あります。大雪山での年降水量は推定1500~2000ミリ、剣岳は4500~6000ミリに達するものと思われます。降雪量も圧倒的に剣岳のほうが多いと思われます。11月~3月の降水量比較から、剣岳の降雪量は大雪山の4~5倍に達するものと推定すべきでありましょう…。

拙稿は続く

氷河の後退・縮小は、気温上昇のみに依存するのではない。(その2)
伊藤公紀blog 「ゴア氏の間違い6.キリマンジャロの雪」 伊藤公紀氏といえば、槌田敦、近藤邦明、丸山茂徳、池田清彦、渡辺正、赤祖父俊一などの諸氏と並ぶ日本を代表するCO2地球温暖化懐疑論者の1人です。その伊藤氏がノーベル平和賞に輝いたゴア氏を批判しています。まったく伊藤氏の主張に賛同できます。そもそも、普通に考えても、地球温暖化防止の啓蒙活動をしたという理由でゴア氏がノーベル平和賞だなんていうハナシが変なのです。政治的としか言いようがありません。はっきり言って“ノーベル平和賞 = ノーベル政治賞” なのです。しかしながら、そもそも気象とか気候というのは、本来は地球回転体の重力場の中で起こる物理現象でしょうから、分野としてはノーベル物理学賞であるべき筈です。したがって、本来ならば、最初に地球温暖化を言いだしたNASAの気象学者のジェームズ・ハンセンにノーベル物理学賞を与えるべきものです。しかしながら、地球温暖化の話自体が最初から政治が深く関与しています。それでIPCCとゴア氏にノーベル賞を付与して権威付けようとしたのでありましょうが、CO2地球温暖化説も、温暖化危機説も、自然科学的な方法や手続きを踏んで客観的に証明された理論とはとても言えないしろもので、まあスパコンが描いたコンピューターシミュレーション、俗な言い方では “コンピューターゲームの絵” でしかありません。検証しようもないハナシです。数十年後に地球の平均気温は数度上がって危機的な現象が起こるといっても、本当にそうなるのか、そうならないかは、それを検証できるのは数十年後の気象観測であります。 騙されたらいけないのは、地球温暖化は検証されたハナシじゃあなくて、つまり自然科学じゃなくて政治なんです。ということで自然科学の賞として与えるのはとても無理だと、ノーベル賞委員会はそこは良識が残っていました。無理にノーベル賞を付与しようとしたので、平和賞とする他なかったのでしょうね…。このただ1点をもっても、CO2地球温暖化説は完全にインチキの馬脚をあらわしています。

政治家のゴア氏に地球温暖化に関するノーベル賞を与えてくれて、むしろ良かったと言えましょう。ゴア氏におめでとうと言うべきでありましょう。CO2地球温暖化説が政治的な話であったことが顕になったから、批判がしやすいからです。これがジェームス・ハンセンに物理学賞として与えられたのであれば、厄介であったと思います。

●伊藤公紀氏はKaserらの研究を引用しながら、次のように言っています。
「キリマンジャロ山は赤道直下にあるので、夏は氷河の北から日が当たり、冬は南から日が当たる。途中の季節は日照が少ない。その結果、氷河の南北の面が日光に照らされて融け、低い湿度のために蒸発する、というのだ。ではなぜ湿度が低いのか。Kaserらの調査の時は、原因については示唆に留まったが、最近の研究の結果も併せると、どうやら山の周辺の森林伐採が効いているらしい。チャド湖の灌漑の例に似て、キリマンジャロ山の雪にも開発の影響があるようだ。しかし、それだけでもないらしい。キリマンジャロ山の氷河後退は、アフリカの他の山岳氷河と同様に、1880年代から後退を続けていることが分かっている」

●キリマンジャロの氷河(氷帽じゃねえのか?)が後退している要因には、多くの研究者が気温上昇だけでなく、乾燥化や降雪量の減少を指摘しています。どうやらここ10年ほど前からキリマンジャロはよく雪が降り、検索したら登山者が猛吹雪に遭ったなどいうハナシがヒットします。kenpuさん撮影:キリマンジャロ国立公園周辺の写真(拡大画像) 2006年12月25日ごろに撮影された写真のようですが、写真がちょっと古いですが見事に白銀に輝やいています。なお、キリマンジャロの山頂で気温観測が50年間行われているそうですが、全然気温は上昇していないとか…。(ただし、捜したけど観測データが見つからないですが…)


どんなに気温が低くても、雪が降らなきゃ氷河は出来ず…
その証拠をいろいろな資料から借用して示しましょう。ごく大雑把に氷河が出来る条件を挙げるならば、気温が非常に低いだけではダメで、大量の雪が降ることも絶対に必要な条件でありましょう。この2条件がほとんど全てでありましょう。逆から考えると、気温の上昇だけでなく、降雪量の減少も氷河がやせ細る要因になり得る ということでありましょう。したがって、氷河の後退・縮小を以って地球温暖化の証拠とするのは、不適切です。降雪量が減ったためかもしれないからです。アラスカで後退縮小ではなく前進している氷河の存在が知られています。アラスカの前進氷河の例では、その氷河の涵養域での降雪量が増えているのではないか?という仮説が立てられそうです。

南極の例
南極のマクマードドライバレー。極地砂漠。極寒の中での礫砂漠であります。雪と氷の世界と信じられていた南極大陸の中に、4000平方キロにおよぶ広大な無雪地帯を発見したのは、1901年~1904年に越冬したスコット隊であります。
南極 ドライバレーのライト谷
国立極地研究所 が運営している 南極観測のホームページ から借用しました。調査隊が調べたら、-54度という酷寒でも凍らない塩分濃度の極端に高い不凍池があるということですので、写真で氷が張っているように見えるのは塩分が晶出したものかも? 亜熱帯や温帯の砂漠には塩湖がつきもので、塩分濃度のたかい不凍池があるということ自体が砂漠である証しかもしれませんね。ただし、いろいろとネットでも資料に当たれるので閲覧すれば、淡水の池もあるらしいです。淡水か塩分濃度の高くない池ならば、ただの氷かも?

●ほぼ全域が雪氷に覆われている南極大陸で何故ここだけが無雪地帯になっているのか? は色々な説があるみたいですけれども、ハッキリとは分からないらしい。けれども、雪が降らにゃ氷河は出来ないことには何ら変わらない…。地図を見たら、②番目の説が当たっているのではないだろうか?

①、何らかの要因で低気圧がこの地帯に近づかず、またこの地帯の近くで発生せずに、雪が全然降らないのか? 

②、この無雪地帯の周囲に2500mに達する山脈があって卓越風の風下側にあたり雪が降らないのでは? いわゆる 雨陰効果 (ういんこうか) です。たとえば北東貿易風が吹き当たるハワイ島では、風上側の島北東側は湿潤多雨ですが、島の南西側は風裏になり降水量が少なく砂漠に近いですが、雨陰効果の典型例。瀬戸内海沿岸地方は夏場は四国山地の雨陰になり、冬場は中国山地の雨陰で年間降水量が非常に少ないです。で、溜め池だらけ…。

③、南極は強烈なカタバ風(斜面下降流)という強風が吹くことで知られていますが、この谷では特に風が強く雪が吹き飛ばされるからなどという説明もありますが、この説明では、強烈なカタバ風は南極大陸では名物みたいなもので、南極大陸の他の大部分の場所が雪氷で覆われていることの説明がつかなくなってしまいそうです…。


Google Earth より 南極 マクマードドライバレー (無雪地帯)
Google Earth より借用させていただきました。(最近借用上手になった) 南極で希有の無雪氷地帯のマクマードドライバレーの衛星画像。黒く見えるのは、雪や氷がないために露岩がむきだしになっているためです。写真の右端側はロス海、左側方向は南極大陸中心方向です。

●これを見た地球温暖化盲信の環境団体などでは、ほら見ろ、南極の氷が解けている証拠だ、などと喜ぶかも分かりません。環境保護団体は地球温暖化を叫んで寄付金集めしているから、あらゆる事象を地球温暖化に結び付けて金づるにしようとしています。 ところが、広大な南極大陸でごく一部の特定の場所だけが雪氷がないのだから、温暖化では全く説明がつきません。ドライバレーは雪氷がなく礫や岩が累々としているようですけれども、氷食谷であるからには、かつては氷河で覆われていたハズです。写真で一番長い谷はライトバレーと名付けられているようで、中央部に小さな池(湖)が見えています。谷の左端に氷舌が見えていますが、大陸奥から流れてきた氷河はそこで消耗しているようです。Google Earthで見られる多数の写真で氷食地形を観察すると、かつて雪氷で覆われていた場所の氷が消失してできた極地の礫砂漠であると言えそうです。そうしますと、この地域が何らかの要因で降水(降雪)が減少化し、また非常に乾燥化した局地気候変化が、地面が露出している原因としか考えようがないのでは? もし気温上昇によるのであれば、この地域以外の場所でもここと同様に砂漠化するハズですが、そうなってはいません…。


氷河期の例
最終氷期(ヴュルム氷期)のユーラシア大陸では、スカンジナビア半島を中心とする北ヨーロッパや、ロシアの最西部あたりでは巨大な氷床が発達しました。しかし、一方シベリアの東部では山岳氷河が少し出来た程度で、北ヨーロッパのような巨大な氷床はできませんでした。その要因には色々ありましょうが、一番大きな要因は降雪量が少なかったためと考えられています。
最終氷期の地球
英語版Wikipedia 「Last glacial period (最終氷期)」 から写真を借用しました。とても上手く作ったモンタージュ写真であります。最終氷期 (ヴュルム氷期) は1.5万年~7万年前と言われていますが、氷河 (というよりも氷床と呼ぶべきでしょうが) が最も拡大したときのモンタージュ写真でありましょう。現在は、ヨーロッパは冬に降水(降雪)が多く夏に少ないです。逆にシベリア東部は冬に降水(降雪)が少なくて乾燥し、夏には降水が比較的に多いです。必ずしも最終氷期の季節的降水の多寡が現在と同じだと言いきれない面もありましょうが、冬の降雪の少なさがシベリア東部で氷床が出来なかった要因だとされています。

●アメリカ大陸では、北緯38度まで巨大な氷床が発達したとされます。ニューヨークのセントラルパークの迷子石が氷河期の置き土産だというのは非常に有名です。日本の日本海側の北陸地方は世界屈指の多雪地帯として名を馳せています。ならば気温が6~9度も低下したとされる最終氷期に、日本の北陸や中部山岳で巨大な氷河が出来そうなものですが、しかし北アルプスや中央アルプスの2500m以上で小規模な山岳氷河(谷氷河)が少し出来た程度です。日本では巨大な氷河はできませんでした。これは氷河期に海水準が下がり九州と韓国の間が陸地化、あるいは狭い海峡になり、対馬海流が日本海に入らなくなり日本海の水温が低下、あるいは結氷、日本海からの水蒸気の供給が激減して北陸地方のの降雪が減ってしまったのが要因とされているようです。要するに、氷河が発達するかどうかは気温が低いだけでなく、降雪量が多いことも必要なのです…。


拙稿は続く

氷河の後退・縮小は、気温上昇のみに依存するのではない。(その1)
毎日暑いですわね。涼しげな氷河の話題でもしましょう…
●いささか旧聞に属する話になってしまいましたが、昨年に、日本にも氷河が現存しているということが判明しました。日本氷雪学会が公式に認めました。地球温暖化でヒマラヤの氷河が後退しているとIPCCが政治的に庇護している御用研究者どもが、いまだに煽りまくっていますが、そのように氷河の後退や消失が心配されている趨勢のなか、日本に氷河などないと信じられていたのに、北アルプスの立山や剣岳の東斜面の谷に氷河があると判明しました。まことに喜ばしい限りであります。日本は氷河保有国(?)となったわけですが、お赤飯を炊いて慶賀すべきことなのです。

低緯度・低海抜の世界的に希有の氷河
●赤道直下であっても5895mの海抜をもつキリマンジャロとか、比較的に低緯度であっても高く聳えるヒマラヤ山脈は別格で、それ以外で、わずか北緯36度などという低緯度に、しかもたった海抜2000m前後の低山に、氷河が存在しているということは希有なことであります。まことに慶賀すべきことであります。いま富士山が世界遺産になったと国をあげて浮かれていますが、むしろ、こちらの方が価値がありそうですね…。なぜならば富士山程度の成層火山は世界に沢山あるからです。ジャワ島の地図をごらんなさい。いっぱいあります。世界遺産に登録されているカムチャツカ半島の火山群は、Google earth を閲覧すると富士山みたいな成層火山は10ほどもあります。一番高い山は4850mほどもあり、富士山よりも遥かに高いです。ようするに、富士山程度の成層火山は地球上にありふれているのです。ところが、北緯36度の低緯度かつ2000m前後の低海抜の氷河は、世界で立山連峰だけです。唯一無二のものだから、世界遺産級でありましょう…。


公益社団法人 日本雪氷学会 の機関誌 『雪氷』 74巻3号 (2012年5月) に掲載された論文 福井幸太郎・飯田 肇 「飛騨山脈、立山・剱山域の3つの多年性雪渓の氷圧と流動 ―日本に現存する氷河の可能性について― 」 によって日本に氷河が現存していることが分かりました。この論文は専門の論文でしょうが、そう難しいことは書いてないから、われわれ門外漢でも十分に読めます。よく分からん用語が出てきたら、氷河・雪氷圏環境研究舎 『氷河・雪氷圏辞典 5訂版』 を見るとよろしい。

余談 報道の政治的偏向化
しばしば、アカデミズムは難しいことを難しく言う、ジャーナリズムは難しいことを易しく言う、などといわれます。私はそうは思いません。それは新聞やテレビなどのジャーナリズムが自己を正当化するための言い草でありましょう。難しいことを無理に易しく報道しようとして、難解な部分はカットし、不適切な比喩や言い換えでの誤魔化しが見受けられることがあります。今のジャーナリズムは政治的に色がついていますから、アカデミズムが言っていないことでも、勝手な拡大解釈で付け加えたりすることが横行しています。研究者が○○を研究して△△ということが分かった、などと新聞等が報道するときには、要注意です。新聞記者やデスクの勝手な政治的解釈を付け加えていることがままあります。で、その研究者が本当に新聞報道の通りに言ったのかどうか、確認する必要がありそうです。さいわい、インターネットが普及してわれわれ庶民でもその確認ができるようになりました。いまや色々な分野の研究者がホームページを持っていて情報発信しています。学会誌でも一般公開するところが非常に多くなっています。マスコミが研究者が言ったことのごく一部を針小棒大に拡大して、新聞社の主張に沿うように都合良く曲げて報道してもすぐにバレてしまいます。もちろん企業秘密とか国家機密は入手できませんが、研究者や省庁のホームページを閲覧しさえすれば、庶民のレベルでいくらでも情報を得ることができる時代になっております…。ジャーナリズム(マスゴミ)の存在理由が根底から揺らいでいます。若い人で新聞を購読しているなどと言うと、“おまえは情報薄者なのか” などと揶揄されてしまいそうです…。

余談 可能なかぎり原典・情報元を閲覧しよう
今回話題にするところの、日本にも現存する氷河があったという学術報告も、昨年いちおう各紙で取り上げられたようですけれども、取り上げ方があまりにも簡略的でした。できれば触れたくないニュースという印象が強くしました。おそらく、京都議定書が採択されて以降20年近くにわたって、マスゴミどもが地球温暖化危機説の布教に余念がなく、氷河が消失するというふうな特集記事が組まれてきました。そうしてきた手前、日本に氷河があったなどという話題はマスゴミにとってまことに具合が悪いことでありましょう。たとえば、もし“有名な白馬岳の多年性雪渓がやせ細って消滅寸前だ” というふうな話だったらマスゴミは飛びついたのでありましょう…。で、しぶしぶ報道したという印象が否めないわけです。マスゴミにも政治的な立ち位置というのがあり、必ずしも政治的に中立ではないのだから、なにか報道があったならば、その報道を額面どおりに受け止められない面があります。可能な限り取材元の原典や原論文にまで遡及して閲覧するほうが宜しそうで……。

余談 政治と報道の癒着
テレビもそうだけれども、とくに新聞というものは、もはや前時代的であります。膨大な森林資源を破壊して作った紙というものに、わざわざ前・前世紀の技術である輪転機を回して印刷し、膨大な手間とコストを掛けて配送・配達し、というビジネスモデルはもはや終わっていますよ。新しい時代に応じた新しいビジネスモデルが登場し、古いビジネスモデルは淘汰され絶滅していくのが世の常です。たとえば携帯電話の登場で消えていったポケットベルとか。そのような化石のようなビジネスモデルに固執しているから、そしてクライアントに広告効果なしと烙印を押され広告収入が激減し、背に腹は替えられないから、いよいよ押し紙という部数誤魔化しで広告収入を過大に詐欺し、あげくのはては、政府に泣きついて、政府の広報係をするからその見返りにと “新聞だけは消費税値上げを特例免除してくれ” という政治と報道の癒着問題が起こるのです。あるいは新聞業界が文部科学省にスリよって、学校で新聞を使った教育をしてくれというNIE(newspaper in education)などもそう。政府に尻尾を振って擦り寄るような、こんな業界に果たして未来はあるでしょうか? 歴史を見れば、苦しくなって政府の庇護を求めるような業界は100%衰退しています。わたくし山のキノコはテレビ・新聞業界の未来は非常に暗いものと予想しております…。


↓ 2012年に氷河と認められた立山ー剣岳の多年性雪渓
剣岳の東斜面の氷河
Wikipediaより写真借用。剱岳の氷河が存在する三ノ窓雪渓と小窓雪渓、鹿島槍ヶ岳から望む

国土地理院の地形図
国土地理院 『電子国土ポータル』 より富山県・立山~剣岳周辺を借用。

●さて、上掲の 『雪氷』 74巻3号 (2012年5月) に掲載された論文 『飛騨山脈、立山・剱山域の3つの多年性雪渓の氷圧と流動 ―日本に現存する氷河の可能性について― 』 をよく読めば、地球温暖化のウソが演繹的に引き出せます。IPCCがヒマラヤの氷河の後退や、キリマンジャロの氷河の後退を、地球温暖化の進行している証拠として挙げていました。もちろん、その可能性もあるんですけれども、しかしながら、氷河の後退や前進は気温変化にだけ依存しているのではなく、気温変化以外にも降水量(降雪量)の変化に大きく依存していることがハッキリと窺えます。

なぜ、北海道の大雪山に氷河がないのか? 大雪山にも多年性雪渓は多数みられますが氷河とは認められていないです。なぜ、緯度にして7度も南の立山連峰に (しかも海抜2000m前後で、大雪山2291mとかわらない) 氷河が現存しているのか? 理由は全く鮮明です。降雪量の差です。降雪量が多くなると氷河は涵養・前進し、降雪量が減ると氷河が消耗・後退です。気温変化だけではないのであります。キリマンジャロの氷河の縮小も、山麓一帯での森林伐採等による乾燥化で降雪量が減ったとのレポートも早くからあがっています。したがって、氷河の後退を示して、地球温暖化の証拠だとみなすのは不適切でありましょう。


付記】 ヨーロッパアルプスの氷河はここ200~300年で大きな後退をみせていますし、そういう報告は沢山あるようですが、それは近世の小氷期の寒冷な気候からの回復過程で起こった気温上昇によるものでありましょうが、それを否定しようとするのではありません。そういった100年単位の時間スケールの中で起こった氷河後退を議論しているのではなく、たかだか数年~数十年というごく短期間での氷河の消長までもがCO2地球温暖化説・CO2地球温暖化危機説の布教に悪用されていることを、議論しようとしております。

拙稿は続く

爆弾低気圧の陰に、強烈な寒気あり。
●気象庁から出ている最新の季節予報によると、特に、関東地方以西では、この冬は厳冬予測であります。政府の御用官庁となって地球温暖化を印象付けたい気象庁も、暖冬予測を出せないわけです…。シベリア上空の気温はグングンと下がっています。先月から、まだ初冬だというのに厳寒期なみの寒気が涵養されています。11月26日から国連気候変動枠組み条約第18回締約国会議(COP18)が開催されて、2週目に入っております。が、各国の利害対立は激しく、エゴとエゴとのぶつかり合いで溝を埋めようがありません。やはりもめています。合意などつきません。ユーラシア大陸の高緯度の上空では、地球温暖化対策会議の茶番劇などあざ笑うかの如く寒気が醸成されているのです。今、北極圏は一日中夜です。冬至には北緯66度以北は一日中夜、北緯50度、60度でも太陽が射すのはちょっとの間、しかも太陽高度は低く、温まりません。放射冷却でどんどんと冷えてまいります。

特に、一旦、気温が氷点下何十度とかなると、空気中に含まれる水蒸気がほとんどありません。気温が高ければ二酸化炭素の数十倍から数百倍ものオーダーで存在する水蒸気という圧倒的な温室効果ガスも、気温が極端に低くなるとほとんどないのですから、暖かい布団をはぎ取ったも同然です。放射冷却で冷えるしかありません。圧倒的な水蒸気の掛け布団の前には、わずか400PPM弱しかない二酸化炭素など薄い透けた布程度でしかありません。どんどん冷えるしかありません。地球温暖化総本山のIPCCも、もちろん、そんなことは百も承知なのですけれども、水蒸気はその大気中に存在する濃度がころころ変わるために、考慮する必要がないとか…。ころころ変わるものは無視していいのだそうです。(じゃあ、橋下徹氏の言うことも無視してもよい)

まだ初冬なのに厳冬期並みの第一級の寒気が続々と… 2012年12月05日09時の高層天気図です。500hPa高度・気温解析図の一部を抜粋引用。
2012年12月05日高層天気図
↑ 気象庁HP 船舶向け天気図提供ページ の 500hPa高度、気温解析(アジア) の図から日本付近を抜粋して借用しました。まだ、初冬なのに、北緯50度東経120度に位置する上空の低気圧(寒冷渦)の後面には-46.1度などという観測データがプロットされています。凄いですねえ。厳寒期の数字じゃありませんか。地球温暖化のタワゴトなど枯れ葉のごとく吹き飛びそうな数字です。ひと雨ごとに地上の気温も上空の気温も、井戸のつるべが落ちていくみたいです。毎日2回気象庁が発表するアジア高層天気図を見るのが楽しみであります。

●この高層天気図の時刻と同じ地上天気図を見ると、東シナ海北部の山東半島の沖付近に地上低気圧がありますが、それが強烈に発達して爆弾低気圧になる予測を気象庁が出しています。で、警戒を呼び掛けています。

気象庁サイトより引用
暴風と高波及び雷に関する全般気象情報第2号  平成24年12月5日16時46分 気象庁予報部発表

(見出し)日本海で急速に発達する低気圧の影響で、5日夜から7日にかけて、西日本から北日本では非常に強い風が吹き、北日本では猛烈な風が吹く見込みです。暴風や暴風雪、高波に警戒してください。また、大気の状態も非常に不安定となるため、落雷や竜巻などの激しい突風にも注意が必要です。

(本文)[気圧配置など]
 朝鮮半島付近には発達中の低気圧があって東に進んでいます。この低気圧は、6日にかけて急速に発達しながら日本海を北東に進み、7日にはオホーツク海に達するでしょう。また、この低気圧からのびる寒冷前線の通過に伴
い、西日本から北日本にかけて、大気の状態が非常に不安定となる見込みです。
 
[防災事項]
<暴風・高波>
 西日本では5日夜のはじめ頃から6日昼過ぎにかけて、北陸地方では6日未明から夕方にかけて、北日本では6日明け方から7日にかけて、海上や海岸を中心に非常に強い風が吹き、北日本では猛烈な風が吹く見込みです。

 6日にかけて予想される最大風速(最大瞬間風速)は、
  北海道地方、東北地方       30メートル(45メートル)
  北陸地方               28メートル(40メートル)
  中国地方、四国地方、近畿地方  25メートル(35メートル) 
  九州北部地方            23メートル(35メートル)  の見込みです。
引用終了

温暖化ではなく、寒冷化で、温帯低気圧はより発達するのではないのか?
●温帯低気圧が発達する条件はいくつかありましょうが、500hPa高層天気図で、この低気圧の後面で-45度の強烈な寒気移流が大きな立役者になっていることは容易に想像できるところです。温暖化の恐怖を煽りまくる温暖化脅威論と実際の現象やデータとが異なるのがこれです。寒気が強ければ強いほど、換言すれば温暖化ではなく寒冷化のほうが、温帯低気圧はより強力に発達するようであります。今年の4月初めに、日本海で964hPaという記録的な爆弾低気圧が出現して、北日本で最大風速40メートル超の暴風が吹いて大きな被害がでました。その時も500hPa高度の気温が-30℃以下で季節外れの寒気が立役者になっていました。

米国のハリケーンの観測統計を見ても、ハッキリと、地球温暖化でハリケーンが巨大化もしていないし、メジャー・ハリケーンが増えてもいません。

台風だって、温暖化脅威論が主張するのとは裏腹で、温暖化で巨大化したなどとは全くいえない観測統計です。

温暖化会議のときに限って、低温記録が更新!
●本日は2012年11月28日であります。

今朝は、本州中部から西日本にかけて、内陸部や山間部で激しく冷え込み、11月の最低気温の記録を更新するアメダス観測所がたくさん出ました。おりしも今、カタールのドーハで、第18回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP18)が始まっております。地球温暖化対策を議論する会議が行われるときに限って、最低気温の更新があったり、以前にはたしかイギリスだったか会議場の外では猛吹雪てなこともありました。こういう会議は、猛暑のあまり自動車のボンネットで卵焼きができるぐらい暑いときにやるべきものなのですが…。

会議では、また、もめているようです。いつものことながら、もめて、もめて、たいして何も決まらず、また来年…、次のCOP19をどこで開催ずるかを決めるだけ…、こういうのを 小田原評定 (おだわらひょうじょう) と申します。いつまでも会議ばかりやっていて何も決まらないのです。何故こんなアホウなことをするのでしょうか?

●おそらく、世界の首脳もお役人も二酸化炭素地球温暖化説など信じていないのです。温暖化が危機などとだれも信じていないのです。地球温暖化とは、国際政治の駆け引きの材料であり、各国とも自国が他国よりも経済的に有利になるように、あるいは不利にならないように、単にパワーゲームを繰り広げているだけなんです。ほんとうに二酸化炭素で地球が危機になると各国首脳が危惧しているのであるならば、こんなアホウな小田原評定を20年近くも延々と続けるハズはありません。

COP18 議定書継続で意見対立

COP18が26日に開幕 日本、原発停止で発言力低下も

11月の最低気温を更新する観測所が大量に出現! 気候のトレンドは寒冷化だ!
下の表は 気象庁ホームページ 「観測史上1位の値 更新状況」 から借用しました。ただし、観測統計期間が10年とかの短いものはカットしました。平年値が算出可能な観測統計期間のあるものだけに絞りました。(現行の平年値算出の期間は1981年~2010年の30年間です)

●表の中で、岡山県のアメダス上長田では今朝-6.1度ですが、このアメダスでは過去に1981年2月28日に-20.2度を観測しています。西日本では唯一、-20度以下の低温を観測している所です。(ただし、山岳観測所の剣山の-23.5度を除く)岡山県などというと瀬戸内海に面して温暖なイメージがありそうですが、その岡山県で-20度を観測しているのは驚きです。

本日11月28日に、11月の記録を更新した観測所のリスト なお、冬の低温は、寒気移入によるものと、放射冷却によるものとの2大別できますが、今回の低温の出現は放射冷却によるものです。
2012年11月28日 11月の最低気温記録更新が大量出現

本日に、過去33~36年間で、11月の最低気温を更新したアメダス観測所ですが、この2~3年このような最低気温更新が目だってきています。昨日までの1位の値の欄に2010年とか2008年とかがあるのを見ても分かります。このリストに地方気象台とかの気象官署が無いじゃないかといわれそうですが、それは気象官署は例外なく都市部にあるために、この数十年間に都市の膨張によりヒートアイランド現象が進み、いちじるしく昇温化したためです。少々の寒冷化では過去100年の最低気温更新は気象官署では出にくくなっています。いっぽう、アメダスは郊外や山間部などにあることが多く、ヒートアイランドの影響が少なく、この30年来の低温に率直に応答して記録を更新しているのです。

今朝、西日本の内陸部を中心にして、アメダス観測所で11月低温記録を更新した要因は次の5点だと思います。強い放射冷却が発生する条件がそろったようであります。

①西日本の上空500hPa高度で、-20~-25度の寒気が侵入していた。
②移動性高気圧に覆われよく晴れた。しかも空気が非常に乾燥。(気象衛星の水蒸気画像では暗域になっていた)
③風がなくほとんど静穏状態で、風による空気の鉛直混合が起こらなかった。
④前日の寒気移入の名残で日中の気温が低かった。(放射冷却で気温が下がるスタート自体が低かった)
⑤うまく月末に近かった。(月の始めではどんなに冷えても、その月の低温記録は更新できない)

コメントへの返信。太陽活動の低下が鮮明! すくなくともダルトン極小期程度はありそう…。
ビワの幼果に「凍害」が発生! 今後、懸念される寒冷化の被害と題する今年の4月24日付けの古い拙記事に、本日コメントを頂戴しました。そこで返信を書いて投稿すると「以前の投稿と重複しています」などと意味不明のメッセージが表示され投稿不能となります。再度、投稿しようとしたら今度は「不正投稿です」とさらに意味不明なメッセージであります。どうなっているのか、サッパリ分かりません。さて、どうしたらいいものか? 以前に何回も申した通り、わたくしは全くのパソコン初心者でありまして、解決方法がわからず放っておくしか、しかたがないところであります。しかしながら放っておけば、人から話かけられて返事をしないということに相当します。たとえ全く見ず知らずの人から話かけられても、耳が聞こえ口が喋れる人ならば誰でも返事ぐらいするハズであります。「こんにちは」と挨拶をされて返事をしないのは、おそらく、耳や口が不自由なのであろうかと思います。あるいは、よほど深刻な悩みを抱えて気分が塞いでいるとか、放心状態にでもあるのでしょう。わたくし山のキノコは耳も聞こえるし、話上手ではないにしても口も喋れます。そこで返事をしようと思うのですけれども、ここに返信を書こうと思います。返信だけ書くのはモッタイナイとおもうので、半分は返信、半分は記事ということにさせていただきます。 いただいたコメントはこちら

【今回のエントリーは基本的には返信でありますが、半分は記事に仕立てました】

章英さんへ
またまたコメントを頂戴しまして有難うございます。御指摘がとても鋭いですね。

【大分県 アメダス玖珠の最低気温順位の1位と2位は同一の現象】
仰る通り、大分県アメダス玖珠の日最低気温極値の-14.7度は、3位の-11.5度と比べるべきですね。1位と2位とは多分一晩で起こった1つの現象でしょう。2012年2月2日~3日にかけての低温は、上空に強い寒気が入っていたところに加えて、風が弱く空気が乾燥していたために、強い放射冷却が発生したのが原因だったと記憶しています。それで夜間にしんしんと冷えていって、夜11時台にすでに-12.9度が示顕し、日が替ってもさらに冷え続け、明け方に-14.7度が示顕したのだと思います。(今となっては気象庁のホームページでは確認できませんが)
大分県 玖珠 での最低気温記録
↑(6位以下省略)この1位と2位は寒波襲来で一晩で起こった寒冷現象ですが、統計上24時で区切ってデータを取るために1つの現象であるにもかかわらず2個の数字が生じました。なお4位と5位は別々の現象です。5位の寒波が来たのち13日後に次の新しい寒波がやってきた。
【統計データを見るときには、観測方法が変更されていないか注意を要する】
それとアメダス発足当初はたしか1時間毎の観測だったですか? それが10分毎の観測になり、今では10秒毎の観測じゃなかったですか? 観測時間密度が変っていますから、古い数字と新しい数字を比較する場合、観測方法変更による誤差を補正する考え方を持っておく必要がありますね。よい勉強になりました。

【30~40年前は厳冬の時代】
1970年代から1980年代前半は、仰る通り厳冬の時代でしたね。1981年の2月下旬の寒波は強烈でした。あのときは放射冷却による低温では全くなく、大気の下層から中層にかけて、シベリアから寒気が地を這うようにどっと移入してきました。800hPa高度に相当する剣山測候所(1945m、2001年に施設廃止)で-23.4度、700hPa高度にほぼ近い富士山測候所(3775m)で-38.0度で、それぞれ低温極値になっています。
富士山の年最低気温の推移
↑富士山測候所の年最低気温の80年間の推移です。1981年の-38.0度というのは際立って低くなっております。

【淡路島のビワが寒害で壊滅した】
淡路島の洲本測候所でも-6.1度で第1位の記録です。淡路島では2月26日の夕方から気温が急激に下がり深夜に低温のピークがあったのですが、晩になって自宅軒先(海抜40m)に未検定のものですが温度計をつるすと-6度でした。急きょ裏山に車で登って同じ温度計をつるすと(海抜520m)何と-12度です。気温減率が非常に大きくなっているのにビックリした記憶があります。
この寒波で淡路島の果樹は壊滅です。ビワは幼果がやられ収穫ゼロ、ミカンは葉が全部落ちて落葉樹みたいになりました。枯死は免れたのですが、愛媛県の産地では枯死するミカン樹が大量に出たようです。

【厳冬の時代には気象学者たちが氷河期が来るぞ! と騒いだ】
1970年代には世界的に気温低下が観測されたので、気象学者たちは氷河期が来るぞと騒ぎました。日本で先頭に立ったのは根本順吉です。『冷えていく地球』(家の光協会、1974年)とか『氷河期が来る』(カッパノベルス、1976年)など書きました。発売当時わたしも買って読みました。氷河期が来ると、コメの栽培北限が高知や宮崎まで南下して、食糧危機が避けられない、と恐怖を煽っていました。

【気象学者たちは氷河期到来説を総括しないまま温暖化論に転向】
しかしその後、10年もたたないうちに、根本順吉は180度の宗旨替えです。前説を反省し、総括しないうちに、また、氷河期危機説を唱えた舌の根が乾かぬうちに、今度は地球温暖化の煽りに加担です。根本順吉が典型例ですが、学者(研究者・専門家)は豹変します。いとも簡単に前説を取り下げます。何食わぬ顔で180度反対のことを言い出します。前説の反省も懺悔も自己批判もありません。社会に与える影響の配慮もありません。もちろん責任も取りません。これが学者の性癖であり生態です。気象学者だけでなく経済学者にもよく見られます。これがCO2温暖化説の信用ならない大きな要因の一つなのです。

【気候変動の太陽活動原因説の復権】
さて、今後の気候推移がどうなるのか予断するわけにはいきませんが、仰る通り、太陽活動の推移がカギを握っているでしょうね。
(SIDC)Solar Influences Data Analysis Center
【上記サイトから、グラフを2枚拝借】
太陽活動の推移
↑氷河期が来るぞと騒がれたサイクル20(1970頃をピークとするサイクル)は山が低くなっています。現在のサイクル24も山が低くそう…。
サイクル24は低調
↑現在のサイクル24は太陽活動が低調ですでにピークを打ったのでは? などという見方が出ています。次のサイクル25は黒点消滅で、マウンダー極小期の再来か? などというハナシまで出ているようで…。

太陽活動のグラフを閲覧すると、現在のサイクル24が始まって3年になるのに、活動は低調です。来年2013年5月に黒点数のピークを打つであろうと予測されていますが、すでにピークを打っていると言う専門家も出始めました。今回のサイクル24は1970年ごろのサイクル20程度かそれを下回るものであることが確定的になってきました。問題は、次のサイクル25でありましょうが、専門家の中にマウンダー極小期の再来を心配する声も挙がっています。今後、厳冬が頻発する可能性が高まっていますね。
政府は、ほとんど虚妄説に近いCO2地球温暖化説に依拠するのではなく、寒冷化の可能性もあり得るということを踏まえて、政策立案、施政をしてほしいものです…。
ビワの幼果に「凍害」が発生! 今後、懸念される寒冷化の被害。
●やはり、今冬は30年ぶり程度の厳冬(寒冬)であったことを裏付ける現象を確認しました。先日、遅ればせながら私が管理している果樹園のビワの袋かけを行いました。場所は南あわじ市灘です。ビワは自然放任すると小さな果実が鈴なりになって、ろくなものが収穫できません。それで一つの枝先に成らす果実の個数を1~3個に制限します。さらに「袋かけ」をします。ビワの果実は軟弱で「葉ずれ」などで傷つきやすいので、袋かけで保護するのです。袋をかけないと、商品価値のあるものを収穫できないのはもちろん、自給の家庭菜園的果樹としても食べられるものは出来ません。

ビワは果実に袋をかけて栽培する

ビワの袋かけ

ビワは晩秋に、アワブキやウルシに似た「円錐花序」を着けるのですが、その花序を大部分剪定します。残した花序の一部には5個前後の幼果が出来ますが、袋かけの際に、奇形・虫食い・発育不良のものを摘果して良果のみ袋をかけます。たとえば下の写真では7個の幼果が着いています。(見えない裏側に2個ある)このまま置くと小さなクズばかりです。この枝には葉が少なく、木の育ちも芳しくないので1個だけ残し、6個はむしり取ります。田中ビワなど大粒種は一つの枝先に1~3個、茂木ビワなど小粒種では3~5個程度に摘果するのです。
ビワはふさふさと着果する

●さて、摘果・袋かけ作業をしていると凍害を受けて黒ずんだものや、腐って落果したものが発生していることに気付きました。寒波による被害です。ただ被害の程度は軽微で収穫減の危惧はほとんどないでしょう。むかしを思い起こせば、1981年の凍害はすさまじく、ビワだけでなく温州ミカンや晩柑類にまで及び、収穫は壊滅しました。その1981年の状況には遠く及びませんが、凍害を確認するのは久方ぶりです。20~30年ぶりの凍害(寒害)か? と経験的に思います。

ビワの幼果の耐凍限界温度は、-2℃~-4℃です。 ビワは寒波に弱い暖地性の果樹なのです。ただし寒波襲来のさいに、既に幼果が出来ているのか、あるいは成長が遅れてまだ蕾であるのか、の違いで若干耐凍性が変わります。なお、ビワの木そのものは-10℃にも耐え、けっこう寒さに強い樹木であります。あくまで幼果が寒さに耐性がないということであります。
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2012年の淡路島の冬の最低気温は次の通りです。気象庁の観測データより抜粋作表。淡路島内のアメダス観測所ごとの、日最低気温について今冬低い順10傑です。-5℃とか-6℃などは出現しませんでしたが、-2℃~-3℃が頻発しました。山のキノコ農園のビワの幼果は、この微妙な低温にやられました。(ビワを壊滅させるほどの低温ではないが、微地形による霜道にあるようなビワはやられた…)
2012年冬の日最低気温

今まで気付かなかったけど、ビワ2大生産県の、長崎県と千葉県の産地でかなりの凍害が発生している模様です。 各地の農業試験場や大学農学部などで、「温暖化が果樹に及ぼす影響」の研究をしたり、「温暖化に強い品種の改良」などをしている背後から、寒波(寒冷化)の痛棒でガツーンとぶん殴られたということであります。なんともまあ、愚かなことか! 馬鹿みたいじゃねえか! 

(実際は、農業試験場も農学部も愚かであったのではなく、地球温暖化にからめた研究テーマには研究費が配分され易いから、そうしていただけです。国の方針に沿った研究しか許されない…。本当に愚かなのは、研究者や国民を政策的にミスリードして振り回す “農水省や文部科学省のお役人” であるのは申すまでもありません。)

こうして政府主導の温暖化の愚かな騒ぎをしている陰で、寒波(寒冷化)の被害が忍びよっているのです。そして、そのニュースは地域版では取り上げられることはあっても、全国版のニュースにはならないのです…。

長崎ビワ:凍害、打撃 収穫量70%減の見込み (毎日新聞 2012年2月23日 西部朝刊)

本県特産の露地ビワ被害7億円超 今月上旬の異常低温で (長崎新聞 2月23日)

『ビワ生育情報 平成24年3月号』 千葉県農林総合研究センター 暖地園芸研究所 果樹・環境研究室
【引用】暖地園芸研究所では、2月29日までに最低気温-3℃以下を記録した日が5日あり、寒害の被害が多かった。「楠」は平年より被害が少ないが、「大房」および「田中」は開花盛期が平年より2週間以上早く、幼果の生育が早かったため、被害は多いようである。

●今年の2月3日に「日最低気温」の記録更新が大量に出現しました。このときに、大分県の玖珠で-14.7度を記録し、従来の-12.9度を大幅にぬりかえました。長崎県のビワはこの寒波にやられたようです。
拙ブログ2月3日の記事。「日最低気温」の記録更新地点の、大量出現。

アメダス気温分布
↑気象庁のHPから。2月3日06時の九州地方北部のアメダス気温分布です。九州内陸部で-5℃以下、あるいは-10度以下の地点が広がり、沢山の最低気温更新が出現しました。長崎県のビワがやられただけでなく、熊本県のデコポン等の柑橘類もやられましたが、熊本県では-5℃以下の低温が分布しています。


50年前の巨大台風の被害の痕跡
●大きな被害をもたらす未曾有の自然災害では、その傷跡が後の世にまで残るものであります。このたびの東北地方太平洋沖地震でも、鉄骨だけ残された建物だとか、津波で内陸深く押し流されてきた海岸の巨石であるとか、おそらく、それらは災害の壮絶さの記憶を後世に伝える為の「記念碑」となるでありましょう。さて、いまから50年前、近代的な気象観測が始まってからの日本4大台風の一つの「第二室戸台風」の被害の記憶が、この写真の中にしっかりとあります…。
1961年(昭和36年)の「第二室戸台風」の記憶をとどめている古木
この木に未曾有の自然災害の記憶があります。

●とても風格のある木です。幹がごつごつと隆々としていて樹齢を感じさせます。これは果樹のバラ科のビワの木です。6月頃には甘酸っぱくてとても美味しい実がなります。この木は南あわじ市灘地区の果樹園にあるのですが、背後に石崖が見えているように、山の斜面の段々畑にあるビワ園にあります。樹齢は恐らく100年に近いと思われます。しっかりと「第二室戸台風」の凄まじさを物語っています。

●「第二室戸台風」1961年9月16日に、高知県の室戸岬と高知市の間に上陸(徳島県日和佐に上陸という説もある)、淡路島を通過、京都から若狭湾に抜けたとされる巨大台風であります。上陸時の解析気圧が925hPaです。日本本土に上陸した台風では、室戸台風911.6hPa(1934年)、枕崎台風916.3hPa(1945年)につぐ観測史上第3位であります。この台風では室戸測候所で、日本本土の瞬間最大風速の最大記録の84.5m/sが観測されたことは良く知られています。また、この台風は上陸後の中心気圧があまり変わらなかったということでも知られています。

第二室戸台風(1961年)の進路上の各観測地点で記録された最低気圧
室戸  →  徳島  →  洲本  →  大阪  →  京都
930.4    934.9    934.4    937.0    937.3

室戸台風(1934年)の場合は次の通りです。
室戸  →  徳島  →  洲本  →  大阪  →  京都
911.6    942.1    941.6    954.1    957.5

★わが淡路島の洲本測候所の観測データでは、室戸台風よりも、第二室戸台風のほうが低い気圧を観測しています。この2つの台風の四国から近畿の通過コースはほとんど同じだったとされていますが、気圧の推移で見るかぎりでは、第二室戸台風のほうは上陸後の勢力の減衰があまりなかったと言えるかもしれません…。わたくしも小さい頃のかすかな記憶がありますが、この第二室戸台風の風は凄かったです。

さて、このビワの老木のどこに第二室戸台風の被害の痕跡があるのだ? ということですが、太い幹が横倒しになっていることです。普通は、樹木の幹(主幹)は垂直に立っています。ところがこのビワの木は主幹が垂直ではなく地面に平行に寝ています。普通はこのようなことは有り得ません。これは第二室戸台風のものすごい暴風で木全体が横倒しに倒された姿なのです。横倒しになったのですが、根群の半分は空中に露出したものの、根群の半分は地中に残りました。そのためになんとか生きながらえて、枯れずに残ったのです。その後に横倒しになった幹から枝が出て生育しました。ですので、垂直に立っている部分は「幹・主幹」ではなく、あくまでも「枝・側枝」なのです。灘地区のビワ園の古木は、かなりのパーセンテージでこの状態になっています。これは50年前の巨大台風の被害の記憶なのであります。

さて、地球温暖化の迷信では、台風やハリケーンが巨大化するという都市伝説みたいなものが、まことしやかに喧伝されています。ところが実際の観測統計データは全く違います。
日本本土上陸の巨大台風の順位 を調べると、上位にランクされるものは、何十年も前の古いものばかりです…。
1位 室戸台風   911hPa  1934年
2位 枕崎台風   916hPa  1945年
3位 第二室戸台風 925hPa  1961年
4位 伊勢湾台風  929hPa  1959年
5位 1993年13号  930hPa  1993年
6位 1951年15号  935hPa  1951年

ハリケーンの上位ランクも古いものが多く、近年ハリケーンが巨大化しているということは全くないようです。
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