雑想庵の破れた障子
ぺんぺん草に埋もれた山中の雑想庵。 破れた障子の小さな穴から見えるものを綴ります。
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路傍の雑草も食文化しだいで、高値の野菜。
ランクルさんからコメントを頂戴しましたが、他人のふんどしを借りてではなく、他人のコメントをダシにして記事を書いてみましょう。拙ブログではうっかりコメントを投稿されましたら、煮干しのようにダシにされる危惧がございます。

ランクルさんから戴いたコメント
今降り出したので、心配していた雨も大丈夫でないかと思っています。
いつも杖を用意してもらっていますが、ちょっと聞いた情報で「イタドリの杖」というのが丈夫で軽くていいらしいが、間に合いませんね。
いたどりという春に野原に生えている多年草の木ですが
小学唱歌に「スカンポスカンポジャワ更紗」というのがありました。
意味も知らずに歌っていましたが、スカンポというのはイタドリのことらしい。
そのイタドリで作った杖は軽くて丈夫なので、高齢者などの杖に良いと老人大学などで教わったとかで、どこから貰ったのか私のうちにあります。
イタドリとは古語で「すいば」、「すかんぽ」、「たじひ」というらしい。
子供のころ、学校の帰りなどに食べたが酸っぱいので余り好きではなかったが、好んで食べる人もいた。
思いつきでイタドリの杖を作ってみようかと思っているが、今回は間に合わない。
来年は作ってみよう。


返信を兼ねて記事にしてみましょう
●イタドリは竹に似て、茎が強靭かつ中空、草丈2~3メートルにもなる豪壮な多年草なので、たしかに杖を作る素材には大変宜しそうですね。軽くて丈夫そうです。春先の若い芽は巨大なアスパラガスみたいで、食べられます。見ようによっては小さめのタケノコみたいです。イタドリはすっぱく、かなりの酸味があります。シュウ酸が多いというのが知られていますから、スカンポ料理をいただくときは牛乳を食後に飲むといいそうです。つまり、シュウ酸 + 牛乳のカルシウム = シュウ酸カルシウム = 腎臓結石(尿路結石)の大きな要因であります。そういうふうな化学反応が胃腸のなかで起こるみたいです。かつては医学界では腎臓結石の患者にはカルシウムをあまり摂るなと指導していたようですが、近年はカルシウムを積極的に摂れと指導しています。

●シュウ酸を多く含むイタドリやホウレンソウを食べる際には、カルシウムを沢山含む牛乳が宜しいとのことで、腹のなかでしっかりとシュウ酸カルシウムができます。ならば危ないのにちがいないのでは? と考えられていたのですが、全く逆でした。シュウ酸カルシウムは不溶性の物質で腸壁から吸収されずに体外に排泄されてしまうみたいです。そのため、シュ酸を多く含む食品を食べてもカルシウムをしっかりと摂れば、シュウ酸の害から免れるということのようです。そのことが医学界で判明したのはそう古いことではないみたいです。これは常識的見方(先入観的見方)が根底から覆された好例でありましょう…。


イタドリの芽
↑ 美味しそうなイタドリの若い芽です。スカンポです。これは自前の写真で、2012年4月4日に南あわじ市緑地区の淡路ふれあい公園に続きの山で撮りました。高知県では立派な野菜であり、八百屋さんで売っています。炒めものや煮物などにして食べるみたいです。淡路島ではスカンポは八百屋さんで売っていませんが、こんなもの八百屋で売られ、お金を出して買う人々がいるというのは驚きです。地方により食文化とか伝統はおどろくほど多様性がありますね。 高知の八百屋 竹下青果店様のブログ を拝見すると茹でたイタドリを売っていると書かれています。 

日曜市で売られるイタドリの若芽
↑ 気のよい農夫の野菜紹介チーム 様のサイトから借用しました。『いたどり @高知名物 日曜市』 というタイトルのもとに販売中のイタドリの写真があります。凄いですねえ。本当にイタドリを売っていますよ! 生品で1把100円です! キャベツと一緒に売られていますよ。キャベツ1個100円、イタドリも1把100円。ただの路傍の雑草、畑の害草にキャベツと同等の値が付けられています。写真のイタドリは生ですが、普通は茹でてアク抜きして皮をむいたものが売られるみたいです。

●イタドリは九州から北海道まで、本州の中部山岳では高山帯まで、分布が広範囲です。北日本では更に大柄になるオオイタドリが分布していてこれも食べられます。ということは日本全国で山菜として採取可能でありますが、店で売っているのは高知県だけなのではないか? 他の都道府県でも店頭でイタドリ(いたっぽ、すかんぽ等、名称は色々でしょうが)を販売する地方などあるのでしょうかねえ???


●紙媒体の文献にも高知県のイタッポ好きが記されております。植物学者の山中氏(高知大学教授)が京都の友人の植物学者に土産にイタドリを差し出したが、植物学者でもすぐには何であるのか分からなかったというハナシです。
「町でイタドリを、それもけっこう高い値で売っているのも、高知ならではである。あるとき、月並なみやげではおもしろくないので、わざわざそのイタドリを買って、京都の友人を訪ねたら、アスパラにしてはおかしいなとか何とか、しばらく首をひねったあげく、やっとイタドリとわかってくれた。彼は、四国の山にもよく登り、高知にも何度か来た、よい図鑑も書いている名の知れた植物学者である。」 山中二男著 『山と林への招待』 139頁 昭和58年 高知新聞社。


イタドリの赤花品は、メイゲツソウ(名月草)と呼ばれます
メイゲツソウ (イタドリの赤花品)
↑これは自前の写真です。5年前の2008年9月に南あわじ市南淡地区の大見山で撮った古い写真です。メイゲツソウ(名月草)とかベニイタドリ(紅イタドリ)という風流な名が付けられています。私の観察では、普通のイタドリは花(がく片)が白いのですが、ベニイタドリは濃い紅色です。花も赤いのですが秋に果実になっても赤いです。というよりも果実になった方が赤色が増すようです。ただし、その赤色も濃淡は個体によって大きく差があります。沢山の物を観察すると、白から濃紅色まで連続してつながっています。注意深く観察すると8月~9月ごろ南あわじ市のあちこちで見られます。

中秋の名月を観賞する観月会の活花は、ススキなどではなく、メイゲツソウ(紅イタドリ)で活けるのはいかがでせうか?

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この木なんの木、気になる木。 なんじゃもんじゃのマツ(松)の木の正体は?


●日立といえば三菱や東芝と並んで原発に手を染めた企業であります。良く知らなかった昔は立派な会社だと思ったわけですけれども、色々なことを知るにつけ、率直には尊敬すべき立派な企業とは全く言いきれない黒い部分もあるわけであります。けれども、本エントリーは原発反対の文章を綴ろうとするのではないので、それはそれとして横に置いておきましょう。

●日立の木としてあまりにも有名なこの木は、ハワイのオアフ島にあるらしいです。ワイキキから車で30分、モアナルア・ガーデン というところにある大木で、モンキーポッドと称される樹木らしいです。マメ科ネムノキ属で淡路島にも普通に見られるネムノキの近縁種のようです。モンキーポッドにはアメリカネムノキという和名が付されているとのこと。 


●さて、この木は何の木じゃろうか? 気になる木やな。なんて言う名の木だべ。という木はどこにでもあるものです。なんじゃもんじゃの木という表現が各地にあります。一体何の木じゃろうか? という意味でありましょうが、普通はモクセイ科の ヒトツバタゴ を指すことが多いです。ヒトツバタゴは九州北西部と岐阜県・愛知県あたりにしか自然分布せず、もちろん淡路島南あわじ市には自生がありません。淡路島に自生の樹木でヒトツバタゴに一番近縁の樹木はマルバアオダモかな?と思います。ヒトツバタゴ分布域以外の地方でも、なんじゃもんじゃの木という言い方はあるので、その場合は別の樹種になるのであります。

南あわじ市の気になるマツ(松)の木、なんじゃもんじゃのマツ(松)ですが、それは淡路島南部の南あわじ市の第一の観光スポットでもあるとことの 「おのころ島神社」 にあります。おのころ島は神話では日本発祥でありますが、それはどこなのか? と諸説ありますが、それは、ここ、おのころ島神社のある場所であります。他のところは誤謬であり、モグリであります。この場所は現在では淡路島南部の平野部の真ん中にあるのですが、古地理学的には縄文海進のころには、つまり日本神話が生まれる前の時代には、地球温暖化で気温が今よりも2~3度高くなっていました。海面も3~6メートルも上昇していました。海岸線は現在のそれよりも大きく内陸部に進出していて、淡路島南部の三原平野でも入り江が内陸部にまで深く入りこんでいました。で、縄文海進時代にはおのころ島神社の鎮座地まで入り江だったわけで、入り江の中の島がおのころ島なのです。

●なお、蛇足ながら、二酸化炭素地球温暖化説がなぜ胡散臭いかの理由の一つが、この縄文海進などで分かるように、気候変動など過去にいくらでも起こっているからです。縄文海進など温暖化も、近世の小氷期など寒冷化も、気候が変動するのは当たり前で、それは自然の変動であり、二酸化炭素など関係ありません。しかも、IPCCは近世の小氷期はなかったものと必死に工作を弄しました。本来は自然科学の論争であるにもかかわらず、政治があまりにも深く介入しすぎています。そもそも、自然科学の論争に政治が介入したら、自然科学の理論が歪められます。なぜならば自然科学の研究費の増減を支配するのは政治だからです。ようするに自然科学は政治よりも立場が弱いのです。政治は研究費の配分はしても、科学理論に関しては科学者たちの自由な論争に任せるべきなんですよ。自然科学の研究者たちは、研究をするには研究費が必要で、そのお金をもらうために政治が喜ぶように迎合してしまうのであり、つまるところヒトという動物はお金の供給源につい尻尾をふってしまうのです。それは何も偉い科学者だけでなく、われわれ国民でも皆同じです。だから、政治が研究費の配分をしても論争には口を出さないということが要るのです。

謝辞】 本記事を書くのに当たり、おのころ島神社の宮司様には、授与所の前のマツの木の観察・松ぼっくりの採取の許可を戴きました。また、取材の協力ならびに情報提供をいただきました。また記事および写真のブログへの掲上をご承認くださいました。ここに謝意を表します。

【日本一の大鳥居のあるおのころ島神社】
日本発祥の、おのころ島神社
↑日本一の大鳥居のある(あった)おのころ島神社です。威風堂々とした立派な鳥居です。昨年塗り替え工事をやっていました。塗装が塗りたてで、朱色も鮮やか、午後の陽光に輝いております。宮司さんにハナシをきいたら、ごく最近に現総理大臣の安倍晋三氏の奥様が参拝されたそうです。また、女優の逸見えみり氏がちょいちょいおのころ島神社に詣りにきているようで、有名人をはじめ全国からの参拝客で賑わいます。辺見えみり氏 公式ブログ 
【阿部首相の奥様がお見えになった】
阿部首相の奥様の色紙

これが三鈷の松(さんこのまつ)と讃えられる不思議な松の木
授与所の前の、なんじゃもんじゃの松
↑ 社務所(授与所)の前に “なんじゃもんじゃの松の木” があります。胸高周囲が140センチほど、直径は45センチほどか? 樹高は目測で12~13メートル程度と見ました。樹齢は私の推定では60~70年と見ましたが、当たっているかどうか? 確認のしようがありません。宮司さんにハナシを聞いたら、終戦直後に崇敬者が植樹したらしい…、とのことであります。もしそれが確かであれば私の推定はいい線を行っています。45センチ ÷ 0.7センチ = 64.3 で計算したのですが、0.7センチとは何かと申すと、私が過去に松の切り株を調べて算出した 「平均年輪間隔」 であります。色々な樹種の切り株を見つけたら、よく観察して平均年輪間隔と生育環境を野帳に記録しておけば、樹齢の推定に利用できますよ。ただし、その木の生育環境も観察しないといけません。主に土壌水分が多いところか乾燥する場所かどうか、それと日当たりの良し悪しで、年輪間隔は変わりますので。

松ぼっくりが鈴なり!
↑何故この木が、なんじゃもんじゃの松の木なのか? ですが、一見すると普通のマツの木に見えます。クロマツとあまり変わりません。樹木とか植物にあまり関心がない方ならば、普通のマツの木と見分けがつかないでしょう。ですけれども、よく観察するとどこか違いがあります。似てはいるんですけれども、これは普通のクロマツと違うなと気付きます。そうしましと、一体この木は何の木なのか? と気になるのです。写真では、松ぼっくりが沢山ついております。クロマツよりもにぎやかで多いようです。

松ぼっくり
↑松ぼっくりが、クロマツのそれよりも明らかに大きいです。一回りか二回りか、 大きいです。高枝ハサミで松ぼっくりを採取して観察しましたところ、何段にも重なっている花びらのようなもの(種鱗と言う)の先端が鋭いトゲになっています。触ると痛いです。

樹皮
↑このなんじゃもんじゃの松の木の樹皮は、クロマツのそれとはあまり違いはないように思います。

葉はクロマツよりも長い
↑葉は、クロマツよりもやや柔らかいように思われますが、そうでもないかもわかりません。クロマツでも個体によっては葉が柔らかいものがありますし、とくに通称でメマツと呼んでいるものは柔らかく、葉の先端もあまり痛くありません。このなんじゃもんじゃの松の葉はメマツ程度の柔らかさかな、という感じです。

分かりにくいが3葉のマツだ
↑写真では分かりづらいのですが、マツの枝を観察すると、枝からさらに小さな枝が無数に出ています。長さが1センチあるかないかの細くて小さな枝です。その枝の先端に針金状の細い葉が付いています。その1センチあるかないかの小さな枝に鱗片葉が宿存しているんですが、鱗片葉は一般には「葉」とは認識されないので、ここでは考えないことにします。著しい特徴は、その1センチあるかないかの小さな枝(短枝という)に3本の針形葉がついています三葉松!なのです。これで、この “なんじゃもんじゃの松の木” の正体はほぼ分かりました。

日本産マツ属のごく簡単な検索表】 をかかげておきましょう。佐竹義輔ほか『日本の野生植物』1989 の検索表を要約しました。細かく分ければ沢山ありましょうが、基本的な種は次の8種程度でありましょう。ちなみに、淡路島にはクロマツとアカマツしか自生していないです。

1.短枝に2本の葉がついている。つまり二葉松!であります
  2.冬芽の鱗片は白い色である。………………………………………………………… クロマツ
  2.冬芽の鱗片は赤褐色である。
    3.樹皮は赤灰色である。…………………………………………………………… アカマツ
    3.樹皮は灰黒色である。…………………………………………………………… リュウキュウマツ

1.短枝に5本の葉がついている。つまり五葉松!であります
  2.種子に翼がない。
    3.低木で、主幹や枝は地を這い、高山帯にある。……………………………… ハイマツ
    3.直立する高木である。
      4.若枝に軟毛がある。中部山岳にある。愛媛県東赤石山に隔離分布。… チョウセンゴヨウ
      4.若枝はほとんど無毛。屋久島と種子島にある。………………………… ヤクタネゴヨウ
  2.種子にふつう翼がある。
    3.主幹は真っ直ぐに立ち上がる。………………………………………………… ゴヨウマツ
    3.主幹は斜めに立ち上がる。……………………………………………………… ハッコウダゴヨウ


おのころ島神社の “なんじゃもんじゃの松” は三鈷の松(さんこのまつ)と称して開運招福のめでたい験(しるし)として授与品となっております。全国各地の神社仏閣で、三鈷の松というのは信仰の対象であります。三鈷の松(さんこのまつ)高野山の場合 この弘法大師ゆかりの由緒ある三鈷の松の正体は何なのか? 上の日本産マツ科マツ属の検索表をご覧いただくと、賢明な方はじきに分かると思います。正体を申すと、有難味が減るので、言わずもがなでありましょう…。

●三葉松は、基本種としては4種が知られていますが、本エントリーで掲げた写真のものの学名を掲げておきましょう。Pinus taeda Linnaeus です。命名者は「分類学の父」と称される有名なリンネですね。三鈷の松の正体を詳しくお知りになりたい方は、辞書を引きながら、次の英語版Wikipediaをお読みくださいませ。
“Pinus taeda” From Wikipedia, the free encyclopedia
それにしても、高野山は日本一の立派な寺院でありますが、ある意味では、とてもいい加減ですな。良く言えば創作上手です。もしかしたら、弘法大師さまは今風に申せばSF作家だったのかも?
サクラ (桜) について考える。(その2) 野生のヤマザクラ(山桜)は森林破壊の証拠。
“ヤマザクラが沢山自生しているのは森林破壊の証拠だ” ということを議論するにあたり、次に、「遷移・せんい」という森林生態学の理論を少しばかり認識する必要があります。

●この世に生を享けた人間は、幼年期から少年期そして青年期へと、さらには壮年期から中年期そして高年期へと、さまざまな生長過程を経て老成していくのであります。ミクロレベルで細胞は新陳代謝を繰り返して入れ換わり、マクロレベルの身の姿は年月ともに変遷してきます。地表を覆っている植物の集団、すなわち植生も全く同じであります。年月とともに植生は、その植生を構成している草や樹木の種類を次々に変え、その植生は変遷しています。この世にある万象は流転し、生死輪廻(しょうじりんね)し、片時たりとも同じ姿ではなく変遷してゆくのであります。

遷移(せんい)とはなにか?
「遷」は、うつ-る、うつ-す、と訓む。ある場所から別の場所へと変位することであります。また、ある状態から別の状態へと変化することであります。「移」も、うつ-る、うつ-す、と訓み同じ意味であります。同じ意味の語を2回重ねて強調し、畳語(じょうご)表現となっています。身の回りの植生を観察していると、とくに、森林伐採した跡であるとか、山火事で植生が破壊されたところとか、山崩れで表土が崩れ落ち裸地がむき出しになったところなど、観察していると3年経ち、10年経ち、30年経つと随分と変わっていくことに気づくのでありますが、この変化していくことが遷移に他なりません。

●非常に気の長い事を申せば、かつて氷河期には平均気温が6~9度も低下(資料によって挙げる数字は違うが)し、西日本では冷温帯のブナが平地まで降りていたのが花粉分析でしられています。おそらく淡路島南部でも麓ではブナ林が広がり、ミズナラとかウラジロモミとかの海抜1000メートルあたりで見られる風景が広がっていたと想像できます。しかし氷河期が終わり、平均気温が上昇するにつれて冷涼な気候を好むそれらの樹木は夏の暑さが耐えられず、平地では消えて行ったハズです。そして、南の方から急速に分布を広げてきたシイやカシ類が優占していったと思われます。いまでも、諭鶴羽山の裏斜面の涼しいところには、氷河期の生き残り(遺存)として冷温帯の植物ツタウルシとかシャクナゲとか僅かに残っております。このように地質年代的な長い時間の中でも植生は変化しています。これも遷移には違いないですけれども、この気が遠くなるような長大な時間変化は “地史的遷移” と言っているようです。普通、遷移と言う場合は、この地史的遷移ではなく、数100年で極相に達する時間スケールのなかでの変化の “生態遷移” を言うようであります。 

遷移と言っても色々な分け方があるけれども、大雑把に、生態学の教科書を丸写ししたような文章になって全然面白くないですけど、ヤマサクラの存在が森林破壊の証拠であることを論じるためには、しかたありません。

乾性遷移 …… 陸上の裸地から始まる遷移。模式的には、裸地 → 地衣類や蘚苔類 → 1年生草本 → 多年生草本 → 低木 → 陽樹 → 陰樹 → 陰樹から成る極相林となって平衡(安定)する。しかし現実にはこんな教科書の記述のようになるわけではありません。遷移の途中で、ウラジロやコシダがびっしりとはびこったり、ネザサが密生したりすると、樹木の幼木が全く育たず、遷移の進行を停止させたりします。かつて諭鶴羽山の稜線はネザサ(正確には毛があるケネザサ)がびっしりとはびこり、樹木が全く入り込めませんでした。

湿性遷移 …… 湖や沼や池に、土砂や有機物が流れ込んで堆積して埋まっていき、次第に浅くなりやがて陸地化します。そして草が生じ、森林となっていく変化。

一次遷移 …… 火山の溶岩流跡など植物の種子や地下茎などが皆無の状態が出発点になる遷移。日本には桜島や三原山など観察適地が沢山あります。歴史上何回も噴火した富士山の溶岩流跡は古い物や新しい物が沢山あり、良い観察ポイント。

二次遷移 …… 森林の伐採跡など、土中に植物の種子や地下茎や根が含まれる状態から出発する遷移。身近で見られる遷移は、伐採跡や、山崩れ跡や、洪水の氾濫源や、種々の要因で一斉枯死など、大なり小なり地表や地中に種子や根があり、ほとんどが二次遷移。


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以下に、遷移の各段階の植生写真を掲上したいと思います。なお、これは兵庫県の淡路島南部の南あわじ市での事例であります。申すまでもなく、別の地方、別の気候・植生帯では樹種などがらりと異なります。

↓多年生草本の段階

ススキを主体とする多年草群落
↑おそらく、宅地造成で丘陵を切り開いたところであろうかと思われます。せっかく造成したのに、売れなかったのか、開発した不動産会社が倒産したのでしょう。放置されて草ぼうぼうです。勿体ないですね。放置して何年になるかは調査しないと不明ですが、多年草であるススキが生え茂っております。遷移は片時も休まず進行しています。太陽の光に良く当たらないと育たない陽樹のクロマツの子供がたくさん侵入しています。他にもネズという針葉樹や、トゲの多いカンコノキという樹木の子供が侵入しています。この場所はクロマツが多いのですが、南あわじ市では、このような所には、真っ先に侵入してくる樹木にはクロマツの他タラノキ・ニワウルシ・ムクノキ・アキニレ・オオバヤシャブシ・モリシマアカシアなどが目立ちます。

↓低木の段階陽樹のクロマツの幼木林が出来て、ススキが消滅していく
↑多年生草本がはびこる所に陽樹のクロマツが侵入して、クロマツが生長してくると、ススキなどの草よりもクロマツの方が背が高くなります。草はクロマツの日蔭になり生長が悪く、まもなく消えていきます。ススキは強靭な草ではありますが、太陽の光が良く当たらないと育ちません。陽生植物です。耐陰性が非常に強くて鬱蒼と茂る林床でも生きられる草もないことはないですが、多くの草本植物は薄暗い森林の中では生きられないです。特に、常緑樹が茂る照葉樹林帯では鬱蒼と茂る森林の中には草本植物は非常に少ないです。

↓陽樹の段階
陽樹のコナラとクヌギによる二次林が成立した
↑本来あるべき森林が破壊された跡にやがて成立する森林を広く “二次林” と言うようですが、シイやカシの森を伐採した後に出来る萌芽林は別として、普通は、二次林は陽樹から成る森林であります。色々な樹種から成るのでありますが、クロマツ林であったり、オオバヤシャブシ林であったり、コナラ林であったりと色々です。ヤマザクラが異様に多いこともあります。遷移の途上で先ず陽樹からなる森林が成立することが多い理由は色々ありましょうが、陰樹よりも陽樹の方が生長が非常に早いこととか、陽樹の種子は小さく軽く風散布などで飛来する可能性が高く、遷移の初期の強光下の環境は陰樹には厳しいもの、などが上げられましょう。

写真の二次林は、おそらく伐採後40~50年ぐらいだと思います。かつては薪炭林として伐られたものと思います。クヌギとコナラが非常に多いのですが、少し林に分け入って観察しましたところ、クヌギやコナラの幼木は全く見られずに、かなり沢山のアラカシの子供が林床に侵入していました。クヌギやコナラが数十年後に枯れていくと、カシ(樫)林に変わるものと予想できます。


↓しだ植物のコシダが密生して、遷移の進行を停めています。コシダがはびこると遷移の進行が止まってしまう
↑シダ植物のコシダやウラジロが密生したり、背の低い(2~3mの)ネザサがはびこると大変です。これらが密生すると、頭に髪の毛が生えているように密生するので、他の草や樹木が侵入できません。理由はハッキリしています。あまりにも密生しているので、地表に落ちた草や樹木の種子が発芽しても、太陽光が当たる所まで伸びられないのです。50cmも1mも密生状態なので光があたりません。種子が発芽してモヤシのように伸びても太陽光があたるところまで伸びられずに力尽きてしまいます。また、種子の発芽に光が必要な植物が沢山あります。そういうものでは発芽そのものが出来ないでしょう。

●山中の二次林の中に、点々と浮かぶ島のように、コシダの生育場所があります。コシダはせいぜい1mか1m半程度の高さしかないので、森林の中でそこだけは樹木がなく明るくなっています。ちょうど森林の中にできたギャップのようになっています。しかしながら、コシダとて太陽が当たらないと育たない陽生植物です。そのコシダ群落が小規模であったならば、周囲の樹木が生長するにつれて日蔭となっていき、コシダも消えていく運命であります…。

●しかし、そのコシダやネザサの群落が大きかったならば、森林に移行しないままの状態で安定してしまいます。昔、諭鶴羽山は別名を篠山(ささやま)と言い、山の尾根伝いに大規模なネザサ群落がありました。篠山という地名ができたくらいですから、昔から長年月ネザサの群落が安定的に存在していたハズです。こういうものは妨害極相と言われていまして、森林への移行を妨害しつつネザサ群落じたいが極相になっているという意味でありましょう。今の地元の若い人は知らないでしょうが、諭鶴羽山のネザサの極相群落が破れたのは、確か昭和43年ぐらいでしたか? ネザサが一斉開花して枯れたためであります。したがいまして、諭鶴羽山系の中腹から上の広い範囲で、森林の古さは樹齢が45年ぐらいでよく揃っております。


↓以下2枚の写真は、陰樹の段階でありますが、シイの大木が多数見られるので極相林となっています。南あわじ市八木馬回 天野神社の社叢林陰樹のシイが優占する極相林
シイの極相林
↑陽樹の森林も鬱蒼と茂ると林床が暗くなります。低木層にヒサカキだとかツバキなどが生じるので、いよいよ林床が暗くなります。そうすると陽樹の子供は全く育たないです。いつしかシイとかアラカシ(粗樫)が侵入してきて育ちます。陽樹が枯れた後にシイ林やカシ林に交替して行きます。諭鶴羽山の400m以上ではアカガシ(赤樫)林になります。これら陰樹の幼木は耐陰性があるので、親木が寿命とか、台風や落雷や病虫害などの事故で倒れても、陰で待機していた子が親木の後継者となります。で、陰樹どおしでうまく世代交代をして、その後はシイ林やアカガシ林が安定的に継続していきます。めでたく極相林の成立です。

●しかし必ずしも、そう古い教科書的に事が運ぶのではありません。極相林が成立した後、古木や大木が台風等で倒れると、鬱蒼とした林冠にポッカリと穴(ギャップ)が空き、青空が見え太陽光が差します。そこへ陽樹の種が風で飛んできたり、鳥が運んできます。陽樹の方が生長が早いので、待機していた陰樹の子供よりも早く生長します。ある意味では、日蔭では育たない陽樹はギャップを渡り歩いて生きながらえているともいえそうです。そのギャップで生育した陽樹もやがて枯れますが、枯れる頃にはその陰で陰樹の後継者が育っているので、ギャップの中の陽樹はたいてい一代限りです。(ギャップダイナミクス理論) ようするに、極相林とか原生林、自然林、色々な言い方が有って意味はみな異なるのですが、鬱蒼と茂る森林の構成樹種は陰樹が圧倒的に多いのですが、しかし、陽樹が消え去るわけでは全くないのです。

●論より証拠。下段の写真の中に、白骨のような木が見えています。4月17日に撮った写真ですが、まだ新芽が出たばかりで展葉していません。枯れているわけじゃありません。これは極相林の中の典型的陽樹のニワウルシです。南あわじ市では別名のシンジュのほうが認知度が高いようです。
サクラ (桜) について考える。(その1) 野生のヤマザクラ(山桜)は森林破壊の証拠。
議論を展開する前に、まず、2つの場所の森林を観察します。どのような種類の樹木が生えているか? その樹木の樹齢や古木なのか幼木なのか? などに着目して観察いたします。

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【観察ポイント その1】 
兵庫県南あわじ市北阿万大日ダムです。ダムの池の対岸の山を眺めました。観察日は2013年4月4日。
ヤマザクラが高密度で自生しています。ヤマザクラだらけであります。スギ(杉)の植林も見えていますが、植林のないところはヤマザクラばかりです。
●下の写真で、白っぽいもの、淡い桃色のもの、淡い赤褐色のものはヤマザクラです。橙色ないし赤褐色のものは花が少なく葉ばかりの葉桜であり、萌え出たばかりの若葉でありましょう。白っぽいものは花が多いものです。サクラは栽培されるサトザクラ(里桜)でも、野生のヤマザクラ(山桜)でも、若木のうちは花付きが悪く、成木・老木になると花付きがすこぶる良くなる傾向があります。良く見るとサクラの間にスギの植林が見えます。しかし、逆で、スギの植林の間にサクラがあるのかも分かりません。

遠目にも、比較的に若い木が多いように見えます。あまり大木とか巨木とか老木はないようです。このヤマザクラの優占する森は、森自体の樹齢は20~30年か? 30~40年か? というふうな感じであります。どう見たって老成した古い森林には見えません。もしかしたら、30年か40年ぐらい前にこの山の森林が伐採されて、そのあとにスギの植林をしようとしたけれども、何らかの理由で山の一部にしか植林をしなかった…、のではないか? という想像もできます。スギは山の谷筋など水分の多いところを好みます。乾燥する尾根はヒノキならば適地ですが、スギは植林にあまり適しません。尾根のスギはたいてい生長が悪いです。スギを植えるには、急斜面過ぎたとか、乾燥しやすい山だったとかで、山の一部の条件のいい所にだけスギを植えたのでは? と想像しています。

おそらく、このヤマザクラだらけの森林は、かつて伐採された跡に成立した “二次林” であり、まだまだ若い森林であろうかと思います。

2013年4月4日 南あわじ市北阿万大日ダムにて

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観察ポイント その2
兵庫県南あわじ市賀集にある淳仁天皇陵です。鬱蒼と茂る極相林です。観察日は2013年4月9日。
極相林に達した暖帯照葉樹林であります。林冠がモコモコとして積乱雲みたいな樹木のシルエットであります。
●これは、第47代の淳仁天皇(じゅんにんてんのう、733年~765年)の陵(みささぎ)です。「陵」とは天皇・皇后・皇太后を葬る丘のような大きな墓のことを言うのででありますが、犯すべからざる神聖な場所であります。昔も今も、基本的には何人も立ち入り禁止です。元は、人工的な築山であるハズですが、なんせ1200年にわたり立ち入りが禁じられましたから、樹木が生い茂っても、それは禁伐林であります。文字通りの、千古斧鉞(せんこふえつ)の入らぬと表現すべき太古のままの鬱蒼とした森になっています。草木が生い茂るままに1000年間放置すればどうなるのか? の壮大な生態学的実験場であります。

大木や巨木が多くて、鬱蒼と茂っています。常緑の葉が林冠を覆っていますから、林床を覗きこむと薄暗いです。ここは立ち入ることはできませんが、掘りの外から間近に観察できます。樹木の種類は、高木層にシイ、クスノキ、ホルトノキ、ミミズバイ、イスノキなど暖帯照葉樹林では常連の樹木がみられますが、何故かカシ類(アラカシ、シラカシ、ウラジロガシ)が欠落しています。亜高木層にはヤブツバキとカクレミノが多いです。階層構造が顕著に観察できる古い森林であります。重要なポイントは、ヤマザクラが全く見られないことです。

2013年4月9日 南あわじ市賀集にて
2013年4月9日 南あわじ市賀集にて
2013年4月9日 南あわじ市賀集にて

(拙稿は続く)
身近な自然物を利用する。石鹸の木「エゴノキ」
●世の中にモノはあふれかえっています。店に行けば、多種多様なモノが販売され、カネさえ出せば何でも手に入ります。モノは次から次に作られ、消費され、捨てられます。メーカーはメーカーで次々に新商品を開発し、ちょっとでも古いものは型遅れの旧式のものだから、早く捨てなさい、そして新しいモノを買いなさいと、脅迫するような宣伝をしています。経済学者は経済学者で、景気が悪いのは需要が不足しているからだと主張しています。まるで、国民がモノを買わないのが悪いんだと言わんばかりであります。資本主義経済の倫理では、モノをどんどん買って、消費して、捨てて、新しくまた買う、ということが善であります。モノを買わない、大事にする、長く使う、修理して使う、というのは忌むべき悪徳であります。資本の論理ではモノを永く大事に使うのは、ほとんど犯罪なのでしょう…。

●このように現代社会はモノがあふれています。この豊饒の時代にあっては、物資が欠乏するなどということは、現代ではちょっと考えられないわけです。しかしながらモノが豊饒にあるということのほうが、人類の長い歴史のなかでは、異常なことであるということも真理です。モノが不足し、欠乏し、なかなか手に入らない、カネを出しても手に入らないということのほうが歴史的には常態であります。モノが豊富にあるという異常な状態を、当たり前だと錯覚しているのが現代社会であるということも、言えましょう。そうした現代社会のなかでは、物資が何もなかった時代に、人々が身近な自然物とか、あり合わせのモノで工夫して生き抜いてきた技術が、跡形もなく忘れ去られ消え去ろうとしていますが、それでいいのだろうか? とふと思うことがあります…。

●さて、モノが不足し、また、便利なモノが発明されていない頃、たとえば石鹸などまだなかった時代に人々は汚れたものを洗浄するにはどうしていたのか? いろいろあります。灰汁(あく)洗いが代表的なものですが、真っ白な草木灰を水で溶かした上澄み液は強いアルカリ性の水溶液で、けっこう汚れものを洗えます。石鹸の木というものも古くからいろいろと知られています。日本では ムクロジ(ムクロジ科) や、エゴノキ(エゴノキ科) や、サイカチ(マメ科) などです。これらの樹木の未熟な果実には高濃度のサポニンが含まれていて、石鹸の代用品と十分にすることが出来ます。

インドのリタという木は、英語名がそのものズバリで、ソープナッツと言うらしい。ヘナ遊(Henayu)様サイト「無添加天然の石鹸ハーブ・リタ/ソープナッツには天然の石鹸成分サポニンが豊富」 参照。


諭鶴羽山系にある石鹸の木「エゴノキ」
エゴノキ
↑エゴノキは身近な里山の雑木林や二次林にある普通種の樹木。どこにでもあります。

エゴノキの果実
↑びっしりと鈴なりの果実です。果実の長さは10―15ミリで、水で戻した大豆ぐらいの大きさです。夏から初秋ぐらいの緑色の状態の果実を石鹸の代用品にします。

エゴノキの葉
↑葉は互生で、葉の形は楕円形の先端と葉柄側を尖らせた形状で、葉の縁が波打つことが多い。

エゴノキの利用の仕方
晩春から夏、そして初秋までの緑色の果実を利用します。すり鉢にエゴノキの緑色の実を入れて、スリコギですりつぶします。すりつぶしたものをタライに張った水に投入し、よくかき混ぜます。そして10分ほど放置します。すりつぶしたエゴノキの実の残渣が沈殿すると、その上澄み液を採取してエゴノキ石鹸水とします。箸でちょっとかきまわしただけでも、非常に泡立ちます。

エゴノキの石鹸水

エゴノキの石鹸水を使って実際に洗濯をしてみた
茶色く変色するまで汚したタオルを用意して、エゴノキの石鹸水で手洗いという方法で実際に洗濯してました。まず気づくことは泡立ちが物凄いです。石鹸水がぜんぶ泡になるのではないかと思うほどの泡立ちであります。

汚れの著しいタオル
上のものをエゴノキ石鹸水で洗った

洗濯の結果は、かなり汚れが落ちて、茶色いタオルがかなり白っぽくなりました。写真では分かりにくいかもしれませんが、実物を肉眼でみればハッキリと白くなっています。上下2つの写真を比べると、田という字の内部にある布地の色に着目すれば、白くなったことがわかります。茶色く変色するまで汚れた布地が、だいぶん白くなったので、薄いブルーの田という文字が鮮やかになっています。エゴノキ石鹸水はそれなりの洗浄力があるのは、ほぼ間違いなさそうです

(ただし、茶色くなるまで汚れを放置したタオルですので、石鹸で綺麗にするには限界があります。真っ白にするには塩素系漂白剤で漂白するしかないでしょう…)



恍惚のネコ 夢見るクロネコの黒ちゃん。
●クロネコであります。黒ちゃんは大好きなマタタビの枝葉を得て、至福の恍惚状態であります。酒呑みが酔いが回ってごろんとだらしなく寝ているようにもみえます。あるいは、何らかの薬物の作用で意識もうろうとしているようにも見えます。満悦に白眼を丸めて(細めて?)夢でも見ているかのようでもあります。

●ネコにマタタビという言葉もあるように、マタタビの発する香り成分には、ネコを陶酔させる生理作用があることが、古くから良く知られています。しかし実際どうなのだろうか? と思い、簡単な実験をしてみました。淡路島南部にはマタタビの自生は少なく、この植物を見かける機会はあまりありません。諭鶴羽山系の北側の谷の奥には点々とマタタビがあることはあるのですが、シカ(鹿)は好んで食べています。シカの嗜好植物であることは確認しています。しかしネコがマタタビの自生地に集まってくるのは、まだ見たことがありません。(ま、谷の奥にはネコが居ないことがその理由でしょうけれども)

7月5日に有名な写真家の里口さんと、諭鶴羽ダムの奥のほうでマタタビの枝葉を採取して、ただちに洲本市由良に走りました。由良はなぜか家ネコや野良ネコの棲息密度が高く、実験場として最適の地区であります。由良の住宅街の中にある広場で、マタタビの枝を地面に置くとネコが寄ってきましたが、それほど喜ぶふうではありません。そこでマタタビの成分がよく揮発し周囲に漂うようにと、葉を手でよくもんで、ちぎって撒いてみました。その結果はご覧の通りであります。

【恍惚の黒ちゃん】
マタタビを得て恍惚状態のクロネコ
全日写連会員の写真家、里口寿信さんの作品であります。

わたくしも写真を撮るには撮ったのですが、画面になにか得体のしれない黒い物体がある…、何じゃろか? というふうな写真になりました。濃淡のない真っ黒いネコで、きわめて写真に撮りづらい被写体であろうかと思いますが、プロ級の写真になるとネコであることが良くわかります。やはりプロとかベテランの写真は上手いですね。


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マタタビの雌花(見かけの両性花)
↑これは自前の写真です。大昔の2004年6月13日に撮った古い写真であります。実が成る雌株に咲く雌花であります。雌花(めばな)でありますが、雌蕊(めしべ)も雄蕊(おしべ)もあって両性花のように見えます。けれどもこの雄蕊に出来る花粉はニセモノであって、生殖能力が無いことが判明しているようです。で、見かけ倒しのニセモノの雄蕊なので、見かけの両性花などと呼ばれています。

●この見かけの両性花のニセモノの雄蕊は、早期に脱落するようで、その場合には雌蕊のみの雌花があるように見えてしまいます。で、両性花と雌花があるかのごとく勘違いしてしまいます。わたくしも勘違いしておりましたので、懺悔の反省をいたしております。庭にマタタビがあって毎日観察したならばすぐ気づくことでありましょうが、そう毎日谷の奥にまで観察にいけませんから、勘違いもしかたがありません…。

では、なぜマタタビの雌株(メスの木)は生殖能力のないニセモノの花粉を用意するのか? それは、マタタビの花には報酬の蜜をだす蜜腺がないためです。オス木からメス木に花粉を運ぶ送粉昆虫にしても、なにかトクがないと来てくれません。そこでマタタビの雌株(メス木)はニセモノの花粉という “報酬 = 御馳走” を振る舞っているのだ、と説明されています。

白変するマタタビの葉
↑これも自前の写真です。昨年2011年6月11日に撮りました。マタタビという蔓植物は、花が咲くころに一部の葉が白変することで良く知られています。雄株から雌株に花粉を運んでもらう仕事をしてもらうために、訪花昆虫たちにマタタビの所在と開花したことをを知らせるためのサインであると考えられています。

●面白いことは、白変するのは葉のごく表面の組織だけで、葉肉を形成する柵状組織や海綿状組織にまでは及んでいません。開花が終わり夏になると、次第にもとの緑に戻っていく回青現象がみられます。マタタビのその株に着くすべての葉にたいして、一体どのくらいの葉が白変するのか? その割合を定量的に調べたいと思っているのですけれども、今年もできませんでした。また来年です。多分1%以下、0.1%のオーダーではないかと見当をつけているのですが、白い葉はよく目立つので、実際以上に沢山あるように錯覚するのではないか??
諭鶴羽山系の「倒木更新」のなりかけ
●「倒木更新」という言葉があります。うっそうと茂る森林のなかで、強風とか寿命で老大木が倒れたら、その森林の跡つぎの木がその倒れた老大木の上で育つことを指しています。特に針葉樹に多く見られ、針葉樹の幹はまっすぐなので倒木更新で育った次世代の樹木が、定規で線を引いて植えたみたいに一線上に並んでいるのを、高い山に登った際によく観察するところです。西日本の暖帯の照葉樹林ではまず見られない現象であります。すくなくとも私は諭鶴羽山系では倒木更新の実例を見たことがありません。(その前段階というか、なりかけならば谷の奥などで見られます)

プロの動物写真家の原田純夫様のサイト を拝見しますと、絵にかいたような典型的な倒木更新の写真が見られます。森林生態学の教科書に載せられるような倒木更新の見事な写真です。

●淡路島から日帰りもしくは1泊2日の日程で登れる四国東部の剣山系であるとか、紀伊半島の大台ケ原山・大峰山では、標高の高いブナ帯や亜高山のシラビソ・トウヒの針葉樹林帯ではありふれた現象です。全国的にも、倒木更新が見られるのは標高の高いところや北海道など北の地方のようです。倒木更新が見られるのは主に蘚苔林(モスフォレスト)が発達するところで、降雨が多く、常に雲霧がかかるようなところです。そうでないと倒木にコケがつかず、乾燥して樹木の種子が発芽生育できない…。

『あるっく屋久島』様の屋久島の蘚苔林 の写真を拝見すると魑魅魍魎が出てきそうな深い森です。このような環境に倒木更新がよく見られるハズです。大台ケ原山も、中部山岳の亜高山の針葉樹林帯も屋久島の蘚苔林に似ています。

不朽した倒木の上の幼個体
↑南あわじ市北阿万の大日ダム周辺の山の海抜300m付近です。淡路島のような暖帯照葉樹林では非常に珍しい光景であります。たぶんスギの倒木であろうかと思われます。この倒木の不朽はかなり進んでいて、幹の材部も朽ちて腐葉土のようなものに近くなっております。この倒木の表面にはびっしりとコケが付着しております。

コケの観察はまだしていないので種名は全く知らないのですが、コケがびっしりと付着していることが、この場所がじめじめしていて湿度が高いことを物語っています。付近の谷に累積するゴロタ石や浮石の表面にも色々なコケがびっしりと付着しています。まるで中部山岳のような光景です。この場所は山の北斜面の谷筋です。谷筋の西側にも東側にも山の尾根が張り出していて、風を防ぐような地形になっています。地形が高い湿度を保っているのではないか?という印象です。

写真で見る範囲の倒木上には、6個体の樹木の子供が生育しています。種類ははっきりしませんが、大きいものはシキミらしい感じです。この樹木の子供たちは朽ち果てて土に還っていく倒木を養土・肥やしにして育つものと思われます。また、コケに覆われているから少々の旱魃にもなんとか持ちこたえると思われます。今後、この倒木上で生育している樹木の子供たちがどうなるか、推移を観察するのも面白そうです。ただし、数年とか数十年という時間スパンの気の長い観察になりますが…。
紫色の実は高貴なものの象徴なのか? 「ムラサキシキブ」と「ヤブムラサキ」
●歳末のいま時分は諭鶴羽山系の随所で、ムラサキシキブやヤブムラサキが小さな実をつけています。まるで紫水晶かパープルサファイアのような美しい紫色の実です。『兵庫県植物目録』によると、淡路島でもこれらに似た仲間のコムラサキやオオムラサキシキブの標本が採られています。しかしそれらの近縁種が本当に自然分布なのか疑問のあるような気がします。栽培品起源のものではないか? と思うのですが正確なことは私にはよくわかりません。とにかく諭鶴羽山系ではムラサキシキブとヤブムラサキはどこにでも沢山あるのですが、コムラサキとオオムラサキシキブは全く見られません…。

ムラサキシキブ
↑これはムラサキシキブです。やや逆光気味の写真になりましたが、枝と言う枝にびっしりと実がついています。
ムラサキシキブ
↑これもムラサキシキブです。これら2枚の写真は色合いを少し調整しました。採取して持ち帰った果実の色と写真の色が一致するように色校正しました。実際の現物はほぼこの色です。というのは、その個体により変異の幅が意外に大きくて、果実の色が木によって微妙に異なります。下の写真では、果実のなる枝がブドウの房みたいにダラリと垂れ下がっているのが面白いです。

●果実の色合いが紫色だけでなく、かなり濃い桃色がかったものもあります。葉の縁の鋸葉の粗いものもあるし、細かいのもあります。しかも、葉の縁全体に鋸歯があったり、葉の真ん中より上部のみに鋸歯がある個体も見ました。果実のつく細い枝(果梗)が葉の付け根から出ることもあれば、葉の付けの4ー5㎜上部から出る個体もあります。ですので、植物図鑑など書物の検索表などを参考にする場合は、変異の幅がかなりあることを認識しておくほうが良さそうな気がします…。

ヤブムラサキ
ヤブムラサキ
↑この2枚の写真はヤブムラサキです。上の写真のものは葉がほとんど落葉しています。下の写真のものは、葉が残っているものを探して枝を採取し、紙の上に置いて写真を撮りました。ムラサキシキブと比べると、ヤブムラサキは似てはいますが、一目見て異なります。その違いは微妙なのですが、どちらであるか判別できないという紛らわしいものは全くありませんでした…。

両者を並べた
↑左側のものはムラサキシキブです。右側のものはヤブムラサキです。一番の相違点は、果実の大きさです。ヤブムラサキの方が明らかに大きいです。ヤブムラサキの果実の径は4ー5㎜あります。一方ムラサキシキブの果実の径は3㎜程度です。それから、ヤブムラサキの葉やガクにはルーペで見るとびっしりと毛があります。

★さて、紫色というのは古来から高い位を象徴する色とされてきました。今の天皇陛下は江戸城の跡におるのですが、明治の初めまで天皇一族がおった京都御所では、一番のメインの建物が「紫宸殿・ししんでん」で紫の字が入っております。中国でも、明朝から清朝にかけて(15世紀~20世紀初頭)皇帝がおった宮殿は「紫禁城・しきんじょう」です。やはり紫の字が入っております。
他にも、仏教界で宗派にもよるのですが出世して位の高い僧になると紫色の袈裟を着るみたいですし、神社界でも教派神道・神社神道をとわず位の高い神職は紫のハカマをはくようです。そもそも、飛鳥時代に規定されたお役人の序列制度の「冠位十二階・かんいじゅうにかい」では、紫や青の寒色系統は位が高いことを表し、赤や黄などの暖色系統は位が低いことを表している、という考証もあるらしいです…。
ウィキペディアより 冠位十二階(かんいじゅうにかい)は、推古天皇11年12月5日(604年1月11日)に定められた位階制度。

多分、昔は草木根皮のたぐいで布を染色していましたが、紫色に染めるというのが材料的・技術的に難しくて、ゆえに紫に染色した布が一番高価であった…、そうすると収入の沢山ある位の高い人しか紫の衣装を身に付けることができなかった…、のではないか?(勝手な想像です)

★したがいまして、しがない庶民が家の庭に紫色の実のなるムラサキシキブやコムラサキを植えるのは、分不相応であり、そぐわないと言えましょう。逆に言えば、ワシは位が高くて偉いんだと虚勢を張りたければ、それらを庭にたくさん植えるといいでしょう…。女性ならば紫色の帽子とか紫の宝石の首飾りなど、身につける衣装に何か一点紫色のものを取り入れるといいでしょう…。

諭鶴羽山系は、紅葉(黄葉)の見頃です。
●諭鶴羽山もいよいよ本格的な紅葉(黄葉)となってまいりました。この山の紅葉の特徴は緑の常緑種と紅葉とが混在していることです。そもそも落葉樹林帯(夏緑樹林帯)ではありませんから、全山いちめんの紅葉というのはありません。けれども、緑と赤や黄の対比はそれはそれで美しいものです。

●有名な紅葉狩りの名所に行くのもよろしいのですが、身近な山でも紅葉の観賞は十分できます。有名な名所は多くの観光客でごったがえし、紅葉をみているのか人をみているのか分かりません。紅葉の観察をするのであれば、むしろ、人のこない所の方がよろしいです。
諭鶴羽山系の紅葉
諭鶴羽山系の奥のある神秘的な池です。春には貴重植物のキエビネ(黄エビネ)などのラン科が沢山咲く自生地です。貴重植物の保護上、場所を明かすことはできませんが、山系最奥部の静かないいところです。春の花々だけでなく秋の紅葉も綺麗です。
常緑樹の中に紅葉(黄葉)が点在する
↑緑の中に赤や黄色が点在します。赤いものは、ヤマハゼ、ハゼノキ、ヌルデ等ウルシ科が多く、ヤマザクラも混じっているかもしれません。黄色~橙色はほとんどコナラだと思いますが、エノキ、ムクノキ、アキニレなどニレ科も混じっているでしょう…。
真っ赤なイロハカエデ(タカオモミジ)
↑この山系にはカエデ科の樹木は少なく、イロハモミジ、オオモミジ、ウリハダカエデぐらいしかありません。山系の海抜300m以上ではウリハダカエデが紅葉しています。
真っ赤なヤマハゼ
↑ウルシ科の樹木はどれもこれも真っ赤に紅葉して美しいものです。ウルシ科はかぶれるとされますが、人により個人差がかなり大きいようです。わたくしはウルシ科植物に耐性があって、さわっても全くどうもなりません。感受性の強い人は、その木の横を通っただけで体中に発疹が出るみたいです…。
黄色のアカメガシワ
↑ありふれた樹木ですがアカメガシワの黄葉は美しいものです。他にも、イヌビワなども綺麗なレモンイエローに黄葉します。
黄色のアキニレ
↑アキニレは秋ニレで、秋9月に花が咲きいま時分に種子を風で散布しています。その黄葉もなかなか美しいものです。

橙色系のコナラ
↑シイタケの原木栽培に使う樹木のコナラです。赤でもなく黄色でもなく色があまりさえません。でも、それはそれなりに捨てがたい良さがあります。
諭鶴羽山も、紅葉前線の到来か?
●諭鶴羽山系でも、遅ればせながら紅葉(黄葉)が始まったようです。諭鶴羽山は若干の海洋性気候の影響が及んでいる上に、そもそも瀬戸内海気候のエリアにあるため、晩秋の気温の下降はやや緩慢です。冬でも極端な低温にならないので、紅葉は遅れがちです。そのため本格的に紅葉を観賞できるのは12月に入ってからです。これから年末まで、常緑広葉樹林の緑の中に、点々と赤や黄の配色があるという “色彩の対照” が目を引きます。

●紅葉のしくみの概略を知るには、『実験観察館』様の「生物実験室12 紅葉のしくみ-その観察と実験」が宜しそうです。このサイトは高校の生物の先生をされていた方が管理しているようで、赤い色素のアントシアニンの生成する葉の柵状組織などの、顕微鏡写真がとても素晴らしいです。おおむね、紅葉が始まるのは最低気温が8℃を下回ってきたころで、5℃を割ると一挙に紅葉が進むと言われています…。そこで、旧洲本測候所の観測データを簡単なグラフにしてみました。

旧洲本測候所の10月・11月の気温変化

●三寒四温という言葉は冬の気象について述べたものですが、別に冬でなくても当てはまりそうです。数日から10日ぐらいのサイクルで、気温の高めの傾向と低めの傾向を繰り返しながら、気温が下方に向かっています。日最低気温の平年値が8℃を割るのは、11月下旬(11月25日ぐらい)であることがグラフから読み取れます。5℃を下回るのは12月15日ぐらいのようです。したがいまして、淡路島(旧洲本測候所のある三熊山)では、11月下旬に紅葉が進み始め、最盛期は12月中旬であると言えそうです。

今年は暖秋ぎみで、最低気温をあらわす赤色の折れ線は、平年値の緑の点線よりも上方にあることが多かったです。で、紅葉の進み具合はやや遅れそうな気配です。とくに11月上旬は平年値よりも+3℃ぐらいも偏差しているのではないか?、という感じです。

★普通、異常気象と言う場合は基準があるわけですが、正規分布する現象ならば標準偏差の2倍以上(±2σ以上)偏差するか、正規分布しない現象ならば過去30年間観測されたことがないような観測値が出現したら、異常というのがほぼ異常の定義です。計算しないと確かなことは言えませんが、11月上旬ころは異常暖秋であったろうと思われます。
少し前ならば、マスゴミが「大変だ! 地球温暖化だ!」と騒ぎ立てたでしょうが、最近は静かになりました…。今、南アフリカでCOP17(国連気候変動枠組み条約第17回締約国会議)が開かれていますが、もうそろそろ、こんな国際政治力学が作用する茶番劇は閉幕にしてほしいものです…。ほんとに、自然科学に政治が干渉したり圧力をかけるのは止めにしてほしいと思います…。ま、もうじき止まるでしょうが…。

★明白に交渉のテーブルは180度半回転して、攻守入れ替わっています。ヨーロッパなど責められる側に立たされています。最初は、地球温暖化の脅迫を利用して、先進国が途上国の発展を押さえるとか、途上国に石油を使わさないとか、途上国にエコ商品を売り付けるなど、色々な思惑があって進めたのでしょうが、今では途上国が先進国に対して「責任を取れ!」と迫られる防戦の立場に逆転しています。ヨーロッパなど先進国は腹の中では、地球温暖化の話は終わらせないとヤバイなと思っているハズです……。

★そもそも、紅葉が遅れてお正月に紅葉狩りをしてもいいわけです。別にそれで困るということは全くありません。初詣をしたあと、その足で紅葉狩りに行くというのもいいじゃありませんか。

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